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日本は「たみ」が「おほみたから」とされる天皇のシラス(知らす、Shirasu)国です。


大国主神話とシラス国

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■書 名:ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人!
■ISBN-13: 978-4434184727

■著 者:小名木善行、出版社:彩雲出版

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大国主神話0218


「シラス国」と「ウシハク」国について、以前の記事で書かせていただきました。
そこで今日は、大国主神話を経由して、このことの意味を考えてみたいと思います。

大国主神話は、因幡の白ウサギの物語から、大国主が偉大な王となるまで、そして国譲りを行うまでと、古事記の中でも、かなりのページ数が割かれて、詳述されているお話です。

大国主神話は、大国主が治めていた国を譲った物語です。
けれど当時国と称したのは、大国主の治める出雲ばかりではありません。
大国主が治めた国は、当時の数ある諸国のなかのひとつであって、日本全体を大国主が統治していたわけではないのです。
にもかかわらず、大国主だけが、かなりのページを割かれて、その生い立ちから国を治める大王となるまでの経緯がことさら詳細に描かれています。
何故でしょうか。
なぜ諸王の中で、大国主だけが特別に、多数のページを割いて描かれたのでしょうか。
なぜ大国主を祀る出雲大社が、天皇家を祀る伊勢神宮よりも、大きな社(やしろ)として造営されたのでしょうか。

実はそこにこそ、後世のわたしたちが学ばなければならない、大きなメッセージが込められているのではないでしょうか。


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大国主の若い頃の名は「大穴牟遲神(オオナムチノカミ)」です。
オオナムチには、80人の兄貴たち(八十神)がいました。
その80人の兄貴たちは、因幡(いなば)に八神上売(やがみひめ)という美しい女性がいるという話を聞きつけ、ひめにプロポースしようとみんなでお出かけしました。

大昔のことですから、歩いての旅です。
当然のことながら、旅のためのたくさんの荷物が必要です。
80人の兄貴(八十神)たちは、その荷物を、全部、末弟のオオナムチに持たせました。
オオナムチは、いまでいったら、パシリ君だったわけです。

手ぶらの兄貴たちは、どんどん先に歩いて行ってしまいました。
オオナムチは、ひとりトボトボ(たくさん荷物を持っていますからヨタヨタ)と、ずっと兄貴たちに遅れて街道を歩きました。

オオナムチが、気多(けた)まで来たとき、そこに毛を剥かれた裸のウサギが伏せっていました。
かわいそうに、そのウサギは、80人の兄貴たちに、「海水の塩水に浸かって、山の頂で強い風と日光にあたって、横になっていることだ」と教えられていたのです。

傷を負って赤剥けになっているところを、塩水である海水に浸けたら、傷は悪化するし、塩水が乾けば傷口が乾いて割れてますから、激痛です。
ましてウサギ君は、全身の皮をめくられていたわけですから、その痛みは、想像を絶するものだったことでしょう。
そんなわけで、ウサギは、痛みに苦しんで、ウンウンと唸っていたわけです。

そこにオオナムチが、遅れて通りがかりました。
どうしたのかと、ウサギに尋ねると、
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私は隠岐の島の者です。この地に渡りたくても、その方法がなくて悩んでいたところ、たまたまサメ(ワニと書いてありますが、サメのことです)がやってきたので、彼らを欺(あざむ)いて、
「私とあなたたち一族と、どちらが数が多いか、試さないか? 君たちはできるだけ仲間を集めて、この島から気多の前まで並んでおくれ。私がその上を踏んで走りながら数えてあげよう」と誘ったのです。

するとサメたちは、了解とばかり、海面を気多まで並んでくれました。
私はその上を踏んで数えるふりをしながら、渡ってきたのですが、今にもたどりつこうおというときに、ついつい得意になってしまって、「オイラは君たちを騙したのさ」と言ってしまったのです。
それでサメたちは、怒って、たちまち私を捕え、私の体からすっかり毛を剥いてしまったのです。

それで痛くてしかたがないところに、80人の八十神さんたちが来て、「海で塩水を浴びて、風に当たって伏していなさい」と教えてくれたので、その通りにしたところ、逆にもっと痛くてたまらなくなってしまったのです。
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と、このように述べたわけです。

オオナムチは、ウサギに、「君は今すぐ水門へ行き、真水で体を洗って、その水門の蒲(がま)の穂をとって敷き散らして、その上を転がって花粉をつけなさい。そうすれば、皮膚はもとのように戻るし、傷は癒えるよ」と教えてあげました。

ウサギがそのようにすると、たちまち傷はふさがり、体も回復しました。
ウサギは、「八十神たちは、決してヤガミヒメを得ることができないでしょう。ヤガミヒメは、あなたの妻になる人ですから」と予言してくれました。

その通りに、ヤガミヒメはオオナムチの妻になったと、ここまでが大国主神話のいわば第一章です。
実際に、ウサギやサメがそのようなことをしたかどうかまでは、なんともいえませんが、この物語は、昔話として子供たちに、
「人に嘘を言ってはいけないよ」という教えの物語として、そして、若き日の大国主のやさしい人柄を象徴する物語として、引用されました。
また、医療の発達していなかった古代から近世にかけては、火傷の治療法を教える物語としても、この挿話はたいへんおおきな意義を持っていました。

ただ、それでもなお古事記が、わざわざページを割いて長々とこのような物語を大国主神話の第一章に描いたのは何故なのかという疑問が残ります。
大国主のやさしさや、火傷の治療法を伝えたいだけならば、もっと別な挿話でもよかったろうと思うし、わざわざあり得ないような、ウサギとサメのやり取りに仕立てる必要などないともいえるからです。

オオナムチは、この因幡の白ウサギの物語のあと、彼がヤガミヒメをGETしてしまったことによって、八十神たちから、ものすごい迫害とイジメに遭います。
それは実にすさまじいイジメで、猪に似た大石を真っ赤になるまで火で焼いて転がし落とし、それをオオナムチに素手で受け止めさせたり、大木に楔で割れ目を作り、そのなかにオオナムチを入らせて、楔(くさび)を引き抜いて打ち殺してしまったり、と、まさに、死に到るまでの苛酷なイジメを与えられます。

そして、都度オオナムチは、母の愛によって助けられるのですが、それでもイジメ被害はやまず、母はついに、オオナムチに「あなたはここにいたら、八十神に滅ぼされてしまうだろう」と言って、遠くに住むオオヤビコの所へ逃がします。

ところが、せっかく遠くまで逃げたのに、八十神はほっておいてくれません。
わざわざオオナムチを追って来て、オオヤビコに、オオナムチの身柄の引き渡しを求めるのです。

そしてやっとの思いで危機を脱したオオナムチは、根の国のスサノオのところまで落ち延びます。
けれど、そこでもオオナムチは、毒蛇の部屋に入れられたり、ムカデや蜂のいる部屋に寝させたり、野原で炎に包まれたりと、ありとあらゆる苦難を与えられるわけです。

そしてその都度、愛する女性であるスセリビメに助けられながら、試練を脱したオオナムチにスサノオは、
「お前が持つ大刀と弓矢で、八十神たちを追い払え。お前は大いなる国の主となるのだ」と申し向けます。
こうしてオオナムチは、大国主と名前を変え、出雲国に戻ると、スサノオから授かった太刀と弓矢で八十神たちを追い払い、立派な千木(ちぎ)のある新宮を建てて、そこで国つくりをはじめました。

と、ここまでが、いわば大国主神話の第二章です。
大国主が、さんざん苦労しながらも、周囲の愛と扶(たす)けによって、苦難を脱し、大いなる国の主となるまでが描かれているわけです。

つまりここで述べているのは、大国主が、「決して楽をして大いなる国の主になったわけではない」ということであろうと思います。
死ぬほどの屈辱や、苦しみや苦難を味わい、そして愛を知り、その愛によって立ち直り、蘇生し、幾多の修羅場をくぐり抜けて、ようやく、大いなる国の主にまで成長しているわけです。

ところが、です。
その大国主のもとに、手に乗るほどの小さな、スクナビコという神様がやってきます。
そのスクナビコが、いったいどういう神様かまったくわからない大国主は、高天原に伺いをたてます。
すると、天上の神は、お大国主とスクナビコに、「あなたがた二人は兄弟となって、ともに力をあわせて出雲の国づくりをしなさい」という。

そこでスクナビコが兄、大国主が弟となって国づくりをします。
兄であるスクナビコの指導によって出雲は、樹々が植えられ、田畑が開墾され、とても豊かな国として成長します。
ところが出雲の国が充分に豊かな国になると、スクナビコは常世の国に帰ってしまいます。
と、ここまでが、大国主神話の第三章です。

この第三章では、大国主が、体の小さなスクナビコの言を用いて、国をおおいに富ませるところまでが描かれています。
そしてこの第三章は、上に立つ者が、体の大きさや、強弱や、身分の上下ではなく、知恵のある者の言を謙虚にちゃんと用いることの大切さが教えられています。

大国主は、出雲の国を大発展させました。
それは、単に大国主が、自分が努力して出世したというだけでなく、出世をしたあとも、謙虚に人の言うことを聞き、知恵を用いる偉大な大王であったからです。

ところが、ここかの第四章で、びっくりするような事態が起こります。
そこまで苦労し、努力して築き上げた出雲の国を、アマテラスオオミカミ様が「返せ」といってきたのです。
もともと、この地上はアマテラス様の両親にあたるイザナキ、イザナミの神が産んだ場所です。
つまり、もともとはアマテラス様の国です。
けれど、大国主は、そのなかの一国である出雲において、たいへんな努力をして、国をおおいに富ませたのです。
それを「返せ」というのは、キツイ話です。
「え〜!、どうして??」と疑問に思ってしまいます。

アマテラス様は、アメノホヒという神を最初に使いとして出雲に向かわせます。
ところがアメエノホヒは、逆に大国主に取り込まれてしまいます。
そりゃあそうです。
出雲は豊かな国であり、大国主はその王なのです。
ものすごい財力がある。
アメエノホヒは、大歓待され、すっかり大国主のとりこになってしまったわけです。
それだけの魅力が、大国主にあった、ということです。

アメエノホヒが帰らないので、アマテラス様は、アメノワカヒコと、アメノマカコユミという神を次に使わします。
ところがこの二神も、これまた大国主の「君たちを私の後継ぎにしてあげよう」という言葉と接待に籠絡されて、ついに高天原に戻りません。

そして三番目に派遣されたのが、武門の神様であるタケミカズチの神です。
タケミカズチの神は、出雲国伊耶佐の小浜に降りるうと、十掬剣(とつかのつるぎ)を抜いて逆さまに立て、その切先にあぐらをかいて座り、大国主に、
「汝がウシハクこの国は、我が御子のシラス国ぞとアマテラスオオミカミが仰せである」と、国譲りを迫ります。

大国主は「二人の息子と相談して回答します」と答えるのですが、ひとり目の息子のコトシロヌシは、たちどころに了解、ふたり目の息子のタケミナカタは、タケミカズチに、力比べを申出るですが、あっという間にやられてしまい、諏訪にまで逃げてしまいます。

こうして大国主は、
「二人の息子が天津神に従うのなら、私もこの国を天津神に差し上げましょう。
その代わり私の住む所として、天の御子が住むのと同じくらい大きな宮殿を建ててほしい」と申出ます。
こうして国譲りを見事に成功させたタケミカズチは、高天原に復命します。
これが、大国主神話の第四章(最終章)です。

すこしまとめると、
第一章 因幡の白ウサギ
第二章 大国主へのイジメ
第三章 大国主の国つくり
第四章 国譲り
となっています。

問題は、どうして古事記は、わざわざこれだけのページを割いて大国主神話を大きく扱ったのか、ということです。
そこに何か大きな伝えたいメッセージ、もしくは伝えるべきメッセージがあったからなのではないでしょうか。

その答えが、実は、第四章の「国譲り神話」にあります。
それが、「汝がウシハクこの国は、我が御子のシラス国ぞ」という一文です。

そもそも、ですが、もともとこの地球(オノコロ島)も、日本の国土も、日本の八百万の神々も、日本の民衆のすべても、神々によって作られたものです。
いわば神々のものです。
そして神々の直系の御子孫であられるアマテラス様が日本の最高神です。
ならば、そもそも出雲の国も、アマテラスオオミカミのものです。

一方、大国主は、アマテラスオオミカミの弟のスサノオの6代目の孫です。
つまり、大国主も、まさに神々の御子孫であり、アマテラス様の御親戚でもあるわけです。

その大国主は、若い頃からさんざん苦労して、やっとのことで出雲を発展させ、豊かな国にしました。
それだけ豊かな国にした功労者なのに、大国主に、アマテラス様は国譲りを迫ったわけです。

けれど、それだけ豊かな国であったからこそ、アマテラスの大国主への国譲りの遣いは、二度も大国主サイドに取り込まれ、失敗に終わっています。
そして最後に、タケミカツチによって、国譲りが実現するわけですが、このとき、大国主は、あまりにも簡単に国を譲っています。
それでも自分の作った出雲国への愛着が大きかったであろうことは、「その代わり、私の住む所として、天の御子が住むのと同じくらい大きな宮殿を建ててほしい」という言葉に、はっきりと現れています。

しかし、それだけの愛着があるなら、どうして大国主は国を素直に譲ったりしたのか。

その答えが、冒頭の第一章にあるものと拝します。
なぜそういえるかというと、第一章の白ウサギの物語は、教訓を説く神話であったからです。
つまり、大国主神話神話全体が、教訓神話であるということを、第一章は明確に示唆しているからです。

そしてその、いちばん大切な教えが、国譲りにおけるタケミカツチの言葉にある、「汝がウシハクこの国は、我が御子のシラス国ぞ」です。
大国主神話は、それ自体が「シラス国」を理解してもらうための「教え」であるということを、第一章が宣言した、といえるのです。
なぜなら、古事記は歴史書だからです。
そしてその歴史書の目的は、わたしたちの祖先が、国家としてのアイデンティティを後世の人々に正しく伝えるための物語であると考えられるからです。

「ウシハク」というのは、「主人(うし)」が、「佩(は)く」です。
「佩(は)く」というのは、「大刀を腰に佩く」というように、身につける、自分のものにする、転じて「私有する」という意味です。

つまり、「大国主がウシハク」というのは、大国主が国を治めるにあたり、「領土領民を私的に所有し、支配する大王という領有形態」をとっていたことを示しています。
大王が領土領民を私的に支配すれば、大王にすべての利得が集中しますから、大王は豊かになります。

大国主の努力によって、出雲の国自体は、たいへんに豊かな国になりました。
けれど、その領有形態が「私的にウシハク」ものなら、その富は、すべて大国主個人に集中します。
そしてそれだけの富みが大王に集中したら、大王は大金持ちですし、そんな大金持ちの大王に歓待されたら、さしもの高天原の使いであっても、その贅沢な接待に籠絡され、役目を忘れて、贅沢のなかに埋没してしまう。

二度目の使者に至っては、大王の世継ぎにしてあげるよとまで言われているわけですから、個人の贅沢に加えて、将来の富の独占までも約束されているわけです。
利権や富というのは、神々の気持ちでさえも、虜にしてしまう強烈さがあるわけです。

けれど、アマテラス様のこの世の統治は、どこまでも「シラス国」にあります。
「シラス国」というのは、「知らす国」です。
みんなが情報を共有し、それによって問題意識を共有し、互いに知恵を出し合い、みんなでちからをあわせて国をつくり、みんなが豊かになっていく。
アマテラス様の御心は、まさに、そこにあるわけです。

「ウシハク」は、世界中でいまなお行われている統治手法です。
そして奴隷制などは、人が人を私有し支配し収奪するという、まさにその典型的な手法です。
そして収奪する側には、あらゆる贅沢が許容され、収奪される側には、生涯の貧困が待ち受ける。

これに対して「シラス」は、あくまでも民衆が主役です。
大国主が主役の国ではなくて、民衆が主役の国です。
これって、簡単に言ったら、究極の民主主義です。
まさに人類の理想です。
どちらが民衆にとって幸せな国といえるか。
答えはあまりにもあきらかです。

それをわたしたちの国は、国の始まり、建国の日よりも、もっと古くから、国の成り立ちのときから、ずっとその精神を持ち続け、その民衆を大切にする国という国のカタチを築いて来ました。

そしてそのことが、神武天皇の建国の詔では「皇孫の正」として明確にうたわれ、そして7世紀の大化の改新においても、それが日本のカタチとして天下万民が、すべて天皇の宝、すなわち「おおみたから」とされ、そして明治維新においても、国民を第一とする社会の仕組みとして五箇状の御誓文が発布されています。それが日本という国のカタチだからです。

大国主は、さんざん苦労して築いて来た自分の国を愛していたことでしょう。
そりゃそうです。
それだけの苦労があったし、努力があったし、出雲の国つくりは、まさに大国主の生涯そのものであったわけです。

けれど、国の最高権力者となり、最上級の富を手にした大国主は、タケミカツチに「汝のウシハク国」と言われたときに、まさに、大ショックを受けたわけです。
そして、自分の統治が「ウシハク」ものであった、間違っていたと気付くわけです。
だからこそ大国主は、国譲りを行います。
なぜなら「シラス」国は、それ自体が神々の御子孫である大国主自身の理想とするところでもあったからです。

大国主神話は、ただ因幡の白ウサギの「嘘を言ってはいけないよ」とか、八十神と大国主の確執とか、戦わずに国を譲ったとか、立派な神殿を建てたとか、そういうことではなく(それもまたたいせつな教えですが)、それ以上に物語全体を通じて、最後の「シラス国」を語るためにこそ書かれたあものなのではないか。
そのように思います。

なぜならもし第四章が、巷間言われるような「出雲で行われた血なまぐさい国の収奪を隠すため」というのなら、第一章かr第三章までは不要です。
あるいは「大国主の成長の物語」とだけいうのならば、第四章が不要です。
そうではなく、第一章から第四章まで、長い物語として、ときにありえないようなサメとウサギの話や、蘇りの物語を挿入してまで、古事記がわたしたちに伝えようとしたのは、まさに国における統治の理想が「シラス国」にあるということをこそ、伝えようとしたからといえると思うからです。

「シラス国」は、わかりやすく言えば、情報共有化社会です。
そしていま、世界はインターネットを通じて、まさにこの「情報共有化社会」に向けて、大きく前進しようとしているように思います。

「シラス国」は、日本の統治の理想であり、まさに日本社会のアイデンティティそのものといって良いものでした。
そしてその「シラス国」は、いまや国境を越え、全世界の人類社会の構造を従来の「ウシハク社会」から、大きく構造変化を起こそうとしているように思います。

わたしたちの国、日本が、何千年もの昔から営んで来た理想の社会構造が、いま、世界に広がりつつある。
わたしたち日本の保守は、言葉こそなにやら守旧派みたいな、古いものを保ち守ろうとしている者のように見えますが、実は、日本的保守思想というのは、もしかしたら世界の理想にめがけて、その最先端を走る先駆者達なのかもしれません。


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コメント
No title
そう言えば韓流グループの「大国男児」というのは
大国主の息子たちという不遜な意味が隠されているという
噂もありますね。
ソフトバンクの犬の名前を見ても分かるように
そういう陰湿なことをする連中ですから
可能性はあると思います。
大国主は朝鮮半島から来たと唱えるキチガイも
日韓問わずいるようですし。
2014/07/02(水) 04:03 | URL | 名無しさん@ニュース2ch #-[ 編集]
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
2014/02/19(水) 21:53 | | #[ 編集]
追記
さっきコメに書いた明治維新前後を生きた西洋の偉い人が当時の日本の大変革を見て最も驚嘆していた点は、
“数ある封建君主達が、自身の権益を自ら譲って成立させた”
“武士である維新の推進者達自ら武士という特権階級を捨てた”
“公の為なら身を削るを厭わない”点であったと記憶してます。 
まさに古の国譲りさながらですな♪
いずれにしても封建君主らを超越する存在があったればこそ。 
良くも悪くも他には見られない国の形態であり国民性である事は確か。
不思議の国・日本って揶揄されても仕方無し(~ヘ~;)
2014/02/19(水) 00:36 | URL | 魔除けに牛島辰熊 #-[ 編集]
敷島流
大国主のお話を読むたびに大国主のお人柄が前川清とカブって困るんですが、
同時に徳川の大政奉還ともカブるし、建御名方と榎本艦隊もカブる‥デジャブーかしら(・・?)

いずれも最小限の被害で済んだのは神代からのお国柄なんでしょうな。 
出雲の滅亡=銅鐸文明の滅亡だと思ってますが、それは局地的な紛争程度で割りとスムーズに為されたという記憶が神話として伝わったんではないかと。(←あくまで私見)
多分当時の騒乱ぶりを実見すれば、我々の感覚では国譲り時も明治維新時も結構戦った気がするんでしょうが、諸外国から見りゃスムーズな禅譲にしか見えんでしょう。
御一新後、伊藤博文が洋行した際に向こうで「我が国は一滴の血も流さずに大変革を行った」とスピーチしてましたが、向こうの次元に照らせば実際その程度の小競り合いだった訳で、
名前は忘れましたが当時日本の維新劇をリアルタイムで見聞した西洋の偉い人が、
「大政奉還?ありえんありえんww 廃藩置県?んなもん我が西洋でやったら百年戦争になってしまう。 こんな小競り合い程度でこれほどの大変革をサクッとやってしまうとは・・
今回の日本の大変革は、必ずや遠い未来の人類にとって良き参考例となるはずだ。 人類滅亡を防ぐ為に必要な何かがそこにあると私は確信する」
みたいな事言ってて驚いた事がありますが、えらく炯眼な人も居たもんですな(°0°)  
国譲りにしても、元来優しく苦しみを知る大国主だからこそ「あっ、ナルホドそっちの方が民にとっちゃイイかも」と感じて下さったんでしょう(^.^)b 

さて世界がそれら敷島の流儀を体得する日は来るのか!?(οдО;)
それは神のみぞ知る(´ω`)


※ちなみに出雲神話は全般ホノボノしてて好きですが、中でも少彦名と大国主がウ○コ我慢して競争したとかいうこぼれ話が一番のお気に入りです(*^□^*)ξ
2014/02/18(火) 22:05 | URL | 魔除けに牛島辰熊 #-[ 編集]
穢多非人
日本の民はおおみたからと言い、シラス国で大昔から民主主義だったと聞いてスゴい国なんだなとブログを読ませてもらって感動しました。
ただそうなると、学校の歴史で習った穢多非人制度がどんなものだったのかが気になって仕方ありません。今なら日教組の仕業だったのかな?と思えるんですが、日本にも奴隷制度があったんだよと教えられた記憶があるので、穢多非人制度はいったいどんな制度だったのか詳しく知りたいです。
2014/02/18(火) 20:40 | URL | ニャキータ #EUfMCSDM[ 編集]
No title
創建当時の出雲大社は、日本一大きな建物であった。
本殿の室内は迷路の様になっていて、大国主命はあたかも幽閉されたかのような、祀られ方になっているそうです。
特別待遇で、天皇より丁寧にまつるのでどうか出てこないでほしいという事のようです。
以来、2000年以上この国は、たいらけく やすらけく時を刻んできた。
白兎海岸の近くの青谷では、戦闘で死んだと思われる相当数の遺骨が出たという記事があった。
因幡 伯耆地方には上淀廃寺跡の発掘などでかなり高度な文化があったことが近年あきらかになった。
しかし、出雲はともかく、すぐ隣の鳥取県の当時の事情については、この白兎のこと以外古来知られていない。
忘れられた、あるいは忘れなければならない事情があったのか。
あの辺りは半島に近く当時から胡散臭い、事情があったのだと思っている。
何があったにしろ、そんなことを超克して、2674年前に現在に通ずる天皇がシラス国家を開いたというのが、我々純粋日本人の共通認識である。
純粋日本人は、25代遡れば何らかの意味で天皇に繋がるのだそうです。
血がつながっているから、天皇をさげすむ者に対しては、本能的にキレルのです。。
でも、この感覚は日本人以外には、どんなに説明しても理解できないことでしょう。
靖国神社をアーリントン墓地に準えるのは、何となく違和感んを抱くのは私だけでしょうか。
そうしなければ、外国人には説明しきれないにしても。
日本人でも、国立の戦没者追悼施設を作る云々と言ってる人たちは、その出自を調べて見たいと私は思います。
おそらく、日本人だけが持っているといわれる、聖なる遺伝子が欠如しているのですよ。
ちょっとオカルトチックになってしまいました。
2014/02/18(火) 17:09 | URL | 古希のネトウヨ #-[ 編集]
No title
関東の大雪もやっぱり「韓の法則」発動だった!:迫り来る左翼知事による人災の数々!もはや地獄か!?

http://quasimoto.exblog.jp/21698787/

2014/02/18(火) 17:06 | URL | junn #p4GOlP7Y[ 編集]
古事記の残された意味
大国主の国譲りの神話は世界の神話にある逸話が散らばっているように思えます。
勝ち負けは別として、相撲?はイスラエルに当たりますし、因幡の白ウサギは似たような話がインドにあったと思います。

これが何を指しているのかと考えると、日本はそういった神話の源流を引き継いでいるのではと思うのです。

そして、国譲り。
本来世界はこうあるべきという事を書き残していただいたのではないのかと古事記を読んだ時に思ってしまいました。

単なる国譲りの話ならねずさんの仰るように、前後の話など適当に済ませてもいいのに詳細に書くとなると、国としての本質が書かれているのだと思います。

古事記が単なる神話ではなく、この日本の国の成り立ちが未来もそうなるようにと残されたものなのかなと思うのです。

世界中の神話を見てもこれだけ和を大事にしている神話は無い様に思いますよ。

聖書なぞ、侵略しろって感じですからね。
いかに平和を求めることに力を入れたかを感じられる話ですね。
2014/02/18(火) 15:26 | URL | shengxin #NP2LP.S.[ 編集]
日本を良くしたい
今回の記事の様に、古事記や神話やら、それらに限らず、其の時々の事象等を基に、そこから何を学ぶか、本当に大事だと思います。私はねずさんのブログの記事を読んでいく内に、それを学ばせて頂きました。

この何かから何かを学ぶという事が出来る様になる事こそが、今我国に本当に必要な部分だと私は思います。それは結局は「考える事と信じる事」がどういう事か、それに通じていくからです。それを成さない言動は、遅かれ早かれ悪意に利用されます。

これはいわゆる左寄りや平和ボケと揶揄される方々に留まらず、目覚め始めた保守層にも見受けられます。しかし今まで、そう言った事を考えるキッカケに巡り合っていなければ仕方も有りません。ですが、保守層の目覚めている方で在れば、既に試練は受けているでしょうから必ず理解できる筈です。

しかし残念ながら、左寄りや平和ボケと揶揄される様な方々は、こういった話を見聞きしても、それを真剣には受け止めません。それも仕方の無い事です。なぜならば、それを真剣に受け止め考える試練を受けていないからです。困難に直面し乗り越えなければならないと感じた時、人は始めてそれについて考えます。その困難に直面していない状態での「考える」という行為は、まさに苦痛です。

解り易く例えれば、試験勉強や受験勉強、良い点をとって誰かから御褒美を貰うとか、優越感に浸るとか、良い学校に入学するとか、良い会社に入る為のステップとか、そういった目標が在って初めて「やる気」が出てきます。

そういう目標が無ければ、取り合えず親や先生に怒られない点数を取っておけば良いかとか、赤点じゃなければ良いかとか、留年しなければ良いんだし、ここは落としても良いかとか、その程度の「やる気」に留まります。

これを「やる気」と言えるのかどうかはさておき、人は目標さえ在れば、そこに向かって頑張れる様に見えますが、その目標達成の有無に関わらず、その目標が無くなれば「やる気」が削がれます。目標を高く持て、と良く言われるのは、こういう背景が在るからではないでしょうか。しかし目標を高く持つと途中の目標が見えなくなる事も在ります。目標を設定した当時の価値観から来る動機が明確でなければ尚更、高い目標への途上で迷ってしまいます。

こういった問題を解決するには「考える」という事を続ける事です。それには、誰かにその目標が良いと言われたからとか、その目標が日本一だからとか、世界一だからとか、お金が稼げるだからとか、という動機では、いずれ綻びが生じます。その動機に導く価値観に善悪を深く考えた上で善を据えていれば人に取って良い方向へ、それ以外の善悪を理解していない状態であれば多少の差異は在れど悪(楽・欲)へ向かいます。この悪へ向かうという部分は、現状の価値観でいう悪ではなく、許容できる範囲の(楽・欲)も含まれています。が、それが行き過ぎると許容できない範囲の(楽・欲)へと向かいます。そして善悪を理解した上で悪を据えている人が居ると言う事も理解しておかねば成りません。本人にその意識が無くとも、そういう人が居るという事を理解しておかねば成りません。

つまりは、最も大事な部分ですが、善悪を理解していない人が、いくら良い事をしても、善悪を理解していなければ悪人に利用されてしまうという事を理解しておかねば成りません。なぜなら善悪を理解していないという事は善悪を見分けられないからです。

程度の差は在れ悪人は、善人を装って、その良い人に近づき利用します。核技術や平和や人権や民主主義、その他諸々、善悪を理解していない状態では、悪意が存在する限りは必ず利用されるのです。今利用されていないと言う人が居たとしても、解っていないだけで既に利用されているか、現時点では利用される価値がないだけです。

つまりは客観的価値観を持って善悪とは何かと「考える」事をしなければ、いつまでたっても悪意に利用され続けます。悪意とは人の(楽・欲)が度を過ぎた先に在るものなので、およそ人が存在する限りは絶対に無くなりません。

例えば、遺伝子操作で無くすことも無理だと私は感じます。なぜなら生きる事これ自体が既に(欲)だからです。息を吸う事も食べる事も寝る事も(欲)です。ですが、これらは許容できる範囲の(欲)で「良し」と出来る範囲内です。つまりは、私達はそれら「楽・欲」が度を越えない様にする術を確立させなければ、いつまで経っても悪意から逃れられないという事です。

ですが、我国日本では古来、この「楽・欲」が度を越えない様にする術を確立していた筈です。それは神道(天皇)と武士道(皇民・公民・国民)が対で在るという事を解すれば、そうで在る事が理解できるかと、私は思います。

しかし、その認識が徐々に薄れてきた為に、具体的には、上に立つ者の大半の方々は、それは認識されていたと感じますが、その大半ではない一部、そしてその一部を観た上を支える者、それが発端で徐々に薄れてきたが為、長らく続いた諸外国との交わりを絶った(抑えた)末に享受した平和、その平和に満足せずに直ぐに世界と交わっていれば、平和下故の緩みが生じず、黒船来航に対する衝撃からくる急な改革もなく、我国の、「平和下こそ必要な厳しさ」を維持する器も保たれていたのではないでしょうか。

当時の方々を批判したり非難したりするつもりは毛頭在りません。しかし歴史から学ぶべきです。ここの処、この事ばかり述べさせて頂いておりますが、これこそ私は理解しておくべき事だと感じています。

そしてこれらと、今回の記事での因幡の白兎の話の一章から学べば、人は試練を受けてこそ考え反省すると云う事が伺えます。もっと解り易く流れとして表せば、試練を受ける>その試練の前後に成長するキッカケを得る>キッカケを踏まえ何故試練を受けたのかを考え反省する(自身の行い「善悪」について考える)>成長する(その事についての「善悪」を理解する)です。

キッカケだけでは人は成長せず、また試練だけでも人は成長せず、どちらかだけでは、不貞腐れたり楽に逃げたりです。これは現在の韓国などからも学べます。試練を受け、その試練を振り返るキッカケが在って、初めてその試練について考えるのだと私は思います。

これを現状の日本に照し合せれば、我国は現在、良い方向へ向かいつつ在る様に感じます。ですが、今のまま、良い方向へ向かえば、考えない人達は、この先ずっと考えないままです。私は、今はまだ「耐え難きは耐え、偲び難きは偲び」の最中なのかを考えています。今は耐え、経済を立て直し、教育を再生し、道徳を復活させ、そこからが本番なのか、そう考えたりもしていますが、実際と処、よく解りません。

私達がまず、深く考え、心に留めて置くべき事は、この部分ではないでしょうか。私は最善は恐らく既に理解していると思います。それは今までコメントで述べさせて頂きました。ですが最良は、そしてそれは何時如何なる時か、まだ考えている最中です。

ねずさんが仰るようにインターネットの普及で考える為の情報は巷に溢れています。ですがそれら情報は善悪定かではなく、それを見極められなければ逆効果になります。インターネットが在ろうが無かろうが、先に述べた通り、善悪が理解できていない状態では悪意に利用されてしまうことは必然です。情報伝達技術が発展すればする程、その速度は加速します。そうなれば、規模の大小を問わず、平和と戦乱を繰り返すサイクルが縮まります。これは自然の摂理であり真理です。そこにそれに歯止めをかける明確な意志が働かない限りそうなります。その明確な意思とは善悪を理解した善か悪かです。

つまりは、我々が世の悪を回避するには、善の立場から、それに対する仕組みを確立させなければ成りません。同時に悪も、その立場から、その仕組みを破壊する仕組みを仕掛けてくるでしょう。それらを受け容れられなくなった時は戦うしか在り得ません。でなければ隷属、果ては死です。平和下以外で話し合いは悪には通用しません。平和下で話し合いが通用するのは悪も平和下を利用しているからに他成りません。

今、私達は、先人達が汗や涙や血を流し、命を懸けて護ってこられた数多の犠牲の上で成り立っています。それは、より良い世、つまりは善悪を理解し善に向かい良を歩まれて来られたからであり、悪意蔓延る現状は、まだその途上であるという事が解ります。我国だけに関して言えば、むしろ元来より悪化しています。明治維新、そして古事記や神話から学べば、黒船来航の布石が見えてきました。そこから学べることは、我国の価値観は我国だけに留めていては成らず、地球規模、全人類で考えなくては、いずれ同じ道を辿る、と云う事かと思います。それにはまず、既にそれを日ノ本だけでは在るが確立していた我国が、元来の姿に戻る必要が在るように思います。

我々が目指すべきはそこで、各々の立場から、それを成す為の最良を模索し成していくべきで在る様に感じます。それを踏まえひとつ、私は保守の団結は必要だと思います。しかしそれは最善の答え・結果を同じくした上での団結ではないでしょうか。多種多様な人が集まって居る訳ですから、手段まで同じである必要はないと思います。最善を見据えても、最良は各々の立場で変わってくる筈です。

そして、この団結を成すには、少なくとも上に立つ者は、それを理解しておく必要が在るかと思います。そして最善を成すには、一人でも多くの人がそれを理解する必要が在るかと思います。それには兎にも角にも「考える事と信じる事」これを深く考えなくては成りません。


何時もながら長文で失礼しました。今までは、人様のブログのコメント欄な上に長文なので、一人だけにでも読んで貰えたらと思っていましたが、恐らくこれらは、日本を良くしたいという部分の核心に迫っているように感じるので、なるべく多くの方に目を通して頂ければと願うばかりです。
2014/02/18(火) 15:17 | URL | 愛国日本!反日撲滅! #-[ 編集]
No title
日本と世界の違いはこのお話に尽きると思います。
キリスト教やイスラム教は唯一の神様で、神様が間違うことことはなく常に正しい。それ故神の教えに逆らうことは許されません。しかし、日本の神様はいっぱい間違います。大国主の兄様や、天照大御神が遣わした神様など。よくよく考えてみれば、天照大御神自身が懐柔される神様を派遣したことなどは、天照大御神の判断ミスですね。いやいや、天照大御神が決めたことだけどいろんな神様の意見を聞いて決めたのだから神様全体の判断ミスですね。
そう日本の神様はわからないことが多いのです。
分からないから、皆で相談して物事を決める。間違うこともありますけどねw
神代から日本はそういう国ですね。
世界が日本を学べば世界平和につながるのではないでしょうか?(ちょっと言い過ぎですねw)

2014/02/18(火) 14:47 | URL | kukuru #-[ 編集]
世間には様々なレベルの人がいます。賢い人がいれば、愚かな人もいる。愛情深い人がいれば、自己中心的な人もいます。皆が仲良く生活できる社会を実現するためには、それなりな道徳レベルの高い価値観を共有する必要があります。そのためには、目指すべき理想社会のビジョンを皆に示し、犯罪を減らし教育に力を入れて社会モラルの向上と安定を図らねばならないでしょう。大国主命が出雲の国ではじめに行ったのは、その様な取り組みではなかっただろうかと想像することが出来ます。思い思いの考え方をし、ばらばらな事をする人たちを一つにまとめあげるには、強いリーダーシップを果敢に発揮することが求められます。優秀なリーダーと独裁者の違いは、すぐには見分けることが難しい場合があります。大国主命はきっと優秀なリーダーであり、出雲の国を彼が理想とする社会に近づけていったのではないでしょうか。なので、国譲りを求められた時に、自分は役目を果たし終わったのだと理解して引退を決めたのだと思います。

と、神話を解釈することも出来るかと私は考えますが、どうでしょうか。
2014/02/18(火) 14:23 | URL | hiroyuki #-[ 編集]
No title
いつもながら神話を教えてくださり、ありがとうございます。
「シラス国」と「ウシハク国」のことを読みながら、天皇をいただく統治を国史として理解しようと努めるのですが、同時に邪馬台国(邪馬壹国、大和)はいつの頃から日本と称することになったのかを、歴史として考えることに、大昔のロマンも感じています。

日本の国は、日本の国に誇りを持った、日本を大好きな人達のものだと思います。(日本人でありながら、自国を悪く言う輩は、糞食らえです。)
そう言いながら、いつも自分の文章力の無さと、誤字、脱字の多さに恥ずかしさを覚えて注意しているのですが、情けない限りです。



2013年第3四半期のGDPは、年率換算で1.0%増で4期連続のプラスだそうです。それでも、年率2.6%増と予測した、民間シンクタンクの予測よりも下回ったそうです。
しかしながら、原子力発電の停止が続いています。これが発電されていたのならば、もう少し良い数字が出たのではないでしょうか。
燃料費の海外への支払いは、GDPの悪化に直接の影響になります。また、燃料費の高騰と電力の供給力への不安は、企業による海外避難をもたらした結果、雇用に悪影響を与えますが、これらはどのように計算されるのでしょう。
公共投資をいかに増加しても、GDPへの公献には自ずから限度があります。
まして、最近の天気は低温が続いていることから、電力量の95%と限界近くなでなっています。100%までなっていないから、大丈夫と考える人は多いのでしょうけれど、企業なら日本への新たな製造工場の建設には、不安を持つでしょう。
早急に発電量を増加させることが、必要だと思います。

この場合ですが、太陽光発電は所詮、天気によって発電量が左右されますし、夜間発電は望めません。太陽光発電を大量に設置しても、電力会社は、火力発電等によるバックアップの発電設備が必要になると思います。



安倍首相が内閣法制局長官の法的解釈よりも、首相自身の見解を優先するとして、野党ばかりか与党まで、これに反対する動きがあるようです。

これについて3年前の政府では、内閣法制局長官の国会に対する出席さえも否定していたと思いますが、その頃の法律解釈の根拠はどのようにされていたのでしょうか? 後継の政府に説明すべくどのような記録の残したのか、また、法律解釈の誤りについて、どのような責任を取ったのでしょう。
結局、内閣法制局長官を国会に出席させることで、元に戻したのですが、その時の理由はいかなるものだったのでしょう。今更ながら、不思議な気がします。
2014/02/18(火) 12:08 | URL | ポッポ #-[ 編集]
更新ありがとうございます。
今産経新聞で日本史の中の危機管理という
連載記事が載っています。 当時の朝廷は現代日本と同じ平和ボケで、海賊
船50隻(3000人)が突如対馬、壱岐の島等を襲撃し、365人が殺害され1289人の島民が拉致されたにも係わらず、中央の朝廷は動かず九州武士団の奮闘により撃退した、刀伊の入寇という襲撃事件を扱っています。 この賊は高麗人だと当初は思われていましたが、その後の調査で中国北東部に住んでいた女真族であると判明されたとの事です。女真族と言えば清を建国し、また高麗の主君と一族を根絶やしにして高麗王朝を奪った李氏朝鮮と同族で自分たちの贅沢と好色しか考えない両班と同じ血統です。 極めて残虐で功利的な民族です。 現代の対馬や尖閣諸島の防衛問題と似ているので、是非一読して頂きたいと想います。
2014/02/18(火) 10:13 | URL | #-[ 編集]
No title
タイトルとは違うコメントになりますが。


戦争は共産主義者が起こした

http://z-shibuya.cocolog-nifty.com/blog/2010/06/post-9554.html
2014/02/18(火) 08:58 | URL | junn #p4GOlP7Y[ 編集]
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小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
静岡県出身。国史啓蒙家。倭塾塾長。日本の心をつたえる会代表。日本史検定講座講師&教務。
連絡先: nezu3344@gmail.com
著書
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』第1巻〜第3巻
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』
日々、先人たちへの感謝の心でブログを書き綴っています。それが自分にできる唯一のお国への、先人たちへの、そしていま自分が生かさせていただいていることへのご恩返しと思うからです。こうしてねずブロを続けることで、自分自身、日々勉強させていただいています。ありがたいことです。

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