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先人たちが目指した日本の姿。それは私達の国が常に「よろこびあふれる楽しい国(=豈国)」であり続けることです。


漢字はChinaから渡来しました。ではその漢字はどこで生まれたのでしょうか。

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便利なものは柔軟に取り入れてきたのが我が日本人です。
我が国は、紀元前200年頃から、紀元後の8世紀のはじめまでという、およそ千年の歳月をかけて、漢字を我が国の文字として日本語の記述に同化していったのです。


篆書体(てんしょたい)
20190216 篆書体
(画像はクリックすると、お借りした当該画像の元ページに飛ぶようにしています。
画像は単なるイメージで本編とは関係のないものです。)


現代の常識のひとつに「漢字はChinaから渡来した」というものがあります。
Chinaで漢字を統一文字として採用したのは秦の始皇帝で、それまでのChinaには、各王朝ごとに、異なる文字が使われていたわけです。
ところがこれでは秦による統一国家の運営ができないということで漢字を共通文字として使用することが定められました。

その漢字が、秦が崩壊後に日本に渡来してきた秦の始皇帝の末裔達や、始皇帝から派遣された徐福などによって日本にもたらされ、これを我が国でも統一文字として採用し、現在に至っているわけです。

ではその漢字は、どうやって生まれたのかと言うと、漢字のもとになった書体が篆書(てんしょ)と言われています。
秦の始皇帝が用いた書体が、まさにこの篆書体でしたが、非常に書きにくいものであったために、徐々にこれが定型化されて生まれたのが隷書体となり、いまの漢字の源流となりました。

では、篆書はどのように生まれたのかと言うと、篆書のもとになったものが甲骨文字(こうこつもじ)であるといわれています。
甲骨文字は、まるでホツマ文字そっくりですが、違うのは、いくつかの記号が組み合わせてできていることです。

たとえば「見」という字は甲骨文字ですと下のようになります。
20190216 見る

上の部分が「目」の象形であることは一目瞭然だと思います。
では下の部分は何から来ているのか。
これは不明とされています。

要するに甲骨文字は、漢字の原型であるとはいえ、その文字はすでに会意(二つ以上の異なる意味を持つ記号を組み合わせること)されて文字になっているわけです。

なんでもそうですが、部品がなければ製品は決してできあがりません。
では、その部品は、どこでどのように生まれたのでしょうか。

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戦時中の徴用労務者と在日Koreanの渡来と引揚げに関する経緯について

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1 国民徴用令はKorean(当時はもちろん日本国民であつた)のみに限らず日本国民全般を対象としたものであった。
2 日本内地ではすでに1939年7月に施行されていたが、Korea(当時は日本国民)への適用は、できる限り差し控えられていた。
3 ようやく1944年9月に至つて、はじめて、Koreaから内地へ送り出される労務者について実施されたが、1945年3月以後は関釜間の通常運航が杜絶したためその導入は事実上困難となつた。
4 3の間に日本本土に居住するKoreanの数は、およそ100万人増加したが、
このうち約70万人は自から内地に職を求めてきた個別渡航者と、出生による自然増加であり、
残りの30万人の大部分は工鉱業、土木事業等による募集に応じて「自由契約にもとづき内地に渡来」したものであり、
国民徴用令により導入された、いわゆる「徴用労務者」の数はごく少数でしかない。


生活保護と住民税免除を要求して長田区役所を襲撃する在日Korean
生活保護と住民税免除を要求して長田区役所を襲撃する在日Korean-1


2010年4月の少し古い記事ですが、当ブログのコメント欄でJUNNさんが、URLを貼ってくださいましたので、あらためて、転載したいと思います。
高市早苗先生のHPに記載されているものです。
文中に「鳩山総理、原口総務大臣」などという言葉が見えますが、民主党内閣時代に書かれたものです。

また、引用にあたり「朝・鮮・人」という呼称を、すべて「Korean」、「朝・鮮」を「Korea」に訂正しています。

ーーーーーーーーーー
【早苗コラム】
2010年04月02日
「在日Koreanの渡来および引揚げに関する経緯、とくに戦時中の徴用労務者について」という外務省資料

https://www.sankei.com/column/news/180428/clm1804280002-n1.html

3月10日の衆議院外務委員会で質疑に立った私が席上配布した資料について、翌日の産経新聞朝刊で報道されたことから、「全文を読みたい」というお問い合わせを多く戴きました。
ご希望の方には郵送でお届けしておりましたが、このコーナーを活用して資料の全文を掲載することと致します。

その資料とは、「在日Koreanの渡来および引揚げに関する経緯、とくに、戦時中の徴用労務者について」(記事資料昭和34年7月11日:昭和35年2月外務省発表集第10号より抜粋)というもので、昭和34年に外務省が作成し、発表したものです。

過去にネット上で話題になったことがありましたが、私自身は存在を確認したことがありませんでしたので、以前から外務省に
「資料が存在するのならば、全文を読みたいので探して欲しい」
とお願いしてありました。
3月に入ってから外務省の方が「古い資料ですから埃をかぶっていましたが、やっと発見しました」と言って、届けて下さいました。

鳩山内閣には、「日韓併合条約によって戦時徴用されたKoreanが、戦後も日本に残ったものの、サンフランシスコ講話条約によって日本国籍を失った(当然、選挙権も喪失した)」という理由をもって、外国人への参政権付与が必要だと主張しておられる閣僚が複数おられます。
鳩山総理大臣も、「今年が日韓併合100年のタイミング」であることをもって、外国人参政権実現を期する旨の発言をされています。

そうなると、外国人への参政権付与の是非を議論する際には、「歴史的経緯の有無を参政権付与対象者の決定要件とするのかどうか」が論点となり、仮に歴史的経緯を有する外国人に限定して参政権を付与する場合には、戦時徴用されたKoreanの正確な数や戦後も日本に残った事情などが、重要な判断材料となります。

私が外務省にお願いして古い政府資料を探していただいた理由は、ここにありました。

以下、全文を掲載します。

(注1)原文は縦書きですので、実際の数字表記は漢数字です(このコーナーは横書きですので、算用数字に変換しました)。
(注2)「あった」は「あつた」というように、当時の仮名使いのまま掲載しました。
(注3)句読点と送り仮名は、原文のままです。




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いまあらためて『脱亜論』を読む

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昨日、福沢諭吉の『学問のすゝめ』をご紹介したので、もうひとつの有名な『脱亜論』について書きます。
『脱亜論』というタイトルは、後年になってつけられたものです。
発表当時にはタイトルはありません。
福沢諭吉が当時「時事新報」という新聞の発行に携わっていて、その社説として明治18(1885)年に書かれた記事が、後年になって『脱亜論』という名称で呼ばれるようになりました。
もともとが新聞の社説ですから、決して長い文章ではありません。原文は、2200字、原稿用紙5枚半の短いものです。
文章は短いですが、そこに書かれたメッセージは、明治政府の基本政策ともなったとても大切なものです。
そしてその内容は、いまこそ我が国において必要不可欠なものです。


20190203 脱亜論
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<原文>
世界交通の道便にして、
西洋文明の風
東に漸(ぜん)し到る処(ところ)
草も木も此風に靡(なび)かざるはなし
蓋(けだ)し西洋の人物
古今(ここん)に大(おおい)に
異(ことな)るに非(あら)ずと雖(いえ)ども
其(その)擧動(きょどう)の
古(いにしえ)に遲鈍(ちどん)にして
今に活潑(かっぱつ)なるは
唯(ただ)交通の利器(りき)を利用して
勢に乘(じょう)ずるが故(ゆえ)のみ故(ゆえ)に
方今(ほうこん)東洋に國(くに)するものの爲(ため)に謀(はかUるに
此(この)文明東漸(とうぜん)の勢(いきおい)に激(げき)して
之(これ)を防ぎ了(おわ)る可(べ)きの覺悟(かくご)あれば
則(すなわ)ち可(か)なりと雖(いえ)ども
苟(いみじく)も世界中の現狀を視察して
事實(じじつ)に不可なるを知らん者は
世と推(お)し移(うつ)りて
共(とも)に文明の海に浮沈(ふちん)し
共に文明の波を揚(あ)げて
共に文明の苦樂(くらく)を與(よ)にするの外(ほか)ある可らざるなり。


<現代語訳>
世界の交通の便がよくなり、西洋文明の風が東へ東へと向かってきました。
草も木もこの風に靡なびいています。
けれども、西洋の人物が我々と異なっているわけではありません。
彼らの活動は近年、活発になっていますが、それはただ彼らの交通手段を利用して、勢いに乗っているにすぎないことです。
しかし東洋に国を持つすべての人のために考えてみれば、西洋文明の東進の勢いに腹を立てて、これと戦って防ごうとする覚悟は良いとしても、世界の現実を見るならば、これに勝利することは不可能であるというもまた事実です。
むしろ、ともに文明の変化のときであると知り、苦楽をともにして変化を起こしていく他はないといえます。

<原文>
文明は猶(なお)麻疹(はしか)の流行の如(ごと)し。
目下(もっか)東京の麻疹は西國長崎の地方より東漸(とうぜん)して、
春暖と共に次第に蔓延(まんえん)する者の如し。
此時(このとき)に當(あた)り、
此(これ)流行病(はやりやまい)の害を惡(にくみ)て、
此を防(ふせ)がんとするも、



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コンゴに学ぶこれからの日本

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かつて、人間の手首が通貨として流通した国がありました。
その歴史をたどると、自立自存とそのための軍事力ががどれだけ大切なことなのかが、はっきりと見えてきます。


コンゴ民主共和国
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中東からアフリカ一帯の諸国は、あまり日本人にはなじみがないところかもしれません。
けれど、これまでヨーロッパ諸国がそれら地域に介入し、現地でどのようなことがあったのか。
それを知る意味で、1996以降のわずか19年で、600万人が亡くなったコンゴは、そのひとつの典型といえるところかもしれません。

「ザイール」という国名を聞いたことがある方も多いかと思います。
昭和46(1971)年にルワンダの支援を受けたコンゴの反政府勢力が打ち立てた国で、その後も内乱と戦闘が相次ぎ、平成9(1997)年5月に、再び国名が「コンゴ」になりました。

コンゴは実は、15世紀の終わり頃まで、この国はコンゴ王国として、王制のもとに各部族が統一され、近隣諸国とさかんな交易も行われる、平和でたいへんに栄えた国だったのです。
それがなぜ、いまだに内乱の中にあるのか。
実はそこに植民地支配の恐ろしさがあります。

 ***

はじめにコンゴに、西洋人たちやってきたのは、1482年のことでした。
ポルトガル人がやってきたのです。
日本に西洋人がやってきたのは、1543年(1542年という説もあり)のことで、この年に鉄砲も伝来しました。
コンゴにポルトガル人がやってきたのよりも、約60年後のことです。
簡単にいえば、だいたい似たような時期に、ポルトガル人がやってきたわけです。

コンゴでは、最初にポルトガル人がやってきた2年後の1485年には、コンゴ王国とポルトガル王国との間で国交が結ばれています。
この国交条約は、双方の国が「対等な関係」にたつという内容のものでした。
ともに五分と五分のお付き合いをする。
ただし違うのは、ポルトガル宣教師によるキリスト教の布教を認めることが、条件となっていたことです。

コンゴはこれを承諾しました。
人の道を解く宗教であるし、これといって問題視することもないと思われたからです。
1491年には、ローマから宣教師も派遣されています。
そしてコンゴ国王のジンガ・クウは、自身をカトリックに改宗し、さらに自分の息子で王子のジンガ・ムペンパを、ポルトガルに留学させました。


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スサノヲ渡来人説を斬る

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日本は、何も半島やChinaに限らず、良いものは良いとして世界中から、良いものを受け入れてきた国なのであって、Chinaや半島に依存していたのではありません。
ここを間違えると、「日本文化はChinaやKoreaからやってきた渡来文化である」といった、誤ったドグマに汚染(汚鮮)されてしまうことになります。


20190120 素戔鳴尊
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画像は単なるイメージで本編とは関係のないものです。)


スサノヲのミコトが渡来人だという風説があるようです。
その説をとなえておいでの方の論拠は、日本書紀に一書(あるふみ)にいわくとして、
1 素戔嗚尊がはじめ新羅に降って後に出雲に来た
2 素戔嗚尊が後に新羅に行き根の国に入った

という記述があるから、というものです。

ある方から「ほんとうですか」とご質問をいただき、以下のようにご回答申し上げました。
他にも同様の論考でお悩みの方もおありかと思い、こちらにも転載します。

日本書紀は、本編で物語りを紹介した後、「一書曰(あるふみにいわく)」として、当時の異説を紹介しています。
そして、スサノヲに関する記述のところにも、その「一書曰」があります。
その部分を原文でご紹介します。
まず1からです。



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田道間守と和菓子の歴史

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お正月には「きんとん」は、白と緑のきんとんを配します。
これは雪の下から新芽が萌え出る様子を表わしている。
さらに梅の頃になると「きんとん」は、赤と白で梅の花となり、11月には、茶色に白い粉糖が振りかけられて「初霜」となります。
同じ中味なのに、その見せ方がまるで違っていて、そのひとつひとつが季節感を漂わせたものとなっている。

そういえば小学校の頃、親が建て前の引き出物でいただいてきたお重の桜のきんとんを、ひとりで全部たいらげてしまって、「お行儀が悪い!」と叱られたことがあったなあ(笑)。


和菓子


和菓子というのは、日本の伝統的製造法で作られたお菓子のことです。
明治時代以降にヨーロッパなどから新しく日本に入ってきた洋菓子に対して使われるようになりました。
和菓子の特徴といえば、「美的鑑賞にも堪えることを期待されて発達したお菓子」であるということです。

実は参議院議員の中山恭子先生が、拉致被害者の救出に北朝鮮に行ったときのことですが、このとき面白いエピソードがあります。
恭子先生は手みやげにと、ハンドバックの中に、横田早紀江さん(拉致被害者横田めぐみさんの母)が書いた「めぐみ」という本、それと二段重ねのお重に入れた和菓子を北朝鮮に持参されたのだそうです。

北朝鮮に到着し、空港の待ち合い(そこはずいぶんと広い部屋だったそうですが)で、被害者のみなさんをお待ちしている間、北朝鮮の官吏たちが、ずいぶんとやってきました。
そこで恭子先生、持参した和菓子のお重をひらいて、「どうぞ」とお勧めしたのだそうです。

先生は、無事拉致被害者を救出して日本に戻られたのですが、その後に、実は北朝鮮から「きつい苦情」が寄せられました。
その苦情というのが、
「二度と本と和菓子は持ってこないでください・・・」

本は、わかります。
なにせ「めぐみ」を持参したのです。
北朝鮮も、処置に困ったことでしょう。
けれど「和菓子を持参しないでください」とは・・・。
きっと、和菓子を食べた北の職員達が、その美しさと味のやさしさに、心まで溶かされてしまったのでしょう。
和菓子には、そんな不思議さがありますね。

そういえば、和菓子に合うのはやっぱり緑茶ですが、なんとなく不思議に思うことに、ケーキやカステラなどの洋菓子は、テレビを観ながら食べても美味しいけれど、和菓子はテレビがついていると、なんとなくせっかくの和菓子の味の繊細さや見目の美しさを堪能できないような気がするのは、ボクだけでしょうか。

さてこの和菓子、実はとんでもなく歴史の古いものです。



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和気清麻呂に学ぶ

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和気清麻呂のような人物が歴史の節目節目に現れることによって、日本は、日本の国柄が守られてきました。
和気清麻呂は、奈良時代末から平安時代初期に生きた、いまから1300年も昔の人です。
そしてその心は、現代日本にも、いまだしっかりと息づいています。
こんどはひとりひとりの日本人が清麻呂になる番です。


和気清麻呂
20151227 和気清麻呂


和気清麻呂をご紹介するにあたり、高森明勅先生のお言葉をそのまま拝借します。

「歴史上、数多(あまた)の英雄豪傑偉人がいる中で、
 皇居周辺に銅像が建っているのは二人だけです。
 貴族文官からひとり。
 武将からひとりです。
 貴族文官のひとりは和気清麻呂(わけのきよまろ)です。
 和気清麻呂は戦後、歴史からまったく消されてしまった人物ですが、
 戦前戦中の日本人なら学歴居住地に関わりなく、
 誰でも知っていた人物です。
 ところがいまでは東大を卒業していても和気清麻呂を知らない」

和気清麻呂(わけのきよまろ)は、簡単にまとめれば、
「道鏡が天皇の地位を狙ったときに、
 これに抗して天朝を守り、
 そのため別部穢麻呂(わけべのきたなまろ)という
 ひどい名前に改名させられた挙句、
 大隅国(現在の鹿児島県)に流罪となり、
 後に赦されてからは、
 広大な土木工事を行って民の暮らしの安寧を測り、
 またいまの京都である平安京への遷都を進言して、
 その造営を図った、我が国の歴史上の人物」
となります。



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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

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私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

ましてや、自分で質問を発したものについて、それぞれお忙しい皆様が、時間を割いて丁寧にご回答くださった者に対し、見下したような論調で応対するならば、それは他のコメントされる皆様、あるいは、それをお読みになる皆様にとって、非常に不愉快極まりないものとなります。

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