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今村均陸軍大将

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桐の花
桐の花0420


今村均(いまむらひとし)陸軍大将のことを書いてみたいと思います。
マッカーサーが、「日本に来て以来はじめて、真の武士道に触れた思いだ」と述べたことでも有名な人です。

当時オーストラリアの戦犯裁判では、日本の軍人がインド人や支那人、インドネシア人捕虜に平手打ちをしたことがあるとして、これを捕虜虐待の罪だと主張していました。
日本の兵隊が、理由もなくビンタをすることなどありません。

しかも鉄拳制裁でもなく、平手打ちです。
平手打ちというのは、打たれる側は、痛いけれど怪我はしません。
それだけではなく、打つ側も、痛いものです。
ですから平手打ちというのは、もちろん体罰ではあるけれど、打つ側も痛みを感じ、心で泣いて打つものです。
日本では平手打ちはそういうものと考えられていました。

ところが、戦勝気分に浮かれるオーストラリアは、これを復讐裁判の好材料にしました。
自分たちの非を棚にあげて、平手打ちを行った日本の将兵69名を逮捕し、戦争裁判に狩り出して、あろうことか死刑を宣告しようとしたのです。



今村均陸軍大将


終戦時、ラバウルの第八方面司令官(ラバウルの最高司令官)だった今村は、オーストラリア軍司令部に何度も足を運んで、次のように主張しました。

「インド人、中国人などは、そもそも戦争俘虜ではない。
日本軍が雇った外国人労働者であり、彼らへの虐待があったにせよ、それを一般俘虜と同列に連合軍が裁くのは不当である。
それでもどうしても裁くのであれば、監督指導の位置にいた最高司令官の自分を責めるべきであって、個々の将兵を裁くべきでない。」

筋の通った議論です。
結局オーストラリアは根負けして、今村大将を捕虜収容所に入所させました。

今村大将は、その際、
「戦争裁判は戦闘であり、作戦である。これは勝たなければならない」
と述べたといいます。
そして、「ひとりでも多く救う」という目標に向かって、思い付く限りの手を打ちました。

今村大将は、方面軍最高司令官であり、オーストラリア軍は、はなから死刑にすることを前提に、裁判をすすめようとしていたのですが、現地住民などの証言もあって、それができず、禁錮10年で判決しました。

そこで今度は、オランダ軍が今村大将を死刑にしようと裁判をしたのですが、こちらでは結局無罪となっています。
今村大将の軍政時代を知るインドネシア人が次々に証言台に立ち、有罪の不当性を訴えたのです。

逸話があります。

今村大将が死刑にされると思ったインドネシアの独立運動家のスカルノ(後の大統領)が、密かに今村の収容所を訪れ、脱獄を勧めたのだそうです。
スカルノは今村の軍政下で色々と親切にしてもらった恩義に報いようとしたのです。

ところが、これを今村大将はきっぱりと断っています。
「戦犯の中には冤罪で死刑判決を受けた者もいる。その将である自分が一人逃げるわけにはいかない」というのです。

今村大将の現地での統治は、では、どのようなものだったのでしょうか。
それも記録に明らかとなっています。

今村大将は、昭和17年(1947年)、ジャワ島統治の最高司令官として赴任しました。
彼が第一にしたのは、民心の安定です。

今村司令官布告「布告第1号」が残っています。
==========
1 日本人とインドネシア人は同祖同族である
2 日本軍はインドネシアとの共存共栄を目的とする
3 同一家族・同胞主義に則って、軍政を実施する
==========

当時、植民地の住民にとって「共存共栄」等と言う言葉はとても信じられないくらいのものです。
植民地支配を受ければ、人口の9割が死ぬという時代だったのです。
人々に私有財産は認められず、男は苦役に狩り出され、女は貞操を奪われる。それが被植民地の常です。
なぜなら、欧米列強にとっての植民地とは、「支配者」と「被支配者」の関係でしかなかったからです。

ところが今村大将は、開口一番「共存共栄」です。
ですから現地の人々は驚きました。
そして今村司令官の布告は、終戦まで一度も破られる事はなかったのです。

他にも例えば、

a. 農業改良指導
b. 小学校の建設と、児童教育の奨励
c. 新聞「インドネシア・ラヤ」の発刊
d. 英・蘭語の廃止と、公用語としてのインドネシア語採用
e. 5人以上の集会の自由
f. 多方面でのインドネシア人登用
g. インドネシア民族運動の容認
h. インドネシア人の政治参与を容認
i. 軍政府の下に「中央参議院」を設置
j. 各州・特別市に「参議会」を設置
k. ジャワ島全域に、住民による青年団・警防団を組織
l. 「インドネシア祖国義勇軍」(PETA)の前身を創設

どう見ても、ジャワ(インドネシア)独立への「ステップ」です。
そして現実、ジャワの日本軍政時代にインドネシア独立の段取りは整えられていきました。

さらに、オランダ軍によって流刑とされていたインドネシア独立運動の指導者であるスカルノやハッタら、政治犯とされていた人々も解放しました。
それだけでなく、彼らに資金や物資を援助し、諮詢会の設立や現地民の官吏登用等独立を支援もしました。
またオーストラリア軍が破壊した石油精製施設を復旧し、石油価格をオランダ統治時代の半額にしています。
そして略奪等を厳禁として、治安の維持に努めました。

こうした国際法の遵守、人心収攬という今村の統治は、すべて天皇陛下の許可を得た統治要綱にもとづくものであったといいます。



戦争が進むにつれて、日本では衣料が不足して配給制となり、日本政府はジャワで生産される白木綿の大量輸入を申し入れてきました。
ところが今村大将は、これをかたくなに拒んでいます。
白木綿を取り上げたら現地人の日常生活を圧迫し、死者を白木綿で包んで埋葬するという彼らの宗教心まで傷つけると考えたからです。

軍の一部から、今村大将は批判を受けました。
けれど、実情を視察に来た政府高官の児玉秀雄らは、
「原住民は全く日本人に親しみをよせ、オランダ人は敵対を断念している」
「治安状況、産業の復旧、軍需物資の調達において、ジャワの成果がずばぬけて良い」
などと報告し、むしろ今村大将の軍政を賞賛しています。

軍務局長・武藤章中将がバタビア(現在のジャカルタ)に来た時の報告です。

「来て見れば、白人の老夫婦は夕方の公園を散歩している。
若いアベックはカフェーのテーブルで囁いている。
バタビアの中心街は銀座の比ではない。
獄舎の将校たちにレクリエーションの時間が与えられ、
囚房の深夜にも電燈の火が煌々と流れている」

今村大将の統治は、占領を感じさせない穏やかなものだったのです。

視察した武藤はこれを不適当と考え、中央の意向に沿って、今村に軍政改変を迫りました。
今村大将の統治は「優柔不断、威厳欠如だ」というのです。

ところが今村大将は、
「天皇陛下の御允裁(許可)を得た改変なら服するが、陸軍省の感覚だけで変更を命じるなら、免職されるまで服従しない。これが自分の信念である。しばらく実績を見て改めて命令を待つ」と頑として言い張っています。

今村大将のジャワ統治は1年にも満たいものでした。
けれど今村大将の統治手法はその後も引き継がれ、戦後のインドネシアの独立運動の基礎を築いています。
そして現在、今村将軍はインドネシアの教科書にも掲載されています。



戦争の配色が濃くなった頃、今村大将はラバウルの陸軍最高司令官として赴任しました。
この頃、米軍はソロモン諸島を次々と攻略し、すでに太平洋の島々はほとんど米軍の手に落ちていました。
当然日本軍の南方主力基地であるラバウルも標的となっていました。

米軍による海上封鎖によって、補給が長く続かないことを懸念した今村は、島内に大量の田畑を作る様に全軍に指導しています。
そして自らも一緒になって鍬や鋤を遣い、田畑を耕しました。
そして、完全な自給自足体制を築きあげたのです。
また同時に、米軍の空襲、上陸に備えるため強固なる地下要塞も建設しました。

その地下要塞のあまりの堅固さに米軍も攻略を諦めています。
ですから米軍は結局ラバウルを迂回して進撃し、補給路を断ったのち、日本軍を餓死させる作戦を採用しています。(飛び石作戦)。

ところが今村大将の率いるラバウルの日本軍は、この時点で、本土からの補給無しでも十分生存可能な食料を備蓄していました。
おかげで今村大将麾下の陸軍の将兵10万は、本当に孤立し、なんの補給もなかったにも関わらず、終戦まで悠々と自活生活を続けることができたのです。
そして戦犯として処刑された一部の者を除き、ほぼ全員が、生きて祖国に帰りついています。

漫画家の水木しげる氏は、兵役でラバウルにいたときに視察に来た今村から言葉をかけられたことがあるそうです。
その時の印象について水木しげる氏は、
「私の会った人の中で一番温かさを感じる人だった」と書いています。
(水木しげる「カランコロン漂泊記」小学館文庫)

軍人としての今村大将は、すさまじい闘将でもありました。
1940(昭和15)年2月に一段落したシナ・南寧作戦では、今村は第5師団を率いて、戦死1500名、負傷3000名という大きな損害を出しながらも、50日間も南寧を守りとおしています。
このときの敵の蒋介石軍の兵力は、第5師団の約25倍から30倍というとほうもないものです。

その卓越した指揮は陸大の教材にも取り上げられていました。

また今村大将が指揮した帝国陸軍ジャワ派遣軍第16軍2個師団総勢55,000人は、ジャワ攻略戦において、真正面から敵前上陸を敢行し、2倍の兵力を擁していたオランダ軍(蘭印連合軍)を、上陸後、僅か9日で降伏させています。

ちなみに、大東亜戦争は、日本が米英に宣戦布告してはじめた戦争ということになっているけれど、ことオランダに関しては、逆にオランダから日本に宣戦布告しています。史実です。



今村大将を収容したラバウルのオランダ軍の捕虜収容所は、1950年(昭和25年)1月 閉鎖となりました。
今村大将は、残りの刑期を東京の巣鴨拘置所で過ごすことになりました。

1949年(昭和24年)彼は帰国しました。
ところがせっかく帰国したのに、今村元大将は、自分をマヌス島に移せと主張したのです。
マヌス島にはラバウルで刑を言い渡された部下がまだ収容されていたからです。
いまだに環境の悪い南方で服役をしている元部下たちの事を考えると、自分だけ東京にいることはできない、というのです。

報告を受けたGHQ司令官のマッカーサーは、後に
「私は今村将軍が旧部下戦犯と共に服役する為、マヌス島行きを希望していると聞き、日本に来て以来初めて真の武士道に触れた思いだった。私はすぐに許可するよう命じた」と書き残しています。

マヌサ島に到着した今村大将を、戦犯服役者たちは大歓声で迎えました。
彼らは今村大将を囲んで、その夜、明け方まで語り明かしました。
今村に手紙を書いた畠山某氏は、「この日の嬉しさは生涯忘れられない」と語っています。

刑期満了で日本に帰国した今村大将は、東京の自宅の一隅に建てた小屋(謹慎室)に自らを幽閉しました。
戦争の責任を反省し、軍人恩給だけの質素な生活を続ける傍ら、回想録を出版し、その印税はすべて戦死者や戦犯刑死者の遺族の為に使ったといいます。

また援助を求めてきた元部下に対しても出来る限りの援助をしたそうです。
それは戦時中、死地に赴かせる命令を部下に発せざるを得なかったことに対する贖罪の意識からの行動であったといわれています。

その行動につけこんで元部下を騙って無心をする、残念な人もいそうです。
けれど今村元大将は、騙されているとわかっていても拒否しなかったそうです。

今村均元陸軍大将は、昭和43(1968)年10月4日にお亡くなりになりました。
享年82歳でした。

今村均陸軍大将の生活は、戦前戦後ともに、非常に質素なものでした。
彼は、闘いにあっては、まさに鬼神となり、平治にあっては、仁徳のある統治者でした。
いまの世の中では、経済的な成功し、贅沢な暮しをすることだけが、なにやら人生の成功のようにされています。
けれど、武人として、多くの民を救い、立派に責任を全うして生きるという人生が、かつてこの日本に厳然として存在していました。

そういう武士道精神のある雄々しき日本を取り戻す。
それは、戦後生まれの私達に与えられた使命です。

末尾にひとこと添えておきたいと思います。
先日、天智天皇がご祭神である近江神宮に、百人一首の本の奉献に行ってきました。
その際、何故か頭のなかに「雄々しく」という言葉がぐるぐるしたことは、先だってご報告させていただきました。

あたりまえのことですが、「雄々しく」というのは、いわゆるヤンキーぽい「ツッパリ」とは意味が違います。
ヤンキーのツッパリは、いわゆる「不良」ですが、「雄々しく」は、真面目さの中にあります。
真面目で真剣だから、雄々しいのだし、また成果をあげることができるのです。
不良は、日頃はツッパって「俺、つええ」とばかりにカッコをつけますが、いざとなると逃げてしまう。だから不良なのです。

このことは、以前「映像と日本的責任感」という記事で詳しく描かせていただきましたが、戦時においても平時においても、このことに変わりはありません。

こちらの記事もご参照いただけたらと思います。
■映像と日本的責任感
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2420.html
■鍛え上げられた陸軍将校の凄味
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1749.html


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コメント
No title
こんにちは。
インドネシアでは、数年前から反日教育が始まっています。
教科書によっては、オランダ時代より酷かったと表記したものもあるそうで
す。中華の手は伸びています。オランダの裁判において今村大将のために証
言台に立った先達の気持ちを忘れさせるべく、タイリクとハントウとカキョ
ーらがやっているわけでしょう。本当に不甲斐ないのが日本です。情報戦争
に出遅れすぎています。インドネシアの現トップには要注意。軍人ではあり
ませんから・・。
2015/04/22(水) 13:08 | URL | くすのきのこ #-[ 編集]
No title
人間として矮小なマッカーサーなんかの賛辞は、不要というか。
今村大将に失礼とさえ感じてしまいます。
2015/04/21(火) 08:46 | URL | #-[ 編集]
届きました!
わ~い、ねずさんの百人一首のご本、アマゾンさんから、届きました。ねず先生の百人一首のご解説を、心して読ませて頂きます。ありがとうございます。
2015/04/20(月) 18:04 | URL | #-[ 編集]
No title
今村大将は、軍隊においては勇猛な指揮官であり、平常時においては優しい上官なのですね。兵隊は平素において信頼できる上官の下でなら、戦闘時にも安心して全力で、その指揮に従うことが出来たと思います。

今から40年位前になるのですが、今村大将が故加東大介氏に昔の上官として、テレビで紹介されたことがありました。
そのときは、ラバウルでお世話になったとの話でしたが、考えてみれば加藤氏はただの下士官でしかなかったのです。よく、元陸軍大将である今村氏が出演されたものだと思っていたのですが、本当に部下のお願いを叶える優しさがあったのだと思います。



街角を歩いていますと、しばらく前から「プレミアム商品券」なるものを地域振興のためにとのポスターを見かけます。

この政党は、これまでに地域振興券及び定額給付金なる金券を、老人と子供に配布するよう提案し、これを実現しましたから目的は似たようなものだと思います。

しかし、政府がいかなる理由によるものであっても現金のようなものを国民に配布することに、疑問を持っています。

政策として公共投資がありますが、これの目的は簡単に言うと道路や公共建築物を造ることで、地域が活性化することにより投資額以上の経済効果をもたらすことにあります。
もっとも、ときには投資額に見合った効果のないものを建設したため公共工事自体が産業になっていたり、後のメンテナンスのことを考えていなかったために建築後に役に立たなかったりして、無駄金になって批判されていますが、基本はあくまで投資額以上の効果を出すことが目的だと思います。

しかし、商品券を配布する場合は理屈として、これを呼び水にしてより多くの消費を誘うとか、平常の支出に商品券分の消費を上乗せして地域の活性化を図るとかを主張しても、所詮は現金の効果しかありません。

言うならば、なんの労働による負担もしない有権者に、国民の税金を配布するだけなのです。
これが政治、政策というのは余りにも無策だと思います。

国会議員の方には、一人当たり年間1億円以上もの税金をかけて、国民は仕事をしていただくのです。
もう少しましな政策を提案し、実行していただきたいと思います。
2015/04/20(月) 16:21 | URL | ポッポ #-[ 編集]
No title
河野談話を守る会なるブログを見つけ、読んでいたら、ものすごく不愉快になりました。全て非公開でどこの誰が書いているかもわからないのですが、カンパまで募っています。する人いないと思うけどw
旧日本兵の証言だとかいろいろ載せてます。吉見教授を尊敬しています。こういう勢力がいるのは確かでしょうし、こういう人たちが信じる資料が存在もするのだと思います。ひとを小馬鹿にしたような文章にも腹が立ちます。ねずさん!スッキリする話聞かせてください。
2015/04/20(月) 13:49 | URL | 和 #-[ 編集]
いつもありがとうございます。
インドネシアが、今でもバリバリの親日国なのは、今村大将の仁政に基づく統治のお陰なんですね。 国際会議の場で韓国人の高官が日本が先の大戦で負けた事を非難した事に対して、インドネシア人の元軍人の代表の方が、我らASEAN諸国が、欧米とも国として渡りあえるのは、全て日本が先の大戦で戦ってくれたお陰である。一度も戦った事のない韓国と韓国人が、何を言うか! と叱責されたのを思い出しました。もう、恩知らずな韓国朝鮮とは、交わりを断ち、インドネシア、台湾、ベトナム、カンボジアなどの、まことの親日国と交わりを深めるべきだし、その方向に向かっていくものと想います。
2015/04/20(月) 13:01 | URL | 大阪市民 #-[ 編集]
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このコメントは管理者の承認待ちです
2015/04/20(月) 10:54 | | #[ 編集]
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
2015/04/20(月) 10:18 | | #[ 編集]
何が違う戦前と戦後の教育
平常時に優しい人は今でも居りますが、一番辛い時、特に命の危険がある時にその人間の真価が問われます。戦前は本当の意味で強い人間が沢山居たみたいで(ずっと小野田さんしかしらなかった)、何が一番変わったのか考えて見たのですが、やはり戦前の日本人は天皇陛下の存在を通して神と繋がっていたのではないのかと思ってしまいます。合理的な教育では絶対に精神的なものは強くならないはずなので、それが日本人の強さの秘密なのではと思います。
2015/04/20(月) 08:21 | URL | hiyo #Ldyc1/3I[ 編集]
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
2015/04/20(月) 06:30 | | #[ 編集]
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小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
静岡県出身。国史啓蒙家。倭塾塾長。日本の心をつたえる会代表。日本史検定講座講師&教務。
連絡先: nezu3344@gmail.com
著書
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』第1巻〜第3巻
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』
日々、先人たちへの感謝の心でブログを書き綴っています。それが自分にできる唯一のお国への、先人たちへの、そしていま自分が生かさせていただいていることへのご恩返しと思うからです。こうしてねずブロを続けることで、自分自身、日々勉強させていただいています。ありがたいことです。

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