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敷島の大和心を人問わ(は)ば 朝日ににおう (ふ) 山桜花(本居宣長)。日本は天皇を国家最高権威とし、民を「おほみたから」とする「シラス国」です。


軍神杉本五郎中佐と日本人的生き方

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軍神杉本五郎中佐
軍神杉本五郎中佐


手榴弾を浴び倒れたが、軍刀を杖としてまた立ち上がると再び号令をかけ、倒れる事なく遥か東方、皇居の方角に正対、挙手敬礼をして立ったまま絶命した。

立ったまま絶命された方がいます。
杉本五郎といいます。
帝国陸軍中佐です。
昭和12(1937)年9月のできごとです。

この年の8月、第二次上海事変が勃発しました。
日本はやむなく支那に派兵しました。
このとき、杉本中佐は、広島の宇品港から、戦地に向かっています。
支那国民党が、完全装備で手ぐすねひいて待ち構える支那への派兵でした。

杉本中佐は、長野部隊第二中隊長でした。

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支那事変の緒戦から、長城山岳戦料子台の戦闘を始めとし、北支那の各地を転戦しました。
中佐の部隊は、いたるところで敵中深く肉弾突入を果たし、「死之中隊」と呼ばれる異名を得られています。
そして敵を追って山西省に入るや、山西の要衝である蔚閣山高地の攻略戦いで、常に陣頭に立って肉弾突入を果たされました。

杉本中佐は、岩壁を登り、敵兵約600がいる陣地へ、号令をかけながら突入しました。
そのとき、敵が投げた手榴弾が、杉本隊長のすぐ脇で爆発しました。
隊長は、爆風で吹き飛ばされました。

ところが隊長は、軍刀を杖にすると、立ち上がり再び、皆に号令をかけました。
そして、東方の皇居の方角に正対し、挙手敬礼をされました。
気がつくと、敬礼し、立ったままの姿勢で、隊長は絶命しておられました。
38歳でした。

杉本中佐は、広島の三篠(みささ)町で生まれ、天満小学校に通われました。
広島修道中学を経て陸軍士官学校(33期)、陸軍戸山学校を卒業されました。

お亡くなりになったとき、杉本中佐には4人の息子さんがおいでになりました。
中佐は、お亡くなりになる直前まで、その息子さんたちに、20通からなる遺書を書きのこしておいでになりました。

この遺書の存在を知った戦友らの好意によって、遺書は「大義」という名の本となり、昭和13(1938)年5月に出版されました。
本は、終戦までのわずかな期間の間に、29版を重ね、130万部を超える大ベストセラーになりました。

その本の緒言(はじめ)に「父・五郎」の名で、次の文章があります。
現代文に訳してみます。
冒頭のところだけです。原文は全文を末尾に挿入します。

==========
【緒言】
私の子、孫たちに、根本とすべき大道を直接指導する。
名利など、なにするものぞ。
地位が、なんだというのか。
断じて名聞名利のやからとなるな。

武士道は、我が身を犠牲にする心(義)より大きなものはない。
その義の、もっとも大事なものは、君臣の道である。
出処進退のすべては、もっとも大きな大義(君臣の道)を根本としなさい。

大義を胸に抱かないなら、我が子、我が孫と名乗ることを許さない。
たとえ貧乏のどん底暮らしとなったとしても、ただひとえに大義を根幹とする心こそが、私の子孫の根底である。

(原文)吾児孫の以て依るべき大道を直指す。名利何んするものぞ、地位何物ぞ、断じて名聞利慾の奴となる勿れ。
士道、義より大なるはなく、義は君臣を以て最大となす。出処進退総べて大義を本とせよ。大義を以て胸間に掛在せずんば、児孫と称することを許さず。一把茅底折脚鐺内に野菜根を煮て喫して日を過すとも、専一に大義を究明する底は、吾と相見報恩底の児孫なり。孝たらんとせば、大義に透徹せよ。

==========

孟子の言葉に、「無恒産無恒心」というものがあります。
「恒産(こうさん)なき者は、恒心(こうしん)なし」と読みます。

恒産というのは、いまでいうなら定職です。
恒心は、恒久的に安定した心という意味です。
意訳すると「安定した収入を持たない者は、安定した心を持つことができない」という意味になります。

この言葉は、管子(かんし)の「衣食足りて礼節を知る」と似ていますが、慣用句の「貧(ひん)すれば貪(どん)する」とは、意味がだいぶ異なります。
「貧すれば貪する」は、貧乏するとまっとうな人でもさもしくなる、という意味ですが、孟子の「恒産なき者は恒心なし」や、管子の「衣食足りて礼節を知る」は、もう少し深い意味があります。

孟子がこの「恒産なき者は恒心なし」を説いたのは、孟子が老境に入った頃のことなのです。
孟子というのは、とても苦労された方で、各国を巡って人の道を説き続けたのですが、その孟子を用いる国がなく、60歳を過ぎた頃には、士官をあきらめて故郷に帰って農業をして生活していました。

士官しなければ、というのは、いまで言ったら「就職しなければ」と同じような意味です。
いってみれば孟子は大学を卒業したあと、就職もできないまま、就職浪人を続けたようなものです。
あたりまえのことですが、生活は極貧状態です。
それでも彼は志を曲げず、正しい道徳観の育成こそ国家の大事という自説を説き続けました。
けれど、夢破れ、60歳になった彼は故郷に帰りました。

故郷に帰った孟子は、そこで小さな私塾を開くのですが、このとき、あたり一帯を領地にしていた王が亡くなり、息子の王子が次の王に即位しました。
それが「文王(ぶんおう)」です。
文王は、孟子を王宮に招き、国王の顧問にしたのです。

孟子は、王に「恒心」を説き続けました。
その教えの代表的なものが「四端(したん)」です。
これは「四つの端緒」という意味で、
「惻隠」=他者を見ていたたまれなく思う心
「羞悪」=不正や悪を憎む心
「辞譲」=譲ってへりくだる心
「是非」=正しいこととまちがっていることを判断する能力
と定義されます。
学問は、この「四端」を学びとるもので、これによって人は、「仁義礼智」の四徳を身につけることができるとしたわけです。
それをひとことでいえば、「恒心」となります。

なるほど、こうした教えを2500年前の支那で説いたのですが、こうしてあらためて眺めてみると、支那人とはまさに真逆の姿勢を説いているわけで、孟子が就職できなかったということも、なるほどとうなづける気がします。

孟子の「恒心」は、「永遠の(恒)の心」ですから、これは未来永劫通じる正しい心の道です。
そしてその過程で出てきた教えが「恒産なき者は恒心なし」であるわけです。

この言葉は、よく「人は、ちゃんと下仕事を持ち、定収をもたなければ、まともな心なんて育たないよ」といった意味に使われることが多いのですが、孟子がこれを説いたときの「者」というのは、国王を指しています。
つまり、国王は、国民に人の道の教育をするだけでなく、恒産、すなわち産業を興し、人々を豊かにしなければ、民度はあがりませんぞ、というわけです。

もっといえば、国王は、民から収奪する存在ではなく、民を豊かにすることが仕事ですよ、と言っている、そのコーナーで、説いたのが「恒産なき者は恒心なし」なのです。
ですから、「恒産なき者は恒心なし」は、「貧すれば貪する」という、貧しいと心が荒(すさ)むよ、という教えとは、ちょっと角度が違うわけです。

孟子自身は、誰よりも極貧状態を経ながら、それでも志を貫いた人です。
ですから、「恒産」がなくても「恒心」を抱き続けました。
けれど、そういうことは、よほど高尚な魂がなければ、なかなかできることではない。
だから、一般の人々に高い道徳心を抱いてもらうには、産業の振興(恒産)が必要ですと説いているわけです。

管仲の「衣食足りて礼節を知る」も、民衆は服と食べ物(衣食)が十分にあって、はじめて礼儀や節度をちゃんとわきまえるようになるという意味ですから、同じ意味の言葉です。

ただ、「本当にそうなのか?」と思うのです。

昨今の日本は、たいへん豊かな国です。
それこそ江戸の昔では考えられないほどの経済的豊かさを多くの民衆が手に入れています。
けれどその一方で、江戸270年間に起きた犯罪の総数が、いまの日本では、たった1年で起こる犯罪件数と同じになっています。

先日お話を伺ったのですが、迎えの家の旦那(B)が、自分の家の車庫にお客さんの車を停めさせたからと、自分(B)の車を、真迎えにあるAさんの家の車庫に勝手に駐車したのだそうです。
帰宅したAさんはびっくりして、お迎えの旦那Bに抗議しました。
するとBはたいへんな剣幕で、「ウチの車庫が一杯で、あんたの家の車庫が空いてるから停めたんだ。何が悪い!」と、逆切れして怒鳴りまくったのだそうです。

びっくりしたAさんは、ホームセンターに行ってチェーンと南京錠を買ってきて、自分の家の車庫に取付けて、その日以降、よその車が入れないようにしたのだそうです。
おかげでそれまでなら、車で帰宅したら、そのまま自宅の車庫に車を入れれたものが、帰宅の都度、いちいち車を降りて、南京錠を外し、チェーンをはずしてからでないと、車をしまえれない。
しかも家の前は公道です。他の車がガンガン通る。
だから危ないし、雨降りなどはほんとうに面倒だし、危険だし、たいへんなのだそうです。

お話を聞いて、そのお向えさんは、たぶん在日だろうと、ピンと来ましたが、そうはいっても、表札は日本人名で識別はつきません。
困ったものです。

経済的繁栄は国においても、個人においてもとても大切なことであることは、論を待たないと思います。
けれど、孟子の「恒産なき者は恒心なし」は、ひとつの点について、誤解を招きます。
それが何かというと、経済的豊かさは、そのまま欲望に直結する、ということです。
欲望は自己肥大します。

ますます大きな冨を欲しがるし、欲のためには、他人を平気で踏みにじる者も出てきます。
自分の欲望を満たすことだけが大事で、そのために、どれだけ多くの人が泣こうが、何も感じなくなる。
昨今の、どこかの国や、そのどこかの国から来て日本人になりすましている外国人など、まさにその典型です。

だからこそ、豊かさの追求以上に、「恒心」が大事なのです。

なるほど国にとっても個人にとっても、恒産(定職、定収、富)は不可欠です。
それがなければ、なるほど貧すれば貪するようになるかもしれない。

けれど、そうであるならば、昔の日本はどうだったのでしょう。
江戸時代の日本社会は、決して豊かな社会ではありません。
どちらかといえば、みんなが共通して貧乏だったのが江戸時代です。
このことは明治のはじめも同じで、先日、樋口一葉が、着たきりスズメで、着てるものを洗濯したら、乾くまでハダカでいた、というお話をご紹介しましたが、それくらい、みんなが貧乏だったわけです。

そもそも日本における士農工商は、身分の順番ですけれど、同時に貧乏な順番でもあります。
武家は身分は高かったけれど、借金まみれ。
農民は、食い物は持っているけれど、お金はない。
工人(職人さん)たちは、「宵越しの銭は持たねえ」程度にはお金はもっているけれど、逆にいえば「宵越し」の分しか、財布にお金がなかった。
一番お金をもっていたのは、一番身分の低い商人たちです。
けれど、そういう社会でありながら日本人は、犯罪もなく、人々が助け合い、学び合う、世界に類例のない高い民度の社会を構築していたわけです。

杉本五郎中佐は、勇猛果敢な部隊を指揮し、常に戦いの先頭に立ち、そして手榴弾を浴びて、これが我が命の最後と悟った時、皇居に向かって挙手敬礼による遥拝を行って、そのまま、立ったままの姿で絶命されました。
彼も軍人ですから、決して豊かな生活をしていたわけではありません。

それでも杉本五郎中佐は、我が子への遺言として、
名利など、なにするものぞ。
地位が、なんだというのか。
断じて名聞名利のやからとなるな。
たとえ貧乏のどん底暮らしとなったとしても、ただひとえに大義を根幹とする心を持て、と信念を遺言にしただけでなく、自ら、その死の瞬間に、壮絶な姿で、その高い精神性を発揮してみせたのです。

なぜ、杉本中佐は、それだけの精神性を保ち得たのでしょうか。
その答えが、中佐の遺された「大義」という遺書の中の第二章に、記されています。
同様に現代語訳してみます。

=======
第二章 道

天皇の大御心に然うように、「自分」を捨て去って行動することが、日本人の道徳というものです。
では、天皇の御意志・大御心とはどういうものなのでしょうか。
その答えは、御歴代皇祖皇宗の御詔勅にあります。

その詔勅のすべてが、大御心の発露となっています。
わけても明治天皇の教育勅語は、最も明白に示された大御心の代表的なるものと拝します。
いいかえると、天皇の御意志は、教育勅語に直接明確に示されている。

ですから私たちは、教育勅語の御精神に合うように「自分」を捨てて行動すること。
それが、日本人の道徳観です。

その教育勅語の根本にある精神は、個人の道徳観の完成にあるのではありません。
天壌無窮の皇運扶翼にあります。

天皇の御守護のために、老若男女、貴賤貧富にかかわらず、ひとしく馳せ参じ、死ぬことさえもいとわないこと、これが日本人の道徳の完成した姿です。
つまりそれは、天皇の御為めに死ぬことです。

このことを言い換えると、天皇の御前に、「自分」とか「自己」とか「私」とかは「無い」という自覚です。
何も無いということは、億兆とその心は一体であるということです(「無」なるが故に億兆は一体なり)。

私たちは、天皇と同心一体であることによって、私たちの日々の生活行為は、ことごとく皇作、皇業となります。これが、日本人の道徳生活です。

つまり、日本人の道徳生活必須先決の条件は、「自分というものを捨て去ること」、すなわち、「無」なりの自覚に到達することです。

(原文)天皇の大御心に合ふ如く、「私」を去りて行為する、是れ日本人の道徳なり。天皇の御意志・大御心とは如何なるものなりや。御歴代皇祖皇宗の御詔勅、皆これ大御心の発露に外ならず。別けて明治天皇の教育勅語は、最も明白に示されたる大御心の代表的なるものと拝察し奉る。換言すれば、天皇の御意志は教育勅語に直截簡明に示されある故に、教育勅語の御精神に合う如く「私」を去りて行為すること、即ち日本人の道徳なり。而してこの御勅語の大精神は「天壌無窮ノ皇運扶翼」にして、個人道徳の完成に非ず。天皇の御守護には、老若男女を問はず、貴賤貧富に拘らず、斉しく馳せ参じ、以て死を鴻毛の軽きに比すること、是れ即ち日本人道徳完成の道なり。天皇の御為めに死すること、是れ即ち道徳完成なり。此の理を換言すれば、天皇の御前には自己は「無」なりとの自覚なり。「無」なるが故に億兆は一体なり。天皇と同心一体なるが故に、吾々の日々の生活行為は悉く皇作皇業となる。是れ日本人の道徳生活なり。而して日本人の道徳生活必須先決の条件は、「無」なりの自覚に到達することなり。
===========

ひとつ間違えてはいけないのは、ここでいう我が国の天皇というのは、戦後の解釈としての象徴人でも、西欧的解釈による現人神でもありません。
天皇の皇祖皇宗から代々伝わる血脈によってもたらされる権威と、その権威ある天皇によって私たち民衆が権力者の私有民とならずにいれること、つまり私たち民衆が権力者の私物にならないでいることができ、民衆が民衆としての尊厳を保持できているのは、まさに、天皇の存在あってのことだ、ということなのです。

私たちが政治権力者ではない天皇という血脈の存在の民であることによって、私たちは権力者からの収奪にあわず、自由を手にしています。これこそ究極の自由です。
そしてその私たちの究極の自由というものは、天皇という存在によって、担保されているわけです。
その「私たちの自由」の根幹であり「根底」となっている天皇のためなら、進んで「無」になる。
自分を捨て去る。

戦後蔓延した「俺が俺が」という生き方は、本質的に日本人の体質とは異なるものです。
日本人は、誰もが ミカド、天子様という存在によって、政治権力者の私有民とならない、公民(皇民)の地位を与えられてきました。

私有民というのは、私有物であり、奴隷のことです。
そうならないでいれるのは、 天子様の存在あればこそです。
私有民ではなく、ひとりひとりに立派な人としての尊厳が与えられているのですから、わざわざ「俺が俺が」と自己主張する必要さえなかったのです。

このことを詰めて言うと、
======
 天皇の御前に、「自分」とか「自己」とか「私」とかは「無い」
======
となります。
そして「何も無い」ことを自覚することによって、億兆とその心は一体になります。
何もない=「ゼロ」だからです。
「ゼロ」は何万個足しても「ゼロ」です。
(「無」なるが故に億兆は一体なり)。

つまり、日本人の日本人的生き方の先決条件は、「自分というものを捨て去ること」、すなわち、「無」なりの自覚に到達することだ、と杉本中佐は教えてくださっているのです。

このことは、考えてみれば、あたりまえすぎるくらい、あたりまえのことです。
自由の原因となっている天皇が失われるということは、私たちが権力者からの自由をも失うということだからです。
だからこそ、未来永劫、私たちの子々孫々にいたるまで、のびやかな生活を謳歌してもらうために、自分を無にしていく。
どんな苦労にも絶えて行く。
それが日本人です。

杉本五郎中佐は、このことを座右の銘とし、実践し、壮絶に死んで行かれました。
先頭きって死地に飛び込み、奮戦し、手榴弾が我が身を襲っても立ち上がり、部下を指揮し、死を悟った瞬間には、皇居を遥拝して挙手敬礼をして、立ったまま逝かれたのです。

その見事なまでの生き様、死に様は、「恒産」ではありません。
単なる個人の道徳心としての「恒心」でもありません。
「皇道の自覚」、もう少しひらたくいうなら、
「日本人であることの自覚」です。

杉本五郎中佐は、軍神となられ、その御霊は靖国に祀られています。
そして、墓所は、広島県三原市高坂町にある佛通寺にご安置されています。

私たちは、戦後の「個人主義」に、とてもたくさん汚染されすぎました。
これからの日本人が、もとよりの日本人を取り戻すということは、とてもたいへんなことであろうと思います。

けれど、やっぱり日本人てすごいですね。




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コメント
こんにちは
「無」になるって、凄く大変なんですよね。

人間というのは「エネルギー(パワー)」で出来ていますから、パワーというのは「作用」と「反作用」があり、頭に来て鬱憤晴らしに壁をぶん殴ったら、手が血まみれになり痛くて、もっと頭に来る、なんて無駄なことを実は毎日のようにやっています。

同様に、「幸せになりたい」と思うことは同時に「現在不幸だ」と現実を否定することだったり、そういうスパイラルの中でもがきながらストレスを抱えていきます。

究極的にストレスを無くすためには「反作用」をゼロにしてしまうことですが、人間には「欲心」という強大なパワーがありますから、これがなかなか難しい。

こういうものを抑制するのが宗教だったりしますが、抑制も言ってしまえばパワーですから、反発という反作用を招きます。

だから、武士道は人間の最後のパワーである「死」に目を向けたのだと思います。

人間は誰しも必ず死にますが、死に対しては「死にたくない」という反作用が働きます。ですが、単純にそう捉えるのではなく、「最後の幸せ」と捉えれば人生観がガラリと変わります。

幸せに死ぬためには、生きている間に悔いるようなことをしてはならない、だから、日頃から自分を律し、誠実に生きる。

誰かのために死ぬなら、これほど幸せな死に方はない、だから、その千載一遇の機会に巡り逢ったときは、迷わずに死ぬと。

非常に合理的というか、なるほど、死を幸せと捉え、死の恐怖から解放されること(反作用をゼロにする)、これこそが武士道の極意だったのではないかと、私は思います。

そうすれば自ずと、生きることへの執着がなくなり、生きる執着がなくなることで欲心がなくなり、欲心がなくなることで自然と反作用がなくなり、まさに「無の境地=究極の幸福感」だったのではないかと、私にはそう思えるのです。

また、そういう究極的な幸福(死の幸福)を与えて下さる天皇陛下という偉大な御存在を頂いていることは、日本人としてこれほどの幸福はないし、また、どこの国や民族にそういった価値観がありましょうか?


私は、人間の究極の幸せは死の恐怖から解放されることだと思っています。

死の恐怖から解放されることは、同時に「無」を意味します。

我々を死の恐怖から解放して下さるお方は、天皇陛下をおいて他には考えられません。

私も、天皇陛下のために死にたいものです。

昭和初期に生まれていたら、私はきっと最高の幸福を手にしていたに違いありません。


なお、「死にたい」の反作用は「生きている」ですから、幸福の中で死にたいと思えば思うほど、人間は生きてしまうものなのでしょうか。

そういう人生も悪くないですけども。

2013/10/16(水) 00:55 | URL | 硫黄島 #-[ 編集]
No title

サウジアラビアでは、幼児の就学前教育機関への在籍率は11%だが、クウェートは82%、UAEは81%に達する。

UAEやクウェートでは外国人労働者が積極的に子供を就学前教育機関に通わせているようだ。

2013/10/16(水) 00:05 | URL | goro #guRgTqeo[ 編集]
訂正箇所があります
新居群、神野群はそれぞれ新居郡、神野郡に訂正いたします。
群(むれ)ではなく、郡(こおり)ですよね。間違えました。
2013/10/15(火) 22:48 | URL | 越智富雄 #5fY02qfU[ 編集]
No title
軍人は、部隊の指揮官として常に先頭に立っていたと思います。従って、戦死する率も高かったので、覚悟はされていたでしょう。また、功を急ぐ余りに部下を無闇に喪失することは許されませんでした。しかし、その反面、兵の損耗を避けて、作戦を完遂できないようでは困るのです。
人格高潔な指揮官の部下は、自分の命を託せますが、そうでないと命をかけた命令に従えないと思います。
杉本中佐の部下は、幸せだったと思います。


杉本中佐が戦死された第二次上海事変は、1937年8月13日に起きたもので、時期的には(1937年12月4日からの)南京城攻略戦(いわゆる南京虐殺事件)の前の戦闘であり、(1937年7月7日の)盧溝橋事件から(1937年7月29日の)通州事件の後の戦闘です。

8月13日午前10時半頃、中国軍が日本軍陣地に対し機関銃で射撃したことから始まったものですが、日本の陸戦隊は応戦したものの不拡大方針に基づき交戦回避の努力を行い、上海が各国の租界を持つ国際都市であったことから、戦闘区域が国際区域に拡大しないよう防衛的戦術に限定しました。
また、この日に、英米仏の各領事は日中双方に上海での敵対行動を回避するため、直接交渉をするよう進めています。この時の、日本軍は帝国海軍上海特別陸戦隊は5千人であったのに対し、国民党軍は3万人でしたが、近隣に20万人を待機していました(その他を合計すると、合計60万人。)
8月14日にも国民党軍は攻撃を続行し、爆撃も行ったことから、日本軍は不拡大方針を見直しています。
8月23日に日本軍は、上海派遣軍2個師団が上陸。9月9日に3個師団及び台湾守備隊に動員命令、10月9日に3個師団に上陸指示で合計25万人を動員(ハッタリで、アドバルーンには100万人上陸とした?)。
最終的に日本軍は国民党軍を敗退させましたが、戦死者10,076人、戦傷者31,866人、合計41,942人もの死傷者になりました。

この事変においての兵力差は、日本軍から仕掛けることがあり得ないことを示していますし、これで侵略することなどあり得ない行為です。また、国民党軍は南京に向かったのですが、この途上に三光作戦(堅壁清野と呼ばれる焦土作戦)を行なっています。
また、中国は漢奸狩りと称して、日本軍と通じる又は便宜を与える中国人を、銃殺あるいは斬首によって公開処刑を行い、その総数は4,000名に達し(政府官吏300名以上を含む)、その首は警察官によって晒し者にされた。
さらに、中国軍では督戦隊が戦場から退却する中国兵に銃撃を加えたため、日本軍と交戦した中国軍が退却する際には、督戦隊との衝突が何度も起きた。日本軍の攻撃にさらされた中国軍は、退却の際に督戦隊と戦闘し、数千名の死傷者を出した。そのため中国軍は督戦隊の後方に督察官を派遣した。
なお、8月30日のニューヨークタイムズは「日本軍は敵の挑発の下で最大限に抑制した態度を示し、数日の間だけでも全ての日本軍上陸部隊を兵営の中から一歩も出させなかった。ただしそれによって日本人の生命と財産を幾分危険にさらしたのではあるが…」と、上海特派員によって報じニューヨーク・ヘラルドトリビューン紙は9月16日に「中国軍が上海地域で戦闘を無理強いしてきたのは疑う余地は無い」と報じている。
なお、1996年には上海事変時における中国人による日本人捕虜の虐待写真がCNNで紹介されました。
2013/10/15(火) 21:14 | URL | ポッポ #-[ 編集]
コメントに間違いがありましたので訂正します
先ほどの私のコメントの中で「恒心なき者は恒心なし」と書いてしまいましたが「恒産なき者は恒心なし」の誤りですので訂正させて頂きます。失礼いたしました。
2013/10/15(火) 15:09 | URL | terag3 #KVPRtAI6[ 編集]
思い出させて頂きました
このたびのお話で、60数年前の中学生の時に習った、孔子、老子、そして孟子のことを思い出しました。

当時は、中学生として「ふーん」という気持ちで聞いていましたので今まで大して心に残っていませんでしたが、このたびのお話で、そうだったのかと昔習ったことを思い出させて頂きました。

私たち日本人が世界の人々と大きく異なる点は、天皇によって民衆が権力者の私有民、私物にならずにいられること。民衆が民衆としての尊厳を保持できているのはまさに、天皇の存在あってのことである。という点ですね。

したがって日本人の道徳的生活必須先決の条件は「自分を捨て去ること」すなわち「無」なりの自覚に到達することであるということ・・・・納得です。

そして孟子が王に「恒心」を説き続けた代表的なのが「四端」という教えですが、その内容は我々日本人が昔から行ってきた道徳であり、倫理ともいうべきものでしょう。

支那には2500年も前から、このような立派な人物がいて人々にその、教えを説いていたのですが、王をはじめ民衆はそれを無視して自分勝手な生き方を現在までも押し通してきたこと。

それはやはり「恒心なき者は恒心なし」と言うことに尽きるのでしょうか。そういう状態でありながら、中華思想とは呆れ果てます。
2013/10/15(火) 13:44 | URL | terag3 #KVPRtAI6[ 編集]
ねずさんのブログに寄せられるコメントの有り難さ
本日のお話、身の引き締まる思いです。「海行かば」の精神に一日も早く立ち至りたいと念願します!
さて、タイトルに記した通り、ねずさんのブログに寄せられるコメントの数々は、本当にレベルが高く、いつも勉強になります。みなさん本当によく考えていらっしゃる。行動していらっしゃる。頭が下がります。
時々、以前のブログの記事に対してコメントされる方がいらして、私がまだ読めていないそれらの記事の大切な内容を私に気付かせてくださいます。
今日は4年前のねずさんのブログの記事を読ませていただく機会に恵まれました。そのコメント欄に「邪馬台国宇摩説」というのが載っていました。宇摩とは宇摩郡で、私の住んでいる新居浜市より東の地域です。今は宇摩郡とはあまり口に登らず、「四国中央市」に置き換わってしまった感じです。
この宇摩地域は不思議なところで、斉明天皇陵とされる古墳や、木梨の軽皇子の古墳とされるものがあります。さらに、天武天皇がこの地に上陸され、この地で即位されたという伝承も!さらにさらに、天武天皇のお住まいである、「長津宮(ながつのみや)」があったと伝承する神社もあります!一般の歴史の本にはのっていないことです。
私の住む新居浜市にも、不思議なことがあります。私が通った中学校のすぐ東側にある小さな神社は、法隆寺の所領であったそうです。また、庄内町という、割と広い地域は、天皇家の庄であったと言います。池田池という名勝も、天皇家、また後には東大寺の所領であったとかで、奈良時代の土器が出る遺跡もありますが、それは、天皇家でお使いになる器を焼いていたものなのだそうです。焼き損じた土器を捨てた場所が、遺跡になっているということです。
まだあります。新居浜市の大生院というところは、「天智天皇がお亡くなりになった場所である」という古くからの言い伝えがあります。今の「天智天皇陵」には天智天皇のご尊体はございません。代わりに沓(くつ)を御安置もうしあげているそうです。「大生院」というのは、「院」とは尊貴な方を示すので、「尊貴な方が往生(おうじょう=大生)された」という意味であると解釈されています。不吉な「往生」(死ぬ)ではなく、「大いに生まれる」という佳字(よろこばしい字)に換えたわけですね。
私の住んでいる地域に松神子(まつみこ)や又野(またの)という地名があり、どちらも「神功皇后が皇子(みこ)を、この地でお待ちになった」という伝承にちなんでいるそうです。宇佐八幡宮の口伝に「応神天皇の生母は、越智氏の娘である」とされるので、越智氏とのつながりを示す手がかりはないのでしょうか?どうやらそれらしいのは、この松神子地域にある神社の名前です。神功皇后を祭る神社があり、「大足智姫神社」と言います。わざわざ「智」の字をつけています。「おち」という地名は?と探してみると、ありました。落神(おちがみ)という町名が。松神子町の隣町です。越智は(をち)、落は(おち)ですが、「越智が落ちぶれて落となった」という意味なのかもしれません。
その他にも、愛媛県には陵墓参考地が2箇所もあることや、神武東征もなぜか四国の地は避けて通っています。これは一体どういうことなのでしょうか?
用明天皇は橘豊日(たちばなとよひ)とおくり名されます。橘とは太刀鼻、太刀のような長い鼻が突き出た半島(佐田岬半島)を持つ四国を足がかかりに朝鮮半島や大和国を治められた大王だったのではないか?佐田とは猿田で、用明天皇は同時に猿田彦(さるたひこ)でもあったわけなのです!歴史上の人物と神話上の人物とは同じ人をさしていたのです。この猿田彦は本来の伊勢大神を暗示します。彼が帰る場所は「川上」であり、天皇家を教え導く存在なのです。
また、「川」とは、特定の個人、天武天皇をあらわします。同じく、「堀」とは、孝徳天皇、「住=皇(すみ)」とは、用明天皇、別名・聖徳太子をそれぞれ表しているとおもうのですが。住吉大神とは三柱(みはしら)の男神を表しますが、上に述べた三代の天皇のことです。私はそう確信しています。
住之江(今の住吉)は大阪にあります。堀之江(今の堀江)、川之江は愛媛県にあります。ちなみに、新居浜市に角野というところがあります。(すみの)とよみます。ひょっとすると、より古い時代には住野(=皇野)だったのでは?わが新居浜にも用明天皇がいらしたのでは?
それよりなにより、新居群(にいぐん)はその昔、神野群(かんのぐん)でありました!嵯峨天皇は神野群出身の乳母(めのと)に養育されたため、「神野」を実名とされました。畏れ多くも時の天皇を呼び捨てにする恐れがあるため、神野群は新居群と改名させられました。神部(かんべ)と呼ばれる人々が住んでいたから「神野群」と呼ばれていたのだ、という説もありますが、現人神(用明天皇)がいらっしゃったから、と考えると、ロマンがかきたてられます!そうであって欲しいな!
トミーの妄想は以上です。
2013/10/15(火) 12:13 | URL | 越智富雄 #5fY02qfU[ 編集]
おめでとうございます!
ねずさんの新刊が
新刊アクセスランキングで2位になりました!

http://www.hanmoto.com/jpokinkan/pages/access_ranking.html

ねずさんの本がベストセラーになれば、日本は変わります。
新しい保守層の拡大になるのですから。
楽しみですね(^-^)/
2013/10/15(火) 09:58 | URL | 応援する会 #MMIYU.WA[ 編集]
大義はこちらでも買えます
何時も素晴らしい記事を有難う御座います。
今回の大義ですが国士舘大学に皇国史観研究会と謂うサークルが在ります。
http://shikisima.exblog.jp/14067474
こちらで「大義」を復活販売しています。
定価は五百円です。
小生は数冊購入して心有る人々に配布しています。
2013/10/15(火) 06:05 | URL | 渡邉雅春 #-[ 編集]
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
最新刊
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』

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サンフランシスコ講和条約で、日本は台湾に関して処分権は連合国に提供しましたが、領土の割譲は行っていません。条約以降、連合国も日本も台湾の処分先を決めていません。つまり台湾はいまも日本であり、台湾にいる1500万人の戦前からいる台湾人は、日本国籍を有する日本人です。私は台湾民政府を支持します。
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いつもたくさんのコメントをいただき、ありがとうございます。
ほんとうに皆様のコメントが、とっても嬉しく、かつありがたく拝読させていただいています。

議論というものは、すくなくともこのブログのコメント欄が、国政や地方自治、あるいは組織内の意思決定の場でなく、自由な意見交換の場であるという趣旨からすると、互いに互譲の精神を持ち、相手を尊敬する姿勢、ならびに互いに学びあうという姿勢が肝要であると存じます。

私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

ましてや、自分で質問を発したものについて、それぞれお忙しい皆様が、時間を割いて丁寧にご回答くださった者に対し、見下したような論調で応対するならば、それは他のコメントされる皆様、あるいは、それをお読みになる皆様にとって、非常に不愉快極まりないものとなります。

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