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中共の国歌は日本生まれ

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中華人民共和国0825-1


中華人民共和国国歌といえば「義勇軍進行曲」ですが、この歌実は日本で作曲され、歌詞も日本で受けた教育がもとになっていることは、みなさんご存知でしょうか。

たぶん、以下をお読みいただくと、めっちゃおもしろいと思います。
けれど、史実です。


昭和10(1935)年のことです。
支那で「風雲児女(嵐の中の若者たち)」という映画が上映されました。
その映画の中で、若者達が軽いノリで笑いながら歌う歌が、実は後に中華人共和国国歌となる「義勇軍進行曲」だったのです。

この歌は、その後、旧満州の抗日デモなどで盛んに歌われるようになるのですが、歌詞にある「起来! 不願做奴隸的人們!(起て、奴隷になることを願わぬ人々よ)」が、多くの支那人の共感を呼び、支那の民族解放運動の行進曲として支那全土へと広がって行きました。

従って、この歌詞の「起来! 不願做奴隸的人們!」は、ある意味すごい伝播力をもった素晴らしいコピーとなったわけですが、実はこの歌詞を書いた田漢(でんかん、簡体字表記は田汉)は、日本の東京高等師範学校で学んだ人です。

田漢(でんかん)
田漢


田漢が師範学校で学んだ期間は、大正6(1917)年から大正9年までの4年間です。
この頃の日本は、日露戦争で大勝利をおさめ、大正3(1914)年には人類史上初の世界的大戦争である第一次世界大戦に、欧米連合国の一員として参戦し、またたく間にドイツ軍を降伏させた、まさに日の出の勢いの国家でした。

そして東京師範学校は、もちろん軍人養成校でもあるわけですから、国威発揚精神教育、東亜の伝統を重んずる精神の育成、欧米の植民地支配の実情と歴史に関する教育、東洋民族解放のために必要な精神の熟成等を生徒たちに教えていました。

じつは、そうした文化観、歴史観というものは、当時の東洋(のみならず世界)に、ないものです。
当時の世界は、白人こそが「人」であり、有色人種は「人の皮をかぶっただけのバルバロイ(獣人)」でしかない。それが世界の普遍的標準的思想です。

いまの世の中では、人種の平等は、むしろあたりまえのことですが、当時の世界では、人類の平等や、諸民族のもつ歴史の素晴らしさ、そしてそのために必要な具体的課題を教えているのは、日本の師範学校だけだったのです。

田漢にとって、東京師範学校での体験がいかに刺激的なものであったか。
そのことは想像するにあまりあります。

ここでひとこと添えますと、共産主義というのは、一面において人種の平等を歌います。
もともとがロシア的ユートピア思想からきていますから、人に上下の差別なく、人種のさべつさえもないユートピア(これを原始共産主義社会といいます)の建設を至上課題としています。
ですから田漢の生きた「西欧による人種差別があたりまえ」の時代に、平等主義である共産主義は、たいへんな人気となったわけです。

ところが、共産主義思想においては、めざす結果としてのユートピアは、結果としてはただの偽装でしかなく、実体は上下関係(社会的関係)を、ただ破壊するだけの破壊主義でしかなかったわけです。
なぜなら、共産主義は、ユートピア建設のために、既存の社会的仕組みを破壊することを正義とするからです。

これに対し、日本の師範学校で教えた主義思想は、人種は平等であること。そしてその平等を実現したいならば、自らを律し、自らが立派な人間、立派な存在に成長することによって、西欧社会の信頼を勝ち得よう、そのために君たちは、民衆の師範(リーダー)になるのだ、というものでした。

民衆のすべてが素晴らしい人間になることは理想ではありますが、非現実的です。やはりおかしな人もいる。
だからこそ、民衆の間に、真のリーダーとなる人を育て、そのリーダーにみんなを引っ張って行ってもらう。
そういう民衆のリーダーとなるべき人を育成するために設立されたのが師範学校です。
師範というのは、民衆の師匠であり、模範となる人、という意味です。

だからこそ、田漢は、「戦え、奴隷になるな」と作詞したわけですが、その意図にあったのは、人が人を殺し奪うという戦いではなく、自分との戦いにおいて、奴隷にならない立派な人間になろうという意図があったし、だからこそこの歌詞が、支那の多くの文化人に受け入れられたわけです。

ところが中共政府は、この田漢の「戦え!」を、相手を殺し、支配するという、いまだに「相手」に向けて解釈しています。残念なことです。
この一点をもってしても、中共政府は民衆の師範たりえない存在であることがわかります。
また日本において、中共国歌のこの歌詞を、他人を殺し支配するという意味で「素晴らしい」と拡散している左翼系の人たちは、やはり民衆の師範たりえない残念な人たちであると思います。

田漢は、上海に帰国すると、すぐに雑誌「南国月刊」を創刊しました。
東洋民族の民族愛と、東亜の歴史伝統を伝える雑誌です。

欧米による植民地支配があたりまえの常識だった時代において、彼の創刊した「南国月刊」は、支那の文化人たちのなかで、まさに大ヒット雑誌となりました。

そしてこの雑誌のヒットにより、田漢は、昭和3(1928)年には、文学・絵画・音楽・演劇・映画の5部門をもつ南国芸術学院を開校させるに至っています。

そして田漢は、昭和7(1932)年、支那共産党に入党しました。
そもそも人種どころか人そのものに上下の区別(差別)はない、原始共産主義であるユートピアにおいては、人はみな平等であるというのが、共産主義の建前です。
人種の平等、奴隷支配からの脱却を希求する田漢が、思想としての共産主義に傾倒したのも、うなづけます。

共産党員となった田漢は、戦時中から戦後の共産党政権誕生後にかけて、中共政府の芸術部門の責任者として、芸術を中心とした国威発揚に多大な貢献をしました。
その中のひとつが、昭和10(1935)年の映画「風雲児女(嵐の中の若者たち)」であり、彼の作詞した「起来! 不願做奴隸的人們!」であり、他にもたとえば京劇の代表作である「白蛇伝」も、田漢が台本執筆を行うことで普及したものです。

こうして支那共産党に多大な貢献をした田漢ですが、昭和40(1965)年にはじまる毛沢東の文化大革命によって、彼は、吊るし上げをくらいました。
理由は、ひとつは、彼が歴史的文化を大切にする人物であるということ、もうひとつは、彼の持つその民族的文化意識の原点が日本文化に依拠していることです。

そもそも西欧における思想としての共産主義(マルクス主義)は、人類の至高の姿をユートピアに求めるものです。
けれど毛沢東による修正共産主義は、ひとことでいえば絶対君主による専制共産主義です。
ですから尊重すべきは絶対君主(毛沢東)であり、支那の歴史、伝統、文化は、否定の対象です。

支那共産党の共産主義普及のために多大な貢献をした田漢でしたが、結局彼は逮捕投獄され、昭和43(1968)年、獄中で非業の死を遂げています。

けれど、本人が死んだからといって「死んだら仏さんだから」と許すような精神は、支那人にはありません。
昭和45(1970)年、田漢は、支那共産党によって、周揚、夏衍、陽翰笙とともに「四大悪漢」というレッテルを貼られ、さらに昭和50(1975)年には、党籍の永久剥奪処分が決定されています。
亡くなって7年も経ったあとに、です。

そのころ、田漢の作詞した「義勇軍行進曲」は、中共政府の国威発揚の楽曲として普及していましたが、田漢の処分により、中共内部では田漢の作詞した歌は歌えず、行進曲は、曲の演奏のみにとどめられています。

これが覆されたのは、さらにその4年後、昭和54(1979)年のことです。
文革に対する否定から、田漢の名誉は回復され、昭和57(1982)年12月4日の第5期全国人民代表大会第5回総会で、「義勇軍行進曲」は、ようやく歌詞も「中華人民共和国の国歌」として正式に認められるものとなっています。


さて一方、「義勇軍行進曲」の曲の方です。
こちらは、聶耳(じょうじ、ニエ アル)の作曲です。

聶耳(じょうじ)
聶耳


聶耳は、雲南省昆明生まれの人で、幼い頃から楽器に親しみ、昆明省立第一師範学校高級部在学時代に共産主義活動にはいったといわれています。

昭和5(1930)年に上海に渡った聶耳は、貧しい生活の中でバイオリンの独学を休まず続け、翌年には「明月歌舞団」のバイオリニストに採用され、職業音楽家としての第一歩を踏み出しています。
そして主に上海を拠点に「採掘の歌」「波止場労働者の歌」など左翼系演劇の楽曲を数多く世に送り出し、それなりの収入も得れるようになりました。

そして昭和8(1933)年、聶耳は、正式に共産党に入党する。
ところが、この頃から、蒋介石の国民党軍閥による共産党狩りが、エスカレートしていきます。

昭和10(1935)年には、聶耳の周囲にいる共産党員たちが次々と逮捕、投獄、処刑されていきます。
友人の田漢も逮捕されました。
そして近日中には、聶耳も逮捕されるという情報がもたらされまます。

聶耳は、上海を抜け出しました。
そして、ひそかに日本に渡りました。
これが、同年4月のことです。

ちょうどそのころ上海では、田漢の南国芸術学院が、映画「風雲児女(嵐の中の若者たち)」の撮影がすすんでいました。
南国芸術学院の田漢は、獄中でこの映画のための主題歌「義勇軍進行曲」を作詞し、それは人づてに密かに持ち出されます。

日本へ渡航する準備をしていた聶耳は、このことを知ると、自ら進んでその歌詞に作曲したいと告げ、そして、「日本に渡って、日本で生活をしながら」作曲し、ようやく5月初めに完成した決定稿が、いまの中華人民共和国国歌の、「義勇軍行進曲」の旋律です。

完成した曲は、日本の書留郵便で上海に送られました。
そして、支那共産党の映画「風雲児女」が完成する。

こうなると共産党狩りをしていた上海の国民党は、聶耳を放置できなくなります。
そして不思議な出来事が起こりました。

聶耳が日本に亡命した昭和10(1035)年7月17日のことです。
この日、神奈川県藤沢市にある鵠沼海岸で友人らと海水浴を楽しんでいた聶耳は、この日の午後、遊泳中に海で溺れて、水死したのです。

原因はわかりません。
ただ、水死体の検分結果では、通常の海で溺れた遺体と、特にかわりはなかったそうです。

ちなみに藤沢市では、昭和24(1949)年に、有志により聶耳を記念する運動が起こり、昭和29(1954)年には、聶耳記念碑が建立されています。

聶耳記念碑(神奈川県藤沢市)
聶耳記念碑


この記念碑は、昭和33(1958)年の狩野川台風でいちど流されてしまうのですが、昭和40(1965)年には記念碑保存会が発足し、昭和61(1986)年に、神奈川県と藤沢市、そして有志の浄財で、再び記念碑が建立されています。

中共政府の国歌「義勇軍行進曲」。
支那の民衆に愛されているその国歌は、不思議なことに、歌詞は日本で民族自立を教育された田漢によって、曲は、日本に亡命していた聶耳によって、日本で書かれたものでした。

「起来! 不願做奴隸的人們!」
(起て、奴隷になることを願わぬ人々よ)

その歌詞を、奴隷になることを願わないならば
「奴隷にならないために、自らを向上させるために起ち上がれ」
ととらえるのか、
「奴隷にならないために、支配層を殺せ殺せ!」
ととらえるのか。

同じ「起来! 不願做奴隸的人們!」でも、その捉え方は、180度違ったものになります。
そして
前者は、向上を産み、
後者は、憎しみを産み、さらにそれを連鎖させる。
殺された者は復讐をし、復讐された者は、再び報復をする。憎しみの連鎖です。

中共政府は、せっかくの「起来! 不願做奴隸的人們!」を、後者の意味としました。
憎しみを煽った。
煽るために、嘘に嘘を重ねた。

その結果は何を招くか。
国家は人々との紐帯をなくし、人々は絆をバラバラにし、国内は破壊の連鎖となり、
民衆が真実に目ざめたとき、国家は崩壊を余儀なくされることになる。

私は、「起来! 不願做奴隸的人們!」を、田漢が東京師範学校の教えそのままに、奴隷にならないために向上しよう、成長しようという歌詞ととらえることが、人として、国家として、ほんとうにたいせつなことではないかと思います。

そしてまた、作曲家の聶耳についても、その遺徳を偲び、顕彰碑まで建てた日本という国が好きです。
否定し、殺す社会より、人々のために命をかけて尽くし、散って行かれた人をちゃんと顕彰できる社会。

日本は、靖国への国務大臣参拝を義務づけていませんが、ここからして戦後日本のおおきな間違いと狭量さを思います。
日本は、日本の心を取り戻すこと。
それが日本再生のための、たしかな道筋であると、私は思います。


そうそう。
そういえば、中華人民共和国という国名も、「人民」「共和」は、日本で作られた造語であり、日本語です。

はてさて、国名の半分が日本語で、国歌も日本で教育を受けた人が書き、曲も日本で作曲された。
その中共政府が、世界で他に類例のないような反日国家であるというのは、なんとも不思議不思議なできごとですね。

※この記事は2012年8月の記事の再掲です。



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2014/09/19(金) 06:41 | | #[ 編集]
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2014/09/19(金) 06:38 | | #[ 編集]
★義勇軍行進曲
作曲家・団伊久麿氏は『義勇軍行進曲』のドキュメンタリー番組の制作に従事し、作曲者ニエ・アルの最後に就いて、
事故当時に子供で海水浴に同行した人物から、彼が海中に飛び込んで浮いて来なかった状況を聞き出しています。
この証言から、不幸な事故だった事が明らかになったのです。
なお、この番組が放映されて間もなく、制作に従事した団伊久麿氏は、中国で客死されました。
2014/09/16(火) 21:21 | URL | あります #-[ 編集]
南朝鮮国歌も
シンシアリーさん
作曲アン・イクテ親日派
作詞家は誰なのか?
『政府樹立後国家機関が国歌作詞者ユン•チホ(1865~1945)と明記した資料見つかった』
朝鮮戦争後韓国政府機関発行外国向け無料パンフレットに書いてある作詞家ユン・チホ日本名は伊東致昊彼も又「独立運動家であったのに変節親日派になった人」と
2014/09/16(火) 21:06 | URL | 儘痲亥 #ipAlYmTo[ 編集]
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2014/09/16(火) 19:19 | | #[ 編集]
この行進曲は国歌になる直前、『東北抗日義勇軍行進曲』であり、それは同名の映画の主題歌としてヒットしたそうですね。
しかし、その主人公にはモデルがいました。小白竜(シャオパイロン)という英雄です。
小白竜は小柄で色白で刀形の眉に真っ赤な唇と謳われ、ふだんは道教の総本山、千山は無量観で修行をしていました。
そして、無量観に各地から陳情があり、手に負えない悪漢を退治してくれろと使いがやってくると、下山して出かけていき、悪漢を探し出して、無量観に連れて行って教化したり、是非に及ばす討伐したりしました。
その拳法は武当派といって、いま中共の武術大学にはコースがありません。また、検索しても見あたりません。かろうじて、いくつも作られた『少林寺』という映画のひとつに、武当派の父娘が客人として少林寺に来て、父が何者かに襲われ殺される筋書きがあるだけです。しかも武術そのものは描かれません。そういう徹底した無視と抹殺がなされています。
というのも、武当派はいわゆる東北馬賊、正確には保衛団遊撃隊の戦士である壮士(チョワンスー)たちが好んで鍛錬した乱世の武技であり、競技武術では禁忌とされる技をふんだんに使った拳法であり、散打つまり乱取り稽古をすれば死傷者続出となるため型だけが稽古されましたが、それだけ危険つまり実用的なために濫用もしばしば見られましたし、それがために為政者からも徹底的な取締りを受けていたからです。
さて、この小白竜とは、元は拳銃の名です。ブローニング社のもので、握りに竜の彫刻が入った象牙をあしらう無量観秘蔵の宝器でした。同じく桃木剣という桃材のダガーも宝器とされていて、これは馬の尾で編まれた紐で首から下げる御守りでした。なんと小白竜はこの2つを同時に身につけ悪漢征伐に繰り出していたのです。
ではなぜ無量観つまり道教の総本山が各地の陳情で英雄を派遣したのか。
なぜなら、汚職まみれの政治が頼りにならないからセーフティーネットワークが生まれたのです。
馬賊とは遊撃隊。遊撃隊を擁するのは保衛団。保衛団は地方豪族による自警団。相手は匪賊と不当徴発の両方。豪族は長老社会。精神的倫理的な裏付けは道教や活仏教。宗教は教化だけでなく武力も必要だった。総本山には練達の士がいた。それらは機能不全に陥った官僚組織のかわりだった。詳しくは朽木寒三著『馬賊戦記』小白竜とは小日向白朗という新潟県出身の日本人です。
2014/09/16(火) 14:36 | URL | beany #-[ 編集]
更新ありがとうございます。
中国の本当の文化人は親日である場合が多いですね。 その点は馬鹿の一つ覚えみたいに反日、反日と叫ぶ韓国よりましな所は、あります。 けれど支那、韓国などには、不干渉を貫くのが日本の国益です。
2014/09/16(火) 13:12 | URL | 防人 #-[ 編集]
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2014/09/16(火) 11:48 | | #[ 編集]
No title
前にも読ませていただいたテーマですが、野蛮国シナは終始一貫武力を持たない“ノーテンキ平和主義(平和教)国”を好んでかたっぱしから餌食にする、その習性は何十年たとうが何千年たとうが変わらない・・それが歴史の真実であるということです。よってシナ人のごく一部に才能を持つまっとうな人が現れても国家として、まっとうになることは絶対にありません!かの国には何かあった場合はいつでも鉄拳制裁を食らわせるスタンスで対峙する・・それしかありません。右手で握手し、左手でぶん殴る準備を!!
2014/09/16(火) 09:30 | URL | 通りすがりの武人 #-[ 編集]
東京師範学校の師範
東京師範学校/東京高等師範学校の「師範」は、教員養成校だからだと思いましたが……。もっとも東京高等師範学校になったとき、校長が現役軍人の山川浩(元会津若年寄)になったので、だいぶ軍隊流だったようです。日新館流だったんでしょうか?
2014/09/16(火) 09:03 | URL | 什の掟 #-[ 編集]
No title
毛沢東の何とか宣言も日本語である。日本の和製漢語がなければ出来なかったというのは、よく言われることではあるが。
しかし、アメリカが押しつけたできの悪い憲法を押し頂いている身で、CHINAを嗤おうとしても、頬が引きつる。
2014/09/16(火) 09:02 | URL | kenkan #-[ 編集]
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小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
静岡県出身。国史啓蒙家。倭塾塾長。日本の心をつたえる会代表。日本史検定講座講師&教務。
連絡先: nezu3344@gmail.com
著書
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』第1巻〜第3巻
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』
日々、先人たちへの感謝の心でブログを書き綴っています。それが自分にできる唯一のお国への、先人たちへの、そしていま自分が生かさせていただいていることへのご恩返しと思うからです。こうしてねずブロを続けることで、自分自身、日々勉強させていただいています。ありがたいことです。

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