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『一般社団法人 新しい歴史教科書をつくる会』からのお願いです。
この件について、藤岡信勝先生がご自身のFacebookに投稿をしておいでになりますのが、私からは、少し切り口を変えて、少し詳しくみなさまにお願いをしてみたいと思います。

つくる会が結成されたのは平成8(1996)年のことです。
もう19年前になります。
そしてこの間つくる会は、単に教科書作りをする、というだけではなく、志ある大学教授らが中心となって、左翼のプロパガンタによって歪められた歴史を、深く掘り下げて検証し、その嘘を暴くとともに、戦後意図的に侵害され続けた日本人の真実の美しい姿を、再発見し続けてきました。
「日本史検定講座」への取り組みも、そのひとつですし、「授業つくりJAPAN」の取り組みもまた、そのひとつです。

今年もまた『新しい歴史教科書』(自由社)が文科省の検定に合格しました。
今回の教科書は、『虚構の「南京事件」を書かず、実在した「通州事件」を書いた唯一の歴史教科書の誕生』となります。

このことについて4月7日付け産経新聞は、「自虐史観傾向やや改善/『南京事件』1社が記述なし」という見出しで、今回、検定を受けた8社の歴史教科書のうち、自由社だけが「南京事件」を記述しなかったことを報道しました。

産経新聞は、記事のなかで南京事件を書かなかった理由について、「南京事件は中国共産党によるプロパガンダで事件自体が存在しないため」という自由社編集担当者の発言を伝えています。
実際、戦時中の実体験の記憶を持つ人達が社会の中心にいた昭和50年までは、歴史教科書においても「南京事件」を記述したものは全くありません。

また、このブログでも度々ご紹介している「通州事件」について、今回「つくる会」の教科書のみが、その事実を記述しています。



百回の嘘も、たったひとつの真実の声の前には、あえなく撃沈します。
つくる会の活動によって、左巻きに偏向し、ありもしない嘘を垂れ流していたプロパガンタ教科書も、さすがに嘘を書き続けることができなくなりつつあります。

先日も江戸時代の士農工商は、老若男女と同じ一般的職業区分にすぎなかった、とこのブログに書かせていただきましたが、おそらくはいまこれをお読みの皆様も、士農工商はインドのカースト制さながらに固定された身分制度であったと漠然と刷り込まれてきたものと思います。
(現にウチは徳川さんの直参旗本でしたが、跡継ぎとならない次男坊以下は知行地で庄屋さんのお世話になって、庄屋さんから土地を借り、そこで農業をしていました。つまり武家ですが、いまどきの教科書のいう差別された水呑み百姓をしていたわけです。けれどそんなことはごく普通にあったことです)

また、多くの教科書が「聖徳太子はいなかった」として、その存在までも教科書から抹消するという、我々からみたら暴挙としかいえないような記述の仕方をしていました。
これは「7世紀初頭の日本には、文化文明とよべるようなものは何もなく、すべての日本文化は支那から朝鮮半島を経由してもたらされたものだ」という、いわば朝鮮人史観に基づくものです。
その史観によれば、7世紀の日本に、十七条憲法を起草するような卓越した指導者が日本に存在したという事実が「都合が悪い」のです。
けれど、聖徳太子の実在は、法隆寺の釈迦三尊像の碑文が、見事にこれを証明していますし、十七条憲法の「和をもって貴しとなす」は、いまでも私達日本の文化意識そのものですし、十七条憲法の「明察功過」は、その後の和歌をはじめとしたあらゆる日本文化の原点となっています。

近現代史に限らず、縄文弥生の昔から古代、中世、近世、近現代に至るまで、意図的に日本人のアイデンティティを破壊するために、嘘を書き連ねた教科書で、学ばせられる子供達こそ、哀れというべきです。

そういう不条理に対して、真正面から立ち向かい、「自虐史観」と呼ばれる教科書界にNOを叩きつけ、冷静に真実を述べ続け、実績をあげてきたのが、「つくる会」のこれまでの実績です。

ところがこうした「つくる会」の動きによって、他社の大手出版社の教科書がだいぶ修正されてきている一方で、、この度の検定では「学び舎(まなびしゃ)」という出版社が、独自の歴史教科書の検定申請してきました。
この教科書は、一度不合格となったのちに、再申請で合格しています。

この「学び舎」の教科書は、退職した小中高の社会科教師のグループが、自分たちの満足できる歴史教科書をつくろうとして制作したもので、左翼教育団体として有名な歴史教育者協議会(歴教協)のメンバーらが中心です。
簡単に言えば、「左の『つくる会』」です。

「つくる会」効果によって採択減のため廃業した日本書籍の教科書を復活させる動きです。
そしてこの教科書は、唯一「慰安婦」という言葉を記述の中に持ち込んでいます。
そして河野談話を教材として掲載し、強制連行の語も併用しています。
中学校の歴史教科書に「慰安婦」という言葉が載るのは10年ぶりの動きです。

教科書の検定基準は、いまの下村文科大臣によって、
・政府見解がある場合はそれに基づいた記述をする。
・近現代史で通説的な見解がない数字などはそのことを明示する、
などが定められています。

とりわけ慰安婦問題については、朝日新聞が「誤報」と認め、吉田清治証言の記事さえもすでに取り消しが行われているのに、いまだにこうした記述をした教科書が検定で合格しているなどとは、およそ考えられない蛮行ですが、これがいまの日本の実態です。

ところが、教科書の作成というのは、それ自体たいへんな費用のかかるものです。
図版一枚一枚にも権利金を払わなくてはならないし、執筆陣への報酬も、他の出版社とくらべて明らかに安いといえども、それなりの費用は必要です。
加えて、この教科書を広く世の中に拡散していくためには、教科書としてだけではなく、一般の図書としても普及していかなければなりません。

そんなわけで、まだまだ私達は「つくる会」を継続して支援していきたく、みなさまのご協力を呼びかける次第です。

【みんなのチカラで『新しい歴史教科書』の市販本を発行したい!!】
 https://www.makuake.com/project/tsukurukairekishi/

是非、みなさまのご支援をよろしくお願い申し上げます。

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コメント
ご教示有りすぎて(涙)
初コメントします。 これまで私は、所謂[仕事人間] で家庭や社会の事は、二の次、三の次ぎでした。
しっかり(無理して)働かないと、暮らしていけなかったのです。□当時は拝金主義で、今想い出せば、恥ずかしい限りです。

正しい日本の教科書を作ろうとされた先人方に感謝します (^∧^)
 それにしても、国内世論と謂うのは恐いですね。
海部俊樹[元文部大臣]、宮澤喜一[元首相] は許せません たかが中学教科書といえど、これをバカにしたら
国が滅ぶのですね
2015/04/14(火) 07:47 | URL | 仮免許ドライバー #-[ 編集]
教科書購入させて頂きました。
通州事件が載っている教科書とは驚きです。
日本人が決して忘れてはいけない事件と思います。
他にも通化事件、占守島の戦い等日本人が本当に知るべき歴史の流れが教えられずに来ました。日本の誇りを取り戻すための活動に微力ながら応援させて頂きます。
2015/04/12(日) 20:00 | URL | zipangu #-[ 編集]
ヘレーネ・フィッシャー(Helene FISCHER) その3
里美です。

【Deutsche Schlagersaengerinnen】 = D-POP woman-singers

ヘレーネ・フィッシャー(Helene FISCHER) その3

Helene Fischer "Farbenspiel" [Der Sammelband]
https://www.youtube.com/watch?v=6_7IM38d6VU

Helene FISCHER mit ihren wunderschoenen Gesangstuecken aus dem Album "Farbenspiel"

【注】
1. ドイツ語の聞き取りの特訓にお使い下さい。
2. バック・ミュージック(die Hintergrundmusik)にもどうぞ。
3. ヘレーネは、良い感じを出していますね。
2015/04/12(日) 15:37 | URL | 敦子 #YbISL93o[ 編集]
正しい歴史は道徳心を肥らせる
ねず先生、本日も有難うございます。私たちが学んで来たものは一体何だったのでしょう。激戦の地で、熱帯や極寒の中で、敵は兵士だけではなかったはずの飢えや怪我や病の中で、只ひとつ誰もが日本の為=家族の為と命を懸けた人々の尊さとは、そんな人々の思い(重い)そのものであって、戦争を美化しているのではなく、そこまで彼等は日本を、家族を、この国の未来を愛し、願ってくれた事が貴く美しいのだとこの日本が我々が思わないで誰が思ってくれましょうか。
リベラル層のまことしやかな理論すり替え術に沖縄県民や道民を巻き込みつつの世論誘導にはうんざりどころか「恥知らず」と罵声を浴びせたくなるのを堪えるのに大変な毎日です。
正しい歴史を学べば、日本をもっと好きになる、そして未来永劫平和な日本が存続する。その平和を世界に輸出する事が出来たら、自然界にも世界にも平和をもたらす事が出来る、と思うのです。
平和の輸出とは日本の「道徳観」というものです。
「おもてなし」や「もったいない」も、道徳観から来るものですから、道徳観を養えば、道は綺麗になり川や山や海も、地球が綺麗になります。人々の心が澄んだら争いもなくなり、人の心は傷つかず、自然も傷つかない。
「道徳心」を養いその雛型を私たち日本人が作れれば、それを世界に輸出して人々が目覚める事が結局は時間がかかっても一番早いと思います。
その為にも正しい歴史教育が必須であり日本を愛する心、がこれからの時代とても大切なのではないでしょうか。
2015/04/12(日) 15:25 | URL | 紫陽花 #-[ 編集]
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
2015/04/12(日) 13:21 | | #[ 編集]
No title
最初、新しい歴史教科書をつくる会を知った時は「まーたきち〇いが出てきたよ」と思っていました。そして南京大虐殺は無かったとか聞くと、嘘言う人がいるんだなあとも。
日の丸、君が代が普通に何も問題無かった地域で育っても、学校で使う教科書によって正しい歴史が知らされて無かったと思うと悔しいです。
韓国、中国に対して負い目みたいなものを感じていましたから、真実を知って今は心晴れやかです。
教育って本当に大切ですよね。ねずさん頑張って下さい!
2015/04/12(日) 13:19 | URL | にこちゃん #-[ 編集]
《》近隣諸国条項》、について。
2年前の秋、朝日新聞社の前にて、「朝日新聞糾弾演説」、が行われたとき、村田春樹氏、が語った悲痛な言葉。

「いいですか、皆さん、日本という国は、自分の国の子供たちに与える教科書を自分で作れない国なんですよ、こんな国が世界にありますか。みんな、《近隣諸国条項》、というもののせいなんです。

近隣諸国条項・Ⅰ

近隣諸国条項制定の経過と、《日本の悪性癌、「朝日」・「日教組」・「自民党、外務省内左翼」》、について、

今か9年半ほど前の、平成17年10月、「チャンネル・桜。掲示板」、に書いたものをご紹介させていただきます。

藤岡信勝著 『教科書採択の真相』 《かくして歴史は歪められる》 PHP新書 より。

【第六話】 「中国共産党の教科書批判キャンペーン」
1982年6月26日、文部省から前日発表された高校教科書の検定結果について、新聞各紙がいっせいに報道した。そのなかで、実教出版の 「世界史」 の教科書で、検定前の 「日本軍が華北に侵略すると・・・」 とあったのが、検定後には 「日本軍が華北に進出すると・・・」 に修正された、という報道が特に注目を浴びた。当時の風潮では、文部省の検定を批判するのが新聞記者の仕事のようになっていた。

同日、中国の新華社電は簡単なコメント抜きの報道を行ったが、翌日には中国共産党の機関紙 『人民日報』 が、「歴史を歪曲し侵略を美化する日本の教科書」 と題する記事を掲載した。6月30日にも、『人民日報』 に短い記事が掲載された。しかし、それから19日間、中国はこの問題について何の報道もしんかった。問題が終わったかに見えた。

ところが、7月20日になって、『人民日報』 に 「この教訓はしっかり覚えておくべきだ」 という短い評論が掲載されたのを皮切りに、突如として、堰を切ったような日本批判が始まった。批判の強さは次第に激しくなり、膨大な量の対日批判の洪水となり、8月10日ころにはピークに達した。
二つの疑問がわく。第一に日本の教科書検定は毎年行われている。この年に限ったことではない。それなのに、なぜ、この年だけこれほど激しい対日教科書批判が起こったのか。
第二に、『人民日報』 がなぜ、「19日間の沈黙」 の後に、対日非難のキャンペーンを猛然と開始したのか。

この問題に関する田中明彦、井尻秀憲らの研究を総合すると、これは要するに中国共産党内の権力闘争と深く関係していたのである。鄧小平は、当時すでに中国共産党の実力者だったが、改革・解放路線を採用し、西側から資本を導入して経済建設を進める方針を推進していた。党内にはまだ、華国鋒など文化大革命時代の気分の残っている頑固派の幹部もおり、鄧は、さらに権力基盤を固めなければならなかつた。9月1日からは、中国共産党の党大会 (12全大会) が設定されていた。そこで、鄧は、歴史教科書問題で日本をスケープゴートにして、党内で点数を稼ぐ材料にすることを思いついたものと思われる。「19日間の沈黙」 は、そのための時間かせぎだったと考えられる。7月20日の 『人民日報』 の対日氏批判キャンペーンの開始も、鄧が直接にゴーサインを出したといわれている。(井尻秀憲 「日中関係」、田中浩編 『現代世界と国民国家の将来』 1990年 御茶ノ水書房、所収)

田中明彦は、中国共産党の教科書批判キャンペーンが、青少年の共産党離れに対処する 「愛国主義教育」 キヤンペーンと連動していたことを指摘している。8月1日、中国共産党は 「全国の軍民、とくに青少年が中国共産党を愛し、社会主義の祖国を愛し、人民の軍隊を愛することを内容とする愛国主義教育」 を繰り広げるよう号令した。それには青少年に中国民族がいかなる苦難の深みから開放されたかをわからせる必要があり、「日本軍の残虐行為」 などを教材として 「精彩に富む形式」 で教えることが目指された。そうした分析に基づき、田中は、おそらく、「日本に対し教科書の内容から 『誤り』 を取り除かせるための説得」 であった以上に、「国内に対する 『独立自主の対外政策』を示す機会であり、青少年への歴史教育と共産党への支持調達のための機会であった」 と結論づけている。(『教科書問題』 をめぐる中国の政策決定)岡部達味編 『中国外交ー政策決定の構造』1983年国際問題研究所、所収)

今、話題の、中国の反日デモ(というより、反日暴動) の基盤をつくったとされている 「愛国主義教育」 が、すでにこの時点で登場していることにご注目願いたい。「共産党への支持調達」 と党内闘争を乗り切るために、日本の教科書問題は格好の材料として利用されたのである。

「近隣諸国条項」 の制定
そんなこととはつゆ知らず、1982年9月に訪中を予定していた鈴木善幸首相は、もし中国から訪中を拒否されれば、秋の自民党の総裁選で再選されることをめざしていた自分の経歴に傷がつくことを心配していた。そこで、宮沢喜一官房長官に支持して、この問題をおさめるように求めた。宮沢は、8月26日、『歴史教科書』 についての官房長官談話」(宮沢談話) を発表し、

「我が国が国としては、アジアの近隣諸国との友好、親善を進めるうえでこれらの批判に十分に耳を傾け、政府の責任において是正する」 と表明した。
9月14日、文部大臣から 「教科書検定調査審議会」 に対し、「歴史教科書の記述に関する検定の在り方について」 諮問が行われた。社会科担当の第二部は、委員の反対を抑え込んで 「南京事件」 など11項目について、検定意見をつけないことで合意した。

11項目の内容は、中国関係では、「侵略」 と 「南京事件」 韓国関係では、「侵略」 「土地調査事業」 「三・一独立運動」 「神社参拝」 「日本語使用」 「創氏改名」 「強制連行」 の七件、その他で 「東南アジアへの進出」 「沖縄戦」 である。

1982年11月24日、文部省は 「義務教育諸学校教科用図書検定基準」 および 「高等学校教科用図書検定基準」 を改正し、「第三章 各教科固有の条件」 の「2 選択・扱い及び組織・分量」 のなかに
「(5)近隣のアジア諸国との間の近現代の歴史的事象の扱いに国際理解と国際協調の見地から必要な配慮がなされていること。」 という一項目を付け加えた。

これが、「近隣諸国条項」 とよばれているものである。

この文言だけを見れば、格別問題とするにあたらないように思えるかもしれない。「国際理解と国際協調の見地」 は大切なことであり、日本としてもこれを踏まえなければならないのは当然と思えるからだ。しかし、「近隣諸国条項」 の実質的な意味は、先の11項目に検定意見をつけないこと、すなわち、中国・韓国から文句をつけられそうなテーマについては、左翼学者が書き放題に放任する (さらにのちには、書かない著者には書かせる) ということなのである。その証拠に、この年検定中の、中学校歴史教科書には、早速、満州事変と日華事変について、「侵略」 の語が一挙に多数の教科書に登場した。「近隣諸国条項」 こそは中国と韓国の一方的な歴史解釈を日本人に強要し、歴史教科書に書かせる装置であり、そしてついには、1996年に、「従軍慰安婦の強制連行」 という、まったくの捏造された嘘を中学校の教科書にまで登場させる元凶となったのである。

「近隣諸国条項」 の制定は、二重の意味で不当なものであつた。第一に、「侵略」 を検定によって 「進出」  に変えられたという報道は、実は誤報だった。だから、この事件は、「侵略・進出誤報事件」 とよばれている。第二は、それは、日本の教育主権を売り渡す行為だった。「当時の鈴木首相と宮沢官房長官は、独立国家の主権とは何かということに極端に無自覚であったからなのか、マスコミや中国・韓国の圧力に抗し切れなかったからなのか、ともかく、日本国家の教育主権を外国に売り渡したのである。

「新編日本史」 への外圧検定事件
「近隣諸国条項」 によって、日本の検定制度はまったく変質してしまったといっても過言ではない。それは、日本の国益と尊厳を守り、日本の教育を共産主義勢力の浸透から防衛する装置であることをやめて、むしろ、国益を損ない、尊厳を失い、自国の歴史を卑しめる装置に変ってしまったのである。それを実証するテストケースが1986年の外圧検定事件である。保守系の団体を糾合した民間組織である 「日本を守る国民会議」 (現在の 「日本会議」 の前身の一つ) は1982年10月、教科書を批判しているだけでは事態は変らないとして、日本国民の教育に相応しい、高校用の日本史教科書を編集する方針を決めた。教科書は、「新編日本史」 として原書房から発行され、1985年度の文部省検定を受けた。

1986年5月24日の 『朝日新聞』 は、社会面の見開き2ページを使った大きな教科書関連記事を掲載した。見出しは 「゛復古調゛の日本史教科書/日本を守る国民会議/高校用作成めざす/原稿本で教育勅語礼賛/建国神話・三種の神器も」 というものであつた。 「日本を守る国民会議」 の『新編日本史』 が恐ろしく右翼的な教科書であるかのような印象を与えるための誹謗記事であった。その記事は、文部省の教科用図書検定調査審議会(検定審) の内部でも疑義が出て紛糾していると伝えていた。しかし、まだ、検定作業中で、国民の誰も知りえない教科書の内容を、一新聞社が勝手に暴露して批判し、検定結果に影響を与えるキャンペーンをはるというのは、かってないことだった。

その記事はただちに韓国・中国の反発を招いた。むしろ、それをあてにして、外圧を誘導するために書かれた記事であるといってもよかった。朝日の記事がでてから三日後の検定審では、それでも 『新編日本史』 の合格を決定した。日本政府は、中韓に対しては、その教科書はまだ検定作業中であると答え、文部省に対しては、再検討を命じた。こうして、正規の手続きで検定に合格した教科書に対し、以後四回にわたって、文部省から違法・不当ともいうべき超法規的な修正要求が繰り返された。

小堀桂一郎  「正論大賞」 受賞記念論文
『自らの歴史を自らの手に取り戻すために』 近隣諸国条項を廃棄し、自律への路を歩め
雑誌 「正論」 平成十三年三月号 より。

はじめに
昭和五十七年は忘れもしない 「教科書検定虚報事件」 の発生した年で、六月末から九月上旬にかけての、あの長く暑かった夏の記憶は今でもありありと脳裏に再現できるほどに鮮やかである。でも本年から数へてみればあれは十九年もの昔の出来事だった。

二十年に近い、この短からぬ年月を、我々日本人はあの忌まわしい虚報事件の後遺症に悩まされ続け、そして昨平成十二年の秋の外務省による教科書検定介入事件の如くに、今でもあの呪ひに祟られて苦しむといふ事態が生じもする。感慨なきをえない。
平成十二年秋の事態を、仮に 「中学校歴史教科書検定不合格裏工作事件」 とでも、長い名をつけて呼んでみるとして、この事件と、昭和五十七年夏の 「検定虚報事件」 との間にどの様な因果関係があるのか、そもそも二十年近い歳月を距てて二つの事件がいったいどの様な繋がりの糸で関係づけて論ぜられるのか、少し若い世代の人々にはその辺の事情が最早つかみにくくなっているといふこともあるのではないか。先行する世代の、且つ当事者の末端にともかくも位置していた者の一人として、そのあたりの事情を、次代への中継的地点に立って語り遺しておく義務の如きものがあるのではないか。さう考へて、偶々寄せられた、何か回想記風のものを、との編集部の求めに応じ、二つの事件を結ぶ脈絡とそれへの考察、及びそこから我々につきつけられてくる時務の要求とについて、思ふところを記しておきたいと思ふ。

・・・・・七月二十九日以降、当時の文部省初等中等局長は、検定により 「侵略」⇒「進出」 書き換への指示は事実として存在しなかった、新聞の記事は誤報であるとの旨を、参議院文教委員会等で数回にわたって言明している。そのことは前引の八月十日の新聞報道 (「文部省見解」) を注意深く読めば読み取れるのである。そして 『それにも拘わらず』 八月二十六日に至って、あの禍々しい 「内閣官房長官談話」 は出され、日本政府の責任に於いて教科書記述を是正させる、との約束が中・韓両国政府に通達された。

その官房長官・宮沢喜一の犯した罪 (内閣法及び国家行政組織法に違反の疑ひ、そして 「外患誘致」 といふ明白な国家反逆の行為) については、本誌 「正論」 平成九年三月号の拙論 「「漢奸」の精神病理」 の中で、筆者が平生自らに加へているたしなみの埒を大幅に越える口調で糾弾しておいたのだが、勿論文章上の非難弾劾ですむことではない。
爾来二十年に及ぶ日本の教育界への外圧といふ禍害は全くこの時のこの人物の売国的行為に淵源するものである。外交に於ける失策 (しかも意図的な) の責任が個人に対して問はれることがない、この倫理的鈍感の精神風土は昭和十六年十二月七日朝のワシントンに於ける日本大使館の大失態以来、依然として日本国のアキレス腱であり続けている。今後の日本国が是非真剣に考へておかねばならぬ検討課題である。

(二) 「近隣諸国条項」 の呪ひ
昭和五十七年の忌まはしい虚報事件から結果として二つの性質の異なる事態が生じた。一つはこの節で取り上げる 「近隣諸国条項」 であり、他の一つは次節で論及する、自前の歴史観の上に立脚した高校用歴史教科書制作の運動である。
五十七年八月の後半に入って、問題の焦点は文部省と外務省との対立といふ形に絞られてきた。文部省は、当然ながら、検定済教科書に更なる記述変更を要求するのは検定制度の根幹を揺るがすものだ、とて強く抵抗する。外務省では桜内外務大臣が先頭に立って、「首脳」 と称される人々が <近隣友好諸国との相互信頼> <早急に姿勢を正すことが必要> 中・韓両国の国民感情を <]軽く見ると大変なことになる> 等の表現で間接的に記述の変更を主張する。文部・外務両省の対立は、互ひにゆずらぬ形で二週間ほど続くのだが、そこへ八月二十六日の官房長官談話が、簡単に言へば外務省の主張に同調し、これに裏付けを与へる形で発表されたわけである。
談話のポイントは四節に分かれた全文の第二節の末尾にあり、当時の新聞紙面から直接引用してみると、 <・・・・我が国としては、アジアの近隣諸国との友好、親善を進める上でこれらの批判に十分耳を傾け、政府の責任において (引用者注、教科書の記述を) 是正する> といふものであるが、これが要するに日本国の教科書記述を支配せんとする外圧への無残な屈服の表明に他ならないことは、現在のどんな若い読者でも直ちに理解されるであらう。
ところでこの談話は次の第三節の冒頭に以下の如き、恥辱の上塗りとも称すべき対敵迎合的な約束を付け加えていた。曰く、<このため、今後の教科書検定に際しては、教科用図書検定調査審議会の議を経て検定基準を改め、前期の趣旨が十分実現するよう配慮する。

これが問題の 「検定基準」 への 「近隣諸国条項」 追加の根拠となった提言である。ここまで読んで下さればおわかりと思ふのだが、この条項の起草・添加は別に中・韓国の要求に発したわけではない。相手は現行の日本の歴史教科書の記述を 「友好」 的なものに改めろ、と申し入れてきたまでである。
だが官房長官は相手の要求の範囲を越えて、将来の日本の教育界での教科書制作にはめられることになる手枷・足枷を、自ら進んで相手に提供し媚び諂ったのである。何故そんなことをしたのか。それは九月に予定されていた鈴木善幸首相の訪中の旅を円滑に進め、官房長官としての面目を立てんためである。つまり私利を図って国家の名誉を売ったのである。
今、筆者の手元には昭和五十七年十一月二十五日付の 「文部広報」 第七四七号といふ資料がある。此を見ると前記の官房長官談話が僅か三箇月のうちに 「近隣諸国条項」 の検定基準への添加として結実した経緯がよくわかる。かいつまんで言へばかうである。

八月二十六日の官房長官談話を受けて、当時の鈴木内閣の小川平二文部大臣は、九月十四日付で 「教科用図書検定調査審議会」 に対して、「歴史教科書記述に関する検定の在り方」 について諮問した。九月七日のサンケイ新聞の報道で、一連の紛糾は要するに誤報に基くものだと判明したにも拘らず、である。検定審議会の方も亦誤報のことは聞かなかったの如き態度でこの諮問についての審議にとりかかり
二箇月後の十一月十六日に文相に答申を提出した。(余計な注釈かもしれないが、この時の検定審議会に 「外務省枠」 で加はっていたのが、後に今上天皇御訪中に際して、「お言葉」 の中で 「謝罪」 の意を表明せよと立論したN元大使である)この答申に基づいて小川文相は十一月二十四日付の 「文部省告示」 で、義務教育及び高等学校用図書検定基準の一部改正を布告し、「教科用図書の内容とその取り扱い」 と題する章節十四項の次に第十五項として以下の一項を加へ、この告示は <公布の日から施行する> とした。曰く、<(15)近隣のアジア諸国との間の近現代の歴史的事象の扱いに国際理解と国際協調の見地から必要な配慮がなされていること> と。
八月下旬に頂点に達していた文部省と外務省の嶮しい対立を当時の新聞(サンケイ) 紙面で辿り返してみると結構面白い。文部省側は、<いま省内には、外務省に対する恨みつらみが渦巻いている> と書かれ、<外務省に頼んだのが間違いだった。・・・外務省は単なる取次ぎ機関だ > といふ文部省高官の言葉が記事になっている。実際我々市民の眼には日本外務省は国の外交を司る機関ではなく、中国からの日本攻撃の取次ぎ所にすぎないと見えていた。一方 <しょせん文部省は二流官庁。事の重大さをわきまえていない> といふかなりきはどい外務省幹部の放言もしっかり記事になっている。

小川文相は外務省の検定介入に徹底抗戦の構へで、八月二十五日には、政府までが外務省の方針に同調するならば自分は辞任する、とまで表明していたのだが、翌二十六日の官房長官談話に接して辞表を叩きつけたのかと思ふとさにあらず、前引の如く、いつのまにか変心して十一月下旬には自らが検定制度に大きな傷をつけたその下手人となっているといふ不思議さである。
かうして、九月七日付のサンケイ新聞の画期的なおわび広告によって問題紛糾のそもそもの端著が新聞の誤報にあったことが判明したにも拘らず、何とも不思議な経路を辿って 「近隣諸国条項」 は成立した。その成立を自ら要求したわけでもない近隣の両国は、教科書に関はる紛糾が出来する度毎に、十分この条項を利用してその旨味に悦に入っている。

(三) 「新編日本史」 の編纂
五十七年夏の事件は、教育界の枠をはるかに越えて、政治・外交・社会問題としての広汎な関心を民間に喚起した。現在の 「日本会議」 はその頃は 「日本を守る国民会議」 と 「日本を守る会」 との合併以前で、筆者は前者に属していたが、この年の十月三十日に行はれた同会議の 「教科書問題を考へる懇談会」 に出席し、発言もした。黛敏郎氏がまだお元気で運営委員長を務め、自らも常に先頭に立って積極的に行動してをられた頃のことである。
この日懇談会に出席された方のうち二十人の発言録がいま筆者の手元にあるが、黛氏はじめ既に物故された方も何人か居られ、或る、或る種の感慨なきを得ない。夏の事件の衝撃を受けて様々な意見開陳がなされているが、その中に、かかる状況の打開策として最も建設的なのは我々 (「日本を守る国民会議」 を指すとの共通の了解がある) 自身の手で、自らの納得のゆくような教科書を制作することではないか、との意見が見えている。筆者自身もそれを述べた記憶があるが、改めて発言録を検して見るに、そのことを最も明快に、且つ具体的に力強く主張されたのは、当時皇學館大學の学長の任に在られた田中卓博士である。博士は同時に、日本史を社会科の枠からはづして独立させよとも述べられてをられる。これはやがて実現した。又高等学校に関しては学習指導要領だけを残して自由化(検定なし) せよとのお説もでている。

・・・原書房刊の 「新編日本史」 (現在は図書刊行会刊 「最新日本史」 といふ形をとっている) に関して、筆者はよくその執筆者の一員と思はれているがさうではない。むしろ序文として入れるはずだった 「日本の史学の歴史」 といふ章の原稿が没になった記憶がある。筆者が務めたのは 「監修」だが、これがどういふ役割かといふと、要するに本文の全体を、読みやすい校正刷りになった段階で校閲し、必要とあらば本文の欄外に入朱訂正を施し、疑点や異議を覚えた箇所にコメントを書き込んで執筆者にもどす、といふ作業である。往々に 「監修」 といふと学会のその専門学科の有力者が 「監修者」 として名前を貸すだけといふ例がある様だが、「国民会議」 の教科書と筆者の場合そんなことはしていない。だから見本本完成のの後、文部省教科書調査官の検定意見を拝聴するために、編集主任の朝比奈正幸氏と共に調査官の許に赴き、問題が紛糾してからは執筆者代表の如き顔をして文部省との交渉にも当たったのである。
昭和六十年の九月半ばには、この日本史教科書は一応所謂 「白表紙本」 の形にまで仕上がり、検定審議会に提出するところまで漕ぎつけた。ささやかな内輪の祝宴を催した記憶もある。編纂の総監督ともいふべき役を務められたのは、その十年ほど前に文部省の主任調査官を辞任された、「家永教科書訴訟」での国側証人として有名な村尾次郎氏だった。村尾氏は後に、一介のドイツ語教師だとしか聞いていなかった汝が国史教科書制作にのり出してきて、しかも結構働くとは全く思ひがけない面白い出来事だった、とて笑はれたものだ。

明けて六十一年の一月末に条件付合格の判定が出、その条件を満した内閣本について、三月彼岸の頃に文部省で二度目の検定意見の伝達といふことあり、私は朝比奈氏と共に文部省に出向いて調査官の意見を聴き、白表紙本に細かくメモを書き込んで修正・改善のための覚えとした。念のために記しておくが、調査官A氏の検定意見は、まさにこの教科書をよりよきものにするための適切な助言の趣に終始し、我々も時に反論や異議を呈しながらも概して穏やかに、相互の意見の妥協点を双方から模索する様な形で訂正要請・勧告に応じていたものである。検定意見の聴取、それに基づいての訂正結果の提出、といふ段取りを踏んで、あとは判定結果の通知を待つのみ、といふ状況になっていた時、奇妙なことに、忘れもしない、、合否判定の発表を三日後に控えた六十一年の五月二十四日であるが、朝日新聞が我々の 「新編日本史」 編纂事業のことを報道した。検定結果の公表以前であるから所謂白表紙本は部外秘の秘密扱ひのはずであるが、朝日新聞はそれを入手し、内容を知っているらしかった。
但しこの第一報を見た時、我々は多少迷惑な扱ひとは思ったが、むしろ話題にしてくれて有難い、といふくらいに暢気に構へていたのである。ところが三日後の五月二十七日、検定結果が公表され、我々の教科書の 「内閣本」 が 「合格」 と決定してからその後がいけなかった。六月に入ると朝日新聞による 「新編日本史」 非難の論調は次第に激しくなり、「復古調教科書」 と銘打って様々な攻撃を加へるようになった。(「復古調」 の刻銘は我々の嬉しく首肯するところであったが、朝日新聞の感覚ではこれが誹謗の意味になるらしかった)。その誹謗に応じてサンケイや世界日報が論説と投書欄とで新教科書擁護の論陣を展開してくれ、なかなかに賑やかな状況を呈することにもなった。或る人の調査によると、六月初めから約四十日間、朝日新聞に 「新編日本史」 非難の記事が載らない日はなかったそうである。

しかし、六月の半ばになって、既に検定合格が決定したこの教科書に対し、文部省が本文に六箇所の再修正を要求してきた時には、我々は或る不吉な予感をいだいた。合格後の再修正要求は、五十七年の事件の時には、文部省が、検定制度の根幹を揺るがすものとして、外務省と嶮しく対決する、その争点となった重大問題である。それを今度は文部省が先に立って我々に要求してきている。いづれ背後には外務省が居るのだらうと思はれたが、文部省は外務省と対決するどころか、今度は自らが外圧の取次ぎ機関と化して我々に検定原則違反の記述修正要求をつきつけてくる、といふ形になったわけである。実は五月三十日にも文部省からの再修正要求はあった。ただ我々はそれを訂正洩れになっていた字句の正誤の追加くらいに考へて、それほど重大には受け取らなかった。(中に一箇所、単なる正誤ではない資料の削除要求があった。これは既に 「違法検定」 であった) しかし六月十日の再修正要求は全てが明らかに記述内容に関はることだったから、我々は大いなる疑惑を感じ、緊張した。ことに調査官が、この再修正要求は五月二十七日の合格決定公表以前の段階で出たことにしてもらいたい、といった小細工を弄したことで、逆にこの裏面に何かよからぬ裏工作があるらしいことを推測した。後でわかったことだが、六月七日に中国外務省は北京駐在の日本大使に 「新編日本史」 の合格に抗議する覚書を手交している。こま時彼等がこの教科書の白表紙本を手にしてその内容に眼をふれていたとはさすがに考へられない。朝日新聞の非難の論調に接して、間接的に、これは間違った歴史認識を含む教科書だと判断したとする他に考へられない。

とにかく、当時の総理大臣中曽根康弘首相氏は、この覚書に忽ちしゅう伏した。そして後藤田正晴官房長官を通じて海部俊樹文相に、北京の意向に沿ふ形でこの教科書の記述を修正させよ、と指示した。文相は、それは検定制度の破壊であるとて抵抗するどころか、唯々諾々と首相の意を奉じて、十日の編者側への再修正要求に及んだのだった。この外圧に屈しての違法の再修正要求の件は、六月十八日に中曽根氏が遊説さきの鹿児島での記者会見に於いて、自分が命令したものであることを自ら白状し、翌十九日の各紙の紙面で大きく取り上げられた。サンケイは社説(「主張」)で 「外圧に屈した教科書検定」 と題する厳しい批判を掲げ、「サンケイ抄」 は中曽根首相を名指して、四年前の土下座の醜態の再演、と断じた。

この段階では朝比奈正幸氏と筆者とが専ら執筆者代表といふ形をとり、国民会議事務局の松村俊郎氏が常に随行陪席して文部省との連夜の交渉に当たったのだが、殊に七月三日の交渉は遂に夜を徹して続き、四日の朝、家庭を持って初めて朝帰りなる経験をしたのも忘れ難い記憶である。呆れたことに、この第三次修正要求に対応しての交渉の最中に、それにかぶせる様にして第四次修正要求が持出された。これは検定審議委員の中の一部の左翼的イデオローグから出た 「便乗要求」 といふものだといふことが後で判明し、その浅ましさに実にやり切れない思ひをした。私はこれを断固拒否する態度に出たのだが、この強硬さ故に、最後の一点で新教科書の合格がふいになるのではないかとの心配も生じ、黛氏、村尾次郎氏に大いなる御心労をおかけすることになったのは何とも不本意なことだった。
そして何と言っても文部大臣が判子をつかなければ教科書の検定合格は公認されないのだぞといふ脅迫的言辞が間接に伝へられたことで、筆者のこの人物の卑しさに対する不快感は絶頂に達した。決してその脅迫に屈したわけではないが、妥協に妥協を重ねた形で、七月七日に 「新編日本史」 は最終的に検定合格の認定を得ることができたのだった。・・・

此度の外圧検定事件は、教科書検定制度といふ国の法秩序の一環を、総理大臣、内閣官房長官、外務省が先頭に立って破壊しようとし、この制度をまもるべき責務を負うている文部省に又その責任を果たそうとする意志も勇気も無く、ひとり私共執筆者側の方が検定制度の理念と実施の準則を守ろうとした、さういふ構図になっていたのである。。私共検定を受ける側が検定に抵抗したのではなく、逆に検定の 「あるべき様」 を守ろうとし、且つ守り抜く辞意を明示した。その点で、かの家永訴訟とは正反対の、といふか裏返しの構図である。但し、編纂総監督の村尾次郎氏にしてみれば、家永訴訟の時と比べて、文部省の内側にいるか外側にいるかの位置の違ひがあるだけで、教科書検定制度の理念と倫理とを守るといふ姿勢に於いては見事に首尾一貫していたわけである。その点では全く志を一にしていたはずであるのに、私の対文部省姿勢が強硬に過ぎたために、汝が全てぶち壊しにしかねない、とてこの大先輩には心ならずもひどく御心労をおかけしてしまった。

事件全体を振り返って総括してみると、一言で言へば、かうした 「復古調」 教科書の出現を憎んだ国内の所謂 「反日勢力」 が、外圧を導入してこれを外交問題化し、出版を阻止しようとし、そしてある程度までそれに成功した事件だった、と捉へることができよう。外圧自体の発源地はもちろん北京政府だが、これの介入を認めてしまったのが、総理、官房長官、外務省といふ国政の最高レベルを貫く権力線なのだから始末が悪い。国権行使の最上層部がどうしてかくも簡単に北京の恫喝に屈服してしまったのかといへば、当面の外交上の思惑といふことももちろんあるが、結局は 「近隣諸国条項」 にひそむ呪縛力の故である。七月四日のサンケイ新聞も <今回の教科書問題では、政府首脳と外務省が四年前の教科書騒動のあとの宮沢官房長官談話をタテに、終始、文部省に ゛内圧゛ をかけ、これに屈した文部省が検定審議抜きの ゛違法検定゛ を行っている図式がはっきりしてきた> と書いているし、中曽根総理、後藤田官房長官共に、ーー北京からの申し入れは明らかに内政干渉であるが、四年前の宮沢談話が国際公約の正確を有している故に、外圧の受け入れは已むをえない、との趣旨の談話をしていたことが紙上に報ぜられている。その宮沢談話は 「検定基準」 の中の 「近隣諸国条項」 として成分化されているのだから、所詮教科書問題をめぐる外交折衝に於いて日本の手足を拘束しているのは問題のこの条項である。

このことはこの昭和六十一年の事件の際にもちろん既に痛切に認識されていた。渡部昇一氏は七月七日のサンケイ新聞長官 「正論」 欄で後藤田官房長官談話に対する反論の形をとって、明快に、宮沢談話は 「日中共同声明違反」 である故に無効、北京政府からの抗議はその前提が誤報の上に立っているものである故に撤回させるべきである、との論を展開され、七月九日には社説 (「主張」) が、「『官房長官談話』を見直せ」 との標題で、四年前の政府見解は誤報の土台の上に出されたものであるから、「無効」 を宣すべきだ、と説いた。洵にその通りである。しかしながら、この二つの主張はいづれも、政府によって顧みられることなく、輿論の広汎な支持を得るにも至らなかった。国家の 「あるべき様」 に関しておよそ道理といふものが通用しないといふ点で、昭和六十年前後の日本は昭和二十年秋から昭和二十七年にかけての米軍による占領下の日本と大して変らなかった。占領者が異国の軍隊ならぬ国内の反日勢力である点が違ふといふだけのことだった。

(四) 平成十二年秋の教訓から
・・・「新編日本史」 の編纂 ・制作は別に秘密にしたわけではなく、ただ世間に注目されることもないままに進んでいたただけのことであるが、「つくる会」 の運動は大勢の支持者・賛同者を募って華々しく首途をしたのだから、自然反対陣営の探索の眼も嶮しくそこに注がれていたことだろう。そこで 「つくる会」 の教科書の白表紙本の部外者への流出といった不祥事も、殆ど起こるべくして起こったことと言へる。十二年の七月末に毎日・朝日の両紙が二種の新教科書のうち 「公民」 の方について、部外者が知るはずのない内容の一部を捉へて、反対陣営からの非難を唆す様な記事を載せた時、やはり来るものが来たな、との感想が浮かんだだけだった。
暴露と中傷はやがて歴史教科書の方にも及び、九月には白表紙本が外部に流出したことを窺はせる内容記述への批判が共同通信から全国に配送され、九月中旬には朝日・毎日両紙が同様の非難の記事を掲載した。新聞紙の記事が又しても外圧導入の呼び水となるといふ、図式は十四年前の昭和六十一年の事件の時とおなじである。

外圧はやはり北京に於いて発生した。前回にこの外圧を中継し増幅して文部省経由で執筆者側に伝へてきたのは外務省ー総理ー官房長官の線であったが、今回は少しく不思議なことに、文部省内部に直ちに外冠への呼応の動きが生じた。文部省内部といってもそれは 「教科用図書検定調査審議会委員」 歴史部会委員の一人に外務省出身者が居り、この人物が対敵内応の発動者だったのだから、或る面から見れば外圧導入の中継はやはり外務省が行ったのだと見てもよい。やがて外務省には不正工作への組織ぐるみの関与があったと見做されるに至った所以である。
この人物が既に周知の通り元インド大使で現在日中友好会館副会長 (会長は後藤田正晴元官房長官) の地位にある野田英二郎氏であるるこの人のことは産経新聞の本年一月十二日の第三面に、新聞記事としてはおそらく最大限であらう、その経歴と思想と過去の各種の発言にわたっての紹介があるので、本誌ではとくにふれない。不合格工作事件の十月中旬までの経過を詳述して河野洋平外務大臣、後藤田元官房長官、野中広務自民党幹事長等の売国奴的行動を厳しく糾弾した西尾幹二誌氏の論文 「汝ら、奸賊の徒なるや!」 (「諸君!」十二月号所載) にも野田氏のいかがはしい過去についての十分な情報が提供されている。

以上、近隣諸国条項について長い文章を書きましたが、今尚、「近隣諸国条項」、撤廃に反対する、私が、支那・中共の三下、下っ引き、人民日報築地出張所と呼ぶ、
《朝日=築地カルトチョーニチ》、なるものがいかにタチの悪い憎日新聞であるかよくご理解いただけたと考えます。



2015/04/12(日) 12:19 | URL | 町工場の親方 #-[ 編集]
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このコメントは管理者の承認待ちです
2015/04/12(日) 11:42 | | #[ 編集]
No title
 さっそく、支援をしました。
 応援しています。子ども達が正しい情報を得て、日本に生まれたことを誇れるようにしたいです。
2015/04/12(日) 11:42 | URL | えっちゃん #-[ 編集]
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2015/04/12(日) 10:31 | URL | 愛信 #EBUSheBA[ 編集]
No title
教科書も大切ですが、今の子供はネット環境で育つので事実を知る子が意外に多いようです。
 中学生くらいになるとサッカー関係を検索しているうちに韓国選手の日本への暴力行為を目にした子の多くはネットサーフィンで韓国の正体に気づいて超嫌韓派になります。
 そして教師やテストの解答に「支那や南朝鮮」と表記しては学校側が問題として指導するようですが、中には「公人である石原元都知事が公の場で支那と言っているのですよ?韓国は英語ではサウスコリアですよ?何が間違っているんですか?」と超正論を言う生徒もいて学校は頭を抱えているそうです。

しかもこれが小学生にも広がってきていて、ネットによって小学生が韓国が日本にしてきたことを大人よりも学んでしまい、「朝鮮人は絶対ゆるさない。断絶しないといけないな。(本当は滅ぼさないと)」と言ってるそうです。

今や、ネットでの事実の拡散力はものすごいのです。皮肉な事ですが、ネットに接する時間が多いニートの方や子供たちの方が実社会の中で働く大人よりも事実を掴んでしまうのです。
2015/04/12(日) 08:46 | URL | 鬼子 #-[ 編集]
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2015/04/12(日) 07:14 | | #[ 編集]
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小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
静岡県出身。国史啓蒙家。倭塾塾長。日本の心をつたえる会代表。日本史検定講座講師&教務。
連絡先: nezu3344@gmail.com
著書
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』第1巻〜第3巻
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』
日々、先人たちへの感謝の心でブログを書き綴っています。それが自分にできる唯一のお国への、先人たちへの、そしていま自分が生かさせていただいていることへのご恩返しと思うからです。こうしてねずブロを続けることで、自分自身、日々勉強させていただいています。ありがたいことです。

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