西郷隆盛の命日と征韓論 - ねずさんのひとりごと

西郷隆盛の命日と征韓論

2014年09月23日05:36  日本人の心 写真あり

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フランスのニュース紙に掲載された西郷隆盛1877年


明日、9月24日は、西南戦争で西郷隆盛が自刃した日です。享年51歳でした。
明治10(1877)年のことです。

西南戦争は、西郷隆盛の『征韓論』がきっかけとなったというのは、多くの人の知る事実ですが、昨年、このブログで『征韓論』は「朝鮮を征伐にいく論ではない」と書きましたら、多くの方に衝撃が走ったようです。
けれど、そうなのです。

当時、ようやく開国して新政府を築いたばかりの日本にとって、最大の脅威はロシアの南下でした。
英米仏欄などが、主として海路を通じて海軍の派遣しかできないのに対し、ロシアは大人数の陸軍で南下できるのです。これは元寇どころの騒ぎではありません。
まさに国としての死活問題でした。

このロシアに対して我が国を防衛するためには、日本の防衛力を高めるためだけでは追いつきません。
国力が違いすぎるのです。
清国にも、李氏朝鮮国にもそれなりに頑張ってもらうしかない。
いつまでも猿山のボス猿が、国家の境界線さえも曖昧なまま君臨しているだけの中世的国家では、ロシアの脅威に、太刀打ちできないのです。

とりわけ朝鮮半島は、ロシア南下に際しての最大の防衛拠点です。
ここがロシアに蹂躙されたら、次は間違いなく日本です。

ですから、できたばかりの明治新政府は、再三にわたって李氏朝鮮に使いを送りました。
ところが清国の属国である朝鮮王は日本を馬鹿にして首を縦に振らない。
そこで出てきたのが「征韓論」です。

征韓論の「征」の字は、「正しきを行う」です。
ですから「征韓論」というのは、「朝鮮の近代化を促進する(正しきを行う)ことで、ロシアの南下を防ぎ、東亜の、ひいては我が国の自存独立を図ろう」という論です。

こういう字句のイメージからくる認識の違いは、度々発生しています。
たとえば、授産所と聞けば、いまどきの人なら、ほぼ100%、出産所をイメージすると思います。
ところが明治初期でいう授産所は、「産を授けるところ」という意味で、いまの職業訓練所を意味します。
征韓論に対する認識の誤りも、これと同じです。

ですから西郷隆盛自身、朝鮮に軍事出兵しようなどとはまったく言ってません。
彼は自分が朝鮮王に特使として交渉に出向こうとしたのです。
彼自身が朝鮮国を訪問し、朝鮮国を説得し、朝鮮半島の近代化の促進に力を尽くしたいと主張したのです。

ところが日本政府の要人として西郷隆盛が出向くとなれば、そのための陣立てが必要です。
この陣立てというのは、いまどきの「数人のガードマンが政府要人の警護にあたる」と意味合いが違います。
中世的社会は体面を重んじるし、特に儒教国を自認する李氏朝鮮は事大主義の国ですから、それなりの大物が出向くとなれば、それなりの陣立てをし、それなりの行列を組まなければなりません。
この点、同じ政府使節でも、遣欧使節団のように欧米に向かった使節団は、少数でOKです。
欧米には、儒教国家にあるような「体面」という思想がないからです。

李氏朝鮮は「体面」がなにより優先する国です。
もし日本が清国や朝鮮に、政府の公式訪問団を少数で訪問すれば、相手は、自分たちの国が「軽く見られた」と判断し、それだけで言うことを聞きません。
ですから公式使節団は、その国力に応じた、士族の相当な大行列である必要があったのです。

士族というのは、日本では武士団を意味しますが、儒教国では士大夫(しだいふ)です。
要するに特権階級の要人が、大行列を為して訪問すれば、李氏朝鮮は、行列が大きければ大きいほど自国が尊重されたと思い、その大行列に対して敬意を払うのです。
やっかいな話ですが、それが儒教国の中世的社会の基本的構造です。

もうひとついうならば、この士大夫の大行列は、江戸時代の大名行列の江戸入りや、同じ時代の朝鮮から日本への朝鮮通信使と同じように、軍事侵攻を意味しません。
あくまで体面を重んじるため、ただそれだけのための行列です。

江戸時代の朝鮮通信使では、李氏朝鮮の使節団は、平和時でありながら、派遣使節団は800名の大軍です。
ならばロシア南下という非常時における日本からの派遣は、国威を示す意味においても、数千人規模にしなければならない。
そしてその使節団の経費は、大名行列がそうであるように、訪問する側、つまり日本側がその経費を全額負担です。それが儒教社会における常識です。

「征韓論」と聞くと、あたかも日本が武力で朝鮮を征伐し、征服しようとしたなどと、ありもしない妄想を膨らませる学者などがいますが、とんでもないことです。
わずか数千の大名行列で、一国の征服などできる筈もありません。
数千人規模の使節団は、古式にのっとって、数ヶ月かけて朝鮮を訪問し、それに対して朝鮮国が敬意を払ってもてなしをし、すすんで協力をする。そいう構造です。

ただし、その訪韓の経費は、日本持ちです。
ということは、莫大な経費がかかります。
ほんの少数をヨーロッパやアメリカに派遣するくらいなら、出来立ての明治政府にも、その経費の捻出はできました。
しかし、たとえお隣の国とはいっても、数千から数万の大行列の面倒をみるとなると、これは財政的に、ものすごく大きな難題です。

「それでもやらなければならない」
それが西郷隆盛の考えです。
そしてその大行列に、職を失った旧士族たちを充てれば、彼らにとってのそれが生活の糧ともなります。
旧士族は、失業していたからです。
海外派遣は、手当は国内出張よりも金額が大きくなります。
ですから同行した士族たちは、帰国後は、そのときの給金をもとに独立してお店を営んだりするだけの手持ち資金ができるわけです。
そして、朝鮮半島の近代化の促進は、ロシア南下への大きな防御壁になる。
一石が二鳥にも、三鳥にもなるのです。

ところが当時の政府には、カネがない。
いや、むしろ、その後に巨額の経費のかかる西南戦争をしているくらいですから、費用の捻出はしようと思えばできたのです。
西郷隆盛も、なにもそこまで無理難題を吹っかけているわけではありません。

けれど当時の新政府の閣僚たちは、『征韓論』の承認をしませんでした。
ただでさえ、カネのかかる欧州派遣使節を出している最中だったのです。
ただでさえ財政難なのに、さらに朝鮮半島に数千人規模の使節を派遣するなど、財政的には考えられない。
ですから、西郷隆盛の『征韓論』は、却下されています。

ところが歴史というのは皮肉なものです。
征韓費用をケチった政府は、結果としては西南戦争で、征韓を数倍する費用の負担することになったのです。
西郷隆盛としては、その教訓を胸に、日本は、遣うべきときに国費を使うことをためらわない政治の運営をしてもらいたいと、最後は乱を起こした責任をとって自刃しました。

ですから西郷隆盛が切腹したのも、単に戦に負けたからということではなく、必要なときに必要な行動をしっかりととれる政府となってもらいたい、ということを、彼の命に代えた政府への諌言として、切腹をしているのです。
そこを理解しないと、なぜまだ戦う力が残っているのに彼が切腹したのか、その意味がわからなくなってしまいます。

ちなみに、この国防が優先か、財政が優先かというせめぎ合いは、旧帝国政府内において、その後もずっと残りました。
そして財政優先にした結果、明治政府は西南戦争を引き起こしてしまうし、さらに山縣有朋内閣のときに国防力強化のために歳費の7割を陸海軍の増強に遣うという提案もしりぞけられ、結果として日清戦争を招いています。
目先の予算をケチることで、結果として、多額の費用と人命を失っているのです。

大東亜戦争も、実は同じです。
日本が開戦前に、多額の予算を計上して、それこそ圧倒的軍事力とChina国民党張りの国際宣伝活動を展開していたら、もしかしたら戦争は防げたかもしれません。

もっともらしい綺麗ごとで目先の財政にとらわれ、国家百年の体計を誤ると、結果として取り返しのつかない切羽詰まった事態に陥るのです。
それが今も昔も変わらぬ政治の現実です。

ちなみに冒頭の絵は、フランスのニュース紙に掲載された西郷隆盛とその仲間たちの肖像画です。
明治10(1877)年のものですが、ここに描かれた西郷隆盛の肖像画は、後年描かれた西郷像とは、ずいぶんと雰囲気が違います。

それにしても・・・・もし大西郷の意向が実現し、共揃えをしっかりと充実させた使節団が、朝鮮半島に赴き、そこで李氏朝鮮が胸襟を開いて日本と同じような近代化を推進していたら、東亜の歴史はどのように変化して行ったでしょうか。

ひとつ言えそうなのは、朝鮮半島は、明治43(1910)年の日韓併合ではなく、遅くとも明治20(1887)年頃には日本に併合されていたであろうということです。
それは朝鮮半島の近代化を早くに促したでしょうし、また、日本の統治期間が35年でなく、台湾と同じく50年以上に渡る期間となることによって、半島の日本化を目覚ましく推進したかもしれません。

けれど、八百万の神々の御心は計り知れないものです。
ただひとついえそうなのは、神々は、大西郷の命を奪ってまで、それを認めなかったのです。
そしてこれまた不思議なことに、半島と組んだ国は、どこもみんな滅んでいます。
いまも昔も、韓の法則は生きています。

※この記事は昨年9月の記事をリニューアルしたものです。



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