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倭国は東アジアの大国だった

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古代の朝鮮半島と日本


国際派日本人養成講座のメルマガで、「倭国は東アジアの大国だった」という記事が配信されました。
このことは、当ブログでも何度か書かせていただいたことですが、たいへんよくまとまっていますので、転載したいと思います。

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倭国は東アジアの大国だった
http://blog.jog-net.jp/201102/article_1.html

No.685 倭国は東アジアの大国だった
<< 作成日時 : 2011/02/06 04:23 >>
 中国の史書は、倭国が国家の統合度と人口規模でずば抜けた大国であったと記している。

■1.古代中国の見た朝鮮半島

 古代史の研究にはかならず出てくる「魏志倭人伝」は、西暦280年から290年頃に編纂された『三国志』のうちの『魏書』の一部であるが、この書は我が国のみならず、「韓伝」「高句麗伝」など、東アジア各地の地理、歴史、国情を伝えている。たとえば:

__________
「高句麗伝」
 国の広さはほぼ2千里四方で、戸数は3万戸である。人々の性格は凶悪性急で、さかんに他国を侵攻し、財物を盗む。

「韓伝」
 韓は帯方(JOG注: 朝鮮半島の中西部)の南にあって、東西は海をもって境界とし、南は倭と接している。・・・

 馬韓(JOG注: 韓の3つの地域の一つ)は、月支国など全部で50余国。・・・馬韓の習俗は、制度がととのっておらず、諸国の都には主帥がいるが村落が整備されず入り乱れているためよく統治することができない。北部の帯方郡に近い諸国は礼俗をわきまえているが、遠い地域では全く囚人や奴卑のようで礼俗は備えていない。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 一方で、『魏書』は我が国に対しては「風俗は規則正しく、婦人は淫らでなく、嫉妬をしない、盗みがなく、訴訟も少ない」などとやけに好意的である。中国が手を焼いていた隣接地域と比較して、友好的な外交関係を結んでいた倭国への「えこひいき」もあるかと思う。


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■2.東アジアの大国・倭国

「凶悪性急」などという主観的な評価は別にして、これら「倭人伝」「高句麗伝」「韓伝」などをもとに、当時の東アジアの国勢調査という形でまとめたものが、大平裕氏の『日本古代史 正解』に出てくる。それによると:

1)君主国として機能しているのは高句麗と倭のみで、半島中南部の三韓の地は村落共同体が首長をいだいているといった後進地域であること。人口こそ、合計14万5千戸と多いが、70余ヶ国に分立している。

2)君主国としてまとまっていた高句麗(現在の満洲から北朝鮮を占める)は、人口わずか3万戸。一戸平均5人とすると、15万人に過ぎない。

3)倭国は人口15万戸。邪馬台国に従わない周辺国家を含めると、20万戸を超える。人口にして100万人規模である。


 こうして見れば、国家としての統合度、および人口規模において、当時の東アジアで倭国がずば抜けた大国であった事が分かる。

 その大国ぶりは、魏の厚遇ぶりにも現れている。邪馬台国の卑弥呼は「親魏倭王」の称号を与えられているが、これは229年の大月氏国に与えられた「親魏大月氏王」と同格で、外臣に与える称号としては最高のものであった。遣使の二人にまで銀印青綬が与えられ、さらに銅鏡100枚をはじめ高価な品々を贈った。

 倭国の使節がやってきたのは、魏が、それまで遼東半島を押さえていた公孫氏を滅ぼした翌年である。政情さだまらぬ朝鮮半島を抑える上で、大国・倭を心強い味方と歓迎したのだろう。


■3.朝鮮半島南部に倭国の領土があった

 もう一つ「韓伝」から分かることは、朝鮮半島南部に倭の領土があった、ということである。「韓は帯方の南にあって、東西は海をもって境界とし、南は倭と接している」との表現から、この事が窺える。

 倭との間で海を挟んでいたら、東西のみならず、南も「海をもって境界とし」という表現になっていたはずだ。「接している」とは、地続きだ、という意味である。

 三韓の一つ、半島南東部で日本海に面していた「弁辰」(後の新羅の地を含む)は12ヶ国からなり、そのうちの一つ「涜廬」に関しても、再度「倭と接している」という記述がある。

 さらに、「弁辰の国々からは鉄を産出する。韓・わい(「さんずい」に「歳」)・倭が、鉄を採取している」とあり、倭人が鉄の採掘まで行っていた事が窺われる。

 また、魏志倭人伝の中で、有名な邪馬台国までの行程を表現した部分で、帯方郡から海岸沿いに南へ下り、さらに東へ行くと、「其の北岸の狗邪韓國(くやかんこく)に至る」という一節がある。韓半島の南端を、「其の北岸」と言っているのは、「倭国の北岸」という意味にとるのが、一般的な解釈である。


■4.新羅の4代目王は倭人

 朝鮮最古の史書『三国史記』は、新羅、高句麗、百済の歴史を述べており、高麗王朝(918-1392)がそれまでの古史書をまとめて、1145年に完成させた。我が国で言えばその400年以上前に編纂された『日本書紀』にあたる。

 その「新羅本紀」の4代目王・脱解王初年(西暦57年)の条には、こう記されている。

__________
 脱解はそもそも多婆那(たばな)国の生まれだ。その国は倭国の東北1千里にある。[2,p23]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 倭国の中心が近畿地方にあったとすれば、その東北1千里(400キロ強)という多婆那国は新潟県あたりとなる。脱解は多婆那国の王妃から卵で生まれたという奇怪な伝説があり、それで海に流され、辰韓の海岸に流れ着いたという。「新羅本紀」では初代王も卵から生まれたという伝説があるので、おそらく王を継ぐにふさわしい人物だという権威付けであろう。

 2代目王は脱解が賢者であることを知り、自らの長女を嫁がせ、さらに最高官職である大輔(総理大臣兼軍司令官)に任じた。その後、14年間も大輔として活躍し、3代目の王は自身に息子が二人いたにも関わらず、脱解を4代目王に推挙した。

 脱解は王位につくと、翌年には瓠公(ホゴン)を大輔に任命する。瓠公も倭人で、瓠(ひょうたん)を腰に下げて、海を渡ってやってきたので、瓠公と称される。なにやら浦島太郎を連想させる。

 いずれにせよ、新羅は4代目王も総理大臣も日本人だった。その後、5~8代目は3代目王の血筋に戻るが、13代目を除いて9~16代目は脱解の子孫が続いている。これが「新羅本紀」の記録なのである。

 そしてこの記録をまとめた高麗王朝は、「伝統ある新羅から禅譲を受けた王朝」と自らを位置づけている。[2,p15]


■5.新羅も百済も倭国を敬仰していた

 倭人が王となった事を堂々と書く「新羅本紀」には、現代の韓国人が「朝鮮が先進文明を日本にもたらした」と主張するような尊大な姿勢はまるで感じられない。

 7世紀半ばに完成した中国の正史『隋書』には、こんな一節がある。[2,p13]

__________
 新羅も百済も○国(倭国)を大国とみている。優れた品々が多いためで、新羅も百済も○国を敬仰し、常に使節が往来している。
(○:人偏に「妥」、『隋書』では倭国をこう表記した。)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 先に、「弁辰」(後の新羅の地を含む)で、倭人が鉄を採掘している、という『韓伝』の記事を紹介したが、考古学の世界では、半島では3世紀になっても刀剣は鋳鉄だったが、日本列島では進んだ鍛造品が作られていたことが、明らかになっている。[2,p48]

 鋳鉄は、溶解させた鉄を型に流し込んで作るが、伸びが無く、堅くて脆い。鍛造は鉄を叩いて成形する際に、金属内部の空隙をつぶし強度を高める。後の日本刀の工法である。

 また日本独特の墓制である前方後円墳は3世紀頃から作り始められているが、半島西南端の栄山江地域には、5~6世紀に築造された10数基の前方後円墳が見つかっている。この頃の半島南端部には、100メートル近い墓を作る倭人の強力な勢力があった。[2,p79]

 こうした考古学上の発見と合わせて考えると、半島南端部は倭人が勢力を張り、また新羅地域にも倭人が住んで、鉄の採掘などをしていた。進んだ技術で「敬仰」されていた倭人の一人が王位を継承したことを、新羅や高麗の人々は自然に受け止めていたのであろう。


■6.倭国の進攻

 しかし倭人が王となった新羅に対しても、倭国はたびたび進攻を試みている。『新羅本紀』によれば、紀元前50年、第一代王の時に「倭人が出兵し、辺境を侵そうとしたが云々」が最初である。

 倭人の4代王・脱解の治世では、西暦59年「夏5月、倭国と国交を結び、互いに使者を交換した」と、倭人同士のよしみか、一度は友好関係を結ぶが、西暦73年には「倭人が木出島(蔚山市)に侵入、王は角干羽烏(かくかんうう)を派遣したが敗退、羽烏は戦死した」とある。

 このような記述で、紀元前50年から364年の400年間に、12回もの侵攻があったと『新羅本紀』は述べている。

 この364年の侵攻が、『古事記』『日本書紀』に伝えられる「神功皇后の三韓征伐」だというのが、[1]の著者・大平裕氏の見解である。氏は、神功皇后が当時の半島情勢の中で果たした役割について、こう述べている。

__________
(神功皇后は)・・・大和朝廷の偉大な皇后であり、朝鮮半島では、倭国の権益圏内にあった伽那、加羅地方の宗主国として新興の新羅と戦い、半島中部に進出して高句麗の南下に備え、百済の支援を精力的におしすすめた人物なのです。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 当時の朝鮮半島は、新羅、高句麗、百済、そして倭国領土と、あたかも今日のバルカン半島の如くに錯綜・拮抗していた。この地域が新羅か高句麗に統一されてしまうと、我が国は半島南部の権益を失うだけでなく、日本列島そのものにも危機が及ぶ。

 地政学的に言えば、朝鮮半島は我が国につきつけられたハンマーであり、それが敵対する強国に握られることは、日本にとって安全保障上、最大の問題であった。日清戦争、日露戦争、そしてアメリカが戦った朝鮮戦争も、すべてここに起因している。したがって、百済をバックアップして、新羅や高句麗から守ろうするのは、理に適った戦略なのである。[a]


■7.神功皇后の新羅征討

 大平氏は、神功皇后の新羅征討を次のように、簡潔に記述している。

__________
 仲哀天皇の崩御後、神功皇后は臨月にもかかわらず神功皇后元年(362年)、対馬より水軍を進め、新羅の地に上陸して王都まで兵を進出させました。

新羅王はほとんど抵抗することなく降伏、自ら首に白い組みひもをかけ手を後ろでに縛り、土地の図面と人民の籍を封印して皇后に奉じ、「今から以後、天地とともに長く、(降)伏して(馬)飼部(かいべ)となります。・・・また海(路の)遠いのをものともせず、年毎に男女の調(みつぎ)を貢上しましょう」と申し出ています。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 一方『新羅本紀』には、次のように記されている。

__________
 9年(364年)夏4月、倭兵が大挙して侵入してきた。王はこの報告を聞いて(倭軍の勢力に)対抗できないことを考慮して、草人形を数千個作り、それに衣をきせ、兵器をもたせて吐岩山の麓にならべ、勇士1千人を斧けん(山へんに「見」)の東の野原に伏せておおいた。倭軍は数をたのんでまっしぐらに進撃してきたので、伏兵を出動させて倭軍に不意うちをしかけた。倭軍が大敗して逃亡したので、追撃して倭兵をほとんどすべて殺した。[1,p185]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 紀年に2年の食い違いがあり、また勝敗の記述も異なるが、共通しているのは新羅が正面からの抵抗を諦めざるをえないほどの圧倒的な大軍を倭国が送ってきたことである。

 最近、韓国教員大学の研究者たちによって、倭軍が新羅の東海岸から上陸したという研究成果が公にされている。神功皇后の実在を疑う向きもまだまだ多いが、その問題とは別に、当時の日本が、多くの軍船で大軍を半島に送りうる、まさに「東アジアの大国」であったことは、両国の史書を見ても動かない事実である。


■8.建国記念の日に

『古事記』『日本書紀』は7世紀前半に、朝廷の統治を正当化するために創作された物語、と主張したのは、大正年間、今から100年近くも前に研究を行っていた津田左右吉である。そしてこの見方が、戦後の自虐史観に利用されて歴史学研究を拘束し、今も初代・神武天皇[b]からここで述べた神功皇后まで十数代の天皇、皇后の実在が否定されている。

 しかし『古事記』『日本書紀』を否定するばかりで、それではどのように我が国が建国されたのか、その史実を探究しないのであれば、それは歴史学の名に値しない。

 その一方で、『古事記』『日本書紀』と中国、朝鮮の史書の比較研究、さらには考古学的研究が進み、古代の我が国の姿がおぼろげながら明らかになりつつある。

 本編では、そのごく一部を紹介したが、歴史学がイデオロギー的制約から解放され、真の学問的研究成果によって国民が先人たちの歩みに想いを馳せる、そんな「建国記念の日」が待ち遠しい。

(文責:伊勢雅臣)
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コメント
No title
朝鮮半島が日本の言語の影響を受けているのだと思います。恐らくこの主張は、今の国内の学界では受け入れられないでしょうが。日本の言語は、孤立した言語と吹聴されてきましたが、そんな言語がある訳がないのです。

発掘調査が進み、関東平野にも巨大勢力があった事が明らかになっています。南アメリカに残る縄文土器も研究が進んでいます。台湾民族が、南太平洋の人種のルーツであるとの報告もあります。早く正統な史観に立ち返り、大幅に停滞している古代史研究が本来の姿を取り戻すよう、祈っています。
2014/03/23(日) 08:54 | URL | #-[ 編集]
春霞
現在の朝鮮人に聞かせたら、発狂し狂い死にする。
でも、それが冷徹な歴史の真実なのです。
我が国の、記紀に記載されただけでなく、朝鮮の史書、支那大陸の史記にきちんと記述されているのですから。
我が風土記によれば、神功皇后が3回朝鮮遠征を行った時、3回とも従軍した兵士に対して、その効をを顕彰したとか。
また、防人として出征した地域の民何人かが役目を終えて無事帰還したので、みんなで喜んで祝った。とかの記事がある。
当時、日本は今日と変わらない範囲を持つ統一国家であり、兵役があり常陸の国から朝鮮半島まで出征したと言う事実がある。
記紀や風土記に著されたことは、8世紀初め頃の日本の歴史認識であり、遙かに時代が下った12世紀に朝鮮の史書が追認している。
これらを、現在の歴史学者(?)が如何なる根拠をもって否定しようというのか、聞いてみたいものである。
今日行った、筑波山神社は3千年の歴史があるという。
ロープウエイで登った800メートルから見下ろす関東平野はどこまでも平らで、人のよって隅々まで手入れされた国土は春霞に果てが見えない。
この麓で、男女が恋し、またこの麓の青年が防人として筑紫までも出征したのである。
大きな国ではある。
2014/03/22(土) 20:08 | URL | 古希のネトウヨ #-[ 編集]
No title
歴代天皇総覧
http://www.mars.dti.ne.jp/~saitota/2012/bookrekidaitennnou.htm
女性宮家の問題について議論していて、そうしたらなぜ女性天皇は構わないが女系天皇(正しくは母系天皇)がダメかと言う話になりました。結論から言いますと、日本人の殆どは先祖を30代くらい前に遡ったらどこかで天皇家と血がつながっているから、天皇家と血のつながりだけで即位できるのだったら誰でもなれることになってしまいます。だからだめ。
誰でも天皇に即位できるようになると、政治権力と分離された権威という智慧である立憲君主の天皇の権威は無くなり、政治権力と権威が同じである共和制と同じになります。そのためには即位できる人材を制限しないといけない。そこで父系男子だけという制限を加えて、先祖が辿れるようにして維持してきたわけですねえ。
その日本人の殆どは先祖を30代くらい前に遡ったらどこかで天皇家と血がつながっているという部分ですが、親からご先祖を遡ってゆくと、親で2人、祖父母は2の二乗で4人、曾祖父母で2の3乗で8人。23代遡ったら2の23乗で8306688人居ることになります。つまり夫婦4153344組のご先祖。8306688人の血を受け継いでいます。23代前と言うと一代を25年としたら15世紀半ばの室町時代。1600年当時の人口が1500万人だったらしいですから、15世紀半ば当時の人口は1000万人くらいでしょう。そういう時代にあって23代前のご先祖の人数が8306688人というのであれば、確率的におばQさんと私の23代前のご先祖は親戚です。
何せ日本と言う国の特殊性は、有史前から日本に流入する人口は途切れずにあっても、日本から出て行った人口は居ないに等しいくらいに少ないのです。このように流入一方の国ですから、江戸時代のご先祖が日本にいたという日本人は23代くらい前のご先祖はお互いに親戚ばかりです。
ご先祖と言うのは辿れる状況にあるかどうかという各家庭の差はありますが、今生きているということは辿れなくとも先祖が存在したということで、そうでなければ人造人間であって大変です。例え先祖を辿れなくても、ほぼ間違いなく我々の先祖はどこかでどこかの代の天皇様につながっており、日本人は皆親戚なのだなあと思ってしまいました。
2014/03/22(土) 17:21 | URL | junn #p4GOlP7Y[ 編集]
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
2014/03/22(土) 17:09 | | #[ 編集]
[知人メール転載]拡散と徹底抗議をお願いいたします。
【緊急拡散】
総務省の帰化在日韓国人職員と馬鹿サヨ日本人職員も
文部科学大臣下村博文H25年6月下旬公用文統一指示[韓国式交ぜ書き「子ども」やめて「子供」へ統一]を完全無視し
・今までも至るところで韓国式交ぜ書き「子ども」を連発
・平成26年3月初め前後からと思うんだけど総務省HPで韓国式交ぜ書き「子どもページ」
吐き気するよ

新藤義孝HPでも新藤氏の馬鹿秘書たちが韓国式交ぜ書き「子ども」
吐き気がするよ

A)韓国式交ぜ書き「子ども」やめて「子供」へ統一
B)総務省の帰化在日韓国人職員と創価学会員職員の解雇不採用
を要求していますFAX&葉書&電話。ご協力を!

葉書住所&FAX番号

100-8926千代田区霞が関2-1-2
総務大臣新藤義孝0352535190
総務事務次官岡崎浩巳〃
総務省大臣官房総務課長原田敦志0352535190
総務省大臣官房企画課長炭田寛祈0352535160
総務省大臣官房政策評価広報課長小森敏也035253 5173・5285

100-8959千代田区霞が関3-2-2
文部科学大臣下村博文0367343650
文部科学副大臣櫻田義孝〃
文部科学副大臣西川京子〃
文部科学事務次官山中伸一0367343589

100-0014千代田区永田町2-3-1首相安倍晋三03 35813883・55100654
自民党全員

韓国人を許さない逗子藤沢平塚会
2014/03/22(土) 11:55 | URL | 世田谷プリンセス #YcnlV6lI[ 編集]
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小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
静岡県出身。国史啓蒙家。倭塾塾長。日本の心をつたえる会代表。日本史検定講座講師&教務。
連絡先: nezu3344@gmail.com
著書
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』第1巻〜第3巻
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』
日々、先人たちへの感謝の心でブログを書き綴っています。それが自分にできる唯一のお国への、先人たちへの、そしていま自分が生かさせていただいていることへのご恩返しと思うからです。こうしてねずブロを続けることで、自分自身、日々勉強させていただいています。ありがたいことです。

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