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先人たちが目指した日本の姿。それは私達の国が常に「よろこびあふれる楽しい国(=豈国)」であり続けることです。


パラリンピックと日本人

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古い昔からあった「障害者は高度な魂の持ち主である」という日本人固有の思想は、実は、いまなお日本に残る、世界最先端の思考であるのかもしれません。

江戸時代に書かれた江戸の風物画に描かれた障害者
20180320 江戸の障害者
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画像は単なるイメージで本編とは関係のないものです。)


平昌パラリンピックで、日本の選手は開催6競技中、金メダル3,銀メダル4,銅メダル3という、大活躍の結果となりました。
選手の皆さん、またご家族のみなさんをはじめ、関係各位のご努力には、本当に頭が下がる思いです。

パラリンピックは、表向きは英国のストーク・マンデビル病院のルートヴィヒ・グットマンが、昭和23年のロンドンオリンピックの開会式当日に、「車いす選手のための競技大会」を開催したことが始まりとされています。

ところが実はこの分野では戦前の日本は、はるかに先行していました。
日清、日露の戦いを経由して、戦場で腕や足をなくされた軍人さんたちが一日も早く社会復帰できるように、手足の不自由を理由に甘やかせるのではなく、むしろその障害を乗り越えて、技量を身に付けたり、スポーツができるように厳しく指導が行われていました。

このため第2回パラリンピックは、昭和39年(1964)の東京オリンピックと同時開催で行われたのですが、当時、世界の選手の水準と比べて日本の選手の技量があまりにも、桁違いに高かったことから、パラリンピックは二部構成になり、第一部が外国人だけの車椅子者だけの競技大会、第二部が全ての障害者を対象にした日本人選手だけの国内大会になりました。

実は日本における障害者対策の歴史はとても古くて、世界中の多くの国々が障害を持った人を社会の邪魔者としかしていなかった中世において、日本では、むしろ積極的に障害を持った人に職を与え、社会全体でこれを保護するという方針がとられていた歴史を持ちます。


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20190317 MARTH




日本人は明るくて正々堂々

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「立っていて腕が飛ばされるとな、
 人間って体の重心がくるって、
 体が独楽(こま)みたいにクルクルまわるんだ。
 おもしろかったぞ。
 それでな、立ち上がるときには
 ニッと笑うんだ。
 それが男だ」


20190416 日本陸軍
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「人のものを盗むな」、「人の悪口を言うな」などといったことは、戦前の日本人にとっては、ごくあたりまえの常識でした。
すくなくとも昭和30年代くらいまでは、一般的社会風潮として、日本社会に色濃く残っていたように思います。

うちの実家は市内の街中にありましたが、クルマ好きで自営業を営む父が、家族全員を連れて泊りがけで社員旅行に出かけるときも、家の玄関に鍵などかけなかったし、そもそもその鍵自体が、玄関についていませんでした。

それが昭和40年代になって、なんとわが家も一人前に泥棒さんが入ってくれて、警察官がやってきて「家の玄関に鍵をかけない方が悪い」などといわれ、そこで初めて「家の鍵」などという立派なもの(笑)が取り付けられました。

もっともその鍵を持ち歩くという習慣がなかったから、その鍵は玄関のかもいの上に置きっぱなしになっていました。
子供でも手が届くところに鍵があるのですから、大人が見れば、ちょうど目の高さくらいに堂々とその鍵が置かれていたわけで、いま思えば、「あれはいったい何だったのだろうか」と、思わず笑えてきます。

もっとも、入った泥棒さんのほうも家内に侵入したは良いけれど、盗むものが何もなくて(本当に家の中には何もなかった)、盗まれたのは壁にかけてあった木製の般若のお面だけ(結構高価なものでしたが)という具合でした。

日本は、それくらい治安が良かったわけですが、以前にもご紹介しましたけれども、江戸時代までさかのぼると、これがもっとすごくて、路上に大量の現金が置きっぱなしになっていても、どんなに生活が苦しかろうが、誰もそれを盗もうなどは思いもよらないものでした。

というのは、いまでは現金を送金するときは、銀行のATMを使いますが、江戸時代にも現金の送金は頻繁に行われていました。
どうやっていたかというと、金飛脚(かねびきゃく)と呼ばれる人たちが、街道をエッホエッホと走って全国にお金の配送をしていたわけです。


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20190317 MARTH





静御前と満開の桜花

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日本という国は、どこまでも命を大切にする国柄です。
けれど建前は建前として、たいせつにしていかないと、世の秩序が乱れます。
その間にあって、ひとりの赤子の命を救った安達清常という武士は、まさに尊敬に値する武士であると思います。


苧環(オダマキ)の花
20190416 苧環(オダマキ)
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春の訪れとともに、梅の花が咲き、桜が咲き、桃の花が咲いて、それらが終わる今頃の季節に咲くのが、オダマキ(苧環)の花です。
と、苧環(オダマキ)は、小さくて可憐な花です。
なんだか舞を舞っているような姿をしています。

源義経は、このオダマキ(苧環)の花を、静御前(しずかごぜん)に見立てました。
誰もいない山中であっても、決められた約束事を守り通そうとした義経と静御前。
並み居る荒武者たちのまえで、女一人の戦いを挑んだ静御前。
そこは、何百年もの間、武家の女性たちから愛され尊敬され続けてきた静御前の生き様があります。



─────────
流転の旅と吉野山中の別れ
─────────
よく時代劇などで、大奥のお女中たちなどが、忍び込んだ曲者に気がついて、薙刀を持って頭に鉢巻を絞め、
「曲者でございます。お出会えそうらえ」などといって廊下をバタバタと走 る姿などが描かれます。
武家の娘といえば、まさに薙刀が定番だったわけですが、なぜ、江戸時代の武家の娘さんたちが薙刀を習ったかというと、実は、静御前への憧れからきていたといわれています。

静御前といえばいまでいうダンサーである白 拍 子だった人であり、 源 義 経とのロマンス が有名ですが、同時に彼女は当時の世を代表する薙刀の名手でもあったのです。
武家の女性たちにとって、まさに静御前は永遠の憧れだったし、だからこそ、彼女たちは静御前に倣って、薙刀を学んだのです。おそらく静御前は、日本史上もっとも多くの女性から愛され続けた女性であろうと思います。

実は、この薙刀、たいへん強力な武器です。相当腕の立つ剣道の達人でも、女性の扱う薙刀の前に、手も無くやられてしまうことがあります。
そういう意味では、江戸の武士たちは、もっとも強力な武器をむしろ女性たちに与え、自分たちはそれより弱い、大小二本の刀を腰に差していたともいえるわけです。


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20190317 MARTH





4月15日は第六潜水艇事件のあった日

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在りし日の第六潜水艇


明治43(1910)年4月15日、第六潜水艇が広島湾に沈没しました。
この事故で、艦長の佐久間勉大尉を含む乗員14名全員が殉職されました。
事故のとき、佐久間艦長が薄れゆく酸素の中で残した手記があります。
この手記は、アメリカ合衆国議会議事堂の、ワシントンの独立宣言書が陳列されている大広間に、英訳を添えて丁重に陳列されました。

戦前戦中までは、誰でも知っていた第六潜水艇事件、あらためてその様子を追ってみたいと思います。



第六潜水艇は、明治39年に竣工した、当時としては珍しい、我が国初のガソリンエンジンによる潜航をする潜水艇でした。
ガソリン潜航というのは、ガソリンエンジンの通風筒の先だけを海面上に突き出して、ガソリン機関によって水上走航に近い速度を得ようとするものです。

原理的には、シュノーケルで潜水するものに近いと思っていただくとわかりやすいかと思います。
水中を潜航するときには、通風筒のバルブを閉じて、バッテリーの電力で潜水走行します。
時代を考えたら、本当に最先端の技術のかたまりだったわけです。

この当時、日本は9隻の潜水艇を保有していたのですが、このうちの7隻が欧米製で、国産が2隻。
そのうちのひとつが、この第六潜水艇でした。
潜水艇は潜行実験ために山口県の岩国を出航して、広島湾に向かいました。

第六潜水艇は、午前10時ごろから訓練を開始しました。
45分ほど経過したとき、何らかの理由で通風筒の長さ以上に艇体が潜航してしまい、艦内に海水が浸水しました。
乗組員はすぐに、浸水を防ぐために閉鎖弁を締めるのですが、肝心の閉鎖機構が故障を起こしてしまっていました。

艦内では、操作を手動に切り替え、弁の閉鎖の努力をしました。
けれど第六潜水艇は、17メートルの海底に着底してしまいます。

付近にいた監視船は、長時間たっても浮上しないことに気づき、ただちに広島県の呉港に在泊中の艦船に「遭難」の報告をしました。
救援の艦船が駆けつけました。
必死の捜索の後、ようやく船を見つけたけれど、艇長の佐久間勉大尉以下、乗組員十四人の死亡が確認されました。



さて、ここからが大事なところです。



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威張りとリーダー

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「威張り」というのは、我が国では「いばり」であって、「いばり」とは「尿」のことです。
そんなものは、排尿だだということは、日本人のリーダー観として実におもしろいと思います。
なにしろ、そういうものは溜まるものだということですし、溜まったらさっさと出してしまえという気分が日本人の心にあるということだからです。
日本人が求めるリーダー像は、威張る人ではないのです。
日本人が求めるリーダー像は、みんなを明るく結ぶ役割を果たす人です。
日本人が求めるリーダーは、不動の信念を持ち、みんなの気持ちを明るくさせて、みんなの心を結んで行くことができる、真面目で明るくて信念のある人です。


20190411 武田信玄
武田信玄像 長谷川信春(等伯)作
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儒教では、お大人(おだいじん)というのは、常に片方の頬に微笑みを浮かべながら、ゆったりとした動作で、箸(はし)の上げ下(お)ろしもゆるやかな人なのだそうです。
収奪文化の頂点にいる人は、自分で働くことをせず、人の上に立って判断と指図をするだけですから、常に心に余裕を持つことが大事で、その余裕が日常の所作にまであらわれていることが必要とされるのだそうです。
ですから儒教的大物というのは、ひらたくいえば「デンと構えて動かない」ような人ということになります。

その儒教は日本に入ってきましたし、影響を受けて儒教型リーダーになろうとした人もいたようです。
けれど、そうした人たちは世間の尊敬を受けることはありませんでした。

トップにあるのは武田信玄の肖像画です。
信玄は尊敬を集めたリーダーですが、その容姿は、どうみても土建屋の親父です。
実際、信玄はものすごく土木工事に精を出した戦国大名で、武田信玄のおかげで甲府盆地は極めて住みよい街になりました。

西郷隆盛は、我が国の歴史上の大物中の大物ですが、上野公園にある西郷さんの銅像は、寸足らずの着物の着流し姿であって、特段立派な姿をしているわけではありません。

こうしたことが何を意味しているかと言うと、我が国では大物を装うから大物ではない、ということです。
みかけはしょぼくれていたとしても、立派ではないとしても、みんなのために知恵を出し、汗をかき、みんなのために方向を示し、その示しにまったくブレがないことが、日本型リーダーです。


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新五千円札の津田梅子について

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真理は、
見ることを拒まなければ、
私たちの誰の魂の中にも明りを灯すでしょう。
その明りは、
私たちの浅薄な才能、
卑しい意地悪利己心、
虚栄や嫉妬などを照らし出し、
他人のなかにある良さを見せてくれます。


20190409 津田梅子
写真は順に津田梅子、アリス・ベーコン、瓜生繁子、大山捨松
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平成から令和に元号が代わったことを受けて、お札もデザインが変わり、新1万円札には渋沢栄一、5千円札に津田梅子、千円札には北里柴三郎が採用されることになったそうです。
そこで今回は、津田梅子について書いてみたいと思います。

津田梅子は、明治初期に大山捨松と一緒に6歳で米国に留学した女性です。
もともと下総国(いまの千葉県)の佐倉藩の武家の娘で、父親は津田仙(せん)といって、福沢諭吉らとともに咸臨丸で日本初の親米使節団の一員となった人です。

佐倉藩は、江戸初期に春日局に重用されて佐倉11万石の大名となった堀田氏の家柄で、徳川綱吉の時代には大老職を拝命する家となっていました。
津田梅子の父の津田仙が学生の頃は、藩主が堀田正倫(ほったまさとも)で、彼は「オランダかぶれ」と噂されるほどの西洋的通でした。

そんな藩風もあって、梅子の父の仙は、15歳で佐倉藩の藩校である成徳書院(現在の千葉県立佐倉高校)を卒業すると、江戸に出てオランダ語、英語、洋学、砲術を学びました。
そして17歳のときには、江戸湾警護のための砲兵隊員になったのですが、その仙の前に現れたのが、黒船です。

外国船が日本に国交を求めて来日するのは、江戸時代を通じて何度もあったことです。
そのことごとくを幕府は打ち払っていたのですが、どうしてペリーの黒船だけを特別に来航を認めたのかと言うと、別に黒船の色が黒かったからとか、蒸気船であったからとかいうことではありません。
ひとつには、ペリーが船に搭載したペクサン砲が気になったということがあるのですが、それ以上に、阿片戦争に勝利した英国の圧力、すでにインドシナを制圧したフランスの圧力が高まる中、新興国であった米国を当て馬にすることで、国を守ろうとする軍事的外交的意図が幕府にあったことも事実です。

そうした時勢の中にあって、仙は、すでにオランダが世界を制圧していた時代は過ぎた。
これからは英米の時代、つまりオランダ語ではなく、英語の時代になったことを察するわけです。


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20190317 MARTH





我々日本人はきわめて脆弱な地盤の上に暮らしているということ

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我が国は、国家として、その中心に天皇という存在をいただき、その天皇の勅によって未来が示され、その未来に向かって上下心をひとつにして国作りを行ってきた歴史を持つ国です。
そしてそのような国柄は、19世紀に西洋で生まれた共産主義的階級闘争史観では、決して理解できないことだし、外国で育ったスパイ工作員にもまた理解の及ばないことです。
日本は、古くから日本の歴史を担ってきた日本人が、上下心をひとつにして育(はぐく)んでいかなければならない国です。


20190407 大阪の海抜地図
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トップにある図は、国土地理院が発行している近畿地方のデジタル標高地図です。
ネットでお近くの地図を見ることができると思います。
http://www.gsi.go.jp/kankyochiri/Laser_map.html

地図で水色や青色に見えるところは、海抜3メートル未満のところです。
そこは、新しく埋め立てられた土地であったり、河川の土砂が積もって平野になったり、あるいは開拓によって、海から土地に変わったところで、いまから6千年くらい前には、すべて海の中だったところです。

真ん中あたりに黄色いところが上向きのまるで指先のように伸びていますが、ここは偏西風の影響で沿岸州(えんがんす)が発達した砂州だったところです。
その東側にあるのが河内潟で、この潟は5世紀頃に砂州が北に伸び切って海水の流入がさえぎられて河内湖となりました。
これによって河内湖は淡水湖になるのですが、仁徳天皇の時代に大規模な土木工事が行われて、あたり一帯が広大な水田地帯になりました。

我が国における天皇は、シラス存在です。
シラスというのは、今風に言えば「示す」ということで、人々や政治などの方向をお示しに成るわけです。

たとえば「河内湖を埋め立てる土木工事を行い、広大な水田を手に入れて人々が安心して暮らせるようにせよ」と天皇が示されたとします。
すると、そのことが時の朝廷が行わなければならない政治課題となるのですが、この政治課題というのが、いまとはかなり概念が異なります。


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20190317 MARTH





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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

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私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

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