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鳥居と日本建築

■オーディオブック■
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人! 第二巻: 「和」と「結い」の心と対等意識』
ねずさんの百人一首本は平成27年3月発売予定です。
■【CGS ねずさん】第7話 教育もどき教育を問い質す!
【チャンネルAJER】国連秩序と日本①
 


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鳥居は倒れない


上の写真は、ネットで拾ったものです。
昭和20(1945)年の広島の原爆、2011年の地震後の津波被害の際にも、なぜか神社の鳥居だけが無事だったことを不思議なことととらえた写真で、海外でもだいぶ評判になったようです。

見たところ、立派な基礎があるわけでもないのに、鳥居だけが倒壊せずに生き残っています。
まるで神様のご意思でも会ったかのような、実に不思議な写真です。

鳥居の形から、明神様の鳥居のようです。
明神様といえば国内鎮守の神様です。
その神様の鳥居が、原爆にも未曾有の地震にも津波にも屈せずに凛とした姿を見せている。
まるで明神様がそこにおいでのようにさえ見えます。
素晴らしい写真です。

では、この鳥居はなぜ倒れなかったのでしょうか。
建築設計をしておいでのNさんから教えていただきました。



鳥居の足下には大きな輪になった「沓石」という二重になった大きな石があります。写真にも見えています。
鳥居の柱脚は、その石の穴に差し込んであります。
固定はしません。ただ差し込んであります。自由に動く状態です。

すると地震で地面が揺れ、沓石が一緒に揺れたとしても、柱脚にはその力が伝わらないのです。
つまり沓石と柱脚は、究極の免震構造になっているのです。
だから地震でも倒れない。
爆風がきて横から強い力を受けても、免震構造と同じ理論で力に耐えます。
まさn「柳に風」と受け流してしまうのです。

現代建築を学んだ経験不足の建築家が、神社の鳥居の修復を依頼されると、鳥居の足下をコンクリートでカチカチに固定してしまいます。
そうすると小さな地震でも揺れは柱脚にまるごと伝わりますから、理論的には柱脚の四分の一のところで、斜め45度に割れが入り、その上部が完全倒壊します。

茨城県笠間市にある笠間稲荷神社の新設の鳥居は、東日本大震災で倒壊しました。
施工は大林組で、若い設計者が古くからの石屋さんの忠告を聞かずに足下を固定しました。
震災のとき、この鳥居は、下から四分の一の所でみごとに、教科書通りに45度の角度で、構造理論どおりに、まるで構造の勉強の見本みたいに完全倒壊しました。

鹿島神宮の鳥居も地震で完全倒壊しました。
こちらは鳥居そのものが、鉄筋コンクリート造りでした。
ガチガチに固めて造ったはよいものの、地震の揺れに、柱脚ごと、倒壊してしまいました。
鹿島神宮は昨年6月に大鳥居の再建をしました。
今度は昔ながらの技法で沓石を使った木製の大鳥居で再建しています。

技術というのは、蓄積です。
日本の国土は、寒暖の差が激しく多湿で、地震、台風、水害、雷、土砂災害、などの天災が頻発します。
つまり日本人は、自然災害と常に隣り合わせに暮らしてきました。

そうした国土にあって、古くからある先人の知恵を頭から全否定して、地震もなく寒暖の差もあまりなく乾燥した西欧建築を、ただ模倣したのが戦後の建築です。
西洋の建築物は石造りだから、4〜500年経過した建物がいまだに使われている。
日本の古くからの建築はせいぜい100年、150年だから、西洋建築の方が優れている、などと、私なども学生時代に教わったものです。

けれど日本の木造建築は、たとえば法隆寺五重塔は607年の建造で今年で1408年経過しています。
地震大国日本にあって、木造の塔建築物が1408年です。
そしてこれは世界最古の木造建築物です。

法隆寺五重塔が度重なる地震にあっても、なぜ往時の姿を保っているのかといえば、鳥居と同じ技術で、釘を一本も使わないで木と木を軸で組んで、建物自体が究極の免震構造物となっているからです。
この技術は、そのまま東京スカイツリーに活かされました。

東京タワーは三角形のいわばピラミッド構造です。地震の揺れに三角錐で踏ん張る構造です。
東京スカイツリーは、軸がゆるやかに組まれ、地震の揺れをまるごと吸収する構造です。木と鉄の違いはありますが、その基本となる考え方は、五重塔と同じものです。
だからあの巨大な電信柱が倒れないのです。

さて、法隆寺五重塔が築造された時代、大工道具というのは、「ヤリカンナ」と呼ばれる先の尖ったノミのような道具だけしかありませんでした。
大工さんたちは、ヤリカンナ一本で木を加工し、あの建築物を築いたのです。

そして実は、そのヤリカンナは、赤城で発見された磨製石器とそっくり同じ形をしています。
その磨製石器がいつの時代のものかというと、3万年前です。
これは世界最古の磨製石器です。
世界で二番目に古い磨製石器がオーストリアのヴォレンドルフ遺跡出土の石器で、約2万5000年前のものです。
日本の磨製石器は、それよりも5千年も古いのです。

三内丸山遺跡は、今から約5500年前~4000年前の縄文中期の遺跡です。
そこには有名な、巨大な六本柱の木造建造物があります。
この柱は直径1メートルもある大木を伐り出したものですが、まだ鉄器がなかった時代に、どうやって当時の人たちがこのような大木を伐採していたかというと、木の根元を火で焦がし、焦げたところを磨製石器で削りとり、また焦がし、また削りを繰り返すことで、あれだけの大木を伐り倒し、枝を払い、巨大柱にしつらえたのです。

つまり、それらの技術は、日本では、すくなくとも磨製石器が発見された3万年前にまで遡ることができるわけです。
いま、まだ西暦2015年です。千年前なら紫式部の時代です。その30倍も古い大昔から、様々な工夫と失敗の繰り返しの中で蓄積された技術の集大成が、実は日本建築なのです。

そうした技術を頭から否定し、外来の技術だけが「進んだ技術なのだ」と信じこみ、日本の古くからの技術を「遅れている」と決めつけてきたのが戦後建築です。
けれど、戦後の建築物は地震でたいへんな被害に遭いました。
建物は全壊したものも半壊したものも、瓦礫を撤去して、また一から建て替えるしかありませんでした。

古民家も半壊しました。
けれど古民家は、はじめから壊れることを前提に造られています。
ですから建物を持ち上げて、沓石をはめれば、もとの状態に瞬く間に戻りました。
はじめから壊れることを前提に、修理しやすく作られていたからです。

技術だけではありません。
用材の問題もあります。
最近では、輸入木材が、安いからと多用されていますが、日本は高温多湿です。
外国産は、乾燥地帯の木材なら、日本にくれば湿気をおもいきり吸い込みます。
するとすぐにグズグズに腐ってしまいます。
熱帯雨林の木材なら、日本の温暖な気候のもとで、元気のよい木食い虫たちの格好の餌食です。

だから湿気を吸わないように、防湿剤を巡らせる。
虫がつかないように駆除剤を塗布しています。
建物を機密化するのですが、そうすると木材が早く痛みます。
そして防腐剤も、防虫剤も10年もすると効き目が落ちます。
すると、湿気を吸い、虫が付くようになります。

おもしろいのは、日本の古民家建築が行った裏庭の破風林です。
いまでも、古い農家などでは、家の周囲が林になっている住居を見かけます。
何のためかというと、家を建てる。すると木を伐ることになる。
だから、木を植えたのです。
次の建て替えのときは、その木を使います。
そうすれば、余計に木を伐らなくて済むからです。
だから裏庭に植樹しました。

木は、育つまでに150年〜200年かかります。
ということは、世代でいったら7〜10世代先のことになります。
そのときまで、1軒の家でみんなが住めるように、余分に木を伐らなくて済むように、そのときまでちゃんと家が持つように、はじめから200年単位で長持ちするように、家を建てたのです。
これって、究極のエコです。

そして200年先となれば、その間に、地震もあるだろう、水害もあるだろう、火山の爆発によって火山灰が降ることもあるだろう、地すべりが起きることもあるだろう、家が古くなり、基礎が傾くこともあるだろう。
それら全てに対処し、手軽に修復もできるように、実は、日本人は家を作っていたわけです。

ちなみにそれらは、家と家が離れて建っている田舎の建築の場合のことです。
江戸や大阪の町のように、民家が密集しているところでは、最大の心配事は、地震よりも火災です。
ですから、火災発生時に、できるだけ延焼を食い止めるために、花釘一本をトンカチで抜いたら、簡単に家を(人の力で)倒せるように、家を造りました。
ですから江戸の火消しは、バケツや桶を持たずに、引掛け棒や、燃えている家が倒壊したときに吹き出す火の粉を散らすための「まとい」を手にしています。
彼らは水をかけて火を消すのではなく、家を潰して延焼を防いで町を守ろうとしたのです。

要するに、建築物というのは、その国の風土にあった材料、その国の風土にあった技術の集大成なのです。
冒頭の鳥居も同じで、何があっても倒れないようにと、構造そのものを工夫して、免震構造で建てていたのです。

そしてそうした技術は、日本では「万年単位」の遠くて古い昔から、様々な災害を経験しながら徐々に積み重ねられてきた技術です。
そしてその技術は、わたしたちの祖先が蓄積してくれた知恵でもあるわけです。

日本では、人は死んだら神様です。
そしていまはもう神となった、その先人たちの万年単位で積み重ねられた知恵の集大成こそ、まさに今を生きる私達にとっての「神様の知恵」であり、それこそが神様なのではないかという気がします。

そういうことに、まず感謝する。
そこにこそ、出発点があるのではないでしょうか。

戦後の私達は、いたずらに過去の日本を否定することで、結果として、自然を破壊し、建造物の老朽化を早め、住みにくい日本を作ってしまってはいないでしょうか。


※鳥居建築について教えてくださったTさんに感謝です。




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コメント
みんな神様ですが
神様だって、長老から幼な子そして赤児までいらっしゃるでしょう。

神々様は、翁から童まで、そういう事です。

石や砂、鉱物にも感情がありますから、お大事にどうぞ。



私達の天命が完うされますように
2015/02/07(土) 10:19 | URL | 湘南童子 #-[ 編集]
國學院大學名誉教授だった樋口清之博士がわかりやすく説いた名著『梅干しと日本刀』に「三十三間堂を700年保たせた“海に浮かぶ筏”構造とは」という節がありました。
 曰わく、基礎は玉砂利の上に礎石を並べ、柱を乗せるが、床と柱は固定せず、柱は屋根の梁とだけ固定してあると。
 そのため地震波は玉砂利をばらばらに円運動させはするものの、礎石は玉砂利より巨大なため大粒物質浮上の原理で沈まないし、自由に動くため礎石の位置も狂わない。揺れにもまれた柱は床に固定されていないので、ゆるく定位された横木を壊す力にはならない。全体を屋根が固定しているので、揺れが収まれば建物は元の位置に元の形で建っている、と、こういうわけですね。
 この構造の根本は、ねずさんが今回紹介なさった鳥居の構造にあったのでしょう。そう思うことにします。
 しかし、文明開化から百年、敗戦からさして間もない時期に、西洋文明へ右に倣えをしていた時代、この構造を見抜いて紹介した樋口博士の慧眼には驚嘆するしかありません。
 私は『梅干しと日本刀』刊行当時に小学生でしたが、小学生でも理解できました。
 
ねずさんが上梓なさる百人一首本は、おそらく未成年では女性読者が大半になるように思えます。百人一首に凝るのは女性が多いですからね。
 その若い女性たちが子育てをする時期になり、シラスこと、対等であること、察して先手を打っておくことを次世代に託してゆくでしょう。
 私自身は今の大人ですから、次世代が成人してくるその前に、今のヘンな解釈を教育界から追放する雰囲気を作ってゆきたいと思います。
各自、自分にできることを暮らしの間に間にやっていく。それはなかなか大変で、だからこうして寄り合いで文字にしています。
寄り合いの場所があるのはありがたいことです。ありがとうございます。
2015/02/05(木) 10:58 | URL | beany #-[ 編集]
No title
先人の叡智を物語る『鳥居や五重塔』から、転じて日本人の道を見出せる―日本の職人、すごいですね!
片や、良心を保つのが精一杯の近視眼的、近眼老眼のババアであっても、大きな心配事があります。
ワールドオーダーにどっぷりハマった私達には、明るい未来があるのか、日本の経済はどうなっていくのか、白人に騙されたままなのか…せめて、子や孫には日本人の誇りを取り戻して堂々と生きていってもらいたいと、願う毎日です。
積極的に行動する方法は何もないのでしょうか。
2015/02/05(木) 09:18 | URL | ババア #-[ 編集]
ヒノキとヤリガンナ
> 木の根元を火で焦がし、焦げたところを磨製石器で削りとり、

古代の樹木伐採方法として、「根元で火を焚き、石器で削り取る」説が提唱されたのは、クリノキのような重くて堅い木は石斧では伐採できないと考えられたからですが、クリは当時の磨製石斧でも倒せて加工できたという説もあります。

http://goshono-iseki.com/investigate/1827

むしろ、スギやヒノキは柔らか過ぎるので石斧がめり込んでしまって簡単に伐れないけれど、クリノキは適度に堅いので石斧での伐採に適していたので、クリがよく使われたという説さえあります。縄文時代の遺跡の出土品から、当時の建材や燃料は多くはクリだったと分かっています。

飛鳥時代から平安時代にかけて、建材はヒノキになります。日本書紀にもスサノオが「スギとクスノキは舟に、ヒノキは宮殿に、マキは民草の埋葬に使う棺にすべし(杉及豫樟 此兩樹者 可以爲浮寶 檜可以爲瑞宮之材 柀可以爲顯見蒼生奧津棄戸將臥之具)」と命じたと書いてあります。

柿本人麻呂が「巻向の桧原もいまだ雲居ねば小松が末ゆ沫雪流る」と歌ったように、上古の奈良盆地には未開のヒノキ林が広がっていたようで、この資源を使って法隆寺を始めとして歴史に残る建築物が建てられました。7世紀半ばから8世紀にかけて大和朝廷が遷都が繰り返したのはヒノキの大径材を追い掛けて移動したからとする説もあります。

ヒノキの特筆すべき特徴は「寿命の長さ」です。生きた樹木として2500年から3000年、伐採後の材木として2000年の耐用年数があるとも言われます。ヒノキは、伐採して材木にしてから200年間くらいは強度を増し、そこから強度はゆっくりと低下していって、1000年くらい経って新材時と同程度戻るとされます。これがケヤキだと新材のころはヒノキよりも強度がありますが数百年と経ないうちに劣化が進んで、ヒノキよりも弱くなるとそうです。ヒノキだけ、ずば抜けて長持ちなのです。


> 大工さんたちは、ヤリカンナ一本で木を加工し、あの建築物を築いたのです。

法隆寺が建設されたころ、木材の加工は「打ち割り法」と呼ばれる技法が用いられていました。伐り倒した木の繊維に沿って斧(オノ)や楔(クサビ)を入れて割り、それを槍鉋(やりがんな)で削って仕上げる方法です。

切るのではなく割るだけなので、材木は自然とわずかに曲がっています。丈夫で癖がなく真っ直ぐなヒノキ材だから「わずか」で済みます。こうした自然の個性を活かしつつ、素材の組み合わせだけで形のよい建物を作る――それが日本建築の基礎となりました。

槍鉋による加工は、木の繊維を剥ぎ取るように削ります。木の繊維は細いストローのようなものなので穴が開くと毛細管現象で液体を吸いやすくなりますが、そこに傷がなければ木材内部に水分が入ることはなく、腐敗菌やカビの胞子が侵入し難くなるのです。つまり、槍鉋は木目のとおりにしか削れないので人工的な平面を作り出すことはできませんが、滑らかで耐久性の高い木材を作り出す道具なのでした。

近畿一園に豊富に分布していたヒノキ林でしたが、奈良時代には大径材が不足気味になります(江戸時代ぐらいになると遠隔地から巨木を運んでくることもできましたが、この時代はまだ不可能でした)。平安時代に入ると建築構造材としてケヤキを使う例が見られるようになります。それが源平の争いのころにはヒノキの枯渇が深刻となり、ケヤキやマツの使用が広がってきます。これらは「打ち割り法」に不向きな建材であったため、大鋸(おが=のこぎり)や台鉋(だいがんな=現在のかんな)といった新しい道具が登場します。

槍鉋に比べると台鉋は、木材の表面を傷付けます。鋸で挽かれたままの状態や、西洋流のサンダー(やすり)による仕上げに比べればはるかにマシですが、木の表面を薄く切るのですから繊維のあちこちで気孔が露出することは確かです。逆に言えば、鋸を使うようになったので、切断面のささくれを削ぎ落す道具が必要になったのでしょう。台鉋も極めて精密な道具で、西洋流の木工では必須のラッカー塗りが不要になる程、見事な仕上げをしてくれます。日本家屋の柱や梁が白木なのは台鉋のおかげです。が、法隆寺ほどの耐久性を持つ仕事はできません(道具以前に、素材が違うんですけどね)。
2015/02/05(木) 04:44 | URL | ニセダイク #-[ 編集]
No title
この写真を目にした時てっきりCGかと思いました。記事を拝読してなるほどと思いましたが凄いですね。私は、日本で稼動している救急車は鳥居のしるしにすれば良いのにといつも思っています。というのはイスラエルの救急車はダビデの星ですし、イスラム諸国は三日月の中に星です、キリスト教国は赤十字とそれぞれ国に昔から根付いている宗教が基本です。人の命を預かるという尊い車なのですから誇りを持って改革して出来ないものでしょうかね。
2015/02/05(木) 01:47 | URL | kiwa #wgmg.h4A[ 編集]
宮城県知事による安重根記念碑建立趣意書
宮城県知事という立場で総理大臣を暗殺したテロリストに対して以下の賛辞を自由に発言できる日本って素晴らしい国ですよね。しかし、この安重根の持ち上げ方には違和感を感じます。日本人の感覚からすれば、安重根記念碑ではなく、千葉十七記念碑だとすべきだと思うのですが。。。。

(以下全文引用)

国の衰亡を見たって義兵を興し救国の英雄となった大韓義兵軍安重根参謀中将(1879~1910)時に1909年(明治42年)10月韓民族の主権を奪う日本の大陸侵攻の先鋒と見られた伊藤博文公は彼の手のもとハルピン駅頭に殉じた。

比の事件は日本にとっては痛ましき国家元勲の死であり韓国にとっては悲願とする民族保持への止むにやまれぬ義挙であった。相対立する比の現実の中で総督府陸軍憲兵の任にあった本郷出身(栗駒町)千葉十七氏(当時25歳)は旅順獄中に囚の身となっていた安重根義士(当時30歳)を看守する役目にあった。

実直にして正義に厚き東北人の一人であった千葉氏の目に映った獄中の安義士の挙動は正に国の運命を憂い民族の独立と名誉を守るため身を捧げた清廉なる人格の士であり時に語る平和への高邁なる理念には強く胸を打たれた。義士を称える事が公然とできぬ当時の情勢にありながら千葉氏は義士に同情を禁じ得ず心ひそかに尊敬の念さえ抱くに至り出来得る限りの労を尽くして、やがて刑場に消えゆくであろう其の身を惜しんだ。

義士もまた、当時の日本人としては珍しい千葉氏の人間性あふれる知遇に応え3月26日死に赴く直前、軍人たる千葉氏にふさわしい一文を墨して贈った。曰く、為国献身軍人本分(国のため身を献げるは軍人の本分なり)

千葉氏長じて帰郷の後も義士の遺影と墨書を仏壇に供え日々香を献げ死せる人の冥福を祈るとともに日韓両国の独立した名誉ある親善と平和の来らん事を祈念して若柳町大林(旧大岡村)に死した。きつよ未亡人もまた其の意を体し比れに夫の遺影を加え夫のなせるが如く日々香を献げ冥福を祈りつつ世を去った。千葉夫妻の行える美挙は死後にも其の一族に強く訴えるところあり、幾多の困難にあいつつも千葉氏の意を汲み義士の遺墨を70年間に渡って大切に保管し続けた。

戦後新しく独立したアジアの友邦たる韓国の発展を冀いつつ1979年安重根義士生誕100周年の祝典を聞き意を決した三浦幸喜・くに子夫妻ら千葉十七氏の遺族は東京韓国研究院を通して故国の首都ソウルに鎮座する安重根義士崇慕館に比の遺墨を供えた。

国にとって貴重なる遺品を其の国の国民に還したこの挙を記念し安重根義士並びに千葉十七氏の稀なる篤行を顕彰すべく日本の文化人、政治家、日本居住韓国人並びに宮城県の有志たちにより千葉氏の眠る若柳町大林寺に比の碑を建立した。

安義士の命日に際し日韓両国永遠の友好を祈念して

1981年3月26日 宮城県知事 山本壮一郎

http://www.epoca21.co.jp/hotel/pdf/kanko/16.pdf
2015/02/04(水) 23:15 | URL | #-[ 編集]
残念ながら日本の税制や住宅政策が、古い家をメンテして使うよりも壊して新しい家を建てる様に誘導しています。土建国家ですね。
2015/02/04(水) 23:15 | URL | #AIlHpmOk[ 編集]
ロイヤルパークH、「婚礼メニュー」などで偽装表示
ロイヤルパークH、「婚礼メニュー」などで偽装表示
http://news.tv-asahi.co.jp/news_economy/articles/000043827.html

食品偽装の摘発では支那朝鮮が乗っ取り、安
い外国人従業員を使って経営する飲食店やホテ
ル宿泊施設の不法就労を厳しく管理して日本人
の若者の雇用を増やして行くことが、日本の安
全・安心で自由な社会を守る事になる。
食品偽装と同時に国籍偽装、支那朝鮮の成り
すましの摘発も厳しくしていこう

詳細は
【食品・グルメ・レストランの掲示板】
http://www.aixin.jp/axbbs/sgr/sgr.cgi
【食品・グルメ・レストランのタイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。
2015/02/04(水) 23:00 | URL | 愛信 #EBUSheBA[ 編集]
(>皿<) シロキチ
現在の家の寿命は50年と言われておるのう
ローンを組ませる為かのう
200年もつ家注文出来る所あるのかのう
知っていたら教えてくれんかのう

>外国人在住者(インドネシア人=イスラム教徒など)が、怨念をテロ活動に利用される恐れ大です。

わしはインドネシア人が他の外国人と比較しての話じゃが
より多く悪さをするとは思えんのう

>誰でも神?
むしろ悪い方が悪い祟りがありそうで怖いのう
反日勢力の贋史石碑などはワシも粉砕したいのう。
2015/02/04(水) 20:43 | URL | (>皿<) シロキチ #JalddpaA[ 編集]
No title
荒れ狂う台風、暴風雨、家々を倒壊させる巨大地震、炎に逃げ遅れる人たち、あまたの人を飲み込む大津波、地球の自然大災害をまともに受ける我が日本国。
決まったように毎年何十も来る台風、まるで狙ったように、南方で発生してから急角度でやってくる。
しかし、ただ通り過ぎるのを耐えるだけではなかった。 どんな凶暴な自然の荒ぶりも受けられる、そんな工夫を、数限りない試練を受けながら何千年、何万年も続けてきたんだ、先人たちは。 凄い!

ところで、この場をお借りして。
国でもない、イスラム国かんだらとかいうならず者集団が、天皇陛下を戴く2675という地球上圧倒的歴史を誇る我が国に、嘗めたことをしてくれたじゃないか。
ふざけるな!

湯川さん、後藤さん、自己責任だろう。こんなに日本に迷惑かけて。 でも、同じ日本人だよ、悔しい!
広島、長崎、70年前、全身を大やけど、皮膚が、肉が崩れ落ち、苦しみのうちに亡くなった多くの方々、最後の言葉、「仇をとってほしい・・・」。
仇をとろう!

人は恩を反すという崇高な思いを持つと同時に、仇をとることを許すという思いもある。
あのならず者連中が二度と我ら日本人に手出しができないよう、仇をとろう!
2015/02/04(水) 20:34 | URL | 寺島 孝 #-[ 編集]
日本人の精神
昨日の国会で宮城県栗原市の大林寺にある安重根記念碑に光が当たりました。
http://tenjounoao.web.fc2.com/mysite1/place/miyagi/dairinjimyg.html

和田正宗議員が問いただしたことは、私的観光設備に対して税金で交通案内標識を設置したことの是非で、日本の総理大臣であった伊藤博文を暗殺したテロリストである安重根の記念碑そのものの存在の是非ではありませんでした。

これこそ日本人の故人に対する意識の現れだと思います。この記念碑自体は倒されたり破壊されることもなく30年以上も建立当時の姿で存在しているのです。他国からすると奇跡のような出来事だと思います。ただ、この碑が脚光を浴びたことにより、今後日本人以外の者が破壊を企てて日本人にその罪をなすりつけないかが心配です。

日本人は死んだら誰でも神になると考えていますが、その神を祀り上げるか祀り上げないかはまた別の問題であるときちんと分けて考えているのだと思います。だから、安重根の記念碑の存在は認めるが、これを祀り上げることは行わない。これこそ日本人独特の感性なのだと思います。悪人の墓石を破壊したところで、一時の気分が晴れるだけで逆に更なる復讐の連鎖が延々と続くこととなることを日本人は本能的に理解しています。

昔、平重盛が「讐を報ずるに恩を以てすべし」と言い、山岡鉄舟がこの言葉こそ武士道の精神であると述べています。ISISとヨルダンを含めた西側諸国との関係も今後憎悪の連鎖による復讐合戦が懸念されます。

ねずさんの毎日の記事を読むことで、多くの日本人が目覚めることとなり、日本人の特殊な精神が世界の平和に貢献することになる日が近い将来やって来ることを願ってやみません。
2015/02/04(水) 20:07 | URL | 意和同悦 #-[ 編集]
No title
今日も、なるほどと思わせられました。
原爆でも倒れなかったなんて凄いなあと感心します。

2015/02/04(水) 19:33 | URL | にこちゃん #-[ 編集]
No title
昔の日本では、石垣はあっても石造りの建築は思いつかないです。
石を工作する能力はあるのですから、先人の性格に合わなかったのでしょうか? それとも、木材が豊富にある環境ですから、これをフルに活用することで知恵を一層磨いたのだろうと思います。



ISILの捕虜になっていたヨルダンの空軍パイロットは、一ヶ月も前の1月4日に処刑されていたとのニュースが入ったと思ったら、ヨルダンで死刑囚として収監されていたISILの女性が死刑を実行されました。

この女性は、元々テロに失敗して裁判で死刑とされていたのですから、それが実行されただけです。ISILとヨルダンの間で、空軍パイロットと交換の交渉していたのが、いつの間にか後藤健二氏と交換の交渉になっていました。
時期的に、空軍パイロットを○ろした後だったから後藤氏との交換の相手になっていたのかも知れません。

何しろ、所詮はテロリストの集団というか犯罪者集団であるため、その場その場で都合良く行動する山賊集団です。
それなのに、テレビを見ていますと幾つもの局で、政治的な意味を求めたり、正当な理由をこじつけるのが、見ていても馬鹿らしくなります。

自民党ばかりか政府として、この犯罪者集団をISIL又は「いわゆるイスラム国」と呼称しているのに、各テレビ局は「イスラム国」と呼んでいます。
それぞれにイスラム国と呼ぶ理由を説明していますが、下らないとしか言えません。
オウムの殺人指導者である松本智津夫のことを未だに、本人の尊称である麻原彰晃と呼ぶのと似た感覚を思い出します。
2015/02/04(水) 19:26 | URL | ポッポ #-[ 編集]
御嶽山の噴火の時、山頂の神社の鳥居はそのままでした。また近くの建物の被害も少なく、熱は別として鳥居の影にいたら噴石から身を守ることができていたのでは?と思っていました。それにしても見事に残っていました。力学的な作用も働いていたのですね。

さて、場所をお借りすることをお許しください。
殺害された後藤さんですが、10月にシリアに入り間もなく拘束されたとのことですが、男性の髭や髪の毛が一、ニヵ月、もしかしたら三ヶ月してあれだけしか伸びないでしょうか?湯川さんしかりです。
それとも、所謂イスラム国の誰かが親切にシェーバーを貸してくれ床屋に連れていってくれたのでしょうか。もしくは、髭そりの自由は与えられていたのでしょうか。
もう少し伸びるものじゃないのでしょうかね。
あと、頭ってあんな不安定な場所に安定して置けるものなのでしょうか…。
2015/02/04(水) 16:46 | URL | 菊 #J9KrKsHg[ 編集]
誰でも神?
「人は死んだら誰でも神」とは、納得できるようでできない言葉です。
このような考え方は、戦後教育の一端でしょうか?
ねずさんは、現在売国奴として名高い河野洋平を始めとする「日本人」も、「死んだら神になる」とお考えなのでしょうか。
歴史を遡れば、大東亜戦争に至るまでの過程にも戦後の我が国にも、売国奴と言っても差し支えない人達が存在したことは、歴史に詳しいねずさんならば幾人も思い浮かぶと思いますが、そんな人達も今や神なのでしょうか。
八百万の神は正義だけではない、とは思いますが、「誰でも死んだら神になるのだ、ならば何をやっても構わないだろう」という認識になるのでは?と発想する自分がいます。
よく「日本人は死者に鞭打つことはしない」と言われますが、個人的にはせめて墓石だけでも粉砕したいという感情にかられます。
2015/02/04(水) 14:25 | URL | 愛知のおばさん #-[ 編集]
助っ人対談
韓国の慰安婦問題を否定する助っ人マイケル・ヨン氏と産経新聞の古森氏の対話を紹介します。日本語なので海外への拡散は難しいですが多くの人に見てもらいたいと思います。

https://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=tCexbtzX9K4&x-yt-ts=1422579428&x-yt-cl=85114404
2015/02/04(水) 14:00 | URL | にっぽんじん #-[ 編集]
更新ありがとうございます。
ヨルダンのパイロットの中尉がイスラム国の野蛮人によって火やぶりにされ殉死されました。 ご冥福をお祈り申し上げます。 ヨルダンは既に1月3日の次点で中尉の死亡は確認していたとの事です。 中東諸国にある日本人学校は過激派に襲撃されないよう厳戒態勢をしいて頂きたいです。本来なら武器を携帯した自衛官を派遣して良い位です。勿論、学校のある国の許可を得てですが。断る国は無いと想います。
2015/02/04(水) 13:07 | URL | 庶民 #-[ 編集]
No title
このように縄文時代から受け継がれ発展した技術でしか作れない古い木造建造物を古代の朝鮮人が作っただの中国から伝わった技術だのと誤解している人も少なくないんじゃないでしょうかね。このあたりのことも周知が必要かもしれません。
2015/02/04(水) 12:14 | URL | ニダキラー #-[ 編集]
【激怒】法務省は、外国人介護士に在留資格5年以内、在留期間更新可能、違法行為等がなければ日本国永住可能を検討。【首相官邸と法務省と自民党本部へ緊急抗議を!経済産業省本省の廃止を!竹中平蔵・三木谷浩史・新浪剛史・塩崎恭久・西村康稔・平将明・鈴木隼人の追放を!】
【激怒】法務省は、外国人介護士に在留資格5年以内、在留期間更新可能、違法行為等がなければ日本国永住可能を検討。【首相官邸と法務省と自民党本部へ緊急抗議を!経済産業省本省の廃止を!竹中平蔵・三木谷浩史・新浪剛史・塩崎恭久・西村康稔・平将明・鈴木隼人の追放を!】

(以下転載)

>総理は以前から「セキュリティが厳重な家と、鍵もかかっていない家のどちらに強盗が入りやすいか」と言っていました。

だが、しかし、安倍・竹中政権は、日本国のセキュリティを緩くし、外国人移民を導入すべく猛進中。

外国人介護士に在留資格…「5年以内」で検討
読売新聞 2月2日(月)17時59分配信
(引用開始)
法務省は、日本で介護福祉士の国家資格を取得した外国人が、そのまま日本の介護の現場で長期間、働けるよう法整備する方針を固めた。

政府はすでに、2016年度から「外国人技能実習制度」でも技能を学ぶ実習生として介護人材を受け入れる方針を決めている。
(中略)
法務省は、介護の在留期間について、5年以内を軸に検討している。在留期間は更新が可能で、違法行為などがない限り、事実上、日本で働きながら永住することが可能になる。
(引用終了)

2020年頃、外国人技能実習制度により、奴隷的労働環境を強いられた外国人在住者(インドネシア人=イスラム教徒など)が、怨念をテロ活動に利用される恐れ大です。 削除
[ 平凡太郎 ]

2015/2/3(火) 午後 6:49
2015/02/04(水) 11:41 | URL | 敦子 #YbISL93o[ 編集]
No title
鹿島神宮の大鳥居、柱は約500年笠木は約600年の樹齢を誇る境内で伐採された
御神木だそうです。
工事は大林でもカジマ(洒落ですスイマセン)でもなく清水建設、後世までずっと
残る仕事に携わった人たちは誇りを持ってることでしょう。
また5~600年も前、この木がいつか何かの役に立つよう願いながら植樹した
先人もさぞや誇ってるいるのではないでしょうか。
2015/02/04(水) 11:24 | URL | 名無し #-[ 編集]
No title
明治のころ、伊勢の神宮をコンクリート造りにする案が閣僚から出されたそうですね。これを止めたのが明治天皇だったと。
何が何でも近代建築、西洋文化という流れの中で失ったものが多かったのではと思います。
2015/02/04(水) 10:11 | URL | momo #-[ 編集]
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
2015/02/04(水) 09:52 | | #[ 編集]
No title
3・11のときに周りの建物はめっちゃくちゃに破壊されてるのに神社の前では津波が止まったという話は聞いたことありますね。逆に寺仏閣は無残な姿だったと。やはり日本は八百万の神の国なんですね。(今は神の足の踏み場がないくらい汚れていますが。)
http://bloom.at.webry.info/201205/article_2.html

現代の日本人は昔の日本人とは精神が違っているように思います。失われた精神を取り戻すことが最重要です。
2015/02/04(水) 08:28 | URL | 鬼 #-[ 編集]
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小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
静岡県出身。国史啓蒙家。倭塾塾長。日本の心をつたえる会代表。日本史検定講座講師&教務。
連絡先: nezu3344@gmail.com
著書
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』第1巻〜第3巻
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』
日々、先人たちへの感謝の心でブログを書き綴っています。それが自分にできる唯一のお国への、先人たちへの、そしていま自分が生かさせていただいていることへのご恩返しと思うからです。こうしてねずブロを続けることで、自分自身、日々勉強させていただいています。ありがたいことです。

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