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先人たちが目指した日本の姿。それは私達の国が常に「よろこびあふれる楽しい国(=豈国)」であり続けることです。


重巡「熊野」の物語

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艦は女性名詞です。だから「彼女」といいます。
死には二通りがあります。ひとつは命を失う死、いまひとつは人々の記憶から失くなる死です。
何があっても最後まであきらめずに戦い続けた「熊野」は、ボクたち日本人の心に、未来永劫、永遠に生き続けるのだと思います。
彼女たちが、私達の心に生き続けること。
それこそが、彼女たちへの最大の供養です。


20190512 重巡熊野
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画像は単なるイメージで本編とは関係のないものです。)


かつて、日本海軍にあった重巡「熊野」は、最上型の4番艦として、川崎重工の神戸造船所で建造されました。
艦名の由来は、紀伊半島にある熊野川に因(ちな)みました。
最上型の巡洋艦というのは、もともとは軽巡洋艦枠での造艦です。
「熊野」は、出来上がってから重巡洋艦に改造された船です。

明治38(1905)年、日本は、日露戦争の日本海海戦で、ロシアのバルチック艦隊を破りました。
このロシア艦隊は、世界最強と唄われる英国艦隊に匹敵する唯一の大艦隊です。
それが、アジアの小国、日本の艦隊に、いともあっさりと全滅させられてしまったのです。
世界が、「海を征する者は、世界を征する」とされた時代のことです。
日本の勝利は、世界に激震を走らせています。

いちばん危機感を持ったのは、英国でした。
この時代、英国が支配していた地域は、地球上の地面の27%です。
その支配力の源泉が、大英帝国の海軍力です。
それが破られる危険があるとなれば、危機感を持つのがあたりまえです。
この時代、欧米列強が支配していた地表は、英国に次いでソ連が16%、仏が9%、米が6.7%です。
英ソ仏米のわずか4カ国で、地球上の地面のなんと58.7%を支配していたわけです。

日露戦争が終わった翌年、英国は、革命的巨大戦艦「ドレッドノート」を就航させました。
「ドレッドノート」は、蒸気タービン搭載した大型戦艦です。
速度、砲の数、威力、装甲、どれをとっても当時の世界最強の戦艦でした。
これによって英国海軍に匹敵するバルチック艦隊を破った日本海軍よりも、海軍力で一歩抜きんでようとしたのです。

明治35年には、日本と英国は同盟国となっていますし、その意味では、英国と日本は敵でなく味方同士です。
けれども、たとえ味方同士であっても、侮れない実力を身につけておく。
それがいまも昔も変わらぬ国家というものです。




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20190317 MARTH




笹の才蔵(ささのさいぞう)

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20190512 笹の才蔵
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戦国時代のことです。
可児才蔵(かにさいぞう)という豪傑がいました。
宝蔵院流の槍(ヤリ)の名手で、戦(いくさ)の場では、討った敵将の数が多すぎて、首を腰にぶら下げきれない。
そこで、背中にいつも笹(ささ)を背負い、自分が討ち取った敵将の首に、必ず笹の葉を咥えさせました。
なので、ついたあだ名が「笹の才蔵(ささのさいぞう)」です。

ある日、才蔵に試合を申し込む武者が現れました。
要するに才蔵を倒すことで、自分の名を売ろうというわけです。

日時が指定され、相手の武者が河原で待っていると、果たして笹の指物を背中に挿して甲冑(かっちゅう)で身を固めた才蔵がやってきました。
さらに才蔵の部下10名が鉄砲を持ち、火縄に火をつけて、後ろに控えました。

相手の武者は驚いて、
「これは実戦ではない。試合だ」と抗議しました。
すると才蔵は、
「俺の試合は実戦が全てだ」と笑いながら答えました。

*****

さて、みなさんは、この小さな物語から、何をお感じになられたでしょうか。

可児才蔵が亡くなったのが1613年で、いまからおよそ400年前のことです。

現実の社会は、まさに実戦の連続です。
敗北すれば、焼土が待ち受けています。
試合ではないのです。

お読みいただき、ありがとうございました。



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黄泉戸喫(よもつへぐい)に学ぶ日本の形

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明治の初めに日本にやってきた外国人は、日本の町や道路が、都市部でも田舎でも、ゴミひとつ落ちていないことに驚きの記録を遺しています。
そもそも私達が子供の頃、「公道脇の草取り」は学校で生徒たちが動員されて行われることがありましたが、「公道脇のゴミ拾い」という行事はありませんでした。
あたりまえのことです。
道路は田畑に隣接していました。
道路が汚れれば田畑が汚れます。
田畑が汚れれば、作物が汚れます。
その汚れた作物を食べるのは、私達自身です。


20190510 美しい日本
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古事記で火之迦具土神を生んで亡くなったイザナミを追って、夫のイザナキがて黄泉(よみ)の国に向かいます。
原文を七五読みしてみます。

****
ここにおひては
於是、
そのいもの いざなみの みことをみむと おもほして
欲相見其妹伊耶那美命
よみのくにまで おひゆきし
追往黄泉国
しかしてとのの かがりのとより
尓自殿騰戸
いでむかふとき
出向之時
いざなきの みことかたりて のらすには
伊耶那岐命語詔之
いとしきあれの なにものみこと
「愛我那迩妹命
あれといましで つくれるくには 
 吾与汝所作之国
いまだつくりを おへぬゆへ かへるべし
 未作竟故可還」
しかしては いざなみ みことこたへて まをすには
尓伊耶那美命答白
くやしきや とくきまさぬは
「悔哉、不速来
あはよみで へくひなす
 吾者為黄泉戸喫」
*****

文中にある「殿騰戸(とのの かがりのと)」というのは、大きな屋敷(ここでは黄泉の国の宮殿)の門の脇に設(しつら)えた小さな通用口のことを言います。
ここでは「殿」が御殿や宮殿を意味する漢字として用いられていますが、我が国では宮殿といっても、そこはいまでいうなら市庁舎か県庁舎といったような意味で、君主の家族やそこで働く人々がいる建物をいいます。
戦国以降のお城にしても、その城は大きなものであったとしても、あくまで戦いを行う武士たちが集う場所でしかありません。

けれども世界標準といえばすこし大げさですが、大陸では殿といえば城塞都市のことをいいます。
簡単にいえば、たとえば東京の世田谷区をまるごと城壁で囲んだところであり、そこには君主や武士たちだけでなく、一般の民衆までもが一緒に暮らせる、広大なエリアをまるごと囲った場所のことをいいます。
従って、ここでいう黄泉の国の騰戸(かがりど)というのは、そういう黄泉の国をまるごと囲った城壁に設(しつら)えた城門の脇にある通用口、といった意味になります。




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20190317 MARTH




長崎事件と日清戦争

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昨日に引き続き今日も『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人 第3巻』からです。
日清戦争の引き金になった長崎事件と、その後の展開について考えてみたいと思います。


長崎事件
20190512 長崎事件
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長崎事件というのは、明治19(1886)年に、長崎にやってきた中国の北洋艦隊の水兵が起こした暴行傷害事件です。
この年の8月1日、清国海軍の北洋艦隊の軍艦、定遠、鎮遠、済遠、威遠が長崎に入港しました。
どれも当時の最新鋭、大型の軍艦です。鉄は国家なりといわれた時代です。

大型で強力な軍艦は、それだけで国力の誇示でしたし、勝者の象徴でした。
清国のこれらの軍艦は、当時日本が持っていた軍艦の倍の排水量があります。
並べてみれば、軽自動車と大型トラックの違いです。
日本の軍艦はあっという間に、踏みつぶされる。それだけの「力」を持った艦隊でした。

清国軍艦が日本に立ち寄った表向きの理由は、「艦艇修理」でした。
けれど実際には、日本に対しての軍事的偵察と威圧、恫喝の任務を帯びていたといわれています。
当時、欧米列強は、日本にも中国(清国)にも出入りしていました。
そしてことある毎に日本を彼らは褒めそやしました。

それに対して清国はなってないというのです。
清国の北洋艦隊は、日本を彼らの海軍力で圧倒することで力を誇示し、日本をグウの音もでないくらい押さえれば、自分たちの地位や立場が向上すると考えたのかもしれません。
あきれるほど程度の低い話ですが、「程度が低い」と思うのは、私たちが日本人であり現代人だからです。

中国は古くから儒教国家といわれています。
けれどその儒教は、わたしたち日本人が学ぶ儒教とは、ぜんぜん違った理解をされていました。
どのように理解されていたかというと、上下関係こそが、あらゆる価値に優先するという理解です。

なぜそうなるかといえば、中国は古来、皇帝を頂点として、国の一切が政治的な支配と被支配の関係によって構築された国です。
すべての意思決定は、何が正しいか、何が真実かなどとは一切関係なく、「上が正しい」のです。
下は常にそれに従うことが正しい。
西洋人が労働を神に与えられた罰だと考え、日本人が勤勉貯蓄を無条件で正しいことと考えるのと同様、彼ら古くからの中国の人々にとっては、「どっちが上か」があらゆる関係に優先します。
対等という概念はないのです。



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20190317 MARTH





義和団事件と大陸出兵

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誰しも子や孫を持ってみたらわかることですが、子や孫の幸せを願わない父母や祖父母なんてこの世にいません。
まして個人主義などといういかがわしいものがまだ存在せず、人が共同体として生きることが当然とされていた少し前までの日本では、常に誰に対してもどこに対しても、愛し愛され、ともに平和を守ってより良い時代を築きたいというという意思は、国民共通の意思であり覚悟でさえありました。
そんな日本は戦前まで、中国大陸に兵を出していました。だから日本は中国を侵略したのだという人がいます。
とんでもない言いがかりです。


20190512 義和団事件
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日露戦争が起こる四年前の明治三十三(1900)年のことです。
北京で「義和団事件」が起こりました。
義和団というのは中国の伝統的な武芸と宗教が結びついた拳法結社です。
なんとこれを信仰して拳を行えば、刀で斬られても槍で突かれても銃で撃たれても、体は傷つかず、死ぬこともないという、これまたすごい宗教結社だったわけです。
そして当時、義和団は、まさに不死身の肉体を使って「扶清滅洋(清国を助け、西洋を滅ぼせ)」をスローガンにし、外国人や中国人のキリスト教信者などを襲撃していたのです。

こうした義和団のような結社が中国国内で暴れた最大の理由は、明治27(1894)年の日清戦争による清国の敗北があります。
中国共産党の毛沢東は、実は歴史の変造の名人で、中国混乱のきっかけを阿片戦争に置いたりしていますが、これは大きな間違いです。
第一に当時の阿片は、世界中どこも麻薬のような御禁制の品物という認識を持っていません。
睡眠導入や痛み止めなどの効果のある嗜好品として、普通に一般の商店で売買されていた品物です。
特に英国が経営するインド産の阿片は上物とされて世界中で歓迎されていましたから、阿片は英国の輸出用の主要特産物でした。

ところがあまりにも中国でこの阿片が売れるものだから中国で中国産の偽造粗悪品が出回り、一方で清朝当局が英国との貿易赤字解消のために英国からの阿片輸入を規制して、自国産の阿片流通を独占しようとしたものだから、争いになったものです。
英国は北京近くまで軍艦をすすめ、結果として清国は英国の言い分を飲んで一件落着となりましたが、事件自体は清王朝の存続を何ら揺るがすような大事には至っていません。

ところが日清戦争による清朝の敗北は、清国というよりも欧米列強に強い影響を与えました。
中国における利権拡大を目論む列強に、日本の存在がきわめて大きな障害と認識されるようになったのです。
このことはすこし考えたらわかることです。
日本と清朝がもし手を結べば、欧米列強にとっては、それは東洋最大の脅威を招くからです。

ですから三国干渉をして、日本に遼東半島を返還させ、それをロシアがとりあげ、イギリスは威海衛を分捕っただけでなく、フランスとの均衡のためと主張して香港島対岸の九龍を奪い、そのフランスは広州湾を奪い、ドイツは膠州湾と青島をそれぞれ清国からむしりとっています。
中国の民衆からしたら、こうした列強による領土の侵蝕は不快なものです。
その民衆の不快と不安に対するひとつの応答が、拳法結社としての義和団であったわけです。



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20190317 MARTH





西洋の傭兵、日本の武士

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「武士道などというものはない。
 浜子をしていようと乞食をしていようと、
 武士は武士だ。
 いつどこでも死ねる。
 それが武士だ。
 それが浜子と違うのだ」


20190510 三十年戦争
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以前にグリンメルスハウゼンの『阿呆物語』(岩波文庫)から、17世紀の西洋における傭兵のことをご紹介させていただきました。
あらためてすこしだけ引用させていただきます。

*****
それから兵隊どもは短銃の撃鉄から燧石(ひうちいし)を取り外し、そこへ百姓たちの手の拇指をはさんで締めつけ、憐れな百姓たちを魔女でも焼き殺すかのように責めたて、捕えてきた百姓の一人などは、まだなんにも白状しないうちからパン焼き竃の中へ放りこまれ、火をつけられようとしていた。
他のひとりの百姓は頭のまわりに綱を巻きつけられ、その綱を棒切れで絞られ、口や鼻や耳から血が流れ出た。
要するにどの兵隊もそれぞれ新工夫の手段で百姓を痛めつけ、どの百姓もそれぞれお抱えの拷問者に傷めつけられた。
(中略)
連れてこられた女や下婢や娘がどうされたかは、兵隊どもが私にそれを見せようとしなかったから、私にもよくわからない。しかし、あちらの隅やこちらの隅から悲鳴がきこえたことは、今もよく覚えている。
*******


このときの情景を絵にしたものが、冒頭の絵です。
著者のグリンメルスハウゼンは、みずからの体験を綴っていますから、誇張のある話ではなく、こうしたことは日常的であったといわれています。

三十年戦争が行われたのは、1618年から1648年のことで、日本では国民生活が平和と安定を享受していた江戸初期にあたります。
日本が平和な日々を送っていた、ちょうどその頃、西洋では人倫を否定する蛮行が日常的に行われていたわけです。

さて、上の文章で、大暴れしているのが、西洋における「傭兵(ようへい)」です。
西洋では戦いの主役は、伝統的に傭兵です。
国王は、その国のいわゆるオーナー(所有者)ですが、常時兵を養うのは、コスト的に高く付きます。
そこで普段は最小限の兵だけを雇用し、他国と戦うときには、戦いのプロである傭兵を雇いました。
この方が、トータルのコストが安く付くからです。



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20190317 MARTH





締切間近!ラストチャンスです。

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20190219 伊勢神宮


お申込みの締切は5月20日です。

明治以降113年の実績のある我が国最古の研修施設である伊勢「修養団」で行う研修です。
みなさまとともに、伊勢神宮への正式参拝を行い、また五十鈴川での禊(みそぎ)水行、そして講義があります。
お申込みには専用フォームがあります。

講師は、
元銚子市長でつくる会副会長の岡野俊昭先生、
修養団の名物講師で名高い寺岡賢先生、
日月神示の第一人者で日本弥栄の会の中矢伸一先生、
(以上五十音順)
と、私です。

初日の夜には懇親会、二日目の研修終了後には内宮でのお神楽の奉納も行います。
昨年12月、この研修を受講してきましたが、ものすごく良い研修でした。
私がサラリーマン時代にいた会社では、社長が研修好きで毎年様々な研修が行われましたが、そのなかで「役に立った」と思えた研修は「7つの習慣」の研修だけでした。
けれど昨年経験したこの伊勢修養団の研修は、その研修を数倍上回る内容の濃い体験となりました。
本当にお薦めです。

お申込みは↓のURLから行って下さい。
▼PCからのお申込みフォーム
https://ssl.formman.com/t/3YVs/
▼携帯からのお申込みフォーム
https://ssl.formman.com/t/i/3YVs/

【概要】
1 日時 2019年6月1日(土)〜2日(日)一泊二日
2 集合 現地集合
  伊勢青少年研修センターに
  6月1日午後12時半までにお越し下さい。
3 参加費 25,000円(税込み)
  (受講料、宿泊費、食事代込)
4 定員 150名

5 服装
 <伊勢神宮参拝時>
  男性 背広、ネクタイ、革靴着用
  女性 スーツ・礼装またはそれに準じた服装
 <研修中および宿泊>
  ジャージなど軽装をご用意下さい。

6 持ち物
  筆記用具、洗面用具、着替え、保険証など
  タオル(水行時に必要です)
 ※よろしければ故郷の一品(お酒、珍味など)
  を持ち寄って、ともに味わいましょう。

7 スケジュール
【第 1 日】
 13:30-14:00 開講心得案内・開講式
 14:15-15:45 第1講 小名木善行(倭塾)
 16:00-17:30 第2講 岡野俊昭先生(つくる会)
 17:45-18:30 水行方法についての説明
 18:30-19:30 夕食
 19:30-20:15 反省行 武田数宏先生(研修センター所長)
 20:30-21:15 五十鈴川にて禊(水行)
 21:15- 入浴・懇親会(直会)・消灯
 ※水行は必修ではありません。
  水行なしでのご参加も可能です。
【第 2 日】
 05:30 起 床・洗 面・寝具整理
 06:00-08:00 静座行・神宮(内宮)特別参拝
 08:00-08:50 朝食
 08:50-10:20 第3講 中矢伸一先生(日本弥栄の会)
    ※中矢先生は二日目のみのご参加です。
 10:30-12:00 第4講 寺岡賢先生(伊勢修養団)
 12:00-12:30 閉講式・解散
 14:00- 御神楽奉納(希望者のみ、費用別途)
 ※御神楽の間、荷物等は修養団
 で預かっていただけます。

8 主催
  倭塾(塾長:小名木善行)
  日本の心をつたえる会(会長:田沼喜一)

9 共催・会場
  公益財団法人修養団 伊勢青少年研修センター
  〒516-0024 三重県伊勢市宇治今在家町153番地
  電話 0596-25-0265

10 公益財団法人修養団(SYD)とは・・・明治39年(1906)に創立され、平成28年(2016)2月11日に110周年を迎えた社会教育団体。創立100周年の記念大会の折りには天皇の行幸も賜った由緒ある研修団。この研修施設に倭塾塾長他、岡野俊昭先生、中矢伸一先生を迎えて講話をいただき、昔は元服の儀の事前必携とされた水行をみなさんとご一緒し、また宿泊研修の利点を活かして、語り明かそうという企画です。

11 お問い合わせ先
ご不明な点があれば小名木善行までお気軽にお問い合わせ下さい。
電話 080-4358-3739 小名木携帯
E-mail nezu3344@gmail.com

12  申込締切期限 2019年5月23日

 
お申込みは↓のURLから行って下さい。
▼PCからのお申込みフォーム
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▼携帯からのお申込みフォーム
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チラシのダウンロードは↓こちら↓
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お読みいただき、ありがとうございました。
皆様のご参加をお待ちしています。



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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
最新刊
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』

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支店名 〇二九(店番029)
種目  当座預金
口座番号 0083820
口座名義 小名木善行
【問い合わせ先】
お問い合わせはメールでお願いします。
nezu3344@gmail.com

講演のご依頼について
最低3週間程度の余裕をもって、以下のアドレスからメールでお申し込みください。
テーマは、ご自由に設定いただいて結構です。
講演時間は90分が基準ですが、会場のご都合に合わせます。
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ほんとうに皆様のコメントが、とっても嬉しく、かつありがたく拝読させていただいています。

議論というものは、すくなくともこのブログのコメント欄が、国政や地方自治、あるいは組織内の意思決定の場でなく、自由な意見交換の場であるという趣旨からすると、互いに互譲の精神を持ち、相手を尊敬する姿勢、ならびに互いに学びあうという姿勢が肝要であると存じます。

私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

ましてや、自分で質問を発したものについて、それぞれお忙しい皆様が、時間を割いて丁寧にご回答くださった者に対し、見下したような論調で応対するならば、それは他のコメントされる皆様、あるいは、それをお読みになる皆様にとって、非常に不愉快極まりないものとなります。

従いまして、謙譲・互譲・感謝、そして学ぶという姿勢のない連続投稿、粘着投稿に類する投稿をされた方については、以後のコメント書き込みを、管理人である私の判断で投稿の禁止措置をとらせていただきますので、あしからずご了承ください。
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