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敷島の大和心を人問わ(は)ば 朝日ににおう (ふ) 山桜花(本居宣長)。日本は天皇を国家最高権威とし、民を「おほみたから」とする「シラス国」です。


実は現代と似ている第一次世界大戦後の日本と世界

本日、18時半から倭塾開催です。
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 5月13日(土)18:30 第40回倭塾
 5月18日(木)18:30 第15回百人一首塾
 6月24日(土)18:30 第41回倭塾
 7月15日(土)18:30 第42回倭塾
 7月23日(日)14:00 第 1回名古屋倭塾
 7月27日(木)18:30 第16回百人一首塾
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20170512 軍縮会議


ブログのタイトルを「ねずさんのひとりごと」から、
「大和心を語るねずさんのひとりごと」
に変更しました。

 *

第一次世界大戦のあと、軍縮会議が行われて、英米日の戦艦総排水量比率が「5:5:3」にされたという話は、お聞きに成られたことのある方も多いと思います。
けれど実は、この軍縮会議、4回ありました。

1919(大正8年)に、第一次世界大戦の終戦処理をするために「パリ講和会議」が行なわれたことは、みなさまよくご存知のことと思います。
この会議の席上、日本は、新たに設立される予定の国際連盟規約に「人種平等の原則を入れる」という、当時の世界ではまさに画期的な提案をかかげたことも、有名な史実です。

ところがこの会議の席で、日本は参加16カ国中、11カ国の賛成を得るという、多数決の論理に従えば、明らかに成立になろうとする快挙を成し遂げるのですが、会議の議長であった米国第二十八代大統領ウッドロー・ウィルソンがこれを、「全会一致でない」というひとことで、退けたということも、やはり有名な話でご存知の方も多いかと思います。

このときの日本の「人種の平等」という理想の提案は、実はものすごいことということができます。
なぜならこの時代というのは、西欧諸国のお金持ちや、そのお金持ちたちのいる、いわゆる欧米列強の諸国は、富の大部分を、人種を差別した植民地政策によって得ていた時代です。
それが人種が平等になるということは、欧米の資本家や貴族たちにとっては、その富の源泉を失うことを意味するのです。
つまり、それはもしかしたらヨーロッパで数百年続いた資産家たちの破産をさえ招くという提案であったわけです。

それだけの気宇壮大な提案をしておきながら、参加16カ国中、11カ国の賛成を得たということは、これは当時の日本の政治力の凄さということができます。


これ、おもしろいですよ^^


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5月3日 済南事件

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20170504 済南事件


昨日は憲法記念日でしたが、その同じ5月3日として、忘れてはならないのが昭和3(1928)年に起きた「済南事件(さいなんじけん)」です。

大正6(1917)年にロシア革命が起きました。
この後、世界を共産主義支配下に置こうとするいわゆる世界共産主義革命が開始されました。
共産主義は、社会の対立を煽り正当化します。
この時代の支那は、社会環境が劣悪でしたから、民衆の社会への不満が高まっていました。

そうした不満に裏から資金や武器を提供すれば、その動きは激しさを増します。
このことは、国と時代は異なりますが、青瓦台にパククネ大統領に対する不満派が大量に集まったとき、その群衆にペンライトではなく、もし機関銃や手榴弾、迫撃砲などを渡していたらと考えていただければ、すぐに察することができようかと思います。

当時の支那は、明治44(1912)年に清王朝が倒れたばかりです。
同年1月1日に、南京で孫文(そんぶん)が中華民国臨時政府を樹立し、臨時大総統職に就任するのだけれど、軍事力の弱い孫文は、支那内部にある武闘派を掌握しきることができずにいた時代です。
支那は伝統的に、青白きインテリよりも、武闘派が影響力を持つ国です。
日本に留学して知恵と知識を得た孫文は、支那で多くの人々の信頼を勝ち得ましたが、一方で、伝統的な武闘派の掌握ができずにいたのです。

その結果、北京軍閥の長である袁世凱(えんせいがい)に、今日ご紹介する済南事件の2年後の大正4(1915)年には大統領職を譲っています。
そして袁世凱は「中華帝国」初代皇帝に即位しています。

ここは大切なところです。
孫文の「中華民国」の成立は1912年(明治44年)ですけれど、
その「中華民国」は、1915年(大正4年)末には倒れて、「中華帝国」が誕生しているのです。
ところがその「中華帝国」も、翌1916年(大正5年)3月には、帝政取り消し声明が出され、これにより支那国内は軍閥が群雄割拠する時代へと進みます。

ちなみに下の図がこの中華帝国の国旗です。
20170504 中華帝国

こうした中で、大正9(1920)年に起こったのが「尼港事件(にこうじけん)」です。
「尼港事件」は、ロシアのトリャピーチン率いる、ロシア人、朝鮮人、支那人約四千のならず者たちが、共産パルチザンを名乗って、黒竜江(アムール川)の河口にある尼港(現・ニコライエフスク)を襲った事件です。

この事件では、石田領事を含む約700名の日本人居留民が虐殺されましたが、まだこのときは、狙いが日本人だったというよりも、白系ロシア人が標的となっていました。
むしろ日本人は、眼の前で白系ロシア人たちが虐殺(というよりも大量屠殺に近い)される様子を見て、これに抗議し、抗議することでやや巻き添えを食う形で、虐殺されています。

ところがこの尼港事件で味をしめた共産パルチザンは、日増しに乱暴狼藉を激化させるのです。
そして満州や北支方面でのゲリラ活動を激化させていきました。



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秦の始皇帝の再検証

20160917 兵馬俑
(画像はクリックすると当該画像の元ページに飛ぶようにしています)

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秦の始皇帝悪玉論は、いまだに根強く残っているようです。
それが実は誤解であるという論考が「大紀元」で紹介されました。
「大紀元」様のご承諾をいただきましたので、こちらのブログでも皆様にご紹介したいと思います。

先に3つのことを申し上げておくと、

先ず第一に、秦の始皇帝は、漢族ではなく、突厥(とっけつ)です。
突厥は、いまのウイグルのことで、唐代まではウイグルは黒髪、直毛、黒目のモンゴロイドです。
その後、中央アジアでトルキスタンを制圧して混血し、いまのように変化しました。
支那は古代において、農耕民族であるモンゴロイド系先住民と、あとからやってきた狩猟系コーカソイド移民との間で激しい殺し合いが起こりますが、これによって中原を追われて周辺民族となっていったのが、いまの支那の少数民族と呼ばれる人々といわれています。

つまり秦の始皇帝は、過去において中原を追われたモンゴロイドが、再び中原を制圧して支那をひとつに統一し、始皇帝を名乗った人、ということになります。
つまり外来王朝です。
ただし、ウイグルの特徴として、彼らは人も家畜も、生き物はすべて財産と考えます。
つまり人を財産と考えて、支那全土を統一した始皇帝が、ただいたずらに残忍なだけの人物とは考えにくいのです。

二つ目に、先般ご紹介した秦の将軍、司馬穰苴(しばじょうしょ)があります。
彼は、『司馬法(しばほう)』という書を顕し、そのなかで、

 国が大なりといえども、戦を好めば必ず亡(ほろ)ぶ。
 天下安らかなりといえども、戦を忘れれば必ず危うし。
( 國雖大 好戦必亡 天下雖安 忘戦必危)

と説いています。
秦の軍隊は、当時の支那にあって最強で、その勇猛な秦軍の将軍が、上記のような言葉を残しているわけです。
(言葉の詳細については↓参照)
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-3102.html</u>">http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-3102.html

部下を見れば人がわかるといいます。
これだけの人物が将軍として仕えた始皇帝が、ただの暴君とは実際考えにくいのです。

三つ目に、兵馬俑(へいばよう)があります。
始皇帝陵から発見された俑は八千体に及びます。
そしてそのひとつひとつの顔かたちが、おそらくは実際の兵を生き写しにしたものであったろうと言われています。
しかも発見時には、兵士の俑は、無彩色に思われたのですが、その後の調査で、できた当時は、極彩色に塗られていたことが判明しています。
巷間言われてきたように、始皇帝が乱暴な暴君なら、ほんものの人間を埋めたことでしょう。
けれど始皇帝は、雑兵を道連れにするのではなく、親兵の人形(俑)を一緒に埋葬することを選んでいます。
これは、始皇帝が兵たちを信頼し、兵たちもまた始皇帝を慕っていなければ、およそ行われないであろうことです。

というわけで、おかしいなとは思っていたのですが、このたび大紀元に、良い記事が掲載されましたので、ご紹介に至った次第です。
大紀元の本文のご紹介の後、すこし私の考えを述べます。


20160810 目からウロコの日本の歴史




閲覧注意・支那人の食習慣

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森田春代画
20150614 sunuu1


今日の記事は18歳未満閲覧禁止、また成人であっても女性の方は閲覧注意とさせていただきます。

戦前の京都大学・東洋史家の桑原隲藏(くわばらじつぞう)教授が書いた『支那人間に於ける食人肉の風習』という論文があります。
大正13(1924)年3月19日の『東洋學報』第14巻第1号に掲載された論文です。

戦後の京都大学は、左翼の巣窟となりましたが、戦前は世界でも最高水準の学問の府として、本当に優秀な教授陣が揃っていたのです。
なかでも桑原教授は、支那語、女真語、モンゴル語、フランス語、アラビア語など、数十カ国の言語に通じ、古今の文献資料をあたるだけでなく、現地調査まで実施して、真の東洋史を研究された明治3年生まれの教授です。
息子さんにはフランス文化研究者で京都大学教授の桑原武夫先生があり、また東洋史研究家としては、その後岡田英弘教授、宮脇淳子教授などの師匠筋に当たる方になります。

今日ご紹介する『支那人間に於ける食人肉の風習』は、ネットでその全文を読むことができますので、ここでは要約をご紹介します。
全文→http://www.aozora.gr.jp/cards/000372/files/42810_23981.html</u>">http://www.aozora.gr.jp/cards/000372/files/42810_23981.html

要約版は、大正8(1919)年に桑原教授が雑誌『太陽』に寄稿したもので、これをいつものねず式で現代語に訳したものを、ここでご紹介しようと思います。
なお、こちらの要約文の方も、ネットで原文を読むことができます。
要約文→http://www.aozora.gr.jp/cards/000372/files/4270_14876.html</u>">http://www.aozora.gr.jp/cards/000372/files/4270_14876.html

支那人の食人肉風習は、かねてよりねずブロでも何度となく皆様にお伝えしてきたことです。
桑原隲藏の論考は大正末期のものですが、戦後においても、支那の文化大革命の際、当時中学生が中心であった紅衛兵たちが、中学校内に立てこもりました。
当時、この紅衛兵に参加し、後に米国に亡命したある支那人は、
「中学校の校舎を占拠した紅衛兵たちは、教師を殺し、その遺体を煮て食べていた。あまりのことに自分は大人になったら絶対に外国に亡命すると誓い、そのようにした」と述べています。



尼港事件

  
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尼港 1900年
尼港 1900年


今日は、尼港事件(にこうじけん)の際に、現場にいた日本人たちが軍人を中心に決起した日です。
尼港事件というのは、大正9(1920)年3月から5月にかけて、黒竜江(アムール川)の河口にあるニコラエフスクで、約4300人の共産主義パルチザンが引き起こした大規模な住民虐殺事件です。
殺された住民は、当時のニコラエフスクの人口の約半分にあたる6,000名で、日本人はほぼ皆殺し、街の建物もことごとく破壊されました。
犯人の共産主義パルチザンは、ロシア人約3000人、朝鮮人1000人、支那人300人の内訳でした。

もともとニコライエフスクは、ロシアやソ連ではなく、支那女真族(満州族)の土地だったところです。
ここには、大正9(1920)年当時、日本人700名を含む1万7千人あまりが住んでいました。

内訳は次の通りです。
日本居留民 約   700名
白系ロシア人約1万5000名
中国人   約  1000名
朝鮮人   約   500名
日本人700名というのは、日本陸軍の2個歩兵中隊が約260名であり、その他440名は軍属と婦女子です。



閔妃殺害事件

ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!第二巻「和」と「結い」の心と対等意識
2014/04/12発売 ISBN: 978-4-434-18995-1 Cコード:C0021 本体価格:1350円+税 判型:四六 著者:小名木善行 出版社:彩雲出版 注文書はコチラをクリックしてください。
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閔妃
閔妃・明成皇后


いきなり冒頭に不愉快な写真ですが、一般に、李氏朝鮮最後の国王の妻、閔妃(みんぴ)の写真とされているものです。
もっともこの写真さえも、実は当時の妓生(きーせん)の売れっ子の写真とすり替えた偽物であるのだそうです。

この閔妃のことを、昨今の韓流ドラマでは「明成皇后」などと、もっともらしい名前を付しているようですが、これまたとんでもない話です。
当時の李氏朝鮮は、清国の属国です。
ですから清国のボスが「皇帝」であって、属国は「王」です。
「皇后」というのは、皇帝の妻のことであって、王の妻なら「王妃」でしかありえません。
「王」は、「皇帝」の部下なのです。

この閔妃は、後に殺害されています。
その犯人たちは、当時の朝鮮国王によって徹底的に捜査され、犯人は捕まり、犯人だけでなく、その家族まで、全員処刑されています。
主犯格の男は、逃亡していましたが、それに対しては、朝鮮国王は、なんと刺客まではなってこれを殺害しています。

閔妃殺害に関しては、日本がこれに関与したのではないかという説が当時ささやかれ(昔も今も、悪いことをするときは日本人になりすます)、このため日本も、国際社会における非難を畏れて、本件事件に関与したといわれる人物を全員逮捕拘留し、徹底的に調査しています。
結果は、公正な捜査の結果、全員「シロ」でした。
つまり日本人の犯行への関与は完全に否定されています。



三別抄が元寇を遅らせたというデタラメ

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モンゴル騎兵


驚いたことに、最近では元寇について、「朝鮮半島で武臣政権による三別抄の乱がフビライ・ハーンの日本遠征を遅らせた」などというデタラメが、結構流布しているのだそうです。

以下の文は、たいへんおもしろいので、是非、ご一読賜われればと思います。

さて元寇は、ご存知の通り1274年の文永の役と、1281年の弘安の役の二度にわたっての蒙古襲来事件です。
これについて鎌倉武士たちが勇敢に戦い、蒙古と高麗の連合軍を打ち払ったわけですけれど、実は、歴史用語としては「蒙古襲来」が本来の言葉で、「元寇」というのは明治以降になって言われだした言葉です。

どういうことかというと、明治にはいって我が国が国を開いてから(そういえば6月3日は嘉永6年にペリーの黒船4隻が浦賀にやってきた日です)、朝鮮半島や支那などが、「自分たちは倭冦によって被害を受けたのだ」などと言い出したことから、「その前に君たちが日本を襲ったではないか。それこそ元寇だ」と言い返したところから、登場した言葉です。
明治の人たちは、ちゃんと言い返す術を持っていたのですね。

元寇については↓コチラ。
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1570.html</u>">http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1570.html

その元寇は、元を建国したフビライの指示によって日本が侵攻された事件なのですが、この当時の朝鮮半島には、高麗国がありました。
あたりまえのことですが、当時の世界帝国であるモンゴル(なんとアジアから東ヨーロッパまでを版図におさめていた)は、日本にやってくる前に、その高麗へ侵攻しているわけです。

このときに、高麗には勇敢な「武臣政権」があり、その正規軍である「三別抄(さんべつしょう)」がモンゴルと勇敢に戦った結果、日本への蒙古襲来が遅れ、その間に日本はいろいろな準備をすることができて、結果として日本は救われたのだ、というのが、最近の一部の歴史学者(たぶん在日系)の言い分なのだそうです。
聞いて呆れるとはこのことです。

ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
静岡県出身。国史啓蒙家。倭塾塾長。日本の心をつたえる会代表。日本史検定講座講師&教務。
連絡先: nezu3344@gmail.com
著書
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』第1巻〜第3巻
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』
日々、先人たちへの感謝の心でブログを書き綴っています。それが自分にできる唯一のお国への、先人たちへの、そしていま自分が生かさせていただいていることへのご恩返しと思うからです。こうしてねずブロを続けることで、自分自身、日々勉強させていただいています。ありがたいことです。

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議論というものは、すくなくともこのブログのコメント欄が、国政や地方自治、あるいは組織内の意思決定の場でなく、自由な意見交換の場であるという趣旨からすると、互いに互譲の精神を持ち、相手を尊敬する姿勢、ならびに互いに学びあうという姿勢が肝要であると存じます。

私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

ましてや、自分で質問を発したものについて、それぞれお忙しい皆様が、時間を割いて丁寧にご回答くださった者に対し、見下したような論調で応対するならば、それは他のコメントされる皆様、あるいは、それをお読みになる皆様にとって、非常に不愉快極まりないものとなります。

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