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鍛え上げられた陸軍将校の凄味

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根本博中将


6月21日の「青葉慈蔵尊」にまつわる従軍看護婦の話、22日「お町さん」、23日「あきこさん」と三話連続で女性たちのお話をさせていただきました。
負けるということが、どれだけ弱い者や女性たちにとって過酷なものとなるのか。
これらの物語は、そのほんの一例にすぎません。

そこで今日は、根本博陸軍中将のお話をさせていただきたいと思います。
ここまでで今回は4部作となります。
この4部は連作で、今日が完結編です。

根本中将は、終戦時に支那派遣軍司令部の命令にあえて背き、駐蒙軍の武装を解かず、また北支方面に展開した後も、武装したまま北京に駐屯しました。
ソ連にも、支那国民党軍にも、もちろん支那共産党軍にも屈せず、どこまでも軍を保持して敵を撃退し、敵方からは「戦神」として恐れられる存在となりました。

そのおかげで、蒙古方面にいた4万の日本人居留民、北支方面にいた35万人の日本人居留民、そして台湾金門島の戦いにおいては、かつての敵である国民党軍を指揮して台湾1千万人の命を救っています。

考えてみれば、単に軍の敗北を認めただけのポツタム宣言受諾が、結果として日本国の武装解除となり、日本の武装が解かれたことを良いことに、GHQや三国人を自称する支那朝鮮人によって、日本国は好き放題に蹂躙される結果を招いています。
いまはほとんど語られることもなくなりましたが、終戦直後においては、日本国内で市内を歩く普通の日本人女性が白昼、我が子が見ている前で陵辱されるといった事件も当時、頻発したのです。

こうしてみると、それらは単に「負けたから起きた」ということではなくて、日本が「武装を解いたから」事件が起き、女子供が蹂躙されたということがわかります。

いま国会において、自衛隊は違憲だとか、戦後の平和は日本が9条を守ったからだとか、愚にもつかない屁理屈を並べ立てている人達がいますが、彼らはいったい何をしたいのでしょうか。
何を目的としているのでしょうか。
日本をどうしたいのでしょうか。
日本人の安全を、彼らはどのように考えているのでしょうか。

そんなことを考えながら、以下の文をお読みいただければと思います。


これは旧陸軍士官倶楽部である偕行社の機関紙「偕行」に掲載いただいた論考です。
いつものブログと文章が違いますが、そのまま掲載したいと思います。

 *****

『鍛え上げられた陸軍将校の凄味』
 偕行2013年3月号掲載 小名木善行

鍛え上げられたひとりの将帥の鉄の意思と行動が、ときに何千、何万という幾多の命を救うという話を書いてみたい。
偕行でも過去何度か採上げられている根本博陸軍中将のことである。

根本中将は、陸士23期で、終戦のときには駐蒙軍司令官として内モンゴルにいた。
このときの顛末については、偕行19年10月号の中山隆志氏の論文に詳しい。
以下概略を述べると、終戦後にソ連の機械化旅団が攻めて来た。
駐蒙軍は軍使を出して2日間の猶予を願った。
4万人近い在留邦人(民間人)がいたからである。

けれどソ連は聞き入れなかった。
一方では支那派遣軍から「即時停戦、武装解除」の命令が来ている。
このとき根本中将は一つの決断をしている。
「民間人を守るのが軍人の仕事である。その民間人保護の確たる見通しがない状態で武装解除には応じられない」
「理由の如何を問わず、陣地に侵入するソ軍は断乎これを撃滅すべし。責任は一切司令官が負う」との命を発したのである。

前掲の中山氏の文を引用する。
「この決意を聞いた丸一陣地の将兵の士気は一気に高揚した。既に祖国の敗戦を知りながら、邦人を守るために戦うのである。20日午後及び夜間に、ソ蒙軍が攻撃してきたが反撃して撃退した。21日は各方向から一部陣地内に突入したソ蒙軍と白兵戦を交え、奪還攻撃をかけ、迂回して陣地後方要点を占領しソ蒙軍を撤退」させた。
そしてこの日の夕方には、張家口に集まった邦人全員の引揚げを完了させている。
この戦いで戦死・行方不明となった70名は顕彰されることはなかったが、間違いなく駐蒙軍は、4万人の命を救ったのである。

戦いに先立ち、根本中将は居留民避難のための列車を手配をしている。
各駅にはあらかじめ軍の倉庫から軍用食や衣類をトラックで運ばれた。
避難民たちが衣食に困ることがないようにしたのである。
おかげで内モンゴルから脱出した避難民には、他の地域にみられたような悲壮感がない。
当時、張家口から脱出した当時25歳だった早坂さよ子さんの体験談には次のように記載されている。

「張家口はソ連邦が近いのでソ連兵が迫ってくるという話に戦々恐々とし、5歳の女子と生後10カ月の乳飲み子を連れてとにかく、なんとか日本に帰らねばと思いました。駅に着きますと貨物用の無蓋車が何両も連なって待っており、集まった居留民は皆それに乗り込みました。張家口から天津まで普通でしたら列車で7時間位の距離だと思いますが、3日間かかってやっと天津へ着くことが出来ました。列車は「萬里の長城」にそって走るので、長城の上の要所々々に日本の兵隊さんがまだ警備に着いていて、皆で手を振り、兵隊さんたち、無事に日本に帰ってと祈りました。」

同時期、他の地域では、在留邦人が女子供ばかりのところを襲撃されて皆殺しにされたり、ソ蒙軍の兵士から暴行を受け、あるいは地元民に襲撃されて所持品から着衣まで奪われたりしている。
そうした情況からすれば、張家口からの邦人避難民が「手を振りました」とは、もちろん難民としてのご苦労や不自由はあったろうけれど、いかにもみやびなことである。
そしてこれをなし得たのは、間違いなく軍の将帥としての根本中将の断固たる意思と、その将を信頼して勇敢に戦った兵士たちの活躍にある。

ちなみに8月21日、ソ連軍を蹴散らした根本中将指揮下の駐蒙軍は、夜陰にまぎれて撤収した。
列車は全部民間人避難のために使っていたから、自分たちは徒歩で帰還したという。
どんなに情況下にあっても、助けるべき者を助け、命をかけて戦い、自分たちは最後に帰投する。
強いものほど苦労する。
これこそ古来変わらぬ日本の武人心である。
こうして邦人4万人の命が救われたのである。

内モンゴルでの戦闘に勝利した根本中将は、軍装を解かずにそのまま北京に駐屯している。
中将はそのまま北支方面軍司令官兼駐蒙軍司令官となる。
根本中将のもとに、今度は北シナに残る軍民合わせて35万人の命が置かれたのである。

当時のシナは、まだ蒋介石の国民党が幅を利かせていた時期である。
しかし大戦勝利者を気取る蒋介石も、根本中将率いる北支軍には手が出ない。
北支軍が断固武装を解かないからである。国民党軍の小競り合いや、ソ連の支援を得た八路軍との銃撃等は無数に起こったけれど、根本中将に率いられた北支軍は、どの戦いでも敵を完膚なきまでに叩きのめしている。
すでに北支方面軍は装備も不十分、弾薬も底をつき出しているはずなのに、である。
次第に根本中将の存在は、国民党軍や八路軍の中で、恐ろしい「戦神(いくさがみ)」と呼ばれる存在となっていく。
天帝に見出された「戦神」には勝てない。これはシナ人の伝統的思考である。

だからこそ蒋介石は、昭和20年12月18日、直接根本中将と交渉を持った。
根本中将にしてみれば、武装の目的は邦人保護と無事な日本への復員である。
断る理由はない。
むしろ両者の争いを早急に終わらせ、国民党の協力を得るのが得策である。

はたして蒋介石は、
(一)北支軍とは争わない、
(二)日本人居留民の安全と、無事な帰国のための復員事業に積極的に協力する、
と約束してくれたのである。

このとき根本中将は、蒋介石の協力に心からの謝辞を込めて次のように語っている。
「東亜の平和のため、そして閣下のために、私でお役に立つことがあればいつでも馳せ参じます。」
この結果、在留邦人の帰国事業は、約1年で全員無事に完了した。
根本中将は、昭和21(1946)年7月、最後の船で日本に帰国した。
こうして北支にいた35万人の邦人の生命が守られたのである。

以下は、主として門田隆将著『この命義に捧ぐ』によって知ったことを書きたい。
ある日、根本中将は普段着のまま、釣り竿を片手に、妻に「釣りに行って来る」と言い残して家を出た。
行方のわからないまま、三年後に帰宅した中将の手には、家を出たときのままの釣り竿が握られていた。
三年の間に何があったか、中将は何も語らない。
家族にも語らない。
友人にも語らない。
そしてそのまま昭和41年、74歳で永眠されている。

この三年間の事情がわかったのは、中将の死後20年近く経った昭和60年頃のことである。
実は家を出た根本中将は、蒋介石との「私で役立つことがあれば」との約束を果たし、台湾で一千万の人の命を守っていたのである。

すこし背景を述べておきたい。
昭和24年といえば、日本は占領下、東亜はいまだ戦乱の中にあった頃である。
中共新政府が樹立され、人民解放軍と称する共産軍が、のべつあちこちで虐殺事件を繰り広げていた頃である。
その支那共産軍によって、蒋介石率いる国民党軍は支那各地で粉砕されていた。
敗退した蒋介石はついに国外脱出し、台湾に逃れていた。

この時点で蒋介石に残されていたのは、台湾本島と南支那海に面した福建省の港湾都市の廈門(アモイ)近郊だけである。
すでに米国も蒋介石政権を見放していた。
米国務省は「支那は共産主義者の手中にある。国民党政府はすでに大衆の支持を失っている」と公式に発言し、国民党への軍事援助の打ち切りを発表していたのである。

蒋介石は廈門(アモイ)を失えば、これで完全に支那本土での支配権を失う。
そして共産軍がその勢いで台湾に攻め込んで来れば、おそらくは国民党兵士は全員虐殺され、元日本人であった台湾人同邦一千万の命さえも、どうなるかわからない。

台湾にいた国民党は連合国の一員なのだから、共産軍が台湾まで攻めて来ることはあり得ないという人もいるかも知れない。
しかし共産軍は、翌年には連合国相手に北朝鮮と朝鮮戦争を戦っている。
相手が連合国であれ、おかまいなしである。
チベットに攻め込んだ共産軍は、チベット600万の人口のうち4分の1にあたる150万人を虐殺している。
そういう連中が、台湾にやってくるのである。

同じことがもし起こったとすれば、元日本人であった一千万の台湾人同胞は、すくなくとも二百万人以上が殺害され、台湾は中華人民共和国の一部となり、その後の文化大革命等でさらに人が殺され、21世紀となった今日においても、チベット同様に、若い女性が独立を訴えて焼身自殺を遂げる、そんな情況になっていたかもしれないのである。

こうした情況で、根本中将は単身、ひそかに漁船を用いて台湾に渡った。
これには戦前、第七代台湾総督だった明石元二郎氏の息子の明石元長氏も献身的に協力をしてくれたという。
戦後の混乱期の中である。
なんとかして中将の渡航費を秘密裏に確保しようとする元長氏の手帳には、「金、一文もなし」と書かれたメモが残されている。
戦後の焼け野原の混乱の中、渡航資金を確保するために奔走した元長氏の苦労が偲ばれる。
氏は中将を延岡の港から送り出した4日後、過労のためにお亡くなりになっている。
まだ42歳の若さであった。

他方、出港から14日かけて台湾に到着した根本中将は、途中の嵐と時化、船の難破などの困難によって、上陸したときには船はボロボロ、体もガリガリに痩せこけ、髭は伸び放題、まるで浮浪者のような姿だったという。
乙然ながら、根本中将は台湾警察によって不審な密入国者として逮捕投獄されている。
ここからの途中の経緯は紙面の都合で省略する。
投獄された根本中将は、その後蒋介石との面会を実現し、廈門(あもい)防衛隊の顧問を任せられたのである。

戦いの詳細については、『偕行』22年10月号の飯田正能氏の稿に詳しい。
ともあれこの金門島の戦いは、当時の中共軍にとっては、まさに「あり得ない」展開となった。
それまで中共軍は国民党軍に対して負け知らず、勝利の連続だった。
それが負けた。

理由は何か。
聞けば国民党軍には、日本人の「戦神」が付いたという。
日本軍の強さは当時の世界の常識で、その「戦神」とまで異名を取る陸軍将校が国民軍のバックについたというのである。
建国宣言したばかりの中共からみればまさに新国家への信頼さえ失墜させかねない恐怖の「戦神」である。

こうして中共軍の進撃は完全に止まった。
台湾から200キロ離れた金門島は、60余年を経た今日も台湾領である。
根本中将は蒋介石との約束を守っただけでなく、廈門の20万の命を救い、また台湾本島が戦場となることを防いで1千万の民衆の命を守ったのである。

戦いの後、台北に凱旋した一行を迎えた蒋介石は根本中将の手を握って謝意を述べた。
しかし中将は、
「シナ撤退の折、総統にはたいへんな恩を受けた。そのご恩をお返ししただけです」と静かに述べただけである。
そして結局この功績に対する報償を一銭も受け取らず、また日本で周囲の人達に迷惑がかかってはいけないからと、金門島での戦いに際しての根本中将の存在と活躍の一切を、公式記録からは全て削除してくれるようにとくれぐれも頼み、台湾を後にしている。
おかげで台湾国内でさえ、金門島の戦いは誰もが知っているけれど、根本中将の活躍については、誰も知らないという状態が続いた。

羽田に着いてタラップを降りる根本中将の手には、家を出るときに持って出た釣り竿が一本握られていたということは冒頭に書いた。
それはあたかも、「ただちょいとばかり釣りに行っただけだよ」といわんばかりの姿である。

なぜ中将は釣り竿を手にしていたのであろうか。
これについて私は次のように考える。
どんなに激しい戦地にあっても、途中にどんな困難があっても、そして何年経っても、決して家族のことを忘れない。
家族を守るために、自己の使命として働くのである。
その家族は妻子であり身内であり、そして家族としての日本である。
釣り竿はその証だったのであろうと思う。

立派なのは中将だけではない。
奥さんも実に立派である。奥さんも、いまなおご存命の娘さんも、そうした父の姿を咎めることをまったくしていない。
夫が行方不明の三年間、それはたいへんなご苦労があったことであろう。
しかもその三年間、夫がどこで何をしてきたのかさえも知らないし、わからない。
夫も語らない。

けれど、その夫が、何かお役にたつことをしてきたに違いない、その一点だけは信じられる。
信じられるから待てる。
だから問わない。
聞く必要もない。
知るべきことなら、いつか知る時が来る。そ
れまでは夫を信じるだけである。
これが日本の武人の妻である。
おそろしいほどの絆と信頼である。

冒頭に「暴力装置」の語を書いた。
根本中将とこれに従う武人たちの働きは、蒙古に4万の邦人の命を救い、北支では35万人の邦人の生命を守り、金門島にあっては廈門(アモイ)20万と、台湾1千万の命を守っている。保護している。
そして自らはそうした功績を一切誇ることもなく、何も語らず、一人の老人としてその生涯を閉じている。
これが鍛え上げられた昭和の陸士の姿である。

中将の鉄の意思と行動、そして氏を信頼し行動をともにした幾多の軍人たちによって、どれだけ多くの命が救われたか。我々はもう一度考えてみる必要があると思う。
これをもって正義でない、ただの暴力装置だというなら、いったい人の世の真実とは何をもっていうのであろうか。

世界の国々は、自国の武人たちのことを誇らしく顕彰している。
「自由の国」アメリカでも、アラモの砦を守った人たちのことを歌に、映画にして伝えている。硫黄島で戦った兵士たちを銅像にして讃えている。

硫黄島はアメリカ領ではない。
直接に自国を守るのではなくとも、外国との戦いに勇んだ軍人は誇りなのである。
いや、国防だけではない。永世中立国スイスは、あろうことかフランスのルイ王朝を守って戦い死んだスイス傭兵たちの武勲と節操をライオン像に託して残している。
戦って生きても、その戦いで死んでも、その栄誉は語り継ぐのが世界の国々の常識である。

日本だけがそれを止めた。
その結果、子どもたちは自分の国を誇ることを知らず、その子どもたちが長じて、国軍の長であることを知らず世界に恥をさらす政治家に育った。

聞くところでは偕行社には未だ陸軍籍の会員が5千人おられる。
是非、世に知られない先輩やご同期の、武勲や士魂を書き残して頂きたいと思う。
元幹部自衛官会員が2千人に達したと聞く。
防大や幹部候補生学校で日本の軍事史には通暁しておられるのだそうである。
是非、先人たちの顕彰を書き伝えて頂きたいと思う。
戦争だけでなく、イラクでも福島原発周辺でも、謙虚な現役に代わって自衛官の敢闘を讃えて書いて残して欲しいと思う。
偕行社ならそれが出来る。
それをしなくてはならない数少ない団体だからである。
それを訴えたく、僭越ながら寡黙だった将帥を採り上げさせていただいた次第である。

*****

末尾に「偕行社ならそれが出来る。それをしなくてはならない数少ない団体だからである」と書かせていただきましたが、もちろんこれは、偕行に書いた文であるからそのように書いたわけで、これをしなければならないのは、偕行社関連の方々ばかりではありません。
目覚めた人から、順次、その輪を広げていかなければならないことです。

そして、女子供が陵辱されたり殺されたりしたのは、冒頭に書いた通り日本が「負けたから」ではありません。
日本が「武装を解いたから」です。

いま国会で安保についての議論が行われていますが、大事なことは、
1 武装していること
2 武装した軍が、いつでも十二分にその能力を発揮できること
3 侮られないこと
この三つです。

従軍看護婦の集団自決も、お町さんも、あきこさんも、戦争の終わり頃からそのすぐあとくらいに亡くなった方々です。
けれど、考えてみれば、それらの事件と同様に日本の女性や子供たちが陵辱されたり殺されたりしている事件は、なんと平成27年のこんにちにおいても、まさに毎日のように新聞紙面を賑わしています。

戦時中や戦後すぐの混乱期の話ではないのです。
いま、この瞬間の現実なのです。
なぜそのようなことが起きるのか。
1〜3とも、いまの日本にないか不足しているからだと、私は思います。

国というのは、国民の生命と財産を護るのが、最大の使命なのではないでしょうか。
にも関わらず、国民が拉致されたり、島とはいえ領土を奪われたり、小笠原の海に漁民を装った人民解放軍が珊瑚狩りにやってきたり、国内で外国人によって女性や子供が殺されたり、それで国が機能しているといえるのでしょうか。

戦後すぐの時代、警察官は、在日朝鮮人によって、見つけ次第袋叩きにされました。
数多くの警察官が、そのために亡くなり、また警察署が焼き討ちに遭いました。
なぜそのようなことが起こったのか。
当時の警察官は、GHQによって武装を禁じられていたからです。

警察官が丸腰であれなんであれ、日本人なら警察官の言うことを聞き、指示に従います。
けれど在日にとっては、怖いのは自分が殺されたり怪我をさせられることだけです。
警官が丸腰なら、武装した在日朝鮮人にとっては、警察官は格好の標的だったのです。
あまりの横暴にGHQが、警察官に拳銃と警棒の所持を認めました。
するとどうでしょう。
その日を境に、警察官が襲撃される事件がひとつもなくなったのです。
そして在日朝鮮人たちは、「暴力反対」を叫びだしました。

国内だけでもこのような状態なのです。
まして海外に出れば、もっとえげつない弱肉強食があたりまえです。それが国際社会です。
日本が平和で繁栄を続けるためには、世界最強の武力と人材の育成をしなければなりません。
なぜ世界最強なのか。
最強であれば、襲われないからです。



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コメント
死して尚…
死して尚、我々に生きる勇気と力を与え続けておられます…
真の武士(もののふ)にごさいます。

ねずさん、いつも、ありがとうございます…
2015/06/27(土) 18:28 | URL | 竜仁 #-[ 編集]
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
2015/06/25(木) 03:53 | | #[ 編集]
マクロで見ると
根本中将の個人としての高潔な資質はよく分っている積もりですが、しかし日本に対して散々あこぎな事をし、現在でも台湾において国民党として日本に負のはたらきをしている相手に対し、貢献したということは大きくみれば敵に塩を送っただけという言い方も出来るし、それが果たして現在、台湾人でない、大陸から来た外省人にどれほど感謝の気持ちが持たれているのか疑問です。
2015/06/25(木) 00:27 | URL | AG #-[ 編集]
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
2015/06/24(水) 23:09 | | #[ 編集]
No title
わたしは、これだけネット言論が発達していてメディア関連の人達が保守系のブログ見ない、読まないなどとは考えられません。

読んで啓発を受けているのですが現状は覆せない。のではないかと、密かに予想しているのです。

何らかの変化待ち。
今迄抑えつけられていたものからの解放がある。
歴史をみればその転換点がありましたが、マスメディアのみなさんはその勇気がありますか。今迄、真実を伝えたいが否定された経験はありませんか。

それは、もうすぐ訪れます。勇気を出してください。
その人達を歓迎します。



2015/06/24(水) 20:31 | URL | 冷えたの阿礼 #-[ 編集]
戦後洗脳を解くとき
 稲田政調会長が戦後の東京裁判史観・日本悪玉論のくびきから日本人を解放するためのプロジェクトを始めてくれるらしい。根本中将のような精神を日本人が取り戻すための第一歩かもしれない。しかし70年間洗脳されつくした日本人が、正気を取り戻す道のりはどれほどのものになるのだろうか。暗然たる気分になる。
2015/06/24(水) 18:34 | URL | タイガー #-[ 編集]
No title
 諺に‘窮鳥懐に入れば猟師もこれを殺さず’といいます。
ましてや、同じ産土の年寄女子供を見捨てることは武士の名折れです。
戦神根本博中将は真の武士。
彼の麾下、将兵の士気が高かったのも容易に想像できます。
部隊は弱者のために持てる全てを使って殿を務め、多くの邦人を帰国させました。
また受けた恩は、ほとんど根本中将御一人で返しに、波濤を超えて小舟で台湾まで赴かれました。
 何のための力か・・・・力が無ければ守れない。
過年、自衛隊を暴力装置と呼んだ国会議員もいました。
国会周辺や沖縄米軍基地周辺で蠢く、自称平和活動プロ市民の方が暴力的なのが不思議です。
動画や画像で見ますと「軍は出ていけ、戦争反対」と言いつつ、海保職員や警官・意見を異にする人に暴言を吐き殴りかかり迫って来ます。
彼らこそ、法律無視の暴力装置に見えます。
2015/06/24(水) 15:31 | URL | やまとどくだみ #-[ 編集]
No title
根本中将が優れた指揮官であったことのひとつは、「責任は一切司令官が負う」と明言されたことではないでしょうか。このように言われたとき、部下はその命令にひたすら従うことが出来ます。

しかし、昨今はこのように言い、万一事故が起こったときに責任を取るという、責任者は数が少なくなったように思います。

東日本大震災のときや、巡視船の衝突事故のときの政府は、最低でした。(4列目の男と、弁当買いの男のことです。)
福島第一原子力発電所の所長であった吉田昌郎氏には、その片鱗が見られると思います。(彼を貶めた○○新聞はカスです。)


>警官が丸腰なら、武装した在日朝鮮人にとっては、警察官は格好の標的だったのです。
民族の本質は、今も変わらないと思います。



歴史遺産で韓国が要望している百済歴史地区について、政府は日本の歴史への影響を確認した上で協力することにしたのでしょうか。
各報道番組を見ても具体的な事柄について触れていないのですが、百済の歴史は任那の歴史に直結しています。また、魏志倭人伝の倭国の記事は、任那なくして成立しないと思います。

近年の韓国の歴史では任那を極小化する、言わば歴史の歪曲をしているのです。その動きは1970年代から進められたのですが、その後好太王碑の石碑の読み方が明白になったことから、韓国の研究が誤っていたと確認されました。

しかしながら、韓国は恐らく自国の研究の誤りを認めることなく、近年の歪曲と捏造によるファンタジーの歴史認識を主張すると思います。
これを考えるとき、安易に韓国の歴史認識による百済の歴史を認めますと、日本の歴史家の研究を阻害するだけでなく、真実の歴史を抹殺し、やがては任那の存在すら極小化し、否定することになりかねません。

今を生きている日本人が、過去の倭人の歴史の改竄することと、未来の研究者の研究を阻害することを懸念しています。

任那は、現在は韓国領になっていますが、遠い昔には間違いなく倭地でした。
だからと言って、日本の歴史とは関係ないと考えることは誤りです。そして、百済も日本と緊密な関係にありましたから、歴史的な事柄を韓国の主張を丸呑みするのは危険だと思います。

倭人は1500年前にも朝鮮半島にいましたけれど、今の朝鮮民族がその頃どこにいたかと思います。
2015/06/24(水) 13:57 | URL | ポッポ #-[ 編集]
No title
今、日本の政治家で台湾が『中華人民共和国』に飲み込まれた際、日本の生命線が断たれると理解している者が如何程いるのでしょうか?
昨今の国会における『政治ごっこ』を見る限り、あまりの『だるフン振り』に脱力感すら覚えます。
台湾が落ちれば、連中の凶暴性・狡猾さ・貪欲さ・傲慢さからしてもサラミを削るが如く沖縄、九州、西日本と、その侵略が進むのは明白です。
2015/06/24(水) 11:09 | URL | h #3/2tU3w2[ 編集]
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
2015/06/24(水) 10:58 | | #[ 編集]
No title
 今日もありがとうございます。
 背筋をすっと伸ばして、読ませていただきました。
 
 軍の将帥としての根本中将の断固たる意思と、その将を信頼して勇敢に戦った兵士たちの活躍にある
 
 人間として、これだけ崇高な生き方ができるのかと思います。
2015/06/24(水) 10:00 | URL | えっちゃん #-[ 編集]
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
2015/06/24(水) 09:57 | | #[ 編集]
No title
【拡散希望】メディアを逆利用!
http://ameblo.jp/tubasanotou/entry-12041668319.html
2015/06/24(水) 09:36 | URL | junn #p4GOlP7Y[ 編集]
最後の引揚船
根元中将のお陰も有ったかもしれませんが伯母の家族が最後の引揚船で舞鶴に帰って来ましたが、その中に伯母の姿は有りませんでした。
伯母の身の上には言葉に言い表せないような悲惨な出来事が有ったのではないかと思っています。

先週、皇居の清掃奉仕で天皇陛下にお目通りした時、常に国民の幸福を願って下さる両陛下に”ありがとうございます”と何度も心の中で唱えました。
2015/06/24(水) 09:17 | URL | bunkataisi #-[ 編集]
世界最強の武力
ねずさんの仰る通りです。
>日本が平和で繁栄を続けるためには、世界最強の武力と人材の育成をしなければなりません。

単独でできなければ道義で通じる他国と力を合わせて平和を守らなければなりません。
侵略する気を起させない圧倒的な強さを持つ事が抑止力になります。

残念ながら、米国に与えられた憲法にはそのように書いてありません。
だから、今現在、集団的自衛権がどうのこうのとの論議が国会でなされています。

憲法は2千年以上の歴史の中で我々日本人の先祖が造り上げてきた国の形をあらわすものでなければなりません。
今でもとんでもない事件が時々おきますが、その原因は現憲法に有ると私は確信しています。

現憲法には日本の国を貶める行為を肯定するような記載が有る、だから、一刻も早く憲法改正が必要と考え活動を支援しています。

2015/06/24(水) 08:01 | URL | bunkataisi #-[ 編集]
No title
涙無くしては、読めない四話でした
ありがとうございます
根本中将のお話にあった「強いものが一番苦労する」
武士道の真髄を表しているように受け止めました
ともすれば、強いものが一番得をする、そのような国民性になってはならないと思います
強く優しく気高き先人の姿、到底及ぶべくもありませんが一歩でも近づきたいと心を新たに致しました
2015/06/24(水) 07:35 | URL | キャラメルマン #-[ 編集]
No title
とにかく通報情報のラッシュである。

 驚くのは在日芸人の数。

そしてまた驚くのは日教組傘下の在日教師の数だ。

在日弁護士も多い。


【なぜ在日芸能人が日本には多いのか?】
2014年の最新情報一覧まとめと白丁、奴隷制度説?
http://takarin7.seesaa.net/article/418950038.html

 


2015/06/24(水) 07:14 | URL | junn #p4GOlP7Y[ 編集]
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
静岡県出身。国史啓蒙家。倭塾塾長。日本の心をつたえる会代表。日本史検定講座講師&教務。
連絡先: nezu3344@gmail.com
著書
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』第1巻〜第3巻
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』
日々、先人たちへの感謝の心でブログを書き綴っています。それが自分にできる唯一のお国への、先人たちへの、そしていま自分が生かさせていただいていることへのご恩返しと思うからです。こうしてねずブロを続けることで、自分自身、日々勉強させていただいています。ありがたいことです。

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口座番号 0083820
口座名義 小名木善行
【問い合わせ先】
お問い合わせはメールでお願いします。
nezu3344@gmail.com

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最短で3週間程度の余裕をもって、以下のアドレスからメールでお申し込みください。テーマは、ご自由に設定いただいて結構です。講演時間は90分が基準ですが、会場のご都合に合わせます。
E-mail nezu3344@gmail.com

過去の講演テーマです。
君が代と日本人
大国主神話とシラス国
和歌と日本の誇り
歴史から見た慰安婦問題
領土と主権のお話
和と結いの国、日本
日本人にとっての戦いとは
武士道と忠義
日本人と食のお話
建国の理念と日本の文化
世界に誇る縄文文化
百人一首と日本人 etc....
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台灣民政府
台湾民政府
サンフランシスコ講和条約で、日本は台湾に関して処分権は連合国に提供しましたが、領土の割譲は行っていません。条約以降、連合国も日本も台湾の処分先を決めていません。つまり台湾はいまも日本であり、台湾にいる1500万人の戦前からいる台湾人は、日本国籍を有する日本人です。私は台湾民政府を支持します。
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コメントをくださる皆様へ
基本的にご意見は尊重し、削除も最低限にとどめますが、コメントは互いに尊敬と互譲の心をもってお願いします。汚い言葉遣いや他の人を揶揄するようなコメント、並びに他人への誹謗中傷にあたるコメントは、削除しますのであしからず。
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コメントをくださる皆様へのお願い
いつもたくさんのコメントをいただき、ありがとうございます。
ほんとうに皆様のコメントが、とっても嬉しく、かつありがたく拝読させていただいています。

議論というものは、すくなくともこのブログのコメント欄が、国政や地方自治、あるいは組織内の意思決定の場でなく、自由な意見交換の場であるという趣旨からすると、互いに互譲の精神を持ち、相手を尊敬する姿勢、ならびに互いに学びあうという姿勢が肝要であると存じます。

私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

ましてや、自分で質問を発したものについて、それぞれお忙しい皆様が、時間を割いて丁寧にご回答くださった者に対し、見下したような論調で応対するならば、それは他のコメントされる皆様、あるいは、それをお読みになる皆様にとって、非常に不愉快極まりないものとなります。

従いまして、謙譲・互譲・感謝、そして学ぶという姿勢のない連続投稿、粘着投稿に類する投稿をされた方については、以後のコメント書き込みを、管理人である私の判断で投稿の禁止措置をとらせていただきますので、あしからずご了承ください。
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