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敷嶌のやまと心の道とへば朝日にてらす山桜花(本居宣長)。日本は天皇を国家最高権威とし、民を「おほみたから」とする「シラス国」です。


建国の意思はどこまでも

江戸時代までの日本という国は、いわゆる「統一国家」ではなかったんですね。
「藩」が国家だった。
そして天下の頂点におわすのが天子様、つまり天皇でした。

「藩」の中で最大の親分である徳川幕府が、日本列島の3分の1の領土を持ち、圧倒的強大国家だった。徳川幕府の建国の意思は、兎にも角にもこの国から「いくさ」の悲惨をなくすこと。
だから全国の諸大名の配置も変えたし、大名には江戸に人質を置くことを強制したし、参勤交代を命じて諸大名の財力を削ぐことにも邁進した。
おかげで日本は江戸300年の平和の時代を過ごすことができた・・・・とまぁ、このあたりはよく知られた話です。

ただ、一点、間違いを修正しておかなくちゃいけないのだけれど、そうした藩(国)をこえた日本全体という意識もちゃんとありました。それは「天下」と呼ばれたし、その天下を治める存在として天皇がおわしました。
ここは誤解してはいけないところです。

ところで徳川さんの平和への嘱望は徹底していて、男性がヒゲをはやすことも禁じたんですね。男がヒゲを生やすのは武威を張ることだというんです。
城を改築したらそれだけで、いくさを起こし、世を乱そうとするといって藩おとりつぶし。なにせ相手は全国の3分の1を領有する大親分だから逆らえない。

ついでにいうと、今でいう警察のことも、奉行、与力、同心で行った。
奉行というのは、行いをたてまつる者。つまり民のために自らを律し、民の行いが歪まないように、民にすべてをささげる者。
与力は、民に力を与える者。
同心は、民と同じ心で民に奉仕する者、とされた。
国家権力で上から抑えるのではなく、民を第一とした。

こうした治世が300年続くことで、オカミは、民から絶対的な信頼を勝ち得た。

ところが、国土の3分の1を領有する徳川幕府も、外国が参入すると治世には限界がある。当時、上海などに視察にでかけた武士たちは、清朝が欧米の植民地政策によって、庶民が奴隷家畜状態に置かれている現況を見て、大きな衝撃を受けた。

教科書では黒船来航が日本を開国させたように説くけれど、黒船自体はきっかけのひとつにすぎない。

欧米列強による植民地支配の恐怖を見せつけられた日本人は、欧米の夷敵を打ち払うためには、国内が藩ごとに独立していては、この国は守れないという強烈な問題意識を持ちます。実際、長州、薩摩はそれぞれ独自に黒船に戦いを挑み、あっという間に粉砕されている。
このうえは藩を統して国としてまとまらないとヤバイ。

そうして建国されたのが、大日本帝国です。
従って大日本帝国の建国の意思は、尊王攘夷、そこから発せられる植民地支配からの脱却、ひいては人種平等にあった。よく尊王攘夷がいつのまにか尊王開国へと変遷したのではないかという人もいるけれど、それは違う。圧倒的な欧米列強の武力の前に立ち向かうには、むしろ積極的に列強の技術や文化を受け入れ、学び、さらにこれに打ち勝つ実力を身につけなければならないとされた。

つまり、明治政府の建国の意思は、人種差別撤廃・・これがいわば日本の国是となった。日清日露の戦い、第一次世界大戦への参画、大東亜戦争への取組み、それらすべては、人種差別撤廃という国是のもとに推進されている。

要するに、建国の意思というものは、その国の政権が消えてなくなるまで存続し、その国の基本的パラダイムとして当該国の方向を決定づける。

同様に、中華人民共和国は、清朝末期、欧米列強が中国を分割植民統治していたものを日本がこれを駆逐。その日本を連合国の一員として追い出し、人民を解放し、一党独裁による共産主義政府を樹立した。実際には、日本軍がいる間は山間部に隠れ、日本兵が終戦で出て行くときに、武器を持たない日本人を殺し、財物を奪い、資力をつけて中国国民党を追い出しただけなのだけれど、そういう事実を認めたら建国にならないから、「われらは日帝を追い出し、勝利し、人民を解放した義勇軍である」というのが彼らの国是となっている。
だから、中華人民共和国における建国の意思は、「抗日と人民解放」にある。
そしてその意思は、中華人民共和国という国家体制が続く限り、なくなることはない。

中国にとって、ウイグルやネパールは、日本支配とはなんの関係もないエリアではないかという人もいるかもしれないが、それは違う。人民解放の義勇軍である彼らにとっては、共産主義でない国家はすべて改革開放の対象であり、入植後は、その改革開放のためにその地の宗教を否定し、もとからある国家体制を否定し、中国共産党の支配下におく。これこそが人民解放のためだからと説かれる。

そのために、当該地域の経済経営はすべて入植した共産党員で独占するし、優秀な義勇軍と血を交えることは、人民解放革命の一環としての正当な行為だから、適齢期にある女性は徴用し、中国共産党員の子供を孕ませる。
共産主義は家庭を階級闘争の場として否定する。

孕ませられ、中国人の子を産んだ女性は、父親の扶養を受けることなく、自分の手で子を育てなければならない。それが家庭という男女の階級闘争に勝利することだからと説く。

なんともひどい話だけれど、彼らにとってはそれが国是であり、建国の理念の実現なのです。

そしてその理念は、国家がなくならない限り、存続し、先鋭化する。

そして中国共産党のもうひとつの国是は、「抗日」です。
その「抗日」は、日本が現在保有している国力の全てを、中国共産党の支配下に置き、日本を中国の属国として、日本人民民主共和国を樹立させるまで、止むことはない。
→参考:中国「日本支配工作要領」
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-448.html

中国について、もうひとつ大切なことは、中国共産党はアメリカがバックアップする中国国民党を追い出したということです。
つまり彼らは、
日帝に変わる新たな支配をもくろむアメリカを追い出した→中国共産党はアメリカに勝利した→中国はアメリカと互角に戦える唯一の国である→敗者アメリカは、いずれは中国共産党の支配下におき、米国が保有する国力のすべてを中国共産党の支配下におかなければならない、とされていることです。
これが中華人民共和国という国家の建国の意思でもある。


朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)においても、実際には日本統治時代、ごく少数の思想的強盗団だった金日成一味が、終戦で復員する日本人を襲い、財物を強奪し、北にあった日本の最新型重工業地帯を摂取した。

ただ摂取しただけだから、その後の工業化はまるで推進せず、だから北朝鮮の工業設備は戦前の設備のままだし、国家としての工業力も1960年代のまま(実際には1940年代のまま)まるで成長していない。成長していないどころか、老朽化が著しい。

北にとっての国是は、中国とおなじく、「抗日」であり、北の人民に、常に日帝からの危機を煽ることだけが、国家の成立の要件となっている。

だから、ありとあらゆる方法を使って、日本の政治経済を混乱させようとするし、軍備は常に敵国日本に向けて整えられている。

韓国においても、わが国政府は、日本と戦い自由と民主主義を手に入れた、というのが建国の理念であり、日本は、常に敵国とされている。

歴史的事実は、単に李氏朝鮮時代のヤンバンが、再度国内の主要産業を牛耳り、国内のエスタブリッシュメントに返り咲いて、国民から収奪しているだけなのだけれど、とにもかくにも抗日が国家成立の理念であり、国家意思である以上、彼らにとって、日本はいつまでも敵国でありつづけることになる。

要するに、この項でボクがいいたいのは、国家成立時の理念は、いつまでもその国の根幹をなし、その国家の行動を決定づけるパラダイムとなる、ということなのです。

では、現代日本はどうかというと、日本が成立した終戦時の国家意思は「非戦・復興・平等」にあった。
ひらたくいえば、
・もう戦争はやだぁ
・焼け野原をなんとかしようぜ
・みんな平等に~~♪
の3つ(笑)

残念ながら、あまり前向きなものではない^^;
唯一、「焼け野原をなんとかしようぜ」が、経済強化に結び付いているくらいで、その意味で戦後日本人の価値観には、責任とか忠義、共同体への帰属、強気をくじき弱きを助けるといった「正義」に関する価値観が完全に欠落している。

つまり、正義なき非戦争、正義なき経済、正義なき平等が、戦後日本の建国の理念になってしまっている。

建国の理念は、その国が解体するまで続く。

いくさを嫌った江戸幕藩体制は、戦闘集団である武家を温存したまま300年続いたが、欧米列強の植民地支配を前に、その体制が崩壊。日本人は欧米列強に対抗し、人種差別撤廃を国是とする明治政府を樹立した。

いまの日本は、日本人の勤勉、礼儀正しさを温存しつつ、いま一定の経済力をつけた特ア抗日戦線による侵略を受けようとしているのかもしれない。

日本が生まれ変わるためには、非戦・復興・平等という戦後日本の価値観を抜本的に修正する、新たな価値観を樹立しなければならないのかもしれない。
そんな気がします。

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方法論知ってる?憲法改正 / 破棄 / 無効確認


性教育には我が国の家庭を打ち砕くという政治目的がある

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2年ほど前なのですが、産婦人科の先生の講演を聞く機会がありました。

その産婦人科では、毎月数件、小中学生の妊娠・堕胎をあつかっているというのです。

来院するのは女の子のほう。
そして相手の男性は9割が、実の兄なのだそうです。
兄に犯され妊娠する小中学生の童女があとを絶たない・・・
異常な事態です。

また、ある方から、情報をいただきました。

日教組の過度の「性教育」の件です。

性行為を10歳ぐらいの子供に、人形を使ったりして、実際に見せたり、手鏡で自分の性器を見て確かめなさいといってやらせたりとか・・・およそ、信じられない信じたくないことが、い目の日本では行われているらしいのです。

とりあえず、子供たちのセックスが、最近早い早い・・・小学生の2割とか、高校生になったら、3月に一人の割で相手をかえている?!

冗談じゃない!

20歳にもならないやつらが、もう、全部すみました。恋?昔のことって、それは恋じゃないよ。恋じゃなくて単なる動物のセックス!

で、いくつになっても結婚もしない、子供もつくらない。

間違っていると思います。

性なんてものは、教えられなくても自然にそうなるものです。

実際、学校があったかなかったかわからない石器時代だって、人間はえっちをしたし、おかげで人類がいまに続いている。わざわざ教えるひつようなんてどこにもないが、なんと、下のVTRを見ると、教師がごていねいに、おしっこの仕方まで実演で教えている。

小水ぐらい、教えられなくても、普通誰でも出しますが・・・

学校で教えなければならないのは、性ではなく、人として立派に生きることや、異性を大切にすること、人を愛することです。

すこし古いですが、今年3月、東京都日野市の都立七生養護学校の性教育をめぐり都議が視察で批判したことに対し、東京地裁が、「学校の性教育に介入し、教育の自主性を阻害した」などと都や都議3人に計210万円の賠償を命じたという事件がありました。。
■関連記事:性教育 過激な内容正すのは当然
http://sankei.jp.msn.com/life/education/090314/edc0903140337000-n1.htm

問題となった性教育は性器のついた人形を使うなど不適切な内容です(下の動画参照)。

都議らの是正に向けた取り組みは当然の行為と思う。

もっとも裁判所は、法に基づき審判を下すところだから、教育基本法が定めた「不当な支配」、ならびに都議による物品の押収に対し、これを不当として都議らに一部賠償を命じる裁定をしたのはやむをえないかもしれない。

しかしたいせつなことは、性教育というものは、そもそも共産主義思想からきているということです。

マルクスは、人間を疎外しているもの2つを取り除けば人間は解放されると説いた。
何かというと、「宗教」と「家庭」です。

共産主義思想では「家庭」というものを「男性が女性を支配する最初の階級闘争の場」であると説いている。
あるいは「家庭」は、私有財産を子供に相続させるための場である、ともいう。
だから「家庭」というものを解体しなければ、共産主義革命は成し遂げることはできない、というのです。

つまり、性教育というものは、我が国における家庭という共同体を根本から打ち砕くという政治的意図をもって行われている。

HIV感染への危険などを切り口に、学校で性を教育するというのは、要するに子供たちのもつ性的好奇心を刺激し、家族や家庭を崩壊させようとする、これは政治運動なのです。

そして、家族や家庭の中心となる柱は、やっぱりお父さんであり、その父親は、家庭内における国家の象徴でもある。

家族や家庭を否定するということは、身近な共同体の否定であり、そのことは大きくは国家という共同体をも否定する。

とにかく、教育の場における共産主義者、社会主義者を徹底して追い出さなければ、日本の家庭は崩壊し、国家も崩壊する。

市民が黙っていたら、彼らはいよいよ増長するだけです。

悪の魔の手から、子どもたちを守れ!!
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小学校の異常な性教育授業風景


朝鮮飯店は売上がなくてもつぶれない?!

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ブログの更新、しばらく、お休みしちゃいました。

その間も、毎日たくさんの方にご訪問いただき、たいへんありがたく、またうれしく思っています。
ほんとうに、ありがとうございます。

また、たくさんの方から貴重なコメントをいただき、これもほんとうにうれしいです^^

ひさびさに記事を書こうとしたのですが、書きたいことがいっぱいたまってしまって(笑)

突っ込みどころ満載の党首討論での鳩山発言。スパイ防止2法案の成立と新型インフル加熱報道の不思議な関係等々、なんどもなんども書いては消し、書いては消し・・・^^;
もうぜんぜんまとまらないので、今回は、おおきく肩の力を抜いて、さわりだけをちょっと書いてみます。

多くの現代日本人は、政治に目を向けることを、罪悪のように思っています。
そうやって、日本人の抵抗勢力は分断され、骨抜きにされ、日本人の中ではほんの少数しかいないサヨク主義者やプロ市民に政治を牛耳られてしまっている。

彼らには、運動のための給料がでていますからね^^
そりゃあ、そうなる(笑)

ちなみにね、飲食店の廃業率って、商業統計によると年間12.6%なんです。
ということは、飲食店を開業して、10年経って生き残れるお店は、4件に1件しかない。

実際、ご近所のラーメン屋さん、喫茶店、レストランで、10年前とくらべると、ほんとうに多くの飲食店がつぶれているのにお気づきになると思います。

ところが、韓国料理店、朝鮮料理店って、たぶんお近くにもあると思うのだけれど、ぜんぜんお客がはいっていなくても、なかなかつぶれない。
あれだけ客がはいらなくて、つぶれないなんて、ふつうありえないのにほぼすべてのお店が生き残っている。
考えてみると不思議です。

加えて、そういったお店のほぼすべてが、おおむね厨房も、ホールともにおばちゃんひとりが切り盛りしてる。
てことは、旦那はどこいった??(笑)

実は、そうしたお店のほぼすべてが、半島系スパイの拠点となっていると言われています。
つまり、お店は擬装用。

なのでお店は、客がはいろうがはいるまいが、関係なく営業を続けていることができる。

明確な政治的意図を持った一部の集団。
政治的意図を持つこと自体を去勢された多くの日本人。

いつの間にか国政レベルでまで日本は骨抜きにされている日本人。

安倍さんはそうしたものと真っ向から戦い、全身血まみれになって斃れました。
福田さんも刺されてしんだ。
あそうさんは、折からの景気対策を突破口に、いまそうした国内勢力と必死に闘っている。いまの日本はそんな図式のようです。

歴史は繰り返すといいます。

高官であられた田母神(大塩平八郎)が倒れ、井伊大老(安倍首相)が殺されました。
小沢秘書逮捕は、なににあたるのかな?(笑)
そしてこれから、戊辰戦争(衆院選挙)が始まろうとしている。

あるいは、北の核実験やミサイル発射が、黒船に相当するのかな^ー^

おそらく、北は暴発すると思います。
その暴発を前に、北を属州にしようと目論むシナと、第二次朝鮮戦争によって、景気回復を図りたいアメリカ軍産複合体との情報戦争がはじまっているのかもしれません。

そのときは日本も紅蓮の炎に包まれる。
多くの人命が失われる。

麻生さんが、得意の外交を駆使して、なんとか北からの危機を回避しようと必死になっていることを、民主党さんはわかっているのかな。
それともわかっているから、抵抗してる?

でもね、実際に北が戦争をしかけたら、国力の違いで北が崩壊するのはあきらかです。当然北は、戦争寸前の挑発行為はするけれど、実際に開戦まではしたくない。

ところが北に開戦させることは、シナと米国にとっては、ものすごくメリットがある。

なぜなら、いざ開戦となれば、大量の武器弾薬がいる。北の唯一の同盟国であるシナは、北へ武器を売ることで大儲けできる。

でも、北にはそれだけの武器を買う資金力がない。

ないならその資金は日本にださせればよい。

日本では、政府自民党が北への資金提供を拒んでいる。それなら最大野党である民主党にすこし資金援助して、政権をとらせればよい。

日本人はまじめだから、民主が政権を取ったら、約束通りに必ず北への資金援助を実現してくれる。

だから日本中の工作隊が、ありとあらゆる手段で自民を引きずり降ろそうとする。民主党に政権をとらせようとする。
在日団体などにもちょっとオイシイ餌をちらつかせて協力させる。
日本人には気付かれないようにインフルでワイドショーを独占し、情報から隔離する。

その一方で、北を開戦に向けて、どんどん追い込む。ありとあらゆる方法で北を追い込む。

第二次朝鮮戦争を勃発させる。
戦場は、韓国エリアと日本本土。

シナは、戦争終結後に半島の委任統治を国連から受託する。こうして半島はシナの自治省になる。

同時に、シナは、混乱に乗じて尖閣領域を日本から奪う。こすることで、日本の持つ、尖閣領域に眠る地下資源(一説によればサウジに匹敵する膨大な石油と天然ガス)を手に入れる。そのためには、第二次朝鮮戦争の戦場は、半島の南だけでなく、日本本土をまきこまなければならない。

つまり、シナは、北に武器を売って儲け、北の暴発後は半島と東シナ海を手に入れようと目論む。

北の武器の購入資金と戦費は、北にとっての敵国である日本に出させるのだから、そのためには、日本国内でありとあらゆるスパイ活動をし、北寄り政治家になんとかして政権をとらせようとする。北への資金提供を拒む自民党を追いやり、民主党政権を誕生させて、北への資金提供を具現化する。

日本から北に武器購入資金が渡り、北がシナから大量の武器を仕入れると、それだけ戦火が拡大する。国連安保理を中心に、米中が中心となって、その陳圧のために動く。巨額の軍事資金が動くが、韓国はカネを持っていないが、日本はカネをもっている。日本を戦場にし、その陳圧のためとなれば、日本の資金で、陳圧軍である米軍の戦費は、すべて日本にださせることができる。米軍産複合体にとって、これほど好都合なビジネスチャンスはない。

敵の敵は味方です。シナをあおり、北をあおり、北の武力を増強させ、その資金を日本に出させ、東亜を火の海にする。

平和のために乗り出す米軍。北はシナの自治州となり、韓国と日本の大都市は焼け野原になる。

経済力からして、半島紛争は、イラクの比ではない。
莫大な資金が動いて、米国経済は瞬く間に復活を遂げる。

北朝鮮と韓国はなくなり、半島はシナの自治省になる。

アメリカは、韓国を失うが、そのかわり米本国の経済を立て直すことができる。

シナは、旧北朝鮮、旧韓国であった半島を領土に加え、日本の領海である尖閣領域も手に入れ豊富な資源を確保できる。

戦場となるのは、韓国と日本です。
韓国と日本の大都市は、ほぼ壊滅する。ほんのミサイル数発です。すぐです。

戦闘開始前、北がシナから武器を買うと、当面のシナの経済も潤う。

そう考えると、当面の北と、シナと、米国の利害は、日本に民主党政権をとらせるという方向で、完全に一致しています。

民主党は政権交代を標榜するけれど、民主党は政権交代後の日本の姿をなんら描くことができないでいます。

当然です。日本は戦禍に包まれる。姿の描きようがない。

ただ、世界には、こうした動きを好ましくおもわず、なんとか戦火を回避したいという動きもある。

日本はね、いい加減、目をさますべきです。

北の暴発のあとにくる日本が、シナの属国なるのか、ほんとうの意味での独立を手にする国になるのかは、わたしたちひとりひとりの日本人の意識にかかっているのだと思います。

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【田母神塾】田母神講座Part1:歴史認識[桜 H21/5/23]


大東亜戦争に勝利した日本

大東亜戦争

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台湾に、鄭春河という方がいます。

こよなく日本を愛してくださった方で、多くの著作を残しておいでです。

簡単に略歴を申し上げます。

1920年(大正9年)、台湾・台南州北門郡佳里町生まれ。
1939年(昭和14年)、早稲田大学中学部(校外生)卒業後、台南神社にて神職教育を受け、北門郡雇員(公務員)と北門神社奉仕を兼務。
1943年(同17年)、特別志願により陸軍第一補充兵に編入。翌年、台湾第四部隊に入営後、豪北派遣。チモール島にて終戦。
1946年(同21年)6月、復員して台湾に帰郷。戦後、日本人容疑で検挙されるも、無罪判決により政治大学課程を履修。
製油会社等の部長を歴任後、社長・顧問を歴任。
1997年(平成9年)、台南・延平郡王祀(鄭成功廟)にて催された複台記念日祭典に神道式祭典を斎主として厳修。
1988年(同10年)、台中・宝覚禅寺の「霊安故郷」碑前にて催された「台湾同胞戦争裁判犠牲者合祀祭」の神道式祭典を斎主として厳修。
2005年(同17年)12月22日、台南にて逝去。

この方が、大東亜戦争の意義について語った一文があります。

まことに大事なことを言っいます。

原文はすごく長文になりますので、以下はねずきちが編集したものです。
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【嗚呼大東亜戦争】鄭春河 著
http://www.senyu-ren.jp/AA/AA.shtml
↑原文はこちら。


戦争は政治の一環であり、戦争目的は政治目的でもある。

では大東亜戦争の戦争目的(政治目的)は何だったのか?
その目的は、
1、経済の安定
2、国防の安泰
3、アジア諸民族の解放、
にまとめあげられる。

1、経済の安定

昭和に入ってからの日本経済は全く死に体であり、現在の豊かな感覚では想像できない貧乏国であった。
その日本が、今や経済大国と言われるまでに発展し、個人々々についての格差があるにしても、国民は世界で最も平和で豊穣な生活を享受している。

一方戦勝国の戦後は如何であったろうか?
ソ連や中共の国民生活は言うに及ばず、米国は日本に勝ったその日から、ソ連という大敵に対抗して軍備増強に迫られ、米ソ共に莫大な軍事費の支出に耐えかねて、国家経済が破綻して西側陣営に屈伏し、世界一の債権国から債務国に転落したのである。

イギリス、フランス、オランダも海外に保有していた広大な植民地の総てを失い、二流国に甘んぜざるを得なくなった。


2、国防の安泰

戦前の日本は、北にソ連、西に中国、東に米国、南に英、仏、蘭と四周敵に囲まれており、とりわけ米ソは当面する最大の強敵であって、国家予算のかなりの部分を国防費用に回さなくてはならなかった。
貧乏国日本にとって、膨大な国防費は国家経済の限界を超えた大きな負担であり、それだけ国民生活が圧迫されていたのである。

戦後の日本は、アメリカの大きな核の傘にすっぽりと覆われ、日米安保条約によってすっかり守られておった。曾つての占領軍は、今や番犬となり、日本はGNP一%程度の予算の二流軍隊でお茶を濁し、せっせと経済発展(金儲け)に専念した。
四周にいた敵も、ソ連一国となり、それも今や熊から牛に変身してしまった。明治以来、国防がこれ程安泰になったことはなかった。


3、アジア諸民族の解放

戦前の世界地図を見れば一目瞭然である。
世界の大部分が白人の植民地であり、支配地域であった。
第一次世界大戦の後設けられた国際連盟は、白色人種だけの繁栄と幸福を図ることを目的とした機関であり、有色人種は白色人種に奉仕する為の存在でしかなかった。

戦後民族自決の気運が急速に高まり、日本が標榜したアジア諸民族の解放は、アジアのみに止どまらず、全世界から植民地が一掃されるに至ったのである。

大正時代、国際連盟で人種差別撤廃を提案した日本が、白人諸国の大反対で否決されたことを思うと、まさに今昔の感がある。

戦前には、白人種の前に卑屈な程に跪いていた有色人種が、何故、急速に自信と自覚を持つようになったのだろうか。戦後、英国宰相チャーチルが述懐して次のように言った。

「英帝国が終焉した理由は、英軍がアジア人の目の前で日本軍に惨敗したからである。
一度失墜した権威を、もう一度掲げることは出来っこない。
英軍は戦後も依然として強力だが、しかし世界の人々は、英軍がアジア人に負けたのを見てしまった」


有色の日本がホンコン、シンガポールで英軍に大勝し、フィリッピンの米軍を駆逐したのを目のあたりに見た世界の有色民族から、長年の間に習性とまでになったいた白人隷属の卑屈な気持ちがヴェールを剥がすかのように一掃され、「白人優位、白人不敗」の神話は、これを機に音を立てて崩壊したのであった。

白人優位の帝国主義世界が続く限り、日米戦争が昭和十六年に勃発しなくても、何年後かに起こったであろうところの避けて通ることの出来ない宿命であったと思われる。
まさに大東亜戦争は、有色人種の白色人種に対する壮絶なる巻き返しであり、そしてその力と気迫を持っていた国は、その当時は日本しかなかったのである。

このように此の黄白戦を見ると、日本は戦争に敗れたものの、四十余年がかりで大東亜戦争の戦争目的(政治目的)を立派に達成したと言う事が出来る。

古今東西永遠に続く戦争はない。
しかし政治は永遠に継続し、しかもそれは過去の足跡の上に積み重ねられるものである。

そして、この黄白の決闘以来、それまで世界の通念となっていた帝国主義が崩れ、国威宣揚の方策であり、美謀でさえあった戦争が罪悪という観念に変わり、世界平和と万邦協和こそ、それぞれの国が繁栄する最良の方法であることを知らされたのである。

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クラウゼヴィッツの戦争論によれば、

「戦争に勝った敗けたかは、戦争目的を達成したかどうかによって決まる」とされています。

大東亜戦争の開戦については諸説あって
・軍部が暴走したのだ
・アメリカにハル・ノートを突き付けられたからだ
・石油資源確保のためだった
・ルーズベルトがドイツと戦いたかったから日本と開戦した
・独裁政権を真似た東条内閣と国民の命を金にかえた財閥が引き起こしたのだ
・日中戦争を終わらせるためだった
・日本がそれ以前に獲得した権益を最低限守りたかったからだ
等々、いろいろなことがいわれています。

しかしどれも、どうもしっくりこない。群盲象をなづみたいな感じがします。

「軍部が暴走」って、国家として宣戦布告していることを考えれば、それは単に軍部だけに戦争責任をなすりつけているにすぎないと思うし、

「ハルノート」云々も、その内容が屈辱的だからといって戦争という選択にいきなり結びつけるには無理がある。そのあたりは「軍部が石油を欲しがったから」という説もあるけれど、石油ごときのために人命を犠牲にするほど日本の政治は甘くない。

ルーズベルト陰謀説も、だからといって日本が開戦する理由はないし、日本の権益確保というだけなら、戦線を広げる必要もない。

日中戦争を終わらせるためだなんて、意味がわからない(笑)

このことについて、実はねずきちは、大東亜戦争の開戦は、1919年(大正8年)のパリ講和条約に、そのきっかけを見ることができると思っています。

第一次世界大戦の戦後処理を行なうパリ講和会議において日本は、ドイツが中国に持っていた権益を確保し、国際連盟における常任理事国となりました。

パリ講和会議で日本は、「人種差別撤廃法案」を提出します。そして賛成多数にもかかわらず、英米の反対で法案は却下されます。

そしてこれ以降日本は、世界から差別されてきた有色人種の利益の代表と見られるようになった。

【参考】人種差別撤廃に全力を注いだ大日本帝国
パリ講和会議次席全権の牧野伸顕伯爵のお話です。
牧野伸顕氏は、大久保利通の次男、吉田茂の岳父にあたります。


当時アメリカは、やはり太平洋に進出しようと南下政策をとるロシアを警戒し、一方で中国の権益獲得を目指していた。

米国内では、日本人移民に対する差別が行われるなど排日の動きが強まり、アメリカ白人社会の世論は、人種問題の観点から、日本が欧米列強と対抗して勢力を伸ばしていくことを快く思っていなかった。

そしてアメリカは、有力石油資本を握るイギリスや当時ゴムや鉱物資源を産出するインドネシアを植民地として支配していたオランダと共同戦線(ABCD包囲網)を組み、日本が近代産業国家を運営する上で必要不可欠な資源を調達できなくなるように追い込みをかけた。

要するに、昭和2年(1927年)に始まった世界金融恐慌下で、世界同時不況が押し寄せる中、植民地支配を強化して不況を乗り切りたい列強と、人種差別撤廃を説く日本は(植民地政策そのものに反対し、待ったをかける存在として、非常にうるさい存在となった。

ボクは、こうした背景から、なるほど戦争自体は五月雨式に追い込まれて始まったけれど、その根底には、人種差別主義(白人至上主義)と、人種平等主義の対立があったのだと考えるのです。

だからこそ日本は、占領地において、学校を作り、隣組をつくり、行政組織を作り、差別を受けることをあたりまえとしてきた東亜の人々に、短期間であらゆる教育を施してきたのだと思うのです。そう考えなければ外地での日本の種々の行動はまったく説明がつきません。
インドネシアなどでは、終戦後もなお、現地に残り、インドネシアの独立のために戦った旧日本軍人さんたちがいた。
よかったら、下のパラオの動画も是非ご覧下さい。

【参考】パラオの日本軍


日本は、開戦時の工業生産力で約80倍のアメリカと開戦した。
これにイギリス、オランダ等、連合軍の国力を加えたら、いったいどれだけの格差があったか。

大東亜戦争開戦の目的には、もちろん資源確保とか、ハルノートとか、直接的な理由はあったでしょう。そこへ人種差別への抵抗論など持ち出すと、そんなものは大義名分にすぎない、と一笑に付す人もいることと思います。

しかし、ボクは、違う、と思う。

仮に政府高官や財閥のお偉方がいい思いをしたいがためだけに戦争を始めたのなら、あるいは南方資源確保だけのために戦争を始めたというなら、ただでさえ国力の乏しい日本が、貧しい中で歳費を削ってまで巨費を投じ、学校をつくり、現地の人々を教育し、街の上下水道などのインフラを整備する必要なんてどこにもない。

そんな余計な費用をかけずに、資源だけ収奪すればよいのです。オーストラリアもイギリスもアメリカも、みんなそうしてた。

しかし日本は違った。現地に学校を作り、行政機構を作り、町のインフラを整備した。日本兵の食料もままならない中で、それだけのことをやってきた。

そこには、当時の日本が掲げる、人種平等という明快な哲学が断じてあったのだと思うのです。

長くなりましたが、要するに大東亜戦争の究極の目的は、東亜の人種差別撤廃にあった。

そして、トム・クルースの主演で映画にもなった「宇宙戦争」の著者であり、イギリスの歴史学者としても有名なH・G・ウェルズは、次のように語っています。

「この大戦は植民地主義に終止符を打ち、白人と有色人種との平等をもたらし、世界連邦の礎石をおいた。」

こんな話もあります。

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イギリス人は糞をしてる最中に黄色人種が入ってきても平気。
落としたタバコを拾わすのにも、言葉を使わず、アゴで拾えの合図。
女性が全裸で部屋に居る時に、黄色人種が入ってきても平気。(白人男性が入ってきたら大騒ぎ)
つまり、黄色人種は猿だったのです。
インドより東の国では、白人は何をしても許されると言う考えがあった。
東洋人に対する白人の対応は自然な物だったのです。
絶対的な差別主義。
東洋人は、人では無かった。
この絶対差別主義の世界を塗り替えたのが日本だった。
今でも、ビルマの建国記念日には、日本の「軍艦マーチ」「日本陸軍の歩兵の歌」が流れる。
フィリピンの独立記念のポスターにも、日本軍のポスターが貼られる。
インドのオールドデリー市街のチャンドラ・ボース公園に立つインド独立義勇軍(INA)と日本軍人の像がある。
アジア人の自尊心を守ったのは、日本だった。
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大東亜戦争のあと、東亜のかつての列強の植民地だった国々の多くが、独立を手にしました。

戦争が「ある政治目的を達成する手段」とするなら、日本は、3年半の戦闘には敗れたけれど、その戦争目的は立派に達成した、そういえるのだと思います。

その逆の事例もあります。
ベトナム戦争です。

コミュニストの支配を阻止するという戦争目的ではじまった南北ベトナム戦争は、15年の長い戦いの末、アメリカの撤退に終わった。戦争目的は達することができなかった(北が勝利した)。

日本は、人種差別撤廃のために戦い、国土を焼土と化し、連合軍に国土を占領されたけれど、その戦争目的は、立派に果たした。ひらたくいえば、日本は戦争に勝った。

しかし、その後がいけません。

冒頭に登場した鄭春河氏に、もう一度登場していただきます。

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【日本救国の道】台湾・鄭春河
http://ameblo.jp/ys716/entry-10009424210.html

大正の御代に生まれた我々は確かに幸せ者であった。
正しい日本の教育を受けて、千載一遇の太平洋戦争に参加できた。
敗戦とはなったが我々は最期まで奮戦した。
波乱万丈の体験を重ねて「盡忠報国」の精神と国民道徳を今もなお身につけている。
これに勝る幸せがあろうか。

ところが、一番哀れなのは戦後の亡国思想教育を受けた日本国民である。

何故、等しく大和民族の血を受けていながら、半数以上の日本人が日本人らしくない異質の民族に成り果てたのか。それは他ならぬ、日教組がしからしめたのである。

日教組は次代を担う子供たちに、

「国家・君が代を歌うな、国旗・日の丸を揚げるな」と躾けて、
子供の情操教育を潰し、
国民意識・国家意識を喪失せしめ、
祖国日本を亡国に導こう と活動している。

日教組は「進歩的文化人」と呼ばれる連中と共に、日本にとっては許しがたき罪人であり、売国奴である。

彼等は先ず、
祖国日本の力を弱め、
国民の元気を削ぎ、
無気力な日本を共産主義国家の属国にしようと計画・策動しているのである。

彼等は反国家の姿勢をとり、
祖国日本に背き、
日本を非難し、
日本の過去と現在を否定・攻撃し、
国家の尊厳を木っ端微塵にまで軽蔑してきた。

「君が代」と「日の丸」は一体どこが悪いのか。
日本の国体に最も相応しい、美しい国旗であり、奥ゆかしい国歌ではないか。
明治の初め、アメリカが「日の丸」を買いに来た。
金は幾らでも出すと云う。
幸いなるかな売らないでよかった。
外国から羨望された程の「日の丸」だ。
その価値たるや以って惜むべく銘すべきである。

中華民国でさえ、「国歌を歌うな、国旗を掲げるな」という輩があれば途端に非国民反乱罪として投獄されてしまう。
総統府、各官衛とも毎朝「升旗典礼」(国旗掲揚)という朝礼を行う。
道行く人馬や車など、即座に直立不動の姿勢で敬意を表する。
これが世界各国の仕来たりであるのに、日本だけが出来ない、また、やろうとしないのは残念の極みである。

ご存知の方も多いと思うが、かって韓国でのオリンピック会場で国旗掲揚の際、日本学生のだらしなさがすごく非難された。教養のない日本国民の恥を晒したのだ。

戦前、我々は、外国で祖国日本の有り難さを実感した。
至るところで日章旗を仰ぎ、「君が代」を耳にしては感極まって涙をこぼした。

さて元に戻るが、更に最も甚だしきに至っては「靖国神社に参るな、大臣も国会議員も参拝するな。日本は侵略したのだから、死んだ兵隊に敬意を表すことはない」と日教組は子供たちに教え、

更に「日本は悪いことをした。お前達の祖父達は侵略の手先となって悪い事をした!」と、50有余年も繰り返し洗脳し続けてきた。

子供達はそれをまともに信じて、祖国日本に生まれたことを有り難く思わず、中には憎悪を抱く者まで現れた。
祖父や親達をバカにして言うことを聞かず、勝手な行動をして平気で人に迷惑をかけたり、犯罪を犯すなど、道徳も道義も廃れて今日のような混沌の世の中になってしまったのである。

「祝祭日には国旗を掲げましょう」「式では国歌を斉唱しましょう」と、国では国民に呼びかけているが、昔の我々は小学校に入る前から躾けられていて、誰でも出来ることで神社参拝も世の仕来たりであり、言われるまでもないことだ。

或る高校の教諭から聞いたことだが、
「私の勤めている高校では、先生(高教祖)が生徒に『祝祭日に国旗を立てるのは非国民だ!』と言う。とてもこれが日本人の先生とは思われないような発言をいつもしていて、生徒達も感化されている」とか。

生徒も「隣近所が旗を立てないのに、家(うち)だけが立てるのもおかしいから止めたよ」と言う。何と情けないことか。聞いただけでも気が遠くなる。その親達も日教組の亡国教育を受けた世代だからどうにもならない。

毎年8月には日本の大学生が、10数名ばかり台訪することになっている。
学生達と2日間付き合ってみると日本の様子がよく分かる。
学生達の話では、「教育勅語や靖国神社のことは、最近、教授の口からぼつぼつ出るようになりましたが、学課ではないので詳しいことは知りません。靖国神社にも参拝したことはありません」。

かように教育の基本人倫の常経、天地の公道である教育勅語と、祖国日本の為に犠牲になった戦没者をお祀りした靖国神社を、次代を担う子供達に教えないようでは、どうして祖国の真の復興が望まれようか。

日本人自身が、しかも日本の首相たるものが
「日本人はアジアを侵略した。誤らなければいけない」などと、非常識なことを繰り返している。

太平洋戦争に負けたから日本はこんな非常識な国になったのか。否、そうではない。戦後の7年間でアメリカの占領政策によってこんな国にされてしまったのだ。

太平洋戦争は3年半余りに亘ったが、占領期間が何故7年間もの長期に亘ったのか、それは徹底的に日本国民を精神的、思想的に改造するためであった。
占領政策は、
 「占領憲法」
 「東京裁判」
それに30項目にわたる徹底的な
 「言論統制」
の3本柱である。

言論については検閲を徹底的に行い、しかも検閲や統制をしているということを国民には極秘にして秘密の漏洩を防ぐという、このような陰湿なやり方で行ったのである。

そして「日本国民は悪くない、悪いのは軍人だ。戦前の教育は全て悪い。神道も悪い。道徳教育も個人の自由を損なうから悪い・・・」と、戦前の日本はすべて「悪」と決めつけられた。

要するに勝者の白人は正義で、敗者の日本は不正義で、その最も極端なのが東京裁判であり、日本を侵略国として断罪した。
その為には日本に有利な証拠はすべて却下され、彼等に都合の良い証拠は、到底証拠とは言えないような代物でも全て採用したのみならず、捏造までして日本を黒と決め付けた。南京大虐殺もその一つである。

要するに日本を徹底的に打ちのめし、日本を二度と立ち上がれないようにすることが占領政策の目的であったのだ。

彼等は完全に目的を果たした。これに日教組や共産党が上乗りして、アメリカの意図以上にマインドコントロールを徹底したことである。残念乍ら日本人の大部分はマインドコントロールから覚めていない。

一昨年、東京裁判で却下された「未提出弁護側資料」が刊行されて東京裁判の欺瞞性が明らかになると共に、東京大学の藤岡信勝教授をリーダーとする自由主義史観研究会やその他の会が次々と発足し、太平洋戦争の真義をもう一度見直そうという空気が漲っていることは、遅きに失したとは云え、誠に喜ばしいことである。

日本人は、太平洋戦争は絶対に侵略戦争ではないこと、従来の「東京裁判史観」は間違っていたことを認識して、日本の正しい歴史を勉強し、日本が過去に果たした歴史上の役割に自身と誇りを持って、堂々と胸を張って世界に邁進すべである。
そのためには一刻も早く誤った歴史認識と戦争犯罪贖罪意識から脱却し、目覚めることが先決である。

万世一系の皇室という素晴らしいものを持っていながら、今の日本人の大部分はそれを忘れれいるのか、或るいは故意に無視しているのか。

靖国神社に天皇陛下の御親拝、総理大臣が参拝することまで隣国に気兼ねしなければならない日本が、本来の日本に戻れるのはいつになるのであろうか。
日本同胞の反省と奮起とを切に御祈念申し上げる次第である。

 平成9年6月30日
   鄭 春河(台湾台南市中華南路 在)

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目を覚まそうよ、日本・・・・・・

大東亜戦争の真実


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日本に手を出した国は、必ず滅びる!』

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昨日、椿さんから素晴らしいコメントをいただきましたので紹介します。

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『日本に手を出した国は、必ず滅びる!』

① 元寇は2度も日本を侵略しに来たけれど、日本に敗戦し、それがもとで、元はすぐに明に滅ぼされた。

② 清は日本を侮って、日清戦争でわずか半年足らずで日本に敗れ、それがもとで清王朝は辛亥革命で、孫文に滅ぼされた。

③ ロシアのロマノフ王朝も日本を侮って、日露戦争を起こし、日本に敗退し、最後にロシア革命で滅ぼされた。

④ 最後に、日本に手を出した白人諸国は、第二次大戦後、アジアの植民地を全て失った。

⑤ アメリカもフィリピンを失い、朝鮮戦争、ベトナム戦争で、日米大戦以上の“莫大な死傷者”を出し、“極東アジア大陸全てを共産主義勢力に奪われ”、“長い間、冷戦の苦難を背負う”はめになった。

↑ これらは、全て日本に手を出した“大罰”です!

日本に“大義があった”事を、神仏はご存知なのです。

日本が善戦したお陰で、

白人達の

“世界制覇という野望”は潰え(ついえ)、
“人種差別も撤廃”され、
“120カ国以上の新生独立国家”が生まれました。

この大東亜戦争を戦った 昭和天皇陛下と昭和の国民は、 人類史上、稀に見る“功績”と“奇蹟”を残したのです。

『昭和=勝和だ』と仰る方もいらっしゃいます。

旧軍人で歴史家の草地貞吾氏の辞世の句は、まさに日本のあの戦いは、紛れもなく『人類解放の聖戦』であったことを物語っていると思いました。

『大東亜 大みいくさは 万世の 歴史を照らす 鏡なりけり』

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背中に鳥肌が立つって言うんでしょうかね。ボクは↑の文を読んで、日本の素晴らしさをあらためて感じました。

最近、中国がさかんに自国の経済発展を誇示しています。

先日(17日)も、中国のテレビ番組に出演した清華大学の李稲葵(リー・ダオクイ)教授が、

「中国経済の低迷局面は基本的に終了し、今後は成長へと向かう。」
「おそらく年内にも中国のGDPは日本を超えるだろう」

などと述べたそうです。

ところが、おもしろいことに、翌18日に、紅網が廖保平(リャオ・バオピン)氏の署名記事
「日本を超える中国のGDP:喜ぶのはまだ早すぎる」を掲載した。

その内容は、

日本を超えれば、中国のGDPは世界2位。残るは米国だけだ。狭量なナショナリストはそう喜んでいるだろう。しかし実際の生活はGDPではなく、一人当たりGDPで決まるもの。
2008年の統計では日本の一人当たりGDPは4万2480ドル(約409万円)、一方の中国は、3260ドル(約31万円)。13倍もの開きがある。
世界2位のGDPと喜ぶのは、こうした現実を無視した数字遊びに過ぎない。

大躍進の時代に『1ムーの収穫量が50トン』と騒いだように、中国人はこうした数字遊びの名手だ。
GDPで日本の上に立つのは今回が初めてではない。
日清戦争の時代、中国のGDPは世界トップクラス。日本をはるかに上回るものであった。しかし工業力を高めていた日本のほうが結局は裕福な国であったと述べている。
つまり一流の制度、技術、人材という基礎がなければ、どれだけGDPが大きくなろうとも肥え太っているだけで、真の強さではない。。。。

いくら中国共産党幹部が、精華大学(日本でいったら東大に相当)教授という肩書・権威を担いで、嘘のプロパガンタを並べても、やはり、嘘はばれる。
■関連記事:日本を超える中国のGDP、でも喜ぶのはまだ早すぎる―中国人コラム RecordChina
http://news.livedoor.com/article/detail/4166270/

他にもこんなのがありました。

いま、映画「南京!南京!」で、中国では日本がいかに大陸で悪さをしたかを訴求する映画が上映されていますが、これに関連して、ある中国人ブロガー・・・
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米国人の友人と食事をした際、一つの質問を受けた。

「中国人はずっと、日本人は南京大虐殺で中国人を大量に殺害したと言っている。この大虐殺は2~3カ月もの間続いたと言っているが、その間中国の軍人はどこにいたのか? 2カ月も続いていたとすれば、どこにいても駆けつけることができたはずだ。日本軍人はわずかに5000人だったそうだが、中国軍はなぜ南京の市民を守らなかったのか?」

以上が、米国人の友人から受けた質問だ。
私はこの質問を聞いて唖然としてしまった。
私はこれまでこのような問題について考えたことが無かったし、私の周りの人間も考えたことが無かっただろう。

米国人の友人は私に「当時、共産党や国民党は一体何をしていたのか?」と尋ねてきたが、外国人たちは、これについて、「彼らは旨いものを食っていたに違いない」と言っていた。
私はこれに対して、それはあまりにも誇張された考え方だと反論したが、確かに良い質問だと感じ、帰って調べ、後でメールすると答えた。

資料を調べて分かったのは、当時南京に侵攻した日本軍は5000人ではなく6万人であったことと、南京にいたのは多くの売国奴であったということだった。
友人からの質問は私を大いに混乱させることとなった。
また、私はGoogleで検索したのだが、何の資料も見つけることができなかった。
当時、中国軍が何処で何をしていたのか、一切の記述が無いのである。私は友人に対してどのように答えれば良いのだろうか?

■関連記事:【中国ブログ】南京大虐殺の際、中国軍は何処で何をしていた?
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2009&d=0522&f=national_0522_003.shtml

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答えは簡単。日本軍による南京市民の虐殺自体がなかったし、南京の守備を放棄した中国軍は強盗となって南京に潜伏した。
植民地支配からの脱皮、東亜の人種差別撤廃を大義とする品行方正な日本軍は、南京の治安を維持するために尽力したが、南京市民にまぎれた元中国軍の強盗は、数の少ない日本軍の目を盗んで殺人を含むありとあらゆる犯罪行為を繰り返した。
南京で、南京市民に虐殺、強盗、強姦、窃盗等、悪事の限りを尽くしたのは、その中国軍そのものです。

それに6万人って、どこの国の軍隊だよっ!(笑)

もうひとつ。
日本が野蛮で非を認めることのない覇権主義の民族だと思っていたある中国人ブロガーのお話。。。

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数日前、中国青年報に王錦思氏による「日本が存在しなければ、中国の改革開放は現在と異なる結果となっただろう」という趣旨の論表が掲載され、私の興味を引いた。
さらに、日本メディアによる「中国で親日的報道が増えている」との報道も中国ではすでに報じられている。

王錦思氏による論表の主要な点は、

「中国の改革開放30年は日本と密接な関わりがあり、トウ小平が1978年に訪日した際に日本をモデルに経済を発展させることを決定した」というものである。

論表の中に私が最も興味を持ったデータがあったので、それを紹介する。

30年前、中国の一人当たりGDPはわずか300ドル、外貨準備高は1.67億ドルにすぎず、日本政府より500億円(2.2億ドル)にのぼる借り入れを行った。

中国が受け入れた諸外国からの援助額のうち66.9%は日本からのものであり、中国にとって日本は最大の援助国である。
また、日本からの援助は鉄道や道路、港湾や空港などのインフラ整備のほか、農村開発や環境保護、医療、教育など多岐にわたって使用されたという。

もしもこれらの数字が事実であるならば、中国改革開放に対しての日本の功は今後とも消える去ることはないだろう。

日本による中国侵略戦争や靖国神社問題、尖閣諸島問題など、私は日本人は野蛮で非を認めることのない覇権主義の民族だと思っていた。これは大多数の中国人にとって同様の感覚であろう。

しかし、「日本が中国にとって最大の援助国」との事実を発見し、しばし呆然とする思いであった。
これまでにも日本が中国に対して、肺結核の治療を無償で行っている等といった話は聞いたことがあったが、あくまでも聞いただけであり、正確な話ではなかった。

ここで疑問なのは、改革開放から30年という時間が経過し、その間も日本は対中援助を行い続けてきたはずであるが、日本が最大の援助国であるという事実は、なぜ今になって公になったのであろうか?

また、つい先日、日本国民の対中感情がかつてないほどに悪化しているとの報道も目にした。
以前であれば、日本と中国の間には積年の恨みがあるのだから、日本が中国に好感を持っていなくても何の不思議もないと、特に気にかけることもなかったであろう。

しかし、日本が中国にとって最大の援助国であったという事実を知った今となっては複雑な思いがしてならない。
■関連記事:日本が最大の援助国だという事実を知って
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2008&d=1230&f=column_1230_004.shtml

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情報というものが、マスメディアが垂れ流す一方的なものしかなく、国民はその垂れ流される情報を一方的に受け入れることしかできなかった時代が、いま、通り過ぎようとしています。

インターネットの普及は、まさにボーダレスであり、そこでは支配者が隠しておきたいような真実までも自由に語られ、伝播する。

中国は、日本においても長い年月をかけ、メディアを支配し、自分たちに都合のよい世論を操作誘導しようと工作してきた。そしてそれがおそらく最高のピークになっているのが、昨今の日本のマスメディアであろうと思います。
実に中国側に都合の良い報道ばかりが垂れ流されている。

そんな中国政府にとって、自分の国の内部に対してはより一層、情報統制は容易だし、徹底している。

にもかかわらず、上に紹介した2つの例のような情報がブログという素材を通じて、世の中に流れていく。これはあたしい時代の到来です。

20世紀、国家が政治目的を達成する最大にして究極の手段は戦争でした。

しかし、20世紀末になり、国家が核を手にすると、核保有国同士は戦争を目的達成の手段にすることができなくなった。核による相手国からの報復は、国家にとっての最大の脅威だからです。

そして21世紀にはいり、インターネットが加速度的に世界に普及した。

その中では、まさにありとあらゆる情報が交わされる。

そして情報というものは、非常に不思議なもので、はじめバラバラだった情報が、次第に整理統合されて、ひとつの意思を持つようになってきます。それが世論です。

何を言ってるかというと、世論の熟成には2通りのルートがあるといいたいのです。

ひとつは、上からただ与えられるだけの情報。
もうひとつは、玉石混合のバラバラな情報の断片から、次第に熟成される情報。

前者を「洗脳」、後者を「民意」と置き換えても良い。

マスメディア全盛の時代には、「洗脳」が世論を作った。
しかしネットの普及は、「民意」が世論を作るようになってくる。

新しい時代の到来を感じるのです。

中国共産党や、半島、在日韓国人グループなどは、日教組などを介して日本という国に内部崩壊を招こうと、戦後60年の長きにわたり、画策をし続けてきた。

そして徐々に日本国内に、シナ菌、チョン菌の感染者を増やし、メディアの要職を支配し、国会に在日人を送り込み、いよいよ政権を奪い、日本を完全崩壊へのプロセスが最終仕上げ段階にくるところまでもってくることに成功した。

ところが、これがいざ成功しそうな段階になって、日本国内にもまたたく間にインターネットが普及。在日や特アの工作、彼らと通じた政党や、メディアの悪だくみが次々と明るみに出されるようになってきた。

中国国内でも、対日プロパガンタの嘘が、次々と暴かれだした。

国家の指導者が贅沢三昧をするために、民を利用し、殺し、奪う特ア3国。
(国家の指導者=シナでは共産党員、北では金正日一味、韓国ではいまなお続くヤンバン一味)

日本に住みながら、日本を憎悪し、日本を滅ぼさんと画策する在日半島人一味。

日本人は、礼儀正しく、約束を守り、すべての人に平等と人権を認め、民の幸福こそが国家の幸せと考えるのです。

それを否定するということは、「善」を否定するということです。

『日本に手を出した国は、必ず滅びる!』

バカにされながらも、どんなに苦しくても、最後に勝ってしまう国、それが日本なのです。
ボクはそう思います。

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天皇陛下、中国国家主席に対して堂々たる御振舞い

大義のために戦った日本

沖縄戦

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沖縄では、米軍の本土上陸前に、実に凄惨な戦いが行われました。

戦いは1945年(昭和20年)3月26日から始まり、組織的な戦闘は6月23日で終了した。
実に3ケ月にわたる戦闘でした。

使用された銃弾の数は、米軍側だけで2,716,691発。
このほか、砲弾6万18発、手榴弾392,304発、ロケット砲弾20,359発、機関銃弾約3,000万発弱が発射され、さらに地形が変わるほどの激しい艦砲射撃が行われました。

沖縄県生活福祉部援護課の1976年3月発表によると、日本側の死者・行方不明者は18万8136人。そのうち9万千人が民間人の犠牲者です。

この沖縄戦に対するイメージは、6月23日に自決して果てられた沖縄守備軍司令官牛島満中将の最後の言葉、

「…爾後各部隊は各局地ニオケル生存者ノ上級者コレヲ指揮シ最後マデ敢闘シ悠久ノ大義ニ生クベシ』

この言葉が、なぜか「最後の一兵まで戦え」という言葉に置き換えられ、これによって、多くの民間人が巻き込まれ、戦場が凄惨を極め、死傷者が拡大したかのごときイメージが伝えられている。大嘘です。

すでに沖縄方面海軍部隊司令官の大田実少将さえも、海軍次官宛に有名な
『…沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ』
という訣別電報を打ち、豊見城の海軍司令部壕内で6月13日頃に自決していた。

牛島中将の「最後マデ敢闘シ」の言葉が発せられた時点というのは、すでに司令部も壊滅し、指揮系統は混乱を極め、軍の統制はなく、通信環境も壊滅している状況だった。

沖縄本土の9割以上がすでに米軍に抑えられていた。

それでもなお戦闘が継続したのは、なぜだったのか、というのが今日のテーマです。

軍の将校たちが自決して果て、それでも個々の部隊や兵士達が自分の判断で戦闘を継続し、多くの民間人も、劣勢となってなお軍人さんに庇護を求め続けた。そして多くの犠牲者を出した。

牛島中将の最後言葉は、「最後の一兵まで戦え」という趣旨だったのだという「翻訳」ばかりが強調されているけれど、原文を読めば、まるで意図が違います。

爾後各部隊は、
各局地における生存者の上級者がこれを指揮し、
最後まで敢闘し、悠久の大義に生きるべし

まさに、この「大義」があったからこそ、沖縄の日本兵は最後の一兵卒まで戦いに戦い死んでいった。
そしてこのことを縦糸とするなら、もうひとつの横糸が、戦争の野蛮さというものであったろうと思うのです。

沖縄戦が始まる8か月前、サイパン島が陥落しました。
ここでも、民間人を含め、多くの人々がなくなった。

このときの様子を、サイパン戦に参加した陸軍大尉田中徳裕氏が、手記を残されています。

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凄絶極めたサイパン 米兵、婦女子らに残虐行為

昭和19年7月9日

三方から追い込まれた数百の住民が逃げ込み、捕われの身となった。
幼い子供と老人が一組にされ、滑走路の奥へ追いやられた。
婦女子が全員、素っ裸にされた。
そして、無理やりトラックに積み込まれた。
婦女子全員が、トラックの上から「殺して!」「殺して!」と絶叫している。

婦女子が連れ去られたあと、こんどは滑走路の方から、子供や老人の悲鳴があがった。
ガソリンがまかれ、火がつけられた。
飛び出してくる老人子供たち。
その悲鳴……。
米軍は虐待しません、命が大切です。早く出てきなさい……。
あの投降勧告は一体なんだったのか。
常夏の大空をこがさんばかりに燃え上る焔と黒煙。幼い子供が泣き叫び、絶叫する。断末魔があがる。

残虐な行為は凄絶をきわめた。
火から逃がれ出ようとする子供や老人を、周囲にいる敵兵は、ゲラゲラ笑いながら、また火の中へ突き返す。
かと思えば、死に物狂いで飛び出してくる子供を、再び足で蹴(け)り飛ばしたり、銃で突き飛ばしては火の海へ投げこんでいる。

二人の兵隊が滑走路のすぐ横の草むらに置き去られて泣いている赤ん坊をみつけだし、両足を持って、真二つに引き裂いて火の中へ投げこんだ。
「ギャッー!」という悲鳴。
人間がまるで蛙のようにまたさきにされ殺されていく……。
彼らは、それをやっては大声で笑った。無気味に笑う彼らの得意げな顔が、鬼人の形相に見えた。


7月11日

東の空が白むころ、追いまくられた住民がマッピ岬にむかって死の行進をはじめた。
数百、いや数千人はいたろうか。
もう、だれの制止もきかない。
魔術にでもかかったように、怒濤岩をかむマッピ岬に立った。老人が先頭をきった。

「天皇陛下萬歳、皇后陛下萬歳!」

と叫んだかと思うと、海中めがけて飛び込んだ。
我々が潜んでいる洞窟のすぐななめ上である。投身自決は、次々とおこなわれた。

後から後から、子供も、婦人も、押されるようにして飛び込んでいく。
その海中に、群れをなしたサメが泳ぎまわっている。
海はたちまちまっ赤に染まり、飛び込んだ人たちは次々と食いちぎられて沈んでいく。
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マッピ岬とは、のちに「バンザイクリフ」と呼ばれるようになるサイパン島の最北端の岬です。田中徳裕氏の手記には、ほかにも青竹に串刺しにされて死んでいる婦人の姿など、凄絶な場面が綴られています。

ここで忘れてならないのは、このような場面を目撃した日本人の中で一番多かったのが、ほかならぬ沖縄の人たちであったということ。

生き残った彼らが、サイパン島での玉砕の様子をさまざまな形で、故郷の親戚や縁者に怒りと悲しみをもって伝えていた。

つまり、米軍上陸の前から、沖縄をはじめ日本人は敵軍の「鬼畜行為」におびえていた。

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マックス・ヘイスティングス(イギリスの歴史作家)著
「ネメシス 日本との戦い 1944―45年」
ハーパースプレス社、ロンドンからの引用
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沖縄本島には、千二百隻の艦船に分乗する十七万人のアメリカ軍が来攻した。わが軍と陸海空において、凄惨な血戦が繰りひろげられた。先の本から引用しよう。
「一般住民がさまよう戦場では、身の毛がよだつようなことが起こった。とくに沖縄戦がそうだった。

(アメリカ軍兵士の)クリス・ドナーは、こう記録している。

地面に十五歳か、十六歳と思われる、少女の美しい死体が横たわっていた。
全裸でうつ伏せになって、両腕を大きく拡げていたが、やはり両脚を開いて、膝から曲げてあがっていた。
仰向けると、少女の左乳房に銃弾が貫いていたが、何回にもわたって強姦されていた。
日本兵の仕業であるはずがなかった。

しばらく後に、ドナーの分隊の何人かが、丘の上から敵によって狙撃されて、倒れた。

その直後だった。赤児を抱きしめている日本女性に、遭遇した。
兵たちが口々に、「あのビッチ(女)を撃て! ジャップ・ウーマン(女)を殺せ!」と、叫んだ。

兵がいっせいに射撃した。女は倒れたが、渾身の力を振りしぼって立ち上がると、手離した赤児のほうへ、よろめきながら進んだ。
兵たちは、さらに銃弾を浴びせた。女が動かなくなった。

アメリカ兵は日本人を人間だと思わなかった。
故国への土産(スブニール)として、日本人の頭蓋骨を蒐集したが、ヨーロッパ戦線においてドイツ兵については、頭蓋骨をそのように扱うことはなかった。日本人の頭蓋骨を飾り物として、珍重したのだった。

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もうひとつ紹介します。
 「翼よ、あれがパリの灯だ!」
という映画で、世界的に有名になったチャールズ・リンドバーグ氏の手記です。

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出典、『孤高の鷲 リンドバーグ第二次大戦参戦記 』上下 学研M文庫
著者/訳者名 チャールズ・リンドバーグ/〔著〕 新庄哲夫/訳
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1944年6月21日(水)

偵察隊の一人が日本兵”捕虜”に煙草と火を与えた。
煙草を吸い始めた途端に 日本兵”捕虜”の頭部に腕が巻きつき喉元が「一方の耳元から片方の耳元まで 切り裂かれた。

1944年6月26日(月)

ニューギニア戦線で2000人の日本人捕虜を飛行場に連れて行き 機関銃を乱射して殺害した。

1944年7月24日(月)

そこには1人の日本軍将校と十人~12人の日本兵の死体が、切り刻まれた人体だけが見せるような身の毛もよだつ姿勢で四肢を伸ばしたまま 横たわっていた。
頭蓋骨を覆う僅かな肉片だけが残っている。

1944年8月6日(日)

「オーストラリア軍の連中はもっとひどい。日本軍の捕虜を輸送機で南の方に 送らねばならなくなった時のことを知っているかね? 」

あるパイロットなど 僕にこう言ったものだ・・・。
「捕虜を機上から山中に突き落とし ジャップは途中でハラキリをやっちまったと報告しただけの話さ」(或る読者より)

日本兵の死体に金歯があると、靴で踏み付けたり、棒でつついてその歯を取り出して集めて、小さい袋にため込んでいる兵士が何人もいる。

砲弾で出来た穴の中に日本兵の死体を投げ込む。
その上をゴミ捨て場にする例もある。
死体処理はブルドーザーでなされ、墓標がたてられることは、けっしてない。

ちょうどそのころ、日本軍は泰緬鉄道の捕虜犠牲者のために、四メートルの大理石の慰霊碑を立てていたことを考え合わせてみよ。

わが軍の兵士たちは日本兵の捕虜や投降しようとしている者を射殺することを何とも思っていない。
彼らは日本人を動物以下のものとして取り扱い、それらの行為がほとんどみんなから大目に見られている。

ジャップの病院を占領した時には、病院に生存者をひとりも残さなかった。

捕虜として投降してきた者は即座に射殺、そのため日本人は、投降もままならず、ジャングルの中で飢えに苦しみ抜いて死んでいった。

日本人の死体は切り刻まれた。
金歯を抜き取る者、おもしろ半分に耳や鼻を切り取り、乾燥させて本国に持ち帰る者、大腿骨を持ち帰り、それでペンホルダーやペーパーナイフを作る者さえいた。

ドイツ人がヨーロッパでユダヤ人に対して行ったことを、われわれアメリカ人は太平洋で日本人に対して行っている。

負傷兵であろうと手を上げようと、みな射殺してしまう。それが残虐な日本兵にたいする報復だとし、自らの残虐行為を正当化した。
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一昨日から大東亜戦争について書いていますが、グアムにしてもサイパンにしても、パラオやインドネシア、ラバウル、マレーシアにしても、フィリピンにしても、樺太、満州、いずれの地でも、日本兵が劣勢になったときに、住民や民間人の婦女を暴行し、殺害し、逃げちゃったなんて記録はまったくありません。

なぜかといえば、日本兵には、冒頭述べた牛島中将のいう「悠久の大義」があった。

ではその「大義」とは何かといえば、「人種差別撤廃」です。

黄色人種は“黄色い猿”ではない。我々も立派な人間なんだ。だからこそ、死の瞬間のそのときまで、立派に戦って死のう。そういう誇りと矜持が、当時の日本兵全員の胸に深く刻まれていた。

だから帝国軍人は、戦局が不利になったからといって、民間人を殺害したり、強姦したり、財産を奪ったりという行為は一切しなかった。

これだけサヨクが沖縄戦の不条理を訴えながら、現在に至るまで、日本の軍人が沖縄戦で戦局不利になるやいなや、民間人を殺害し、強姦致傷したなどというケースを、ただの1件も見出していない。
すべての戦地、みな同様です。

(シナでは、国民党や共産党兵士が、戦地から逃げ出すとき、あるいは占領したとき、強姦、暴行、殺害、窃盗、ありとあらゆる暴行を働いていますよね?)

紳士的と伝えられる米軍にても、実態は、リンドバーグの手記にある通りです。

このことは戦場だから・・・などという“戦場の狂気”論で片付けれる問題ではない。

イエローは、人間とすら認識されなかった人種差別に対し、日本は、誇りを持って敢然と立ち向かった。

米兵にとっては、戦いの場においてもなお、日本兵は“猿”だった、ということなのではないか。。。。

だからといって、この項で、米軍の批判をしようという意図はまったくありません。

なぜなら、銃弾の飛び交う戦場で、明日をもしれない戦いをしていれば、まして男ばかりの集団に長くいれば、現地の民間人であれ敵国の看護婦であれ、女とみれば見境なく犯し、殺しするという事態が起こるのが、むしろ普通だとおもうからです。
米軍の行為等は、決して褒めた話ではないけれど、戦場ではある意味、それが“あたりまえ”のことといえるのかもしれない。

だからこそ、日本の帝国軍人の、戦闘末期においてすら一切の暴行を働かず、略奪をせず、どんなに自分たちが飢えに苦しんでも、民間人の畑を襲い、略奪し、殺害する等の行為をはたらかず、戦闘末期の玉砕間近の状況におかれてすら、「悠久の大儀」を唱え切った姿というのは、世界史上、刮目してみなければならない、誉れある姿といえるのではないか。

そういう祖父を持った日本人というのは、もっと誇りをもって良いのではないか、と思うのです。

ビルマのインパール作戦では、 日本の将兵は豪雨の中、傷つき疲れ果て、飢えと病に苦しみながら、泥濘に覆われた山道を歩いて退却した。
退却路には日本兵の死体が累々と横たわり、その有様は後年「白骨街道」と呼ばれている。ここでは日本は、参加兵力約85,600名のうち30,000名を戦死・戦病死で失い、20,000名の戦病者を後送している。

この撤退路にも、ビルマの町や村があった。(お暇な方は地図で見てください)
そこにはビルマ人が住み、食料もあった。
それでも日本の将兵は誰一人、糧食を奪わず、盗まず、暴行も働いていない。

その誇りや矜持はどこからきたのか。

そう考えれば、これはもう、ひとりひとりの日本の将兵の胸中に、

「自分たちは大義のために戦っているのだ」

という明確な思念があったということが、誰の目にも明らかなのではないか。

ついでに言うと、南京城攻防戦では、日本が当時の国民党の本拠地(首都)である南京城を取り囲んだとき、シナ側の兵士たちは、後ろから国民党の兵士に銃を突き付けられ、仕方なく抵抗戦を戦っていた。自分たちが、なんのために誰と戦っているかすら知らされていなかった。

そして、市民兵に後ろから銃を突き付けていた国民党の軍司令官は、戦っている民兵と20万の市民を尻目にさっさと逃げてしまった。

最後の一兵にいたるまで市民を守り抜いて戦った日本の将兵と、市民に銃を突きつけ、戦いが始まると略奪の限りを尽くしてさっさと逃げてしまったシナ兵。。。。

ボクはね、戦争を礼賛する気はまったくありません。

あってはならないことだと思っている。
そしてその思いは、当時の日本の将兵だってまったく同じだったと思うのです。

でも、戦争は起こってしまった。

その起った現実に対し、私たちは、それがなぜ起こったのかという理由と、なぜあそこまで必死になって日本は戦い抜いたのかという訳については、しっかりと冷静に検証してみる必要があると思うのです。

なぜなら、あのとき戦ったのは、私たちひとりひとりと血の繋がった同じ日本人なのですから。

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祖先が目指したもの


“善”をもって毒を制する

あさま山荘

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昨日もたいへん多くの方々から、ほんとうに貴重なコメントをいただき、心から感謝します。

さて今日のお題は、「“善”をもって毒を制する」です。

ふつうは、「“毒”をもって毒を制する」といいます。

ところがこのやり方は、かえって生き残った毒を、より一層進化させ、より大きな毒を撒き散らせる原因になる(笑)

そこで、「“善”をもって毒を制する」というお話です。

時は1972年2月、軽井沢で「あさま山荘事件」が起こりました。。

この事件は、連合赤軍のメンバー5人(坂口弘、坂東國男、吉野雅邦、加藤倫教、加藤元久)が、浅間山荘の管理人の妻(当時31歳)を人質にとって、10日間、つごう219時間にわたって山荘内に立てこもった事件です。

犯人たち一味は、連合赤軍の前身である“京浜安保共闘”時代に、栃木県真岡市で銃砲店を襲い、猟銃10丁、空気銃1丁、銃弾約2300発を強奪して逃走。

このあと“京浜安保共闘”と“赤軍派”が合流して、連合赤軍と名乗り、榛名山や妙義山の周辺に、廃屋などを利用したアジトを複数設営。

アジトに集まったメンバーは合計29人(内女性10人)だったといいます。

ところが彼らは、アジトで軍事教練を行うだけでなく、「総括」と称して内部でメンバーに対する批判や自己批判を強要。さらにエスカレートして粛清と称して仲間を散々殴り、吊るし、アイスピックやナイフで刺し、絞殺し、氷点下の屋外にさらして凍死させた。
さらに遺体をすべて全裸で土中に埋めたうえ、アジトに放火して証拠隠滅を図った。

アジトで死亡したメンバーは12人。うち女性は4人で、なかには中には妊娠8ヶ月の女性メンバーもいた。

彼らに言わせると、「総括」は相手を「革命戦士として自ら更正させる」ことを目的としており、周囲のものが暴力をふるうことは「総括援助」と称して正当化された。その際のリンチは非常に凄惨で、激しい殴打を伴った。女性は逃亡を防ぐためとして髪を切られた。

主犯格の森恒夫と永田洋子の2人は「殴ることこそ指導」と考えていたのだそうです。
殴って気絶させ、目覚めたときには別の人格に生まれ変わり、完全な共産主義を受け入れ真の革命戦士になれるという論理を展開し、絶対的上下関係の中で「お前のためなんだぞ」といいながら殴り倒し、内臓を破裂させ、殺害した。

連合赤軍は、アジト下山後、一部のメンバーが発見・逮捕され、残ったメンバーのうち、5名が立て篭もったのが、あさま山荘だった。

連合赤軍の5人は、包囲する警官隊に発砲。
この発砲で、警視庁の高見繁光警部と内田尚孝警視の2人、そして不用意に山荘に近づいた民間人1人が死亡した。

また、機動隊員と信越放送のカメラマン計16人が重軽傷を負った。
重傷者の中には、失明など後遺症が残った者もいるし、いまだに頭骨に散弾が埋まったままの人もいる。

この事件の、全体の指揮を執ったのが、後藤田正晴警察庁長官(当時)。

銃で乱射し、警官を狙撃する犯人たちに対し、現場の警察官、機動隊からは、発砲、射殺の許可を求める悲痛な叫びが報告された。
「長官は、俺たちの命より犯人の命が大切なのか!」という声もあったといいます。

現場は、命を的にし、寒さに凍え、犯人一味から絶えず銃弾を撃ち込まれ、そして仲間が目のまで射殺され、重傷を負っている。
現場の思いとしては、機動部隊を一気に山荘に突入させ、犯人グループ全員を一網打尽にしたうえで、一刻も早く人質を助け出したい。まして仲間が目の前で射殺されているのです。
銃を乱射して突撃したいとの思いにかられるのは、現場の思いとしてはむしろ当然です。そのための訓練も積んできている。

そういえば映画「踊る大捜査線」で、主人公の青島君が、
「事件は会議室で起ってるんじゃないんだ!」と憤慨するシーンがありました。
実際に銃弾の脅威を前にしてあさま山荘を取り囲んでいる警察官の心情、そのご家族の心情やいかばかりか。想像するにあまりがあります。

しかし、警察行政は違う。

二度と同様な惨劇が起こらないようにしなければならない。

仮に犯人を射殺した場合「殉教者」として、彼らが英雄扱いされる。
警察が銃撃戦に応ずれば、彼らはより一層、武装を強化し、結果、社会はいっそうの混乱を生じる。

実際、1960年の安保闘争における樺美智子死亡事件や、1970年の上赤塚交番襲撃事件で射殺された柴野春彦、1970年の瀬戸内シージャック犯人は、左翼活動「殉教者」とされ、以後の左翼活動の武装化を一層促進している。

後藤田長官は、心を鬼にして、警察側からの発砲を禁じた。
だから許可されたのは、水鉄砲と鉄球だった。

そして10日間の攻防の末、籠城していた犯人5人は逮捕。人質は無事救出された。

翌3月になって、逮捕された連合赤軍メンバーが供述で、事件の全貌が明らかになる。

警官隊の山狩りによって、山岳のアジトから大量の証拠品が発見されるとともに、糞尿にまみれ、さらに切断された衣服なども発見された。

人間は、窒息などの死亡時、糞尿を垂れ流す。そして死後硬直した死体から衣服を脱がすにはナイフなどで切断するしかない。つまり、この衣服がここで「殺人」が起こった事実を裏付けた。

あさま山荘事件終結後も、日本社会党の議員やマスメディアは、犯人を擁護する論調があったそうですね。

しかし、あさま山荘事件直後に明らかとなった事実によって、これら赤軍を擁護した者の面目は丸つぶれとなった。

結果左派ですら手の平を返し、赤軍を批判する側へと回った。

また、それまで左翼運動を否定的に見ていた人はもちろん、左翼運動を好意的に見ていた人々も、この事件の異常性から左派を嫌悪するようになっていった。
結果、連合赤軍に同調する世論は、一気に縮小した。

銃にモノをいわせ、仲間の命すらなんとも思わない左翼主義者。

殉教者を出してまで、犯人や人質の生命の安全を図った警察。

この事件以降、中核派や、赤軍、革マル派など、60年安保から一世を風靡した左翼活動、学生運動は、いっきに沈静化していきます。

もしこの事件のとき、警察が、実力行使を図っていたらその後の日本はどうなっていたでしょう。

連合赤軍の永田洋子や森恒夫は、後世に語り継がれる殉教者となり、左翼活動はいっそう過激になっていったのではないか。

一昨日ボクは「日本に手を出した国は必ず滅びる」という記事を書きました。

その前の日には、「大東亜戦争は日本の勝利だった」と書いた。

なぜ、これだけバカにされ続ける日本が、いく多の犠牲を出しつつも最後には勝つのか。

それは日本が、毒に対して毒を用いず、哀しいまでに純朴に正義を貫いてきたからなのではないかと思うのです。

「“毒”をもって毒を制する」のではなく、

「“善”をもって毒を制する」という姿勢が大事なんだなって思いました。

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あさま山荘事件 part1


ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
静岡県出身。国史啓蒙家。倭塾塾長。日本の心をつたえる会代表。日本史検定講座講師&教務。
連絡先: nezu3344@gmail.com
著書
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』第1巻〜第3巻
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』
日々、先人たちへの感謝の心でブログを書き綴っています。それが自分にできる唯一のお国への、先人たちへの、そしていま自分が生かさせていただいていることへのご恩返しと思うからです。こうしてねずブロを続けることで、自分自身、日々勉強させていただいています。ありがたいことです。

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