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先人たちが目指した日本の姿。それは私達の国が常に「よろこびあふれる楽しい国(=豈国)」であり続けることです。


量子論が説く高次元世界と古事記

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眼の前に猫がいれば、その猫と自分は、三次元の時空間では異なる存在です。
けれども高次元の空間においては、猫の内部にある高次元と、自分の中に内在する高次元は互いにつながります。
すべてがつながっているのですから、一部のたとえば人間だけが動植物に対して支配的になるといった考え方は否定されます。
そうではなく、人も動植物もモノも、過去も現在も未来も、すべてにわたって互いの和が大切だし、互いに尊重しなければなりません。
なぜならすべては高次元においてつながっているからです。


20181128 隠身


四次元世界というと、「なにやわけのわからない高次元」というのが多くの人の実感だと思います。
そこで簡単に説明すると、
「0次元」というのは「点」です。点は無数にありますが、点から点への移動はできません。
ところが「1次元」になりますと、点と点を結ぶ「線」になりますから、点から点への2点間の直線的移動が可能になります。ただの直線ですから面はありません。

これが「2次元」になりますと、「平面」となり、直線そのものの移動が可能になります。ただし、線がt1からt2へと移動したとき、t2から、もといたt1を見ることはできません。

「3次元」になりますと、縦横高さの3つの軸で形成されようになりますから、t2点もt1点も同時に見ることができます。私達が住んでいる世界が、その3次元世界です。
しかし3次元世界では、東京にいる人が、同時にリアルに大阪を見ることはできません。映像の話ではありません。リアルに、です。
あるいは北極にいながら、同時にエジプトの景色を見ることもできません。なぜならxyz軸に縛られているからです。

これが「4次元」になりますと、3次元はxyzの3軸に、w軸が加わります。すると北極もエジプトも東京も大阪も同時に見ることができるようになります。
ただし時間軸の移動はできません。

「5次元」になりますと、xyzw軸に、さらにv軸が加わります。これによって過去も未来も自在に俯瞰できるようになります。
我々は源頼朝や織田信長といった過去の人に直接会うことができませんが、5次元ですと、いつでも気楽に彼らと会って食事をともにすることができるわけです。
(※4次元、5次元で時間軸をどのように扱うかには異説あり)

量子論では、さらに6次元以上の多次元空間までが、すべてこの世に折り畳まれて存在していると解きます。
つまり私達の中に、4次元も5次元も、あるいはもっと高次元も折り畳まれて、実は同時に存在しているというわけです。



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赤穂浪士の討ち入りの理由

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講談や芝居は、それなりに楽しめば良い。
けれど、そうした歴史を通じて、子供達が判断力に磨きをかけていくことは、もっと大事なこととされてきたのが、かつての日本だったのです。


20181127 赤穂浪士
(画像はクリックすると、お借りした当該画像の元ページに飛ぶようにしています。
画像は単なるイメージで本編とは関係のないものです。)


テレビや映画のなかった江戸時代、江戸の民衆を虜にしたもののひとつが歌舞伎です。
歌舞伎はマス席と呼ばれる席を買って鑑賞するのですが、演劇を観ながら、お弁当を食べる。
そのお弁当がとても美味しいわけです。

その歌舞伎の演目の中で、たとえば赤穂浪士はたいへんな人気を博しました。
そんな赤穂浪士の歌舞伎を観た帰り道、蕎麦屋に入って、お蕎麦をすすりながら、お爺ちゃんから、
「実はな、赤穂浪士ってえのは・・」
と、演劇では語られなかった真実を教えてもらうと、これがまたたいへんにおもしろい。

歌舞伎弁当の美味しさに、蕎麦の美味さ。
歌舞伎の演目の楽しさに、お話の楽しさ、
この両者が相まって、
「江戸の芸能は二度おいしい」
と呼ばれたわけです。

では、赤穂浪士の物語では、何が美味しかったのでしょうか。


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楠木正成と七生報国(後編)

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昨日の記事の続編です。
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』の第三巻から抜粋しています。


20181125 楠木正成2
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▼一笑に付された命がけの注進

翌建武元(133四)年、後醍醐天皇は「建武の中興」といわれる天皇親政を理想とする政治改革を断行します。
このとき楠木正成は、河内・和泉の守護に任命されています。
「建武の中興」は改革があまりに性急で、恩賞の不公平や、庶民への重い年貢や労役を課したため、武士勢力の不満を招いたと一般には考えられています。
しかし実際は、天皇親政という政治形態をとったために、これを拒否する人たちによる妨害や裏工作により頓挫したという面も否定できません。

民衆の不満が高まるなか、足利尊氏は後醍醐天皇に突如反旗をひるがえしました。
彼は民衆の不安をあおり、建武二(133五)年十1月、鎌倉で挙兵し、京へと攻め上ります。
そして楠木正成、新田義貞、北畠顕家ら、天皇方の武将たちがこれを迎え撃ちました。
激しい戦いの末、正成軍は尊氏軍を打ち破ります。
摂津豊島河原で大敗した尊氏軍は九州へと敗走します。

戦いには勝ちました。
けれど楠木正成は喜びませんでした。
なぜなら負けて逃げていく尊氏軍に、勝った天皇方の武士が少なからずついていったからです。
「我が方の武士までが、
 尊氏を慕っている・・・・」

人々の心が天皇から離れていることを感じ取った正成は、京へ戻るとすぐに御所へ参内し、後醍醐天皇に、涙ながらに注進しました。


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楠木正成と七生報国(前編)

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『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』の第三巻から、「楠木正成と七生報国」をお届けします。
たいへん長い読み物ですので、前編と後編にわけて掲載します。後編は明日です。


20181125 楠木正成
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▼「元弘の乱」の始まりと「赤坂城の戦い」

文永の役、弘安の役は、一方的な外国の侵略行為に対して、鎌倉武士たちが立ち上がった戦いでした。
では、日本国内での戦いはどうなのでしょうか。
そのひとつとして、楠木正成のことを書いてみたいと思います。

楠木正成は、敵をして「勇士とはこのような者を申すべき」と言わしめた天才武将です。
大義を貫き、戦死を覚悟で従容として戦場に赴いたその姿は、「忠臣の鑑」「日本人の鑑」として長く讃えられました。
吉田松陰、真木保臣、坂本龍馬など多くの志士たちが正成の墓に参り、明治の新しい国づくりに貢献したといわれています。
いわば日本的武人の体現者です。

鎌倉時代末期から南北朝時代にかけて河内を本拠地に活動しましたが、出自はまるで謎につつまれています。
歴史的に確かなものは、元弘元(1331)年の挙兵から建武3(1336)年の湊川(みなとがわ)での自刃までのわずか6年ほどの間にすぎないのです。

さて、時は元寇から半世紀がたった鎌倉時代末期、すでに幕府の実権は、北条氏の手に握られていました。
度重なる徳政令で幕府の権威も失墜し、執権の北条高時は政治を顧みず「田楽のほか他事なく」といわれるほど遊興三昧の日々を送っています。
民は重税に苦しみ、世の中も乱れていました。

これを見かねた後醍醐天皇は、元弘元年、三種の神器をもって京都で挙兵します。
これが元弘の乱の始まりです。


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日本は戦争をしていた。蒋介石はビジネスをしていた

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日本のもつ科学的合理性と客観的論理性は、ただ受け身の反論に使うだけではなくて、事実の公開によって世界を味方に付けることができるインパクトがあるのです。
そしてそれを使いこなすだけの戦略性こそ、いま日本に求められていることだと思います。


20181125 China事変
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画像は単なるイメージで本編とは関係のないものです。)


China事変(1937〜1941)のとき、大陸で負け続けた蒋介石がなぜいつまでも日本に抵抗し続けたのか。
その答えが今日のタイトルにある「蒋介石はビジネスをしていた」です。
当時米英仏ソは、義和団事件(1900)年の戦後処理としての北京議定書(1901)によって、Chinaの大半の地に、すでに大きな利権をもっていました。
日本が勝てば、彼らはその利権を失います。
けれど、蒋介石が日本に抵抗し続けていてくれる限り、彼らはその利権を守り通すことができました。
つまり蒋介石と米英仏ソは、利害が一致していたのです。

そのため米英仏ソは、蒋介石に莫大な戦費や物資の援助を行っていました。
このことを蒋介石の側から見ると、彼は日本と戦い続ける限り、兆円規模の莫大なお金が天から降ってくることを意味します。
その額は、どんなに頑張っても商業や製造業では、決して手に入れることができない額です。
ありえないような巨額の利益が、ただ「日本に抵抗」していさえすれば手に入ったのです。

英国は1939年に1000万ポンド(現2500億円)、1940年に1000万ポンドを蒋介石に貸与してます。
貸与というのは貸し与えたということですが、国際社会において借りたお金を返したのは、日露戦争のときの日本と、南北戦争のときの南軍の借金を肩代わりして返済した米国くらいなものです。
国際社会では、借りたお金は返さないのが常識です。

フランスは1938年に1億5000万フランを貸与、1939年に9600万フランを蒋介石に、こちらは無償援助しました。

ソ連は1937年に航空機900、戦車200,トラック1500,銃15万、砲弾12万発、銃弾6000万発を蒋介石に提供し、1939年には1億5000万ドルを援助(現6400億円)し、さらにソ連空軍が密かに参戦しています。

米国は1927〜41年に4億2000万ドルを無償援助、1940年に50機の新鋭戦闘機、装備、武器、弾丸150万発を援助、1941年に100機の戦闘機を援助、259名の米空軍パイロットを義勇兵の名目で中国空軍に参戦(フライング・タイガース)させ、さらにトラック300台と5000万ドル分の軍事物資を供与して、米軍事顧問団を派遣、また、500機のB-17爆撃機を援助しています。


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戦わざれば亡国、戦うもまた亡国 永野修身元帥

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戦わないなら国が滅び、
 戦ったとしても国は滅びる。
 けれど戦わずに国が滅びるというのは、
 日本民族が、身も心も永遠に国を失うことになります。
 もし戦い、護国の精神に徹するなら、
 たとえ戦いに勝てなかったとしても、
 祖国を護るという日本精神が残ります。
 そうすれば私たちの子孫が、
 必ず再起し、あるいは三起する。


20181122 永野修身
(画像はクリックすると、お借りした当該画像の元ページに飛ぶようにしています。
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戦時中の元帥(げんすい)で海軍大将、第二十四代聯合艦隊(れんごうかんたい)長官、第三十八代海軍大臣、第十六代海軍軍令部(ぐんれいぶ)総長という「海軍の三長官全てを経験」した唯一の軍人が永野修身元帥です。

よく「軍人は戦争好き」などという人がいますが、バカが言うことです。
あたりまえのことですが、そのような好戦的な人物には、たとえ軍人とはいえ、人が誰もついていきませんし、そのような人物はそもそも出世できません。

軍人は、戦いが始まれば、真っ先に死ぬ可能性が高い人たちなのです。
その軍人たちには、妻もあれば子もいるのです。
そして目の前で戦友に死なれた悲しみを背負うのです。
諸外国のことは知りませんが、日本では古来、武人や軍人ほど戦いの厳しさを知って戦いの回避を願わない人はいなかったのです。

我が国の歴史の中で、昭和16年(1941年)にはじまる大東亜戦争は、たいへん大きな重みを持った事件です。
その大東亜戦争がいよいよ開戦という方向に向かったとき、終始一貫して戦争に反対したのが、当時海軍の軍令部長だった永野修身元帥です。
彼は太平洋まで出て米国と直接対決するという案に、「あまりにも博打すぎる」と、猛反対をし続けています。

最終的には、山本五十六らが「太平洋に出て行くという作戦が通らなければ連合艦隊司令部一同が総辞職する」と永野に詰め寄り、結果とし永野も折れました。
けれど永野元帥は、むしろ南方資源地帯の確保と、本土防衛を主軸とした漸減邀撃作戦でいくべきとの考えでした。


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日本における武人の生き様としての素性法師を考える

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武将であれば、国を護るために戦わなければなりません。
けれど戦えば、敵味方を問わず、尊い命をたくさん失うのです。
戦えば人が死ぬのは当たり前と、人の命をなんとも思わない将軍や王が、世界の歴史にはたくさん登場します。
しかし日本の将は、昔も現代も部下たちの命を、どこまでも大切にしてきたのです。
素性法師の歌は、そういう日本の武人の心を、見事に象徴した歌です。


20181122 阿修羅像
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画像は単なるイメージで本編とは関係のないものです。)


百人一首の21番に、素性法師(そせいほうし)の歌があります。

 今来むといひしばかりに
 長月の有明の月を
 待ち出でつるかな


この歌は、「つるかな」と女言葉で詠まれた歌です。
歌を現代語訳したら、
「あの人は、
 すぐに帰って来るよと言って出ていった。
 もう秋となり
 明け方の月がかかる季節になったけれど
 あの人はまだ帰って来ませんわ」
といった意味になります。

ところがこの歌を詠んだ素性法師は、男性のお坊さんです。
そこから、多くの解説書は、素性法師がホモのオネエであって、彼氏の男性が振り向いてくれないことを嘆いて詠んだ歌なのだ、などといった解説をしています。
そのようにはっきりと書いてある本もあれば、直接的にホモとは書いてなくても、読む側がそのようにしか受け取れないような解説をしているものもあります。
実際、私も学生時代に「昔もホモはいたんだねえ」と教師から教わった記憶があります。

しかしこの歌を詠んだ素性法師は、生まれたときからお坊さんだった人ではありません。
出家する前は、良岑玄利(よしみねのはるとし)といって、左近将監(さこんのしょうげん)を勤めた人です。
左近将監というのは、徳川家康と同じ位(くらい)です。
つまりその時代の武門のトップであり、いまで言ったら、防衛大臣、ひとむかし前なら陸軍大将や海軍大将に相当する役職を持った人だったのです。


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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
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私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

ましてや、自分で質問を発したものについて、それぞれお忙しい皆様が、時間を割いて丁寧にご回答くださった者に対し、見下したような論調で応対するならば、それは他のコメントされる皆様、あるいは、それをお読みになる皆様にとって、非常に不愉快極まりないものとなります。

従いまして、謙譲・互譲・感謝、そして学ぶという姿勢のない連続投稿、粘着投稿に類する投稿をされた方については、以後のコメント書き込みを、管理人である私の判断で投稿の禁止措置をとらせていただきますので、あしからずご了承ください。
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