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松本英子伝

  
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松本英子_th


松本英子という明治の初めごろの新聞記者のことを書いてみたいと思います。
東京日々新聞の記者として、足尾鉱毒事件を取材し、政府筋のありとあらゆる迫害に遭いながらも、新聞に60回に及ぶ現地レポートを掲載し、真実を世に告知した女性記者です。

足尾鉱毒事件というのは、明治の中ごろに起こった足尾銅山の公害事件です。
栃木県日光市足尾の銅山の採掘は、江戸時代前期からはじまったのですが、幕末頃にはほとんど廃山の状態となっていました。
足尾銅山はもともとは幕府の所轄だったのですが、いったん明治政府によって国有化されたあと民間に払い下げられ、明治10(1877)年に古河市兵衛の所有となていました。

古河市兵衛は銅山の調査を行い、明治18(1885)年には、新たな銅の大鉱脈を発見しました。
そして近代的採鉱技術を導入することで、足尾銅山は日本最大どころか、年間生産量数千トンをかぞえる東アジア最大の銅山となったのです。

足尾の銅は、こうして日本の主要輸出品となりました。
折しも富国強兵を進める明治政府にとって、銅山は、外貨を獲得するため重要な柱のひとつとなっていったのです。

ところが問題が起こりました。
精錬時の排煙やガス、あるいは排水に含まれる二酸化硫黄や金属イオンなどが、付近の環境に多大な被害をもたらしたのです。



鉱毒ガスによる酸性雨は、足尾近辺の山々を禿山にしてしまいました。
木を失い土壌を喪失した土地は、次々と崩れてしまいます。
(この崩壊はいまなお続いています)
さらに崩れた土砂が渡良瀬川を流れて堆積し、川の水がその上を流れることから、足利市付近で渡良瀬川は天井川(地面より川の水面が高い川)となり、流域に洪水被害をもたらしました。

明治11(1878)年、明治18(1885)年には、川の鮎が大量死するという事件も起こりました。
さらに渡良瀬川から取水する田や、洪水後に川から流れた土砂が堆積した田では、稲の立ち枯れが起こりました。
その被害は渡良瀬川流域にとどまらず、江戸川を経由して千葉の行徳方面や、利根川を経由した霞ヶ浦方面にまで被害が拡大していったのです。

当時はまだ「公害」という概念のなかった時代です。
被害が、足尾銅山の影響によるものだということが、長くわからなかったのです。
被害が、足尾銅山の煙と何らかの関連があるのではないかと報じられたのは、明治18(1885)年10月31日の下野新聞が最初でした。
なにがどうおかしいのかまでは、わかりません。
けれど、臭いにおいのする煙と、臭いのある雨が、林野を枯らし、農作物を枯らし、作物が育たず、近隣の村人たちは失明やら病気やらに苦しんでいるという現象だけは、間違いのない事実としてあったのです。

明治23(1890)年8月、明治24(1891)年7,8,9月に大洪水が発生しました。
この洪水で、千葉県市川市付近の田畑が水浸しとなるのですが、明治25(1892)年には、付近の農作物がまるで育たなくなってしまいました。

「これはおかしい・・・」
千葉県木更津市出身で、東京日々新聞に就職して間もない松本英子(当時26歳)は、その原因の取材調査に乗り出しました。
そして千葉から栃木県の渡良瀬、そして川の上流にさかのぼった日光の足尾地区で、すさまじい被害が発生していることを目の当たりにするのです。

山々の木は見るも無残に枯れ果ています。
周辺の土壌は荒廃して作物も育たず、農業に頼る住民の生活は、窮乏を極めていました。
さらに村人たちには、いまでいうイタイイタイ病や失明に悩まされ、ほとんどの人が深刻な体調不良に悩まされていました。

村人たちは口々に、「鉱毒が原因ではないか、すくなくとも最低でも、ちゃんとした調査をしてもらいたい」と言いました。
再三にわたって村役場に訴えを起こしているけれど、逆に役人たちは、抗議する村人を脅かし、弾圧しているということもわかりました。

けれどそのことを、世間の誰も知らない。まったく伝えられていないのです。
要するに被災者たちは、社会からまったく見放されていたのです。
なんだかいまどきの日本の、真実を伝えないメディアにもよく似た話です。

取材を進めた松本英子は、このことをなんとしても世間に訴えようと決意しました。
東京日々新聞の記者である自分がこれを書かなくて、いったい誰がこの悲惨を世間に訴えるのか。

松本英子は、何度も被害地に足を運び、丹念に取材を重ねました。
そして惨状を告発する記事を、約60回にわたって新聞に連載したのです。

彼女のすごいことは、それだけにとどまりませんでした。
婦人会の仲間たちと力を合わせ、患者たちの救済運動にも奔走しました。
また地元選出の代議士の田中正造とも連携し、みずから荷車を引いて、食料や衣類を、一軒一軒、村人の家に運んだりもしたのです。
具合の悪い病人の元には、看護婦さんを連れて行って手当てを施す手伝いもしています。

このあたりは、いまどきの大手メディアのジャーナリストと違う点です。
彼らは、批判をしたり事実を隠蔽したりするだけで、自分の脚を使わない。

彼女の活動には、大きな問題がありました。
足尾の銅は、国富を図らなければならない明治政府として、どうしても操業を守らなければならない先だったのです。
ですから世間の他のジャーナリズムは、誰もそのような告発をしていません。
知っていて、口にチャックだったのです。

つまり、その時点で事件の告発をしているのは、松本英子ただひとりでした。
その結果、松本英子の書いた記事は、世間から讃えられるどころか猛烈な非難を浴びました。

いわく、
ただの金儲けの売文屋だ。
売名行為だ。
素人の婦女子の口出すような事柄ではない。
実際の被害はもっと少ない。
世間を騒がし、人心を惑わす悪人だ等々です。

明治27(1894)年に、日清戦争が勃発しました。
明治政府にとっては、年々深まる他国との緊張関係の中で、是が非でも富国強兵を進めなければなりません。
そのために足尾の銅は、主要な輸出物であり、国の意地繁栄のために欠かせない国家の財源でもあったのです。

松本英子は、当局に呼び出されました。
厳しい取り調べも受けました。
売名と金儲けのために、世間を騒がせ人々に混乱を招く悪徳記者だというのです。
治安のよかった当時のことです。
当局に逮捕されるなどということは、親戚一同の恥さらしであり、会社の恥さらしです。

彼女は世間から非難を浴びせられ続けました。
あらゆる誹謗中傷が、彼女を襲ったのです。
個人の損得を考えたら、足尾銅山事件から手を引いたほうが、絶対に得です。
ただ書くのをやめれば良いだけのことなのです。
たったそれだけのことで、彼女は非難を浴びなくなる。

けれど彼女は筆を折りませんでした。
彼女は、たったひとりでも戦い続けたのです。
応援者も現れ出しました。
幸徳秋水や、内村鑑三も、彼女を応援し、励ましてくれるようになりました。

国会でも田中正造が問題にしてくれました。
元下野新聞の編集長で、明治23年の第1回衆議院議員総選挙で衆議院議員となった田中正造は、この足尾銅山鉱毒事件について、明治24(1891)年の第2回衆議院議会で鉱毒問題に関する質問を行ったのです。

田中の厳しい追及に、政府はただだんまりを決め込みました。
そして新聞各紙も、田中正造の追及をまるで報道しませんでした。

しかし松本英子の記事、そして田中正造の必死の訴えは、やがて政府を動かします。
ようやく明治30(1897)年3月になって、政府は足尾銅山鉱毒調査委員会を設置しました。
そして数度の鉱毒予防令を出し、銅山の経営者である古河氏に、排水の濾過池・沈殿池と堆積場の設置、煙突への脱硫装置の設置を命令しました。

これは一見すると、とっても厳しい命令です。
期限を定め、ひとつでも遅れた場合には、銅山を閉山する、と書いてある。
そして古河氏は、24時間体制で工事を行ない、すべての工事を期限内に間に合わせました。
政府の対応も、古河氏の対応も、実に見事なものです。

ところが・・・です。
いい加減に造った濾過池や沈殿池は、翌年の明治31(1898)年には早々に決壊してしまいました。
煙突の脱硫装置も、当時の技術レベルではまるで機能しません。
つまり、対策は、実にカタチだけのもので、効果がまるでなかったのです。
そして被害はますます拡大する。

田中正造という強い味方を得た被災者の村人たちは、政府に向けて強訴に及びました。
1万2000名の村人たちが、国会に請願デモを行ったのです。

ところがこのデモ隊が、なんと警官隊と衝突してしまうのです。
原因は、デモ隊の一部が警官隊に突撃したことです。
けれど、それは後世のわれわれからみたら、ヤラセだったかもしれない。
デモは、大流血騒動となり、大勢の逮捕者が出ました。
川俣事件です。

事件は大手新聞でも報道されました。
しかしその内容は、
「工事の効果が明確に出始め、農地もかなり回復を見せている」との政府高官の発表を鵜呑みにしたものでした。
そして「激甚被害地を除く他は極めて豊作」と大見出しで報道しました。
明治34(1901)年10月6日付の「東京 朝日新聞(現在の朝日新聞)」の記事です。

ところが実際には、この年、足尾町に隣接する松木村、久蔵村、仁田元村では、人が死に絶えて廃村になっている。人が、村ごと死んでいるのです。
銅山被害は、絶えているどころかますます拡大している。

にもかかわらず、朝日は「取材なしの思いこみ」で記事を書きました。
朝日新聞のそういう社風は、何も戦後に始まったことではないのです。

ちなみに、日本国政府が、このときの政府の命と、古河の対策工事が結果としてなんら機能しなかったということを認めたのは、平成5(1993)年の環境白書に至ってのことです。
認めるまでになんと96年もかかっています。

国会議員である田中正造も叩かれ、政界を追われています。
川俣事件の直後の明治33(1900)年の国会で、「亡国に至るを知らざれば之れ即ち亡国の儀」と、日本の憲政史上に残る大演説を行なったけれど、この演説があまりに素晴らしかったものだから、逆に憲政本党から、圧力をかけられてしまう。
田中正造は、やむなく離党して時の政府と戦うけれど、時の総理大臣であった山縣有朋は「質問の意味がわからない」として答弁を拒否してしまったのです。
そして同じ年、田中正造は川俣事件公判の傍聴中に「あくび」をしたから官吏侮辱罪だと、罪に問われ、議員辞職にまで追い込まれています。

議員を辞職した田中正造は、私財をなげうって鉱毒事件の運動に身を投じました。
ぜんぶを鉱毒事件の被災者を守る活動に捧げました。

大正2(1913)年7月、田中正造は、仲間の運動家のもとで倒れ、そのままお亡くなりになりました。
そのとき、彼の総財産は、手にした信玄袋ただひとつだけでした。
中身は、書きかけの原稿と、新約聖書、鼻紙、川海苔、小石3個、日記3冊、帝国憲法とマタイ伝の合本です。
お金は一銭もはいていませんでした。

彼の邸宅や田畑も、亡くなるすこし前に、全部運動のために寄付してしまっています。
無一文で世を去った田中正造だけど、彼の葬儀には、数万人の参列者が集まりました。
その数は福沢諭吉より多かったそうです。
おそらく、彼にとっての最大の財産というのは、葬儀に集まってくれた人々そのものだったのではないでしょうか。

足尾事件では、国会議員ですら、ここまで追い詰められたのです。
まして一介のジャーナリストだった松本英子には、想像を絶する迫害や嫌がらせ、非難、中傷がありました。
彼女は次のように書いています。

「池の中に石を投げて見よ。
いかに小さい石であってもたちまち波紋を起こし
波から波と伝わって、
池の中央から、その片隅にまで波及する。
ひとりの志士が真に国を憂い、世を嘆くなら、
その真実は人から人へと伝わって、
社会全体に波及していくのである。」
(永井元編「永井ゑい子詩文」大空社)

この記事は、2010年の11月にアップした記事の再掲です。
当時もいまも、決意は変わっていません。
小さな小石でいいじゃないかと思うのです。
その小さな小石が真実ならば、起こした波紋はからなず広がり、池いっぱいに広がる。
そう思います。

わたしたち日本人は、ひとりひとりが、その小石です。
その小石が集まって「さざれ石の巌」になる。
それが日本人だと思います。





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コメント
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2015/05/04(月) 13:12 | | #[ 編集]
朝日の体質は変わらず
田中正造と足尾銅山の鉱害は歴史の授業でさらりと触れられただけで詳しい事は知りませんでした。

朝日新聞の体質は昔から変わっていないのですね。

保守活動に関わっている知人の一人がリベラルと日本の反日左翼は本質が違うと言っていました。環境汚染による健康被害者救済が左翼の独擅場にならぬことを毎日祈っています。また健康被害を受けた人々が反日左翼のよいカモにならぬよう祈る日々です。沖縄の珊瑚に傷をつけ事件を自ら捏造した朝日新聞。朝日新聞が自然破壊や環境汚染について問題提議し、健康被害に苦しむ人々にさも理解あるような記事を書いたとしても、それは単に患者達が金づるになるからならではないでしょうか?
残念ながら私の周囲は未だに朝日新聞購読者が多く反日左翼側につく人々がいます。
ねずさん、今回の記事を紹介してくださりありがとうございます。愛国者の中から環境汚染に苦しむ日本国民の為に立ち上がる志士の誕生を望みつつ
2015/03/02(月) 05:13 | URL | 化学物質過敏の愛国者 #-[ 編集]
正義って…
事件はうっすら知っていましたが、そんな背景と関係者とは知りませんでした。(当たり前)
正義は王道ではない、ことが端的にわかりますね。
戦前戦中の日本は素晴らしかった、は全体のことではないようで…。
いつの時代も、要領よく生きていく、方が多数なのかしら…。
2015/03/01(日) 12:32 | URL | 愛知のおばさん #-[ 編集]
現在、米国では阿部政権を支持する層を危険視する見解が散見されているようです。
曰わく、自民党の正体は軍国主義者の巣窟で、実体は相も変わらず連合国の敵そのものだと。
そして、もちろんネトウヨなるものも、また我々も、そういう見かたをする米国人からはそう見られていておかしくありません。彼らが一度いだいた先入観をくつがえすには、極真空手の大山増達氏が喝破したように、実証してみせないとなりません。
 
さて今回の記事は、国策に抵抗した人のお話かと思います。左翼だろうと右翼だろうと、明白な事実を見て、現実を知るに至り、真実を見ぬこうと奮励し、信念をもって事にあたる人がいらしたわけです。
 
事実はともかく、現実や真実は本人のお眼鏡にもよりますが、、老若男女・古今東西にかかわらず、真実や解決に歩みよろうという態度は称賛すべきです。
ましてや最優先であるべき人名が反復常習的に損なわれる事態がおきたとき、これを止めようと奔走することは、はたして連合国の敵だったり軍国主義者だったりにマッチするでしょうか。また、そんな人をテーマにブログの1話をついやす人が連合国の敵とか軍国主義者とか断罪されるべきでしょうか。
いや、ねずさんがそう決めつけられてる話は聞いたことがないのですけどね。でも現にレッテル貼りはあちこちにあるわけです。
 
我々がここに集うことは、レッテル貼りのリスクをおかすことでもあります。
右翼だ軍国主義者だ侵略者だ悪の枢軸だというレッテルを手に持って貼りつけようと躍起になってる者どもが現にあちこちにいるわけです。
 
そこで明察功過ですよ。右翼だの軍国主義者だののレッテル貼りを華麗にスルーするには、左翼だの夢想家だのと言われてる人をとりあげ、そういった人の中にも極めて日本的な宝物がきらめいていたよ、という話をするしかないんです。
今回のような(真っ赤な?)スホットライトも、ひとつにはバランスをとるためにも大いに歓迎します。
松本英子さんも田中正造さんも私は不勉強でちっとも左翼とは思いませんが、赤だと断じる方がおられる前で、敢えて私は歓迎いたします。歓迎いたします。大事なことなので2回言わせていただきました。
2015/02/27(金) 09:03 | URL | beany #-[ 編集]
No title
夫婦別姓は左翼の陰謀である
http://hepoko.blog23.fc2.com/blog-entry-634.html

2015/02/27(金) 07:25 | URL | junn #p4GOlP7Y[ 編集]
No title
田中正造はガチガチの「左翼」です。彼が信仰していたのがロシア正教系だったので、コミンテルンの息のかかった神父により、社会主義や共産主義のイデオロギーを刷り込まれたようです。
それでも今の「日本型サヨク」などとは違います。彼は国民を犠牲にする暴力革命思想は受け入れていません。農民強訴の時も、武器になるものを持たないよう注意しています。流血沙汰になれば支持を失うことを、彼は身に染みて知っていたからです。(少年時代は手の付けられない暴れん坊で、よく怒られていた。)

さて、彼が編集長を務めた「げや、ではない新聞」ですが、現在は残念ながらアカヒ系列に組み込まれた典型的な地方紙です。地元の話題(政治・経済以外)しか見るべき所も無く、もし彼が今の紙面を見たら激怒すると思います。
2015/02/26(木) 23:00 | URL | ジェットストリームアチャー #-[ 編集]
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2015/02/26(木) 22:46 | | #[ 編集]
平成27年の統一地方選挙において、日本全国のすべての地方議会における民主党と未来(民主党の別行動部隊)の議員数を激減させて、民主党と連合を壊滅させたいですね。
平成27年の統一地方選挙において、日本全国のすべての地方議会における民主党と未来(民主党の別行動部隊)の議員数を激減させて、民主党と連合を壊滅させたいですね。
2015/02/26(木) 21:59 | URL | 敦子 #YbISL93o[ 編集]
足尾銅山鉱毒事件
この事件について、「田中正造」しか知らなかったことを、ひたすら恥じ入る思いです。筋金入りの朝日の「思い込み」報道の害毒は、「鉱毒」より始末が悪いですね。
2015/02/26(木) 21:41 | URL | NTRC特撮軍団長・ヤラセロウ大元帥 #s/KoZi6Y[ 編集]
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2015/02/26(木) 20:33 | | #[ 編集]
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2015/02/26(木) 13:25 | | #[ 編集]
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2015/02/26(木) 12:49 | | #[ 編集]
先程のコメント人種差別撤廃の撤廃が抜けました。m(__)m
2015/02/26(木) 12:24 | URL | 除鮮作業員 #-[ 編集]
先日 東大生とかにインタビューして「頭のいい有名人は?」みたいな番組みてました。
1位は池上彰さんでした。

その日本を代表するインテリジェンスいわく人種差別を世界で初めて訴えたのはキング牧師だそうです!(怒)

仏教の解説で中国を持ち出して支那アゲもしてました。
何でインドやチベットでなく中国なんでしょうか?(泣)


田原総一郎にいたっては 日本が誇れるのは憲法九条ぐらいしか無いのだそうです!!

いい加減にしろ!!


…失礼しましたm(__)m
2015/02/26(木) 12:18 | URL | 除鮮作業員 #-[ 編集]
No title
今日のお話も色々と考えさせられました。ありがとうございます。

松本英子や田中正造こそが、国を愛する想いからの誠の左翼という方々だったのですね。彼等に比べれれば今の世の中で左翼と呼ばれる人たちは、左翼なんかではなく、ただの売国奴だということが分かると思います。

今の日本で松本英子や田中正造の位置にいる論客が不在なのが悲劇なのだと思います。だから国会では日本政府と売国奴の中傷合戦となってしまい、誠の政策論争が行えないのでしょう。

戦後、アメリカの意向によりこういう構造が造り上げられていたのかもしれませんね。

こう考えると、今、マスゴミが国民が右翼化していると騒いでいるのも的外れなことで、マスゴミが作り上げた虚構に目くらましされていた国民が目覚めて、ただの中庸に戻る自然の流れに過ぎないのでしょう。

一人一人が投げかける波紋が共振して愛国心に基づく誠の左翼政党が立ち上がった時、日本再生の一歩が始まるのだと思います。

こう考えると日本の未来が楽しみでなりません。
2015/02/26(木) 12:11 | URL | 意和同悦 #-[ 編集]
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2015/02/26(木) 11:16 | | #[ 編集]
【保存版】神奈川県川崎市日本人中学生(島根県隠岐出身)殺害事件の犯人たち一覧表=通名使用帰化未帰化在日韓国人ばかり
【保存版】神奈川県川崎市日本人中学生(島根県隠岐出身)殺害事件の犯人たち一覧表=通名使用帰化未帰化在日韓国人ばかり

船橋龍一   在日外国人2世(韓国ハーフ)
田中元人   在日韓国人2世
吉田浩毅郎  兄       在日韓国人2世
吉田慎毅郎  弟        在日韓国人2世(関東医療・少年院、二階寮にいた)
武井美佳   呼び出し役    在日韓国人2世
(田中元人の彼女。キスプリクラあり。飲酒運転で逮捕されたことがある)
ヘイセルケイティラベル   在日外国人2世 武井美佳の親友
名無し | 2015.02.25(Wed) 20:51 | URL |
2015/02/26(木) 10:53 | URL | 敦子 #YbISL93o[ 編集]
No title
★ 朝鮮人の日本侵略史 ★

【第一次侵略=356年】

ワイ人=朝鮮人の金奈勿(キン・ナブツ)が、稲飯命の子孫である志良岐王族を虐殺し、王権を簒奪、
志良岐を乗っ取る。稲飯命王朝が滅亡。

【第二次侵略=562年】 朝鮮人国家=新羅が、日本領=任那を武力攻撃。任那は滅亡した。

【第三次侵略=660年】 新羅が、唐軍と共に日本領=百済を侵略。百済は滅亡した。

【第四次侵略=811年・12月】 新羅の賊船が対馬近海に出没するので、警備させる。

【第五次侵略=813年(弘仁4年)・2月】新羅人百人余、肥前小近島に来て島民を殺傷する。

【第六次侵略=869年(貞観11年)・5月】新羅の海賊、博多で掠奪する。

【第七次侵略=893年(寛平5年)・5月】 新羅の賊、肥前・肥後を襲う。

【第八次侵略=894年(寛平6年)・4月】 新羅の賊来る。大宰府に討たせる。

【第九次侵略=997年(長徳3年)】 高麗の賊が大挙して侵寇。多数の日本人を虐殺。

【第十次侵略=1014年(長和三年)】 高麗の賊が攻め寄せ、大宰府が討伐する。

【第十一次侵略=1019年(寛仁三年)】
50余隻の船団が来襲し、壱岐、対馬、筑前糸島、志摩・早良諸郡を荒らして物資を奪い、家屋を焼き払い、老人子供は殺して丈夫な者だけを拉致。ついに博多に迫る。日本側は、大宰権使=藤原隆家・大蔵種材や在地の豪族らが応戦撃退。逃げる敵を追って船三十艘で追撃。ついに追い払った。
十数日間に渡る戦闘だった。刀伊の侵略。

【第十二次侵略=1097年(承徳元年)】
異賊船100隻が松浦・筑前に攻め寄せる。大宰府官兵・九州軍士大いに守り、賊船を撃破し賊徒数万を海没させた。元寇に至る外国からの侵略事件の中でも最大規模のもの。

【第十三次侵略=1274年10月(文永11年)】
忻都、金方慶らに率いられた、高麗人・モンゴル人数万人が朝鮮の月浦(現在の馬山)を出発。
10月5日に対馬を、10月14日には壱岐を襲撃し、平戸鷹島の松浦党の本拠を全滅させた。

【第十四次侵略=1281年(弘安4年)】
高麗軍を主力とした東路軍四万と、旧南宋軍を主力とした江南軍十万、計14万の軍が日本を侵略。

【第十五次侵略=1419年(応永26年】
朝鮮が、日本領=対馬を、倭寇征伐の名目で侵略する。朝鮮では己亥東征という。
太宗は「倭寇の根拠地は対馬だ」と言いがかりをつけ、対馬を侵略した。これにより6月19日、李従茂指揮の227隻、1万7258人からなる船隊が、朝鮮の巨済島から対馬にむかい、翌20日に対馬浅茅湾の土寄崎に停泊。
当初、朝鮮軍は対馬の民家1939戸を焼き、多数の日本人住民を虐殺した。しかし、同年26日に仁位郡に進攻した頃から対馬の伏兵に反撃され、朝鮮軍は2500余人の損害を出した。そして、宗貞盛の撤兵要求を受け入れて7月3日に巨済島に引き揚げた。

【第2次世界大戦後の侵略】 数十万人の朝鮮人が、アメリカの占領下にある日本へ、不法入国・不法定住。
島根県隠岐郡隠岐の島町の一部(竹島)を準軍事力で制圧、現在、不法占拠。

北朝鮮より日本を敵視する韓国は軍の仮想敵国を日本に想定し竹島防衛の強化と対馬の強奪を企み日本を情報戦等で攪乱したうえ世界に向けて日本を貶める出鱈目のプロパガンダを垂れ流す事実上の敵国に有り。

朝鮮半島から逃げ出して日本に不法入国し居座り続け特権を欲しいままにし日本人を殺害し続ける朝鮮人はただの犯罪者ならぬ敵便衣兵とも言えるのではないだろうか!
見方を変えると敵国民が特権を行使し好き放題に暴れる日本は平時に有らず戦時に有り!とも言える!!



2015/02/26(木) 07:36 | URL | junn #p4GOlP7Y[ 編集]
No title
「夫婦別姓」の運動家・革命家は、必ず「産んであげない/産まない」を女性に向かってキャンペーンし煽動する。福島瑞穂は、この典型的な一人…このように鳥瞰すると「夫婦別姓」の狙いが家族の解体にあり、家族の解体は必然的に出産や子供の養育・教育を忌避するから出生率を激減させる。
2015/02/26(木) 07:19 | URL | junn #p4GOlP7Y[ 編集]
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
静岡県出身。国史啓蒙家。倭塾塾長。日本の心をつたえる会代表。日本史検定講座講師&教務。
連絡先: nezu3344@gmail.com
著書
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』第1巻〜第3巻
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』
日々、先人たちへの感謝の心でブログを書き綴っています。それが自分にできる唯一のお国への、先人たちへの、そしていま自分が生かさせていただいていることへのご恩返しと思うからです。こうしてねずブロを続けることで、自分自身、日々勉強させていただいています。ありがたいことです。

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支店名 〇二九(店番029)
種目  当座預金
口座番号 0083820
口座名義 小名木善行
【問い合わせ先】
お問い合わせはメールでお願いします。
nezu3344@gmail.com

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講演のご依頼について
最短で3週間程度の余裕をもって、以下のアドレスからメールでお申し込みください。テーマは、ご自由に設定いただいて結構です。講演時間は90分が基準ですが、会場のご都合に合わせます。
E-mail nezu3344@gmail.com

過去の講演テーマです。
君が代と日本人
大国主神話とシラス国
和歌と日本の誇り
歴史から見た慰安婦問題
領土と主権のお話
和と結いの国、日本
日本人にとっての戦いとは
武士道と忠義
日本人と食のお話
建国の理念と日本の文化
世界に誇る縄文文化
百人一首と日本人 etc....
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台灣民政府
台湾民政府
サンフランシスコ講和条約で、日本は台湾に関して処分権は連合国に提供しましたが、領土の割譲は行っていません。条約以降、連合国も日本も台湾の処分先を決めていません。つまり台湾はいまも日本であり、台湾にいる1500万人の戦前からいる台湾人は、日本国籍を有する日本人です。私は台湾民政府を支持します。
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コメントをくださる皆様へ
基本的にご意見は尊重し、削除も最低限にとどめますが、コメントは互いに尊敬と互譲の心をもってお願いします。汚い言葉遣いや他の人を揶揄するようなコメント、並びに他人への誹謗中傷にあたるコメントは、削除しますのであしからず。
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コメントをくださる皆様へのお願い
いつもたくさんのコメントをいただき、ありがとうございます。
ほんとうに皆様のコメントが、とっても嬉しく、かつありがたく拝読させていただいています。

議論というものは、すくなくともこのブログのコメント欄が、国政や地方自治、あるいは組織内の意思決定の場でなく、自由な意見交換の場であるという趣旨からすると、互いに互譲の精神を持ち、相手を尊敬する姿勢、ならびに互いに学びあうという姿勢が肝要であると存じます。

私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

ましてや、自分で質問を発したものについて、それぞれお忙しい皆様が、時間を割いて丁寧にご回答くださった者に対し、見下したような論調で応対するならば、それは他のコメントされる皆様、あるいは、それをお読みになる皆様にとって、非常に不愉快極まりないものとなります。

従いまして、謙譲・互譲・感謝、そして学ぶという姿勢のない連続投稿、粘着投稿に類する投稿をされた方については、以後のコメント書き込みを、管理人である私の判断で投稿の禁止措置をとらせていただきますので、あしからずご了承ください。
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