アクセスランキング

敷島の大和心を人問わ(は)ば 朝日ににおう (ふ) 山桜花(本居宣長)。日本は天皇を国家最高権威とし、民を「おほみたから」とする「シラス国」です。


金門島の戦い/根本博中将

日本史検定講座を受講しよう!
■説明ページ http://www.tsukurukai.com/nihonshikenteikoza/index.html
■関連記事 http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1696.html

人気ブログランキング
 ↑ ↑
応援クリックありがとうございます。

根本博中将
根本博中将


台湾は、支那大陸の福建省から南シナ海で一八〇kmの距離にある島国です。
ところがその台湾について不思議なことがあります。

ひとつは「金門島」です。
「金門島」は支那福建省からわずか1.8kmのところに、まるで支那大陸にへばりつくようにある島です。
そこが台湾の領土なのです。

さらにもうひとつ。
なぜ台湾本島は、国共内戦当時、支那共産党に攻められたなかったのか。
これまた不思議なことです。

大東亜戦争後、米英の支援を絶たれた国民党は、支那各地で八路軍に敗れ続け、ついに蒋介石は支那大陸を追い出されています。
八路軍側が圧勝していたのです。
にもかかわらず台湾本島を攻めなかった。
不思議なことです。

実は、ここに日本人が関係しています。
これは戦後六〇年間、封印された史実です。


=======
やまと新聞の動画コラムねずさんの動画マガジン
http://www.yamatopress.com/co/pg146.html

最新号
第10回  主権のお話
主権を持つということはどういうことか

第11回  野蛮人とは
人間と人間ではないものとは・・・・

======




支那で中華人民共和国が建国宣言する二ヶ月前、金門島で国民党軍と共産党軍による激烈な戦いが繰り広げられました。
戦いは、国民党軍の完膚なきまでの完全勝利となりました。
そしてこの戦い以降、支那共産党は国民党への追いつめ作戦(攻撃)を止めたのです。
だから台湾はいまも国民党政権が存続し、台湾は台湾でいます。

さらにいえば金門島の戦いは破竹の勢いだった支那共産党軍に、国民党を攻める意欲さえも失わせています。
共産党軍は何をおそれたのでしょうか。

実は、「戦神(いくさかみ)」の存在を恐れたのです。
その「戦神(いくさかみ)」がいたからこそ、支那共産党軍は金門島ひとつを陥とすために、どれだけの兵力の損耗をするかわからないと恐怖し、攻撃を停めたのです。

この事実が明らかにされたのは平成二〇(2008)年です。
その「戦神」の名は根本博といいます。
陸軍中将です。

根本中将は、明治二十四(1891)年のお生まれです。
二本松藩(福島県岩瀬郡仁井田村・現須賀川市)のご出身です。
仙台陸軍地方幼年学校を出て、陸軍中央幼年学校にあがり、陸軍士官学校を二十三期で卒業され、陸軍大学三十四期生として陸軍に任官、以後ずっと陸軍畑を歩み続けました。

その根本中将がなぜ台湾の国境紛争に関わったのか。
そこには理由があります。

実は、終戦当時、根本中将は駐蒙軍司令官としてモンゴルにいたのです。
八月九日以降、ソ連軍があちこちで略奪や暴行強姦、殺戮を繰り広げている情報は、もちろん根本中将のもとにもたらされています。

八月十五日、中将のもとにも武装解除せよとの命令が届けられました。
しかし、こちらが武装を解除したからといって、日本人居留民が無事に保護されるという確証は何もありません。

考え抜いたあげく、根本中将は、
「民間人を守るのが軍人の仕事である。その民間人保護の確たる見通しがない状態で武装解除には応じられない」とし、
「理由の如何を問わず、陣地に侵入するソ軍は断乎之を撃滅すべし。これに対する責任は一切司令官が負う」と、命令を発したのです。

八月十九日、ソ連軍と支那八路軍の混成軍が、蒙古の地へなだれ込んできました。
ソ連製T型戦車を先頭に押し出し、周囲を歩兵で固め、空爆を駆使し、数万の軍勢で一気に日本軍を踏みつぶそうとしてきたのです。

激しい戦いは三日三晩続きました。
その結果ソ連軍は、敗退し、蒙古侵攻から撤収したのです。
根本中将率いる駐蒙軍が戦いに勝利した瞬間でした。

さらにこの戦いに先だち、根本中将は日本人居留民四万人のために列車を手配し、日本人民間人を全員、天津にまで逃しています。
しかも各駅には、あらかじめ軍の倉庫から軍用食や衣類をトラックで運び、避難民たちが衣食に困ることがないように入念な手配までしていました。

当時、張家口から脱出した当時二十五歳だった早坂さよ子さんの体験談がのこっています。
======
張家口はソ連邦が近いのでソ連兵が迫ってくるという話にも戦々恐々と致しました。
五歳の女子と生後十ヶ月の乳飲み子を連れてとにかく、なんとか日本に帰らねばと思いました。
駅に着きますと貨物用の無蓋車が何両も連なって待っており、集まった居留民は皆それに乗り込みました。
張家口から天津迄、普通でしたら列車で七時間位の距離だったと思いますが、それから三日間かかってやっと天津へ着くことが出来ました。
列車は「萬里の長城」にそって走るので、長城の上の要所々々に日本の兵隊さんがまだ警備に着いていて、皆で手を振りました。そして兵隊さん達よ、無事に日本に帰ってきてと祈りました。
======

他の戦域とくらべ、なんとものどかな逃避行の手記です。
それだけ根本軍団の手当が行き届いていたということです。

八月二十一日、ソ連軍を蹴散らした中蒙軍は、夜陰にまぎれ、戦地から撤収しました。
列車は全部、民間人避難のために使っていから、徒歩による退却です。
途中の食料は、最早所有者のいなくなった畑のトウモロコシを生で齧りました。

たとえどんなに苦労してでも、たとえ装備が不十分であったとしても、助けるべき者を助ける。そのために命をかけて戦い、自分たちは最後に帰投する。強いものほど先頭に立って苦労をする、苦労を厭わない、帝国陸軍軍人の姿です。

モンゴルでの戦闘に勝利した根本中将は、軍装を解かずにそのまま北京に駐屯しました。
そこで根本中将は、北支那方面軍司令官兼駐蒙軍司令官に就任しています。
北支那にいる全日本人(軍民合わせて三十五万人)の命を預かる身となったのです。

この頃支那では、蒋介石率いる国民党軍が、幅を利かせるようになっていましたが、根本中将率いる北支軍は、断固として武装を解かない。
そして日本軍と国民党軍の小競り合いや、ソ連の支援を得た八路軍との戦いは、各地で無数にあるのだけれど、根本中将に率いられた日本の北支軍は、どの戦いでも支那兵を完膚なきまでに叩きのめしています。

すでに装備も不十分、弾薬も底をつき出しているはずなのです。
それでも日本軍を破れない。
次第に根本中将の存在は、国民党軍や八路軍の中で、「戦神」と呼ばれて恐れられるようになったのです。

昭和二十(1945)年十二月十八日、蒋介石が直接北京に乗り込み、根本中将に面談を申し込みました。
断る理由はありません。
むしろ両者の争いを早急に終わらせ、国民党軍の協力を得て日本人居留民を無事、安全に日本に送り返すことの方が先決です。

はたして蒋介石は、
1 根本中将率いる北支那方面軍とは争わない
2 日本人居留民の安全と、無事に日本へ帰国するための復員事業への積極的な協力をする
と約束してくれたのです。

そしてこのとき根本中将は、蒋介石の協力に感謝し、
「東亜の平和のため、そして閣下のために、私でお役に立つことがあればいつでも馳せ参じます」と約束しました。

この会見の結果、在留邦人の帰国事業は、約一年で無事全員が完了しています。
こうして北支の日本人は、ほぼ全員が無事に日本に復員することができたのです。

全てを終えた根本中将は、昭和二十一(1946)年七月、最後の船で日本に帰国されました。


それから三年経った昭和二十四(1949)年のことです。
支那では国共内戦が激化し、戦いは共産党軍の圧倒的勝利に終わろうとしていました。

東京多摩郡の根本元陸軍中将の自宅にひとりの台湾人青年が尋ねて来ました。
彼は李鉎源と名乗り、台湾なまりの日本語で「閣下、私は傳作義将軍の依頼によってまかり越しました」と語りました。

傳作義将軍は、根本中将が在留邦人や部下将兵の帰還の業務に当たっていた時に世話になった恩人です。
そのころ、支那本土を追われた蒋介石の国民党は、台湾に逃れ、そこを国民党政権の拠点とし、福建省での共産党軍との戦いを繰り広げていましたが、敗退につぐ敗退です。
このままでは蒋介石の命が奪われ、台湾が共産党の支配下に落ちるのも目前という状勢にあったのです。

「なんとか閣下のお力を貸していただきたい」という李鉎源の申し出に、根本中将は、いまこそ蒋介石が復員に力を貸してくれた恩義に報いるときだと、確信したといいます。

けれど、当時はGHQが日本を統治していた時代です。
旧陸軍士官に出歩く自由はありません。
しかも無一文です。
渡航費用がない。

けれどある日、根本中将は、釣り竿を手にすると、普段着姿のまま家族に「釣りに行って来る」といい残して家を出ました。
そしてそのまま、台湾に渡航するための工作活動にはいったのです。

ちなみに昔の帝国軍人というものは、仕事のことを一切家族に言わないのが常識です。
軍事は機密事項であるし、軍は人と人との人間関係が極めて濃厚な場所です。
あいつは気に入らない、などとついうっかり妻に話し、聞いた妻がたまたまその相手と会ったときにしかめつらでもしたら、ただでさえ濃厚な人と人との繋がりにひびがはいる。
昨今では「軍は命令で動くもの」とばかり思っている人が多いけれど、それ以上に、みんなが納得して動く、動ける状態を築いていたのが帝国陸軍です。

やらされて戦うのではない。感情面と理性面の両方で戦いを納得していたからこそ、帝国陸軍は強かったのです。
このことは日本人なら、誰でもすぐに納得できることだろうと思います。
けれど人間関係を上下関係だけでしかみようとしない戦後左翼に染まると、これが見えなくなる。
不思議なものです。


さて台湾を行きを決意した根本中将は、まず戦前の第七代台湾総督だった明石元二郎の息子の明石元長に会っています。
明石元長は台湾で育ち、戦後は日本にいて台湾からの留学生や青年を援助していました。

台湾に国民党がやってきて以降、彼ら国民党が、元からいる台湾人(旧日本人)を何かと差別し、いさかいが耐えないことは明石元長も承知しています。
しかし蒋介石率いる国民党が、毛沢東の共産軍に負ければ、その時点で台湾は共産党政権に飲み込まれ、台湾の同胞たちはもっと悲惨な眼に遭う。
チベット、ウイグルの悲劇は、そのまま台湾民衆の悲劇となるのです。

明石は、なんとかして軍事面で蒋介石を支援しなければならないと考えていました。
そのためには、戦いの神様と呼ばれた根本中将を台湾に送り込むしかない。

けれど終戦直後のことです。
明石も無一文なのです。
根本中将に声をかけたはいいけれど、中将を台湾まで渡航させるための費用がない。
当時、金策に駆け回っていた明石氏の手帳には、「金、一文もなし」と書かれています。
どれだけご苦労されたかが偲ばれます。

明石は、資金提供者を求めて回り、ようやく小さな釣り船を手配しました。
根本中将は、その釣り船に乗って、昭和二十四(1949)年六月二十六日、延岡の港から台湾に向かって出港します。
しかし出港を見届けた明石元長氏は、東京の自宅に戻り、そのわずか四日後に過労で死んでいます。
まだ四十二歳の若さでした。いまでいう過労死です。


根本中将を乗せた釣り舟は、普通なら琉球諸島を点々と伝いながら台湾に向かうところ、GHQに見つからないようにと、延岡から海を最短距離で一直線に、台湾を目指しました。
ところが途中の海は、大しけです。
出港から四日目には船は岩礁に乗り上げ、船底に大穴をあけてしまったのです。

乗員全員で必死にバケツで海水を汲み出し、板を貼付けて応急処置し、しみ出す海水を何度もバケツで汲み出しながら、台湾に向かいました。

そして出港から十四日をかけて、ようやく台湾北端の港湾都市の基隆(キールン)に到着したときは、船はボロボロ、乗っていた根本中将以下全員は、まるで浮浪者姿です。
これでは怪しい人と見られても不思議はありません。

一行は全員、その場で密航者として逮捕されてしまいます。
ちなみに当時の中将の写真が残っていますが、平素どちらかというと下膨れで、どっしりとした体型の根本中将が、このときばかりは、頬がこけ、手足もガリガリに痩せ細っています。
ご苦労がいかばかりだったか偲ばせます。

根本中将は牢獄の中で、通訳を介して「自分は国民党軍を助けに来た日本の軍人である」と何度も主張しました。
けれど看守達は、
「何を寝ぼけたことをいっているのか」とまるで相手にしませんでした。
まあ、あたりまえといえばあたりまえです。

それでも二週間もすると、どうやら基隆(キールン)に、台湾を助けにきた日本人がいるらしいというウワサが広がります。
そのウワサを聞いたのが、国民党軍幹部の鈕先銘(にゅうせんめい)中将でした。

鈕中将は、根本中将が北支那方面軍司令官だった頃に交流があった人物です。
この話を聞いたとき、鈕中将は反射的に椅子から立ち上がったそうです。
根本中将の人格と信念を知る鈕中将は、
「あの人なら、台湾に来ることもあり得る」と直感したのです。

人物ほど行動が早いものです。
鈕中将はその場で車を基隆(キールン)に走らせました。

鈕中将が来ると知らされた看守らは、慌てて根本中将ら一行を風呂に入れ、食事をさせました。
根本中将らは、急に看守達の態度が変わったので、
「いよいよ処刑か」と覚悟を決めたそうです。


そこへ鈕中将が現れました。
鈕中将は、根本中将の姿をひとめ見るなり、
「根本先生!」と駆け寄りました。
その手をしっかり握りました。
それまで共産党軍にさんざん蹴散らされ、辛酸を舐めてきた鈕中将にとって、戦神根本の出現が、どれほどありがたく、大きな存在であったことか。

根本中将らは鈕中将とともに、八月一日に台北に移動しています。
そこで国民党軍の司令長官である湯恩伯(とうおんぱく)将軍の歓待を受けました。

湯恩伯将軍は、日本の陸軍士官学校を出た親日派の将軍です。
日本語も流暢です。
二人は、すぐに打ち解けました。

さらに根本中将が台湾に来て、湯将軍と会っているというウワサは、蒋介石総統の耳にもはいります。
蒋介石も行動は早い人です。
その場ですぐに根本中将に会見を求めました。

根本中将が応接室に入ると、蒋介石は、「好(ハオ)、好、好、老友人」と固く手を握ったそうです。
老友人というのは、古くからの信頼する友人という意味です。

しばらく話が弾んだ後で、蒋介石は真剣な顔で根本中将に切り出しました。
「近日中に、湯恩伯将軍が福建方面に行く。差し支えなければ湯と同行して福建方面の状況を見てきていただきたい。」
即座に快諾した根本中将に、蒋介石は感激して「ありがとう、ありがとう」と繰り返しました。

実はこの会見の二ヶ月前に、国民党は上海を失っていたのです。
上海防衛軍を指揮していたのは、湯将軍でした。
そこへ共産党軍が殺到したのです。

上海を失った事で、国共内戦の行方は誰の目にも明らかとなりました。
五日前には米国務省も、「支那は共産主義者の手中にある。国民党政府はすでに大衆の支持を失っている」と、公式に国民党への軍事援助の打ち切りを発表していたのです。

上海を失った国民党軍にとって、支那大陸での最後の足場が福建でした。
それも、海岸沿いにある商都、厦門(アモイ)界隈だけが、国民党が守る唯一の支那大陸での足がかりとなっていました。
つまりここを失えば、国民党は完全に支那本土の支配権を失い、一方で共産党軍が、一気に台湾まで攻め込んで来れば、もはや蒋介石の命もないという追いつめられた情況にあったのです。

福建行きを承諾した根本中将を、湯将軍は「顧問閣下」と呼び、食事の際には一番の上席に座らせました。
いくら根本中将が恐縮して辞退しても、湯将軍はそれを許さなかったといいます。
戦を知る湯将軍は、それだけ根本中将の実力を理解していたのです。

昭和二十四(1949)年八月十八日、根本中将ら一行は、福建に向けて出発する。根本中将は、国府軍の軍服を与えられ、名前は蒋介石から贈られた支那名の「林保源」を名乗りました。
厦門(アモイ)に到着した根本中将は、同地の地形等を調べ、即座に「この島は守れない」と判断しています。

商都、厦門は、厦門湾の中にある島です。北、西、南の三方を大陸に面し、狭いところではわずか二キロしか離れていない。三方から攻撃を受ければ、島はあっという間に陥落してしまいます。

さらに厦門は商業都市で、二〇万人もの住民が住んでいます。
そんな場所で戦えば、当然、民間人に犠牲が出てしまう。
さらに戦闘になれば、軍隊だけでなく、民間人の食料も確保しなければなりません。
二〇万食です。
食糧の自給は覚束きません。
つまり持久戦ができない。

一方すぐ対岸にある「金門島」は厦門湾の外側に位置します。
海峡の流れが速く、これを乗り越えるためには、速度の速い船を使ってもスピードは出ません。
つまり上陸に時間がかかるのです。
しかも島の人口はわずか四万です。
島民達は漁業やさつまいもの栽培で生計を立てており、食料自給ができます。
つまり大陸との通行を遮断されたとしても、金門島を拠点にすれば長期間戦い抜ける。

その日の夜、根本中将は、湯将軍に、自分の考えを話しました。
そして「共産軍を迎え討つのは、金門島をおいてほかにありません」と断言したのです。

しかし湯将軍は押し黙ってしまう。
すでに上海を失っているのです。厦門を放棄すれば、共産軍は厦門を落としたと宣伝する、そうなれば湯将軍は再び敗軍の将となり、ひいては蒋介石の信頼をも失うことになるやもしれない。

けれど根本中将は言いました。
「いまは台湾を守ることが、国民党政府を守ることです。
そのためには戦略的に金門島を死守することが力となります。
自分の名誉ではなく、台湾を守る道筋をつけることが、軍人としての務めではありませんか?」

この言葉に湯将軍は決断します
「厦門は放棄。金門島を死守する。」


基本方針が固まると、さらに根本中将は作戦を深化させます。
共産軍は海軍を持っていません。
彼らが海峡を渡るためには、近辺の漁村からジャンク船と呼ばれる小型の木造帆船をかき集めることになるだろう。
ジャンク船なら、海で迎え討つこともできるが、それでは敵の損害は少なく、勢いに乗った共産軍を押しとどめることはできない。
ならば敵の大兵力をまず上陸させ、その上で一気に殲滅して国民党軍の圧倒的強さを見せつけるしかない・・・。

根本中将は大東亜戦争時に日本陸軍が得意とした塹壕戦法を再び採用します。
海岸や岩陰に穴を掘り、敵を上陸させ、陸上に誘い込んで殲滅する。
まさに硫黄島や沖縄で、圧倒的な火力の米軍に対して大打撃を与えた戦法です。

根本中将は、共産党軍の上陸地を想定し、塹壕陣地の構築や、敵船を焼き払うための油の保管場所、保管方法など、日夜島内を巡りながら、細かなところまで指示を与えてまわりました。

十月一日、毛沢東による中華人民共和国の成立宣言が発せられると、勢いに乗った共産軍は、廈門さえも捨て、金門島に立て篭る国民党軍に対し、「こんな小島をとるには何の造作もない、大兵力を送り込んで残党をひねり潰すだけのことだ」と豪語します。

十月半ばには金門島の対岸にある港でジャンク戦の徴発を始め、船がまとまった十月二十四日の夜、いよいよ金門島への上陸作戦を始めました。
この日、金門島の海岸は、上陸した共産軍二万の兵士であふれかえったのです。

彼らが上陸する間、島からは一発の砲撃も銃撃もありません。
共産軍は悠々と全員が島に上陸し、露営の構築に取りかかりました。
そのときです。
突然彼らが乗船してきた海上のジャンク船から火の手があがりました。

火の手はあっという間に広がり、油を注がれた木造の小船は、見るも無惨に焼けてしまったのです。
そして夜が明ける。

辺りが明るくなりかけたころ、突然島の中から砲撃音が鳴り響きました。
そしていままで何もないと思っていたところから、突然国民党軍の戦車二十一両が現れ、三十七ミリ砲を撃ちまくりながら、海岸にひとかたまりになっている二万の共産党軍に襲いかかったのです。
船は既にありません。共産軍は、国民党軍の戦車隊が出てきた方角とは反対側、つまり金門島の西北端にある古寧頭村に向かって逃げ落ちました。

これまでずっと敗北を続けてきた国民党軍です。
ほとんど初めてと言ってもよいこの快勝に、兵士たちは血気にはやりました。
そしてそのまま一気に古寧頭村に攻め込もうとしました。

ところが根本中将は、これに待ったをかけます。
「このままでは、巻き添えで一般の村民が大勢死ぬ」
「村人たちが大勢殺されたら、今後、金門島を国民党軍の本拠として抵抗を続けていくことが難しくなる」というのです。

そして、古寧頭村の北方海岸にいる戦車隊を後退させ、南側から猛攻をかける。つまり敵に逃げ道を作って攻めかかり、北方海岸方面に敵を後退させ、そこを砲艇で海上から砲撃させ、戦車隊と挟み撃ちにして、敵を包囲殲滅するという作戦を、湯将軍に進言します。
湯将軍は、根本中将のあまりの作戦見事さに、これをそのまま採用した。

十月二十六日午後三時、根本中将の作戦に基づく南側からの猛攻が始まりました。
敵は予想通り、村を捨て、北側の海岸に向かって後退しました。
そこにはあらかじめ、砲艇が待機しています。

砲艇が火を吹く。
反対側から戦車隊が迫る。
共産党軍に逃げ場はありません。

砂浜は阿鼻叫喚の地獄と化し、午後十時、共産軍の生存者は武器を捨てて全員降伏したのです。

この戦闘で共産軍の死者は一万四千、捕虜六千となりました。
国民党軍は、怪我人を含めて三千余名の損傷です。
戦いは、あまりにも一方的な国民党側の大勝利に終わったのです。

わずか二昼夜の戦いで、共産軍の主力が殲滅したというウワサは、あっという間に広がります。
これまで敗退続きだった国民党軍がいきなり金門島で大勝利したのは、「戦神」と呼ばれる日本人の戦闘顧問がついたからだとも・・・。

日本陸軍の強さは、当時、世界の常識です。
その日本の戦神が、国民党軍のバックについた。
それは共産軍からみれば死神以上に恐ろしいことです。

共産軍の進撃は完全に止まりました。
そして金門島は、それから六十余年を経た今日も、台湾領でいます。

十月三十日、湯将軍ら一行は、台北に凱旋する。湯将軍一行を迎えた蒋介石は、このとき根本中将の手を握って「ありがとう」とくり返したといいます。
けれど根本中将は、「支那撤退の際、蒋介石総統にはたいへんな恩を受けた。自分はそのご恩をお返ししただけです」と静かに語りました。

そして結局根本中将は、この功績に対する報償を一銭も受け取らず、また、日本で周囲の人達に迷惑がかかってはいけないからと、金門島での戦いに際しての根本中将の存在と活躍については、公式記録からは全て削除してくれるようにとくれぐれも頼み、台湾を後にしました。
ただ、行きのときの漁船での船酔いがよほどこたえたのか、はたまた蒋介石のお礼の気持ちか、帰りは飛行機で帰国されています。

羽田に着いたとき、タラップを降りる根本中将の手には、家を出るときに持っていた釣り竿が、一本、出たときのままの状態で握られていました。
それはあたかも、「ただちょいとばかり釣りに行ってただけだよ」といわんばかりの姿でした。

中将は家を出るとき、家族に「釣りに行って来る」と言って出られました。
そのときの釣り竿をずっと持っていたのです。
どんなに激しい戦地にあっても、途中にどんな困難があっても、そして何年経っても、決して家族のことを忘れない、それは根本中将の、父として、夫としての家族へのやさしさだったのかもしれません。



人気ブログランキング
 ↑ ↑
応援クリックありがとうございます。
励みになります。

台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡


【メルマガのお申し込みは↓コチラ↓】
ねずさんのひとりごとメールマガジン有料版
最初の一ヶ月間無料でご購読いただけます。
クリックするとお申し込みページに飛びます
↓  ↓
ねずブロメルマガ

日心会メールマガジン(無料版)
クリックするとお申し込みページに飛びます
↓  ↓
日本の心を伝える会 日心会
拡散しよう!日本!


【ご寄付について】
私の活動へのカンパは以下の口座にお願いします。
【ゆうちょ銀行】
記号 10520
番号 57755631
【他金融機関から】
銀行名 ゆうちょ銀行
支店名 〇五八(店番058)
種目  普通預金
口座番号 5775563
【問い合わせ先】
お問い合わせはメールでお願いします。
nezu@nippon-kokoro.com
関連記事

コメント
No title
戦前、戦中の日本は、評価できないことも多かったですが、こうした正義を貫いた軍人がいたことは、本当に日本人として誇りに思います。すべての日本人に知って欲しい内容です。
2017/02/22(水) 18:06 | URL | 国民 #-[ 編集]
No title
金門島に( `ハ´)が観光で自由行動できるらしいし、中共に盗られたら南シナ海埋め立てとともに台湾海峡のシーレーンヤバイ。
2016/10/10(月) 20:19 | URL | 保守001 #-[ 編集]
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
2015/07/02(木) 05:10 | | #[ 編集]
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
2015/03/16(月) 03:11 | | #[ 編集]
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
2014/03/21(金) 04:44 | | #[ 編集]
大学生の頃、東アジアの近代歴史専攻していたが根本さんの話しが出なかったのはつい最近まで伏せられてたからなのね

この前台湾料理屋行ったとき初めて台湾人老板から根本さんの話し聞いたわ
2013/12/25(水) 16:39 | URL | 名無し #-[ 編集]
No title
昨年(H24)の10月頃、台湾国際放送の日本語放送を聞いていたら、台湾の7代総督の墓が、荒れていたので、陳水扁氏が、「台湾の恩人の墓を荒れたままにしてはいけない。」と
墓を整備し、日本から遺族、関係者を呼んで、慰霊祭を行ったという話をしていました。
ご存じでしたら、詳しい話を教えてください。
2013/10/18(金) 15:08 | URL | #-[ 編集]
No title
ねずさんのブログで根本博陸軍中将のことを知りました。
早速、「この命、義に捧ぐ」(門田隆将著)を買い求めました。
敗戦という極限状態で、醜い様を見せた帝国陸軍の軍人が多い中、自分の生命をかえりみず武装解除を拒み、邦人の護り抜いたこと。そのときに受けた恩義のために台湾のために戦ったこと。
とても良い話でした。
台湾には一度行ったきりですが、次回は金門島にも行ってみたいと思います。
2013/09/14(土) 15:50 | URL | pomeranian Syunnsuke #-[ 編集]
我是台灣人
作為台灣人
今天才知道歷史的真相

根本博 san
感謝你為台灣人而戰
2013/08/29(木) 23:58 | URL | 台灣人 #mQop/nM.[ 編集]
1人の人間の偉大さ!その人を生み出す母の責任の偉大さ!
はじめましてなおトントンと申します。私は現在5人の子育て母親です。根本中尉は私の主人の曾祖母の兄の嫁の兄です。たまたまブログを拝見しました。日本人のやまと魂の固まりだった素晴らしいかただと言うことを教えていただきありがとうございました。未来を背負う5人の子供達いや、全ての子供達に伝えたい心境にいま駆られています。根本中尉の精神は、小さい台湾を救うことが出来たのです。この日本を復活させるためには、ねずさんや、ほかのお友達の方々がいらっしゃいますので、その方達と力を合わせていけば、絶対過去の歴史を教訓にこれからのビジョンを提示し日本を復活させることが出来るとおもいました。
母親という小さい存在ですが、人間を産み出すという大きな責任をもっていますので、子供達に真の教育を施し安心できる日本をつくりたいと思っています。これからもよろしくお願いいたします。
2013/05/16(木) 09:50 | URL | なおトントン #OJbrKgF.[ 編集]
No title
ぜひ映画化してほしいですね。
主役は寺尾聡さんかな?
2013/03/25(月) 13:44 | URL | ゴルゴ113 #-[ 編集]
No title
売国民主党政権は日中韓FTA交渉を行うとしていますが、次期政権には就けぬと思う野田政権は菅前政権の最後っ屁のような朝鮮学校授業料無償化手続き再開指示のように最後に日本の国益を売るような愚策を置き土産にするつもりなのか。あと一ヶ月は民主党による政権運営が続くので油断できません。

さてだんだんと街宣車による各政党の支持を訴える演説等が始まると思いますが、お花畑の皆さんを誘導するように赤非等は脱原発や自衛隊を国防軍に格上げしようとする保守政党の公約に「戦争を始めるつもりか」とか
危ない原子力発電はすぐにでも廃止と喚くでしょう。

しかし脱原発した場合の電力不足やその不足をどのようにして補うのか、あるいは化石燃料に頼った場合の値上げやCO2削減の事、今現実に起こっているシナによる日本固有の領土である尖閣への侵略行為や北朝鮮や韓国、ロシアによる日本国領土、領海への侵犯行為や不法占拠状態の恒常化に対してどのような解決法を取ろうという具体的なことは一切有権者に訴えない。
結局何も解決策が見出せずお題目のように脱原発や憲法九条を守れば平和だと現実から目を背けているだけだと。

候補者がいくらばら色のような政策を話してもその実現の為具体的な方策を語れぬような候補者には絶対投票してはならないと思います。
もちろん民主、元民主、社民、共産、公明など論外です。
2012/11/27(火) 18:10 | URL | 一有権者 #-[ 編集]
No title
帝国陸軍軍人って、ほんとうにすごいし、かっこいいですね。

男に生まれたら、根本中将のような立派な人にあやかりたいなと本気で思います。

まったくです!万歳
2012/11/27(火) 13:33 | URL | 志士 #-[ 編集]
【12月総選挙の大勝利のために
【12月総選挙の大勝利のために】
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/csskih.cgi

期日前投票に疑念を抱いています、前回の第45回衆議院議員選挙で308議席を獲得した売国政党民主党や
公明党に関する、さまざまな選挙違反の疑惑について知ってください。

今回の第46回衆議院議員選挙では皆さんご承知の通り反日売国テレビ局・マスコミの日本維新の会を
前面に出した捏造アンケート・データーや安倍総裁を攻撃するサブリミナル画像を使った印象操作などから
分かる通りにテレビ局・マスコミの報道は信用することはできません。 反日売国テレビ局・マスコミには
明確な証拠を突きつけなければ反日売国勢力の選挙違反も隠蔽して報道しません。 
今回の総選挙で反日売国政党に投票しないだけでは安倍総裁の大勝利は達成できません。
日本人社会の破壊は防止でできないのです。 不正行為による投票結果の捏造です。
日前投票を利用した不正行為である別人による成りすまし投票、老齢者を利用した介護投票、
又、選挙管理委員会による投票用紙の改竄、投票用紙抜き取り差し替えなど、前回総選挙においては、
下記の記事で指摘されてたあらゆる不正行為が進行します。 伊藤忠治中央選挙管理委員長は部落・労組系
の極左民主党員選挙管理委員会の不正行為は大胆になっています。 これを止めさせるため、我々愛国系
有権者の正当な権利によって選挙管理体制の厳格な監視を行える有効な体制組織を立ち上げる事が不可決です。

【マスコミ隠蔽の掲示板】最新版
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj4.cgi
【マスコミ隠蔽のタイトル一覧】最新版はこちらをクリックして下さい。
2012/11/26(月) 22:59 | URL | 愛信 #EBUSheBA[ 編集]
No title
日中韓FTAのことで、分からないことがあります。
農産物の米は現在関税率が700パーセントだと思いますが、TPPで関税がなくなると外国(アメリカ)から安いカリフォルニア米が輸入されるから反対だとされています。しかし、先日、日本に安い米が輸入されスーパーの西友で販売されましたが、これは中国からでした。(TPPの相手ではありません。)
次にコンニャクですが、原料のこんにゃく芋は関税率が1700パーセントで、これも輸入先は中国です。FTAで関税をなくしたら日本製のこんにゃく芋は、間違いなく全滅するのではないでしょうか?

米にしても、こんにゃく芋にしても、TPPは駄目で、FTAは賛成するという理由が分かりません。
2012/11/26(月) 22:39 | URL | ポッポ #-[ 編集]
ねずさん、今日も素晴らしいお話しをありがとうございました♪

>結局根本中将は、この功績に対する報償を一銭も受け取らず、また、日本で周囲の人達に迷惑がかかってはいけないからと、金門島での戦いに際しての根本中将の存在と活躍については、公式記録からは全て削除してくれるようにとくれぐれも頼み、台湾を後にしました。

この部分。
何とも日本人らしくって、笑ってしまいました。
根本博中将も、やせ我慢大賞に輝く武士だったのですね。
素晴らしいです!
2012/11/26(月) 21:54 | URL | みーたん #-[ 編集]
No title
素晴らしいお話をありがとうございます。いかにも日本人らしい、日本人なら誰でもあこがれる人のお話です。それにしてもなぜ平成20年まで伏せられていたのでしょうか。
2012/11/26(月) 19:58 | URL | jipangu #-[ 編集]
在日コリアンの祖国愛
在日コリアンの祖国愛
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

●韓国旅行にいく「自称」日本人女性をフジテレビが放送
http://blog-imgs-15.fc2.com/t/o/r/toriton/k20s00000191.jpg

韓国人男性は「カッコ良くて背が高くてガタイがデカイ人が多いので」

↓ ↓ ↓

●あーらそっくり
http://pype.org/thumbnail/1299579194/1299579194-134-1.jpg

「日本に住むのは日本人だけじゃない!FUCK愛国心」By在日韓国学生同盟

「日本は日本人だけの国じゃない!」と主張するサーチナ記者の李信恵
http://www.youtube.com/watch?v=IGF2yr4LfnM

フジJAP18木下悠貴の祖国への愛国心
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

2012/11/26(月) 19:55 | URL | 在日韓国学生同盟 #amXlFcx2[ 編集]
団塊世代としての小さな努力
『やらされて戦うのではなく、感情面と理性面の両方で戦いを納得していたから、日本は強かったのです。』全ての集団行動に通じることだと思います。国もしかり、正しく物事を判断できる自国に誇りを持てる心身共に強い日本人を育てなければならないと思います。そうでなければこのようなリーダーは育ちがたいと思います。身の回りの家族、孫、友人に正しい歴史と日本主義を伝えてゆきたいと本ブログを拝読する度に決意を強くしている今日この頃です。
2012/11/26(月) 17:58 | URL | 田舎の紳士 #-[ 編集]
No title
『昭和の軍人は、本当に日本人なのか』小説で散々バカにした
司馬遼太郎は、あの世で英霊にしかられているでしょうね。
特に戦車隊の池田末男さんには、こっぴどくね。
2012/11/26(月) 16:28 | URL | ねずさんに感謝 #-[ 編集]
No title
 こんなすごい日本人が居たんですね。国民党軍が台湾に追いやられ、シナ本土を共産党が支配したのは歴史で習いましたが 、金門島の戦いは知りませんでした。中国共産党には早くこの世から消えてほしい!
2012/11/26(月) 13:18 | URL | 明け鴉の安蔵 #jVGdovjY[ 編集]
世界の経済政策
経済評論家の廣宮氏がブログでIMFデータを元に過去32年間の世界の政府総支出推移を分析しています。彼の分析によれば過去の政府総支出の変化と名目GDPの変化の相関係数は0.95だそうです。

これは、政府総支出が増加すれば名目GDPが確実に増加することを意味しています。小さな政府を目指すと言って経済を好転させたイギリスのサッチャー首相やアメリカのレーガン大統領政権時の経済実態は「大きな政府」でした。

中韓と異なりIMFの数字には嘘はありません。小さな政府のサッチャー政権は、11年間の在任中に政府を2倍超のビッグサイズの「大きな政府」にしています。

レーガンさんも8年間で政府サイズをほぼ倍増…。ブッシュ(子)政権も8年間で倍近く増やしています(1.7倍増)。それに比べて日本は小渕政権時、
2年間でわずか1.06倍増で終わっています。

廣宮氏は「竹中先生が重要な役割を果たした小泉政権は、レーガンやブッシュ(子)やサッチャーとは正反対、何かのジョークだったのか、政府の規模を本当に小さくしてしまいましたが、小泉政権の名目GDP成長率は実に世界最低を記録しています。」と書いています。

日本の成長のためには竹中理論ではなく、「安倍総裁理論」が正しいのです。廣宮氏の膨大なデータ解析が答えを出しています。
2012/11/26(月) 12:43 | URL | にっぽんじん #-[ 編集]
No title
先ほど送りましたコメント訂正します。
連合艦隊とありましたが機動部隊です。
ごめんなさい。
2012/11/26(月) 11:29 | URL | 桜子 #PyZMa2bE[ 編集]
No title
67年前の今日、11月26日は日本の運命を賭け、日本連合艦隊が択捉島、単冠湾から怒涛渦巻く太平洋、進路九七度、午前8時を持って出撃した日です。

今、日本は日本の運命を賭けた戦いがすでに始まっています。
進路は怒涛渦巻く日本国内、相手は反日勢力です。

保守政権優位と言われていますが、戦いは最後の最後まで分りません。
チベットの二の舞い、絶対あってはなりません。
勝利宣言を聞くまで油断できません。

「日本を護る」、67年前出撃して行った英霊の皆さんの気持ちと同じです。
頑張りましょう!
2012/11/26(月) 11:13 | URL | 桜子 #090s9fMM[ 編集]
No title
古来からの武人の魂が「軍人士官はこうあるべきだ」とのモチベーションに脈々と繋がっているものと推察します。「戦は勝てば官軍」の発想はアメリカの南北戦争で士気の高い南軍に対し「卑怯者の無差別焼き討ち」を行い勝利した北軍、その発想&伝統が先の大戦の無差別爆撃、原爆投下を行い、何の反省もないどこかの国、その国を利用しなければバカシナどもに対抗出来ないジレンマ・・「さっさと自衛隊を国防軍にしろ!」心からそう思います!!
2012/11/26(月) 09:15 | URL | 団塊の世代の後輩 #-[ 編集]
金門島行ってきました
つい一昨日、金門島へ訪問して来ました。古寧頭戦史館で一緒に行った義父が根本中将について話しておりましたがこのことだったんですね。また言ってみようと思いました。
2012/11/26(月) 08:43 | URL | Sami #-[ 編集]
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
最新刊
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』

AdSense
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新記事
最新コメント
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

リンク
このブログをリンクに追加する
リンク2
AdSense
カテゴリ
月別アーカイブ
AdSense
解析
スポンサードリンク
ねずさん(小名木善行)著書
↓最新刊↓
↓好評発売中↓





ねずさんメルマガ
ご購読は↓コチラ↓から
ねずブロメルマガ
ご寄付について
ねずブロはみなさまのご支援で成り立っています。よろしかったらカンパにご協力ください。
【ゆうちょ銀行】
記号番号 00220-4-83820
【他金融機関から】
銀行名 ゆうちょ銀行
支店名 〇二九(店番029)
種目  当座預金
口座番号 0083820
口座名義 小名木善行
【問い合わせ先】
お問い合わせはメールでお願いします。
nezu3344@gmail.com

講演のご依頼について
最低3週間程度の余裕をもって、以下のアドレスからメールでお申し込みください。
テーマは、ご自由に設定いただいて結構です。
講演時間は90分が基準ですが、会場のご都合に合わせます。
E-mail nezu3344@gmail.com

講演テーマ
<ご参考>
古事記に学ぶ経営学
古事記に学ぶ日本の心
百人一首に学ぶ日本の心
女流歌人の素晴らしさ
日本人の誇り
その他ご相談に応じます。
検索フォーム
AdSense
関連サイト
祝日には国旗掲揚を!
御国旗セット
¥2,190

大型御国旗セット
[ステンレス製3mポール付き]
¥4,800

御国旗伸縮ポールセット【大サイズ】
¥3,000

御国旗セット L
[ マンション設置用 Lタイプ テトロン 国旗 ]

台灣民政府
台湾民政府
サンフランシスコ講和条約で、日本は台湾に関して処分権は連合国に提供しましたが、領土の割譲は行っていません。条約以降、連合国も日本も台湾の処分先を決めていません。つまり台湾はいまも日本であり、台湾にいる1500万人の戦前からいる台湾人は、日本国籍を有する日本人です。私は台湾民政府を支持します。
お薦め書籍1

日中戦争-戦争を望んだ中国 望まなかった日本


江戸の自治制


幻の黄金時代


ドキュメント自衛隊と東日本大震災

AdSense
コメントをくださる皆様へ
基本的にご意見は尊重し、削除も最低限にとどめますが、コメントは互いに尊敬と互譲の心をもってお願いします。汚い言葉遣いや他の人を揶揄するようなコメント、並びに他人への誹謗中傷にあたるコメントは、削除しますのであしからず。
最新トラックバック
AdSense
コメントをくださる皆様へのお願い
いつもたくさんのコメントをいただき、ありがとうございます。
ほんとうに皆様のコメントが、とっても嬉しく、かつありがたく拝読させていただいています。

議論というものは、すくなくともこのブログのコメント欄が、国政や地方自治、あるいは組織内の意思決定の場でなく、自由な意見交換の場であるという趣旨からすると、互いに互譲の精神を持ち、相手を尊敬する姿勢、ならびに互いに学びあうという姿勢が肝要であると存じます。

私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

ましてや、自分で質問を発したものについて、それぞれお忙しい皆様が、時間を割いて丁寧にご回答くださった者に対し、見下したような論調で応対するならば、それは他のコメントされる皆様、あるいは、それをお読みになる皆様にとって、非常に不愉快極まりないものとなります。

従いまして、謙譲・互譲・感謝、そして学ぶという姿勢のない連続投稿、粘着投稿に類する投稿をされた方については、以後のコメント書き込みを、管理人である私の判断で投稿の禁止措置をとらせていただきますので、あしからずご了承ください。
エディタ・コミュニティ
edita.jp【エディタ】
amazon
通州事件の真実
通州事件を実際に体験された女性の手記です。
クリックするとテキストファイルが開きます。
https://docs.google.com/file/d/0B9Dh1-gISO9CZERHN2oxempSeEk/edit
パチンコをはたき出せ!
パチンコ撲滅
パチンコ市場は21兆円
そのお金を消費に向ければ莫大な経済効果が生まれる!

 ↓関連記事↓
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1197.html
やまと新聞を守れ!

やまと新聞は、戦後GHQの圧力に屈することなく、日本のジャーナリズムの正義を貫いた唯一の新聞です。
みんなの力でやまと新聞を応援しよう!!
やまと新聞社の公式HPは
 ↓コチラ↓
http://www.yamatopress.com/ 購読料は月500円です。
下の窓の中味をコピペすると、上のバナーをご自分のHPに貼ることができます。
やまと新聞の紹介記事はココをクリック
殲滅支那大連盟
殲滅支那大連盟

■満州国臨時政府■
 ↓ ↓ ↓
http://www.manchukuo.net/
ねずブロの拡散・転載について
当ブログの日本の心を伝えるための適法かつ前向きな拡散はおおいに歓迎です。 ただし適法な引用でないと、著作権侵害で処罰されることがありますのでご注意ください。
RSSリンクの表示
FC2ブックマーク

PING送信プラス by SEO対策

QRコード
QRコード
スポンサードリンク