アクセスランキング

敷島の大和心を人問わ(は)ば 朝日ににおう (ふ) 山桜花(本居宣長)。日本は天皇を国家最高権威とし、民を「おほみたから」とする「シラス国」です。


8月20日 真岡郵便局事件があった日

人気ブログランキング ←いつも応援クリックをありがとうございます。

このお話も、毎年この時期に必ず掲載させていただいているものです。
72年前の今日あった現実です。
昭和20(1945)年のことです。
「真岡郵便電信局事件(まおかゆうびんでんしんきょくじけん)」といいます。


20170819 セイシェル
(画像はクリックすると、お借りした当該画像の元ページに飛ぶようにしています)


【お知らせ】
 9月 2日(土)18:30 第18回 百人一首塾 公開講座(百人一首)
 9月17日(日)13:30 第43回 倭塾 公開講座(古事記)
10月 1日(日)11:00 日心会『ねずさんと古事記』出版を祝う会(古事記)
10月19日(木)18:30 第19回 百人一首塾 公開講座(百人一首)
 *****


事件が起きた真岡町は、樺太にある町です。
樺太は、魚のようなカタチをしていますが、その南半分は日本の領土です。
これは「いまなお日本の領土」であって、ロシアの占領統治が続いているところです。
北方領土を、国境の外側にある「外国」と思っていると、歴史を読み間違えます。
そこはいまも昔も、日本です。
真岡町は、樺太の南側、つまり魚の尾ヒレのようになっているところの、付け根のあたりにあります。

8月9日、いまはもう無くなった国であるソ連は、いきなり日ソ不可侵条約を破って満州、樺太、千島列島に攻め込みました。
ソ連が動員した兵力は、戦車5千輌、兵力157万人という、気の遠くなるような戦力です。

ちなみに日本は、真珠湾攻撃が対米宣戦布告の30分前に行われたことで「だまし討ちだ」米国に言われ、そのことを多くの日本人はいまだに申し訳なく思っています。
けれども戦争は、このように、まったく宣戦布告などなしに、突然開始されるものの方が、はるかに多いのです。
アメリカにしても、建国以来200回にのぼる戦争を行っていますが、そのなかできちんと宣戦布告をして開戦したのは、たったの4回しかありません。
むしろ世界では、宣戦布告がある方が、異例です。
毎回キチンと宣戦布告をしながら戦いを行ってきたのは日本くらいなものでしかありません。

ですからソ連が攻めてきたとき、はじめのうちは日本側は、攻めてきた相手が、どこの国かさえわからなかったくらいです。
このため避難勧告も遅れ、樺太に「緊急疎開」の指示が出されたのは、ソ連侵攻から4日目、8月13日になってからの出来事です。

そして二日後の8月15日の正午には玉音放送が流れています。
日本は世界に向けて戦闘行動の終了を宣言しました。
ところがソ連は、おかまいなしに侵攻してきたのです。





◆◆◆◆◆スマホで読めるKindle版もあります。◆◆◆◆◆

◆youtubeの動画サイトをはじめました。
↓下のバナーをクリックするとチャンネルに飛びます↓
20170513 バナー _th
↑よろしかったらチャンネル登録をお願いします。登録無料です↑
新しい動画がアップされました!


『ねずさんと語る古事記・弐』
  まだお求めでない方は、お早めにどうぞ。

↓画像をクリックすると購入ページに飛びます↓
20170526 古事記弐



真岡郵便局の乙女たち
20170819 真岡郵便局
(画像はクリックすると、お借りした当該画像の元ページに飛ぶようにしています)


とにもかくにも樺太に残留する邦人、特に女子供を優先して本土に疎開させなければならない。
そこで輸送船を出したところ、この疎開用の輸送船を狙って、ソ連の潜水艦が攻撃をしかけました。
輸送船は沈められ、1700名の日本人が海に消えました。
これが8月22日です。
輸送船を撃沈するというのは、明白な戦時国際法違反です。
しかしそれでも緊急輸送は、わずか10日で合計8万7千人を北海道へ輸送し、疎開させています。

この輸送を成功に導くために、絶対に欠かすことができないのが、本土との「通信連絡の確保」です。
いまのようなスマホの時代ではないし、電話番号を押せば、コンピューターが相手の電話機に繋いでくれる時代でもありません。
この時代は、すべてが手作業です。

アニメ映画の『となりのトトロ』で、さつきちゃんがおばあちゃんの家の電話を借りて受話器を外し、くるくると横の取っ手を回して「七国山病院をお願いします!」と言うシーンがあります。
この時代の電話機には、まだ番号を押すところがありません。

電話の受話器(耳あて)を取り、電話機の横についている取っ手をクルクル回すと、電話交換所の交換員につながります。
そして電話を架けた人が、「どこそこをお願いします!」と言うと、電話交換手が、相手先の電話回線に、手作業で通話のコードを差し込んで電話を繋ぐのです。
その電話回路の接続業務(電話交換業務)をしていたのが、郵便局の乙女たちでした。

さて、時計の針を少し戻します。
8月16日の朝、真岡郵便局で、朝礼が行われました。
その朝礼で、交換手の主事補だった鈴木かずえさんが、部下の女性交換手たち次のように話しました。

「政府から特に
 女性たちを優先して緊急疎開させるようにと、
 疎開命令が出ています。
 でもその疎開を効果的に実現するためには、
 電話交換業務を継続しなければなりません。
 そこで、残って交換業務を続けてくれる人を求めます。
 ただし、すぐに返事は聞きません。
 全員、一度家族と相談したうえで、
 返事を聞かせてください。」

鈴木かずえさんのこの言葉に、その場にいた女性交換手全員が手を挙げて、「私は残ります」、「私も残ります」、「私も残らせて下さい」と答えました。
みんな、17歳から24歳の、若い女性たちです。

みんなの気持ちは、とても嬉しいものです。
けれど残れば、ソ連兵に蹂躙され、殺されます。
つまり、「残る」ということは、「死ぬ」ということだったのです。
だから鈴木かずえさんは、「自分ひとりで決めちゃいけない。あくまで家に帰って、親と相談してから、あらためて希望者は名乗り出てください」と述べたのです。

斉藤春子さんと、妹の美枝子さんは、姉妹で電話交換手をしていました。
そして二人とも、残留を志願しました。
家にいた母には、娘たちの気持ちや行動がわかりました。
母は真岡郵便局長に電話をかけました。
「娘二人とも預けたままでは
 引き揚げられません。
 どうしても
 ひとりだけでも
 連れて帰らせてください。」

8月18日、上田局長は、斉藤姉妹を呼び出しました。
そしてお母さんからの電話のことを伝えて言いました。
「美枝子さんと二人で相談して
 どちらか一人引揚げるようにしてください」

姉妹は互いに、自分が残ると押し問答を繰り返しました。
そして言い合いの後、姉が母と帰ることになりました。
そんな姉妹の言い争いを黙って見ていた上田局長は、残留の決まった妹の美枝子さんも、母と姉の乗る復員船の出航に間に合うように、帰しています。

こうして最終的に、真岡郵便電信局には、17歳から24歳までの20名の乙女たちが残りました。

8月19日朝、人数の少なくなった真岡郵便局は、電話交換手を平常の三交代制から、非常勤務体制である二交代制に体制を組み替えました。
電話交換手の女性たちは、上野班と高石班の二つに分けられました。

午後7時、最初の夜勤当直班として、高石班11名が勤務に付きました。
この時点で、真岡郵便局にいたのは、
 平井茂蔵電信主事他男性職員6名、
 女性職員14名
です。
そして高石班11名は、電話交換業務を行う”奥の建物”にいました。

8月20日午前7時33分、ソ連の軍艦が真岡付近にやってきました。
港に近づいたソ連軍艦は、なんの予告もなく、いきなり猛烈な艦砲射撃を始めました。
続いてソ連軍の上陸用艇が、真岡町に上陸を開始しました。

南京のことがよく取り沙汰されますが、南京城攻略の際、総大将の松井石根大将は、南京城を包囲したあと、なんと1週間もの間、城内に向かって、降伏と軍人以外の一般市民の退去を呼び掛けを行い、その間、一切の攻撃をせず、一般人の避難のための時間を相手に与えています。
戦いに際し、一般人への被害を極力少なくしようとしたからです。
便衣兵などと呼ばれ、女子供まで一般服に身を包みながら、日本軍が近づくといきなり発砲して日本兵に損傷を負わせる。そんな卑怯なルールを無視した支那兵に対してでさえ、日本は出来うる限りの温情で、一般人の被害が出ないよう最大限の配慮をしました。
これが日本の姿勢です。

ところが真岡にやってきたソ連軍艦は、近づくや否や、いきなり艦砲射撃を一般人に向けて行なっています。
多くの日本人はこのために防空壕に入る間もなく命を失っています。

早朝のことです。
まだ誰も出勤していません。
徹夜組の高石班長は、上田郵便局長他、局幹部に電話で緊急連絡を行って、職員全員に非常招集をかけました。
本土への応援(救援)の依頼等に際して、電話交換業務が混みあうことが予期されたからです。
地震や台風などのあと、電話回線がパンクするのを想像したら、事情はおわかりいただけようかと思います。

局員たちは、大急ぎで郵便局に向かいました。
ところがその頃には、すでにソ連兵が上陸していました。
ソ連兵は、動くものを見れば、片端から銃撃してきます。
日本人の民間人は、武器を持っていません。
けれど、武器がなければ、反撃される危険がなければ、情け容赦なく銃撃を浴びせ、見つけ次第殺すのが大陸の流儀です。

本来、戦時国際法によれば、戦闘は軍服を着用して軍帽または鉄兜等を被り、武器を携帯している者以外は攻撃してはならないことになっています。
民間人を攻撃して良いのは、明らかに便衣兵が混じり、自軍に損害の恐れがあるときに限られます。
この場合は、民間人であっても、全員殺して構わないことになっています。
なぜならそうしなければ、自軍に損害が出るからです。
ところがソ連兵は、日本人には便衣兵などいないのに、公然と攻撃をしかけてきたわけです。
このように、「相手が武器を持たずに抵抗できない」となると、居丈高になって徹底攻撃をしてくるのが、大陸の流儀であることを忘れてはなりません。
朝鮮半島でドンパチが始まれば、まさにこうした事態がこれから起こるのです。

さらにソ連兵は、屋内に侵入しては強姦や略奪を始めています。
この略奪というのは、徹底していて、あるものは全部持っていかれます。
略奪後の家屋は、まるで廃墟同然となります。
これもまた、戦時国際法違反です。

さて、混乱の中で郵便局に出勤途上の上野班の電信受付係の折笠雅子さんも、ソ連兵によって射殺されています。
艦砲射撃やソ連兵の銃撃を避けて、途中の防空壕に避難した職員たちも、壕の中に手榴弾を投げ込まれて次々爆死しました。
そのときの様子を、混乱の中でからくも助かった上野班の藤本照子さんが次のように証言しています。
「決死隊の一員として、
 空襲の時は
 すぐ郵便局へ行くことになっていたのですが、
 ソ連兵がどんどん上陸し始め、
 実弾が飛びかい、
 とても無理でした。」

上田郵便局長も郵便局へ向かいました。
けれど、手当たりしだい一般市民を虐殺するソ連兵の前に、とりあえず付近の建物に避難しました。
するとその建物には、局長の他5~6名が、先に避難していました。

建物内に郵便局長の姿を見つけた真岡署の木村巡査部長は、局長らを救出しなければならないと、上田郵便局長が隠れている建物に向かって走りました。
ところがあと一歩で、建物にたどり着くというときに、ソ連兵の銃弾によって、後ろから撃たれてしまう。

自分たちを助けようとしにきた木村巡査部長が目の前で倒れたのを見た上田局長は、なんとか彼を建物の陰に引き込もうと、路上に飛び出しました。
すぐあとを同僚の局員が続きました。
その二人をみつけたソ連兵が、また発砲しました。

上田局長は、左手に貫通銃創を負い、もうひとりは右足に盲管銃創を負って倒れました。
血だらけになった局長の姿を見て、一緒にいた若い男が、棒の先に白布を縛り付け、ソ連兵に降伏の意思表示をしました。
その場の全員がただちにソ連兵によって拉致されました。

真岡郵便局には、平屋建ての本館と、奥の2階建ての別館がありました。
本館は爆破されて、中にいた全員が死亡しました。
真岡郵便局は、こうして指揮系統を失いました。
そして電話交換手の女子11名だけが、奥の別館に取り残されたのです。

彼女たちは、ソ連の攻撃が始まってからも、各方面からの電話交換業務を1時間以上も継続しました。
しかしはじめのうち遠くにあったソ連兵の銃撃の音が、どんどん間近に迫ってきます。
さらに表側の郵便局本館も吹き飛ばされました。
この時点で、もはやこれまでと悟った彼女たちは、本土に向けて最後のメッセージを送りました。
それが、
「皆さんこれが最後です。
 さよなら、さよなら」
というものです。
11名の女子は、この電文のあと、全員足を縛り、手にした薬包紙に包まれた青酸カリを口にしました。

ソ連兵が電話交換室に乱入してきたとき、そこに裾が乱れないように足を縛り、きれいに並んで死んでいる11名の乙女たちの姿がありました。
その凄惨さに、さしものソ連兵にも人の心が息を吹き返しました。
ひとりひとりの状態を丹念に調べ、まだ息のあった女性二人を救出しています。
けれど残りの9名は、そのまま還らぬ人となりました。

このことから、戦後、アホな学者などが、「真岡郵便局の女性たちは、何も死を選ぶ必要がなかった。なぜなら2名の女性は、ソ連兵によって救助され、命を永らえているではないか、彼らは悪魔ではない」などといい加減なことを言いました。
そういう学者たちは、通化事件その他、満蒙で起こった日本人が受けた虐殺事件のすべてにほおかむりしている人でなしだと私は思います。

ソ連兵に限らず、大陸の兵にとって強姦と略奪は、給料のようなものです。
青酸カリを飲んで、仮死状態になっている女性では、ソ連兵にとっては戦利品となりえなかったというだけのことです。
残酷だけれど、それが事実です。

ちなみに、大正9年5月に、いまではロシアのニコライエフスクと名前を変えた尼港で起こった尼港事件では、露・支・韓人の混合パルチザンが、日本人の民間人121名を殺害しています。
ここでは、日本人は生きたまま両目を抉り取られ、5本の指をバラバラに切り落とされ、死ぬまで何度も刺されて殺されています。
そして金歯があるものは、生きたまま顎(あご)から顔面を裂かれて、金歯を抜き取られ、女は裸にされ、死ぬまで強姦された上で、生きたまま股を切り裂かれ、乳房や陰部を抉り取られて殺されています。

このとき、酸鼻をきわめた現場の壁には、血痕や毛のついた皮膚などがこびりついています。
≪参考:尼港事件≫
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2650.html</u>">http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2650.html
このような危険が間近に迫ったとき、真岡郵便局の乙女たちが、おのれの人間としての尊厳を守るために、他にどういう選択肢があったのでしょうか。

彼女たちの冥福のため、昭和天皇と香淳皇后が、御製と御歌を残されています。

【昭和天皇 御製】

 樺太に 命を捨てし たおやめの
 心思えば 胸せまりくる


【香淳皇后陛下 御歌】

 樺太に つゆと消えたる おとめらの 
 みたまやすかれと ただいのりぬる


この事件は、後に「氷雪の門」というタイトルで映画化されました。
その冒頭のナレーションです。

「樺太(からふと)・・・
 いまはソ連の支配下にあり
 「サハリン」と呼ばれているこの島は、
 ともすればもう、
 人々の記憶から遠ざかろうとしている。
 だが、今日もこの海の向こうに見えるあの樺太は、
 多くの人々にとっては、
 いつまでも懐かしく
 心を去らない故郷(ふるさと)である。
 また、ある人々にとっては、
 父や母や子供を失った悲しみの土地でもある。
 その思いをとどめようとするために、
 ここ北海道稚内市稚内公園に、
 ひとつの門が建っている。
 この白御影石を使用した
 十メートルあまりの二本の塔。
 その下に、厳しい樺太の風土に耐えて
 生き抜いた人々をあらわす女人像。
 これは「氷雪の門」と呼ばれている。
 この碑文には、次の言葉が刻まれている。
 『人々はこの地から樺太に渡り、
  樺太からここへ帰った。
  戦後はその門も固く閉ざされた。
  望郷の念止みがたく、
  樺太で亡くなった多くの同胞の霊を慰めるべく、
  肉眼で樺太の見えるゆかりの地の丘に、
  この塔を建つ』
 またその近くに、
 一叢(いっそう)の屏風のように
 形作られた九人の乙女の碑。
 『皆さんこれが最後です。さようなら』
 この言葉の意味を知らない人は多い。
 また、初めてこの碑の存在に気付く人も。
 そして傍(かたわ)らの碑文を読む人は、
 これが樺太西海岸真岡町、
 真岡郵便局電話交換手九人の、
 最後の言葉であることを知るだろう。」


九人の乙女の碑
九人の乙女の碑


この映画は、昭和48(1973)年に撮影され、翌昭和49(1974)年に上映開始予定となりました。
ところが、同年3月7日、モスクワで、モスフィルムという会社の所長がたったひとこと、
「ソビエトにとって非常に面白くない映画が
 日本で公開されようとしているのは
 理解に苦しむ」
と、たったひとこと発言したことで、予定されていた全国での映画配給が、いきなり中止になりました。
上映されたのは、北海道と九州の一部の映画館が、わずか2週間ほど公開しただけです。
映画はお蔵入りになりました。

真岡の郵便局で、尊い命を捧げた9人の乙女たちの命より、人類の理想国家ソ連への礼賛のほうが大事だったのでしょうか。
私には、そのような人たちは人非人にしか見えません。
いまでは、彼らが礼賛したソ連がどういう国だったのか、世界中の誰もが知っています。
しかし「氷雪の門」が、その後テレビで放映されたという話も聞きません。

真岡郵便局でお亡くなりになった9名の乙女たちです。
 高石ミキ   24歳 
 可香谷シゲ 23歳
 伊藤千枝  22歳
 志賀晴代  22歳
 吉田八重子 21歳
 高城淑子  19歳
 沢田きみ  18歳
 渡辺 照   17歳   
 松崎みどり 17歳  

【碑文】
8月20日、
ソ連軍が真岡上陸を開始しようとした。
その時突如、日本軍との戦いが始まった。
戦火と化した真岡の町、
その中で交換台に向かった9人の乙女らは、
死をもって己の職場を守った。
窓越しに見る砲弾の炸裂、
刻々迫る身の危険。
今はこれまでと死の交換台に向かい
「皆さんこれが最後です。
 さようなら、さようなら」
の言葉を残して、
静かに青酸カリを飲み、
夢多き若き花の命を絶ち、職に殉じた。


ひとつ、大切なことを加えておきます。
南樺太は、日本領であり、戦前まで日本人が入殖していました。
もともと、樺太は北海道より北側の、緑も何もない荒涼とした赤土の大地でした。
みなさま、機会がございましたら、是非、google MAPの航空写真で、その樺太を見てください。
日本領だった南半分だけが、いまでも緑の大地となっています。
日本人が、冷たい寒帯の島で、土を耕し、たくさんの木を植えたからです。
その緑が、いま、少しずつ、北半分にも広がりつつあります。

真岡郵便局の乙女たち、そして我が国北方領土ででお亡くなりになった皆様のご冥福を捧げ、このお話を皆様にお送りします。

※ 真岡郵便電信局事件は、つらく悲しい事件です。
 せめて、彼女たちが生まれ変わるときは、
 寒いサハリンの地ではなく、
 南の島の明るい太陽のもとでのんびりとしていただきたいな。
 そんなことを思って、
 冒頭に南の島の写真を貼らせていただきました。
 ちなみに一昨年はタヒチ、昨年はモルディブ、今年はセイシェルです。

私は毎年この時期には、本当なら真岡郵便局事件の映画をメディアで再放送し続けるべきだと思っています。
だからといってソ連やソ連人を恨むということも、いけないことです。
犠牲になられた方々がおいでになったこと。
そうした事実があったことを忘れないこと。
そして、だからこそ私達は二度とこのような悲惨な目に遭わないように、軍事力だけでなく外交力も合わせて、しっかりと国の護りを固め、戦乱のない日本を築いくことこそ大事です。

※この記事は2010年11月の記事をリニューアルしたものです。

お読みいただき、ありがとうございました。

人気ブログランキング
↑ ↑
応援クリックありがとうございます。

映画『樺太1945年夏 氷雪の門』予告編


映画・氷雪の門1 https://youtu.be/UDCFNO9Tpqo
映画・氷雪の門2 https://youtu.be/EyPEK9ghypA
映画・氷雪の門3 https://youtu.be/UdHU4HecuJE
映画・氷雪の門4 https://youtu.be/CQm2Ki7G9dc
映画・氷雪の門5 https://youtu.be/74EQegznj3c
映画・氷雪の門6 https://youtu.be/awF185h6-ic
映画・氷雪の門7 https://youtu.be/D0u0L4KZe0Y
映画・氷雪の門8 https://youtu.be/z9yvN8T_OJw
映画・氷雪の門9 https://youtu.be/P_MORgqtPWU
映画・氷雪の門10 https://youtu.be/wtGbYMPIfcA
映画・氷雪の門11 https://youtu.be/NXRLTeXjqho



◆◆◆◆◆スマホで読めるKindle版もあります。◆◆◆◆◆

20161026 倭塾バナー


20160810 目からウロコの日本の歴史


【メルマガのお申し込みは↓コチラ↓】
ねずさんのひとりごとメールマガジン有料版
最初の一ヶ月間無料でご購読いただけます。
クリックするとお申し込みページに飛びます
↓  ↓
ねずブロメルマガ





関連記事

コメント
ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム
ねずさん、はじめまして。
毎回と言う訳ではありませんが、風の吹くまま時折ふらりと
お邪魔致しております。

ソ連軍の卑怯な樺太侵攻の件について、過去も現在も
ねずさんの記述のとおりだと理解をしている者です。
ところが、先日8月14日のNHKスペシャル【樺太地上戦 終戦後7日間の悲劇】では、当時の2等兵(現在90歳)を登場させ『戦う姿勢のないソ連兵を一方的に銃撃した。その事がソ連の激しい応戦の原因を作った。自分たちには終戦の連絡が来ず、戦争を続けさせられた。』と証言させています。
そして、番組では『ソ連は当初、北海道の半分の領有を望んでいたが、アメリカがそれを阻止した。』とあたかもアメリカがいたお陰で北海道は分割されずに済んだように印象付けしています。

これらの放送はNHKがアメリカの【ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム】に基づいて1945年12月9日からNHKラジオが放送した「真相はかうだ」の延長上にある日本毀損の捏造番組です。
毎年、8月15日前後になるとアメリカがNHK(朝鮮人組織)に作らせています。
You tubeで【樺太地上戦 終戦後7日間の悲劇】を検索してもらえれば、右側にNHKの日本毀損番組の関連がずらりと並びます。
目に余るNHKスペシャルでは731部隊や日本兵の人食まで、さも現実のように
作りあげられています。
この様な恥知らずの番組制作と放送を見ると、2013年【NHKスペシャル 魂の旋律 〜音を失った作曲家・佐村河内】の捏造番組を思い出します。

先の終戦後、アメリカは日本を植民地化し、現在もその現状は上手に継続されていますが、その手先として利用されたのが日本人を嫌う朝鮮人です。
彼等は、政治家・法律家をはじめ、すべての業界にばら撒かれアメリカの文化、芸能、スポーツ等普及に努め、日本人の価値観を破壊・皇室毀損をすることに全力を注いでいますが、実はそれを飼いならしているのはアメリカの子分である政権与党であることを日本国民が知らないところに日本が良くならない現実と悲劇があります。
(野党も日本毀連中で、回りは敵だらけです。)

表向きに朝鮮人をたたく、表向きに皇室を賞賛すれば一見保守を装う事が出来ますが、そのような偽保守ブロガー・偽装保守政治家が山のようにいます。
偽装保守ブロガーはアメリカを非難しませんのですぐ分かります。
お人よしの日本人は、偽装保守(アメリカ隷属者)を日本を守る真性保守と勘違いをして一向に目を覚ましません。
それほど、73年に渡る洗脳は効果を上げているということなのでしょう。
偽装保守が一番恐れている事は、その正体がばれて、真性保守に変わってしまう事です。
そのために、偽装保守はネット上に100の真実を発信し、その中に1の嘘を紛れ込ませて信用させ、自分たちの支持者になるよう洗脳工作をしますが、時に真性保守を執拗に攻撃します。
実は最近、この様なことが保守ブログ界で発生し大問題になりました。
要するに偽保守の真性保守たたきです。
なぜ、この様な紛らわしいことが毎日、一生懸命続けられているのか?
植民地の支配形態のひとつとして昔から他国がやっていることです。
せっかく手に入れた、日本を易々と手放すことをアメリカはしません。

私の住む九州のあるエリアは今年の5月頃から、米軍のB787(ドリームライナー)による【ケムトレイル】が非常に醜く、少ない日で50機、多い日は200機ものB787が薬物を散布します。
空は、危機を感じるくらい白く汚されますが、この事実を国は黙認し、カスゴミは取り上げることをしません。
その事が、私が人様のブログでコメントを書く動機となりました。
日本の国を真に思う人々が更に増えていくことを願って止みません。

ねずさん、今後も見識の深い記事を楽しみにしております。


2017/08/21(月) 17:41 | URL | たにさん #-[ 編集]
更新ありがとうございます。気になった点があるので指摘させていただきます。

〉8月9日、いまはもう無くなった国であるソ連は、いきなり日ソ不可侵条約を破って満州、樺太、アリューシャン列島に攻め込みました。


アリューシャン列島ではなく千島列島の間違いではないでしょうか。1943年5月にアッツ島の守備隊は玉砕し、7月にキスカ島から撤退してアリューシャン列島の全域はアメリカの手に帰しているはずです。
      

〉むしろ世界では、宣戦布告がある方が、異例です。
毎回キチンと宣戦布告をしながら戦いを行ってきたのは日本くらいなものでしかありません。
ですからソ連が攻めてきたとき、はじめのうちは日本側は、攻めてきた相手が、どこの国かさえわからなかったくらいです


ソ連は一応、侵攻前に日本に対し宣戦布告をしています。
1945(昭和20)年8月8日午後11時、駐ソ連大使佐藤尚武に対し、ソ連外務大臣モロトフは宣戦布告文を手渡し、この直後、ソ連の満州侵攻が始まりました。
以下がその宣戦布告文です。

ヒットラードイツの敗北ならびに降伏の後、日本は依然として戦争の継続を主張する唯一の大国となった。日本武装兵力の無条件降伏を要求した今年7月26日の三国すなわちアメリカ合衆国、英国ならびに支那の要求は、日本の拒否するところとなった。
 従って、極東戦争に対する調停に関するソビエト連邦に宛てられた日本政府の提案は、一切の基礎を失った。調停に関する日本の降伏拒否を考慮し、連合国はソビエト政府に対して日本の侵略に対する戦争に参加し、戦争終結の時期を短縮し、犠牲の数を少なくし、全面的平和をできる限り速やかに克復することを促進するよう提案した。ソビエト政府は連合国に対する自国の義務に従い、連合国の提案を受諾し、本年7月26日の連合各国の宣言に参加した。
 ソビエト政府においては自国の政府の右進路が平和を促進し、各国民を今後新たな犠牲と苦難とから救い、日本国民をしてドイツが無条件降伏を拒否した後被った危険と破壊を避けしめ得る唯一の方途と思惟する。
 以上に鑑み、ソビエト政府は明日すなわち8月9日よりソビエト連邦が日本と戦争状態に入る旨宣言する。

1945年8月8日
2017/08/21(月) 09:14 | URL | くじら #-[ 編集]
ロシアサハリン州となっていました!!
いつも読ませて頂いています。また、ブログ(aoiwasi-k135)
にも転載させていただいています。ありがとうございます。
記事を読み、ふと位置を調べるために、北海道で検索しました。すると、樺太がありませんでした。でも、一般社団法人全国樺太連盟というサイトが見つかりそこで、勉強になりました。さらに、緑の大地を確かめるため、Googleマップでみたら、ロシア サハリン州とありました。この記事は読んだことがあるのですが、今年は、読むだけでなく自分で調べて、より深い理解をできるようになりました。ありがとうございます。
2017/08/20(日) 10:13 | URL | えっちゃん #-[ 編集]
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
最新刊
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』

AdSense
カレンダー
08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
最新記事
最新コメント
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

リンク
このブログをリンクに追加する
リンク2
AdSense
カテゴリ
月別アーカイブ
AdSense
解析
スポンサードリンク
ねずさん(小名木善行)著書
↓最新刊↓


↓好評発売中↓






ねずさんメルマガ
ご購読は↓コチラ↓から
ねずブロメルマガ
ご寄付について
ねずブロはみなさまのご支援で成り立っています。よろしかったらカンパにご協力ください。
【ゆうちょ銀行】
記号番号 00220-4-83820
【他金融機関から】
銀行名 ゆうちょ銀行
支店名 〇二九(店番029)
種目  当座預金
口座番号 0083820
口座名義 小名木善行
【問い合わせ先】
お問い合わせはメールでお願いします。
nezu3344@gmail.com

講演のご依頼について
最低3週間程度の余裕をもって、以下のアドレスからメールでお申し込みください。
テーマは、ご自由に設定いただいて結構です。
講演時間は90分が基準ですが、会場のご都合に合わせます。
E-mail nezu3344@gmail.com

講演テーマ
<ご参考>
古事記に学ぶ経営学
古事記に学ぶ日本の心
百人一首に学ぶ日本の心
女流歌人の素晴らしさ
日本人の誇り
その他ご相談に応じます。
検索フォーム
AdSense
関連サイト
祝日には国旗掲揚を!
御国旗セット
¥2,190

大型御国旗セット
[ステンレス製3mポール付き]
¥4,800

御国旗伸縮ポールセット【大サイズ】
¥3,000

御国旗セット L
[ マンション設置用 Lタイプ テトロン 国旗 ]

台灣民政府
台湾民政府
サンフランシスコ講和条約で、日本は台湾に関して処分権は連合国に提供しましたが、領土の割譲は行っていません。条約以降、連合国も日本も台湾の処分先を決めていません。つまり台湾はいまも日本であり、台湾にいる1500万人の戦前からいる台湾人は、日本国籍を有する日本人です。私は台湾民政府を支持します。
お薦め書籍1

日中戦争-戦争を望んだ中国 望まなかった日本


江戸の自治制


幻の黄金時代


ドキュメント自衛隊と東日本大震災

AdSense
コメントをくださる皆様へ
基本的にご意見は尊重し、削除も最低限にとどめますが、コメントは互いに尊敬と互譲の心をもってお願いします。汚い言葉遣いや他の人を揶揄するようなコメント、並びに他人への誹謗中傷にあたるコメントは、削除しますのであしからず。
最新トラックバック
AdSense
コメントをくださる皆様へのお願い
いつもたくさんのコメントをいただき、ありがとうございます。
ほんとうに皆様のコメントが、とっても嬉しく、かつありがたく拝読させていただいています。

議論というものは、すくなくともこのブログのコメント欄が、国政や地方自治、あるいは組織内の意思決定の場でなく、自由な意見交換の場であるという趣旨からすると、互いに互譲の精神を持ち、相手を尊敬する姿勢、ならびに互いに学びあうという姿勢が肝要であると存じます。

私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

ましてや、自分で質問を発したものについて、それぞれお忙しい皆様が、時間を割いて丁寧にご回答くださった者に対し、見下したような論調で応対するならば、それは他のコメントされる皆様、あるいは、それをお読みになる皆様にとって、非常に不愉快極まりないものとなります。

従いまして、謙譲・互譲・感謝、そして学ぶという姿勢のない連続投稿、粘着投稿に類する投稿をされた方については、以後のコメント書き込みを、管理人である私の判断で投稿の禁止措置をとらせていただきますので、あしからずご了承ください。
エディタ・コミュニティ
edita.jp【エディタ】
amazon
通州事件の真実
通州事件を実際に体験された女性の手記です。
クリックするとテキストファイルが開きます。
https://docs.google.com/file/d/0B9Dh1-gISO9CZERHN2oxempSeEk/edit
パチンコをはたき出せ!
パチンコ撲滅
パチンコ市場は21兆円
そのお金を消費に向ければ莫大な経済効果が生まれる!

 ↓関連記事↓
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1197.html
やまと新聞を守れ!

やまと新聞は、戦後GHQの圧力に屈することなく、日本のジャーナリズムの正義を貫いた唯一の新聞です。
みんなの力でやまと新聞を応援しよう!!
やまと新聞社の公式HPは
 ↓コチラ↓
http://www.yamatopress.com/ 購読料は月500円です。
下の窓の中味をコピペすると、上のバナーをご自分のHPに貼ることができます。
やまと新聞の紹介記事はココをクリック
殲滅支那大連盟
殲滅支那大連盟

■満州国臨時政府■
 ↓ ↓ ↓
http://www.manchukuo.net/
ねずブロの拡散・転載について
当ブログの日本の心を伝えるための適法かつ前向きな拡散はおおいに歓迎です。 ただし適法な引用でないと、著作権侵害で処罰されることがありますのでご注意ください。
RSSリンクの表示
FC2ブックマーク

PING送信プラス by SEO対策

QRコード
QRコード
スポンサードリンク