アクセスランキング

日本は「たみ」が「おほみたから」とされる天皇のシラス(知らす、Shirasu)国です。


二人の撃墜王、坂井三郎と笹井醇一

人気ブログランキング ←はじめにクリックをお願いします。

笹井醇一中尉(死後少佐)
笹井醇一


撃墜王という言葉があります。
英語では「Flying Ace pilot」で、エース・パイロットとも呼ばれます。

第一次世界大戦のとき、戦闘機が誕生し、戦闘機同士の戦いで当初は10機以上、第二次世界大戦の頃になると5機以上の撃墜記録を持つ者に与えられた称号です。
日本では「多数機撃墜者」などと呼ばれたこともあります。


世界一の撃墜王は、ドイツ空軍で「ウクライナの黒い悪魔」と呼ばれたエーリヒ・ハルトマン大佐で、記録は352機です。
以下、ドイツ空軍のパイロットが、上位多数を占めますが、これには理由があって、ドイツ空軍機の戦いは、主としてヨーロッパの地面の上にある空です。
空中戦で自機が敵に撃墜されても、パイロットはパラシュートで脱出し、地上で救助されて、再び別の戦闘機に乗って戦う。

これに対し、日本の多数撃墜者は、戦いの場所のほとんどが海上であり、自機が被弾したら、そのまま機体と運命をともにしています。
ですから、日本の撃墜王(多数撃墜者)の撃墜数は、勝ち星の連勝記録です。
いわばじゃんけんで勝ち続けた数が日本のエースパイロットの撃墜数で、そのなかで、たとえば陸軍の上坊良太郎大尉は、なんと76機という史上最多連勝記録を持ち、沖縄戦、本土防空戦を勝ち続けて、終戦を迎えています。
ひとこと、すごい!としかいいようがありません。

すこし付け加えると、上坊大尉の撃墜数76機の中には、あの空の要塞と呼ばれたB-29、12機の撃墜が含まれています。
上下左右どこから攻撃を受けても、万全の守備力を誇り、しかも普通の戦闘機では到底及ばない高高度で飛来するB-29を、なんと上坊大尉は、戦闘機で撃ち落としてしまった。
これまですさまじいとしか言いようがありません。

さて、その日本の撃墜王の中のひとりに、笹井醇一(ささいじゅんいち)少佐という方がおいでになります。
日本海軍で、坂井三郎中尉と並び称された天才パイロットで、撃墜数は本人の手紙によると54機。(日本の軍人さん達の撃墜数は、公式記録が終戦時に焼却されているので、わからない部分が多いのです。笹井少佐の54機は、本人が家族に宛てた手紙にあります。戦後、米軍側の記録との突合わせでは、28機の撃墜という説もあります)。

笹井少佐は、ラバウル航空隊で活躍された方で、その容貌も手伝って「ラバウルの貴公子」とも呼ばれた方です。
一方、気の強さ、負けん気の強さから、「軍鶏(しゃも)」というあだ名もあった。

零戦の操縦の腕前は、まさに天才としか呼べないほどのもので、「大空のサムライ」で有名な坂井中尉も、彼の天才ぶりを認めています。

海軍のパイロットですから、もちろん笹井醇一少佐も、学力優秀、身体頑健、視力最強の青年だったわけですが、実は、笹井少佐は、子供の頃は、虚弱児でした。

生まれは大正7(1918)年で、東京・青山で生まれました。
父親は海軍造船大佐で、母の妹は、大西瀧治朗中将の奥さんです。
ですから笹井少佐は、大西瀧治朗中将の甥にあたります。

軍人一家のもとに生まれた笹井少佐ですが、赤ん坊の時に疫痢にかかったのだそうです。
そのため、物心ついても胃腸が弱く、さらに小児結核まで患っている。

小学校時代は、虚弱体質で学校も休みがちで、自宅で猛勉強して試験ではいつも学年トップだったのだけれど、出席日数不足で、総合順位では2番となり、さらに結核治療のための転地療養(田舎など空気の良い病院での療養)をしたため、小学校を一年、留年して卒業しています。

東京府立一中(現在・日比谷高校)に進学した笹井少年は、自分の弱い体に打ち勝とうと、父に内緒で講道館に通います。
当時の柔道は、いまのスポーツ柔道と異なり、戦いのための武術柔道です。
胃腸と呼吸器が弱いというのは、ものすごく大きなハンデになる。
ところが笹井少年は、猛練習に励み、果敢な闘争心から、そこで「軍鶏(しゃも)」のあだ名をもらいます。
そして中学卒業時には、なんと2段に昇段しています。

昭和11(1936)年、笹井少年は、海軍兵学校に入学する。
そして昭和14(1939)年には、兵科候補生として重巡洋艦「利根」に勤務し、翌昭和15(1940)年飛行学生となっています。

この頃、飛行学生が使った練習機が、通称「赤トンボ」と呼ばれた九三式中間練習機です。

ある日、この「赤トンボ」で宙返りは可能か、ということが学生の間で話題となります。
「赤とんぼ」は、非常によくできた飛行機ではあるけれど、飛行中に機体がふらつきます。速度も遅い。なにせ古い飛行機なのです。

誰もが「絶対に無理だ」と言ったのだけれど、笹井は、平然とこれをやってのけてしまいます。
おかげで教官からは大目玉をくらった。
けれど仲間たちの間では、彼は尊敬される存在となります。

昭和16(1941)年11月17日、彼は飛行学校卒業し、パイロットの名門である台湾の「台南航空隊」に入隊します。
この台南空というのは、海軍飛行学校卒業生の中でもとびきり優秀な卒業生しか赴任させてもらえないところです。
その台南空に、笹井は4人の同期生とともに、赴任する。

このときの台南空の副長兼飛行長が、あの人情と情けの人、小園安名中佐です。

小園中佐は、隊員たちに常々、「空戦に階級の上下なんかない。必要なのは戦う実力だけだ」と、語って聞かせています。
要するに徹底した実力主義だった。

そしてその台南空に先輩として先に赴任していたのが、撃墜王と呼ばれた坂井三郎一飛曹で、当然のことながら、坂井一飛曹は、台南空きってのナンバーワンの腕前のパイロットだった。

ある日のことです。
その坂井三郎が、模擬空戦で、笹井醇一少尉に「わざと」負けます。

笹井少尉は「やった!」とばかり、大喜びした。
そりゃそうです。
誰も勝てないエースパイロットに、模擬空戦で勝ったのです。
喜ばない方がおかしい。

大喜びして天狗になっていた笹井に、坂井三郎は、
「あれはわざと負けたのだ」と話します。

さて、ここで問題です。
「わざと負けたのだ」と聞いた笹井少尉は、どのような態度をとったでしょうか。
実は、今日いちばん書きたかったのが、このことです。

「勝った」と思って喜んでいたら、相手から「わざと負けてやったんだ」と聞かされた。
一般に、こういうときの人間の反応は、二通りです。

「なにをっ!いまさら負け惜しみ言うんじゃねーよ、バ~カ」となるか、
「そうだったのか」と自らの未熟さ恥じて以降精進するか、です。

会社でも組織でも、あるいは先輩と後輩、あるいは友人関係や恋愛関係、夫婦関係でもみな同じなのですが、良いときはみんな良いのです。
たとえば、儲かっている社長さんや、社内権力を持つ上司のもとには、誰もがもみ手をしながらやってくる。

けれどそういう状況の中では、相手の人物というのは量りかねるものです。
麻雀仲間は、楽しい仲間です。
けれど、麻雀仲間だからといって心から信頼できる友となれるかはわからない。

ですから企業においてもそうなのだけれど、相手の人物を量ろうとするときは、申し訳ないけれど一定のストレスを与えて様子を見る。そのときの反応が、前者か後者か。それでいわゆる「手のひらを簡単に返す人物」なのか、「生涯の信頼しあえる仲間」にできるかが、決まる。そういうものです。

笹井少尉は、先輩の坂井から「わざと負けた」という言葉を聞いた瞬間、自らの不明を恥じたそうです。
そんな笹井に、坂井は告げた。
「あなたに自信をつけさせるためです」

気がついた笹井に、坂井は、
「それでいいんです、天狗になるよりは。
自分もまだまだです、下手だと思っています」と言ったそうです。

こうして二人の関係は、ホンモノのライバルであり、永遠の友となる。
このお話は、戦後坂井が書いた「大空のサムライ」にも出てきます。

戦時中、日頃態度の大きな一部の朝鮮兵は、いざ戦いが始まるとすぐに武器を放り出し、「アイゴー」と言って逃げてしまうのが常だったといいます。
だから第一線の戦いの場に、朝鮮兵はあまり用いられなかった。

同様に、いまどきの日本では、上から叱られたり恥をかかされたりすると、部下や生徒が簡単に上司や教官を逆恨みし、逆に陰口を叩くのが常のようになっているといいます。

これではまるで特ア人と同じです。
日本人も落ちたものです。
自分本位、自分だけが可愛いい、自分さえ良ければいい。人としての謙虚さがない。
自分にとって都合の悪いものは、すべて他人の「せい」にする。

そうではないのです。
自分にとって都合の悪いこと、それは誰のせいでもない。自分が招いた結果です。

自らを省みることなく他人の悪口を言うことで自己の安直な安心と慢心を手に入れようとする者、自らを省みてより一層の精進に努めようとする者。
この違いは大きい。

台南空にいた笹井は、自分の未熟を悟り、ますます鍛錬に打ち込んだといいます。
そして坂井は、そんな笹井を、心から信頼した。

昭和16(1941)年12月8日、大東亜戦争がはじまりました。
開戦3日目、笹井はのフィリピンのクラーク空軍基地の攻撃に出撃したのだけれど、エンジン不調のために台南基地に引き返しています。

このクラーク空軍基地攻撃というのは、首都マニラの北西約60kmの地点にあった米軍の基地です。
12月8日の開戦早々に日本はこれを叩くつもりだったのだけれど、濃霧のために攻撃隊が離陸できず、攻撃予定がずれ込んでいます。
クラーク基地へはゼロ戦34機(新郷隊)と96式陸攻26機が向かいました。
そして一瞬で、米軍機108機を葬り去り、さらに地上施設のほとんどを破壊するという大戦果をあげています。

このときのあまりの日本軍の強さに、フィリピンの最高司令官だったマッカーサーは、10万の米国人将兵をフィリピンにほったらかしたまま、慌てて自分だけパワーボートに乗りこみ、途中で飛行機を乗り継いで、遠くオーストラリアまで逃げ出しています。
そこまで逃げれば、絶対に「敵の弾が飛んでこない」からです。

そこで彼は、新聞記者に囲まれ、胸を張って「I shall return」とやった。有名な言葉です。
「I shall return」もないものです。
10万人の部下を敵前にほったらかしたまま、軍の司令長官が敵前逃亡したのです。
誰がどう見ても、卑怯者のすることです。
これが日本の将官だったら、あくまで戦い抜いている、という話はまた別の機会においておいて。。。

このクラーク基地を、戦いのあとに、戦争画で有名な藤田画伯が視察に行っています。
彼は現場を観て、たいへんに驚いたと書き残している。
何を驚いたかというと、なんと日本のパイロットたちは、格納庫の中にあった飛行機まで、ご丁寧に破壊していたのです。

普通、これはありえない。
いくら圧倒的勝利に終わった戦いだったといっても、空軍基地内には、多くの米軍将兵たちが残っていたのです。
当然、猛然と対空砲火を放っている。

その猛烈な対空砲火の弾幕をものともせず、日本のパイロットは、なんと地上すれすれにまで降下して、格納庫にしまってある米軍機を、一発か二発の炸裂弾で仕留め、破壊しているのです。

弾幕の中を地上すれすれにまで降下すること自体、ものすごいことです。
地上すれすれの飛行というものは、ほんのわずかな操縦桿の「ぶれ」だけで、飛行機が地上に激突する。

それを敵弾の中で行っただけでなく、半開きになった格納庫の中にある敵飛行機を見つけて、それさえも破壊した。
格納庫そのものは、手つかずです。
日頃の訓練の賜物とはいえ、猛烈な技量としかいいようがありません。

これだけの伎倆を持った日本の台南空のパイロットたちだったわけです。
そしてその中でも、笹井少佐の腕は、他に並ぶ者がないほどの傑出した腕前だったというから、そう考えると彼の腕は、もはや天才を通り越して、神の領域だったのかもしれません。

クラーク基地攻撃戦に乗り遅れた笹井少佐でしたが、昭和17(1942)年2月3日、ジャワ島のマオスパテ基地攻撃戦で初陣を飾ります。敵戦闘機のブリュースターF2Aバッファローを、楽々撃墜する。

さらに2月18日にはジャワ島上空で、米陸軍のカーチスP-40戦闘機を、わずかな射撃で撃墜します。
撃った弾の数は、たった28発だったそうです。

いまでは、シューティングゲームの影響か、戦闘機同士の空中戦というものは、とにかく弾を撃って撃って撃ちまくるもの、といったイメージを抱いている方が多いのですが、当時の日本の零戦が翼に持っていた機銃は、破壊力の強い20mm機銃が、実弾60発、プロペラの後ろについている7.7mm機銃が、片側300発の実弾しか搭載していません。
機銃ですから、この弾数というのは、フルオートで撃ったら、ものの数秒で弾がなくなる。

ですから当時の零戦パイロットは空中戦において、すばやく旋回して敵の後ろに回り込み、一発か二発の速射で敵を仕留めることを戦いの基本としていたのです。

ラバウルに進出した笹井少尉は、5月の末、坂井三郎と一緒に、ポートモレスビーに偵察飛行をしたそうです。
このとき坂井機が、上空に敵戦闘機、P-39を発見する。

隊長の坂井機は、中隊長の笹井機に接近し、「貴君にさしあげます」と合図を送った。

笹井は、にっこり笑って了解したそうです。
そしてたった一機で、敵機の中に突っ込んで行ったかと思うと、またたく間に3機を早業で撃墜してしまった。
これにはさすがの坂井も、舌をまいたそうです。

この頃、笹井醇一少尉が家族に宛てた手紙が残っています。
そこには、
「私の撃墜数いま54機です。リヒトホーフェンを追いぬけるつもりです。私の悪運に関しては絶対で、百何回かの空戦で被弾はたったの2回です」と自信に満ちた笹井の文があります。

昭和17(1942)年8月7日、米軍がガダルカナルに上陸します。
笹井は、この上陸を支援する米軍飛行機部隊を攻撃する部隊17機の零戦部隊の中隊長として、出撃します。

そこで空母サラトガから発鑑した、グラマンF4F戦闘機8機、空母エンタープライズから発艦したF4F戦闘機14機、合計22機による攻撃を受けた。

これに対し笹井隊は、敵機を下回るわずか17機で、これを迎撃し、なんと敵戦闘機9機を撃墜、6機を撃破しています。
敵は最早逃げるしかなかった。

さらにその帰り道、空母エンタープライズから発艦した、ゴードン・ファイヤボー中尉指揮のF4F戦闘機6機編隊と出くわしたけれど、これも2機を撃墜してしまう。

ここから先の記録については、Wikipediaに詳しい内容があったので、これを引用します。
~~~~~~~~
8月21日、笹井中隊6機は、ガダルカナル飛行場北西のサボ島南岸、高度4千メートル上空で、前日ガダルカナル飛行場に進出したばかりで、上空哨戒中の米海兵隊のF4F戦闘機4機と初対決。

その後撃墜王となるジョン・スミス海兵隊少佐以下4機にとっては初の実戦の洗礼となった。
笹井中隊6機による高度差150メートル優位からの一撃でグラマンF4F全4機が被弾。

しかし4機とも直ちにガダルカナル飛行場の方向へ離脱したため、ラバウルまでの帰りの燃料を考慮し追撃はせず、最終的に19機を撃墜することとなるスミス少佐を含めた4機は大破した2機も含めて辛うじて飛行場に滑り込んだ。

笹井中隊は無傷でラバウルに帰還する。

笹井はガダルカナルに向けて、翌8月22日、23日と連日出撃するが天候不良にて引き返す。
疲労をおして25日も出撃、ガダルカナル島上空に達するも会敵はなかった。

翌8月26日午前、笹井は陸攻17機援護の零戦9機の指揮官としてガダルカナル島上空で迎撃の米海兵隊のF4F戦闘機12機と交戦し、米海兵隊撃墜王のマリオン・カール大尉を単機で追尾。

カール大尉がガダルカナル飛行場への着陸体勢に入ったところを狙って攻撃をかけたが、基地からの対空砲火で撃墜には至らなかった。
敵基地上空への単機突入という危険極まりない状況であり、本来ならば察知された時点で離脱するのが定石ではあったが、笹井は反転しカール機に対して再攻撃をかけた。

こうして米海兵隊員数百人の眼前において、日米のエース・パイロットによる低空での一騎討ちが繰り広げられ、笹井は遂にカール大尉を絶体絶命の状況に追い込んだ。

そして反航から零戦にとっては絶対優位といわれた縦の上昇運動に引き込み、まさに射撃体勢に入ろうとしたその刹那、搭乗機の機首を強引に引き起こしたカール大尉は、笹井に対して捨て身の一連射を送った。

そしてこの一撃が射撃位置に入ってきた笹井の零戦を直撃、次の瞬間機体は火を吐き笹井もろとも爆発、基地付近の海岸線に砕け散った。

当時、ラバウル基地にあった報道班員の吉田一によると、いくら待っても笹井機が戻らぬなか、基地全体が、まるで笹井と共に息をひきとったかのような哀愁につつまれていたという。

この日、台南空司令の斎藤正久大佐が、西日傾くまで飛行場に立ち続け、またこの夜、若い搭乗員が、指揮所裏に生えたジャスミンの木の、夜目にも白い花の下で、飛行服の袖に顔を埋めてすすり泣いていたのが目撃されている。

この晩、笹井の未帰還を知らない従兵が、宿舎食堂のいつもの場所に笹井のはし箱を並べたのをみて、この日、笹井指揮下の第三小隊長として出撃して帰還した高塚寅一飛曹長が、
「笹井中尉は、めしを食わんといっとったぞ」と叫び、
続けて「おい、笹井中尉のはし箱はな、あしたから、俺が使うぞ。その代わりにな、俺のはし箱は貴様にやるから、あしたから使え」と泣き出しそうな表情をしてほえたてていたという悲話も残されている(その高塚飛曹長も翌月、9月13日のガダルカナル攻撃で未帰還となる)。

一方で、内地に戻った坂井に対しては、「坂井ががっかりするから知らせるな」と半年もの間、誰も笹井の戦死を知らせなかったという。
笹井を常に守り抜いてきた坂井は、「俺がついていたら、きっと殺さなかったのに」と、地団太踏んで残念がったという。
~~~~~~~~~

戦場というのは、非常に過酷な極限状態の場です。
逆にいえば、極限状態の中だからそこ、人と人との信頼や友情が非常に重要な役割を担おうかと思います。

笹井と坂井の両名は、互いに好敵手であり、ライバルであり、互いに最も信頼しあう仲間だった。

いま、日本の保守層というのは、国内ではまだまだマイノリティ(少数派)に他なりません。
その保守同士が、自己中心的になり、自分可愛さのあまり、他の保守を攻撃したり中傷したりするケースも、ままあるようです。

私たちはいま、戦っているのです。
戦いに本当に必要なことは、仲間であり、信頼関係であるに他なりません。

そのことを、笹井中尉、坂井中尉のお二人に、学びたいと思うのです。

よろしかったらクリックを。
 ↓ ↓
人気ブログランキング

大空のサムライ 坂井三郎氏 零戦を語る


【メルマガ会員募集中】
ねずブロのメルマガを購読し、ご一緒に日本の良い話を拡散しませんか?
購読のお申込は↓コチラ↓から。
http://www.mag2.com/m/0001335031.html

【ご寄付について】
ねずブロの取材を応援いただける方は、以下の口座からカンパいただくことができます。
【ゆうちょ銀行】
記号 10520
番号 57755631
【他金融機関から】
銀行名 ゆうちょ銀行
支店名 〇五八(店番058)
種目  普通預金
口座番号 5775563
【問い合わせ先】
nezu@nippon-kokoro.com

日本の心を伝える会 日心会
関連記事

コメント
失礼かとは思いましたが
本文中の大東亜戦争の開戦日は、「1945(昭和20)年」ではなく、「1941(昭和16)年」ではないでしょうか?
素晴らしい記事なのに、もったいないなと思ってしまいました。
2013/08/09(金) 23:39 | URL | 通りすがりの者です #-[ 編集]
No title
いつも楽しく拝見させていただいてます。
私の父も大正7年生まれで戦時中は百式司偵の教官をしていました。
直属の上官で元航空自衛隊幕僚長をしていた大室大尉さんがいます。よく遊びきてました。
海軍の勇猛果敢な軍人さんの話で父の体験談があります。
当時最新鋭の百式司偵ができたころ、海軍から勇猛な大佐?がやってきて
ぜひに載せろといって無理やりに試験飛行をしたそうです。
偵察用に極限まで軽くして最高速度を追求した飛行機だからあれほど注意したのに
それにもかかわらず宙返りを試みてあっさり空中分解して亡くなったそうです。
父はソ連で4年間捕虜暮らしをして体を壊して
87で亡くなるまで落ち武者暮らしでした。
2011/11/10(木) 20:52 | URL | 佐藤 #DhuRAo1g[ 編集]
No title
久々にコメントします。

私が定年を数年後に控えた最後の配置にあった時。

ある宴席で尉官の部下が、「私は、本当に上司については運が良いんです。」と話しかけてきました。
常常、彼の優秀さを知っていた私は、即座に「それは違う!君の運が良いのではなく、上司の運が良かったんだ!」と言いました。

上司、部下という立場ではなく、人間を知るということの本質を書いてくださりありがとうございました。
2011/11/09(水) 22:50 | URL | 鷲 #-[ 編集]
日本人なら出来ます
>私たちは今、戦っているのです。
戦いに本当に必要なことは、仲間であり、信頼関係であるに他なりません。

今日のエントリーに感動し、心から感ずるものがあれば貴方が環境を変えることが出来ます。

難しく考えることはありません、「本の少しの思いやり」でいいのです。
あなたが発した思いやりが鎖となり連鎖反応を起こし良い人間関係は勿論、何事も良い結果を生むという現象がおきます。

あなた一人の力って凄いんですよ!

試しにやってみてください。嫌いな奴が明日は飲み仲間にってことにも。

自分我、自分我ではなく相手を想う「ホンの少しの思いやり」でいいのです。
2011/11/09(水) 05:05 | URL | 念 #-[ 編集]
仙谷はオレを抹殺しようとした!丸山弁護士“怒りの訴訟”始まる!
仙谷はオレを抹殺しようとした!丸山弁護士“怒りの訴訟”始まる!
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20111108/dms1111081246010-n1.htm
【関連情報】
【朝鮮儀軌引き渡し協定国会承認】
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/cscsgk.cgi
支那の漁船衝突のビデオを隠蔽して、屈辱的な媚中外交で開催された横浜APECでは前原外務大臣と
李明博韓国大統領による朝鮮儀軌引き渡し協定が調印された。 その後、反日売国民主党野田政権
の対韓国700億ドルスワップ協定と同時に図書の一部は韓国へ返還された。

【マスコミ隠蔽の掲示板】最新版
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj4.cgi
【マスコミ隠蔽のタイトル一覧】最新版はこちらをクリックして下さい。
2011/11/09(水) 00:00 | URL | 愛信 #EBUSheBA[ 編集]
No title
むしろ人のせいにするのは上司が多い。あと学者。
2011/11/08(火) 17:13 | URL | ヨハネス #qbIq4rIg[ 編集]
今どきの日本人
ねずきちさん、いつも素敵なブログを有難うございます。

毎日楽しみにしております。

今日のブログを読み、感じたことを少し書かせて下さい。

(一部抜粋)---------
いまどきの日本では、上から叱られたり恥をかかされたりすると、部下や生徒が簡単に上司や教官を逆恨みし、逆に陰口を叩くのが常のようになっているといいます。--------------

確かに、自分が否定されると憮然として陰口を叩く人は多くなったと感じます。

どうしてこうなってしまうのか。私なりに考えてみました。

いくつか理由はあるでしょうが私が真っ先に感じた事は、修身教育を受けていないからではないかということです。

“叱られる側”だけではなく“叱る側”にも原因があると思うのです。

最近“叱る側の叱り方”もただ感情に任せて怒るだけになっていると感じるのです。

自戒の念も込めて、改めて気を付けなければならないな…と思う本日のブログでした。

それでは、失礼します。
2011/11/08(火) 15:07 | URL | ゆう #-[ 編集]
素晴らしい友情ですね♪
日本のパイロットが優秀なのも伝統だったのですね。
日本が世界に賞賛され、誇れる自衛隊も、伝統を受け継いできたのだと良くわかりました!!
ねずきちさん、ありがとうございます。
2011/11/08(火) 13:56 | URL | みー #-[ 編集]
地方参政権「獲得」にこだわる理由
地方参政権「獲得」にこだわる理由
http://torakagenotes.blog91.fc2.com/blog-entry-491.html
 日本人社会の破壊者創価学会公明党と民主党は、今までの長い間に推進してきた日本人社会を
破壊する活動の手段として反日法案を成立させる最後の機会と考えて必死のもがきをしています。
 TPPもその一つでありますので、愛国系有権者は力を合わせて彼等の破壊活動を止めなけれ
ばなりません。

【マスコミ隠蔽の掲示板】最新版
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj4.cgi
【マスコミ隠蔽のタイトル一覧】最新版はこちらをクリックして下さい。
ps:
宮城県議会選挙が告示されたので
http://ttensan.exblog.jp/d2011-11-07/
2011/11/08(火) 13:36 | URL | 愛_信 #EBUSheBA[ 編集]
予算委員会(衆)審議中継を見ています何故福島第一原発を爆発させたのか追及しています。
第179回国会審議中継
11月8日9:00~
予算委員会(衆)審議中継を見ています
何故福島第一原発を爆発させたのか追及しています。
http://www.shugiintv.go.jp/jp/wmp.asx?deli_id=41423&live=yes&media_type=wb

【動画ニュース掲示板】最新版
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj6.cgi
【動画ニュース最新版タイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。

2011/11/08(火) 10:59 | URL | 愛信 #EBUSheBA[ 編集]
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
静岡県出身。国史啓蒙家。倭塾塾長。日本の心をつたえる会代表。日本史検定講座講師&教務。
連絡先: nezu3344@gmail.com
著書
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』第1巻〜第3巻
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』
日々、先人たちへの感謝の心でブログを書き綴っています。それが自分にできる唯一のお国への、先人たちへの、そしていま自分が生かさせていただいていることへのご恩返しと思うからです。こうしてねずブロを続けることで、自分自身、日々勉強させていただいています。ありがたいことです。

AdSense
カレンダー
03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
最新記事
最新コメント
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

リンク
このブログをリンクに追加する
リンク2
AdSense
カテゴリ
月別アーカイブ
AdSense
解析
スポンサードリンク
ねずさん(小名木善行)著書
↓最新刊↓

↓好評発売中↓




ねずさんメルマガ
ご購読は↓コチラ↓から
ねずブロメルマガ
ご寄付について
ねずブロはみなさまのご支援で成り立っています。よろしかったらカンパにご協力ください。
【ゆうちょ銀行】
記号番号 00220-4-83820
【他金融機関から】
銀行名 ゆうちょ銀行
支店名 〇二九(店番029)
種目  当座預金
口座番号 0083820
口座名義 小名木善行
【問い合わせ先】
お問い合わせはメールでお願いします。
nezu3344@gmail.com

Facebook
講演のご依頼について
最低3週間程度の余裕をもって、以下のアドレスからメールでお申し込みください。
テーマは、ご自由に設定いただいて結構です。
講演時間は90分が基準ですが、会場のご都合に合わせます。
E-mail nezu3344@gmail.com

講演テーマ
<ご参考>
古事記に学ぶ経営学
古事記に学ぶ日本の心
百人一首に学ぶ日本の心
女流歌人の素晴らしさ
日本人の誇り
その他ご相談に応じます。
検索フォーム
AdSense
関連サイト
祝日には国旗掲揚を!
御国旗セット
¥2,190

大型御国旗セット
[ステンレス製3mポール付き]
¥4,800

御国旗伸縮ポールセット【大サイズ】
¥3,000

御国旗セット L
[ マンション設置用 Lタイプ テトロン 国旗 ]

台灣民政府
台湾民政府
サンフランシスコ講和条約で、日本は台湾に関して処分権は連合国に提供しましたが、領土の割譲は行っていません。条約以降、連合国も日本も台湾の処分先を決めていません。つまり台湾はいまも日本であり、台湾にいる1500万人の戦前からいる台湾人は、日本国籍を有する日本人です。私は台湾民政府を支持します。
お薦め書籍1

日中戦争-戦争を望んだ中国 望まなかった日本


江戸の自治制


幻の黄金時代


ドキュメント自衛隊と東日本大震災

AdSense
コメントをくださる皆様へ
基本的にご意見は尊重し、削除も最低限にとどめますが、コメントは互いに尊敬と互譲の心をもってお願いします。汚い言葉遣いや他の人を揶揄するようなコメント、並びに他人への誹謗中傷にあたるコメントは、削除しますのであしからず。
最新トラックバック
AdSense
コメントをくださる皆様へのお願い
いつもたくさんのコメントをいただき、ありがとうございます。
ほんとうに皆様のコメントが、とっても嬉しく、かつありがたく拝読させていただいています。

議論というものは、すくなくともこのブログのコメント欄が、国政や地方自治、あるいは組織内の意思決定の場でなく、自由な意見交換の場であるという趣旨からすると、互いに互譲の精神を持ち、相手を尊敬する姿勢、ならびに互いに学びあうという姿勢が肝要であると存じます。

私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

ましてや、自分で質問を発したものについて、それぞれお忙しい皆様が、時間を割いて丁寧にご回答くださった者に対し、見下したような論調で応対するならば、それは他のコメントされる皆様、あるいは、それをお読みになる皆様にとって、非常に不愉快極まりないものとなります。

従いまして、謙譲・互譲・感謝、そして学ぶという姿勢のない連続投稿、粘着投稿に類する投稿をされた方については、以後のコメント書き込みを、管理人である私の判断で投稿の禁止措置をとらせていただきますので、あしからずご了承ください。
エディタ・コミュニティ
edita.jp【エディタ】
amazon
通州事件の真実
通州事件を実際に体験された女性の手記です。
クリックするとテキストファイルが開きます。
https://docs.google.com/file/d/0B9Dh1-gISO9CZERHN2oxempSeEk/edit
パチンコをはたき出せ!
パチンコ撲滅
パチンコ市場は21兆円
そのお金を消費に向ければ莫大な経済効果が生まれる!

 ↓関連記事↓
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1197.html
やまと新聞を守れ!

やまと新聞は、戦後GHQの圧力に屈することなく、日本のジャーナリズムの正義を貫いた唯一の新聞です。
みんなの力でやまと新聞を応援しよう!!
やまと新聞社の公式HPは
 ↓コチラ↓
http://www.yamatopress.com/ 購読料は月500円です。
下の窓の中味をコピペすると、上のバナーをご自分のHPに貼ることができます。
やまと新聞の紹介記事はココをクリック
殲滅支那大連盟
殲滅支那大連盟

■満州国臨時政府■
 ↓ ↓ ↓
http://www.manchukuo.net/
ねずブロの拡散・転載について
当ブログの日本の心を伝えるための適法かつ前向きな拡散はおおいに歓迎です。 ただし適法な引用でないと、著作権侵害で処罰されることがありますのでご注意ください。
RSSリンクの表示
FC2ブックマーク

PING送信プラス by SEO対策

QRコード
QRコード
スポンサードリンク