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敷島の大和心を人問わ(は)ば 朝日ににおう (ふ) 山桜花(本居宣長)。日本は天皇を国家最高権威とし、民を「おほみたから」とする「シラス国」です。


占守島の戦い(2) 士魂戦車隊

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占守島の日本軍戦車


池田末男さんという方がいます。
陸軍少将です。愛知県豊橋市出身の方です。
池田さんは、戦前「戦車隊の神様」と呼ばれました。
戦車学校教官当時には「キ戦車隊教練規定」という教程を編纂し、陸軍戦車学校校長に就任されています。

その陸軍戦車学校に、福田定一という生徒が入学してきました。
後の小説家、司馬遼太郎です。

司馬遼太郎は、昭和の軍人に対して概して批判的な小説家として知られ、自身の戦車部隊員であった過去を回想し、戦車隊のことを必ずしもよくは書いていませんが、その司馬遼太郎が、戦車学校校長だった池田末男さんに対してだけは、たいへんに尊敬する人物として著作の中で紹介しています。


池田末男陸軍少将(士魂戦車隊隊長)
池田末男


池田末男さんは、戦車学校校長職を辞した後、戦車第十一連隊長に就任しました。
「十一」は、縦書きすると「士」の字に見えることから、「士魂戦車隊」と呼ばれていました。

士魂部隊は精鋭部隊でした。
そして士魂部隊は、終戦のとき、北海道の沖合に浮かぶ千島列島の最北端の占守島(しゅむしゅとう)にいました。

池田隊長は豪放磊落かつ温和な性格の方だったといいます。
部下たちの誰もが、池田隊長のことを心から信頼していました。

こんなエピソードがあります。

占守島は、夏場でも気温が15度を上回ることがありません。
日中は濃霧に覆われ、冬場は気温が零下30度にも達します。
雪は電信柱が埋まるほど積もり、そして年間を通じて風速30Mの暴風が吹き荒れる島です。

そういう身を切るような寒さの占守島で、池田隊長は、絶対に自分の下着を部下に洗わせなかったのだそうです。
全部、自分で、冷たい水に手を入れて洗濯していたのです。

申し訳なさそうにしている当番兵に、池田隊長はこう言ったそうです。
「お前はオレに仕えているのか? 国に仕えてるんだろう?」

学校では、「昭和20(1945)年8月9日、ソ連が日本との日ソ中立条約を破棄して、満州に攻め込み、その後、日本はポツダム宣言を受け入れて、8月15日に終戦となった」と教えます。

しかし、そのあとに激戦が行われた地がありました。
そのひとつが占守島でした。

8月17日、重要書類を全部焼いて、翌日には戦車を全部海に沈めることが決まった士魂部隊は、第十一連隊本部で、その夜残念会を開きました。
池田連隊長を囲んで、主な将校が10人ほど集まって酒を酌み交わしました。

池田連隊長は、連隊長は酒を飲むときは無礼講が好きで、いつもなら豪放磊落な酒盛りになる人です。
けれどこの日は、しんみりとした雰囲気につつまれました。

彼は若い木下弥一郎少尉に、
「木下、15日以降、俺は廃人になった。お前たち若いものは国へ帰って新しい国民を教育しろよ」などと話していたそうです。

酒の席も解散になり、みんなが就寝し、深夜の日付が変わって18日となった午前1時のことです。
突然対岸のカムチャッカ半島側から長距離砲弾が島に撃ち込まれました。
そして占守島北端の国端岬一帯に、多数の上陸用舟艇が接近し、数千の兵力が強襲上陸してきたとの報が飛び込んできます。

武装解除を求める使節団なら、このような深夜の上陸はありません。
ということは、あきらかに侵略行為としての強襲です。

東浜海岸の竹田浜に展開していた部隊は、第三中隊の2個小隊(約80名)だけです。
彼らは突然包囲され、攻撃を受け、激戦となります。

この時点で、まだ敵の国籍は不明です。
いまでいったら、これまでまったく戦闘実績がなく、終戦がきてなお平安だった土地に、いきなり正体不明の謎の軍団が砲撃を加え、土地を占領して攻撃を加えてきたという状況となったのです。

しかも夏場の濃霧の時期です。
10M先も見えない。
その見えない先から、砲弾や銃弾が飛んでくるのです。

謎の軍団が上陸した国端岬にいた速応少尉は、岬の洞窟にあった野戦砲二門で、謎の軍団が上陸した竹田浜を側面から射撃します。

霧で見えない。
しかし、このとき来襲した謎の軍団は、駆逐艦2隻、6千トン級の輸送船4隻、兵力13,000千人という、まさに海を覆わんばかりの大部隊でした。

こういうとき、ものをいうのが、日頃の訓練です。
速応少尉は、霧で見えない敵に向かって、人馬殺傷用の榴弾をこめてメクラ撃ちしました。
そして敵の船13隻を撃沈し、さらに戦死者2千人、海を漂流した者3千人という大損害を与えました。

上陸を阻止された謎の軍団は、対岸のカムチャッカ半島の突端にあるロバトカ岬から砲撃をしてきました。
これで、敵が誰なのかがはっきりとしました。
ソ連です。

しかし、長距離砲は、巨弾です。
このままでは速応隊が全滅してしまう。

長距離砲撃を知った四嶺山の坂口第二砲兵隊長は、直ちに15センチ加農砲2門で、これに応射しましました。
これまた日頃の訓練の賜物です。
坂口第二砲兵隊は、濃霧の中を見えない敵に向かって長距離砲撃し、わずか20分で敵の長距離砲を完全に沈黙させてしまったのです。

一方、上陸してきた部隊を迎え撃った歩兵大隊は、敵の艦艇を14隻以上撃沈、擱座させ、戦車揚陸艇ほか多数の上陸用舟艇を破壊。
さらに敵指揮官が乗る舟艇まで撃沈し、敵軍団を無統制状態に陥らせます。

それでも敵は13,000名を擁する大軍です。
これら応戦をしていた日本側の正面の歩兵大隊は、わずか600名です。

敵は多数の死傷者を出しながらも、陸続と後続部隊を上陸させてくる。
そして、内陸部に侵攻を開始してきます。

当初、報告を聞いた師団参謀は、国籍不明といっても米軍だと思ったそうです。
後に相手がソ連とわかった時はびっくりしたそうです。
参謀は、軍使が来たのが手違いで戦闘に発展したのかとも考えたのだそうです。
しかし時間が時間です。
加えて何千人という兵力です。
さらに、ロパトカ岬からの砲撃もある。
これは明らかに軍使ではない。

午前2時10分、第91師団長は決断します。
「師団全力をもって、敵を殲滅せよ」

全軍直ちに戦闘配置につきます。
戦車1個連隊と歩兵1個大隊、工兵一個中隊は、先遣隊として竹田浜に急行しました。
占守島南端の第73旅団は、北の要点・大観台に司令部を進出させ、戦闘に参加しました。
隣りの幌筵島の第74旅団も占守島に渡って敵を攻撃することになりました。
幌筵島の師団司令部も占守島に移動開始です。
第5方面軍司令官樋口季一郎中将は、同時に濃霧の隙間をついて陸海軍混成の航空部隊8機をソ連艦艇への攻撃のため飛び立たせました。

「断乎、反撃に転じ、ソ連軍を撃滅すべし」

士魂部隊にも、司令が下りました。
「戦車隊前進せよ」

池田隊長は直ちに各中隊長、小隊長を集めました。
そして自身は、真っ先に準備の出来た戦車に飛び乗って走り出します。

「天与の好機逸すべからず。各隊長は部下の結集を待つことなく、準備のできたものから予に続くべし!」

このとき戦車連隊は、武装を分解中でした。
すぐには出撃できない状態にあったのです。
それでも総員必死で武装を取り付け、直ちに出撃しました。

濃霧の中、途中の位置で部隊は集結します。
そこで池田隊長は、全戦車部隊隊員に訓示しました。
〜〜〜〜〜〜〜〜
諸士、ついに起つときが来た。
諸士はこの危機に当たり、
決然と起ったあの白虎隊たらんと欲するか。
もしくは赤穂浪士の如く此の場は隠忍自重し、
後日に再起を期するか。
白虎隊たらんとする者は手を挙げよ。

〜〜〜〜〜〜〜〜

このとき不思議なことが起こりました。
濃霧が突然、さっと薄れたのです。
そして、その場にいた全員が見たのです。

それは、霧でおぼろにしか見えなかった隊員たちが、全員が挙手している姿でした。
士魂部隊は、全員、白虎隊となることを選択したのです。

若い木下弥一郎少尉も、池田連隊長のそばにいました。
しかし、定員オーバーで戦車の中に入れない。
池田連隊長は、戦車を止めて、木下弥一郎少尉に下車を命じました。
「木下、お前は旅団司令部の杉野さんのところへ連絡将校として行っておれ」

戦車学校校長であったときから、ずっと接してきた木下少尉は、連隊長とにわかに離れがたく、そのときぐずぐずしていたそうです。
池田隊長は、「早く行け!」と怒鳴りました。

そして走り出した戦車から上半身を露呈した池田連隊長は、振り返って弥一郎に言いました。
「木下、お前は助かれよ。命を捨てるなよ」
これが、木下少尉が見た池田隊長の最後の姿でした。

午前5時、国端崎から14キロ手前の天神山で士魂部隊は小休止しします。
ここで遅れていた一部も合流しました。

池田連隊長は、白鉢巻で戦車上に立ち上がりました。
そして「上陸軍を一人残さず、海に叩き落とすまで奮闘せよ!」と大声で訓示しました。

午前5時30分、連隊は前進を再開し、島の北端に近い大観台を過ぎました。
午前6時20分、連隊は歩兵大隊の指揮所が置かれた四嶺山南麓台地に進出します。
そこは、既にソ連軍約200人の1個中隊が山を越えきていました。

池田隊長は、これを突破して四嶺山頂に進出する決心をします。
そして午前6時50分、攻撃を開始する。
士魂戦車隊は、速射砲で敵を撃破しつつ南斜面を駆け上がりました。
7時30分、山頂に到達。

山頂から見下ろすと、敵歩兵の大軍がそこにいました。
池田連隊長は、師団、旅団の両司令部に打電します。

「連隊はこれより敵中に突撃せんとす。
 祖国の弥栄と平和を祈る」

7時50分、池田連隊長は、戦車からハダカの上体を晒したまま、身を乗り出して日章旗を打ち振り、攻撃前進を命じました。

士魂連隊の攻撃隊形は、左から第4中隊、第3中隊、第1中隊、連隊本部、第6中隊、第2中隊の順の展開です。
約40両の戦車です。
その戦車隊が、池田隊長の指揮のもと、一斉に敵の群がるど真ん中に突入していきました。

その姿は、さながら運用教範の実演の如く、見事な隊形だったそうです。
さすがは戦車隊の神様。
さすがは士魂部隊。

士魂部隊は、南斜面より上ってくるソ連兵の群れにと接触します。
視界約20Mの濃霧です。
戦車は、死角が多いのです。
ですから濃霧は戦車にとって不利です。

本来なら、戦車は歩兵と協力して初めて実力を発揮できるのです。
しかし急な出動です。
協力できる歩兵はいません。

戦車隊と、ソ連歩兵の肉弾戦は、およそ40分にわたり繰り広げられました。

これは、その戦いが、実にすさまじい戦いであったことを示しています。
なぜなら、近代戦においては、銃撃戦というのは、普通1〜2分のものだからです。
5分も続けば「今日の戦いは長かったな」となる。
実弾の飛び交う戦闘というのは、それほどまでに、人間に強度の緊張をもたらすものなのです。

8時30分。いったんは混乱し、潰走しかけたソ連兵は、前線の指揮をとっていたアルチューシン大佐の指揮で、約100挺の13㎜対戦車ライフルと、4門の45㎜対戦車砲を士魂部隊正面に結集させ、激しい反撃をはじめました。
装甲の薄い日本の戦車は、貫通弾をもろに受け、次々沈黙していきます。

濃霧の中で出会い頭に敵弾を受け、友軍の戦車が炎上する。
それでも士魂部隊は前進します。
キャタピラで、備砲で、敵兵を叩き続けました。

やがて日本軍の四嶺山南東の高射砲が応撃を開始しました。
さらに南麓から駆け付けてきた日本の歩兵大隊も参戦してくれました。
士魂部隊の獅子奮迅の戦いで、ソ連軍は遺棄死体100以上を残して、ついに竹田浜方面に撤退したのです。

この戦いで、士魂部隊の損傷は、戦車27両が大破。
そして池田隊長以下、96名が戦死されました。

士魂部隊の突撃のとき、敵は稜線いっぱい展開していたそうです。
隊長の指揮する戦車隊を見て、彼らは自動小銃をめちゃくちゃに撃ってきました。
砲塔に雨あられと弾がはねて、顔を出していれないくらいだったといいます。

そんな中を池田隊長は突撃されました。
戦車から裸の上半身を露出し、鉄カブトもかぶらず、日の丸の手ぬぐいで鉢巻をしただけの姿で、1M×80cmぐらいの大きな日章旗を振って戦車の上から「前進!前進!」と突撃の合図をしながら戦い続けたのです。

そんな隊長の姿は、いやでも敵の目につきます。
やがて銃弾が、隊長車に集中する。

搭乗していた指揮班長の丹生少佐が、まず先に撃たれたそうです。
そのとき、池田隊長は丹生少佐の遺体を落としてはならぬと、にわかに縄を出して丹生少佐の死体を自分の戦車の砲塔に自分で縛りつけたそうです。
そして今度はその砲塔の上に全身を露出させてまたがり、例の日章旗を振り振り、なおも全軍に前進を命じられていました。

戦車のウイーク・ポイントは横腹です。
ここは鋼板が薄く、そこを狙って撃たれ、だいぶやられたました。
池田隊長車も、突撃を命じて30分ぐらい、敵をさんざん踏みにじったあと、対戦車銃を横腹に受け、それで中に積んであった弾薬が誘爆し、擱坐炎上しました。

池田隊長の乗車した戦車は、炎上したのちも、しばらく前進したそうです。
その姿は、まるで、死しても前進を止めない隊長の魂が、戦車に乗り移ったかのようだったそうです。

8月21日、現地の日ソ両軍間で停戦交渉が成立しました。
同日午後、堤師団長とソ連軍司令官グネチコ少将が会同して降伏文書の正式調印が行われました。
そして、ソ連軍の監視の下で武装解除が行われました。

守備隊の将兵は、納得できなかったそうです。
「なぜ勝った方が、負けた連中に武装解除されるのか」
みんな、そう言った。
みんな、そう思ったそうです。

占守島守備隊の活躍は、昨日の記事にも書きました。
占守島守備隊の一週間の活躍が、結果として北海道を守りました。

当時のソ連政府機関紙「イズベスチャ」は、占守島の戦いについて、次のように書いています。
〜〜〜〜〜〜〜〜
占守島の戦いは、大陸におけるどの戦闘よりはるかに損害が甚大であった。
8月19日はソ連人民の悲しみの日であり、喪の日である。

〜〜〜〜〜〜〜〜

ソ連側司令官は後に「甚大な犠牲に見合わない全く無駄な作戦だった」と回顧録を残しました。

もし占守島守備隊が、何の抵抗もせずソ連の蹂躙にまかせるままでいたら、昨日も書いたように、日魯漁業の女子工員400名は、ソ連兵に蹂躙されるままになっていたであろうし、ソ連側が述べているように、占守島が一日で陥落していれば、ソ連はそのまま北海道に攻め入り、戦後日本は、半島と同様、北日本と、南日本に分断されていたであろうことは明白です。

逆に、もし、占守島守備隊が第5方面軍の停戦命令を受けなければ、上陸ソ連軍は殲滅されていたろうし、その後のソ連軍による千島列島(北方領土)の接収すらなかったかもしれません。

大功ある、第91師団、そして勇敢な士魂部隊の将兵は、この戦いの後、ソ連に日本本土に帰還させると騙されて、シベリアに強制連行されました。
そして連行の途中で、5分の1が理由なく殺害され、またシベリアで多くの人々が非業の死を遂げました。

不思議なことがあります。

この占守島守備隊の活躍について、戦後左翼は教科書に一切載せていません。
まるであたかも「なかったこと」にしているかのようです。
まれに占守島の戦いについて書いているものでも、この戦いを「無駄な戦い」、「戦死者は犬死に」と一蹴しています。

実に不思議です。
それが同じ日本人の言う言葉なのか。
私には、そういう人たちの感性がまったく理解できません。

占守島には、いまも当時の日本兵の戦車や遺骨、遺品が眠ったままになっています。

戦後67年が経過したいま、日本は、あらためて勇敢に散って行かれた英霊たちへの感謝を捧げるとともに、散って行かれた彼らに恥じない、ほんとうの日本の建設をしていかなければならないときにきているといえるのではないでしょうか。

〜〜〜〜〜〜〜〜
諸士、ついに起つときが来た。
諸士はこの危機に当たり、
決然と起ったあの白虎隊たらんと欲するか。
もしくは赤穂浪士の如く此の場は隠忍自重し、
後日に再起を期するか。
白虎隊たらんとする者は手を挙げよ。
〜〜〜〜〜〜〜

私には、池田隊長のこの言葉は、士魂戦車隊の隊員たちへの言葉というだけでなく、平成の世に生きる現代日本人への言葉に聞こえます。


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サムライ魂 ~占守島の士魂部隊~ 1/6


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コメント
No title
日本人が陥りがちな失敗は、「もう戦争は終わったんだから武器は用済みだ。」と思ってしまい、武装解除してしまうお人好しさです。

人間は、自分、家族、自分の属するもの、を守るために、たとえ心の中だけであったとしても、死ぬまで武器を持ち続けなければなりません。

武装解除は言語道断です。
2013/09/13(金) 17:54 | URL | #-[ 編集]
【画像あり】韓国の反政府デモで巨大横断幕キタ━━━(°∀°)━━━!!!!
【画像あり】韓国の反政府デモで巨大横断幕キタ━━━(°∀°)━━━!!!!
http://www.news-us.jp/article/372319887.html

【関連情報】
【News U.S. 中国・韓国・在日朝鮮人崩壊ニュース】デンマーク政府「中国人民解放軍は
少数民族の子供を虐殺している。
http://www.news-us.jp/article/371877560.html

支那朝鮮に支配された反日売国テレビ局・マスコミが隠蔽しているニュースです。
 自分達の支配者の都合の悪い事を隠蔽して、まさかこんな事になっているとは知らなかったと、
視聴者から非難されて日本のテレビ局・マスコミとしての拠り所を失う、情報隠蔽、報道機関とし
ての責任を放棄する取り返しのつかない過ちを犯している。
 情報隠蔽で日本人はまだ騙せると信じ込んでいる反日売国テレビ局・マスコミの実態を暴露して
行こう。

詳細は
【マスコミ隠蔽の掲示板】最新版
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj4.cgi
2013/08/19(月) 23:15 | URL | 愛信 #EBUSheBA[ 編集]
島田戦車隊は、大東亜戦争の開始時にマレー半島を先頭切って進行した部隊で、専科も素晴らしかったです。
司馬遼太郎氏は終戦間近のとき、上官に戦車隊が避難民と出会った場合どうするのかと質問したところ、上官は避難民を突っ切って進むと言ったことから、ガッカリしたとのことを読んだことがあります。
司馬氏はマスコミ出身ですから、左翼指向は避けられないと思いますが、書いておられる文章から、日本が好きな人だと思います。彼が書けなかった題材にノモンハン事件がありますが、昔はノモンハン事件は日本の一方的な敗北で、悲惨なことしか報道されませんでした。最近は、ソ連の方が被害が大きく決して負けたのではないと司馬氏が知っていたなら、ノモンハン事件を題材に小説を書いたでしょうし、その結果、ノモンハン事件の扱いが世間で変わっていたかもしれません。


最近、島根県の図書館で漫画の「はだしのゲン」を小中学生に対して、閲覧禁止にしたことが話題になっています。
若かった頃、この漫画を少し見たことがあったのですが、原爆被災者の絵が好きではなかったため、全部は読みませんでした。また、自分の子供にも、見るのを禁止にしました(子供は、余所で読んでいたそうです。)。
ですから、全部の内容は知らなかったのですが、日本兵が捕虜(?)の首を切ったり、女性を強姦して局部に棒を突っ込んだ絵が描かれています。
作者の方は、これらを日本兵がやったことだと、どうやって調べたのでしょうか? 誰かに聞いたのでしょうか? それを、事実だと確認したのでしょうか? 
朝日テレビの報道ステーションは、事実だとして放送しています。
私は、本多勝一と同じで事実の確認もせず、聞いたままを漫画にしたと思います。
捏造を描いたものならば、子供に見せることはありません。(原爆を描くのは表現の自由がありますが、嘘ならば子供に見せてはならない。子供は、見せられたものを真実だと思います。)
2013/08/19(月) 22:43 | URL | #-[ 編集]
10分で自虐史観の洗脳が解ける魔法の動画(ナレーションつき)
10分で自虐史観の洗脳が解ける魔法の動画(ナレーションつき)
http://youtu.be/BBVhqkQ6_4I
(動画)

感極まって涙しました。
この動画を今の惰眠をむさぼる日本人にみてもらい、何が真実であったかを心に刻んでほしい
動画をアップしてくださった方に心より感謝いたします。
先祖も救われます?。

詳細
【動画ニュース掲示板】最新版
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj6.cgi
【動画ニュース最新版タイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。
2013/08/19(月) 18:13 | URL | 愛信 #EBUSheBA[ 編集]
「無駄な犠牲」でも「犬死に」でもありませんよね。もし無駄な犠牲犬死にだとしたら筋道立てて説明してもらいたいです。できないからレッテル貼りをしてにげるのでしょうが(笑)バカサヨの嫉妬は見苦しい。
「無駄な存在」、「狗畜生」のバカサヨに言われたくありませんね。
ふみにじったのではなく、露助を征伐したのです。ふみにじったという表現はあまりよくありませんね。


2013/08/19(月) 15:58 | URL | アジア #-[ 編集]
普段から興味深く読ませていただいております。
今回の話題とは関係ないのですが、
日経ビジネスの記事に日本文化らしい、素敵な言葉がありましたので、ご紹介させていただきます。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20130813/252229/?P=2

以下、一部抜粋です。
「そもそも、我が国においては、「働く」という言葉を、「傍(はた)を楽(らく)にする」という意味に解釈してきた文化があります。

我々が一生懸命に働くのは、職場の仲間を幸せにするため、顧客を幸せにするため。
企業が一生懸命に活動するのは、世の中を幸せにするため、良い世の中を創るため。」

欧米、その他世界の考える「労働、働くこと」と、日本古来の「労働、働くこと」は異なるようです。
日本では、かの国のように労働を卑しいものとは思わず、汗を流して働く姿を美しいと思う文化です。
(もちろんブラック企業は例外ですが)

天皇陛下も、ご高齢でありながら毎日国民のために汗を流して公務にあたってくださる。
だから国民も「働く」ことができるのかもしれません。

2013/08/19(月) 13:18 | URL | 軍人の娘 #-[ 編集]
サヨクは売国奴です、私は先日の参院選でいまだに日本共産党に票を入れる連中がいることに危機感を覚えます。彼らはシナ、ロシアが我が国にどんなに悪行を働いたか、これからもやろうとしているのかまったく分かろうともせず、ひたすら我が国の先人たちを貶めようとしているのです。困ったものです。
2013/08/19(月) 12:51 | URL | 団塊の世代の後輩 #-[ 編集]
如何にしても悔しい停戦命令
先のコメントにも書きましたが、占守島の戦いは大分前から知っていた話でしたが、内容、詳細についてはほとんど忘れていた部分も多かったです。

やはり、このように詳細なお話を読むと、今更ながら占守島守備隊将兵たちの身命を賭した戦いぶりに、思わず襟を正したくなるほど感動します。

お話の中で、陸軍戦車学校に福田定一(司馬遼太郎)が入学してきたという話がありました。「坂の上の雲」など文学的には立派な著作があり有名ではありますが私は、どうもこの作家を好きになれません。

それは軍人に否定的だという点です。ご多分にもれず彼も、いわゆる進歩的文化人の一人であり、思想も左傾化していると見たからです。

さてこのたびのお話に、池田末男士魂戦車隊長が「諸士、ついに起つときが来た。諸士はこの危機に当たり、決然と起ったあの白虎隊たらんと欲するか。もしくは赤穂浪士の如く此の場は隠忍自重し、後日に再起を期するか。白虎隊たらんとする者は手を挙げよ」と言う訓示があり全員が挙手したという場面、正にこれこそ「サムライ魂」世界に誇る日本人の強さであり、われら日本人の誇りでもあります。

それにしても前にも書きましたが占守島守備隊に対する第5方面軍の停戦命令が如何にも悔やまれます。

あの停戦命令がなければ、ソ連軍を殲滅出来ていたはずなのです。「なぜ勝った方が、負けた連中に武装解除されるのか」と守備隊の将兵が、みんな、そう思ったそうですが当然です。

さらに日本のサヨクは、この戦いを「無駄な戦い」、「戦死者は犬死に」と一蹴しているそうですが、その発言に対して「どこを見てものを言っているのか、この、あ○めく○ら野郎」と身震いするほどの怒りがこみ上げてきます。この守備隊の戦いを評価できない者は日本人にあらずです。

これからも、このような近現代史の真実のお話を期待してお待ちいたします。どうも有難うございました。



2013/08/19(月) 10:02 | URL | terag3 #KVPRtAI6[ 編集]
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

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口座名義 小名木善行
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古事記に学ぶ経営学
古事記に学ぶ日本の心
百人一首に学ぶ日本の心
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台灣民政府
台湾民政府
サンフランシスコ講和条約で、日本は台湾に関して処分権は連合国に提供しましたが、領土の割譲は行っていません。条約以降、連合国も日本も台湾の処分先を決めていません。つまり台湾はいまも日本であり、台湾にいる1500万人の戦前からいる台湾人は、日本国籍を有する日本人です。私は台湾民政府を支持します。
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コメントをくださる皆様へ
基本的にご意見は尊重し、削除も最低限にとどめますが、コメントは互いに尊敬と互譲の心をもってお願いします。汚い言葉遣いや他の人を揶揄するようなコメント、並びに他人への誹謗中傷にあたるコメントは、削除しますのであしからず。
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コメントをくださる皆様へのお願い
いつもたくさんのコメントをいただき、ありがとうございます。
ほんとうに皆様のコメントが、とっても嬉しく、かつありがたく拝読させていただいています。

議論というものは、すくなくともこのブログのコメント欄が、国政や地方自治、あるいは組織内の意思決定の場でなく、自由な意見交換の場であるという趣旨からすると、互いに互譲の精神を持ち、相手を尊敬する姿勢、ならびに互いに学びあうという姿勢が肝要であると存じます。

私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

ましてや、自分で質問を発したものについて、それぞれお忙しい皆様が、時間を割いて丁寧にご回答くださった者に対し、見下したような論調で応対するならば、それは他のコメントされる皆様、あるいは、それをお読みになる皆様にとって、非常に不愉快極まりないものとなります。

従いまして、謙譲・互譲・感謝、そして学ぶという姿勢のない連続投稿、粘着投稿に類する投稿をされた方については、以後のコメント書き込みを、管理人である私の判断で投稿の禁止措置をとらせていただきますので、あしからずご了承ください。
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