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敷島の大和心を人問わ(は)ば 朝日ににおう (ふ) 山桜花(本居宣長)。日本は天皇を国家最高権威とし、民を「おほみたから」とする「シラス国」です。


ウズベキスタンのお話

倭塾第3回公開講座のご案内
今回は知覧特攻基地の母、鳥浜トメさんのお孫さんからお話を伺います。
6月9日(日)15時開始 (受付開始14:30から)
詳しくは↓で。
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1895.html

■ねずさんのひとりごとメールマガジン有料版
http://www.mag2.com/m/0001335031.htm


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国立ナポイ劇場
国立ナポイ劇場


ヨーロッパといえば地中海、その地中海の北東にあるのが黒海、黒海の東側にある巨大な海がカスピ海、そのまた東側にあるのが、アラル海・・・
そのアラル海の南、中央アジアにある国がウズベキスタン共和国(O'zbekiston Respublikasi)です。
O'zbek(ウズベク)が民族名、istan(スタン)は「国」という意味です。

ウズベキスタンは、古代からシルクロードの中継地として発展したオアシス都市です。
13世紀にモンゴルに征服されたけれど、14世紀になるとティムール朝が興って、中央アジアから西アジアに至る広大な帝国を築き上げた歴史を持ちます。

そのウズベキスタンの首都、タシケント市に「国立ナポイ劇場」があります。冒頭の写真です。
この建物は、戦後間もない昭和23(1948)年に、約2年の月日をかけて完成しました。
作ったのは日本人です。
シベリアに抑留されていた日本人が、強制労働のためにここ、タシケントに連れて来られ、この建物を築きました。



その後、タシケント市は、二度、巨大な地震に襲われました。
この地震で、市内の建造物は、ほぼすべて倒壊しました。
ところが、その二度にわたる巨大地震に、この建物は、ビクともしなかったのです。

ウズベクの人々は、この国立劇場を眺めて次のように語ってくださっているそうです。

=======
日本人は、戦いに敗れても誇りを失うことがなかった。
骨身を惜しまず働き、立派な仕事を残した。
日本は素晴らしい民族だ。
=======

同じ抑留者でも、ドイツ人たちはロシア兵に反抗し、自分たちの権利を強く主張しました。
ロシア兵たちもドイツ人たちは、同じ白人種であることから、あるていど大目に見ていたそうです。
けれどイエローの日本人は、反抗したら殴られ、殺されました。
それこそ、ひどい差別を受けました。

ですから日本人たちは、黙々と作業しました。
なぜなら、全員無事に日本に帰ろう、そのようにみんなが思ったからです。
「誰ひとり欠けること亡く、全員で日本に帰るのだ」
その思いを、気持ちを、みんなが共有しました。
そして、抑留者だからとって、いい加減な仕事をするのではなく、日本人の意地にかけて、誇りにかけて、しっかりとして良いものを作ろう。
それがみんなの誓いでした。

あの強国日本の兵隊さんたちが、乱暴なロシア兵の前で従順になっている。
はじめのうちは、なあんだと感じたウズベクの人々も、日本人の真面目に働く姿に、次第に尊敬と畏敬の念をいだくようになったといいます。

けれど重労働です。
ナポイ劇場の建造は、500人の日本人抑留者が担当しましたが、そのうち60人が、建築途中で亡くなり、帰らぬ人となりました。
10人にひとりが亡くなったのです。
どれだけひどい環境下にあったか。

使役させられた日本人たちの様子がどうであったのかは、山崎豊子の小説「不毛地帯」に詳しく紹介されています。
裸にされて並ばせられると、すぐ前に立っている男の肛門まで、上から見えた。
ろくな食事も与えられず、全員がそこまでガリガリにやせ細っていた。
建設工事の途中、あまりの労苦に耐えかねたひとりの日本人が、クレーンの先端まで駆け上がって「天皇陛下万歳!」と叫んで飛び降り自殺した等々、涙をさそう逸話が数多く紹介されています。

シベリアに抑留された日本人は65万人です。
このうち、2万5千人が、このタシケント市内の13箇所の収容所に入れられました。

ちなみに「シベリア抑留」というのは、ただソ連によって強制連行され、抑留させられた、というだけではありません。
シベリアに連行された日本人は、旧陸軍兵と満鉄の職員たちですが、実はその多くは技術者でした。

ソ連は、ヤルタ協定を一方的に破棄して対日参戦しました。
そして満洲や朝鮮半島、樺太などを一方的に占有し、日本軍から奪った武器弾薬兵器は、シナの八路軍(中国共産党)や、北朝鮮金日成らに無料同然で売り渡しました。

そして日本人の技術者、満州にあった建造物等の資材等をソ連領内に運び、ソ連のインフラ整備のために無償で使役したのです。
65万人の技術者集団です。
彼らを単に抑留するだけなら、食費やら施設の維持費等で、建国したてのソ連は大赤字となります。
65万人に給料を払うなら、たとえば今の相場で月30万円の給料を出すとなれば、それだけで月に2千億円、年間2兆4千億円の費用がかかるわけです。
それを無休で無給、しかもろくな食事も与えないで使ったわけです。

ソビエト社会主義連邦共和国は、かつて人類の理想郷のように言われました。
とりわけ左翼の人々は、ソ連こそが人類の希望の柱であると信じて疑いませんでした。
映画女優の岡田嘉子(おかだよしこ)が昭和12(1937)年に、演出家で共産主義者の杉本良吉と、極寒のシベリア経由で、二人が理想郷と信じたソ連へと駆け落ち亡命しようとした事件は、あまりにも有名です。

けれど二人はソ連当局によってスパイ容疑で逮捕され、拷問の末、無理矢理スパイであると自供を強要され、二年後に杉本良吉は銃殺に、岡田嘉子はシベリアの強制収容所送りになりました。

この世には、搾取する者と搾取される者がいる。
その搾取する者たちは富を独占している。
だから搾取している富者を殺し、搾取されている民衆にこれを配分すれば、人々は絶対的な幸福生涯を手に入れることができる。

ある意味、たいへんにわかりやすい理屈です。
けれど共産主義のこの思想は、富は労働によって生み出されている、食べ物も労働によって生産されているという、人類にとっていちばん基礎になる視点が欠けています。
金持ちであれ、貧乏人であれ、誰もが同じだけ食わなければ生きてけないのです。
ですから古来日本では、なによりも「みんなが食えること」を大切にし、そのために「みんなで協力しあうこと」を大切なこととしてきました。

けれど、みんなで努力するということは、ある意味、自分勝手が許されないということでもあります。
自分が疲れて、今日は休みたいと思っても、みんなが働く時は、自分も辛いのを我慢して働かなきゃならない。
周囲のみんなにも気を使わなきゃならない。
ですから「わがまま」は禁物です。
ですが、みんながそうやってすこしずつ我慢し、がんばることで、みんなが良くなる。
住み良く安心して暮らせる世の中ができる。
それが日本です。

そういうことを「あたりまえ」と思ってきた日本人の前に、ソ連は「人々は働かなくても、国家から給料がもらえる新しく進歩した国の形を築き上げた」というのです。
実に嘘くさい話ですが、「そんなことはありえない」というと、「だから君は遅れいてるんだ」とやられるから、「そーなのかなあ」と無理矢理納得させられてしまう。

けれど、人々が働かなくても、町のインフラが次々と整い、道路ができ、鉄道がひかれ、建物ができ、あらゆる工業生産物もさかんになり、農業産物も出来上がり、国内の食料生産高も飛躍的に向上する。
ソ連は、現実に大戦後に、それを実現してしまったのです。

ですから労働者たちは仕事をしません。
ほんのちょっと仕事をしているフリをするだけです。
クレムリンが、計画経済○か年計画を策定する。
すると国民はなにもしてないのに、みるみる計画経済が実現する。

きがつくと都市には、ロシア王朝時代にはみかけなかったような立派な建物が建ち並び、農業生産高も、なんと輸出して外貨を稼げるようにさえなったのです。
ですから世界中の人々が、ソ連をまさに理想郷。人類の夢の社会と讃えました。

けれど、誰も生産活動に従事していないのに、労働成果物だけが生まれるなどという手品は、ありません。
そして手品には、必ずタネがあります。
そのタネが、日本人抑留者であったのです。

日本人の持つ高い技術と能力、旧満州にあった機械や設備をまるごと持ち帰って、ソ連の建国のために使役する。
道路敷設、水力発電施設の建設、鉄道施設の充実強化、森林伐採、農場経営、建物建築等々。
旧ソ連は、莫大な国費を要するそれら国内インフラの整備事業を、拉致した日本人65万人を使ってソ連全土で展開しました。

資材は、満洲からのお持ち帰り品です。
おかげで東洋のパリと讃えられた旧満州国の美しい都市は、建物ごと、ソ連に持ち去られ、ほとんど跡形もなくなりました。
満州というのは、何もない荒れ地が、わずか13年の間に、先進諸国の仲間入りできるくらいの都市インフラが行われた国です。
人もモノも全部揃っている。
その満州にある都市インフラを丸ごと奪い、ソ連国内に移送し、しかもそのために必要な労働力は、技術のある日本人を強制抑留して、これを使役する。

気がつけば、ソ連の大衆が何もしていないのに、ソ連は立派な都市インフラの整備された国になっている。
これぞ威信、これぞソ連の正しさの証明と、要するに幻想を、ソ連は国の内外にアピールしていたけれど、なんのことはない、日本人を抑留し、使役し、苛酷すぎるほど苛酷な状況下で強制労働させられていたにすぎません。

この嘘吐きソ連は国が崩壊し、無くなりましたが、いまだに共産主義を信奉し、労働を否定し、太古の昔から官民あげて国のみんなが豊かに暮らしていけるようにと人々が協力しあって築いてきた日本を解体し、滅ぼうと画策する馬鹿者が、いまだにいるということが、私には信じられません。

結局は、共産主義は、ほんの一握りの特権階級だけが、他の多くの人々を犠牲にして自分たちだけがかりそめの贅沢三昧にふける、それはまるでかつての朝鮮半島の特権階級である両班と同じですが、そういうものを希求しようとする、まことにもって不埒不逞のやからの偽装にすぎないと、断じることができようかと思います。

ウズベキスタン
ウズベキスタン


ウズベキスタンで、タケシント市に抑留された2万5千人の日本人は、まさにそうしたソ連という不埒不逞の国家に、銃を突きつけられて、強制労働させられていたわけです。

その日本人がタケシント築いたものは、国立劇場だけではありません。
運河、炭鉱、発電所、学校など、市のインフラに必要な公共施設の工事のほとんどを手がけています。
そして過酷な労働と気候、厳しい収容所生活で、栄養失調や病気、事故などで、合計813人の日本人がこの地で亡くなりました。

しかし、彼らが造った道路や発電所などの施設は、いまでもウズベキスタンの重要な社会インフラとなり、国立ナポイ劇場などは、いまやウズベキスタンの人たちの誇りとさえなっているといいます。
なぜなら、ウズベキスタンの人々は、当時のことをよく覚えているのです。

当時、ウズベクの人々には、日本人が捕虜なのにどうしてあそこまで丁寧に仕事をするのか、そして真面目に働くのか不思議がったそうです。

中山恭子先生が、ウズベキスタンに大使として赴任したのは、平成11(1999)年のことです。
このとき、いまも国民に電気を供給している水力発電所で、日本人が作業をしていた当時、現場監督をしていた人に遭ったそうです。
その監督は、まじめに、そして懸命に汗を流していた日本兵抑留者たちの思い出話を、中山恭子先生に涙ながらに語ってくれました。

前の日に、具合悪そうにしていたけれど、笑顔を向けてくれた日本人が、今日は来ていない。
どうしたのか問うたら、昨夜栄養失調で死んだという。
それほどまでに苛酷な条件下で働かされながら、日本人たちは弱音をはかず、手抜きもせず、工事をまじめに仕上げくれたのだそうです。
体は栄養失調でボロボロです。
なのに一生懸命まじめに仕事をしてくれ、文句も言わず、逆に明るい笑顔さえ向けてくれた。

そんな日本人たちに、何も感謝することができなかった。
何もしてあげれなかった。
そのことがいまでも悲しくて、悔しくて。

それはその監督ひとりの思いではなくて、当時、その状況を目の当たりにしたウズベクの人々みんなの共通の思いだったそうです。
だから、いまでもウズベキスタンの人々は子供たちに、
「日本人のようになりなさい」
と教えているのですと、その元監督は話して下さったそうです。

こんな話もありました。
ウズベキの人たちは、当時抑留されていた日本人たちの姿を見て、
「日本人の捕虜は正々堂々としていた。ドイツ人捕虜が待遇改善を叫んでいたのに対して、彼らは戦いに敗れても日本のサムライの精神をもっていた。強制労働でも粛々と作業につく姿を見て、我々市民は彼らに何度か食料を運んだのです。」

タシケントの郊外に、日本人墓地があります。
細い木で組んだ粗末な十字架が、そこにいくつも並んでいます。
実は、旧ソ連時代、ソ連の上層部から、
「日本人の墓など作ってはならない。墓はあばいて、遺体は捨てろ」という命令があったそうです。

ウズベクの人たちは、日本人の墓を、
「ここは私たちの友人の墓です」と言って、ソ連兵の暴虐から墓を護りぬいてくださったのだそうです。
それは、日本人が作ってくれた建物や発電所などが、いまでもウズベクの人々の生活をささえてくれてることへの、せめてもの恩返しです、とも語ってくださいました。

国立ナポイ劇場には、日本人抑留者の功績を記したプレートが掲げられています。
そこには、ウズベク語、日本語、英語でこう書かれています。
======
1945年から46年にかけて極東から強制移住させられた数百人の日本人がこの劇場の建設に参加し、その完成に貢献した。
======

このプレートは、ソ連崩壊後、ようやく独立したウズベキスタンの初代大統領のカリモフ氏が、ウズベキの民衆の思いとして、自ら進んで掲げてくださったものなのだそうです。

ナポイ劇場正面に掲げられたプレート
ナポイ劇場正面に掲げられたプレート


ウズベクに大使として赴任していた中山恭子先生は、ご主人の中山成彬先生に、この話を伝えました。
中山成彬先生は、この話を聞いて、なんとかしよう、せめてウズベクの日本人墓地の整備をしようと、宮崎の事務所を拠点に、元抑留者や応援者たちに声をかけ、寄付金を募りました。
寄付は、宮崎県内から半分、県外から半分が集まりました。

そして中山夫妻は、ウズベクスタンに行き、大統領に「このお金でお墓の整備を」と申し出ました。
すると、ウズベクの大統領は、これを拒否しました。
「亡くなられた日本人に、わたしたちは心から感謝しているのです。ですからこのお金は受け取れません。わたしたちの手で、日本人のお墓の整備をさせてください。」

そして大統領は、国費で、日本人墓地を美しい公園墓地にしてくださいました。

けれど日本で集めた寄付金があります。
大統領とも協議のうえ、このお金は、ウズベクの子供達の学校教材の購入費に充てようということになりました。
そして中山ご夫妻は、パソコンや教材などを買いそろえ、ウズベク政府に寄贈されています。

中山成彬、中山恭子先生ご夫妻
(この笑顔が日本人の笑顔)
中山成彬ご夫妻


そしてご夫妻は、せっかくきれいな公園にしてくださったのだから、その日本人墓地に、桜の木を贈ろうと話し合いました。
ウズベクで亡くなられた日本人抑留者の方々は、きっと生きて日本に帰りたかったに違いない。
だから、せめて、日本の桜を毎年咲かせて、ずっと見せてあげたい。

こういう発想は、心からの深い愛情がなければ出て来るものではありません。
中山成彬先生は、日本さくらの会に交渉し、日本から桜を、ウズベクに配送してもらうよう、手配しました。

ところが、です。
調べてみると、桜の木は弱酸性の土でないと育ちません。
ウズベクの土はアルカリ性です。
これでは桜が枯れてしまう。
そこで日本から弱酸性の土も一緒に運び込みました。

いま、ウズベクの日本人墓地と中央公園には、日本から寄贈された1900本の桜の木が、毎年美しい花を咲かせています。

この話には、さらに続きがあります。
あまりにも桜が美しいことから、タシケントで「桜どろぼう」が出たのです。
桜の木を抜いて、根こそぎ持って行ってしまうのです。

これについては、大統領がなんと国費で「さくら番」を雇って、桜の木の保護をしてくださいました。

シベリア抑留者の悲劇。その悲劇の中でも笑顔を失わず、立派な仕事を残した日本人。
祖国に帰れなかった彼らのために、お墓の整備や桜の寄贈を呼び掛け、これに応じてくださった心優しい日本人。
その心を大切にするために、1年365日、桜番を雇い、警護までしてくれているウズベクの人々の誠意。

国と国の本当の信頼関係というのは、虚偽や捏造や恫喝や武力や支配、あるいはカネのバラマキによってもたらされるものではありません。
時間はかかるかもしれないけれど、勇気、笑顔、信頼、折れない心、そういう人間の持つ善意こそが、国と国との関係において、もっともたいせつなものであると思います。

ウズベクにいまも眠る日本人に感謝を捧げ、ご冥福をお祈りしたいと思います。
そしてまた、そうした事実があることを世に知らしめ、誠実に心を配られた中山成彬、中山恭子先生に心からの感謝を捧げたいと思います。


※このお話については、junhagemayさんが素晴らしい動画にしてくださっていますので、是非、下の動画も併せてご覧下さい。

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国旗の重み 建築編~悲しき誇り~


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コメント
ウズベキスタンの桜・ナヴォイ劇場
i-265Navoi Theater in *Uzbekistan
http://snowdrop.iza.ne.jp/blog/entry/3081182/
Have you ever heard about
the *Alisher Navoi Theater in *Uzbekistan?
It is the most famous and beautiful theater in that country.
It was opened in November of 1947.
Do you know that Japanese built the theater?
Why did Japanese build it
*far away from Japan?
*Alisher Navoi Theaterナヴォイ劇場
*Uzbekistanウズベキスタン *far遠く

You know after *World War II, 650,000 Japanese men were caught by the *the Sovietsand taken away from *Manchuria to *Siberia. Almost 10,000 Japanese were sent to *Tashkent, the *capital of Uzbekistan. They were *ordered to build the city *infrastructure.  
*World War第二次世界大戦(1941~1945) *the Sovietsソ連 *taken away移送した *Manchuria満州
*Siberiaシベリア *Tashkentタシュケント *capital首都 *order命令する
*infrastructure 基幹施設=道路や発電所、ダムなど


*Captain Nagata was 25 years old when his 450 men were sent to build the Navoi Theater. Each day they could eat only 300 grams of bread with soup. So they were always hungry. They were always *itchy because of *bedbugs. They could *take a shower only once a month. One day in winter when it was very cold, a man brought back a *scaffold and they *burned it to *warm themselves.
But later the Soviets found out and it was *strictly *banned. After the theater was opened, they were able to return to Japan, but 60 men had already died. Though the *situation was very hard, they worked *honestly and *diligently as *captives.
The local people saw the captives’ hard work, and some gave food to the Japanese.
*Captain Nagata永田隊長 *itchyかゆい *bedbug南京虫 *take a showerシャワーを浴びる *scaffold足場板
*burn燃やす *warm暖める *strictly厳しく *ban禁止する *situation状況 *honestly正直に *diligently勤勉に
*captive捕虜 *local地元の

When a big earthquake happened in 1966, many buildings in the city broke, but the Navoi Theater wasn’t *damaged at all. People in Uzbekistan were very surprised.
They understood that this was because of the careful and hard work of the Japanese captives. The theater showed the *architectural *skills of Japan. Since then, the people of Uzbekistan have *praised and expressed their respect for Japanese people and their
skills. A lot of infrastructure in Uzbekistan, for example *the Farhad Dam, *a hydroelectric power plant, *canals and roads, was built by Japanese and is still used today.
*damage損害を与える *architectural建築の *skill技術
*praised and expressed their respect賞讃し尊敬した *the Farhad Damファルハド ダム
*a hydroelectric power plant水力発電所 *canal運河

After Uzbekistan became *independent from Russia, they *put a plate on the Navoi Theater. It says that “hundreds of Japanese *citizens deported from Far East *took active part in the construction of Alisher Navoi Theatre”.
*independent from Russiaロシアから独立して *put a plate板を取り付けた
*citizens deported from Far East市民が極東から移送された
*took active part in the construction建設で活躍した
2013/06/10(月) 20:41 | URL | iza snowdrop #AJGc9wjk[ 編集]
いい話です!!
子どもに伝えます、必ず・・・。
2013/06/08(土) 17:51 | URL | 悩めるママ #mQop/nM.[ 編集]
ロシア人の思い出
昭和20年8月に、旧満州の「ハイラル」という、ソ満国境近くの町に住んでいた時のこと。(満10歳小学3年生であった)

隣家は、ロシア人の農家であった。そこには私と同じぐらいの少年がいて、時々手振り身振りで我が家に来て話しかけてきたが、その時には必ず、色鮮やかに彩色を施した鶏卵を手土産に持ってきた。

その農家の母親や父親、家族たちとも顔見知りになり、ごく普通の、お隣りづきあいをしていたが8月9日の朝その隣家の庭先を見ると、テーブルが真中に置かれてその周りには見たこともない男たちが軍服のようなものを着て剣を腰に差していたため怖くなり家に飛び込んで隠れていた。

そうしたら銀行の支店長だった父親が我々家族を呼び集めて「ソ連軍が国境を越えて攻め込んできたのでこれから銀行の財産を日本軍の陣地へ護送するので生きて帰れるか分からないからお前たちは日本へ引き揚げろ」と言って水杯で別れたのであった。

その後一同は33歳の母親に祖母と、妹二人と私の5人で日本への逃避行が始まった。

途中、奉天(瀋陽)の駅で8月15日の終戦の玉員放送を聞いて、2~3日して新京(長春)の中央銀行宿舎に一時的に逗留したいたが、町には既にソ連軍兵士たちが徘徊していて、日本人を見掛けると銃を付く付けて身体検査、そして金目の物、時計、万年筆、カメラなどは有無を言わさずに没収されてしまった。

ロシア人は、農家の隣人のように好々爺で善人だが一方ソ連と言う国家の立場になると悪逆非道の振る舞いをするまさに「ロスケ」と言って軽蔑したくなるのも無理はない。

このたびの話でも、抑留者を強制労働で働かせるためには手向かい出来ないように、やっと何とか生きていけるだけの食事に制限して、しかも裸にしてその状態を観察してこれ以上やれば死んでしまうと言うものだけを休ませるなど、正に奴隷以下の扱いだったことは間違いないのである。

そのような酷い扱いの中でも「みんなで一緒に祖国へ帰ろう」を合言葉によくぞ頑張ったものだと思う。

しかもリーダーであった隊長は弱冠25歳だったと聞き及んでいるが、リーダーも立派なら、その隊員たちもみんな励ましあって協力し合って成し遂げたこと。これぞ日本人の鑑であり誇りにすべきことであり感動以外のなにものでもなく、このような話こそ子供たちに聞かせたいものだと痛感する次第である。
長文で失礼しました。
2013/06/08(土) 10:19 | URL | terag3 #KVPRtAI6[ 編集]
 数年前ですがウズベキスタン行ってきましたよ。ナボイ劇場も日本人墓地も行ってきました。
 国民はとても親日的で、実直で穏やかな国民です。とても良いところです。
2013/06/08(土) 08:33 | URL | うずいってきました #-[ 編集]
【禁言ブログ】最も「特色」のある軍隊―「一人っ子軍隊」
【禁言ブログ】最も「特色」のある軍隊―「一人っ子軍隊」
http://www.ntdtv.jp/news/6501/【禁言ブログ】最も「特色」のある軍隊―「一人っ子軍隊」

【新唐人2013年3月25日付ニュース】一人っ子を徴兵しないのは中国数千年来の軍事伝統で、一人っ子が
戦場に行かなくて済むのも国際軍事の慣例です。しかし中共は世界で最も「特色」のある軍隊、一人っ子軍隊
を創り上げました。新浪微博にある文章がこう評論しています。

http://www.ntdtv.jp/news/6501/【禁言ブログ】最も「特色」のある軍隊―「一人っ子軍隊」
(動画)

支那の実情を報道しない反日売国テレビ局・マスコミは民主党政権で露呈した反日左翼の市民革命家が
国務大臣になり日本人社会の破壊し尽くしたが、それでもこの国日本は破滅することなく生き残った。 
民主党の市民革命家達はあの元総理の韓直人(菅直人)は東京18区で落選(比例復活)、海江田 万里
は東京1区で落選(比例復活)、多くの民主党市民革命家が落選している。 しかし、ここまで日本を追い
込んだ反日売国テレビ局・マスモミに潜入している市民革命家たちは無責任に国民に対する責任を取る
ことも無く虚偽・捏造報道を繰り返している。反日売国テレビ局・マスコミが事実を報道していれば、支那
朝鮮が今日のように日本に対して非礼な振る舞いも出来ない。 在日反日勢力の排除は、テレビ局・マスコミ
内に潜む市民革命家の排除から始めよう。

詳細は
【マスコミ隠蔽の掲示板】最新版
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj4.cgi
【マスコミ隠蔽のタイトル一覧】最新版はこちらをクリックして下さい。
2013/06/08(土) 03:37 | URL | 愛信 #EBUSheBA[ 編集]
【神動画】靖国神社の放尿韓国男をあの「ミヤネ屋」が大批判
【神動画】靖国神社の放尿韓国男をあの「ミヤネ屋」が大批判

日テレ「ミヤネ屋」(2013.6.6)
http://www.youtube.com/watch?v=Yapiax8MLLI

日テレ「ミヤネ屋」(2013.6.6)
http://www.youtube.com/watch?v=Yapiax8MLLI

日テレ「ミヤネ屋」(2013.6.6)
http://www.youtube.com/watch?v=Yapiax8MLLI
2013/06/08(土) 01:14 | URL | 犯罪民族 #amXlFcx2[ 編集]
ロスケ チャンコロ チョウセン は人に非ず。
子供の頃良く聞いた抑留から帰還された人の話で 印象に残っているのは
寒さと 空腹と 栄養失調のよる下痢の話であった。
子供心に 許せないと思った。
 抑留された日本人が強制労働で建造した建物はこのほかにもいくつかあり 今も立派に使用されているという話を聞く。
 皆が建築技術者ではなかっただろうに 日本人は見れば何でも作ってしまい次には改良してしまう。
 何年たっても水車一つ作れないような 人もどきや 北方領土にある橋が日本領時代に架けられたままで メンテナンスもされずぼろぼろになっているとか。
 日本の周囲には何故かくも 下等な人種の棲息する地域なのだろう。
 このウズベキスタンの話は 広く世界に喧伝されるべき。
 
2013/06/07(金) 20:03 | URL | 古希のネトウヨ #-[ 編集]
ウズベキスタンに抑留された方々が建設された「国立ナポイ劇場」は、正しい設計と真面目な仕事の結果、極めて丈夫な建物になっているのですね。
素晴らしいと思います。そして、これを大切にしてくださるウズベキスタンの人々にも感謝です。不幸にも日本に帰ってこられなかった英霊には、最敬礼です。

若い頃、共産主義国は労働者がみんな一生懸命に働くから、暮らしやすい生活ができると聞いたと思うのですが、結局は階級社会で労働者の独裁? 共産党の独裁だけが実現しても、国民全体は良くなるはずがないです。
国民のみんなが努力して仕事をしないと、小さな国の1億人以上が食べていくことができなくなることも間違いないです。
資本家階級は気楽に暮らしているなどと言っていましたが、大勢の従業員に仕事を持ってくるのも、大変な仕事です。
仕事とその結果の報酬に感謝! 嫌だなあと思いはしますが、納税できる立場に誇りを持ちましょう。

ところで、中山恭子氏には、参議院選挙で必ず当選していただきたいと思います。
そうでないと、日本維新の会の国会議員には元民主が多いため、全体がそちらにかき回されるような気がしますので・・・・・これを適正な方向に導いていただくために、「旧たちあがれ日本」の国会議員の方のリードが必要だと思っています。
2013/06/07(金) 14:54 | URL | ポッポ #-[ 編集]
私の友人の父は戦地で終戦後にソ連軍からシベリアに抑留されて森林伐採作業に従事させられて数年後に内地送還されて無事帰国したそうです。もう故人ですが生前私に語った話では、黒パンひと切れに少々の塩を入れただけのスープの食事だけで休日なしの森林伐採の重労働を強いられ、疲労でバタバタ日本兵が倒れると、ソ連兵は倒れた日本兵全員を素っ裸で整列させて全員の尻を眺めて、尻の肉がげっそり痩せている兵士だけを休息させていたそうです。人間は肋骨で出てきて骨川筋衛門になった状態でも尻の肉が痩せ落ちてなければ、まだまだ労働的に限界がきていないとソ連兵は判断して使役していたと話されていました。全く酷い話でした。
2013/06/07(金) 12:36 | URL | ひげ親父 #-[ 編集]
ウズベクの日本語学校
ウズベキスタンのフェルナガ地方のリシタンにNORIKO学校と言う日本語学校があります。嘗て現地に滞在していた大崎氏(2001年没)が始めた学校で大崎氏の奥様の名前を付けた学校です。
学びたい子供は無料で学べ、また日本への留学も支援しているNGOが日本に存在しています。
2013/06/07(金) 12:33 | URL | 世話焼き爺 #fT4uiAoI[ 編集]
日本版NSC法案を閣議決定 秋の臨時国会で成立目指す
日本版NSC法案を閣議決定 秋の臨時国会で成立目指す
http://www.asahi.com/politics/update/0607/TKY201306070044.html

偽装人権擁護法案のマイナンバー法案が反日売国勢力に政権を取られたときには、確実に
日本崩壊をもたらす。 この日本版NSC法案こそ安倍内閣が一番最初にやるべき仕事で
ある。 これを秋の臨時国会まで先送りしていることを愛国系日本人が不満に思っている
のである。 安倍内閣の優柔不断の判断が創価学会公明党に強く影響されたものである。
我々愛国系日本人の総力を結集して創価学会公明党を排除した日本復興のための政権を作
ろう。

詳細は
【前航空幕僚長の国防問題の掲示板】
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj10.cgi
【前航空幕僚長の国防問題タイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。
2013/06/07(金) 11:43 | URL | 愛信 #EBUSheBA[ 編集]
TPPに関する重要事項 (TPP条項英文和訳に関する留意点)
2013年6月6日


次世代政策研究機構


代表 苫米地英人


頭書の件、TPP条文に関し、第9章及び第11章につき、その解釈に於いて特に留意を要する点を取り纏め致しました。

尚、本報告書は、TPP 条文(英文原文)に対し、政府がその解釈に利用していると推測される政府関係者和訳での解釈に相違があることを危惧し、次世代政策研究機構が警笛を鳴らす目的で独自に作成したものです

原文は、シンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドによる原協定ですが、TPP拡大交渉は、条文の追加は認められても、原協定の変更は認められないことが参加の条件であり、TPP原協定で特に危険な第9章、第11章がそのまま適用されるのは明らかでありますので、 ここにその問題を指摘するものです。

文書は、以下のURLのPDFファイルです。

http://www.tomabechi.jp/DrTomabechiTPP.pdf


http://www.tomabechi.jp/
2013/06/07(金) 11:14 | URL | 貼り付け #QNjftStU[ 編集]
さっそく 行って見ました。 グーグルアースで・・・
素晴らしいお話しでした。何時も 勉強になる記事で 毎日 更新を楽しみにしています。
ずっと 以前 民放で 紹介されていたので 浅い知識は 持ってい「ましたが、ソ連の創立後の インフラが 其処まで 日本人抑留者の犠牲の上に 成り立っていた事までは 考えが 及びませんでした。

早速、グーグルアースで 飛んで見ました。
まずは カスピ海を 見つけて その ずっと 東に アラル海が 有るのですが 干上がっていて 少し 見つけ難いかもしれません。
アラル海から 南東に タシケント:タシュケント市が 見つかれば ズームして 市の中心部を 見つけます。周辺部は 住宅地らしい雑多な街ですが 中心地は 広く 区画され、緑の多い官公街になっています。
この官公街の 西には サッカースタジアムのような競技場が、東には放射状に道がめぐらされた緑の 広場が 目につきます。
この 2カ所を 結んだ線の 中央辺りから 南南東に 300ないし400メートル位に 薄茶色の 建物があり これが ナポイ劇場 Navoiy Opera and Balley Theatre です。

北緯 41度18分33、83秒 東経 69度16分12、43 秒 くらいです。
100x40メートル位の 立派な建物でした。
2013/06/07(金) 11:10 | URL | ミナミは北朝鮮 韓国は北賎と同じ敵国 #-[ 編集]
もう何年か前になりますが、99歳で永眠した家内のお父上はシベリヤ抑留からの帰還兵でした。義父はこのことを多くは語ろうとしませんでしたが時折、帰国の夢かなわず亡くなった戦友のことをぽつりぽつり寂しそうに話しておられました、こうして多くの生き証人たちが去っていきますが、このことを子々孫々まで語り継ぎ、日本を守ってゆきたいものです。
2013/06/07(金) 09:11 | URL | 団塊の世代の後輩 #-[ 編集]
泣けました。さあ、仕事頑張ろう。日本の先人の偉大さを知って下を向いているわけにはいきません。
2013/06/07(金) 07:11 | URL | 下水油 #-[ 編集]
ねずブロ拡散
私のブログでもねずさんを紹介させていただきました。一人でも多くの日本人に読んでもらい本来の日本人の心を取り戻したいです。
2013/06/07(金) 06:17 | URL | 名無し #mQop/nM.[ 編集]
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
最新刊
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』

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台湾民政府
サンフランシスコ講和条約で、日本は台湾に関して処分権は連合国に提供しましたが、領土の割譲は行っていません。条約以降、連合国も日本も台湾の処分先を決めていません。つまり台湾はいまも日本であり、台湾にいる1500万人の戦前からいる台湾人は、日本国籍を有する日本人です。私は台湾民政府を支持します。
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いつもたくさんのコメントをいただき、ありがとうございます。
ほんとうに皆様のコメントが、とっても嬉しく、かつありがたく拝読させていただいています。

議論というものは、すくなくともこのブログのコメント欄が、国政や地方自治、あるいは組織内の意思決定の場でなく、自由な意見交換の場であるという趣旨からすると、互いに互譲の精神を持ち、相手を尊敬する姿勢、ならびに互いに学びあうという姿勢が肝要であると存じます。

私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

ましてや、自分で質問を発したものについて、それぞれお忙しい皆様が、時間を割いて丁寧にご回答くださった者に対し、見下したような論調で応対するならば、それは他のコメントされる皆様、あるいは、それをお読みになる皆様にとって、非常に不愉快極まりないものとなります。

従いまして、謙譲・互譲・感謝、そして学ぶという姿勢のない連続投稿、粘着投稿に類する投稿をされた方については、以後のコメント書き込みを、管理人である私の判断で投稿の禁止措置をとらせていただきますので、あしからずご了承ください。
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