アクセスランキング

敷島の大和心を人問わ(は)ば 朝日ににおう (ふ) 山桜花(本居宣長)。日本は天皇を国家最高権威とし、民を「おほみたから」とする「シラス国」です。


阿片戦争

人気ブログランキング ←はじめにクリックをお願いします。

阿片戦争、広東湾の戦い
阿片戦争


阿片(アヘン)戦争といえば、多くの人々の一般的認識は「日本の幕末の頃、大英帝国が支那に阿片を無理矢理売り付けようとして起こした侵略戦争」というものであろうと思います。

実際はどうだったのでしょうか。

なるほど当時の英国が、植民地主義国家であったことは事実です。
けれど本当に英国は、支那人を麻薬漬けにするために阿片を大量に支那に持ち込んでいたのでしょうか。

「阿片窟」という言葉もあります。
阿片の吸引所で、そこでは阿片中毒になった男女が、性的モラルを失って薬物とセックスに浸り込んでいる。
そんなイメージで語られるところです。
実際に、そのようなものがあったのでしょうか。

歴史は、現在の価値観で図ろうとすると、大きな間違いを犯すことになります。
当時の時代背景を、まずよくみてみないといけない。

そういう目でこの時代を見ると、実はこの当時、阿片を含めて、いま言われるところのいわゆる「麻薬類」の販売、所持、吸引など、まったく規制外であったことがわかります。

たとえば、有名なシャーロック・ホームズは、コカイン常習者です。
ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」は、薬物で酩酊状態になったときの世界観を表現した小説とされています。

なかでも阿片についていえば、当時は麻薬ではなく、むしろ沈痛、咳止め、睡眠導入効果のある嗜好品として、普通にそこらで売られていた商品でした。

そもそも当時の阿片は、精製がさほどよくありません。
ですから阿片の吸引で、日常生活に異常をきたすような重度の中毒者などいなかったし、ましてや阿片窟などというものも、存在などしていなかったのです。

このことは、タバコを例にとるとわかりやすいかもしれません。
ニコチンは、精製したものは、少量でも即死に至る劇薬です。
けれどタバコを吸ったからといって、ショック死する人はいません。これと同じことだったのです。

阿片は、ケシ(芥子)の実から生産されます。

芥子という植物は、赤くて大きな花を咲かせますが、この花が散ると、花があった根元に丸いふくらみが残ります。
これが芥子坊主(けしぼうず)で、この芥子坊主にナイフなどで切り込みを入れると、中から乳液状の液体が出てきます。
これを乾燥させて、黒い粘土状にしたものが阿片です。

ちなみに阿片を精製して、アルカロイドを抽出すると「モルヒネ」になります。
モルヒネといえば、戦時中、痛み止めとして広く使われていたのは、みなさまご存知の通りです。

モルヒネの純度をさらに高めると「ヘロイン」になります。
ヘロインまでくると、依存性が格段に高くなり、幻覚症状などがひどくなります。

ちなみにアルカロイド(天然由来の有機化合物)の抽出方法が確立されたのは、阿片が土台となっていて、日本で言ったら江戸時代中期の文化元(1804)年、ドイツの薬剤師ゼルチュネルが、阿片からモルヒネを分離抽出に成功したのがはじまりです。

いまではカフェインをはじめ、様々な医薬品に、このアルカロイド抽出の技法が役立てられていますが、要するに、阿片は毒物や麻薬という認識ではなく、咳止め、痛み止めとして広く使われていたものだったのです。

そもそも阿片と人類の歴史は古く、いまから5400年前のメソポタミアでは、すでに芥子の栽培がされています。
5000年前のイランの石版には、古代シュメール人が、芥子からどうやって乳液を採取したかについてが書かれています。

4000年前には、芥子はヨーロッパや、中東、中央アフリカなどで広く栽培されていたし、3500年前のエジプトでは、阿片が製造されていた事がパピルスの文書で明らかになっています。
いずれも、麻薬や金儲けのための薬物としてではなく、鎮痛剤や、睡眠導入剤として、普及していたものです。

阿片は、シルクロードを経由して、支那に医薬品として持ち込まれています。
三国志に登場する医師、華佗の用いた麻酔薬が、阿片です。

阿片が日本にやってきたのは、室町時代のことで、支那からもたらされています。
当時の日本では、阿片は「阿芙蓉(あふよう)」と呼ばれ、医療用の鎮痛剤として、ほんの少量流通していたにすぎません。

ちなみによく時代劇などで、長崎奉行が悪徳商人と結託して、阿片を密輸して遊女などに吸わせて中毒にさせて我がものにしたり、密貿易で大儲けをしたりなどという筋書きが描かれますが、これは大嘘です。
実際には江戸中期までは、あくまで阿片は沈痛、解熱、麻酔、睡眠薬として、医師の専管物でしたし、そもそも当時は阿片の麻薬性自体が、まったく世に知られていなかったからです。

阿片が、日本国内に広く普及するようになったのは、幕末の頃です。
なぜ普及したかというと、浪士たちが斬り合いをして、大怪我をしたからです。
その鎮痛剤として、阿片が大量に国内に出回るようになったのです。

江戸中期に、すでに国内での芥子栽培や、阿片抽出技法が確立されていた日本では、万一怪我をしたときの用心で、全国的に広く普及したのでしょう。

さて、こうして鎮痛のための特効薬としての阿片は、1830年代には、世界貿易の主役となりました。
とりわけ大英帝国の東インド会社が精製したインド・ベンガル産の阿片は、とびきり品質が良く、効き目の高い特産品として世界中に広く輸出されました。
誤解をしてはいけないので、くどく書いておきますが、悪質な麻薬としてではなく、あくまで健全な医薬品として流通していたのです。

医薬品というのは、少量でも高単価です。
しかも栽培地が植民地で、極端に安い土地と労働力で栽培された阿片は、原価が極端に低く、しかも単価が高く、貿易用商品としては、極端に効率性の良い商売だったわけです。
おかげで東インド会社は、ベンガル阿片でたいへんな利益をあげています。

このように阿片は、国際貿易の主力商品だったわけですから、当然英国は支那に大量の阿片を輸出し、販売します。
繰り返しますが、当時阿片は合法的な医薬品です。

あたりまえのことですが、支那人だって怪我をすれば痛いし、傷を負えば辛いのです。
ところが阿片を用いれば、痛みの負担なく手術を受けられるし、副作用も起こらない。
そりゃ普及してあたりまえです。

けれど、このことが大きな問題をひき起したのです。

だいたい他の誰かが大もうけしていると知ると、すぐにそれを真似して、粗悪品を「安かろう、悪かろう」で売りまくるのが今も昔も変わらない、支那人です。

支那人たちは、阿片が儲かると知ると、芥子を支那国内で大量に栽培し、英国の阿片の半値で売りまくったのです。
ただし、粗悪品です。

これだけなら、まだ良かったのです。
問題は、その商売のやり方です。

英国は、貿易は、民間会社が行います。
そして民間会社の安全を、英国が国家として軍を出動して保護します。

これに対し支那は、民間が商売で設けると、そこに官僚が割って入って法外な賄賂をとり、さらには商売そのものを官営にして取り上げてしまう。

こうなると値段も吊り上がります。
結果、英国製の阿片も、支那産の阿片も、たいして値段はかわらない。

それでいて英国産の阿片の方が、品質が安定していて、はるかに効き目が良いとなると、当然、売れるのは英国産ばかりになります。

ちなみに、昔、バイアグラが大流行したときに、支那に旅行した友人が、空港で輸入品のバイアグラと支那製のバイアグラの両方を買って来たのを自慢していました。
効き目は、やはり普通のバイアグラの方がはるかによかったそうです。
値段はと聞いたら、きもち支那製の方が安かったという。
なぁんだ、昔の阿片と同じだなあと、しみじみ思ったものです。

当時、英国は陶磁器や茶などを支那から大量に買い付けていました。
一方で良質な阿片を支那に販売していたわけです。

ところが、英国産阿片がたいへんな人気となったことから、英国側の貿易収支は、当然大黒字、支那からみれば、対英貿易は大赤字です。
貿易通貨としての銀が、支那から大量に流出してしまう。

当時の支那政府は、清朝です。
このことに青くなった清朝政府は、二つの理由から、阿片の輸入の規制に乗り出します。

ひとつは、国内産の阿片商売の独占のため。
もうひとつは、銀の流出阻止のため。

そして阿片問題解決のための特命大臣に林則徐を任命し、上海に向かわせます。

さて、「なるほど。政府が規制したのなら英国産の阿片は、輸入が相当減ったのだろうなあ」
そう思うのが、日本人のお人好しなところです。
支那では、そうは問屋が卸さない。

中央政府が規制しても、現場ベースでは、官僚たちが規制を盾に多額の賄賂をとって大儲けしたのです。
特命大臣の林則徐などは、まさにこれで大儲けしました。

結局、官僚たちの賄賂の分だけ、支那国内で流通する英国産阿片の値が高くなっただけで、阿片の流通はまるで止まらない。当然、清国内の銀の流出も止まらない。

こうなるといきなり過激になるのも、支那の特徴です。
なんと清朝政府は、天保9(1838)年、英国産阿片を吸引した者は死刑にするというお布令を出したのです。
要するに、英国産の阿片は使うな。使うなら支那産の阿片を使え、というわけです。

これでは英国の東インド会社は、商売になりません。
当然特命大臣の林則徐に猛抗議します。

けれど今度は林則徐も強硬です。
「今後一切阿片を清国に持ち込まないと誓約書を差し出せ」と英国側に申し入れたのです。

支那人にとっては、誓約書というのは、一時しのぎのための建前のための紙でしかない、というのが常識です。
別に、紙くらい、いくらでも書けば良いではないか、と彼らは考える。

けれど、西欧社会では、誓約書を差し出すことは、イコール、契約を交わすことです。
破れば法外な損害賠償を請求されると考えます。

つまり、誓約書を差し出すことは、今後の商売そのものの根幹にかかわると考える。
当然、英国は、これを拒否します。

ところが、民間貿易というのは複雑なもので、同じ英国商船でも、トマス・カウツという商船は、阿片以外の商材を扱っていたことから、ハイハイと、気軽に誓約書を書いてしまった。
トマス・カウスが書いたのに、なぜ他の船は書けないのか。
清国官僚の林則徐にしてみれば、実に不思議不思議なことでしかありません。
貿易は貿易、あくまで誓約書だけは先に出しなさいと、さらに強硬に英国側に申し入れます。

英国にしてみれば、阿片を規制してこれまでさんざん法外な賄賂をとったあげく、こんどは誓約書を差し出せ、阿片交易に関わりのない船が誓約書を出したのだから、他の船も誓約書を出せ。
誓約書を書いたら、今度は何を要求されるのかわかったものではありません。

当時、英国政府を代表して対清国貿易の観察を行っていたチャールズ・エリオット卿は、他の商船までトマス号に便乗して誓約書を出そうとしたから、これを軍艦を出して引き止めます。
そして正面から堂々と、清国政府に対して、阿片貿易再開を書面で申し入れます。

ところが、清国特命大臣の林則徐は、これに対して、口頭で拒否します、と答えます。
エリオット卿は、国家を代表して書面で要望書を出したのです。
これを、夜郎自大にも、口頭で回答した。
まさに失礼千万です。

そもそも、昔の国際交易というのは、根底に法がありません。
約束を守らないなら、武力をもってお答えする、という軍事力が背景となって国際貿易の安全性が担保されていたのが、19世紀の国際交易です。

チャールズ卿は、事態の趨勢を英国議会に報告します。
英国議会は賛成多数で清国に対する武力による威嚇を承認します。
そして天保9(1838)年11月3日に、勃発したのが、阿片戦争なのです。

繰り返しになりますが、この当時、阿片は規制された麻薬ではありません。
正当な医薬品として広く用いられていた普及品です。

さて、開戦許可をもらうと、エリオット卿は、いきなり上海にいた清国海軍を全滅させ、その日のうちに清国首都の北京近郊にある天津に英国海軍を出現させ、清国政府に圧力をかけます。

当時の清国というのは、人口が3億5000万人です。
今の人口の15億という数字が頭にある皆様は、え、そんなに少ないの?と思われるかもしれません。
けれど記録にある事実は、日本でいう幕末頃の支那の人口はそんなものです。
そもそも、現在支那共産党が保持する、チベット、ウイグル、満州は、清国ではない。
さらにいまと違って、支那の食料事情は極端に悪かったのです。
支那が人口を激増させたのは、戦時中に日本が支那人たちに農業指導をし、農地を開墾させたことが理由です。
つまり、食えるようになった分だけ、人口が増えたのです。

さて、当時の清国が動員できる軍事力は、20万人程度であったとされています。
装備も、旧式です。
武装は主に青龍刀で、これでは大砲や銃の火力の前にひとたまりもありません。
つまり、国際関係において、清国は弱小の部類です。
要するに、戦えば必ず負けるという状況にあった。

よく、当時の清国を称して、「眠れる獅子とよばれる大国だった」などという教科書や教師がいます。
大嘘です。
獅子どころか、軍事弱国でしかなかった。

では何故、英国などの列強は、支那を植民地にしなかったのか、という疑問が残ろうかと思います。
その理由は、ひとつには支那が広大であることが挙げられようかと思います。
けれど、もっと大きな理由は、支那が清国政府という外来王朝であった、ということです。

そもそも欧米が東洋諸国を植民地支配した諸国では、華人、つまり支那人の漢人たちを、支配地の統治のために用いています。
たとえばマレーシアなら、そもそものマレー人達を支配するのに際して、マレー半島に住む少数民族である漢人たちに、準支配者としての地位を与え、彼らに利権を与えることで、マレー人の反乱を阻止し、国土を制してきたのです。
これを「分断統治」といいます。
同じ国に住む貧しい少数民族に利権を与え、これを用いることで自分たちは直接には手を汚さずに現地人を支配し、収奪するという手法がとられていたのです。

これに対し、支那は、はじめから逆転した状態にあります。
つまり、少数民族である女真人(満州人)が、大多数の国民である漢民族を支配していたのです。
しかもその漢民族は、東亜各地で、自分たちの植民地支配のための手伝いをしてくれている者たちです。

ならば、その大多数いる漢人たちに清国政府打倒ののろしをあげさせれば良いではないかと思われるかもしれませんが、そうはできない。
なぜなら、女真人たちに支配された漢人たちが、あまりに無教養で使い物にならなかったからです。

日本は、東亜諸国において、支配者となっていた白人と、こうした華人(漢人)たちを駆逐し、現地人に国家としての独立を果たさせました。
けれどそのために、日本は被支配階層として、まるでゾンビ状態に陥っていた現地人達に、猛烈な訓練を施し、教養を与え、現地人による現地人のための行政機構を作り、その運営まで指導してきています。
これは日本に、現地の支配ではなく、現地人による自治こそが彼らにとっての幸せ、という現地の独立という明確な意思があったからのことです。

支配しようとするなら、現地人に教養を与えたり、行政機構を与えたりするのは、まったく逆効果です。
阿片戦争が勃発した当時の支那は、欧米列強から見たら、すでに少数民族の清朝が政権をとっていました。
支那を植民地支配するなら、この清朝政府を支配下に置くか、新たに別な少数民族を清朝に代わる統治者に据える必要があったのです。
けれど、そうなると、既に植民地支配している東亜諸国の華人の配下たちが反乱を起こす危険がある。
こうなると、二兎を追う者は一兎を得ずとなります。

つまり、そうした微妙な国際政治のバランスの中で、ただただ支那にいる漢人たちのレベルが低かったから、当時の支那は植民地統治されずに済んでいた、というのが実際のところだったのです。

さて、そうした背景の中で、英国艦隊は、北京のすぐそばに、姿を現したのです。
これは日本で言ったら、江戸湾に黒船が現れたというのとまったく同様の大事件で、清朝政府は上を下への大騒ぎになる。

清朝政府は、英国艦隊を前にすると、いとも簡単に、阿片の取り締まりのための特命大臣だった林則徐を解任し、阿片交易についても態度を軟化させてしまいます。

けれど、ここまで来たら、英国もただで引き下がるわけにはいきません。
なぜなら、軍事展開をした以上、そのために使った費用をちゃんと賠償してもらわなきゃならない。

そのために英国は、賠償金として香港の割譲を要求します。
ところが自尊大国の清国は、これを拒否する。
阿片の輸入を認めてやったんだから、それでいいだろう、というわけです。

天保12(1841)年1月7日、香港割譲を拒否した清国に対し、英国は艦隊攻撃を開始しました。
圧倒的な力の差を見せつけたのです。
英国艦隊を前に布陣していた清国軍は、まさに瞬く間に粉砕されてしまいます。

さらに英国艦隊は、2月になると、黄档・永安・靖遠・鎮遠・威遠・鞏固の諸砲台を砲撃のうえ陥落させ、3月には黄埔を占領する。
清国側はほとんど一方的な損害を被ります。
この戦いで、捕虜だけで数千人、戦死者は数万の規模に達したといいます。
まさに清国の完敗となったのです。

エリオット卿は、ここで広東市内への進入を停止させ、外交交渉への移行を提案し、戦闘を休止させます。

ところが清国側は、5月まで広州付近に陸兵を集結させます。
そして5月21日の深夜、陸兵を小舟に乗せ、広州湾に浮かぶ英国艦船に、奇襲攻撃しかけたのです。

どうやったかというと、タキギを満載した船を夜陰にまぎれて英国艦隊に近づけ、放火し、火勢に乗って英国人たちを皆殺しにしようという作戦です。

それだけ聞くと、なにやら理にかなっていると思うかもしれませんが、それはあくまで英国艦隊が、支那の艦隊と同じ木造戦艦だった場合のことです。
ご存知の通り、当時の英国艦隊は、鋼鉄戦艦です。
そもそも作戦が甘いと言わざるを得ません。

近づこうとした支那人たちの軍船は、英国軍艦の歩哨に、事前に発見されます。
そして、百隻以上の支那人の兵船は、瞬く間に英国軍艦の重砲火によって、撃沈され、全滅してしまったのです。

さらに英国は、英国海軍の陸戦隊2万4000を広東に上陸させ、陸に残存した清国兵を蹴散らすと、広東市街の砲台を占領。
支那兵たちは、慌てて広東城内に逃げ込みます。

エリオット卿は、あまりの支那軍のだらしなさに、これ以上の進撃はもはやなぶり殺し以外のなにものでもない、と判断します。
そして広東城に立てこもる奕山、祁貢という二人の将軍に対し、賠償金として600万ドルの支払いと、支那兵の退去をすれば、占領した砲台はすべて支那に返すともちかけました。

二人の支那の将軍は、これを受け入れ、支那兵を退去させ、賠償金を支払いました。

ところが、ここで二つの事件が起こります。
これも日本人なら、ちょっと考えられない出来事です。

何があったかというと、清国の二人の将軍は、清国皇帝の道光帝に対して、まるで真逆の報告をしているのです。
どういう内容かというと、
~~~~~~~~
広東湾の戦いにおいて、英兵は溺死者、死傷者が多く、清国側の損害は軽微。
戦いは支那側の大勝利に終わった。
~~~~~~~~
というものです。

客観的にみれば、あきらかにデタラメの報告ですが、当時の清では、奕山、祁貢の両将軍とも、こう報告しないと、極刑に遭うどころか、身内親族一同まで、残虐な方法で皆殺しにされてしまう。

では、この二人の将軍、賠償金の600万ドルはどうやって支払ったかというと、これはもう広東場内に住むありとあらゆる民間人から、金という金をかき集め、文句を言う者は殺しまくって支払った。
これではなんのための軍なのかと思われるかもしれませんが、外来王朝である清朝政府にとっては、漢人など、人ですらなかったのですから、当然といえば当然の行動ともいえます。

騙されたのは、清国皇帝の道光帝だけではありません。
英国代表のエリオット卿も、この二人の将軍が、清国政府を代表しての恭順の回答であると信じ、5月30日、英国軍を約束通り広東から退去させています。

この退去に際して、ひとつの事件が起こっているのでご紹介します。
それは広東郊外の三元里という場所です。

撤収して港に向かう英国軍に対し、「平英団」を名乗る支那人の集団が、英国軍に殴り込みをかけたのです。
この事件で、英国側はインド兵1名が死亡しただけで、「平英団」は壊滅し、算を乱して逃げ出しました。

小競り合いなのですが、そもそも勝負にならないのです。
なぜなら平英団は、支那人の民間人の集まりです。
おそらくは広東場内で、奕山、祁貢の両将軍たちに身内を殺され、悲しみの中に寄り集まって、英国軍に無茶な戦いを挑んだ人たちであろうといわれています。
ろくな武器もない。
英国正規軍との戦いは、竹槍部隊と重機関銃部隊の戦いのようなもので、勝負にならないのです。

ただ、この三元里での平英団による襲撃事件のことが、ウイキペディアの解説では、まるで異なる内容に書き換えられていました。
おもしろいので、ご紹介します。

~~~~~~~~~~~
【三元里事件】
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%85%83%E9%87%8C%E4%BA%8B%E4%BB%B6

1841年5月、イギリス軍は広州城において靖逆将軍愛新覚羅奕山ら清の首脳部と停戦協定を締結していたが、一部のイギリス軍は郊外の三元里で略奪や暴行事件を起こし民衆の怒りを買っていた。
このため三元里並びに周辺郷村の民衆1万余が決起して水勇統領林福祥らの指揮の元「平英団」を名乗り、ヒュー・ゴフ少将が率いるイギリス軍を包囲して攻撃した。

このとき民衆が手にしていたのは大刀や長矛などの伝統的な武器であり、本来であれば銃砲を有するイギリス軍に敵うべくもない戦力ではあったが、
民衆は地の利を得ていて巧みに遮蔽物に隠れながら戦うことができたこと、
大雨によりイギリス軍の火砲が使用不能に陥ったことなどの条件に恵まれ、
数で優位に立つ平英団は徐々にイギリス軍を包囲、殲滅の危機に陥れた。

このため英軍は清朝の広州知府であった余保純に停戦協定違反を抗議し、併せて戦後の報復を示唆して平英団を解散させ、包囲を解くように求めた。
このため清当局によって平英団は解散させられ、戦闘は終結した。
~~~~~~~~~~~

もっともらしく書かれていますが、大嘘です。

だいたいもし英国軍が包囲殲滅されるという事件が起こっていなら、このあと徹底的な報復戦が行われています。それが当時の戦争なのです。
実際に起こったのは、先に述べた通り、インド人兵1名が死亡しただけでしかない。
こうやって歴史をねつ造するのは、支那の伝統的お家芸だということです。

もうひとつ、書いておきます。
ではなぜ、それだけ圧倒的な武力を持っていた英国は、そのまま北京にまで攻め込み、一気に紫禁城を制圧して清国政府を壊滅させなかったのか、ということです。

答えは簡単です。
戦争とは、国家の目的遂行のための究極の手段であるからです。

当時の英国にとって、阿片戦争は、あくまで阿片貿易の継続のために行われたものにすぎません。
仮に紫禁城を制圧し、女真人による外来王朝である清朝政府を打ち倒し、漢民族による政権を支那に誕生させたら、どうなるのでしょう。

漢人たちは、英国が東亜諸国の植民地統治するために、あくまで少数民族の準支配階層として、汚れ役をやるための手足として使っている人たちです。
その手足に、広大な領地を持った自前の国家を与える。

植民地統治は、あくまで民族の分断統治が大原則です。
その分断のはずが、漢民族に国家を与えることは、統合を与えることになります。
いままで、英国人にとっての被支配階層であった東亜諸国の漢人たちに、広大な国家を与えたら何が起こるか。
下手をすれば英国が統治している東亜諸国の植民地で面倒な反乱が続発しないとも限りません。

そんなバカなことをするくらいなら、まだ女真人による外来王朝を支那に継続させておいた方が、英国にとって、まだメリットがあるというものです。

さて、こうして天保13(1842)年8月29日、清国と英国の両国は、南京条約を調印し、阿片戦争が終結しました。

南京条約で、清は多額の賠償金の支払いと香港の割譲、広東、厦門、福州、寧波、上海の開港を認め、また、翌年の虎門寨追加条約では治外法権、関税自主権放棄、最恵国待遇条項承認などを認めます。

そして英国の勝利に便乗した米国、フランスなどが、それぞれ清国政府との間で、望厦条約、黄埔条約を締結し、清国は国力をさらに低下させることになるのです。

以上が、阿片戦争のおおまかな顛末です。

かなり学校などで習った阿片戦争と、イメージが違うので驚かれた方も多いのではないかと思います。
けれど、時代背景をキチンとみれば、逆に私たちが教わって来たいわゆる「常識」が、実はとんでもなく支那万歳であったりする、インチキであったことがわかります。

戦後の日本は、ちゃんとした歴史観を失った国となってしまいました。
歴史を取り戻すこと。
それは日本が覚醒する第一歩なのではないかと思っています。


【閑話休題】
駅の構内や、オフィスビルなどに行くと、喫煙所があって、いまどきの日本人が、その狭い喫煙所に閉じ込められてタバコを吸っている姿をみかけます。
そんな姿を見て「あれって、なんだかまるで昔の阿片窟みたいだね」と言った人がいるけれど、実際には、当時の支那に、阿片窟など存在しません。
あったのは、民間医療施設で、治療を受ける者達が、阿片を吸引し、痛みを和らげていた、という姿です。

けれどもし、後世の人たちがいまの日本の喫煙所を見たら、きっとこれを阿片窟ならぬ、異様な「煙草窟」とでもみるのではないかと想像して、おもわず笑ってしまいました。


※本日の記事は、ねずブロメルマガ有料版の5月7日版の記事を転載させていただきました。
ねずブロメルマガは有料版で、毎週こうしたお話を掲載させていただいています。
登録申込当月分の1ヶ月は無料でお読み頂けます。
お申し込みは↓コチラから行うことができます。

 ↓  ↓  ↓
http://www.mag2.com/m/0001335031.html


よろしかったらクリックを。
 ↓ ↓
人気ブログランキング

阿片戦争


【メルマガ会員募集中】
(1) 日心会メルマガ(無料)
 申込は↓コチラから。
http://www.nippon-kokoro.com/mailmag_entry.php

(2) ねずブロメルマガ(有料)
 申込は↓コチラから。
http://www.mag2.com/m/0001335031.html

日本の心を伝える会 日心会
関連記事

コメント
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
2014/08/14(木) 03:09 | | #[ 編集]
No title
アヘン戦争は阿片だけが原因ではないという点で似たようなスレがありますが

『やる夫の英清戦争』
2013/09/29(日) 21:50 | URL | #-[ 編集]
No title
>そもそも、現在支那共産党が保持する、チベット、ウイグル、満州は、清国ではない。

清国はチベット、ウイグル、満州を領土にしてましたよ。
そもそも清は満州族の国ですよ。
2013/09/02(月) 01:59 | URL | 辞書猫 #-[ 編集]
薬物貿易は罪で死刑の国
シンガポール、マレーシア、インドネシア、タイなどの華僑に影響される国はその法律を執行するにあたってもしかしたらこのアヘン戦争に影響されたのかもしれないと思います。特にシンガポールは華僑、とりわけ客家や潮州の移民が多くてその中国の惨状を目の当たりにしたのでこういった法律を出したのかもしれないです。

日本でもたしかに薬物関連は犯罪になるかもしれませんけどその一文字に「死刑」をいれたら今頃日本はどうなることでしょうか(GHQ時代では不可能だったかもしれないですけど)
2013/05/04(土) 18:38 | URL | HZ #bTksp432[ 編集]
No title
イギリスのアヘン戦争の勝利の理由は、思った以上に客家、華僑、役人がイギリス側に付いて手引きをしたことでした。
今の日本も少し似た状況だと思います。
2012/08/03(金) 21:22 | URL | #-[ 編集]
ありがとうございます。
いつも楽しく読ませていただいています。
源代にも通じる歴史の話は、とても役立ち、仲間にも紹介しています。
さて、今回の「阿片戦争」は、私たちにとって中国を考える上で良い教材になります。
今も同じ様な政治が行われ、いまだ改める気持ちは見えません。
仕事で繋がるのですが、日本人感覚とは異質な気がします。
参考にさせていただきます。ありがとうございました。
2012/05/19(土) 18:27 | URL | 竹心 #-[ 編集]
ただただ、素晴らしいです。

ここまでの事実をまとめていただいた努力感謝します。
2012/05/18(金) 20:01 | URL | やま #-[ 編集]
No title
「真実の中国史」の紹介、ありがとうございます。読ませていただきます。

私たちの歴史の基本は学校教育にあり、義務教育で教えられたものですが、このときの教科書は国による検定を受けていることから、日本が国として認めたものと言うことになります。
ねずきち様(ねずプロ)から真実はこうだったと教えていただいたとき、成る程と思っても他の人(家族を含む)に説明するのは大変で・・・・・・阿片戦争のように、イギリスの侵略の一環とされている事柄の場合などは、その根拠の基本程度は知っておきたいと思っています。

日本の自虐史観で教育されてきた者は、自虐史観がおかしいと考え出しても、それから抜け出すのは容易でありません。まして自虐史観で教育された教育委員と教員、自虐史観を推進する日教組とこれに洗脳されている政治家及び自己の利益に利用とする政治家、そうすることに慣れて思考課程が固定した官僚達。これに加えて国益が理解できない政治家が大勢いれば、未来の日本はどうなるのかと不安です。
私ごときが心配しても、どうになるものでもないのは分かっていますが、子供も孫もいますので・・・・・
2012/05/16(水) 09:40 | URL | ポッポ #-[ 編集]
No title
 現在我々が歴史の常識として、認識しているアヘン戦争は野蛮で貪欲なイギリスがアヘンという麻薬を落日の大国、清に売りつけ、それを硬骨漢、林則徐が拒んだのをきっかけに清国に戦争をしかけ、領土と賠償金もぎ取った、と言うものだと思います。
 しかし、アヘン戦争についても実は戦後のイデオロギー的バイアスがかかっている事を私が知ったのは、実はそれほど昔のことではありません。
 岡田英弘氏と妻の宮脇淳子さんは支那を含むアジア史・・というよりもユーラシア大陸史が専門ですが、モンゴル帝国がもたらした文明史的意義を研究されていて、大変興味深い著書を多く世に出していらっしゃいます。
これらの著書で私は、アヘン戦争の実際を知り、目から鱗がとれた思いがしました。
なぜならそれまでの私のアヘン戦争の歴史認識には、支那文明的要素がスッポリと抜けている事に気づかされたからです。
それらはつまり、汚職と拝金主義、賄賂、過激で陰湿な権力闘争や陰謀、そしてかの国では歴史とは政治と云うこと・・・これらの視点を持たないアヘン戦争の歴史的解釈や批評は正しくこの戦争の意味を知った事にはならないと思います。
ここで展開されるアヘン戦争の歴史に違和感や反発を覚える人は、是非、上記碩学の著書例えば、「真実の中国史」(ビジネス社刊)等を一読する事をすすめます。
2012/05/15(火) 17:40 | URL | 三四郎 #yqV.Ahbc[ 編集]
No title
知れば知るほど嫌いになる支那、朝鮮。歴史観を取り戻す為にはしっかりした教育は絶対に必要でしょう。

色々な角度から物事を見る目、そして巷に流布されている話や歴史が本当のことなのか。見直す冷静さを備えていく事が求められると思います。

シークレットとされていた極秘資料が各国から開示されるにつれいかにわが国日本や先人達の歴史が歪められてきたのか。かつてGHQからNOとされてきた教育にこそ本当の日本を取り戻す物があると思います。

私達は日教組の教育にこそNOを突きつけるべきでしょう。
2012/05/15(火) 09:22 | URL | 一有権者 #-[ 編集]
No title
昔、歴史で習いましたがそんな事があったのですね。
最初は医療用だたのでしょうが、そのような物に手を出し、身も心も滅ぼす人っていつの世にもいますね。
記事を読んで結論、行き着くところはさすが支那、捏造天国、特亜ですね。

>世界各国の亡命ウイグル人団体を束ねる「世界ウイグル会議」(本部ドイツ・ミュンヘン)の第4回代表大会が14日、東京都千代田区の憲政記念館で開幕した。

アジアでは初めてとの事です。
さっそく捏造国家支那の反発、今更驚きません。
この会議むしろ今の日本にとって、とてもいい機会だと思います。
何故なら近い将来の日本の姿がそこにあるのですもの!
日本人はこれを機に対岸の火事で無く、明日はわが身として真剣に目を向けるべきです。

支那の怒り、本当は怒る事事態おかしな事なのに、そのおかしさに気付かない愚かさ、救いようが無い!
せっかく日本を実行支配しようとしている矢先にこの様な会議を東京でされたのでは面白くないでしょうね。
そしてウイグルで支那が行ってる悪事がバレるのですもの。支那にとっては大打撃!
自分達がしてる事は棚に上げ相手を攻める、さすが特亜です。

きっと又、マスコミはこの重要な会議、報道しないでしょうね。
2012/05/14(月) 21:52 | URL | 桜子 #PyZMa2bE[ 編集]
阿片戦争についての認識が歪められているのは
中国の主張をうけて、日本人が中国に同情をむけるように教科書をつくったからですか?

他の外国では阿片戦争はどのように認識されているのでしょうか?
例えばアジアでは日本と同じように認識されているとしたら、イギリスはそのことを知っているのでしょうか?
阿片戦争のように、中国が自国に都合の良いように主張することに対して、イギリスや諸外国はどのように対応しているのでしょうか?

質問攻めですみません。

いつも拝読させていただいて、日本について学んでいます。
こちらのブログを知ってからは、ますます日本の国家を誇らしく思えるようになり、愛国心も強まりました。

数次ビザが認められてからは特に、沖縄ではすごい勢いで中国人が増えています。
我々の安全で平和な暮らしは、国家の庇護があってこそのものです。

かつて祖国復帰に熱く燃えた沖縄人。。。
それも空しい過去のことになり
このままでは、沖縄はチベットやウイグルのようになる日も遠くありません。

このような歴史の真実をたくさんの沖縄人に広めなくてはいけないと思っております。急務です。


またこちらには、日本を愛するたくさんの仲間がいることを感じることができ、それがわたしの力になります。
ありがとうございます。

真剣に学んでいきますので、どうぞこれからも素晴らしいブログを書いてください。
2012/05/14(月) 21:06 | URL | okinawan #-[ 編集]
石原東京都知事は尖閣諸島購入寄付金に対する謝意を表す。
石原東京都知事は尖閣諸島購入寄付金に対する謝意を表す。
http://www.metro.tokyo.jp/GOVERNOR/KAIKEN/ASX/m20120511.ASX
(動画)
知事の部屋/石原知事記者会見(平成24年分)|東京都

【動画ニュース掲示板】最新版
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj6.cgi
【動画ニュース最新版タイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。

ps:
尖閣諸島購入寄付金が五億円を突破
http://koramu2.blog59.fc2.com/blog-entry-870.html
2012/05/14(月) 21:05 | URL | 愛信 #EBUSheBA[ 編集]
No title
当時の阿片の実態に納得しました。
また、阿片戦争において、イギリスと清の戦闘力の差が大きかったことは、この20年後の薩英戦争や下関戦争で、今度は日本が完全に負けていますから、戦闘技術の差として極めて大きかったと思います。

ところで、欽差大臣(特命大臣)の林則徐ですが、中国の官僚としては珍しく収賄も少なく清潔で、優秀な方だったと思っていたので、困惑しています。
私のアヘン戦争の知識は陳舜臣著の「阿片戦争」が殆どですが、ねずきち様の参考書籍をどこかに書いておいていただけると、嬉しいです。
2012/05/14(月) 15:11 | URL | ポッポ #-[ 編集]
No title
そういえば唐とイスラム帝国が戦ったとき
唐軍が惨敗したと聞いた事があります。
2012/05/14(月) 14:56 | URL | masa #-[ 編集]
No title
アヘン戦争とは別のコメントですみません。

某メルマガで紹介されていました。米国での従軍慰安婦碑撤去署名文(ホワイトハウス)協力お願いします。(ご存じでしたらすみません)

署名サイトhttp://wh.gov/yrR

署名方法http://bit.ly/HKIaJA

6月9日締め切り。今米国では日系人より韓国系が多いそうで数で負けています(><)この嘆願書の発起人は米国在住の日本人のようです、協力をお願いします。前回、日本海署名運動の時のホワイトハウスからのメールに記載されたパスワードが有効だそうです。
2012/05/14(月) 14:28 | URL | red-bean38 #-[ 編集]
ねずきちさん
今日も、分かりやすい阿片戦争のお話をありがとうございました!
阿片戦争に関しては、チャイナが被害者でイギリスが悪者とずーと信じていました。
しかも、かなりチャイナに同情してました。
こういう事って、たくさんあるのでしょうね。
ねずきちさんの歴史の説明は、とってもわかりやすいです。
マグマグメルマガ手続きしましたので、これからもよろしくお願いいたします!
眠くならないで、歴史を学べるから嬉しいです。
2012/05/14(月) 12:39 | URL | カクテル #-[ 編集]
英国紳士に肩入れしすぎ?
阿片が全く副作用の無い薬であった、というのには疑問が残ります。
日本でも阿片の輸入に関してはハーグ以前から政府の規制があったわけですから、中毒性はあるのでは?
古代から薬用として存在していた阿片。長い歴史上、阿片での表立ったトラブルが無かったのにシナでのみ蔓延したのは乱用による中毒性で説明がつくように思います。

それより分断支配の話に恐ろしい物を感じます。
少数派の特ア在日に利権をもたらし間接的に日本を支配しようとしている黒幕は…?
2012/05/14(月) 11:52 | URL | 憂 #-[ 編集]
暗黒大陸中国の真実
ラルフ タウンゼントによると、イギリスによる阿片貿易を禁止した中国は、阿片販売を独占し、その販売量はイギリスを上回ったとあります。

何処までも腐敗しているのが支那人です。

ちなみに、当時つも嘘を付く理由も利益も無いのに、
嘘ばかり言っていたそうです。
2012/05/14(月) 08:06 | URL | 少数民族 #-[ 編集]
No title
支那が強いのはあくまで内に対してで、強い外国に対して矢鱈と弱いのは昔からのことなんですかね。
元は外も荒らしまわったようですが、元は支那と言うよりモンゴルですし。

そうすると今の支那も張子の虎なんでしょうか。
仮にそうだったとしてもこちらは可能な限り強くありたいですね。
2012/05/14(月) 07:10 | URL | #mQop/nM.[ 編集]
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

お酒はヘロインやコカインや大麻やタバコよりも有害

1 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2012/05/27(日) 19:43:15.10 ID:J8T1Opb30 ?2BP(6000)アルコールはヘロインやコカインや大麻やタバコよりも有害であるという研究結果が、海外医学誌「L...
ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
最新刊
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』

AdSense
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新記事
最新コメント
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

リンク
このブログをリンクに追加する
リンク2
AdSense
カテゴリ
月別アーカイブ
AdSense
解析
スポンサードリンク
ねずさん(小名木善行)著書
↓最新刊↓
↓好評発売中↓





ねずさんメルマガ
ご購読は↓コチラ↓から
ねずブロメルマガ
ご寄付について
ねずブロはみなさまのご支援で成り立っています。よろしかったらカンパにご協力ください。
【ゆうちょ銀行】
記号番号 00220-4-83820
【他金融機関から】
銀行名 ゆうちょ銀行
支店名 〇二九(店番029)
種目  当座預金
口座番号 0083820
口座名義 小名木善行
【問い合わせ先】
お問い合わせはメールでお願いします。
nezu3344@gmail.com

講演のご依頼について
最低3週間程度の余裕をもって、以下のアドレスからメールでお申し込みください。
テーマは、ご自由に設定いただいて結構です。
講演時間は90分が基準ですが、会場のご都合に合わせます。
E-mail nezu3344@gmail.com

講演テーマ
<ご参考>
古事記に学ぶ経営学
古事記に学ぶ日本の心
百人一首に学ぶ日本の心
女流歌人の素晴らしさ
日本人の誇り
その他ご相談に応じます。
検索フォーム
AdSense
関連サイト
祝日には国旗掲揚を!
御国旗セット
¥2,190

大型御国旗セット
[ステンレス製3mポール付き]
¥4,800

御国旗伸縮ポールセット【大サイズ】
¥3,000

御国旗セット L
[ マンション設置用 Lタイプ テトロン 国旗 ]

台灣民政府
台湾民政府
サンフランシスコ講和条約で、日本は台湾に関して処分権は連合国に提供しましたが、領土の割譲は行っていません。条約以降、連合国も日本も台湾の処分先を決めていません。つまり台湾はいまも日本であり、台湾にいる1500万人の戦前からいる台湾人は、日本国籍を有する日本人です。私は台湾民政府を支持します。
お薦め書籍1

日中戦争-戦争を望んだ中国 望まなかった日本


江戸の自治制


幻の黄金時代


ドキュメント自衛隊と東日本大震災

AdSense
コメントをくださる皆様へ
基本的にご意見は尊重し、削除も最低限にとどめますが、コメントは互いに尊敬と互譲の心をもってお願いします。汚い言葉遣いや他の人を揶揄するようなコメント、並びに他人への誹謗中傷にあたるコメントは、削除しますのであしからず。
最新トラックバック
AdSense
コメントをくださる皆様へのお願い
いつもたくさんのコメントをいただき、ありがとうございます。
ほんとうに皆様のコメントが、とっても嬉しく、かつありがたく拝読させていただいています。

議論というものは、すくなくともこのブログのコメント欄が、国政や地方自治、あるいは組織内の意思決定の場でなく、自由な意見交換の場であるという趣旨からすると、互いに互譲の精神を持ち、相手を尊敬する姿勢、ならびに互いに学びあうという姿勢が肝要であると存じます。

私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

ましてや、自分で質問を発したものについて、それぞれお忙しい皆様が、時間を割いて丁寧にご回答くださった者に対し、見下したような論調で応対するならば、それは他のコメントされる皆様、あるいは、それをお読みになる皆様にとって、非常に不愉快極まりないものとなります。

従いまして、謙譲・互譲・感謝、そして学ぶという姿勢のない連続投稿、粘着投稿に類する投稿をされた方については、以後のコメント書き込みを、管理人である私の判断で投稿の禁止措置をとらせていただきますので、あしからずご了承ください。
エディタ・コミュニティ
edita.jp【エディタ】
amazon
通州事件の真実
通州事件を実際に体験された女性の手記です。
クリックするとテキストファイルが開きます。
https://docs.google.com/file/d/0B9Dh1-gISO9CZERHN2oxempSeEk/edit
パチンコをはたき出せ!
パチンコ撲滅
パチンコ市場は21兆円
そのお金を消費に向ければ莫大な経済効果が生まれる!

 ↓関連記事↓
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1197.html
やまと新聞を守れ!

やまと新聞は、戦後GHQの圧力に屈することなく、日本のジャーナリズムの正義を貫いた唯一の新聞です。
みんなの力でやまと新聞を応援しよう!!
やまと新聞社の公式HPは
 ↓コチラ↓
http://www.yamatopress.com/ 購読料は月500円です。
下の窓の中味をコピペすると、上のバナーをご自分のHPに貼ることができます。
やまと新聞の紹介記事はココをクリック
殲滅支那大連盟
殲滅支那大連盟

■満州国臨時政府■
 ↓ ↓ ↓
http://www.manchukuo.net/
ねずブロの拡散・転載について
当ブログの日本の心を伝えるための適法かつ前向きな拡散はおおいに歓迎です。 ただし適法な引用でないと、著作権侵害で処罰されることがありますのでご注意ください。
RSSリンクの表示
FC2ブックマーク

PING送信プラス by SEO対策

QRコード
QRコード
スポンサードリンク