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敷島の大和心を人問わ(は)ば 朝日ににおう (ふ) 山桜花(本居宣長)。日本は天皇を国家最高権威とし、民を「おほみたから」とする「シラス国」です。


凛として

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河原撫子(かわらなでしこ)
かわらなでしこ


 たおやかに
   やまとなでしこ
     咲きにけり
  凛(りん)と気高く
    たじろぎもせず

長谷川伸(はせがわしん)の書いた本の中に、「日本捕虜志」という作品があります。
第4回菊池寛賞を受賞した本です。
その中で、二木可南子(ふたきかなこ)さんという実在の女性が紹介されています。


彼女は、日本が降伏した昭和20年当時、数え年20歳でした。
東京で陸軍に徴用され、同じ年頃の娘3人とともに、シンガポールの医薬部隊に配属されています。

可南子(かなこ)さんの父、二木忠亮(ふたきただすけ)氏は、は英国のロンドンで個人商店を営んでいました。
そのため可南子さんはロンドンで生まれ、ロンドンで育ちました。
ある日、可南子さんの母がロンドンで亡くなり、父は娘を連れて日本に帰国しています。

やがて戦争が始まり、父はその英語力が買われて、軍に徴用されました。
大尉相当官の英語通訳となり、マレー半島の攻略軍に配属されています。

娘の可南子さんも徴用されました。
「父のいるシンガポールへ行きたい」と条件をつけたのが聞き入れられて、医薬部隊に配属されました。

医薬部は軍医少将の指揮下で、軍医中佐3人と、薬剤の中佐と主計少佐などが6人、そして徴用の技術者が600人という大部隊でした。

女性は可南子さんのほかに3人。
いずれも英語が書けてタイプが打てる女性です。
ことにロンドン生まれの可南子さんの英語は格調が高かったそうです。

終戦を迎えたとき、このシンガポール医薬部には、英国軍が接取にくることになりました。
医薬部としては、接収のときのもつれを未然に食い止めるためにも、英語が堪能でタイプの打てる4人の日本人女性たちは、いてもらいたい人たちでした。

しかし接収に来るイギリス人が、すべて敬虔で紳士的とは限りません。
乱暴され、狼藉をはたらかれて、最悪命を失う危険さえもあります。
結局一人ひとりを説得するこになり、可南子さんには軍医官があたりました。

軍医官は勇気を奮ってこう言いました。
官「あなた以外の三人の女性にも、残留してもらいたいと、それぞれ今お話をしています。」

軍医官の言葉が終わると同時に可南子さんは、
可「喜んで残留いたします。」と答えました。

あまりにはっきりとしているので、かえって軍医官の方がとまどってしまいました。
官「え?」
可「わたくし、東京へ帰っても父はおりません。」
官「そうでしたね。あなたのお父さまはあのころから消息が絶えたのですね。」

可南子さんの父はその言動が軍の一部の怒りを買い、危険な地域に転出され、消息が絶えていたのです。
可「ええ、ですから残留を喜びます。父はいつになってもシンガポールに、わたくしがいると信じているはずです。父は消息が絶える少し前に言いました。『父子のどちらが遠くへ転出となっても、一人はシンガポールにいようね。もう一人はいつの日にかシンガポールに必ず引き返してこよう。いつの日にかシンガポールで再会の時があると信じて』と」

官「二木さん、有難う。今後の仕事はあなたを疲労させるでしょうが元気を出してやってください。お願いします。」
可「はい。愛国心は勝利のときだけのものではないと、散歩しているとき父がそう言いました。」

官「そうでしたか。勝利のときより敗北のときこそ愛国心をと、お父様が言ったのでか・・・・。
二木さん、もう一つ。
人すべてが善意を持っていはいない。忌まわしい心を持つものもいます。僕は、いや僕たちはあなた方4人の女性に危機が迫ったとき、人間として最善をつくすために、死にます。
これだけがあなたがたの残留に対して、わずかに確約できる全部です。」

可「いえ、そのときには少なくともわたくしは、一足お先にこれを飲みます。」
可南子さんがそのとき、襟の下からチラリと見せたのは青酸カリでした。

軍医官は唇をかみしめて、嗚咽を耐えました。
そしてついに咳を一つしました。
それは咳ではなく押し殺したしのび泣きでした。

可「できたらどうぞ、わたくしの死骸にガソリンをかけて、マッチをすっていただきたいのです。」
当時、終戦で復員する日本人を狙って、乱暴をはたらき、その女性が死んでもなお恥ずかしめをあたえられるという事件が実際にありました。可南子さんは、自分の遺体が陵辱を受けないよう、焼いてくれと言ったのです。

9月1日キング・エドワード病院に、英国のハリス軍医中佐が、300名の武装した英国兵とともにやってきました。
4人の女性は青酸カリに手をかけて、窓のカーテンに隠れるように成り行きを見守ったそうです。

ハリス中佐の横には、老紳士がいました。
老紳士は、医学博士のグリーン氏です。
彼は穏やかなまなざしで言いました。

グ「日本人の皆さん、私はまだあなたがたの気持ちがのみこめないので、武装した兵を必要としました。日がたつにつれ、武装しない兵をごく少数とどめるだけにしたいと思います。
皆さんはそうさせてくれますか」とにこっと笑いました。

ある日、日本刀が幾振りも隠されていたのが発見されます。
グリーン博士は激しく怒りました。
グ「ここの日本人が私を裏切ったのが悲しい。私の憤りを和らげうる人があれば、言うがよい!」

可南子さんは、軍医の意を受けて発言しました。
芸術としての日本刀の在り方、名刀の奇蹟の数々、新田義貞が海の神に捧げて潮を引かせた刀、悪鬼を切り妖魔をはらった刀などの伝説などなどです。

日本の言葉で昼行灯という言葉があります。これを人にあてて薄ぼんやりした人のことをいいます。
マレー人の言葉では、白昼に灯を点じていくとは、心正しくうしろ暗いことのない人をいうとも話しました。
そして、
可「人種と言葉の差のあるところ、感情と思慮にも差があるはずです」とユーモアを交えて説きました。

苦りきったグリーン博士の顔は、いつか和らぎ、何度もふきだしそうになりました。
グリーン博士は、時折、可南子さんのロンドンなまりの英語を懐かしむように眼を閉じて聞いていました。グリーン博士はロンドン生まれだったのです。

可南子さんが席につくと、グリーン博士は言いました。
グ「発見された日本刀は直ちに捨てます。日本刀を捨てたものの追求はやりません。」

軍医たちは語りあいました。
A「いつか警備隊員で色男ぶってるのがいたろう。あいつが上村美保江さんに失礼なことを言ったのさ。すると彼女は、『汝は警備隊員か侵略隊員か』と毅然として言ったそうだ。
後でグリーン博士は『お前の頭の中の辞書にはレディという項がないのだろう』と言ったそうな。
そこでその兵は転属を志願して二度と顔を見せなくなったそうだ。」

B「それはね、可南子さんが教えたんだ。
降伏直後、3人の女性を集めて、イギリスの女性という超短期講座を開いたそうだ。だからあの4人はイギリスの兵隊につけこまれることはない。
だけど、その3人は、イギリス人の将校に階段で会えば、どうぞお先に道を譲るけど、可南子さんは決して譲らないんだ。僕は何度も見ているよ。
あの子はロンドン育ちだけど、それだけじゃない。
国は負けても、個人の権利をそのために自分で進んで割り引くのは卑劣だという信念があるのだね」

グリーン博士がかくも寛大だったのには、昭和17(1942)年、英国軍が降伏して日本軍が入ったとき、博士が捕虜になった経験があったからです。
監獄の施設はひどかったのですが、やがて日本軍が、敵と味方を一つに視て、双方をあわせて供養した無名戦士の碑を建てたという話を聞きました。

さらにたびたび監獄に来て、私財を投じて食糧や薬や日用品をながいあいだ贈ってくれた何人かの日本人がいました。

グリーン博士は、「自分たちが生き延びたのはこのお蔭です。いつの日か報いたい」と語り合っていたのです。
「わたしは、チャンギー監獄で日本人によって人間愛を贈られたのです。わたしはこれに答えなければならない。」

雨季に入ってグリーン博士はロンドンに帰り、後任としてカンニング博士がくることになりました。
着任したカンニング博士に、可南子さんは前日にタイプした、残留60人の日本人の名簿を博士に提出しました。

グリーン博士がその名簿を読み上げました。
「上村美保江、守住浪子、成田由美子それから二木可南子」

カ「Oh! フタキ。フタキですね。」
軍医「そうです。カンニング博士」
カ「私はこの名をずっと尋ねていたのです。」

まもなく二木可南子さんが呼ばれて部屋に入ってきました。カンニング博士は、またたきを惜しむように可南子さんを凝視したそうです。

可「ドクター・カンニング、お忘れになっている言葉をどうぞ」と可南子さんは毅然として言いました。
カ「あっ、おかけください。「ぶしつけに見つめて大変失礼しました。私があなたをみつめたのは、あなたの顔に見出したいことがあったからです。タダスケ・フタキを知りませんか?」

可南子さんの心は胸打ちました。けれど声に変化はいささかもありません。
可「私の父です。」
カ「OH!」
可「1940年、東京へ帰るまでロンドンにいた二木忠亮ならばです。」
カ「そうです。そうです。そして1942年にシンガポールに日本軍の通訳でいた人です!」
可「父です、確かに。」

可南子さんの頬が赤く染まりました。
カ「あなたはあの人の娘か。」
可「父をご存じですか?」
カ「忘れるものですか。」
可「父は生きていますか?」
カ「ああ、あなたも私と同様、あの人の現在を知らないのですか。」

カンニング博士は可南子のそばに来て抱き寄せ、
「カナコの父が、カナコの前に立つまで、私がカナコの父になります。」とささやきました。

カンニング博士も日本軍のマレー攻撃で捕虜になってチャンギー監獄に入れられていたのです。

200名の捕虜はそこから連れ出されて、タイとビルマをつなぐ鉄道の大工事にかりだされました。
その時の捕虜係通訳が二木だったのです。

二木は捕虜の辛苦をます生活の中で献身的につくしました。病人やけが人、衰弱者があるごとに二木はできるかぎりのことをし、その姿に捕虜たちは二木を、神の使徒ではないかと噂しあったほどだったのです。

二木は長期間捕虜達と一緒でした。けれど、1944年に入って突然姿を消し、二木の後任者も彼がどうなったかを知りませんでした。

カンニング博士は可南子に遭遇してから、イギリス軍、アメリカ軍、オーストラリア軍、オランダ軍と二木の生死を照会しました。
けれど一向にわかりません。

激しい雷雨が去ったある日のことです。
カ「カナコ、誰かカナコを呼んできてくれ」

可南子さんが姿を見せると
カ「カナコ、お父さんは生きていたよ! 妻から電話で知らせてきた。 グリーン博士も電話で知らせてくれた!」

そのときの可南子さんの深い微笑みを、後でカンニング博士は「東洋の神秘の花」とたたえたそうです。

カ「カナコ、お父様はフィリピンにいた。アメリカ軍が今朝知らせてくれた。すぐに希望のところに二木を送還するそうだ。」

これを聞いて可南子さんの眼には、みるみるうちに涙があふれました。

こうして可南子さんは一人シンガポールにとどまり、フィリピンから来た父と再会できたのでした。

父を慕って、シンガポールの医薬部に単身、赴任した可南子さん。
敗戦によって施設が接取されることになったときに、
「愛国心は勝利のときだけのものではない」と、自ら残留を望んだ可南子さん。
この精神性の高さ、これがやまとなでしこです。

残ってもらう女性の身に何かありそうになったら、「自分は人間として最善をつくすために死にます。これだけがあなたがたの残留に対して、わずかに確約できる全部です!」と、嗚咽した軍医官もすばらしいと思います。

自分の彼女でもなんでもないのです。
いってみれば同じ職場のスタッフの女性です。
そのスタッフ女性のために、彼は「万一のときは、自分は人間として最善を尽くして死にますっ!」
と発言しているのです。
しかも「それが自分に確約できる全部です!」という。

多少の訓練は受けていたとはいえ、医官です。
そのお医者さんが、職場の女性のために、自分に残されたすべて、そのすべてというのは、もはや自分の命しかない。その命を賭して、あなたを守って死にます、と言うのです。
これが日本人です。

「いいえ、もしそういうことがあれば、私はこれを飲みます」と青酸カリを見せる可南子さん。
可南子さんは言いました。
「できたらどうぞ、わたくしの死骸にガソリンをかけて、マッチをすっていただきたい」
これって、死後の自分の遺体をきれいなままで守りたいっていうことです。もうこんなこと言われたら、ほんと絶句です。

そして英国軍が接取にやってきたときも、凛として是非を主張した可南子さん。

イギリス人の軟弱男が、女性に下品な口をきいたとき、「汝は警備隊員か侵略隊員かっ!」と、凛として言い放つ。これまたすごいです。

日本女性は、そうした凛とした高みのある女性だったのです。
そしてそれが、大和撫子というものだと思う。

可南子さんにいたっては、階段の道すらも譲らない!!気丈です。

考えてみてください。
当時のイギリスは、大英帝国です。
イエローは、家畜以下の存在でしかなかった、そういう時代です。

身長だって、当時の日本女性は150cm少々です。
対する英国人は、平均身長190cm以上です。
これだけの体格差があり、しかも相手は武器を持った戦勝国民です。

その大柄な英国人将校が前からやってきて、小柄な可南子さんが、道さえ譲らす凛として胸を張って階段をすれ違う。
現代日本人よ、その凛々しい姿を見よっ!と言いたくなります。

そうした気丈さに心打たれた英国人の将校が、可南子さんのために、父親を探してくれるんです。

父親が見つかった知らせを受けたときの可南子さんの微笑みを、博士は「東洋の神秘の花」と讃えました。
わかる気がします。

当時のことです。捕虜の日本人女性は化粧などしていません。スッピンです。

でも、命の輝きというか、人格からにじみ出る美しさというのは、下手な化粧などよりも、はるかに気高く美しいものだと思います。
どこぞの国では、顔の整形が大流行りなのだそうです。
けれど違うと思う。
どんなに顔かたちがよくても、美しく見えない人もあれば、けっしてよい顔立ちとはいえないのに、なぜか花があり、人を惹きつける魅力のある人もいます。

そしてこのことは、年をとると一層明らかになります。
学生時代には決して美男美女の部類ではなかったのに、年輪を重ねたら、とてもいい顔立ち、物腰、雰囲気になる人がいます。その逆もある。
それは、内側からにじみ出るものだと思います。

可南子さんのオヤジさんも立派な方です。
捕虜のために、ほんとうに必死で、私財までつぎ込んで働いきました。
当時、日本人にすら、配給食や医薬品が行き届かない時代です。
飽食に慣れた英国人の生活水準と、日本のそれとでは天地ほどの開きがありました。
そういう中で、捕虜のために最善を尽くしたお父さんも、ほんとうに立派な方です。

そしてこの父娘に、昔ながらの日本の家庭をみる思いがするのです。
というのは、おそらくこの父は、娘の可南子さんを、対等な人として育てたのであろうと思うからです。

親と子、大人と子供には、違いがあります。
親子は決して平等な関係ではありません。親には親としての責任があるし、子には子としての義務があります。
そして大人は様々な経験から学んでいて、子は、そういうことをまだ知らずにいます。
親と子には、はっきりとした違いがある。

そして違いがあるからこそ、対等なのです。
誰もが平等などというのは、まやかしです。
戦時捕虜と、その管理官では、当然、立場の違いがあります。
けれど、立場は違っても、人として対等に接する。

おそらく、そういう父親の日頃の姿勢は、可南子さんの子育てにも活きていたのでしょう。
相手が戦勝国民であろうが、大柄な男性であろうが、人として対等に振る舞う。
かつての日本にあって、いま消えそうになっているもの、それが、私は「対等」という観念なのではないかと思います。

さて、この物語には、後日談があります。

ある日、グリーン博士が、「帰還の目処がついた、昭和21(1946)年の桜の花咲く頃に、あなたがたは日本に帰れるでしょう」とうれしい知らせを告げにきたとき、ちょっと気になることを言ったのです。

グ「ジェロンの収容所にいる日本人諸君が、あるイギリス人に不満をもっているそうですね。そういう話を聞いていますか?」
可「いえ、聞いていません」
グ「私も確実には知らないのですから、今の話は取り消します。」

それは実は、こういうことだったのです。

ジェロン収容所はシンガポールから5マイル離れたところにありました。
日本への復員船が3隻来たのですが、輸送指揮官の英国人少佐が男だけ乗せて、女性の乗船を許さなかったのです。

その後、暴風雨が吹く季節風が吹く時期となり帰還船は中断してしまいます。
そこで日本人女性のなかで、怨嗟の声が起こったのです。
それに残った男どもが声を合わせるから、不満はますます大きくなる。

3月下旬にやっと1隻来たのですが、このときもやはり女性の乗船は許されませんでした。
少佐に対する怨嗟の声は、ますます高まったのです。

やっと次の引き上げ船がタンジョン・バガーの大桟橋に入ってきたとき、ようやく女性たちと子供全員の乗船が許されました。
女性たちは満腔の不満を胸いっぱいにして乗船してきました。

するとその英国人少佐がお別れにきて、こんなことを話したのです。
少佐「皆さんは私を怨んでいたそうですね。でも私は皆さんに少しでも楽に日本で帰れることのほうが、私は大切だったのです。
私は船が入選するたびに検分しました。そして一番気になるところを見に行きました。
この船には婦人用のトイレを心して作ってあります。
これならば、ほかのところもよいだろうと思いました。
私は戦時用の輸送船にあなたがたをおしこめて、不快な不自由な思いをさせたくなかったのです。」

女性たちの顔から恨みや不満の表情が消え、感謝の表情に変ってきました。
そしてその船が桟橋を離れる時、少佐へのせめての感謝のしるしにと、どこからともなく「蛍の光」が歌われました。歌声は60人ほどの女性たちの声で唱和されたのです。

英国軍の兵隊達はいついつまでもその船の影が見えなくなるまで見送っていたそうです。

実は、この英国人少佐の日本人復員女性にたいする対応は、二木可南子さんを通じて見た、日本人女性に対する畏敬の念があったからだといわれています。

たったひとりの女性の毅然とした姿が、勝者である英国人将校の心まで変え、多くの日本人女性を救ったのです。

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コメント
No title
なみだがあふれてとまらない。
2013/01/26(土) 13:44 | URL | 愛読者 #-[ 編集]
自分は何も知らなかった。
学校で下らない体験授業やダンスを教えるなら、この話を聞かせた方が遥かに子供の糧になります。
自分は小学校で道徳の授業でしたが、部落差別問題とかそんな話ばかり。
多くの人が知って、見失われつつある民族の誇りを共に取り戻していきたいです。
貴重なお話、本当にありがとうございました。
2013/01/25(金) 16:22 | URL | hosyu mamoru #-[ 編集]
No title
ねずさんの紹介して下さる日本人のお話は、同じ日本人なのに全く別の民族に感じてしまいます。
今の自分が恥ずかしくなります。
誇れるご先祖様たちがいる私たち日本人は幸せです。少しでも見習わなければ、もっとちゃんとしなくてはと、襟を正す思いがしました。
2013/01/25(金) 11:33 | URL | 昼の月 #-[ 編集]
この話は何度見ても泣けるなー
日本は天照大神が保護する国。
21世紀は日本女性が切り開く。
おじさんは陰で応援する。<おい、逃げるなよ!!
2013/01/25(金) 03:30 | URL | kuni #-[ 編集]
No title
いつもよいお話、ありがとうございます。かくありたいものと存じます。語学が堪能であること、しっかりした意志を持ち続けること、大事なことすね・・しかしながら先日のアルジェリア事件では英語で語りかけた日本企業の方がいきなり「神は偉大なり」と発砲され、射殺されたとの報道が有りました。こうしたテロの前にはいかなる美談も成立するはずがありません。石油資源がまだまだ我が国の産業にとって必要不可欠なものであるならば、こうした危険地帯にいつまでも“丸腰で行く”態勢はやめるべきと思いますが如何でしょうか?
2013/01/25(金) 02:05 | URL | 団塊の世代の後輩 #-[ 編集]
No title
我々日本人は元々大和民族のDNAを持って生れてきています。
今は教育によって大和魂、そして大和撫子魂が眠らされていますが、それを目覚めさせるのも教育の力です。

教育により必ずや心の中に眠っている大和魂、大和撫子魂、目覚めると信じています。
私達は日本人ですもの。
2013/01/24(木) 21:51 | URL | 桜子 #PyZMa2bE[ 編集]
ねずさん、素晴らしいお話しと素晴らしい動画のご紹介ありがとうございました♪
なぜだか今日は、この動画の歌が心に響いて涙が出ちゃいました。

また今年も、満開のサクラの靖国で、お会いしてきます。
2013/01/24(木) 17:34 | URL | みーたん #-[ 編集]
米、英、蘭、豪、露、中

無謀といえば無謀な戦い
正義の為に挑んだ崇高な先人達は神に最も近い存在だろう
今日の話を噛みしめて現代の女性は本当にひ弱な花になってしまったなと痛感
翻って日本男児としても言える立場ではないけれど

これもマッカッサーの骨抜き政策の成果
2013/01/24(木) 12:43 | URL | 下町キング #-[ 編集]
No title
日本の国は正しく、その国軍も強くて、誤ったことはしない。しかし、それでもときに理不尽なことをすることがあり、兵や軍属を危険な地域委に転出させる。でも、その危険な地域にも、誰かが行く必要があります。
理不尽なことをされなくても、そこに送り込まれる部隊は不運なだけなのかと考えますが、そうではなく、その部隊ならば何とかしてくれるとの、期待のときもあったと思いたいものです。

戦争に敗れたときに愛国心を保つこと、それは女性の場合には大変なことだと思います。それを実際に行われたことには、頭が下がるとしか言いようがありません。

ところで、1月18日早朝のことです。沖縄県の尖閣諸島の魚釣島の北およそ180キロの日本の排他的経済水域で、韓国船籍の漁船(乗組員は、韓国人7人と中国人2人の合計9人。)が火災を起こしたと、韓国の海難救助機関を通じて、那覇市の第11管区海上保安本部に通報がありました。そして、海上保安庁は事故海域に警備官と航空機を派遣し、捜索作業を行いました。
最近の韓国と中国は、領土問題で共同戦線を張っていたように思っていたのですが、それは安易なご都合主義で、韓国は自国の漁船がメーデーを発信したとき、日本に救援を依頼したのです。
このことは、韓国が尖閣諸島が日本の領土であり、これに付随する排他的経済水域も日本が管理している。だから日本に救難活動を依頼した。
普通に考えれば当たり前のことですが、偽造と捏造を繰り返す国がやりますと、ホットした気持ちになります。
なにしろ、平常なら嘘でも出鱈目でも、好きなように行っても何の支障もありませんが、緊急のときに嘘やでたらめを言ってしまうと、死者と損害、そして国民の反政府感情が大変なことになってしまいます。
そんなときには、心底正しいと考えていることが直感的に行動に出るのです。アトで、あのときだけ尖閣を日本の領土としたなどとは、言えません。

次に、23日23時30分頃から行われた首相官邸からの特別放送のとき、TBS、フジ、読売は放送しました。しかし、TBSは、CMはきっちり入れました。NHKは、韓国ドラマの放送後に特別放送にしました。国営放送が特別放送を後回しにするのは、理解できません。

さらに、民主党の鳩山元首相が、訪中から帰国しました。そして、北海道の苫小牧後援会で報告したそうです。
「中国に行ってきた。南京市の記念館で手を合わせている姿を見ていただき、日本の元総理がこんなこと思っているんだとわかってもらった。ネットで5億人の方が見たようだ」と話した。また、「バッジを付けた政治活動は終止符を打ったが、今後も友愛精神に基づいて動いていきたい」
これについて、自民党の小池百合子氏のツイッター書き込みが、「鳩は鳩小屋にいなさい」。まったくそのとおりで、名言です。
2013/01/24(木) 12:16 | URL | ポッポ #-[ 編集]
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凛として

ねずさんの ひとりごと 凛として
ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
最新刊
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』

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いつもたくさんのコメントをいただき、ありがとうございます。
ほんとうに皆様のコメントが、とっても嬉しく、かつありがたく拝読させていただいています。

議論というものは、すくなくともこのブログのコメント欄が、国政や地方自治、あるいは組織内の意思決定の場でなく、自由な意見交換の場であるという趣旨からすると、互いに互譲の精神を持ち、相手を尊敬する姿勢、ならびに互いに学びあうという姿勢が肝要であると存じます。

私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

ましてや、自分で質問を発したものについて、それぞれお忙しい皆様が、時間を割いて丁寧にご回答くださった者に対し、見下したような論調で応対するならば、それは他のコメントされる皆様、あるいは、それをお読みになる皆様にとって、非常に不愉快極まりないものとなります。

従いまして、謙譲・互譲・感謝、そして学ぶという姿勢のない連続投稿、粘着投稿に類する投稿をされた方については、以後のコメント書き込みを、管理人である私の判断で投稿の禁止措置をとらせていただきますので、あしからずご了承ください。
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