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敷島の大和心を人問わ(は)ば 朝日ににおう (ふ) 山桜花(本居宣長)。日本は天皇を国家最高権威とし、民を「おほみたから」とする「シラス国」です。


日本人と堤防

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早朝の利根川2-1


冒頭の写真は、早朝の利根川の風景です。
場所は江戸川と利根川が分岐するところから、すこし下流に行ったところです。

昔は利根川は、関東をそれこそ暴れ回っていました。
それを江戸城開闢のときに、東京湾に注いでいた利根川を房総半島の北側の銚子へ逃がし、江戸市中には水を引くために利根川から分岐した新たな人造川として、江戸川を築いています。

写真に写っているのは、その利根川の堤防ですが、まだダンプカーも建設重機もなかった時代に、これだけ雄大ともいえる河川土木工事をやってしまった日本人、人力でそれを行ってしまった祖先達というのは、実に「すごい」と思います。


この利根川と江戸川の工事は、江戸時代に三代かけて工事が行われて、ようやく完成したものです。
埼玉県北足立郡伊奈町に、小室(こむろ)というところがあるのですが、かつてはここが小室藩で、伊奈一族が治めていました。

江戸開闢当時の藩主が伊奈忠次(いなただつぐ)で、当時、渡良瀬から、利根川とは別に江戸湾に流れる太日川(ふといがわ)という川があり、この川を利根川と接続することで、暴れ者の利根川の水を治めようとしたのです。
けれど、そういうことは、ひとつの藩が単独でできることではありません。

そこへちょうど徳川家康が江戸城を開くということになったことから、江戸を洪水から守ること、そしてまた関東一円の治水事業として、利根川と太曰川を接続し、新たな堤防工事を行うことなどを家康に進言、認められて工事に至ったわけです。

こうして現在の川の流れになるまでに、伊那氏三代、そして堤防が洪水に耐えれるものになるまでに、さらに数代が必要だったのです。
人の一代というのは、およそ25年といわれています。
利根川と江戸川が、現在の姿になるのには、およそ8代200年の歳月がかかっています。
それを、江戸時代に、幕府や各藩藩主、武家、地域の人々が一体となって、実現し実行してしまったわけです。

利根川は、銚子方面に流されることによって、江戸中期には、千葉県の印旛沼の大干拓が行われました。
これにより、印旛の沼地が広大な農地となり、江戸庶民のお腹を満たす一大穀倉地帯となりました。
食料というものは、作っても運べなければ意味がありません。
印旛沼のお米は、船に載せられ、近くを流れる利根川まで運河で運ばれ、その利根川をさかのぼって江戸川に至り、そこから江戸川を下って江戸に運ばれたのです。

そしておいしいお米が安くたくさん、安定して得られるようになると、今度は、お米をもっと美味しく食べようと、銚子や野田に醤油屋さんが誕生しました。
銚子のヒゲタ醤油、野田のキッコーマン醤油などの創業です。

さらに、おいしいお米に醤油とくれば、酢飯に新鮮な魚を乗せた江戸前寿司
美味いシャリに、ワサビを効かせた新鮮なネタをちょいと乗せ、醤油をちょっとつけて口に放り込む。
寿司に、おいしい酢は欠かせませんが、この酢を開発したのが、文化文政年間の中野又左衛門。ミツカンの創業者です。
中野又左衛門が、酢をご飯にまぜたら寿司飯が簡単にできるよと説いてまわり、この話に乗って江戸前寿司を開発したのが、同じ時代に生きた、華屋与兵衛。

河川の護岸堤防工事が、沼の干拓、新田の開発、江戸の人口増加へとつながり、そこから酢や醤油が開発されて、寿司という文化が生まれる。
その寿司は、いまや、世界の「SUSHI」に育っています。

ひとつの河川工事が、洪水から地域を守るだけでなく、食の生産量の増大と安定的供給、そして関連商品の開発、さらに付加価値的商品の開発にまで結びつく。
治水事業は、ただただ治水だけにとどまるものではないということです。

河川をめぐる治水工事というのは、江戸時代、各藩の大名達の大きな仕事のひとつでした。
たとえば芸州広島藩では、広島という町自体が、太田川の氾濫によって生まれた三角州の上にある町で、昔は、大雨が降ればそのたびに洪水が起きて、何もかもが流される、そういう土地だったわけです。
それを福島家、浅野家の代々の藩主達が、広大な堤防を築き、洪水の心配のない町づくりをしてくれました。
おかげで江戸中期以降、広島には大規模な洪水がほとんど起こっていません。

全国どこでもそうですが、こうしたいまでは一級河川と呼ばれる大きな川に築かれた広大な堤防事業。
それを計画し、予算を組んで実行し、そこにおおくの人が働く。
私たちは、わたしたちのご祖先の努力のおかげで、いま、洪水の心配のない暮らしの安全と安心を手に入れています。
そして産業を発達させ、みんなの生活を向上させることができている。

支那にある万里の長城といえば、世界遺産としても有名です。
宇宙にある人工衛星からも見えると言われています。
総延長距離は約2万1千キロメートルですが、もっとも、よく万里の長城として紹介される建物建築としての長城は、6,259kmです。

これもたしかに偉大な建造物です。けれど日本の堤防だって負けてはいません。
日本は、一級河川だけで、河川の数が1万3,989本、その河川に築かれた堤防の総延長距離は約8万8千キロです。
日本の堤防は、なんと万里の長城の4倍、現存している長城の人口壁の14倍の巨大土木工事なのです。
しかもそれが民生用に、しかも奴隷的支配と隷属ではなく、みんなの意思と努力によって、行われているのです。
これはすごいことです。

一昨日、ご紹介したサウジアラビアの『ハワーテル・改善』という番組のリポーターのアハマド・アルシュケイリ氏は、日本を見て「すごぉい!」を連発していましたが、江戸期の治水事業によって築かれた広大な堤防を目にするたびに、私はまさに「すごぉい!」と思います。

けれど、こうして江戸時代に開発された全国の堤防も、いまだ、決壊することがあります。
ごくまれに、それこそ何百年に一度の大洪水が起きたときの対応には不十分なのです。
とりわけ近年では、「ごくまれに」と書きましたが、その「ごくまれに」が、「まれ」ではなくなってきています。
ゲリラ豪雨、爆弾低気圧などの集中豪雨です。

自動車のワイパーは、1時間の降雨量が50mmまでを想定して規格されています。
それを超える雨量になると、ワイバーを全開にしても、ドライバーは前が見えません。

ところが2006年に高知県室戸岬降った豪雨は1時間に149mmです。
1999年に千葉県香取市に降った雨は1時間に153mmです。
自動車のワイパーの規格の3倍もの雨が、いまや全国あちこちに降るようになってきているのです。

こうなると、一級河川等の堤防が、現在の様子で果たして安全と言えるかが問題となります。
そこで国が行っているのが「高規格堤防事業」の推進で、この建設には約400年の膨大な時間と12兆円を超える費用が必要とされという、壮大な計画です。

麻生内閣が倒れ、民主党内閣が誕生した4年前の選挙のとき、麻生太郎さんが街頭演説でしきりに強調されていたのが、このゲリラ豪雨被害の甚大さと、これに対する対策の強化でした。
まさに防災、減災のための具体的政策、そしてその政策は、そのまま国内の産業を活性化させ景気拡幅の起爆剤にもなる。

ところが麻生内閣は敗れ、民主党政権が誕生し、高度堤防工事事業計画は、2010年10月28日に、蓮舫女史の事業仕分けで、マスコミの大絶賛のもと、いとも簡単に廃止とされてしまいました。

ようやく保守政権にもどり、この堤防事業も、ふたたび俎上にのぼるようになったのですが、わからないのは、原発に対しては、何百年、何千年先を見据えた人々の安全な暮らしとエネルギーの安定的供給を主張する人たちが、こと治水事業に関しては、まったく何も語ろうとしないし、それどころか国の予算の無駄遣いだと否定するという点です。

この背景にあるのは、「いまさえよければいい」という戦後利権屋の思想と、自然と共生しみんなが良くなることを優先しようという日本古来の思想の対立のようにも思えます。

けれど私たちの祖先は、そういう目先の利益や損得だけに汲々とする人のことを、守銭奴といって軽蔑してきました。
そして長い目で見て、本当にひつようなことのために、たとえそれが自分ひとりの世代では実現できないようなことであっても、何代もかけて、これを実現してきたし、その証拠が、私たちの目の前に「巨大な堤防」という姿で、明確に見せてもくれています。

お子様などをお連れのときに、大きな川に架かる橋を通る機会があったら、そこから見える巨大な堤防、あれが江戸時代に「人力で作られたものなんだぜ」と、話してあげてほしい、と思います。
人間ひとりの力で、一度に運べる土砂の量なんて知れてます。
けれど、みんなで力を合わせ、何ヶ月も何年も、何十年も、何百年もかけてそれをやり続けて、あの巨大な堤防ができた。
そのおかげで、私たちの暮らしが守られている。

私たち日本人は、日本人の原点に帰って、もういちど日本を、未来を考えてみる必要があるといえるのではないでしょうか。


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コメント
堤防繋がりです
いつも拝読させていただいております。
ためになる記事を書いて頂き、ありがとうございます。

堤防の話で思い出した事があるので、初めてコメントさせて頂きます。



私は岐阜県岐阜市の出身です。
長良川の恵み豊かな地域で、小学校のときに鵜飼いや治水の歴史について学んだのですが、より深く知り胸を打たれた話があります。

それは、木曽三川公園から伸びる千本松原(油島締切堤)、宝暦治水の話です。

長良川は岐阜市を通り、伊勢湾に流れ込む一級河川です。

現在は岐阜城のある金華山の麓を穏やかに流れ、千年以上の歴史のある鵜飼いがあることで有名です。
その長良川の河口は、木曽三川と呼ばれており、木曽川、揖斐川、長良川が合流して、江戸時代、宝暦治水が行われるより昔は一大デルタ地帯となっていました。



ここは、川下は三川とも天井川になっていて、周囲の平地より川面の方が高い所にあるという特殊な地形で、一度洪水がおきれば大変な被害が出る所でした。

集落は輪中(わじゅう)と呼ばれる土手で囲んだ中にあり、民家の玄関は地面より2mくらい高くして作っています。
蔵は土台を更に高くして作ってあります。
そして、民家の玄関の天井や蔵には避難用の小舟が梁に掛け渡してある。



つまり、台風や豪雨があれば洪水で土手が切れる前提で生活が営まれていて、いざ土手が決壊したなら天井の高さまで濁流が押し寄せてくるということなんです。
想像できますでしょうか。

増水が始まったら皆で土手に出て、村総出で必死で土嚢を積みます。
女子供は蔵か屋根で様子を見て、もう保たなくなったら、玄関の屋根を破るか、蔵から舟で逃げるということです。

大切な財産と最低限の家財道具以外は濁流に呑まれてしまう。
水が引いて命があれば、また生活基盤を復旧し、暮らす。
この繰り返しで、増水の度に生活基盤が一切合財なくなってしまう、それが輪中の暮らしでした。


輪中は一つのコミュニティーとして成立していますから、それ一つは村として機能します。
もちろん、物流があり、生活があり、人の行き来があります。

洪水になると、みな必死で土嚢を積みます。
そうして、持ちこたえられなかったところ、どこか他の輪中の土手が決壊してザァッと水が引くんですね。

でも、単純に喜べません。
その決壊したよその輪中には、嫁に行った姉さんだとか、自分の恋人だとか、仕事に行ってる息子だとかがいるのです。



下流の川底が高く、複雑に合流と分流を繰り返す木曽三川。

将軍家のお膝元の尾張藩は上流で木曽川の大規模な治水事業を終えていたこともあり、この地の水害を根本的に解決するには、小領の利害を超えて三川を分割する、一体的な治水事業が必要でした。



宝暦3年の大洪水で甚大な被害を出したあと、紆余曲折あり、同年、幕府は治水事業に実績のある薩摩藩に白羽の矢を立てて、お手伝い普請という名目で正式に工事を命じました。

当時幕閣は、有力藩弱体化政策をとっており、関ヶ原で西軍についた外様大名の薩摩藩に多大な出費を課し、あわよくば破産に追い込む目的が大きかったのです。

すでに財政の逼迫していた薩摩藩は、巨額の費用のかかるこの普請の嫌がらせに、「徳川何するものぞ」、「一戦交えるべき」との意見も出ましたが、老中の平田靱負は皆を説得し、それを抑えました。

彼は、「縁もゆかりもなく、遠い美濃の人々を水害の苦しみから救済する義務はないかもしれないが、美濃も薩摩も同じ日本である。
幕府の無理難題と思えば腹が立つが、同胞の難儀を救うのは人間の本分である。
耐え難きを耐えて、この難工事を成し遂げるなら、御家安泰の基になるばかりでなく、薩摩武士の名誉を高めて、その名を末永く後世に残すことができるのではないか」

「幕府と戦になれば、薩摩の地は戦場になる。そうなれば、罪のないわが領地の百姓達が沢山死ぬ。治水工事を請ければ、美濃の百姓達は死なずに安泰に暮らせて、仁義の道にも添うことになり、ひいてはお家繁栄に繋がるのだ。」と、皆を説得したのです。

藩主も平田の意見に賛同し、藩士も説き伏せて藩内の強硬派の矛を収めさせた薩摩藩は、工事を引き受けました。

工事にあたっては、幕府からは「内容は現場で指示する。工費は14万両程度を工面するように」とだけ言われ、詳細は何もわからないまま、命令だけが下りてきました。


1両を2万円と換算しても、およそ28億円の支出になる計算です。

当時すでに66万両の借り入れがあり赤字で経営していた藩では、「いかにして工費をつくる」が一番の問題でした。

藩では、藩債や献納金を募集し、小額な金までも集められる物はすべて集め、その上、美濃へ向かう途中の大阪に老中の平田が残り、砂糖を担保に7万両もの借金をして資金を作りました。

この外にも、藩費節約令を出し、工事の終わり頃には人頭税7倍、牛馬税3倍、船税50倍となり、藩士の給与は大幅に引き下げられたのです。

薩摩の人々が、相当な困難に耐えたのは想像に難くありません。




工事に携わった薩摩藩士は総勢947名。

彼らは、幕府から派遣されてきた役人のあからさまな工事妨害工作や、草履や蓑などの必需品の販売規制、さらに重労働にも関わらず「酒や魚は不要、馳走がましいものを出すな」との命令で、一汁一菜の食事の規制をされるなど、これでもかと圧力をかけられながら辛い仕事にあたりました。
(要するに、暴発を誘導し、不祥事を理由にお家取り潰しのきっかけが作れればしめたものということです。)

工事期間中には、抗議の割腹自殺をした者は記録で拾えるだけで61名に上りました。

しかし、現地責任者であった老中の平田は、抗議の割腹自殺となるとお家取り潰しになりかねないため、自害である旨は届け出ず、「病死とせよ」と指示します。
皆、はるばる美濃まで、1200Kmの道のりを旅した仲間達です。
兄弟家族の顔も知っている部下の藩士達が、次々と命を絶つ現場で、老中という職にあり、どんな苦悩だったか、想像に難くありません。



しかし、苦労を重ね重労働にあたる薩摩義士達は、更なる悲劇に見まわれます。
8月には、炎天下の重労働と乏しい食事のため体力が落ちている所に赤痢が流行し、157名が倒れ32名が亡くなりました。

そこに若き藩主、島津重年は参勤交代の途中に現地を訪れ、藩士たちの労をねぎらいました。
そのとき平田靱負は君臣に着工以来の難工事の様子や幕府役人のいやがらせ、疫病の発生、工事の費用の件などを説明しました。
君臣をはじめ家老らもことの事実におどろき涙されたといいます。
そして藩士たちは、この藩主の訪問で元気を取り戻し、難工事に再び取り組むのでした。




私が大人になってから知ったのは、ここからなのですが・・・

この工事期間中に、薩摩にいた26才の若き藩主、島津重年は、藩士達の美濃での苦境を伝え聞き、
「自分の藩士達が必死になって遠く美濃の地で命がけで働いているのに、自分は安穏と郷里で仕事をしている。
心だけでも彼らと共にありたい。財政も逼迫しているのに、自分だけ殿様の食事などできぬ」
といって、彼らが帰ってくるまで、彼らと同じ一汁一菜の食事を取り続けていたというのです。

こんな主筋の家の当主だから、平田のような老中がいるし、藩士達も命をかけられたのだと思います。


最終的に、多くの犠牲を出して、宝暦治水事業は、宝暦4年(1754年)2月27日に鍬入れ式、着工から僅か15ヶ月後の宝暦5年(1755年)5月22日に完了しています。


工事概要は、

木曽川/木曽郡針盛山を源が発し川長227 km
長良川/高鷲村大日岳を源が発し川長 166km
揖斐川/徳山村冠山を源が発し川長121km 。

この三川の安八郡墨俣付近~桑名市・愛知県弥富町まで堤防総延長120kmの、堤防修復や堤防を新築するという前代未聞の工事を成し遂げたのでした。



総工費は藩をあげて集めた12万両、大阪での借財22万両等を合わせ40万両にもなりました。
現在の金額に換算すると、推定300億円以上になります。
それに対し、幕府の支出は1万両にも足らずと伝えられています。

自分たちの地元に一切の利益はでないこの治水事業に、どれほどの労力を持って取り組んだのか・・・。


工事が完成したとき、役人が最終チェックの検分に来て
「日の本にこれほどまでの難工事成し遂げたものはない」と激賛したのでした。
妨害工作を命じ、藩を崩壊させようとした幕府側の人間をもってして、史上最高といわしめたのです。


工事が終了した報告を薩摩に届けた老中の平田は、翌日、藩の財政を圧迫する巨額の借金を作ったことと、多くの犠牲者を出した責任を取って切腹しました。

辞世の句は
「住み馴れし里も今更名残にて、立ちぞ わずらう美濃の大牧」
というもので、養老町・大牧の工事役館で東の日の出を拝み、西に向き割腹して果てたと伝わります。



苦境に耐えて、たったの15ヶ月で、日本治水史上最大の難工事を成し遂げた彼らは、一体どんな思いであったのでしょうか。
藩や幕府の利害を超えて、広く日本の同朋の苦境を救わんがために力を尽くした老中・平田靱負。
それにつき従い、腰の刀を鍬に持ち替えて難工事を成し遂げた薩摩義士たち。



この工事は、結果的には、河川の分離は完全には終わらず、一時は洪水が増えたりもしましたが、その功績は偉大で、後世明治の河川分離の工事の礎となり、後の治水工事を完了させることができたのも、この宝暦治水の薩摩藩士の命を削った献身のおかげでした。


後に、この地には、切腹をして果てた老中・平田靱負を主祭神としてまつる「治水神社」が建立されました。
そして岐阜県の海津の堤防には、このとき幕府が薩摩から取り寄せて薩摩義士達が植えた日向松の並木、「千本松原」があります。

この松並木は土手の強化・防風林の役目を果たすとともに工事完成の記念として植えられたもので、今では樹齢200年を超える立派な松並木になっています。


ちなみに、薩摩が背負っていた借金271万両は、幕府を一切あてにすることなく、砂糖と陶器、泡盛の製造・輸出によって20余年をかけ返済されました。



とっても長くなってしまいましたが、堤防繋がりでご存じでない方にも是非知っていただきたく投稿させていただきます。

長々と、乱文・乱筆失礼いたしました。
参考になりましたら幸いでございます。
2013/05/16(木) 23:41 | URL | 匿名希望 #aYDccP8M[ 編集]
こんにちは
カスリーン公園は行きました。
実家の父が大利根で米と野菜を作っているので。

いつも素晴らしいブログありがとうございます!
これからも応援しています。
2013/05/14(火) 10:12 | URL | 夕 #JVJzuBgk[ 編集]
新型インフルエンザ対策 混乱回避へ行動計画案
新型インフルエンザ対策 混乱回避へ行動計画案
http://sankei.jp.msn.com/life/news/130509/bdy13050907510001-n2.htm

ワクチン接種で発病率を2%~3%減らせるとの事。  支那が鶏インフルのウイルスをばら撒き数匹のニワトリ
を殺せば、日本政府がすべての日本人に強制的に子供の出来なくなる断種ワクチを接種する。
このような狂った政策は創価学会公明党の日本民族を絶滅させる政策の一環である。
又、マイナンバー方案には、安倍氏自身が中川昭一氏と共に反対していた人権擁護法案の3条委員会の設立
を組み込んだ公明党のマイナンバー法案を作ったりした、このような政策に同調する自民党安倍内閣は国民を
愚弄している。 創価学会公明党は憲法改定に反対して、靖国参拝に
反対、TPP参加に賛成(これも日本の
国体を破壊する行為)している日本人社会の破壊者集団である。 前回の総選挙で過半数を54議席も超える
議席を託された自民党の国会議員は安倍総裁を説得して多くの有権者が嫌っている創価学会公明党と一日
でも早く決別するべきである。 反日売国の創価学会公明党と一緒では参議院の2/3議席を獲得しても無
意味である。 参議院選挙前に決別宣言をすれば公明党を嫌って離れて行った愛国系有権者が大勢戻って来る。

【新型ウイルスの掲示板】
http://www.aixin.jp/axbbs/snt/snt2.cgi
【新型ウイルスタイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。
2013/05/13(月) 22:52 | URL | 愛信 #EBUSheBA[ 編集]
No title
大規模な堤防への感慨、ごもっともです、しかしながら私の住む地域は四半世紀に一度のペースで洪水被害にあうところです、地域の用水が大雨が降った場合、堤防からあふれ出すのです、その原因は分かっています。農家が水田を手放し宅地化が進み従来からある大雨が降った場合、水田が保水能力を発揮し洪水を未然に防いでいた“自然との調和”が発揮出来なくなったためです。よって“この地域は水害があるところ”とあきらめ、家の建て替えの際は従来より1m高くするのが常識となっています。私の亡き伯父の住んでいた大阪市港区ももっと頻繁に洪水にみまわれる地域でしたが、地下に大規模な雨水用プールを行政側が建設してくれたことで安心して住める街となりました。いずれにせよ税金とはこうしたことに活かしていただきたいものです。・以上、治水は堤防だけでは完結しないというのが私の感想です。
2013/05/13(月) 14:37 | URL | 団塊の世代の後輩 #-[ 編集]
No title
民主党の大反省会がありました。
出演したのは、党代表ではなく、おそらく自分には反省することが少ないと思っている連中です。

菅元首相は、東日本大震災の日の予算委員会において、6300万円の不自然な支出を追求されていました。その後、そのことには触れていないと思いますが、どうなったのでしょう。

枝野元幹事長は、合計7回だそうですが、直ちに健康への影響はない」という表現を使いました。これは、国民に安心感を与えるような目的を持っていたと考えますが、何の責任もとらないとの立場の発言でしか無かったと思います。
責任を持つ気がないなら、政府の閣僚になるな。

長妻元厚生労働大臣は、野党の時は舌鋒鋭く桝添氏を攻めていましたが、当人が大臣になったのに、5000万人の不明者問題を解決できませんでした。
彼は、桝添氏を責めていたから、その原因も分かっていたはずですが・・・・

自分が解決できなかったことの内、正当な理由の無いことには黙っておき、自分では正当だったと言えることだけを説明した反省会だったのでしょう。
これに出てこなかった方は、なぜ出なかったのでしょう。
2013/05/13(月) 12:19 | URL | #-[ 編集]
世のため人のためは自分のためでもある
先日の「世界が驚いたスゴイ日本」でも書きましたが世のため
人のためという視点は、日本の古き良き伝統文化では無いかと
思います。そこには武士道精神があるようにも思えます。

それにしても江戸時代から延々と築かれてきた治水事業、その
実施については施政者の判断と決断、作業員に対する管理及び
土木技術など当時から日本は優れていたことは明白です。

そのような基盤があったればこそ朝鮮や満州、そして台湾など
のインフラ整備に大きな貢献をしたのだと思います。
日本はやっぱり、本当に「スゴイ国」ですね。
このようなことを小学校の低学年からの教育で教えるべきで、
同時に「世のため人のためは我がためでもある」ということ
も教えていけば日本は復活すると思うのです。


2013/05/13(月) 09:04 | URL | terag3 #KVPRtAI6[ 編集]
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日本人と堤防

ねずさんの ひとりごと 日本人と堤防
ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
最新刊
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』

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台灣民政府
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サンフランシスコ講和条約で、日本は台湾に関して処分権は連合国に提供しましたが、領土の割譲は行っていません。条約以降、連合国も日本も台湾の処分先を決めていません。つまり台湾はいまも日本であり、台湾にいる1500万人の戦前からいる台湾人は、日本国籍を有する日本人です。私は台湾民政府を支持します。
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コメントをくださる皆様へ
基本的にご意見は尊重し、削除も最低限にとどめますが、コメントは互いに尊敬と互譲の心をもってお願いします。汚い言葉遣いや他の人を揶揄するようなコメント、並びに他人への誹謗中傷にあたるコメントは、削除しますのであしからず。
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コメントをくださる皆様へのお願い
いつもたくさんのコメントをいただき、ありがとうございます。
ほんとうに皆様のコメントが、とっても嬉しく、かつありがたく拝読させていただいています。

議論というものは、すくなくともこのブログのコメント欄が、国政や地方自治、あるいは組織内の意思決定の場でなく、自由な意見交換の場であるという趣旨からすると、互いに互譲の精神を持ち、相手を尊敬する姿勢、ならびに互いに学びあうという姿勢が肝要であると存じます。

私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

ましてや、自分で質問を発したものについて、それぞれお忙しい皆様が、時間を割いて丁寧にご回答くださった者に対し、見下したような論調で応対するならば、それは他のコメントされる皆様、あるいは、それをお読みになる皆様にとって、非常に不愉快極まりないものとなります。

従いまして、謙譲・互譲・感謝、そして学ぶという姿勢のない連続投稿、粘着投稿に類する投稿をされた方については、以後のコメント書き込みを、管理人である私の判断で投稿の禁止措置をとらせていただきますので、あしからずご了承ください。
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