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敷島の大和心を人問わ(は)ば 朝日ににおう (ふ) 山桜花(本居宣長)。日本は天皇を国家最高権威とし、民を「おほみたから」とする「シラス国」です。


義烈空挺隊

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米軍読谷飛行場に突入した義烈空挺隊の乗った陸軍97式重爆撃機
義烈空挺隊03


一日遅れになってしまいましたが、5月24日は尼港事件があった日であるとともに、帝国陸軍の奥山道郎大尉以下の義烈空挺隊の勇士が、沖縄北と中飛行場を強襲し、散華された日です。

昨今の沖縄では、戦時中の沖縄戦において、本土は沖縄を見捨てたのだとか、あまりにも理不尽なデタラメのプロパガンタが横行していると聞きます。
ならば、戦艦大和はどこに向かおうとして沈んだのか。
特攻隊はどこを守ろうとして、敵艦ひしめく海に散ったのか。

今回の韓国からわざわざやってきた元慰安婦などもそうですが、こういうデタラメというのは、発言の端から次々に馬脚が出てきます。
嘘はほころびるのです。あたりまえのことです。


奥山道郎義烈空挺隊大尉
奥山道郎陸軍大尉


今日ご紹介する義烈空挺隊については、末尾に動画でご紹介しますが、奥山道郎隊長の声も、いまに残っています。
けっして男前というわけではありません。
どちらかというとぽっちゃりとしたお顔に、丸めがねをかけ、顔が大きくて肩幅が狭い。

けれどお写真を見ると、ぎゅっと真一文字に結んだ口元、大きなあご、そして小さな目と、その全身から浮かぶ、まるでほとばしるような熱い命の炎を感じ取れようかと思います。
しっかりとした信念を持った若者が、沖縄を守るために、仲間たちとともに、こうして見事に散華されたのです。

沖縄戦は、昭和20年3月26日から6月23日まで、約3ヶ月続いた戦いでした。

下の写真を見て下さい。
砲撃で蜂の巣のようになった沖縄
砲撃で蜂の巣のようになった沖縄-1


写真にみえる水たまりのようなものは、すべて砲弾の着弾跡です。
写真の上の方の林も、丸焼けになっています。

米軍が戦艦から沖縄本土めがけて撃ち込んだ艦砲射撃の砲弾は、ただの爆弾ではありません。
火薬の中に無数の鉄片が仕込んでありました。
このため爆弾の炸裂や爆風による被害だけでなく、幼子を背負って逃げるご婦人の背後で砲弾が炸裂し、飛散した鉄片がその子の肉を切り裂き、必死で丘を越えてようやく逃げおおせた若い母親が背中を見ると、我が子の首がなかった、そんな光景が日々繰り返されています。

昼夜を問わない米艦隊によるこの砲撃は「鉄の暴風」といわれました。
6月だけで、撃った砲弾や銃弾は680万発です。
当時、本島南部にいた人の数を考えると,1人あたり約50発です。
沖縄を守る日本の軍人さんたちは、その危険極まりない爆風の中を戦い、また沖縄の民間の人々は避難したのです。

この、まるで嵐のような艦砲射撃が昼夜をわかたず繰り返され続けた沖縄ですが、その砲撃が、まるでウソのように、ピタリと止む瞬間がありました。
それは、どういうときだったのでしょうか。

上空に、日本の飛行機が飛来したときです。
特攻機です。

特攻機がやってくると、米艦隊の砲火は地上への砲火ではなく、対空砲火一色に切り替わりました。
その間に、地上にいる人々は、急いで防空壕を出て、さらに奥地へと逃げることができました。
そのときだけは、艦砲射撃は、沖縄の地面には飛んで来ないからです。

沖縄の人たちは、特攻機が飛んでくると、逃げながら走りながら、胸の中で上空のパイロットに手を合わせたそうです。

飛行機に乗っているのは、自分たちよりはるかに年下の、まだ十代の若い兵隊さんなのです。
その若い兵隊さんが、ほんの数機、ほんの数名で、海を埋め尽くす何百もの米艦隊に挑んでくれている。
絶対に生きて帰れる見込みがないのに、それでも立ち向かっていってくれている。
その若い兵隊さんのおかげで、自分たちは逃げれる。
それはいってみれば、子に戦わせて親が逃げる、そんな気持ちです。
だからこそ、沖縄の人たちは、逃げながら、心の中で手を合わせた。
同じ日本人だからです。

沖縄戦について、様々な評価があります。
けれどひとつはっきりしているのは、日本は沖縄での猛烈な市街戦に、手をこまねいていたわけでは決してなかった、ということです。
すでに制空権制海権を奪われていた中で、それでも日本は沖縄を救うため、必死の防衛戦を挑んでいました。

沖縄戦が始まった十日後には、戦艦大和が出撃しました。
大和には、沖縄の女性たちに届けるための10万個の生理帯も乗っていました。

特攻機も連日出撃しました。
その特攻機は、戦闘機に爆弾をくくりつけたもの、重爆撃で出撃したもの、赤とんぼと呼ばれる練習用の複葉機で出撃したものなど様々です。

空だけではありません。
海上からも、小さなモーターボートに爆弾を装着した攻撃邸による特攻、さらには地上戦そのものでも、自分の体に爆弾を括り付けて、敵の戦車に体当たり突撃するといった、まさに命を的とした戦いが繰り広げられました。
そのことごとくが、沖縄を、そして祖国を守るための行動だったのです。
そういう、まさに命をかけて沖縄を守ろうとしてくれた同じ血を分けた先人たち、英霊たちの前で、私は、たとえ自虐史観とはいえ、よくもウソまで交えたデタラメが言えるものだと、震えが走るほどに怒りを覚えます。

5月24日がご命日となられた奥山大尉以下の空挺隊も、そうして英霊となられた方々のひとつです。

空挺隊というのは、敵の真っただ中にいきなり降り立って、敵基地を強襲し、破壊するという特種任務を帯びた部隊です。
遮蔽物のない敵の飛行場のど真ん中に飛びこむのです。
そのために、猛烈果敢な激しい訓練を連日行います。

実戦となれば、生きて帰れる可能性は皆無です。
ですから死ぬために、日々、猛烈な訓練をする。

もっといえば、空挺隊の乗る飛行機は、速度の遅い爆撃機です。鈍足なのです。
従って、敵の猛烈な弾幕の中を、無事、敵基地のど真ん中に降り立てる保証もありません。
途中で、飛行機もろとも撃墜され、搭乗している空挺隊員が海の藻屑と消えることだってあるのです。
それでも、やるときにはやらなければならぬ。それが戦争です。

空挺隊は、最初から死ぬことを予定した部隊です。
ですから、陸軍は志願兵を募り、その中で家督を継がなければならない長男などは意図的に不採用とし、最終的に身体頑健な若者136名を採用しました。
昭和19年の終わり頃のことです。

義烈空挺隊奥山隊
義烈空挺隊奥山隊


空挺隊は当初、サイパン防衛を目標に猛訓練を繰り返しました。
けれど、突入前にサイパンが玉砕してしまいます。
そこで次には、硫黄島に突撃しようと準備を進めました。
けれど、これも立ち消えになってしまう。

そして昭和20年5月、空挺隊は、沖縄作戦に出撃することが決まりました。
空挺隊には、「義烈空挺隊」という名が付けられました。
出撃が決定した日、義烈空挺隊・隊長の奥山道郎大尉(死後昇進で大佐)は、次のような遺書を三角兵舎内の隊長室で書き遺しています。

======
遺書
昭和二〇年五月二二日

この度、義烈空挺隊長を拝命。
御垣の守りとして敵航空基地に突入いたします。
絶好の死に場所を得た私は、日本一の幸福者であります。
只々感謝感激の外ありません。

幼年学校入校以来12年諸上司の御訓戒も今日のためのように思われます。
必成以って御恩の万分の一に報わる覚悟であります。

拝顔お別れ出来ませんでしたが、道郎は喜び勇んで征きます。
二十有六年の親不孝を深くお詫びいたします。

お母上様  道郎
=======

遺書に、「幼年学校入校以来」とあります。
陸軍幼年学校というのは、旧制中学一年または二年で就学する超難関校です。
全国から学業優秀、身体頑健な選りすぐりの少年が集められ、徹底した英才教育が行われる学校です。

ですから当時は、陸軍幼年学校に入学できたというだけで、地元の名士だったし、地元のみんなの誇りでした。
そして幼年学校に入校した者は、その地元の誇り、地域のみんなの誇りを背負って学校に入校したのです。

このことは、親の身になってみれば、これほど嬉しいことはなかったのです。
自分の産んだ子が、日本を代表するエリート、ただ勉強ができるだけじゃない、体も心も頭脳も、すべてが飛びっきり優秀と認められたということでもあります。
親として、これほど嬉しいことはない。
ですから、入学した本人も、親も、そして地域のみんなも、陸軍幼年学校卒というのは、まさに誇りだったのです。

奥山隊長にとっても、陸軍幼年学校出身であるというこは、まさに誇りでした。
そして陸軍幼年学校入学から12年、まさに祖国を護ることだけを使命感として、心身を鍛え上げてきた、それは、まさに空挺隊として命を捧げるその日のためだったと、彼は遺書にしたためています。

でも、死ぬのです。
死ぬ前に、生きて、一度でいい。母の顔を見たい。
奥山隊長だって、人の子なのです。
けれど、そのチャンスを得れないまま、彼は出撃します。
「拝顔お別れ出来ませんでしたが、道郎は喜び勇んで征きます。二十有六年の親不孝を深くお詫びいたします。」
どれだけ強く母を慕っていたか。
その気持ちが、「お詫びいたします」のたったひとことの中に、万感の思いとともに凝縮されている。そんなふうに私には読めます。

奥山隊長は、学業優秀であることに加え、体力も人一倍優れ、運動神経も素晴らしい若者でした。
西郷さんを思わせるような堂々たる風采です。
しかも明るい。
伸び伸びした、誰とでも明るく気軽に話す闊達な性格で、部下たちの信望も厚い方です。


義烈空挺隊の136名は、昭和20年5月24日の夕方、熊本の「健軍飛行場」から12機の九七式重爆撃機に11~2名ずつ分乗して飛び立ちました。

途中、4機がエンジントラブルで基地に引き返しました。
残り8機で米軍基地に突入しました。
6機が、米軍に占領されていた沖縄の読谷飛行場、
2機が、嘉手納飛行場でした。
時間は、夜の22時11分のことです。

読谷飛行場では、基地上空に突入した6機のうち、5機が、激しい対空砲火によって撃墜されました。
残る1機は、機体を対空砲火によって穴だらけにされながらも、滑走路に胴体着陸しました。

パイロットは着陸と同時に戦死しています。
何発も弾を体に浮けながら、それでも最後の最後まで操縦桿を放さなかったのです。
彼は機内で突っ伏した状態で死んでいる写真が残されています。

この強行着陸できた九七式重爆撃機に乗っていたのは、2名の操縦士と、12名の空挺隊員でした。
着陸までの間に、おそらく彼らも機体を貫通してきた敵弾のために、体の一部を吹き飛ばされていたことでしょう。

それでも彼らは、着陸した機体から飛び出すと、群がる敵兵と銃撃戦を繰り広げながら、駐機中の敵航空機33機を破壊損壊させました。
そして米兵20名を死傷させ、さらに飛行場にあった航空燃料用7万ガロンを炎上させたのです。
たった12名の空挺隊員によって、読谷飛行場は約8時間に渡って、飛行場としての機能を完全に停止させられてしまったのです。

約2時間の戦いでした。
先日も書きましたが、銃撃戦というのは、普通1〜2分で終わるものです。実際に海外で傭兵として戦った経験を持つ人から、そのように聞きました。5分も続けば「今日の銃撃戦は長かったねえ」と後々まで語り草になる。
それだけの緊張感が続くものなのです。
それが、2時間。
空挺隊のメンバーの日頃の訓練の凄さがわかります。

戦闘が終わり、重傷で意識を失っていた一名を除き、全員が戦死されました。


空挺隊のメンバーは、出撃前、それぞれの隊員たちが乗る搭乗機の前で、ひとりひとりが、自分の故郷のある方角に向かって、深々と頭を下げています。
それは、自分を育ててくれた故郷への感謝であり、またその故郷を守るためという決意であり、育ててくれた両親へのお別れの挨拶でもあったことでしょう。

出撃前に故郷に礼をする空挺隊員たち
出撃前に故郷に礼をする隊員たち


彼らは出撃前に、血の出るような猛訓練を重ねました。
訓練して、訓練して、それでも足らずにまだ訓練しました。
それでも飛行中に7機が墜落し、4機はエンジン不調で帰投し、突入できたのは、わずか1機です。

訓練を重ねても、途中で飛行機そのものが撃墜され、敵陣に突入さえできないままに死を迎えることもある。
そのことを知っていながら、彼らは猛特訓を重ねました。

そして最後の最後まであきらめず、ようやくパイロットを含めた14名が米軍に占領された敵基地に突入し、およそ2時間の壮絶な戦いの上、基地を使用不能に破壊してました。
彼らは、なんのために戦ったのでしょう。

私は、沖縄戦の是非論を議論する気はありません。
そうではなくて、必死に戦い、散華された人たちの心を、歴史を、私たちは同じ日本人として、決して忘れてはならないと思います。

世界中、どこの国でも、自国の武人たちのことを誇らしく顕彰します。
「自由の国」米国でも、アラモの砦を守った人たちのことを歌に、映画にして伝えています。
硫黄島で戦った兵士たちのことも、銅像にして讃えています。
硫黄島は、米国領ではありません。
自国領でなくても、外国との戦いに勇敢に挑んだ軍人は、国の誇りであり名誉であり、なにものにも替えがたい名誉だからです。

国防だけではありません。
永世中立国スイスでは、フランスのルイ王朝を守って戦い死んでいったスイス傭兵たちの武勲を、ライオン像に託して残し、讃えています。
戦って生きても、戦って死んでも、その栄誉を語り継ぐ。
それが、世界の常識です。

けれど、日本だけがそれをしていません。
その結果、子供たちは自分の国を誇ることを知らず、その子供が長じて、国軍の長であることさえもわきまえず、世界に恥をさらす政治家に育ったりしています。

日本を取り戻す。
戦後68年、反日であることを国是とした日本が、再び誇りある日本に生まれ変わるためには、まだまだ長い年月がかかるのかもしれません。

あきらめず、毎日コツコツと、それを積み重ねていく。
ウソは100万回重ねてもウソです。
けれど、真実はひとつです。

奥山隊長以下、英霊のみなさまに黙祷を捧げます。


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義烈空挺隊 -Giretsu Airborne Unit-


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コメント
おはようございます
特攻隊はこのような形でも為されたのですね。
奥山隊長の笑顔にまた泣いてしまいました。
義烈空挺隊の皆さんのご冥福をお祈りします。
現代日本人はもっともっとこのような先人の方々が命を懸けて国を守ろうとした事に感謝し、慰霊の祈りをしなければならないと思います。天皇陛下も首相も堂々と靖国に参拝し、国を挙げて英霊の御霊をお慰めできる国造りがなされていくといいですね。
中国や韓国の顔色を窺って謝ってばかりでは、この若くして散華された方々に失礼だし申し訳ないことですね。
2013/10/03(木) 08:55 | URL | コスモス #gLfOlOqg[ 編集]
義列空挺隊について
立派な記事、拝見いたしました。
ありがとうございます。
沖縄に散った人たち、戦火に逃げまどい亡くなった人たちの心情をよくぞ汲み取って下さいました。
そんなふうにして戦火に倒れた人たちの先に今の社会があり生活があると、改めて感じます。
この記事が亡くなられた人たちの供養にもなればいいと思います
2013/08/09(金) 17:36 | URL | かじぃ #j1A1QmRc[ 編集]
いつもありがとうございます
今、テレビタックルでやくみつるは日本はあやまりつづけろと、ケビン何とかというアメリカ人も慰安婦の罪を問うがアメリカ人に日本を批判する資格はない。
朴なんとかは日本の大学教授だが日本の給料で暮らしていながら反日。
アメリカの歴史家が慰安婦売買は韓国人がしていたという本もあるようだ。

以前も思いましたが左翼は目つきが悪い。これは私の偏見もあるようですが・・・。

ねづさんにはいつも感謝しています。私が受けることのできなかった修身教育のようです。
私の祖父は海軍で呉にいました。広島の田舎に実家のある同僚の家に遊びに行っている時に原爆が落ちたそうです。
映画やドラマの厳しく感じの悪い軍隊なら、遊びに行けるはずがないのです。このあたりですでに違和感を感じています。
核家族化で祖父とあまり話をすることがなくたまに会うと楽しい話をしようとしていたのでしょう。
今、思えばもっと話をきければよかった、そう思います。

日本を批判するならば日本と拘わらないでほしい。
そう思えてならない、日本は中韓と拘わらないほうが幸せです。

テレビタックルが現在放送されていますが、小林さん、田母神さん頑張ってほしい。やくとあのアメリカ人には腹正しいです。
テレビを見ながらの散文失礼いたします。
2013/05/27(月) 21:26 | URL | hiyori #-[ 編集]
「日本軍は市民に自決を強いた」
「沖縄は本土決戦の時間稼ぎのために捨てられた」

高校時代、修学旅行の少し前辺りから
こんな内容のビデオ(NHK)を授業で見せられ、
世界史の授業すら旅行の1ヶ月前からは
沖縄線の話を繰り返し、
「沖縄は日本が進行してから悲惨な歴史を歩んで来た、沖縄の人達は平和を愛している、基地撤廃で沖縄は真に平和になる」と
その授業は伝えていました。今では考えられないような授業だと思います。

「戦前の日本てのは血も涙もないような
残酷な国だったんだな」って思っていました。
でもやはり心の隅に、どうしようもない違和感は残っていました。

しかし今日、ねずさんのブログ記事を拝見し、3年越しのモヤモヤが払拭されました!
それが何より嬉しいです!本当に感謝しています。
やはり日本軍のエピソードは、何を聞いてこすごいと思います。
命をかけて国民を、国そのものを守るという姿勢は、
言い表し様がないほど素晴らしいし、尊敬するし、今わたし達の世代が続いているのも
このように命を捨てる覚悟で果敢に戦ってくださった兵隊さん達のおかげなのだと、思いました。

それをなぜ、学校ではそんな風に教えるのか...なんだか悲しくなりました。
それでは祖国を誇れるはずが無い。
自分は将来教師として、日本は誇れる国なんだと
子供達に伝えていきたいです。
今の教師たちは本気で生徒と向き合っていない。
守銭奴ばかり、そんな奴に貶められ苦しい思いをしてきたこともありました。

改めて、この記事を書いてくださって
本当にありがとうございます。
日本はホントに素晴らしい国です。
2013/05/26(日) 02:45 | URL | #-[ 編集]
私の父は野戦重砲兵連隊で支那事変に従軍しました。私は幼い頃から当時の戦地の話を父に聞かされて育ちました、戦地慰安婦や狡猾な支那人の民族性等を、家族で話を聞いていたものです。戦後の大多数の日本人が、支那朝鮮の日本に対する難癖が嘘だと知らなさすぎた国民が問題なのだと考えています。簡単に言えば、戦地で戦い無事に帰還した兵士が戦後食うために必死で働き焼け野が原から復興させたエネルギーは尊敬しますが、辛い軍隊時代の話や戦地での体験を家庭では話さなかった人が殆どだったようで、問題になっている支那、朝鮮での戦時中の体験者の生の声を次代の子供達が聞いてないので、売国マスコミに嘘をつかれても信じ込まざるを得なかった現状があると思っています。
2013/05/25(土) 21:42 | URL | ひげ親父 #-[ 編集]
No title
特攻隊というのは、軍隊としては決してやりたくない作戦ですが、それを行わざるを得ない状況と、それを実行してくださる軍兵のいたことが、日本の凄いところだったと思います。
今の世界には、自爆という方法が時に実行されます。これは生きて帰れないことは共通していますが、これは特攻隊とは全く異なるものです。
自爆は、標的を一般民衆として混乱を起こすことを目的とするもので、自己は大衆の中に紛れ込ませるテロですが、特攻隊は自らを軍人として明らかにした上で、標的は正規の軍隊とするものです。
しかし、このような作戦を使わねばならない作戦の立案者、特攻隊員を指名する担当者、使用する兵器の整備員等、誰一人喜びながら仕事をできた方はいなかったと思います。出撃する隊員の方には笑顔が見られますが、人間、覚悟を決めると強いと思います。


ところで、橋下大阪市長に面会を求めておきながら、面会を断った元慰安婦です。ぼやきくっくりさんのブログで、元慰安婦支援団体の会見を見ましたが、・・・・・・・ありゃ何ですか!

元慰安婦は、橋下大阪市長に会って謝らせて、それで終わりだと思っていたのでしょう。彼の主張である、慰安婦は強制的に徴用されたのか、又は、自主的な応募に応じたのかには、全く触れていません。
この2名は、どこからかは不明ですが、広東とハルピンに連れて行かれたとのことですが、騙されたとはあっても、強制とはしていませんし、親とのことにも触れていないのが不自然です。また、年齢的にも、数え年で11歳と14歳だったとのことですが、日本軍の兵隊が子供の慰安婦を相手にできたのでしょうか? 負け戦の時なら兵隊の質が悪くなるから猛獣になりますが、勝ち戦の頃に、そんなに無法なことを日本兵がしたのかと、疑問です。ソ連兵や中国兵、朝鮮人の軍属は知りませんが、日本兵は強固な精神教育を受けています。そんな兵隊が、例え戦地で平常心を失っていても・・・・・・
それからこの記事中には、彼等の希望する方向に賛同するマスコミについても記載されています。
今回の、橋下大阪市長に対する慰安婦騒ぎは、先日の朝日新聞のお返しかと考えたくなりました。

5月25日、慰安婦は講演会で話した内容は、戦争の放棄のことだったのでしょうか? テレビのニュースでしか分からないのですが、又はテレビ局の編集によるものでしょうか? 
釈然としません。
2013/05/25(土) 20:53 | URL | ポッポ #-[ 編集]
ありがとうございます。
小名木様、お疲れ様です。
義烈空挺隊を取り上げて下さって有り難うございます。
小名木様の仰る通り、沖縄は反日左翼思考の教師の教育により沖縄戦は本土を守る為の捨て石だったと教えられます。
反日左翼思考ではない沖縄県民でさえも過去にそのように教えられ複雑な想いを抱えています。
かつて何も知らなかった何も解っていなかった私もその一人でした。
ですが、ネットで調べ関連書籍を読む内に、その偏向思想が解けていくのは簡単でしたが、まだ誤解している沖縄県民も多くいます。
先日も、その想いを抱えていた沖縄県民と話し、決して沖縄は本土を守る為の捨て石ではなかった!と話しましたが、小名木様の義烈空挺隊の記事を勧めて完全に誤解を解きたいと思います。
2013/05/25(土) 20:52 | URL | 名無しの沖縄県民 #MlGcgF/E[ 編集]
No title
靖国神社に参拝したくなりました。
今は経済的に難しいので、PC画面に拝みました。
この記事を印刷して
「明治憲法より日本国憲法の方が国民にとって良い」と断言する創価学会信者に読ませたいです。
職場のプリンタを拝借することになってしまいますが・・・。

私たちの先祖を誇りに思います。自尊心を回復させてくださって、ありがとうございます!
2013/05/25(土) 19:37 | URL | chas #Hi70N/SI[ 編集]
No title
沖縄県民の皆さんにはこのような先人達がいた事を是非忘れずに沖縄のシナ属国化を狙うような記事を配信するメディアの嘘に毅然と対処していただきたいものです。

ただただ泣けてきて言葉が見つかりません。死を直前にしたにも拘らず奥山隊長はじめ隊員の皆様の笑顔と凛々しさに今現在の日本人のだらしなさを大変申し訳なく思います。
2013/05/25(土) 17:34 | URL | 一有権者 #-[ 編集]
敵国条項
“敵国”へ 軍の駐留 “侵略”か?

“兵站”は 武力の行使 “侵略”か?



日本による「植民地支配と侵略」と、日本への「属国支配と駐留」

今さら、と思うかたもいるかもしれませんが、“敵国条項”についてです。
“敵国条項”は死文化しておらず、
現在も重要な、
「属国支配と駐留」「侵略の正当性」の、
根拠となっているのではないでしょうか。

国連が敵国日本への「新たな侵略を防止する責任を負うときまで」か、
敵国条項が削除されない限り、
米国による日本への「属国支配と駐留」は、
国際的にも認められるということの文章ではないでしょうか。


(引用開始)

「国際連合憲章」

大小各国の同権とに関する信念
兵力使用の計画は、軍事参謀委員会の援助を得て安全保障理事会が作成する。


第53条

1.安全保障理事会は、その権威の下における強制行動のために、
適当な場合には、前記の地域的取極または地域的機関を利用する。
但し、いかなる強制行動も、安全保障理事会の許可がなければ、
地域的取極に基いて又は地域的機関によってとられてはならない。

もっとも、本条2に定める敵国のいずれかに対する措置で、
第107条に従って規定されるもの又は
この敵国における侵略政策の再現に備える地域的取極において規定されるものは、
関係政府の要請に基いてこの機構が
この敵国による新たな侵略を防止する責任を負うときまで例外とする。

2.本条1で用いる敵国という語は、
第二次世界戦争中にこの憲章のいずれかの署名国の敵国であった国に適用される。


第107条

この憲章のいかなる規定も、
第二次世界大戦中にこの憲章の署名国の敵であった国に関する行動で
その行動について責任を有する政府が
この戦争の結果としてとり又は許可したものを無効にし、
又は排除するものではない。


「侵略の定義に関する決議」
“侵略”とは、国家による他の国家の主権、領土保全若しくは政治的独立に対する、
又は国際連合の憲章と両立しないその他の方法による“武力の行使”であ って、
この定義に述べられているものをいう。

(引用おわり)
2013/05/25(土) 15:24 | URL | 貼り付け #cQkO275U[ 編集]
日本の芸能界のでたらめ
AKBは秋元康、先日河西智美とお泊りを撮られた窪田康志、この芝幸太郎の3人で作られた。創始者が暴力団と付き合いがあるのは紛れもない事実


2013年5月25日 土曜日




白い和服の女性…後藤組 後藤忠政組長の妻
和服女性の隣り…後藤組ときわめて近い関係の総会屋(拳銃所持、恐喝等で逮捕歴有り)
左奥(モザイク無し)…芝幸太郎 (AKB運営会社 株式会社office48 現・代表取締役)
芝幸太郎の隣り…山口組山健組系幹部
芝幸太郎の隣りの隣り…山口組系 大物組長
芝幸太郎の隣りの隣りの隣り…後藤組関係者

「株式日記」では、AKB48が所属する事務所の設立者の一人が暴力団関係者である事を書いてきましたが、関東連合や広域暴力団が芸能界に深く食い込んでいる。しかし関東連合やAKB48と暴力団の関係を書いた記事が次々とクレームをつけられて消されてしまいます。今年の1月14日の記事もGOOのプロバイダーから一方的に消されてしまった。内容的には次のようなものです

http://blog.goo.ne.jp/2005tora

ーー

【悲報】暴対法によりAKB紅白落選決定か!?
http://akb48sokuhou.doorblog.jp/archives/54496727.html

AKB総選挙投票権付シングル「さよならクロール」、初日売上140万枚

絶対、アベノミクス。みたいな、上の方と業界の押上げに決まっとるわ!

そんで一年前の投票権付のAKBの「真夏のsounds good」。ブックオフで50円。
矢島美容室、600円(←参考)

まあこっから太田、ナベ、ホリ、電通、窪田、その他いろいろがぶっこんで調整してくるだろな
2013/05/25(土) 14:09 | URL | 貼り付け #8qPnXzgo[ 編集]
ありがとうございました。
毎年、夏には靖国に参拝してます。
電車の中で読んでいて、涙をこらえるのが大変でした。

私には、自衛隊第一空挺団の知り合いがいます。
少し重ねて考えてしまいました。

素晴らしいお話どうもありがとうございました。
2013/05/25(土) 11:01 | URL | JUN #-[ 編集]
動画がありました。
よい記事をありがとうございます。
この話ですが、当時の出撃の様子を伝える日本ニュースの動画がNHKアーカイブに公開されていました。以前の記事にあった義烈空挺隊の動画と違い、当時の奥山道郎大佐ら隊員の表情がはっきりとわかります。
ぜひ皆さん、ご覧ください。
こうした先人達によって生かされていると思うと本当に胸が熱くなります。

http://cgi2.nhk.or.jp/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300380_00000&seg_number=002
2013/05/25(土) 09:46 | URL | 感謝超星 #ycHCwiJ.[ 編集]
◆朝鮮の歴史捏造と日本
神討論番組来ました!

◆朝鮮の歴史捏造と日本 5/25 (土)放送時間20:00-23:00
パネリスト:
 鈴木隆行(「在日外国人」「男女共同参画」「人権問題」研究家)
 鄭大均(首都大学東京教授)
 野村旗守(ジャーナリスト)三浦小太郎(評論家)水間政憲(ジャーナリスト)
 村田春樹(外国人参政権に反対する会東京代表・自治基本条例に反対する市民の会会長)
 室谷克実(評論家)
司会:水島総
http://www.ch-sakura.jp/programs/program-info.html?id=1587
2013/05/25(土) 09:39 | URL | 反日朝鮮マスコミを許すな! #amXlFcx2[ 編集]
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義烈空挺隊

ねずさんの ひとりごと 義烈空挺隊
ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
最新刊
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』

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口座名義 小名木善行
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サンフランシスコ講和条約で、日本は台湾に関して処分権は連合国に提供しましたが、領土の割譲は行っていません。条約以降、連合国も日本も台湾の処分先を決めていません。つまり台湾はいまも日本であり、台湾にいる1500万人の戦前からいる台湾人は、日本国籍を有する日本人です。私は台湾民政府を支持します。
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コメントをくださる皆様へ
基本的にご意見は尊重し、削除も最低限にとどめますが、コメントは互いに尊敬と互譲の心をもってお願いします。汚い言葉遣いや他の人を揶揄するようなコメント、並びに他人への誹謗中傷にあたるコメントは、削除しますのであしからず。
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コメントをくださる皆様へのお願い
いつもたくさんのコメントをいただき、ありがとうございます。
ほんとうに皆様のコメントが、とっても嬉しく、かつありがたく拝読させていただいています。

議論というものは、すくなくともこのブログのコメント欄が、国政や地方自治、あるいは組織内の意思決定の場でなく、自由な意見交換の場であるという趣旨からすると、互いに互譲の精神を持ち、相手を尊敬する姿勢、ならびに互いに学びあうという姿勢が肝要であると存じます。

私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

ましてや、自分で質問を発したものについて、それぞれお忙しい皆様が、時間を割いて丁寧にご回答くださった者に対し、見下したような論調で応対するならば、それは他のコメントされる皆様、あるいは、それをお読みになる皆様にとって、非常に不愉快極まりないものとなります。

従いまして、謙譲・互譲・感謝、そして学ぶという姿勢のない連続投稿、粘着投稿に類する投稿をされた方については、以後のコメント書き込みを、管理人である私の判断で投稿の禁止措置をとらせていただきますので、あしからずご了承ください。
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