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家作り

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阿久沢家住宅


最近、というか、もう何十年もですが、住宅のCMをよくテレビでみかけます。いわく「◯◯万円で建つ家」等々です。そうした住宅CMを見たり、あるいは高級住宅街とされる第一種住居専用区域などの住宅街を見て思うのは、「なぜか木がない」ということです。

ある程度、お年を召した方が住む家や、同じ住宅でも相当の歳月を経た古い家ですと、たいてい庭先に木が植わっています。ところが新しい家、新築の家、あるいはCMに出て来るようなモデルハウスのような物件では、まず木は植えられていない。

これはいったいどういうことでしょうか。
そもそも、昔の人はどうして庭に木を植えたのでしょうか。
このことについて、古民家の建築と江戸の街から、考えてみたいと思います。

冒頭にある写真は、群馬県前橋にある阿久沢家という古民家の写真です。
この家は17世紀末ということですから、築150年ほどを経過しています。
江戸時代の末頃に建てられた建物です。

いまでは国の指定重要文化財となっているこの家は、もとは名主さんの家だったものなのですが、家の作りそのものは、当時、北関東ではごく一般的なものとして築かれていたものです。
家のカタチなどは、地方によって多少の違いはあるものの、茅葺(かやぶき)き屋根の木造の民家というものは、ひとむかし前までの日本では、全国どこにでも、あたりまえのように見られたものです。

ひと目ご覧いただいて、家の裏に樹木が茂っている様子がわかります。
これは、一般には、破風林として家の風よけのために植えられたものといわれています。
もちろん、破風林です。
けれどそれだけではないのです。

実際に観に行くとわかるのですが、たとえば家屋を横断する梁(はり)などは、一本の巨大な樹から伐られたものを使っています。
いま、同じ構造の家を新築しようとしたら、これだけの家で、材料費と施工費で1件1億円くらいかかる。それだけ良い木を使って建てられているのです。

だからこういった家を建てる人は豊かだったということを言いたいのではありません。
実は、この作りそのものが、究極のエコなのです。

どういうことかというと、家を新築するには、木材を必要とします。
あたりまえのことですが、その分、必要なだけの木を伐らなければなりません。
木は、伐ればなくなります。
そこで昔の民家では、家を建てるに使っただけの木を、家の裏に植樹したのです。

最初は小さな苗です。
けれど、その木が100年、200年と建つと、裏庭で立派な大きな木に育つ。
そしたらその木を使って、また家を建て替える。

逆にいえば、建てた家は、裏庭の木が育つまで100年200年と持つ、それだけの耐久性のある家として築かれました。
さらに、家の柱や梁(はり)には、太い木材が用いられました。
なぜなら太い柱や梁(はり)なら、多少の火災があっても、古くなっても、表面を削るだけで新品によみがえる。新しい木材に生まれ変わる。

壁に使っている塗り壁は、竹を編んで、その上に土を塗り固めました。
この技法は防寒、防暑にきわめて効果的で、しかも火災発生時には、土が崩れて消火の役を果たします。

おもしろいのは地震対策で、なんといま流行の「免震構造」なのです。
「免震構造」というのは、地震がきたときに、地震と一緒に揺れることで地震のエネルギーを吸収してしまう構造です。
これをどのように実現しているかというと、まず家そのものを石の土台の上に築きました。
家は石に乗っているだけですから、地震がきても、その揺れのエネルギーは建物が石の上をすべるだけで逃してしまいます。
さらに家が木でできた軸の組み合わせでできているため、地震の揺れとともに木と木の組み合わせ部分が動いて、ここでもまた地震のエネルギーを吸収してします。

たとえ家が地震によって、石の台座からズレても大丈夫です。
ロープで引っ張れば、もとに戻る。
木造軸組の軸がずれて、建物が歪んでも大丈夫です。
ロープで引っ張って留めれば、またもとの姿に戻る。

つまり土壁であることによって耐火構造となり、太い木でできた木造軸組工法であることによって免震構造になり、建物に歪みが出てもすぐに直せるし、火災のボヤが発生して木材が焦げても、削れば新品になってしまう。
だから建物が200年建っても壊れない。
ものすごい耐久性をもっているわけです。

それでも、150年〜200年と経てば、家は老朽化する。
けれどその頃には、裏庭に植えた木が育っているから、その木を使って、また家を新築できる。

一方、そこまで考えた家なら、裏庭に木を植えるわけですし、何世代も同居しますから、当然のことながら、敷地は広大になり、家も大きな家になります。
現存するある古民家では、一時期、祖父母から玄孫まで合計105人が、その一軒の家で生活していたそうです。
それだけの人が住んで生活できるだけの空間が、家にちゃんと備わっていたわけです。

いまの建売り住宅などでは、せいぜい耐久年数は25〜35年です。
けれど、築30年も経てば、家はもうボロボロです。
しかも家そのものが小さいから、結局は「一代限り」の家にしかなっていません。
しかも敷地は小さく、家の庭に、家を建て替えるときに必要な木材を植えれるようなスペースもありません。

世界に、いわゆる古代文明と称される文明を築いた民族はたくさんあります。
エジプト、メドポタミア、チグリス・ユーフラテス、黄河など、いずれも4000年の歴史を持つ文明です。
ところが世界の古代文明の地は、いまではほぼそのすべてが砂漠化しています。

もともと砂漠ではありません。
人々がそこに住み、文明を切り拓いた当時は、そのあたりは豊富な緑があり、自然の恵みがたくさんあったところでした。
森があり、その森が水を育み、食料となる小動物を養ってくれていたからこそ、人が住めたのです。

けれど、人は火を使い、木を伐ります。
燃やすのは一瞬です。
けれど育つのには、木は何十年も何百年もかかります。

人が住む。木を燃やす。
結果として、世界の古代文明の地は、木のない砂漠となり、人の住めない土地となり、人の住めない廃墟となっています。

ところが日本は、3万年前という途方もない昔の磨製石器が発見されている国です。
磨製石器を何に使ったかといえば、小動物を絞めたりにも使ったでしょうが、同時に木材の伐採用に使われていたと考えられています。

なぜそう言えるかというと、磨製石器の形状が、1400年前の世界最古の木造建築物である法隆寺五重塔を建築したときに使われた「槍(やり)カンナ」と、そっくり同じ形状をしているからです。
つまり、法隆寺五重塔の建築技法は、日本人が3万年かけて開発してきた技法の集大成でもあったのです。

ついでに申し上げると、五重塔のような塔(ソトゥーバ)は、インドから支那、朝鮮にもあります。
けれどそれらはすべて、単に一階から5階まで各層ごとに「箱を積み重ねた」だけの構造です。
木造軸組で、耐震耐火構造を持つ塔建築は、法隆寺五重塔が最初のものです。

火を使うという意味では、日本で発見されている土器は、1万6500年前のもので、これまた世界最古です。
土器というのは、火を使わなければつくれません。
そして土器を制作するためには、村落内で、食料確保と料理、土器作りが、それぞれ社会的分業になっていなければなりません。
そうでなければ、土器をつくっている人は、飢えて死んでしまうからです。

つまり1万6500年前の土器は、その頃に日本では、火を使い、社会的分業が行われ、集落内で社会的分業を営なまれていたという証拠になるわけです。
そして村落に社会的分業が成立していたということは、そこに言語があったということの証明でもあります。

世界の古代文明の4000年の歴史どころか、1万6500年前、3万年前という途方もない太古の昔から、日本は文明を開花させていながら、それでも日本は、森を失わず、緑を失わないできました。
いまでも日本は国土の7割が森林です。
どこも砂漠化していない。

これができたのは、日本人が太古の昔からずっと「自然との共生」を図ってきたからです。
屋敷を造るためには木を伐らなければならない。
ならば、それと同じだけの木を育てる。
次の木が育つまでの間、はじめの屋敷を大切に使う。
木が育つのに、200年かかるなら、人の世は、だいたい20年でひとつの世代が交替するわけですから、10世代先の子孫まで、ちゃんと住めるように家を造る。

爺さんの世代、親父の世代、自分の世代、子の代、孫の代、曾孫(ひまご)の代、玄孫(やしゃご)の代、長生きをすれば、ここまでは自分と直接関係を持つことができます。
でも、それで爺さんの代から数えて7世代です。
10世代となると、たぶん自分は絶対に会うことのできないはるか先の、自分が死んだあとの子孫です。
その子孫が、家を新しく建築しなおす、そのときのために、裏庭に木を植え、育てる。

日本人はそうやって自然との共生を図り、狭い日本の資源を大切に育んできたのです。

以前、何かの折りに、「日本の森林は地味が肥えているいるから、木を伐採してもすぐに木が育つ」とおっしゃった学者さんがいました。
違います。森の木は、伐採すれば、禿げ山となり、禿げた斜面は、大雨が降れば表面の栄養のある土が全部流されてしまいます。
そうなったら、地味が痩せ、もう木は生えれません。
そうなった山が、自然放置の状態で、もとの原生林に戻るためには、約5千年を要するといわれています。

木を伐採したら、そこに木を植え、大切育てる。
木を、ただ使うだけでなく、その木に感謝し、再び一緒に生活できるようにしていく。
自分の世代だけではなくて、子の代、孫の代、ずっとずっと先の子孫の世代のことまでを、ちゃんと考えて生きる。
それが日本が太古の文明を持ちながら、いまだに森を絶やさず保持できている理由です。

昔の古民家は、なるほど大きな古い家です。
けれど、そういう「共生」のもとに考案され建てられてきたものなのです。


では、都会である江戸の街などではどうでしょうか。
江戸でも庭先には、どこの家でも、特にお屋敷なら必ずといって良いほど、庭には何らかの木を植えていました。
なぜそのようなことをしたのかといえば、田舎の民家にあるように、自分の家を建て替えるときの木を栽培するということではなくて、そのような自然との「共生」を大切に使用という、意図、気持ちを大切にしたからです。
だからこそ、庭に木を植え、大切にそだてていたのです。

その江戸の町ですが、たいへんおもしろい特徴があります。

江戸の街並
江戸の街並


この写真は、江戸東京博物館にある江戸の町を再現したミニチュア模型です。
どの家も全部「切り妻」と呼ばれる屋根で、その屋根が通りに面しているのが見て取れます。
なぜ建物が同じ方向を向いているかというと、火災対策のためです。

建築物がすべて木造ですから、江戸の町に火事は大敵です。
その火災が発生すると、町火消しなどがやってきます。
その火消しの人たちの姿が、下の絵です。

江戸の町火消し


現代の消防車とずいぶん違います。
ポンプは持っていますが、多くの火消しさんたちの得物は、さす股や鍵のついた棒です。
なぜこのようなものを手にしていたかというと、江戸の消火は火を消し止めるのではなく、建物を破壊して延焼を防ぐのが主な方法だったからです。

こうした道具で、延焼しそうな家を引っ張って倒しました。
どうして引っ張ったら簡単に倒れたかというと、家の構造自体を、そのように作ってあったからです。
下の頭の「鼻栓(はなせん)」がそれで、火災が発生すると、火消したちが、延焼しそうな家の鼻栓を抜きます。
すると、鍵でひっかけるだけで簡単に倒れる。
そのために、家の屋根の向きまで、みんな同じ方向を向かせていました。

鼻栓
鼻栓


江戸で大火があったり、新しく流入した人口が増えると、江戸では、木材を調達して家を建てました。
その木材は、幕府直轄の御用林で育てました。
木が大きく育つまでには、それこそ100年、200年とかかります。
その間、幕府の経費で、林業を保護し、森の木が健康に育つようにしていたのです。

こうした手配は、地方大名も同じです。
大名自らが、森の経営をし、林業を保護して森の木を育てていました。
つまり、農家などが自分の家を建て替えるために、裏庭に木を植樹したことと同様のことと、幕府や全国の大名たちは、もっと大がかりに行っていたわけです。

こうした森の保護は、我が国ではとても歴史が古いもので、日本神話にも、スサノオが髭(ひげ)を抜いて放つとそれが杉の木になり、胸毛を抜いて放つと檜(ひのき)に、尻毛は槙(まき)の木に、眉毛は樟(くすのき)になったと書かれています。
つまり、森の木は、神でもあったのです。

神様だから、人は木を大切にしました。
日本が太古の文明を持っていながら、いまだに砂漠化せず、木があるということは、古代の人々が木や森を大切に育てていたという証(あかし)です。
そして有史以来では、森の樹々は神として、国をあげて大切に育んできたわけです。

ところが、戦後の日本はどうでしょう。
核家族化し、家を建てることにはたいへん熱心だけれど、森を保護することについては、何も手が打たれていません。
保護のない林業は、いまやさびれる一方です。

そして、ほんの20年前までは、植林によって形成された日本の山々の森は、植林ですから、等間隔に同じ高さ、同じ種類の樹々が整然と生えていたのに、いまや、山の斜面をみると、完全に雑木林となり、森の緑も、そこここで色合いが違って着ています。
緑の色合いが違うということは、そこでは、すでに植林した樹々が枯れはじめ、別な雑木が森を浸食しはじめた、ということなのです。

要するに、かつては計画的に森の成育が営まれたいたのに、戦後、高度成長の終わり頃からは、森が放置されるようになり、いまや、荒れ放題となっている。
政府に林野庁はあるけれど、予算もなく、林業の保護にまでまるで手が回っていない状況です。

戦争が終わった時、外地から、約600万人が、日本に帰国してきました。
普通の国なら、600万人の失業者の群れが都会に帰ってくれば、そこにはスラムが形成され、治安は悪化し、暴動などの巣窟となります。

ところが戦後の日本がそうはならなかったのは、冒頭にあるような大家族を主体とした民家が、まだ田舎に残っていたからです。
600万人の復員してきた失業者の群れは、それぞれの実家のある田舎に帰りました。
そこには、何世代にもわたって生活できる大家族用の大きな家がありました。
だから、日本はスラム化もしないですんでいます。

けれどいまならどうでしょう。
戦後に大幅改正された建築基準法は、住宅を核家族用に細切れにしてしまいました。
家に庭があっても、ガーデニングが精一杯で、そこで家を建て替えるための木を植えるなど、考えもつかない広さのものになっています。

この原形は、GHQのマッカーサーによってもたらされたといわれています。
空襲によって焼け野原となった都会で、住宅を供給するために、GHQは「9坪政策」というものを打ち出しました。
別名を「ウサギ小屋政策」といいます。

これは6畳1間に4畳半、風呂、台所、トイレに押し入れだけの平屋です。
敷地はだいたい10〜13坪です。
いまでいう仮設住宅に近いものです。
戦後は、こうした平屋建ての一軒家が大量に建てられました。

当時は、家そのものが焼かれて、ない状態だったわけですから、それはとてもありがたいものでした。
ところが、戦後復興がようやく一段落し、さてこれからは仮設住宅ではなく、本当の住宅をとなった昭和25年5月に、GHQによって建築基準法が発布されました。

この法律は、もともとは大正時代につくられた「市街地建築物法」を抜本改正したものです。
「市街地建築物法」は、その名のとおり市街地における住宅建築を対象としただけのものです。
もともと市街地というのは、古来、民家は借家が中心でした。
家、屋敷は田舎に大きな家があり、あくまで市街地は仕事をするための仮住まいです。
仮住まいですから、家は小さくても良い。その代わり、交通などの利便性が良い方がよい。
あたりまえのことです。
ところが昭和25年の建築基準法は、そうした市街地、田舎の区別なく、一律に住宅建築をウサギ小屋に規制してしまったのです。

さらに昭和29年には、民法が施行されました。
ここでは、相続について、従来の長子相続が改められ、この数だけ分散相続する相続法が規定されました。
この分散相続というのは、実は日本では鎌倉幕府がその政策で失敗し、7代140年で幕府を崩壊させた元凶として、後に「たわけ」と呼ばれた政策です。

昭和30年代の街並
昭和30年代の街並


おバカのことを「たわけ」といいますが、その「たわけ」です。
「たわけ」は、「田分け」、つまり分散相続によって、土地そのものが細切れとなり、結果として土地を使えなくしてしまうことを言います。

財産というものは、お金でも、田畑でも、寄せ集めて広く大きなものにするから、資産価値が出るのです。
1坪の田んぼでは、誰も食って行けませんが、数千坪の田んぼがあれば、そこでたくさんの人が生活でき、生き残ることができます。
だから、財産は寄せ集めたほうがいい。
だからこれを「田頼り」といいます。「頼りになる」の「たより」です。

もともと市街地の建築物を対象とした市街地建築物法を全国一律の建築基準法に改悪し、さらに相続制度の改正によって、家族ごとの資産運用が不可能になり、戦後の日本の住宅建築はカタチがどんどん変わって行きました。

それでも昭和40年代くらいまでは、人々は家を建てるときには、自分が死に、子の世代になっても同じ敷地内で生活できるように、土地は100〜150坪の家を建てました。
それなら、自分が死んだあと、二人の子供に、50〜75坪の土地を遺してあげることができると考えたのです。

けれど、その土地はさらに細分化され、いまや30坪が基準になりました。
こうなると、家屋も土地も、一代限りのものにしかなりません。
そして新・建築基準法によって、家の耐用年数も、木造住宅なら25年と決められました。

土地が30坪、建物の耐用年数は25年。
そのどこにも、「共生」という思想はありません。
米国と同じ、「使い捨て」の思想しかない。
親が死に、妻と子供が二人が残されれば、子ひとりに配分される土地は7坪半です。
これでは人が住むことはできませんから、子供たちは成人すれば、親元を出て、別なマイホームを建てたり買ったりする。
すると、住宅地が無尽蔵に必要になる。
そのために、次々と農地が破壊されていく。

建築物の材料にはシロアリなどの虫に弱い外材が利用され、日本の森は荒れ放題。
政府も森林保護にはまったく無策。

先の大戦中の日本の人口は1億人です。
いまの日本の人口は1億2700万人です。
実は日本の人口は、戦後、たった2700万人しか増えていないのです。
これが何を意味しているかというと、平均年齢が伸びた分しか、人口が増えていないということです。

ところが昔あった青々とした田んぼや畑は、いまやどこもかしこも住宅地です。
その住宅地も、あと50年もすれば、もはや住民は死に絶え、もしかしたらゴーストタウンです。
いま、第一種住居専用地域となっているところは、将来、支那人や朝鮮人のスラムにでもするつもりなのでしょうか。

戦後の日本は、いったい何をやってきたのでしょう。
江戸の昔、家を建てるに際しても、日本人は自分より何代も先の、まだ生まれてもいない子孫たちのことまで考えて、家作りを行い、未来の子孫のための立て替えようの木まで育てていてくれました。

けれど、戦後世代の私たちは、子や孫、あるいは曾孫、玄孫のためにいったい何を遺しているのでしょうか。
特に平成になって以降の失われた20年、日本は何を残しているのでしょうか。

2020年の東京オリンピックの招致が決まりました。
世間は7年後の未来像がやっと描けるようになったと大喜びしています。
けれど昔の日本人は、たった7年どころか、100年先、200年先のことを考えて、木を育て、森を育み、家を作り、子孫の繁栄を願って生きていたのです。

日本を取り戻すということは、もちろん一義的には、いまのデフレ経済から脱却し目先の景気を回復することがあります。
けれど、その奥には、何千年もの間、ちゃんと子孫の繁栄までをもきちんと考えて生きていた、昔ながらの日本人の心と社会を回復させることがあるといえるのではないでしょうか。


※以上のお話は、古民家工房の高橋社長のお話をもとに私の思いを書かせていただきました。
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コメント
No title
感服しました。日本には先人が古から培ってきた知恵があった。
それを戦後ことごとくダメにした。このお話は些末ではなく根本の部分なのですね。日本を取り戻すというのは大変なことだ、とあらためて思いました。
2013/09/12(木) 09:01 | URL | 谷内口博 #-[ 編集]
タンク漏洩で3200ベクレル検出 地下水汚染の疑いさらに高まる
タンク漏洩で3200ベクレル検出 地下水汚染の疑いさらに高まる
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130910/dst13091001290000-n1.htm

何百年も発生する核反応熱を水をかけて冷やすやり方では際限なく汚染水
は増え続ける。  反日売国奴の韓(菅)直人や東電はこの事を判った上で
核テロ攻撃をしているのだ。 近いうち核爆発(使用済み核燃料の再爆発)
や汚染の拡散を予測して、3年目にして深刻な問題と成り、反日売国市民
革命家達の作戦の効果が現れてきた。 反日売国テレビ局・マスコミにより、
今の日本は存亡の危機に追い込まれている事を認識しよう。 もう時間が無い
のです。  オリンピック開催決定の話題に隠された福島の危機と日本人
社会の危機を直視しましょう。

【東日本大震災の影響の掲示板】
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj14.cgi
2013/09/12(木) 00:58 | URL | 愛信 #EBUSheBA[ 編集]
No title
昔の日本の家は、屋根が藁葺きであったため防火的には弱かったと思います。そのため、江戸時代の享保の頃に、瓦葺きが義務になりました。朝鮮通信使は、江戸の建築物がことごとく瓦屋根であることに、文明の差を感じたのではないでしょうか。

日本家屋は、家の外壁が土壁の部分よりも雨戸の部分が多いため、基本的に寒いのではないでしょうか、明治初期に来日した欧米人は、にほんんじんは寒い家屋に住んでいると、何かの本で読んだことがあります。

戦前の名主の土地は、農地改革によって小作の方に分散されました。
その後、都市近郊農家であった小作の方は、戦後の都市の発展に従って土地を売却して換金された方が多かったと思います。
しかし、農地改革で手に入れた土地は、いわば元手なしで手に入れたもので、目的は農地によって国民の食糧を確保するものでした。その土地を売却するときには、当初の目的外で収入を得ることになるのですから、元の名主に適正な金額を返還するか、又は収入に対する税金を、大きくしても良かったと思います。

戦前の日本の人口1億人は、朝鮮半島と台湾を含んだもので、戦後の1億2700万人は、朝鮮半島と台湾を外した人口ですから、表面的には2,700万人の人口増加のようでも実際は4,700万人の人口増加です。
それから、戦前の人口について、朝鮮半島と台湾を除くと7,000万人位だと思います。
2013/09/11(水) 20:22 | URL | ポッポ #-[ 編集]
「もったいない」はエコと感謝の言葉
私の母方の祖父母が、壁下地の職人でした。幼い頃、祖父母の家に行くと、たちどころに竹で水鉄砲を作ってくれました。とても遠くまで水が飛ぶので、弟と一緒によく遊んでいました。
母によると、祖父は名人だという評判で、ある人が腕比べをしてやろうと、密かに祖父と競争をしていたそうです。その人は始めこそ祖父の仕事のペースを上回っていたのですが、無駄が多く、ゴミになってしまうため、掃除の手間が余計にかかってしまい、結局、祖父が勝ったそうです。後から事情を聞かされた祖父は、「わしは普通にやっとっただけじゃ。競争するならもっと手早くできたのに。」祖父のその言葉を聞いて、祖父に挑んだ方は恥じ入ったそうです。祖父はほとんどゴミを出さなかったそうです。
後年、祖父の家の近所を営業で回った時、「私の家の壁下地も近藤さん(祖父の姓)にやってもろた。指名する人が何人もおったけん(居たから)、だいぶ待たされたんよ。」と言われ、とても誇らしかったものです。
もったいない、という究極のエコと感謝の精神を、日本人の生活の中に復活させたいものです。
ねずさんの今日のお話に全面的に賛成いたします!
2013/09/11(水) 18:35 | URL | 越智富雄 #hRorm7e.[ 編集]
No title
都会ではこの傾向が本当に強く出ています。
最近では古民家と違い、40年ほど前の建売住宅などがその構造の脆弱さのせいで建て替え時期になっています。あるいは先日の最高裁大法廷の違憲判決のように大家族解体のような、子供は全員がその権利を等分とする民法が、土地を切り刻む要因のひとつにもなっています。
折しも、日本では外国籍でも土地を比較的簡単に購入できるので、(最近は日本人には購入不可能な世帯が増加しているにも関わらず、支那系のBKが日本在住の支那人にローンを盛んに貸し付けているとのことです。)その周辺から日常生活の変化も生まれてくることと思います。例えば日本人なら家の内外を、掃除するのは感覚的に当たり前なのですが、ゴミなどの出し方にも日本人とは違う感覚があるようです。なので、スラム化するということは覚悟しなくてはなりません。するとそれを行政で何とかしなくてはならなくなるでしょうから、自分たちの手で何とかしようとする日本人はやはり、人口を減らしても元の落ち着いた生活を取り戻してやり直した方が幸福なのではないでしょうか?
私たちは歴史の中で点在するだけの存在なので、何を継承し何を伝えていくかということを、もっと真剣に学ばなくてはならないと思います。
2013/09/11(水) 14:56 | URL | cocoa #-[ 編集]
No title
国破れて山河あり
今 日本中の愛唱歌 誰でも歌えて 誰もが心にしみる歌は 明治に作られた唱歌「ふるさと」だそうです。
みんな 田舎に帰ろう。 家族を取り戻そう。 山を守ろう。 鎮守の森を 里山をもう一度作ろう。 山を育てれば海も豊かになる。
 山を整備することは 国土強靱化の基礎であると思います。
国は 税金を使ってでも 今一度山や森林を整備するべきです。
昔 山林は自然なのだから人工的な手を入れない方が良いのだなんて言うお馬鹿なお役人がいました。 こんなのが 農水省なんかで威張っていたら 国土は荒れ放題です。
 営林署なんてものの活動を再活性化させるべきです。
呉善花さんが 反日の気持ちを抱いて来日し、ついには日本に帰化までされるきっかけになったのは、日本人が自然と解け合って生活している風景だったそうです。 
 日本を潰すのに 家(家族制度)に目をつけた マッカーサーは慧眼であったか。
今なら未だ間に合うかもしれない。 21世紀型超ハイテクの田舎を作ろう。 受け継ぐべき国土が有れば 子供も生まれるだろう。
自戒を込めて。
2013/09/11(水) 14:15 | URL | 古希のネトウヨ #-[ 編集]
海外にも
日本の家屋は木造と言われていますが、本当は土蔵と木のハイブリッドなのです。
木の柱を土壁で塗り固め空間スペースを工夫しています。
土壁は湿度のコントロールをしてくれます。
湿度が多いと水分を吸収し、乾燥すると水分をはきだします。

もうひとつの利点は、木は腐ったりシロアリに荒らされたりして傷んできますが、土壁が損壊を防いで支えて壊れないようにしている効果があるそうです。
建築家の方に聞きましたが古い家は土壁で保られていることが多いそうです。

買い手が古い土蔵を欲しがっているのは壁土の再利用です。
山から土を運んでくるのは大変です。
土蔵に使っている壁土は沢山の量を使っています。
それに、古い壁土は草の種や不純物を取り払う必要が無く、藁などの繊維補充が少なくても使用できます。
新しい壁土はこねるのが大変な作業です。

日本国内の木は価格が安く林業は破綻しています。
国外から安い木材を輸入しているのが原因ですが、産出国は禿げ山が増えています。
輸入商社の利益だけの図式を変えていかなければ「美しい日本」は無意味になってしまいます。
WIN WINで国内産の材木を見直し、海外にも植林事業を成功させなければなりませんね。
2013/09/11(水) 13:28 | URL | はっちょもん #-[ 編集]
No title
お疲れ様です。
家作り=国作りですね。
本当に先人の知恵には感服します。
改めて日本人の素晴らしさを感じました。
先人達は知恵を絞り、家人を、そして国を護ってきたのですね。
教育の賜物です。

家もそうです、国もそうです、いつ何時どこから暴風雨が来るやも知れません。
それは日本の内外に言える事です。

日本の中を見ると日本に巣食う反日勢力、そして外ではシリアに見る内戦、そして日本を虎視眈々と狙うどこぞの国々。
まさに世界は動いているのです。
そんな中、戦後70年余り経った今でも、GHQがわずか1週間前後で作った憲法を天下の宝刀のごとく守ってきている日本。
日本は規律を重んじ、律儀を重んじる、これぞ日本ですが、これに関しては律儀の使いどころを間違っているのではないかと思います。
ドイツでさえ憲法改正しています。

しっかりした防風林の植え替えを、安倍総理は身を呈してやっておられます。
国を護る、国民が一つになる時は今しかない、そう思います。
つまり、家がごたごたしてたら、ろくなことはありません、国とて同じです。
家庭におけるごたごたは、家庭崩壊で済まされますが、事、国となっては違います。
シリアに見られる内戦ですが、諸外国の利害が見え隠れしています。

明日は我が身やも知れません、それくらいの危機感を持ってもいいほど今の日本は、内、外からの脅威に晒されていると言っても過言では無いと思います。

防風林の中にも腐った木もあります、そんな木は早く引っこ抜かないと周りまで腐ってしまいます。

防風林の植え替え、我々日本国民がしないといけないことが自然と見えてきます。

2013/09/11(水) 12:09 | URL | 桜子 #PyZMa2bE[ 編集]
【NHKから国民を守る党】立花孝志氏  市議選に立候補
                    
反日NHK打倒の為【NHKから国民を守る党】立花孝志氏が
                      (元NHK職員)

今月行われる大阪摂津市の市議選に立候補しました。

告示は9月8日、投票は9月15日。

立花氏は、NHK受信料支払を”市条例”を作ることで、

”無条件強制徴収”に歯止めをかける提案を行っている。

具体的には、”スクランブル”をかけて

全てNHKの番組を見たい人だけ全額支払う。

見たくない人は「ニュース・福祉=公共性のある番組}以外

見なくて済むようにする。

ネット選挙解禁です。

全国にホームページやブログ、ツイッター、フェイスブックなどで

大阪摂津市に知人のいる方への投票を呼びかけてください。

2013/09/11(水) 10:23 | URL | デウス #-[ 編集]
No title
古民家の周りに木が植えてあるのは、建材としてもそうですが、
山林が無い地区では、薪として植えているのも理由だと思います。
何せ、昔は燃料は薪がメインでしたので。自分の家も古民家の
為、わかりますが、古い家屋は、建材を使いまわしているのが
解ります。親戚の古い家では、火災で蔵が焼けましたが、売りに
出されていた買って蔵を移築したりしています。
古い家屋は、解体しやすくできているようです。
2013/09/11(水) 09:56 | URL | hehehe #-[ 編集]
No title
誠に含蓄のあるお話、ありがとうございました。しかしながらお話に水を差すようで恐縮ですが、エジプトの古代文明のあった地域が砂漠化したのは地球の自転の角度が微妙に変化し、気候が大幅に変動したためとの説もあります。こうなった場合はいくら人知の粋を動員しても砂漠化を防ぐことは不可能です。ちなみに先週、私は市内で運転中ゲリラ豪雨にみまわれ、川と化した幹線道路を40分、エコドライブ用のアイドリングスイッチをOFFにし、マフラーに侵入した水を必死に排気ガスで排出しつつ危機を脱出しました。こうした規模の災害には大阪や東京にあるような地下の巨大な貯水プールがあれば解決できるのですが・・お金に汲々と言っている地方都市では・・・悪い人間どもを懲らしめるのには自信を持っていても自然災害には・・ちょっと悶々としている次第です・・。
2013/09/11(水) 09:27 | URL | 団塊の世代の後輩 #-[ 編集]
No title
いつも素晴らしいお話を有難うございます。子供の頃聞いた話では、家に女の子が生まれると、庭に桐の木を植えたそうです。それが育つ頃、娘が嫁に行く。その時、桐で箪笥を作る、と言うのです。実際はどうだったかは知りませんが、今日のお話に類似する話だと思い、投稿させていただきます。
2013/09/11(水) 09:24 | URL | 上田隆男 #P0vgGwAM[ 編集]
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家作り

ねずさんの ひとりごと 家作り
ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
最新刊
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』

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私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

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