アクセスランキング

敷島の大和心を人問わ(は)ば 朝日ににおう (ふ) 山桜花(本居宣長)。日本は天皇を国家最高権威とし、民を「おほみたから」とする「シラス国」です。


コンゴのお話

■ねずさんのひとりごとメールマガジン有料版
http://www.mag2.com/m/0001335031.htm
■日本史検定講座の第二期募集がはじまりました
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1825.html


人気ブログランキング
 ↑ ↑
応援クリックありがとうございます。

コンゴ民主共和国


今日は5月6日でゴ(5)ム(6)の日なのだそうです。
このゴムが、たいへんな事態を呼んだ。
それが以下のお話です。

「ザイール」という国名を聞いたことがある方も多いかと思います。
昭和46(1971)年にルワンダの支援を受けたコンゴの反政府勢力が打ち立てた国で、その後も内乱と戦闘が相次ぎ、平成9(1997)年5月に、再び国名が「コンゴ」になりました。
コンゴは、昨年4月にも、北キブ州で国軍を離脱した兵たちが武装蜂起して国軍と軍事衝突し、残念なことですが、いまなお様々な武装勢力が活動を活発に活動している、いわば危険地帯となっている国です。

けれども実は、15世紀の終わり頃まで、この国はコンゴ王国として、王制のもとに各部族が統一され、近隣諸国とさかんな交易も行われる、平和でたいへんに栄えた国だったのです。
それがなぜ、いまだに内乱の中にあるのか。
実はそこに植民地支配の恐ろしさがあります。

はじめにコンゴに、西洋人たちやってきたのは、1482年のことでした。
ポルトガル人がやってきたのです。
日本に西洋人がやってきたのは、1543年(1542年という説もあり)のことで、この年に鉄砲も伝来しました。
コンゴにポルトガル人がやってきたのよりも、約60年後のことです。
簡単にいえば、だいたい似たような時期に、ポルトガル人がやってきたわけです。

コンゴでは、最初にポルトガル人がやってきた2年後の1485年には、コンゴ王国とポルトガル王国との間で国交が結ばれています。
この国交条約は、双方の国が「対等な関係」にたつという内容のものでした。
ともに五分と五分のお付き合いをする。
ただし違うのは、ポルトガル宣教師によるキリスト教の布教を認めることが、条件となっていたことです。

コンゴはこれを承諾しました。
人の道を解く宗教であるし、これといって問題視することもないと思われたからです。
1491年には、ローマから宣教師も派遣されています。
そしてコンゴ国王のジンガ・クウは、自身をカトリックに改宗し、さらに自分の息子で王子のジンガ・ムペンパを、ポルトガルに留学させました。

ムペンパは、ポルトガルにいて学問を修め、1506年に父親の後を継いでコンゴ国王に即位しています。
そして彼は、積極的なコンゴの欧化政策を採りました。
さらに、多くのポルトガル人を受け入れ、コンゴの近代化に励んだのです。

と、ここまでは、悪くない話です。
ところが、そうした欧化政策と、ポルトガル人の招聘(しょうへい)のために、コンゴ国内にポルトガルの奴隷商人たちが、大量に入り込み出したのです。

奴隷商人たちは、人の売り買いをするわけですが、元手は、そこらへんで捕まえてきた黒人です。
多少の経費はかかりますが、元手はタダです。
そして奴隷は高値で売れます。
いまで言ったら、クルマを買うような感覚と考えるとわかりやすいです。
元手がタダの新車が、飛ぶように売れたのです。
ですから奴隷商人達は、またたく間にたいへんな金持ちとなりました。
そしてコンゴの国政を平然と壟断(ろうだん)しはじめたのです。

コンゴは、もともと貿易立国していた商業国でした。
それだけに、欧州経済をいち早く受け入れることができるだけの土壌も育っていたのです。

けれど、コンゴ人がコンゴで行う商売と、外国人がコンゴで行う商売は、その本質がまるで異なりました。
コンゴは歴史ある王国です。
ですからコンゴ王国の民衆も、自然の愛国心や、愛郷心が育まれていました。
しかも、身内が同じ国内にたくさんいるわけですから、当然のこととして、一定の規律は守られていたのです。

ところが、外国人であるポルトガル商人たちには、そうしたコンゴへの愛国心も愛郷心もありません。
あるのは、欲得だけです。
そして彼らは、あらゆる方法を使って自分たちの行いを正当化し、気がつくとコンゴ国内は、ポルトガル人の奴隷商人たちと、その下請けとなったコンゴ人達が、経済的政治的に多大な影響力を持つようになっていたのです。

事態を憂慮したコンゴ国王は、ポルトガル王に対し、奴隷貿易を止めるようにとの書簡を送りました。
けれど、ポルトガルは、コンゴ政府ではなく、コンゴ国内の治安維持に責任を持っているわけでもありません。
あたりまえのことですが、ポルトガルは、ポルトガルの都合で動きます。

ですから当然のように、コンゴ国王の書簡は無視されました。
そして本国政府が黙認することに自信を深めたポルトガルの奴隷商人たちは、ますますコンゴにおける奴隷貿易を盛んにし、ついにコンゴは、アフリカにおける最大の奴隷貿易の中心地となってしまったのです。

コンゴの民衆も怒りました。
当然だろうと思います。
ある日突然、家族が、子供達が白人達に追いかけ回されて網ですくわれ、拉致され、奴隷、つまりモノとして勝手に売買されてしまうのです。
それでもコンゴ人達は、敬愛する国王を信じ、事態が必ず解決し、いつか拉致された人々も国に戻れる日が来ると信じました。
そして、そんな日が来ないまま、コンゴ国王が永眠してしまったのです(毒殺されたという話もあります)。

国王が亡くなると、コンゴの民衆は、ついに暴発しました。
民衆は反乱し、暴動が相次いだのです。

ところがその頃のコンゴには、もはや民衆の暴動を鎮圧できるだけの力は残っていませんでした。
博愛主義を説くキリスト教によって、コンゴ国王の武力は否定され、コンゴ国軍は、ほとんど解体状態となっていました。
しかも適齢期の若者達は、男女を問わず奴隷狩りにあって、その多くが連れ去られています。

それでも、コンゴ国王は、なんとか暴動を鎮圧しようとしました。
国内の平和と安定は、国王としての使命だからです。

そんなところに起きたのが、1568年のジャガ族の襲来です。
これまた「やらせ」だったという話もありますが、ジャガ族という無法者集団が、コンゴ国内に攻め込み、一部の奴隷商人を襲撃し、さらにキリスト教施設を破壊したのです。

コンゴ国王は、やむなくこの鎮圧のために、同盟国であるポルトガルに、鎮圧のための軍事支援を要請しました。
すでにコンゴ王単独で武装集団を退治するだけの国力が、コンゴ王室になかったからです。

要請を受けたポルトガル軍は、またたく間に、ジャガ族を鎮圧しました。
けれど、事態はそれだけに終わりませんでした。
すでに国軍が衰退していることを知ったポルトガルは、ここにきて、コンゴ王国との関係を、対等な関係から、主従関係へと変更することを要求してきたのです。

圧倒的な軍事力を持ったポルトガルに、武力のないコンゴ王は従わざるを得ませんでした。
こうしてコンゴは、ポルトガルの従属国となったのです。

属国となっても、コンゴ王国は、細々と存続し続けました。
けれどそれは国として存続したというよりも、国王を名乗る家がコンゴ地方内に存続していた、というだけの情況というべきものでした。
国は荒れました。
ほとんど無政府状態で、武装した奴隷商人達がほしいままに闊歩し、贅沢な暮らしを満喫し、コンゴの民衆はひたすらそれにおびえながら、極貧生活を余儀なくされる状態となったのです。

こうして300年が経ちました。
この情況に変化が起きたのは、1885年のことです。
ベルリン会議の決定によって、ベルギーが、コンゴの新たな支配者となったのです。

ベルギー国王のレオポルド2世は、コンゴを「コンゴ独立国」とし、自身でコンゴの元首となり、コンゴを自由貿易の国としました。
ただし、カタチは自由貿易の独立国であっても、コンゴは、土地も人も一切合切、レオポルド2世の私有物です。

ですから、ベルギー領となったコンゴの政府は、コンゴにはありません。
コンゴ政府は、ベルギーのブリュッセルに置かれました。
レオポルド2世も、コンゴへは足を運んでいません。
コンゴへは、総督が派遣されました。

実際には私有地、私有財産にすぎないのに、カタチだけは独立国、ですから英国人達は、これを揶揄して、コンゴのことを「Congo Free State(コンゴ自由国)」と冷笑しました。
いまでも当時のコンゴのことを「コンゴ自由国」と呼ぶ学者がいますが、酷いことです。

コンゴを私物化したベルギー国王は、1830年にオランダ(ネーデルラント)から独立したばかりでした。
その親元の国であるオランダは、世界中に圧倒的な植民地を持ち、巨富を得ていました。

ですからベルギーからコンゴに派遣された総督の任務は、ベルギー初の植民地(私有地)であるコンゴから、一日もはやく経済的利益をあげることでした。
しかしこの頃には、奴隷貿易はすでに下火になっていました。
しかもコンゴ独立国建国当初はインフラ整備に経費がかかり、さらにコンゴには奴隷以外に主たる産業も産物もなかったことから、コンゴの経営はたいへんに苦しいものでした。
当初の状態は、むしろベルギー政府の持ち出しの方が大きかったのです。

ところが、その頃から事情に変化があらわれます。
英国で、1887年に、自転車用のゴムタイヤが発明されたのです。
これはたいへんな技術革新でした。
そしてその技術が自動車のタイヤにも応用されるようになったのです。

こうなると、ゴムの需要がうなぎ上りです。
そしてゴムの木は、他に産業らしい産業のないコンゴの、国中のいたるところに、自生していたのです。

コンゴにやってきていたベルギー人達は、ゴムの採取に目を付けました。
そしてコンゴ人達を使って、徹底的にゴムの採取を行ったのです。
おかげで、コンゴのゴムの生産高は、20世紀のはじめには、世界全体の生産高のほぼ10%を占めるに至りました。
ベルギーは、コンゴ産ゴムによって、経済的にたいへんに潤うことになりました。
苦労してコンゴを入手したベルギー国王が喜んだことは、いうまでもありません。

ところが、そうした生産高を上げるために、現地で何が行われていたのか。

そのために何が行われたか。
ゴムの採取を強制するために、黒人たちから女子供を人質にとり、仕事を効率よく進めるための鞭打ちでコンゴ人労働者を死に至らしめ、さらにノルマを達成できないと、その人質にとった女子供らの右手を、見せしめとして切断するという罰を与えたのです。

手を切られたコンゴ人
マーク・トウェイン「レオポルド王の独白 彼のコンゴ統治についての自己弁護」p.40
コンゴ自由国


ここまでくると、コンゴ人達も黙っていません。
中には集団で徒党を組んで反乱を組織するコンゴ人も出てきます。

こうした反乱ゲリラを鎮圧するために、白人達が何をしたかというと、周辺に住む未開の部族達を徴用し、公安軍を組織したのです。
この「少数民族を利用して現地の人々を統治する」という手法は、植民地支配では、ごく一般的に行われてきた統治手法です。

未開の蛮族達による徴用兵たちは、白人以上に恐ろしい残忍さを発揮しました。
徴用兵たちの任務は、ゴム採集のノルマの達成管理です。
その中には、未達者に対する手首斬り落しの強制執行も含まれていました。

徴用兵達の給料も、利益に基づく歩合性でした。
そのうち、蛮族たちが任務を果たしている証拠として、懲罰のために切り落とした手首の数によって昇級や賞与の額が決められるようになりました。
すると村人たちは、この取立から逃れるために、他の村人たちを大量殺人して、手首を集めてくるようになりました。
こうして手首は、それ自体が価値を帯びるようになり、一種の通貨にさえなったといいます。

コンゴが、ベルギー領コンゴとなったのは1885年のことです。
そしてコンゴが、ようやく独立を果たしたのは、昭和35(1960)年のことです。
その間、わずか75年の間に、コンゴで虐殺された人の数は、1000万〜1600万人であったといわれています。
コンゴが独立したときの人口が1400万人であったことを考えると、これは恐ろしい数です。

しかし、せっかくのコンゴの独立も、独立からわずか1週間で、内乱とベルギー軍の介入によって崩壊してしまう。
こうして始まったのが「コンゴ動乱」です。

「コンゴ動乱」は、国連が支持し、民主化を促進しようとするムルンバ大統領派と、ソ連やキューバに後押しされたコンゴ国軍が対立するという構図となりました。
さらに国内を二分しての民族紛争がこれに重なり、コンゴはこの後約5年間、動乱に継ぐ動乱の時代となったのです。
そしていまもなお、コンゴは戦場の中にあります。

今年は2013年です。
自主自存の国家だったコンゴの崩壊の引き金となったのは、1568年のジャガ族の襲来事件でした。
この事件のときに、コンゴが自前の防衛力を保持していたら、つまり強力な軍隊を自前で保持していたら、おそらくジャガ族の襲来もなかったし、ポルトガルに援軍を要請する必要もなかったし、結果としてポルトガルの従属国となることもありませんでした。
それどころか、奴隷商人たちの跋扈そのものを、自前の強力な軍隊の出動によって防ぐことができたかもしれません。

「そのとき軍隊が弱かった」
たったそれだけのことで、コンゴは国を崩落させ、それからいまにいるまで445年、いまだに内乱と戦火の中にコンゴはあります。
コンゴで、これまでに戦火や奴隷、ムチ打ちや私刑などによって、いったいどれだけの人の命が奪われたのでしょうか。

大事なことは、どんなにご立派な講釈を垂れたとしても、力なき正義は正義になれない。それどころか多くの国民の不幸を招く、ということです。
現実に日本は、どんなに立派な法的根拠、歴史的根拠を並べ立てたとしても、武力を背景にした他国による領土の占有の前に、なにもできていません。
国民を拉致されても、政府には何もできていません。

自衛隊はあります。強いです。
けれど専守防衛をうたう以上、他国は日本に対していかなる不条理を押し付けたとしても、その国が日本から攻められる可能性は皆無なのです。
いくらカツアゲしても絶対に反抗しない、それどころか「暴力だけはふるわないで」と、欲しいだけカネを出してくれるお金持ちで腰抜けのボンボンがいまの日本です。
「平和を愛する諸国民の公正と信義」と日本国憲法前文に書かれていますが、公正な国ってどこでしょう?信義ある国とは、どこの国を指すのでしょう?
日本が平和を愛し、公正と信義のある国となるためには、日本が強くなければなりません。
でなければ、日本は4百年前のコンゴになってしまう。

日本にも16世紀にポルトガル人が来日し、鉄砲などが伝えられました。
けれど日本は、鉄砲をまたたく間に国内に普及させ、秀吉の時代には、日本は全世界の鉄砲保有数の約半数を持つという、すさまじい大国となっています。

けれど、鉄砲に使う火薬の原料となる「硝石」は、日本で産出しません。
あたりまえのことですが、火薬がなければ鉄砲はただの鉄パイプです。
ですから、日本の戦国大名たちは、こぞってポルトガル人達から火薬を買いました。
代金は、火薬一樽につき、日本人の若い女性50人が相場です。(徳富蘇峰、近世日本国民史)

日本女性が奴隷に売られたのです。
日本でも、コンゴで起きたことに近いことが、現実にあったわけです。

けれど日本がコンゴのように、ポルトガルの属国とならずに済んだのは、彼らの鉄砲という兵器を駆使する戦いに学び、これを吸収して自前の鉄砲隊を組成してしまったこと、それにより、日本がポルトガルを圧倒する強力な軍事力を備えたこと、さらに秀吉が奴隷売買とキリスト教を禁じ、日本人女性が奴隷として国外流出することを阻止することができたからにほかなりません。

幕末動乱も同じです。
日本は、外国からの圧力に対し、これを学び、吸収して、その外国以上に強靭な国家を造り上げました。

なるほど幕末に日本は外国との間に不平等な条約を締結しました。
けれど明治44年に、日本は完全に外国との関係を対等なものに修復しています。
それは、幕末の志士達が夢見た坂の上の雲に到達した瞬間でした。

もし、日本が過去においてそういう努力をしてこなかったら。
もしかすると日本人もコンゴと同様に奴隷に売られ、女性たちは旦那のために手首を斬り落され、通貨は小判や銀貨、銅銭などではなく、手首が用いられるような国になっていたかもしれません。
銭形平次の投げるのが寛永通宝ではなく、紐でつないだ手首だなんて、想像もしたくありません。

大事なことは、他国に支配されるということは、いかなる場合においても、自国民の幸せには絶対にならない、ということです。
もちろん例外はあります。
それは日本がかつて統治した国々です。
どの国もすべて発展し、なかには歴史上初と言って良い平和な時代を迎えた国もありました。
けれど、日本がそうしてきたからといって、他国も同じようにするなどということは、金輪際ないし、上に述べたコンゴのように、他国の支配を受けることは、これ以上ないといって良いくらいの国民の不幸を招くのが、世界の歴史です。

日本が、独立した国家でいられたのも、いま、私たちが平和に暮らして行けるのも、私たちの父祖、祖先が、それこそたゆまぬ努力を重ねてきたからに他なりません。

ところが戦後の日本は、GHQによって憲法を与えられ、逮捕拘留してあった共産主義者たちを解放させられ、それまでの国の中心であった愛国者たちを公職追放によって放逐され、間接統治のために特権を与えられた不逞朝鮮人が日本人からいいようにカネや財産を奪い、その状態という「歪み」がいまだに、続いています。

みなさんは、コンゴが動乱を終え、ほんとうの意味での平和を取り戻すためには、何が必要だとお考えでしょうか。
おそらく、誰もが口を揃えて、「それは、コンゴの人たち自身が努力するしかない」とお答えになるものと思います。

ならば、それはそのまま日本にもあてはまるのではないでしょうか。
日本が日本を取り戻し、真の独立と自存を取り戻すためには、なにより日本人自身が目覚めなければならない。
そういうことなのではないでしょうか。

そのためには何が必要でしょうか。
左前や反日にかぶれた人たちとの対話でしょうか。
そんなものが意味を持たないのは、誰もがおわかりと思います。
なぜなら、彼らは考えを変えない。そこに利権があるからです。

そういう人たちは、日本が変ったら、逮捕される人たちです。
ほっておけばいいのです。

それよりも、中庸と思っている人、まだ目覚めていない人、反日でも在日でもない、普通の日本人に、いかに目覚めてもらうか、そのために私たちひとりひとりに何ができるかが、問題なのではないかと思います。

そして日本を取り戻そうという意見が、我が国の本当の意味での主流となったとき、日本は、またたく間に変わる。
必ず変わる。

そのために、私たち自身が、自分できることを、ほんのちょっとずつでも続けていくことではないかと思います。
1日、たった1分の誤差が、4年目のうるう年となって、1年が一日長くなります。
たった一分の積み重ねが、4年でまる一日、24時間分になるのです。

ほんのちょっと、でも続けること。
遠回りにみえて、実は日本を取り戻す一番の近道が、そこにあるように思います。

人気ブログランキング
 ↑ ↑
応援クリックありがとうございます。
励みになります。

コンゴの危機 ~知られざる真実~


【メルマガのお申し込みは↓コチラ↓】
ねずさんのひとりごとメールマガジン有料版
最初の一ヶ月間無料でご購読いただけます。
クリックするとお申し込みページに飛びます
↓  ↓
ねずブロメルマガ

日心会メールマガジン(無料版)
クリックするとお申し込みページに飛びます
↓  ↓
日本の心を伝える会 日心会
拡散しよう!日本!


ねずブロへのカンパのお誘い
ねずブロで感動したら・・・・
よろしかったらカンパにご協力ください。
【ゆうちょ銀行】
記号 10520
番号 57755631
【他金融機関から】
銀行名 ゆうちょ銀行
支店名 〇五八(店番058)
種目  普通預金
口座番号 5775563
【問い合わせ先】
お問い合わせはメールでお願いします。
nezu@nippon-kokoro.com
関連記事

コメント
コンゴと、ベルギーと、帝国憲法
 ねずさん、こんばんは、いつもありがとうございます。
丁度、コンゴについて調べていた時でしたので、ねずさんも、今日、「神々の」という題名で、コンゴについても触れられてまして、偶然に驚いています。
とても助かりました。


 倉山満氏の『帝国憲法の真実』のご著書で知ったのですが、
帝国憲法の天皇の条項は、ベルギーとフランスの憲法をお手本にされているそうです。

コンゴは、ベルギーの植民地でしたが、ベルギーと日本では、だいぶ国柄が違うのではと思いました。


 日本に落とされた原爆の材料も、ベルギー領コンゴから調達されたものであったそうです。

「ウラン型原子爆弾の原料であるウラン鉱石ですが、第二次大戦時米国は、ベルギー領であったコンゴから入手しました。

ベルギー本国はナチスにより第二次大戦初期に占領されてしまいましたが、コンゴは連合国側の勢力圏だったこと、亡命政権がウラン売却に同意したことで、米国は充分なウラン鉱石を入手できました。」
http://qa.itmedia.co.jp/qa2965325.html


 以下の動画でも、別の国の憲法に似せると大変になることが語られています。

「16世紀のフランスで、上は法皇様から色々命令を受け、下からは封建領主のつきあげがあって、中間管理職のようで最悪の状態だった時に、国王の定義が出来た。
下手に他国の真似をしては危ない。」
https://www.youtube.com/watch?v=PdI8KMpEZf0


帝国憲法の御告文は、素晴らしいですので、
それは残して、新しく作れないものでしょうか?
2014/09/12(金) 22:10 | URL | 空満 #HlYXEWHA[ 編集]
日本の凄いところは火薬も自前で作ってしまったことですね。キリシタン弾圧なんてとんでもない、侵略者の尖兵を征伐しただけです。当時の状況を理解せず、弾圧弾圧喚き散らす無知蒙昧な反日左翼には消えてもらいたいですね。
2013/06/07(金) 19:42 | URL | センター #-[ 編集]
奴隷商人とは
You tubeに下記の動画があります。
「ユダヤ人が奴隷貿易を支配した」

https://www.youtube.com/watch?v=2MALXstNvXE

2013/05/07(火) 14:28 | URL | k #-[ 編集]
くどいようですが、もう一言
このたびの「コンゴの話」で皆様方のコメントを読ませて頂き
ましたが、同感です。
そこで、くどいようですがもう一言述べさせて下さい。

反戦平和、世界平和などと美辞麗句を声高に叫ぶ人々はそれが
どのようなことなのか、平和という字句、一点に捕われていて
完全にその中身が何かを理解できていないと思われます。

つまり宗教でお念仏を唱えるのと同じです。その現実は自己満足
でしか無いということに気付いていないのです。

平和は戦って勝ち取るものです。強いて言えば大東亜戦争で敗戦
となった日本ですが、命をかけて戦った圧倒的多数の父祖たちに
加えて犠牲者数も確認されていない従軍看護婦や、ひめゆりの塔
のうら若き女性たちも忘れてはいけません。
それら戦地で戦って犠牲になった人々のお陰で、結果的には敗戦
とはいえ現在の平和な日本があるのです。

戦えなければ、第二のコンゴになること必定です。
反戦平和、武力の放棄が如何に平和から遠ざかる単なる理想論で
しかないことをこの度の、コンゴの話で理解できなければ人間を
やめたほうが良いと痛感しました。

2013/05/07(火) 13:32 | URL | terag3 #KVPRtAI6[ 編集]
大変勉強になるものであり、凄く考えさせられました。
2013/05/07(火) 07:42 | URL | もも #-[ 編集]
No title
大友宗麟・有馬晴信・大村純忠・高山右近・小西行長・黒田如水・細川忠興はキリスト教に改宗し、キリシタン大名となった。
しかしキリスト教が広まるのと同時に、奴隷として海外に売られる日本人が増えた。寺や神社を焼き払う大名も現れ、大村純忠は長崎の統治権をイエズス会に委託した。
豊臣秀吉は1587年にバテレン追放令で神社仏閣の毀損とキリスト教布教を禁止、徳川家康が1614年にさらに厳重なキリスト教禁止令を出し、300年間キリスト教は日本で禁止になった。
2013/05/06(月) 22:22 | URL | 歴史的事実 #-[ 編集]
皆様、今回の記事もどうか拡散願います。
そして更なる拍手と応援クリックを願います。
白人キリスト教の本質すべてが今回の記事に示されていますね。
キリスト教の落とし子たる共産主義とナチズムについては、被害者が記録・証言する術を持っていた為に犠牲者数が検証されていますが、白人キリスト教の犠牲者は多くが文字を持たなかったゆえに検証が不可能です。億単位であることは間違いないのですが「共産主義黒書」(雅恵堂出版)
が出ているのですから「キリスト教黒書」も書かれてしかるべきですね。
以前「イエスズ会宣教師が見た日本の神々」という本を読みました。江戸中期の神仏習合信仰の描写が大変興味深いのですが、宣教師らは神社仏閣を「ありとあらゆる悪魔が祀られている」と酷評(何をぬかすか!ですよ)し「最終的にこの日本国の聖地たる伊勢に必ずや十字架を打ち立てる」と恐ろしい宣言をしています。事実、キリスト教による犠牲者の中には後の大東亜戦争における我々の祖父母300万人も入ってます。なのにまだまだ多くの日本人が真実を知ろうとしないのは本当に残念でなりません。髪を金に染める者、教会で結婚式を挙げる者、クリスマスで騒ぐ者等々は私はすべて「魂を悪魔に売った者共」と考えていますが、周りの人達からは「変な宗教でもやってんの?」などと言われる始末なんですね・・・。
なおその直接の末裔が(一神教ですから本質は当然全く変わりません)いま反日・反靖国・反天皇・極悪非道な「死刑廃止運動」、そして慰安婦デマ宣伝を国際的なネットワークで行っている事は周知の事実です。
毎回掲示板をお借りする事をお詫びします。参考ブログ3/2・3/4の「カトリック教会の愛と偽善」をお読み下されば幸いです。恐ろしい内容です。
なおポッポ様、誤解を招く書き方をしてしまいました事をお詫び申し上げます。
2013/05/06(月) 20:49 | URL | 読者 #MAcqijD.[ 編集]
一歩一歩着実に
ねずさんをはじめ保守系ブログがブログランキングの上位をほとんど占めていることは心強いと思っています。
けれど、世間を見ると、信じられないくらい日本の現状を考えていない。
選挙運動に来た創価学会の信者ですら、外国の脅威を考えていないことにショックを受けました。

いわゆるノンポリの人たちは、インターネットでなんとなく検索しているうちに偶然真実に突き当たることで変わる可能性が高いです。私もそうでした・・・。なので、正しい意見を検索結果に沢山表示することも大切だと考えています。
今日のお話やチベット問題など、外国に搾取される実話は「人ごとじゃない」と気付かせてくれます。
ブログやコメントなどで、大勢の人が活発に話題にしてくれることを期待しています。
2013/05/06(月) 20:41 | URL | chas #FK6c8FRQ[ 編集]
ウキペディアによる韓国慰安婦
韓国はなかった「日本軍による従軍慰安婦」をでっち上げました。しかし、自国の従軍慰安婦については何も言いません。下記は、ウキペディアに書かれている事実です。日本軍との違いも書かれています。韓国軍だけではありません。アメリカ軍、国連軍も同罪です。

韓国軍の従軍慰安婦
韓国軍慰安婦または大韓民国軍慰安婦 (한국군위안부、대한민국군위안부)は、1945年-1990年の韓国軍と在韓米軍によって慰安婦に動員された韓国人女性たち。韓国戦争以降1990年代まで在韓米軍の韓国駐留時[1]に大韓民国の国軍によって強行され、大韓民国の国軍と在韓米軍の性的欲求を解消する目的で強制的に集団的性行為を強要された慰安婦をいう。

捕虜となった朝鮮人民軍女軍[2]、女性パルチザンゲリラ、そのほかに朝鮮人民軍や中国の人民志願軍の占領地内の住民である朝鮮人女性のうちまだ疎開しなかった女性などが、共産主義者を助けたとの名目で強制的に性奴隷にされた。日本軍慰安婦との区別のために韓国軍慰安婦、大韓民国軍慰安婦と米軍慰安婦や国軍挺身隊などでも呼ばれる。

大韓民国国軍あるいは米軍に○○○された韓国軍慰安婦の存在は、1990年代後半から韓国内で公論化され始めており、2002年2月、韓国の女性活動家金貴玉と姜貞淑などにより韓国軍慰安婦の存在が初めて公開された。旧日本軍慰安婦に続き朝鮮戦争前後にあった韓国軍と米軍による韓国女性の性犯罪の存在の調査と陳述確保などが韓国の女性団体を中心に進められている。

目次 [非表示]
1 朝鮮戦争時
2 朝鮮戦争後
3 国連軍(米軍) 慰安婦
4 関連項目
5 脚注
6 外部リンク
朝鮮戦争時 [編集]

韓国軍が1951年-1954年まで「特殊慰安隊」という名前で、固定式あるいは移動式慰安婦制度を取り入れて運用したのは否定できない歴史的事実で、これは韓国陸軍本部が1956年に編纂した公式記録である『後方戦史』(후방전사)の人事編と目撃者たちの証言によって裏付けられた[3]。

「慰安(婦)」という言葉が共通していることなどから韓国軍慰安婦は旧日本軍慰安婦にならってつくられたと考えられている。しかしながら、旧日本軍の慰安婦が民営であったのに対し、韓国軍の慰安婦は軍直営を超えて「慰安隊」として正規の軍組織となっていた点で大きく異なる。

なお、通称日本軍慰安婦の場合は公募によるものであり、当時の公務員の平均給与を超えた高額給与が慰安婦に支払われていた。公募資料や給与明細などの資料が発見されている。[3]
また、正規の「慰安隊」とは別に部隊長裁量で慰安婦を抱えた部隊もあり、ドラム缶に女性をひとりずつ入れて前線に運んだこともあるという。[4]軍にあって配分の際には、慰安婦は「第五種補給品」と称されていた(補給品には一~四種しかなかった)。[5]

朝鮮戦争当時の韓国軍の公式・非公式慰安婦の規模に関する明確な情報はないが、金貴玉教授は朝鮮戦争直前の私娼の数5万人を下ることはないと見ている。なお、朝鮮戦争後には性売買をする女性は30万人余りに達したと推測されている。[3]

朝鮮戦争後 [編集]

朝鮮戦争が休戦になった翌年の1954年に「正規」の「慰安隊」はなくなったが、事実上の慰安隊が私娼の形で存続し費用は「厚生費」などの名目で支出されていた。[3]
ベトナム戦争に参戦するにあたり韓国政府は朝鮮戦争時と同様な「慰安隊」設置を計画したが、米軍の反対に遭い実現はしなかった(駐越韓国軍司令官)。[6]
そして、1990年ころも、軍の訓練所の外に 俗に「毛布部隊」と呼ばれる私娼窟があったとの報告がある。[3]

国連軍(米軍) 慰安婦 [編集]

韓国政府は、韓国軍だけではなく国連軍のための慰安所も運営した。朝鮮戦争が始まってほどない1950年9月、釜山近くの馬山市に国連軍用の慰安所5ヶ所設けたことが「釜山日報」に掲載されている。[7]
2013/05/06(月) 19:14 | URL | にっぽんじん #-[ 編集]
【正しい理論を知っている事と成功の谷間】
競技をやっている時に、こうやれば足は速くなるはずなのにみんなその事を知らないと豪語している人がいた。でもその人を観察しているとなぜかその人の足は速くなっていなかった。競技力が上がらない事と比例するかのようにその人は饒舌に理論をしゃべっていた。

足が速くなる方法を知れば足は速くなると人はつい思うけれど、実は知っている事とできる事はずれている。知っている事は実践できなければ身に付かず、実践を継続する事が知っている事よりも重要。英語の理屈を知っている事としゃべれる事は別の話。

そんな当たり前の話、とバカにしている人は、実践と継続の威力を知らない。競技の世界にも時々新しい理論がやってくるけれど、流行に飛びついて理論を語る選手よりこつこつ実践できる選手の方が生き残りやすい。身に付く事は知っている事とは違う

正論はたくさんある。だけどそれを実践できるかどうか。政治なんてこうやればいいのにと語る人はいても、立候補する人は少ない。こうすれば成功すると語る人はいるけれど成功している人は少ない。それは行動に移す人が如何に少ないかを語っている。

アメリカ人はこうだと決めつけていたけれど、実際に会うとそんな風に一括りにできるものでもないんだなというのを実感した。知っている事にはレベルがあって、実践している人はわかる事と知っているだけの事の境目のセンスがいい。

【終わり】賢いけれどプライドが肥大してしまった人は、正しい理論を語るけれど、実際に継続する強さも、失敗して笑い者になるリスクを取る勇気もない。でもプライドはあるから体験に基づかない理論を頭の中で構築し、以下にそれが正しいかの証明を言葉で行う。決して行動には現れない。
2013/05/06(月) 18:45 | URL | 貼り付け #AM.tNSG2[ 編集]
反日マスコミによって豊臣秀吉が近年ドラマでひどい描かれ方をしていますが、秀吉が日本人奴隷売買を知りキリスト教を禁じたのだとすれば、彼は日本を守った英雄と呼べると思います。朝鮮出兵で極悪人のように扱われますが、それならばチンギス・ハーンは世界各国から糾弾されるべき存在でしょう。また朝鮮出兵において秀吉は自分が統治する時の事を考え、一般民衆への略奪を禁じたと言われています。略奪は明や朝鮮の兵士によるものです。秀吉は見直されるべきだと思います。
2013/05/06(月) 18:29 | URL | #-[ 編集]
まったく酷い話で真剣に考えないといけません
本当に酷い話ですね。日本のノー天気な護憲主義者たちには
椅子に縛り付けでもに聞かせてやりたい話です。

また宗教というのが曲者で人の道を説く、博愛などと言って
宣教師の活動を許していると人々はその宣教師の言いなりに
なる、つまり信者になると善し悪しを別にして神の教えに従
うと言うことになる。

したがい秀吉が奴隷売買とキリスト教を禁じたことは正しい
処置だったと思います。

近年、国内の大企業、経済界は出来の悪い日本人の若者より
外国の留学生の方が良いと言って従業員として採用する。
いわゆるそれが人、もの、金という効率第一主義の経済界の
思惑で益々日本の若者の就職率を悪化させています。

大企業は収益を上げることも重要ですが、日本人の若者を
育てると言うことにも力を入れてほしいものです。

グローバル化とか国際社会に目を奪われていると知らぬ間に
この狭い日本は外国人ばかりになり日本が日本で無くなって
しまうことに成りかねないとそれが最も大きな心配事です。
2013/05/06(月) 17:04 | URL | terag3 #KVPRtAI6[ 編集]
No title
コンゴのことは、子供の頃に良く新聞に出ていたことを覚えていましたが、植民地であったときに、腕を切り落とすという残忍なことをされていたとは知りませんでした。

ポルトガル人が日本に来たのは、1543年の鉄砲伝来と前後すると思いますが、その頃の日本は戦国時代のまっただ中でした。
もし、安穏と平和をむさぼっている民族であったならば、日本がコンゴ同様になっていたとしても、不思議では無かったでしょう。
ヨーロッパから見れば、日本人は黄色人種で体も小さいのですから、当時のポルトガル人は、植民地にしようと手ぐすねを引いていたと思います。さいわいこれも免れたのですが、その陰で火薬と若い女性を交換していたとは・・・・・・これも知らなかったのです。
秀吉がキリスト教を禁じたことは、授業で習いましたが、そのときに日本人女性の奴隷売買を禁止していたことも、授業では習わなかったです。
日本人を奴隷とされていたことは、悔しいことですが事実です。
このような事実も教育として捉えると、「平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼する」などと言っていては、国を維持することが出来ないと誰もが考えるのではないかと思います。


読者様

防衛省幹部「はねられ死亡」考は、読ませていただきました。
この事件について、東京のことに不案内ですので、道路に歩道は設置されていたのかそうでないのか等、分からないことが多いのです。
ですから、事故がどのような状況で発生したかが想像できないのですが、単純に考えると、道路を歩行していたなら、バイクが前方又は後方から走ってきて防衛省幹部をはねる。夜ですから昼より暗いし、静かなはずですから、歩行者はバイクのライトとエンジン音で、走行して来るのが普通は分かります。夜中でも、道の真ん中を歩かないと思いますし、キャリアなら飲酒していることもないでしょう。(飲酒していたら、タクシーに乗るでしょう。)
加害者からは、良く覚えていないことだけが情報で、何処から来たのか、所有するバイクか、すらも不明です。
バイクで転倒しているから、頭部を打撲して覚えていないと考える場合。覚えていないと言うことは、意識喪失をしていた時間は、意外に短いと思います。しかし、これが本当か否かも不明です。
分からないことばかりですが、事実は、日本の防衛省幹部の亡くなったことから、日本の喪失は極めて大きいことです。
これ以外は、事件か事故かも判明していませんし、博士の独り言Ⅱで言われているとおりだと思います。
それから・・・・・・「最新記事一覧」の右の欄ですが、「博士の独り言 Ⅱ」でした。ここは、「ねずさんのひとりごと」で・・・・・


麻生太郎副総理兼財務相は四日、インドの首都ニューデリーでの講演で「インドは陸上で中国と国境を接し、日本は海上で接触を持っているが、われわれは過去千五百年以上の長きにわたり、中国との関係が極めてスムーズにいったという歴史は過去にない」と発言されました。
麻生副総理の発言は、首相当時、良くマスコミから誤読をからかわれていましたが、今回はそれがありません。
また、先日の中山衆議院議員の発言の際には、朝鮮半島の創氏改名について、中山氏から突っ込まれていましたが、適切な回答をされていました。
日本のために、戦っていただきたいと思います。
2013/05/06(月) 16:47 | URL | ポッポ #-[ 編集]
反日売国勢力が出没するポイントがあります。
反日売国勢力が出没するポイントがあります。

http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj4.cgi
ここで【検索条件】に「在日」と入力して「投稿/検索」をクリックすると
【Web検索システム】検索条件:在日 【検索結果】と表示されます
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/cscom.cgi

彼らが大変気にしている事柄でしょうか、しばらくたつとこの記事が消されています。

反日売国勢力との綱引き合戦のようです、興味のある方は
訪問してみて下さい。
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/cscom.cgi

2013/05/06(月) 16:43 | URL | 愛信 #EBUSheBA[ 編集]
No title
ありがとうございます。
正に「歴史から学ぶ」この言葉を地でいってるお話でした。

今の日本、将来の日本の姿を見ているような気がしてなりませんでした。
現実事実、日本を取り巻く情勢は危機感を覚えずにはいられないところまで来ています、まさに崖っ淵です。
にもかかわらず危機感の欠けらも無いお花畑さんがあまりにも多いい様に感じられます。

うちの職場にも芸能関係の話なら昔の芸能人から現在の芸能人まで、隅から隅まで知っている人がいます。
あの人がああでこうで、まるで芸能レポーター並みです。
政治のことを少しでも話すと「何様?」と言うような素振りです。
何も他人の趣向をとやかく言うつもりはありません、ただ残念に思うことはその趣向をというか、そのエネルギーを崖っ淵の日本の為に向けてくれたら日本も変わるのに、、、そう思うのです。
まず、一人ひとりが変わることが大切です。

いま日本は訳の解からない国々からの外圧に晒され、挙句に日本国内に巣食う反日勢力に脅かされ、そういう中で日本の危機が言われています。
そんな中、真に危機なのは「日本人の精神」、これこそがまさに危機なのでは?と思えてなりません。

訳が解からない国々が日本の周りに控えています、よってもちろん防衛意識、防衛対策は必至です。
そして今一つ重要なのは日本はすでに情報戦争の真っ只中にいるということです。

反日マスコミの情報操作により気がついたらいつの間にか日本が、、、、(すでにそうなっています)という事にならない為にも我々が勉強し、日本人の精神を取り戻す必要があります。

日本人の精神を取り戻し、兼ねて軍事力も備えた時、この両輪の輪を持って初めてどんな外圧にも、そして日本に巣食う反日勢力などにも打ち勝つ事が出来る、そう信じています。

何百年前のコンゴ、時代は違え、国は違え、今まさに起ころうとしているのが今の日本です。
こうして歴史が教えてくれています。
その歴史を生かさなければなりません。

まさに日本の未来は我々日本人の精神(心)にかかっている、そう思います。

2013/05/06(月) 15:47 | URL | 桜子 #PyZMa2bE[ 編集]
いつも拝見させて頂いております。今日も、とても役に立つお話ありがとうございます。どなたかも書いていらっしゃいますが、私の周りでも、まだまだ韓流ドラマやK-Pなどに浮かれている人が、沢山います。どうしたら、このような人たちに理解して貰えるのでしょうか?
2013/05/06(月) 11:16 | URL | 一市民 #-[ 編集]
ねずさん
今日も、わかりやすいお話で
コンゴの悲劇を教えて下さってありがとうございました。
小学生から大人まで、学べる貴重なブログですね^_−☆

いろんな問題は、いつの時代もあったろうし、
その度日本人は、ユーモアと笑顔の豪胆さで乗り越えてきた、ということをねずブロで学びました。

大きく右に舵を回している安倍総理を信じて、支えていける皇民の一人でありたいと思います。

今日も、ありがとうございました!
2013/05/06(月) 10:03 | URL | ラベンダー #-[ 編集]
No title
毎日、大変有益なお話ありがとうございます。コンゴの歴史は知りませんでした。日本とほぼ同時期の事件ですので、大変参考になります。
2013/05/06(月) 08:53 | URL | #-[ 編集]
他人事ではありません
マレーシアでは人口の4分の1にまで膨れ上がった華僑系住民が先住のマレー系住民から政権を奪おうと動き出しています。
日本でも帰化、渡航、留学を優遇し、簡易にすることで有象無象の特ア人が大量に入り込み、しかも日本人になりすますことが可能なため、強姦、振込め詐欺、車窃盗、違法政治献金などあらゆる犯罪を繰り返し、在来の日本人に被害をもたらしています。
この調子で移民が増え続け、道州制が導入されたら、コンゴの二の舞になるのこともあり得ない話ではありません。
これに対して特に対策も打たず、安部総理は長島・松井への国民栄誉賞授与イベント、EXILEライブ会場、ニコニコ動画イベントでの戦車搭乗等、無党派層へのパフォーマンスで参院選の票集めにだけは真剣です。
国防に関してもアメリカ頼りで、ご機嫌取りに経済的植民地になることが必定のTPPへ参加表明し、国の衰亡に拍車を懸けている。
96条を変えなくても、自民党が正しい主張をすれば2/3以上の得票で9条は改正できます。
そんな自信がないから変えやすくするために96条を改正し、憲法を変えやすくしてから9条を!
なんて弱腰では、96条を変えたところで、9条改正も国防ではなくアメリカの手先になって必要のない戦争に首を突っ込むのが関の山でしょう。
参院選までに通名制度、TPP、特ア留学生優遇、中国の水源地買収等、日本に害をなす動きに何ら手を打てないようであれば、自民党が主催する日本は、たとえ参院選で勝てたとしても今後もダメなままでしょう!
2013/05/06(月) 07:34 | URL | クボタ #-[ 編集]
No title
世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略VOL189
より

 こういった世界的な背景で日本の南進を決定付けた「ゾルゲ事件」を理解すべきだ。ここまで読んでこられた賢明な読者は、お気づきになられたであろう。そう、新春特別号その1、その2で述べたような17世紀のキリスト教布教と20世紀の共産主義の拡散とは、同じように、国際金融資本が、当該国を精神面で支配するために使ったツールなのだということを。

 そう考えると、国際金融資本の意図を正確に見抜き、キリシタンをご禁制にした17世紀の指導者と、共産主義者に国家の中枢を乗っ取られた20世紀の指導者と、どちらが優秀であったか、議論の余地は無い。
以上

日本人は支那朝鮮と違い、努力を美徳とするので努力するという姿勢に関しては心配ないとおもいます。
この日ごろのコツコツとした努力を「累積戦略」といい、日本人はそれが得意です。
しかし、大きな目標をたてて計画的に事を進める「順次戦略」は日本人は不得意です。
前大戦も順次戦略というものが全く無いため敗北しました。
問題はまだ覚醒していない人が数多く存在するということです。
覚醒させるには、我々がネットで正しい情報を拡散するしかありません。
これも累積戦略です。
鮮人追放を達成するためには累積戦略だけでは不十分です。
それに向けた順次戦略を構築する必要があると思います。
2013/05/06(月) 07:26 | URL | Belinger #5u6Z9rvo[ 編集]
連休最後の日に素晴らしいお話しをありがとうございました。
この期に及んで9条だ、韓流だ、とまだ言っている方はどうかしてると思います。しかし私の職場の女性たちは、皆人間的には本当にいい方ばかりなのですが、まだ韓流ドラマの話で盛り上がっています。私が韓国中国嫌いなことを知っているので、私が居るところでは話しませんが。
今の日本人は幕末より情報弱者ではないかと暗たんたる気持ちです。
2013/05/06(月) 07:10 | URL | 下水油 #-[ 編集]
No title
貴重はお話ありがとうございました、我が国内の裏切り者が誰か?売国マスゴミを含めしっかり見極め、力有る正義を推し進めてゆきましよう、それにしてもシナ、南北朝鮮という凶暴国家がその正体を如実に現しているというのにいまだにノーテンキに友好をのたまう輩どもがいるのにはあきれます、ノーテンキを装いながら「よらば斬るぞ!」のスタンスで私はいやでも再雇用先の仕事場で顔を会わせるシナ人留学生らと接してますが・・
2013/05/06(月) 06:34 | URL | 団塊の世代の後輩 #-[ 編集]
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

謝絶せよ・・・

☆福沢諭吉!『脱亜論』明治18年(1885年) その傲慢な人種差別思想を正当化するため に捏造歴史に血道を上げるのが支那と韓国 である。 たとえば国際的な紛争の場面でも「悪いのは
ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
最新刊
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』

AdSense
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
最新記事
最新コメント
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

リンク
このブログをリンクに追加する
リンク2
AdSense
カテゴリ
月別アーカイブ
AdSense
解析
スポンサードリンク
ねずさん(小名木善行)著書
↓最新刊↓


↓好評発売中↓






ねずさんメルマガ
ご購読は↓コチラ↓から
ねずブロメルマガ
ご寄付について
ねずブロはみなさまのご支援で成り立っています。よろしかったらカンパにご協力ください。
【ゆうちょ銀行】
記号番号 00220-4-83820
【他金融機関から】
銀行名 ゆうちょ銀行
支店名 〇二九(店番029)
種目  当座預金
口座番号 0083820
口座名義 小名木善行
【問い合わせ先】
お問い合わせはメールでお願いします。
nezu3344@gmail.com

講演のご依頼について
最低3週間程度の余裕をもって、以下のアドレスからメールでお申し込みください。
テーマは、ご自由に設定いただいて結構です。
講演時間は90分が基準ですが、会場のご都合に合わせます。
E-mail nezu3344@gmail.com

講演テーマ
<ご参考>
古事記に学ぶ経営学
古事記に学ぶ日本の心
百人一首に学ぶ日本の心
女流歌人の素晴らしさ
日本人の誇り
その他ご相談に応じます。
検索フォーム
AdSense
関連サイト
祝日には国旗掲揚を!
御国旗セット
¥2,190

大型御国旗セット
[ステンレス製3mポール付き]
¥4,800

御国旗伸縮ポールセット【大サイズ】
¥3,000

御国旗セット L
[ マンション設置用 Lタイプ テトロン 国旗 ]

台灣民政府
台湾民政府
サンフランシスコ講和条約で、日本は台湾に関して処分権は連合国に提供しましたが、領土の割譲は行っていません。条約以降、連合国も日本も台湾の処分先を決めていません。つまり台湾はいまも日本であり、台湾にいる1500万人の戦前からいる台湾人は、日本国籍を有する日本人です。私は台湾民政府を支持します。
お薦め書籍1

日中戦争-戦争を望んだ中国 望まなかった日本


江戸の自治制


幻の黄金時代


ドキュメント自衛隊と東日本大震災

AdSense
コメントをくださる皆様へ
基本的にご意見は尊重し、削除も最低限にとどめますが、コメントは互いに尊敬と互譲の心をもってお願いします。汚い言葉遣いや他の人を揶揄するようなコメント、並びに他人への誹謗中傷にあたるコメントは、削除しますのであしからず。
最新トラックバック
AdSense
コメントをくださる皆様へのお願い
いつもたくさんのコメントをいただき、ありがとうございます。
ほんとうに皆様のコメントが、とっても嬉しく、かつありがたく拝読させていただいています。

議論というものは、すくなくともこのブログのコメント欄が、国政や地方自治、あるいは組織内の意思決定の場でなく、自由な意見交換の場であるという趣旨からすると、互いに互譲の精神を持ち、相手を尊敬する姿勢、ならびに互いに学びあうという姿勢が肝要であると存じます。

私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

ましてや、自分で質問を発したものについて、それぞれお忙しい皆様が、時間を割いて丁寧にご回答くださった者に対し、見下したような論調で応対するならば、それは他のコメントされる皆様、あるいは、それをお読みになる皆様にとって、非常に不愉快極まりないものとなります。

従いまして、謙譲・互譲・感謝、そして学ぶという姿勢のない連続投稿、粘着投稿に類する投稿をされた方については、以後のコメント書き込みを、管理人である私の判断で投稿の禁止措置をとらせていただきますので、あしからずご了承ください。
エディタ・コミュニティ
edita.jp【エディタ】
amazon
通州事件の真実
通州事件を実際に体験された女性の手記です。
クリックするとテキストファイルが開きます。
https://docs.google.com/file/d/0B9Dh1-gISO9CZERHN2oxempSeEk/edit
パチンコをはたき出せ!
パチンコ撲滅
パチンコ市場は21兆円
そのお金を消費に向ければ莫大な経済効果が生まれる!

 ↓関連記事↓
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1197.html
やまと新聞を守れ!

やまと新聞は、戦後GHQの圧力に屈することなく、日本のジャーナリズムの正義を貫いた唯一の新聞です。
みんなの力でやまと新聞を応援しよう!!
やまと新聞社の公式HPは
 ↓コチラ↓
http://www.yamatopress.com/ 購読料は月500円です。
下の窓の中味をコピペすると、上のバナーをご自分のHPに貼ることができます。
やまと新聞の紹介記事はココをクリック
殲滅支那大連盟
殲滅支那大連盟

■満州国臨時政府■
 ↓ ↓ ↓
http://www.manchukuo.net/
ねずブロの拡散・転載について
当ブログの日本の心を伝えるための適法かつ前向きな拡散はおおいに歓迎です。 ただし適法な引用でないと、著作権侵害で処罰されることがありますのでご注意ください。
RSSリンクの表示
FC2ブックマーク

PING送信プラス by SEO対策

QRコード
QRコード
スポンサードリンク