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日本はシラス国です。ウシハクと一線を画す日本の姿学んでいます。


大和心とポーランド孤児

ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!第二巻「和」と「結い」の心と対等意識
2014/04/12発売 ISBN: 978-4-434-18995-1 Cコード:C0021 本体価格:1350円+税 判型:四六 著者:小名木善行 出版社:彩雲出版 注文書はコチラをクリックしてください。
ねず本第二巻の「立ち読み版」が公開されました。
(本の画像の下の「立ち読み」というところをクリックしてください。)

新刊ラジオでも紹介されています。ねずさん本人も出演しています。
耳で聴く『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!』
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ポーランド孤児1


淡路大震災の翌年のことです。ポーランドに震災で親を亡くした日本の子供たち30名が招待されました。それも、3週間という長い期間です。
招待された子供達は、ポーランド各地で大歓待を受けました。

この旅行のとき、ひとりの日本人少年は、片時もリュックを背から離さないでいたそうです。
世話をしたポーランド夫人が少年に理由を聞くと、「震災で一瞬のうちに親も兄弟も亡くした、家も丸焼けになってしまったのだ」といいます。
少年は、焼け跡から見つかった家族の遺品をリュックにつめていたのです。
夫人は、不憫(ふびん)で涙が止まらなかったそうです。

ポーランドでの最終日、震災孤児が帰国するお別れパーティに、4人のポーランドの老人がやってきました。
4人とも、かつてシベリア孤児だった方です。すでにご高齢で、歩行もままならない。
それでも老人たちは、「75年前の自分たちを思い出させる可哀想な日本の子どもたちがポーランドに来たからには、是非、彼らにシベリア孤児救済の話を聞かせたい」という思いで、やってこられました。

そして4人は、涙ながらにバラの花を、震災孤児一人一人に手渡しました。
会場は万雷の拍手に包まれました。

その75年前・・・なにがあったのでしょうか。


その昔、ポーランドは、帝政ロシアの支配下におかれていました。
ポーランドという国は、もともとスラブ系の人々が築いた国です。
ですからポーランドという国名も、もともとは「ポラン(平原)」からきた名前で、これが「ポーランド」になって「平原の人々」という意味が語源となっています。

一方、ロシアは、語源が「漕ぐ人」です。
スラブ系の人々が住むロシア地方に、あるときバイキング族がやってきて、あたりを平定し、そこに王朝を築きました。
つまり、帝政ロシアは、バイキングたちによる征服王朝です。
ロシア王朝では、そのため代々地元の人々(スラブ人)たちとの交流も婚姻もゆるされていませんでした。
言語も違う。風俗習慣も違う。

その帝政ロシアが、スラブ系のポーランドを支配したわけです。
ポーランド人たちは、あくまで独立を図ろうとして抵抗しました。
そしてその中心となった愛国者たちは、家族ごとシベリアに強制流刑されました。

大正8(1919)年、ポーランドは、ロシアから独立しました。
このとき、ロシアはロシア革命の最中、つまり内戦状態にありました。
シベリアにはこのとき十数万のポーランド人がいたのですが、内乱によって、ただでさえ乏しかった食料の供給が止まり、彼らはたいへんな飢餓と疫病の中で、苦しい生活を余儀なくされていたのです。

彼らは、もともと祖国の独立を果たそうと運動していた愛国者たちです。
たいへんに知的レベルの高い人たちです。
けれど、凍土と滞る食料配給のために、多くの愛国識者たちが、病や飢えに倒れてしまったのです。

問題は、その愛国識者たちの子供達です。
親を失った子供たちは、より一層、悲惨な状態に置かれてしまっていました。

「せめて、せめてこの子供達だけでも生きて祖国に送り届けたい」
大正8(1919)年9月、ウラジオストク在住のポーランド人たちは、「ポーランド救済委員会」を組織し、子供達をなんとかして祖国に送り返そうとしました。
けれどお金がない。
会員を募り資金をカンパを呼びかけるけれど、子供達を飢えから救い、祖国に送り返すだけの資金に至らないのです。

翌、大正9(1920)年の春になると、ポーランドと、新しくできたソ連との間に戦争が始まります。
孤児たちをシベリア鉄道で送り返すことは、これで完全に不可能となってしまいます。

そこでポーランド救済委員会のメンバーは、欧米諸国に、子供達を救いたいと援助を求めました。
けれど、ポーランドの孤児たちを支援することは、軍事大国となったソ連を敵に回すことになります。
ソ連との関わりを避けたい欧州の諸国は、ことごとく救済委員会の申し出をしりぞけていました。
シベリアにいるポーランドの孤児たちは、ヨーロッパ国々からも、見捨てられてしまったのです。

救済委員会のメンバーは、窮余の一策として、日本政府に援助を要請しました。
救済委員会会長のビエルキエヴィッチ女史は、満州にいた日本軍の協力を得て、大正9(1920)年6月に来日します。
そして外務省を訪れ、シベリア孤児の惨状を訴え、援助を懇請しました。

この頃の日本は、独立間もないポーランドとは、まだ外交官の交換もしていない状態です。
外交官の交換をしていないということは、国家として未承認ということで、そんな未承認国家の、流刑者の子供達に支援の手を差し伸べるなど、普通ならありえないことです。

しかし女史の嘆願は、外務省を通じて日本赤十字社にもたらされ、わずか17日後には、日赤はシベリア孤児の救済事業を行なうことを決定したのです。

日赤の救済活動は、シベリア出兵中の帝国陸軍の支援を得て、決定からわずか2週間後には動き出しました。
その日、56名の孤児第一陣が、ウラジオストクを発って、敦賀経由で東京に到着したのです。

それから、翌、大正10(1921)年7月までに、都合5回にわけて、ポーランド孤児375名が来日しました。
さらに大正11(1922)年夏には、第2次救済事業として3回にわけ、390名の孤児が来日しました。

合計765名のポーランド孤児たちは、日本で病気の治療や静養をした後、第一陣はアメリカ経由で、第2陣は日本船により直接に、祖国ポーランドに送り返されました。

この孤児たちの来日にあたっては、「習慣や言葉が違う孤児たちを世話するには、ポーランド人の付添人をつけのがよい」ということから、日赤は孤児10名に1人の割合で、合計65人のポーランド人の大人を一緒に日本に招くという手厚い配慮までしています。

ポーランド孤児2


当時日本に到着したポーランド孤児たちの回想です。
「ウラジオストックから敦賀に到着すると、衣服はすべて熱湯消毒されました。そのあと、支給された浴衣の袖に、飴や菓子類をたっぷ入れてもらいました。とっても感激しました。
特別に痩せていた女の子は、日本人のお医者さんが心配して、毎日一錠飲むようにと特別に栄養剤をくれました。その栄養剤が大変おいしかったので、一晩で仲間に全部食べられてしまって悔しかったです。」

到着したポーランド孤児たちは、日本国民の多大な関心と同情を集めました。
この孤児たちのためにと、日本では、無料で歯科治療や理髪を申し出る人たちもいました。
学生の音楽隊も、慰問に来てくれました。
仏教婦人会や慈善協会は、子供達を慰安会に招待してくれました。

他にも個人で慰問品を持ち寄る人々、寄贈金を申し出る人々が後をたちませんでした。

ある日のことです。
腸チフスにかかっていた子供を、ある日本人の若い看護婦さんが、必死に看病してくれました。
けれどその看護婦さんは、チフスが伝染し、殉職してしまわれました。

そんな事件があったのだけれど、人々の好意は、それでも尚、あとをたちませんでした。

大正10(1921)年4月6日には、赤十字活動を熱心に後援されてきた貞明皇后陛下(大正天皇のお后)も、日赤本社病院で孤児たちを親しく接見されました。
皇后陛下は、可憐な3歳の女の子のギエノヴェファ・ボグダノヴィッチをお傍に召され、その頭を幾度も撫でながら、健やかに育つように、とおっしゃられました。

こうして、日本の手厚い保護により、到着時には顔面蒼白で見るも哀れに痩せこけていたシベリア孤児たちは、急速に元気を取り戻しました。

日本出発前には各自に洋服が新調されました。
さらに航海中の寒さも考慮されて、全員に毛糸のチョッキが支給されました。
さらに多くの人々が、子供達に衣類やおもちゃの贈り物をしてくれました。

横浜港から祖国へ向けて出発する際、幼い孤児たちは、親身になって世話をした日本人の保母さんとの別れを悲しみ、乗船することを泣いて嫌がったといいます。

埠頭の孤児たちは、「アリガトウ」を繰り返し、泣きながら「君が代」を斉唱し、幼い感謝の気持ちを表しました。

神戸港からの出発では、児童一人ひとりにバナナと記念の菓子が配られ、大勢の見送人たちは、子供たちの幸せを祈りながら、涙ながらに船が見えなくなるまで手を振っています。


子どもたちを故国に送り届けた日本船の船長は、毎晩、ベッドを見て回り、1人ひとり毛布を首まで掛けては、子供たちの頭を撫で、熱が出ていないかどうかを確かめていたそうです。
その手の温かさが忘れられない、と一人の孤児が回想しています。

こうして祖国に戻った孤児たちの中に「イエジ・ストシャウコフスキ」という少年がいました。
彼は、17歳の青年となった昭和3(1928)年、シベリア孤児の組織「極東青年会」を組織し、自ら会長に就任します。
彼の会は順調に拡大発展し、国内9都市に支部が設けられ1930年代後半の最盛期には、極東青年会の会員数は640名を数えます。

昭和14(1939)年、ナチス・ドイツのポーランド侵攻の報に接すると、イエジ青年は、極東青年会幹部を緊急招集し、レジスタンス運動参加を決定しました。
彼の組織には、シベリア孤児のほか、彼らが面倒を見てきた孤児たち、さらには今回の戦禍で親を失った戦災孤児たちが参加し、やがて1万数千名を数える巨大レジスタンス組織になります。

彼は、ワルシャワを拠点として地下活動を展開したのですが、当然、これにナチスドイツが目をつけます。
ある日、イエジが隠れみのとして使っていた孤児院に、多数のドイツ兵が押し入ってきて強制捜査を始めたのです。

このとき、急報を受けて駆けつけたのが日本大使館の書記官でした。
日本人書記官は、武装したナチスの兵士たちを前に、「この孤児院は日本帝国大使館が保護している」と強調しました。
そして、孤児院院長を兼ねていたイエジ青年に向かって、
「君たちこのドイツ人たちに、日本の歌を聞かせてやってくれないか」と言います。

イエジたちは、日本語で「君が代」や「愛国行進曲」などを大合唱した。
ドイツ兵たちは呆気にとられ、
「大変失礼しました」といって直ちに引き上げ、イエジ青年たちは一命をとりとめています。

当時、日本とドイツは三国同盟下にあり、ナチスといえども日本大使館には一目も二目も置かざるを得ない。
日本大使館は、この三国同盟を最大限に活用して、イエジ青年たちを幾度となく庇護したのです。


平成7(1995)年10月、ポーランド大使を務めていた兵藤長雄氏は、阪神淡路大震災の日本人孤児たちの前に、8名の元ポーランド孤児だった老婆を公邸に招待しました。
全員が80歳以上のご高齢です。
一人のご婦人は体の衰弱が激しく、お孫さんに付き添われてやっとのことで公邸にたどりつきました。

そのご婦人のお話です。
「私は生きている間にもう一度日本に行くことが生涯の夢でした。そして日本の方々に直接お礼を言いたかった。しかしもうそれは叶えられません。
だけど大使から公邸にお招きいただいたと聞いたとき、這ってでも、這ってでも伺いたいと思いました。なぜって、ここは小さな日本の領土だって聞いたからです。今日、日本の方に私の長年の感謝の気持ちをお伝えできれば、もう思い残すことはありません。」

老婆たちは70年以上昔の日本での出来事を、細かなところまでよく覚えておいででした。
別の一人の老婆は、日本の絵はがきを貼ったアルバムと、見知らぬ日本人から送られた扇を、いまでも肌身離さずに持っていると、みんなに見せてくれました。

同様に日本を離れる際に送られた布でできた帽子、聖母マリア像の描かれたお守り札など、それぞれが大切な宝物として、いまも大切にたいせつに持っているものを、互いに見せあいました。

ポーランド極東委員会の当時の副会長ヤクブケヴィッチ氏は、「ポーランド国民の感激、われらは日本の恩を忘れない」と題した礼状の中で次のように述べています。
「日本人はわがポーランドとは全く縁故の遠い異人種である。日本はわがポーランドとは全く異なる地球の反対側に存在する国である。しかも、わが不運なるポーランドの児童にかくも深く同情を寄せ、心より憐憫の情を表わしてくれた以上、われわれポーランド人は肝に銘じてその恩を忘れることはない。
われわれの児童たちをしばしば見舞いに来てくれた裕福な日本人の子供が、孤児たちの服装の惨めなのを見て、自分の着ていた最もきれいな衣服を脱いで与えようとしたり、髪に結ったリボン、櫛、飾り帯、さては指輪までもとってポーランドの子供たちに与えようとした。こんなことは一度や二度ではない。しばしばあった。・・・
ポーランド国民もまた高尚な国民であるが故に、われわれは何時までも恩を忘れない国民であることを日本人に告げたい。日本人がポーランドの児童のために尽くしてくれたことは、ポーランドはもとより米国でも広く知られている。ここに、ポーランド国民は日本に対し、最も深い尊敬、最も深い感銘、最も深い感恩、最も温かき友情、愛情を持っていることをお伝えしたい。」

平成11(1999)年8月、ポーランドから「ジェチ・プオツク少年少女舞踊合唱団」が来日しました。
合唱団はヘンリク・サドスキさん(88)からの次のようなメッセージを携えてきました。

「20世紀の初め、孤児が日本政府によって救われました。シベリアにいたポーランドの子供は、さまざまな劣悪な条件にありました。その恐ろしいところから日本に連れて行き、その後、祖国に送り届けてくれました。
親切にしてくれたことを忘れません。
(合唱団は)私たちの感謝に満ちた思いを運んでくれるでしょう。
日本のみなさん、ありがとう。」

さんざん日本に世話になっていながら、日本人が復員を始めた終戦時、日本人から略奪・殺人・強姦をほしいままにしておいて、それを抗日戦線だったなどとうそぶくバカな国もあれば、日本の恩を忘れず、いまも互いの良心を大切にするポーランドのような国もあります。

わたしたち日本人がどちらの国とつき合うかは、私たち日本人自身が、これから先、どちらの心を持った日本人になりたいかによるのではないでしょうか。


※この記事は、2009年6月7日の記事をリニューアルして再掲したものです。
記事には、国際派日本人養成講座「地球史探訪: 大和心とポーランド魂」を参照させていただいています。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogindex.htm



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コメント
ポーランドやトルコや、恩を次の世代にまで引き継いでいく国でありたい
けれど多分、私たちは既に忘れてしまっている恩があるように思います。
戦時中、助けてくれたビルマの人たちがいた、インドネシアの人たちがいた、満州の人たちがいた、イギリス人もいた、
日本人が貢献した人物や出来事を教科書に載せて称えてくれている国もあるのに、私たちの教科書にはそういったものはない
少なくとも15年前はありませんでした
中学生の夏休みは、著者吉田氏の慰安婦の感想文を書かされました。当時は、疑いもせず日本批判しかしなかった。

過去に何があったか、わかるものとわからないものがあります。信じたいものも信じたくないものもあります。でもやはり真実を知りたい。

なぜ日本は大東亜戦争で間違いをおかしたのかと今、海外の掲示板で当然のように南京虐殺や慰安婦について例にあげて語られている
それらについては、今は置いておいたとしても

日本が受けた恩だって必ずあるはずなのにそれらは教科書にもない。個人単位でいえば外国人が日本人を助けたエピソードはたくさん出てきますが、なぜそれをもっと語り継がないのか。トルコが在留邦人のために飛行機輸送してくれましたが、30代や40代でも知らない人もまだまだ多いです。
日本が責められるのもつらいですが恩を返されたことを大々的に報道もせず、むしろ昔の日本のおかげだと勘違いして誇る方が恥知らずで胸が痛いです

人助けは当然で、見返りは求めていないはず。国の政治としては何かあるかも知れませんが、ポーランド孤児のために各地から衣類や玩具が送られ、当時は新聞の記事にもありましたよね
そういった恩を返してくれる、思ってくれているのが人間であって、その方たちの在り方に感謝をしたい。するべきです。昔の日本人が偉かったと言いながら、自分たちが気持ちよくなるような驕りはないようにしたいですね。

本当に、教科書や報道は感謝の和を「大々的」に伝えていくことが平和の道だと思います。
2015/08/11(火) 13:37 | URL | 名無し #-[ 編集]
No title
ワルシャワ大学で日本語専攻していたポーランド人や現地駐在員など多数知っておりますが、他の方が上記で書かれているよう、この孤児救出は、現地ポーランドでは知られていないそうです。戦後、長年ロシアの支配下で、日本はナチスの凶悪同盟国と教えられていたそうで、日本人よりも731部隊などいろいろよくご存知だったりと、日本のTVで親日と宣伝されてるような事実はないと皆口をそろえて仰っています。日本からの投資、経済支援がらみの宣伝なんでしょうね。日本語専攻の理由は、親日ではなく、昔から主に経済的理由、就職の為だそうです。
2015/04/19(日) 15:02 | URL | #-[ 編集]
No title
この話は歴史群像誌でも取り上げられていましたね。
日本で助けられたポーランド人孤児が
後の第二次大戦でナチスドイツに狙われたユダヤ人孤児を
これは過去の恩返しであるとばかりに命がけで保護し
イスラエル政府に表彰されたという話を聞いたときは
ポーランド人に対する見方というのががらりと変わりました。
2014/06/29(日) 17:22 | URL | #-[ 編集]
未来世紀ジパングで親日ポーランド放送しました。
先月のテレビ東京の月曜22時だったかな~「未来世紀ジパング」の親日シリーズで見ました。
ポーランドと日本はこんなことがあったのかと初めて知り、ポーランド人の親日ぶりも番組で知りました。
モンゴルやスリランカやノルウェーだったかな?とても親日なのも知りました。
未来世紀ジパングの親日シリーズは凄く良いですよ~毎週見てます。
たかじん委員会、激論コロシアム、アンカー、未来世紀ジパングは日本で極めて貴重な番組です。
2014/06/28(土) 01:40 | URL | #-[ 編集]
感銘
ただただ、感銘を受けました。
いつも、ありがとうございます。
2014/06/28(土) 00:08 | URL | かけだしの愛国者 #a2H6GHBU[ 編集]
ミュスチワフ・フォッグ
グッドタイミングですね、たまたま書店でポーランド孤児を
日本が助けた話を特集した本があって、時間が無かったので
立ち読みを少ししかできなく、そのうち本を片付けたので
詳しい事はわからなかったので、良かったです。
ポーランド関係ですが、最近ユーチューブで、ミュスチワフ・フォッグ
という戦前から戦後にかけて世界的に人気のあった、ポーランド人の
歌手の人の歌を良く聴いています。
1936年の動画を観ていて、偶然発見しました。
ポーランド語で意味はわからないのですが、「最後の日曜日」「タンゴ
ミロンガ」「すみれの花咲く頃」「奥様お手をどうぞ」「コカーナ」など
日本人の歌手が日本語で歌っているのを聴いた事がありますが、原曲は
ほとんどミュスチワフ・フォッグでしょう。
戦前は日本のラジオでもよく流れていたと思います、タンゴをやっている
人はくわしいかもしれません。
戦後社会主義になったポーランドで、高齢になってもきちんとした格好で
テレビ出演をしたり、レコーディングをしたりしているみたいなので、
人民芸術家とか結構な地位を築いていたのかもしれません。
詳しい事はわかりませんが・・・・。
2014/06/27(金) 22:52 | URL | まー #-[ 編集]
はぴはぴはぴ~♪
HAPPY AWAODORI(Awa Dance) Compilation Tokushima Japan

http://www.youtube.com/watch?v=rYHOtOO2LtI

楽しいのに見てたらなぜか泣けた。
素晴らしい日本の伝統文化、世界に広めたいです。
2014/06/27(金) 21:42 | URL | あい #RaJW5m0Q[ 編集]
No title
ポーランドのワルシャワ大学、その他大学に通う友人が少ない数いますが、殆どの子はこの歴史を知りません。日本のことが好きな人でも知りません。
よっぽど歴史好きな人ぐらいが知っているようです。
従って、歴史上のことがあるからポーランドは親日と判断するのは間違いだと思います。
実際にワルシャワ大学の日本語学科の授業に参加して、日本に興味を持っている人は多いのは確かでした。
2014/06/27(金) 21:32 | URL | S #-[ 編集]
No title
俺はおまえを愛してるのにおまえは何故俺を愛さない?!
あれほどの援助をしてやったのだから未来永劫感謝し続けろ

そんなことを言いたくて髪飾りをあげるわけじゃない

戦前の外務に携わる日本人の気概が頼もしい
宣戦布告ないがしろ事件などはあるがいい記事を読ませてもらった
写真は保存する

ありがとう
2014/06/27(金) 18:59 | URL | そま #-[ 編集]
廃校で野菜スクスク…植物工場、全国展開も視野
廃校で野菜スクスク…植物工場、全国展開も視野
http://www.yomiuri.co.jp/osaka/news/20140618-OYO1T50013.html

植物工場は農作物の計画生産を可能にする。
 地方自治体で小中学校の廃校舎や空き地に植物工場を建設して地域産業を
盛んにして若者の雇用を増加させる事ができる。 老朽化した公営団地の一
部を植物工場に造り替えて地域内の高齢者を雇用して軽作業の仕事を作り出
すことも出来る。 植物工場の出現は食糧問題やエネルギ問題及び地域に於
ける雇用の創出など様々な問題の解決を可能にする。

【関連情報】
【燃料電池の掲示板】
http://www.aixin.jp/axbbs/kfn/kfn0.cgi

詳細は
【植物工場の掲示板】最新版
http://www.aixin.jp/axbbs/sgr/sgr0.cgi
【植物工場のタイトル一覧】最新版はこちらをクリックして下さい。

2014/06/27(金) 18:12 | URL | 愛信 #EBUSheBA[ 編集]
No title
 シベリアのポーランド孤児救援のエピソードも元にした映画があります。
「ワルシャワの秋」という作品です。興味をお持ちになった方がいらっしゃればご覧になってはいかがでしょうか?
2014/06/27(金) 17:08 | URL | やまとどくだみ #-[ 編集]
No title
 ポーランド人数名と十代から交流を持っています。一人は剣道家で日本の歴史について深い知識を持っていました。(その方は残念ながら数年前に急逝されました)昨年、別のポーランド人の友人が初めて日本を訪れ、当初は「最初で最後の日本旅行になると思う」と言っていたのに、帰国すると「また絶対に日本に行くから」と言い出だしました。関西と東京、どこへ行っても人々は親切で、食べ物、コーヒーがおいしくて清潔、満足の旅だったようで、私も嬉しく思いました。
ポーランド人孤児の話はテレビなどで知っていましたが、ナチスの話は初耳で驚きました。日本とポーランドは今後より仲良く近しくやっていけたらと思います。
 ただ、韓国と中国については、私は市の日本語学級で二十年以上、日本語を教えておりますが、いやな中国人や韓国人に会ったことはありません。(十か国以上の国の人がおります)皆さん普通の良い人たちでした。
 私たちは日本語を教える以外に料理を教える講習をしてもらったり、ユカタを着てもらったりなど、日本人との草の根交流をしています。国としての中国と韓国は大嫌いですが、一人一人は別に考えておりますし、偏見でさげすんだり、蔑視したりはしたくないです。ある韓国人は「日本に来る前は怖かったけど、子供達も日本の学校でお世話になり、日本人が優しくて親切なのが分かりました。」と喜んで帰国しました。釜山で中学の教師をしていたという女性は、とても親日的で面白い女性でした。
今後も草の根交流で頑張りたいと思います。
2014/06/27(金) 16:40 | URL | あじさい #8iCOsRG2[ 編集]
義侠の日本
> 救済委員会会長のビエルキエヴィッチ女史は、満州にいた日本軍の協力を得て、大正9(1920)年6月に来日します。

ちょうどシベリア出兵の真っただ中、尼港事件の状況が明らかになった直後です。世相は「共産主義、恐るべし」と騒然となっている時期と思われます。

ビエルキエヴィッチ女史は、初めはアメリカに支援を申し込みました。協力が得られそうなのでその線で進めていくと、急に資金不足を理由に断ってきました。ねずさんの指摘するようにソビエト政権との対決を恐れたのかもしれませんし、ポーランドの戦争に巻き込まれるのを嫌ったのかもしれません(ドイツとの戦争は終わっていました)。そもそもアメリカはシベリアからの撤退を進めている時期でした。

そこで女史は急きょ日本に話を振ったわけですが、日本にも予算はありませんでした。白ロシア系政権に支援を与えていましたが、旧帝政ロシアの彼らも独立ポーランドにはいい顔をしなかったのかもしれません。そのためか、ポーランド救援の主体は赤十字、資金は国民からの浄財でした。日本国民がポーランド孤児を助けたのです。これはトルコのエルトゥールル号のときと一緒です。

日本の動きを見てアメリカもポーランド孤児の国内通過などに便宜を図るようになりますが、ビエルキエヴィッチ女史は「アメリカは自由の国といっているが助けてくれなかった」と文句を言っています。アメリカが国益で動くのは今も昔も変わりません。


2014/06/27(金) 16:39 | URL | ごーちゃん #-[ 編集]
ポーランドの思い出
過去25年間のうち、仕事も含め、8回以上ポーランドへ行きました。出会ったポーランド人達はよく「日本食が好き、何故かわからないけどあの風味がとても好ましい」と言っていたのを覚えています。ポーランド人達は愛国心が強く、我慢強くて質実剛健です。私達が失いつつあるものをしっかり保持しているなという印象を受けました。たぶんニートなんてのも皆無でしょう。ところでポーランド料理、日本人の好みです。美味しいですよ!
2014/06/27(金) 15:23 | URL | 花まりん #-[ 編集]
No title
天皇皇后両陛下におかれては、米軍に殺された疎開中の学童の慰霊のため、沖縄に行かれている。
強力な帝国陸軍があったればこそ、日本人の優しい気持ちを率直に世界に示すことが出来る。今同じような事案があって、援助を要請されても、気持ちはあっても今の自衛隊が救出に行くことが出来ないという現実に慄然とする。
当時、ポーランドの子供を見舞い、優しく慰問した当時子供だった人達も、間もなく長じてあの大戦の渦中に飛び込んで行かざるを得なかった。
日本を貶めるための嘘話は、百回言えば本当になるかも知れないが、たった一つの真実が暴露されれば一瞬にして破壊される。そのくらいの良識は未だ世界にあると信じたい。あの三国を除いては。
2014/06/27(金) 15:03 | URL | kenkan #-[ 編集]
日本を憎悪している在日コリアンの本性
●【民団新聞】参政権獲得運動を誹謗中傷するネット・ウヨクと毎日闘っている。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
http://www.mindan.org/shinbun/news_bk_view.php?corner=2&page=1&subpage=3531
「参政権獲得運動を誹謗中傷するネット・ウヨクと毎日闘っている。彼らは外国人排斥のために手段を選ばない。民団が違法な運動をしていると騒いでいる」とのことだった。

●「日本に住むのは日本人だけじゃない!FUCK愛国心 」 by在日韓国学生同盟
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http://blog-imgs-44.fc2.com/d/e/l/deliciousicecoffee/2013012207351190b.jpg

●「日本は日本人だけの国じゃない!」と主張するサーチナ記者の李信恵
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http://www.youtube.com/watch?v=IGF2yr4LfnM

●【民団新聞】「ネトウヨは、中卒ヤンキー上がりと、高卒底辺ニートが、愛国者気取りでアイデンティティーを保っている」
http://megalodon.jp/2012-0530-2232-26/www.mindan.org/shinbun/news_view.php?page=18&category=2&newsid=15952
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●コメント欄で必死に朝鮮学校を擁護する朝鮮大学校生の多数派工作
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■朝鮮学校の無償化対象外に賛成? 反対?
ヤフー意識調査(実施期間:2013年2月20日~2013年3月2日)
http://polls.dailynews.yahoo.co.jp/quiz/quizvotes.php?poll_id=8640&qp=1&typeFlag=1
■賛成 82,207票 82.3%■反対 14,990票 15%■どちらともいえない 2,635票 2.7%
2014/06/27(金) 14:41 | URL | 通名制度の弊害 #amXlFcx2[ 編集]
No title
良いお話を、ありがとうございます。
外交もなく、地理的にも離れた民族を救援することは、全く無心でないと出来ないことだと思います。
日本人は、それが出来る素晴らしい民族ですし、苦難に陥ったときの救援のことを忘れないポーランドの国民の方も素晴らしいと思います。

日本人がこのように他国民を救援しようとしたことはこれだけでなく、1890年のトルコ海軍のエルトゥールル号が遭難したときには、地域の住民の方が全力で救助活動を行いました。
これを、トルコの方は忘れることなく、イラン・イラク戦争の際には、憲法の不備のために自衛隊が救出できなかった日本人を、トルコ航空機で救出してくださいました。
これもまた、素晴らしい出来事で、1000年経っても忘れることの出来ない事柄です。

日本は、この他にも隣国が戦争になったとき、避難民として大量の密入国者が日本に流入しました。これを、日本は受け入れざるを得なかったのですが、戦争終了後に韓国の李承晩大統領は、これらの避難民の送還を拒否しました。
そればかりか、休戦前に李承晩ラインを一方的に設定して、日本領土である竹島を軍事占領しました。さらに、日本の漁船を拿捕し、漁民を抑留して拷問しています。
この事件もまた、忘れてはならないことだと思います。



韓国では、朝鮮戦争後の政府の管理の下、駐留するアメリカ兵士の相手をさせられ、「米軍の慰安婦だった」と主張する女性たちがソウルで記者会見を行い、韓国政府に謝罪と賠償を求め集団訴訟を起こしました。
訴えを起こしたのは、いわゆる「基地の村」でアメリカ人兵士の相手をさせられた「米軍慰安婦だった」と主張する韓国人の女性122人です。

これで、韓国がアメリカに設置したいわゆる従軍慰安婦の少女像の目的は、アメリカ兵士に対するものであったことが、はっきりしました。確か、ジープに乗せられたと言っていた、元慰安婦もいました。

韓国の国会では、朴正煕大統領の決裁署名入りの文書記録を元に追及したところ、米軍慰安婦は9,935人と言うことでしたが、別の資料では朝鮮戦争時の慰安婦は30万人余りと推測、ベトナム戦争では30万~50万人との記事もあります。
また、朝鮮戦争の慰安婦は第5種補給品との呼称で荷物扱いですから、日本による慰安婦が高給、休日あり、休日にはピクニックや買い物、相手も選べる待遇と比較すると、まさに性奴隷です。

そう言えば、最近の韓国の慰安婦の人数ですけど、以前は韓国から20万人だったのが、韓国、中国、フィリピン、インドネシアで20万人に変わっていたので、なぜかと疑問に思っていたのです。
韓国兵とアメリカ兵による性奴隷が多かっただけでなくライダイハン事件まであったのに対して、日本のそれは、嘘つきの吉田清治が記した中にある警官が朝鮮人だと言うことからも無理が生じ、多少は反省したのでしょうか。



東京都議会で起こったセクハラのヤジ問題です。
地方議会のことに、安倍首相はみんなの党の浅尾慶一郎代表に陳謝されています。
みんなの党は、そろそろこの問題について終わりを考えないと、塩村都議の
これまでのことが、おもしろおかしく書かれるでしょう。中には、女性の尊厳を侮辱する内容も、含まれていると思います。
それよりも、ヤジで議会の品位を堕とさないように、議員の申し合わせを作るべく行動することが必要だと思います。
2014/06/27(金) 14:39 | URL | ポッポ #-[ 編集]
日本はサッカーで一勝も出来ず敗退しましたが、ある学会信者の選手が負ける様に誘因したとの話しが出ています。確かにこの選手だけ蹴れる時に蹴らなかったり、変なパスをしてたりしてました。もし韓国寄りの学会を喜ばせようとして負ける様に画策したのなら、
人間として下の下です。
2014/06/27(金) 13:26 | URL | 日本を守る #-[ 編集]
初めて知りました。
もっと多くの人達に知って欲しい!
日本の学校教育ってなんなんでしょうね…。
日本をおとしめる三国とGHQの洗脳プログラム。腹立つ。
日本は良いことをしても、それをことさら自慢気に話したりしないからなおさらですね。
2014/06/27(金) 11:06 | URL | 名無し #-[ 編集]
No title
おはようございます。私も2009年のエントリーを拝見し感銘を受け、兵藤長雄氏の本を読ませて戴きました。外交関係も無かった国に対し、短期間のうちに日赤はシベリア孤児の救済事業を行なうことを決定したとあります。当然、現地のシベリア孤児を救出するには帝国陸軍の力なくしては出来なかった事でしょう。
「日赤が孤児救済事業を決定」と書かれていますが、莫大な予算、陸軍の協力、
医療機関の協力などを考えれば、日赤だけで行えるものでは無く、国家の関与があったとしか思えません。
そしてその国家を動かした大本は。
当時の日赤名誉総裁は貞明皇后陛下であられた。
「まずは御皇室のご意向があり、臣下が忠実に答えた。」としか考えられないのですが。いかがでしょうか。
2014/06/27(金) 09:53 | URL | causal #-[ 編集]
更新ありがとうございます。ポーランドの方達が親日である理由が分かりました。日本に親切にしてもらった恩情を今だにもち続けておられるのは民度の高さを知る事が出来ます。 私も何故か行った事も知り合いもいませんが、ポーランドの方達に親しみを感じます。 ショパンを生んだ芸術性も知性も高いポーランドの様な国と益々日本は親交を深めて行くべきですね。 いつまでも、馬鹿のひとつ覚えみたいに、反日を煽ってなんら建設的に自国民の民度を高めようとしない、中国、韓国などの国とは日本は守りを固くして遠ざけた方が宜しいです。
2014/06/27(金) 08:04 | URL | ひろし #-[ 編集]
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小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
静岡県出身。国史啓蒙家。倭塾塾長。日本の心をつたえる会代表。日本史検定講座講師&教務。
連絡先: nezu3344@gmail.com
著書
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』第1巻〜第3巻
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』
日々、先人たちへの感謝の心でブログを書き綴っています。それが自分にできる唯一のお国への、先人たちへの、そしていま自分が生かさせていただいていることへのご恩返しと思うからです。こうしてねずブロを続けることで、自分自身、日々勉強させていただいています。ありがたいことです。

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