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日本は「たみ」が「おほみたから」とされる天皇のシラス(知らす、Shirasu)国です。


小倉百人一首と日月神示

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古代ハス
20150709 古代蓮


月刊「玉響(たまゆら)」という雑誌があります。
日月神示で有名な中矢伸一先生がご主催されている月刊誌です。
たいへんおもしろく、私も毎月購読させていただいています。

その玉響に、百人一首に関する私の論考が掲載されました。
前篇と後編、二号続けての連載です。

本当は、おもしくなるのは後編の方なのですが、今日は、前編をご紹介したいと思います。
前編は「玉響」の今月号に掲載されています。
後編は来月号ですので、まだ未発表です。
興味を持っていただけたなら、「玉響」を定期購読してみてください。
毎号、勉強になります。

◆月刊「玉響」のご案内
http://www.nihoniyasaka.com/contpgm2/w_main.php?oya_id=5

*~*~*~*~*~*~*~*~*
小倉百人一首と日月神示(前編)
国史研究家 小名木善行

────────────
1和歌が持つ「察する文化」のもたらす平穏
────────────

今回、二号連続で表題のテーマについてお話してみたいと思います。
連続となるのは、小倉百人一首をめぐる大きな時代の流れの中に、神々のご意思を感じるからです。



20150709 玉響


実は、小倉百人一首の選者である藤原定家は五十八歳のときに後鳥羽院と政治的に激しく対立しています。彼はそのために政界を追われ、小倉山に蟄居となりました。そこで晩年最後の仕事として、まる四年がかりで書き上げたのが『小倉百人一首』です。

なぜ定家は小倉山に蟄居になったのでしょう。
もともと後鳥羽院は、定家が若い頃から彼を引き立ててくれた大恩人です。
そんな大恩人と、どうして定家は対立することになってしまったのでしょう。

時代は鎌倉時代初期のことです。
政治権力の中枢は京の都から鎌倉に移っていました。争いが絶えない世の中で一番苦労するのは民です。
ならばむしろ武家に政権を委ねるべき、そういう意見が支配的になった世の中でもありました。
けれど、世の中の刃傷沙汰は続いていました。

「なんとかして世の平穏を取り戻したい」
そう思う藤原定家は、鎌倉の三代将軍源実朝を和歌の弟子にし、鎌倉武士団と京の都の公家文化の融和を図りました。
これは亡くなった尊敬する式子内親王のご遺志でもありました。

ものの本によると、式子内親王と定家は「できていた」などと書いているものがありますが、とんでもない話です。
式子内親王のほうが十四歳年上というだけでなく、若い頃から定家は式子内親王を心から尊敬し敬愛していたのです。
その式子内親王が、晩年になってお体をお壊しになりながらも世の平穏を願って百首の歌を詠み奉納しました。
そしてその中の一首を、藤原定家に、笑って手渡したのです。
その歌が百人一首の八十九番に収蔵されています。

 玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば
 忍ぶることの弱りもぞする


昔の日本では、肉体と魂(玉)は緒でつながっていると考えられていました。
肉体から出ている緒の半分が「絆」です。
その半分と、誰かの半分を結ぶことが「結」です。

「玉の緒が絶える」というのは「肉体が死ぬ」ということです。
けれど魂は肉体から離れ、常世の国に行ったり、輪廻転生したりします。
そしてこの世は、その魂のための修業の場というのが、千年前も、ほんの二〜三〇年前までの日本でも、ごく一般に考えられていたことでした。
ですから私どもの父母の世代ですと、「乞食したってこの魂だけは汚さない」ということがひとつの生きるうえでの誇りでした。

すでに重い病気となり、玉の緒が切れると、死を覚悟された式子内親王は、私の生命なんかどうなっても構わない。もう耐え忍ぶ気持ちさえも弱くなってしまいました、と詠んだ歌を定家に渡しました。
だから不倫だ、恋愛だと騒ぐお馬鹿な学者もいるようですが、そういうのを下衆(げす)の勘ぐりといいます。
そんなんじゃありません。

皇女である内親王が、お体の具合を悪くされながらもなお世の中の平穏を願い続け、それでも世の中が音を立てて崩れていき、人が人と殺しあい、そんな日が毎日続くなかにあって、なんとかして世の平穏を取り戻したいと祈り続け、それでも世の中が崩れていく。だから「私は近く死んでしまうことでしょう。もう祈る気持も弱まってしまいそうです」と詠んでいるわけです。

和歌というのは、「察する文化」です。歌の詠み手の思いを察する。
藤原定家は、政治家でもあり、高級官僚でもありますが、それ以上に当代一の歌人です。
その藤原定家に、式子内親王がこの歌を託したというのは、藤原定家に「何事か」を託した、ということです。

式子内親王は、定家に何を託したのでしょうか。
それは「世の平穏を取り戻すこと」以外にありません。
そしてそのことを、武人ではない、歌人の定家に託したということは、殺し合いを続ける鎌倉武士達にも、殺さない文化、殺し合いになる前に、互いに察して事態を解決する文化を、是非とも定着させてほしいというメッセージです。

すくなくとも藤原定家はそのように受け止めました。
だから定家は、考えに考え、鎌倉の三代将軍源実朝を自分の和歌の弟子にしたのです。
そして定家は和歌を通じて、五百年続いた天皇と大御宝の平和で安定した世が、どのように生成され、形成し、発展し、その結果どのような文化が根付いたのか、そこにある本質とは何かを、徹底して実朝に仕込みました。

源実朝は、頭の良い青年です。
ものすごい吸収力を発揮して、定家の教えをどんどん吸収していきました。
鎌倉では「今度の将軍は、貴族ボケして歌ばかり詠んでいる腰抜けだ」と悪口を言う者もいました。
けれどそのように品のない批判をしたり対立的に物事を考えること自体が、敵対を生み、殺し合いを呼び、世の中を乱すのです。

定家にしても源実朝にしても、いまさら貴族の世が戻ってくるとは思っていません。
武力をもった武士団という強力な政治勢力がすでに誕生しているのです。
問題はその武士団が持つ武の力をいかに平和のための力に変えていくかが大事です。
武を抑えるためと称していたずらに武を用いれば、かえって争いが大きくなるだけです。

典型が源平合戦です。
だからこそ武を抑えるためには、武を抑える心や思想を定着させていかなければなりません。
十七条憲法第十六条には、そのために「古之良典」と書かれています。
「古(いにしえ)の良典を用いよ」と読みます。

混迷する時代を乗り切るためには、古典にその知恵を求める。
なぜなら歴史は繰り返すものだからです。
定家は和歌を通じて実朝に、察する文化や十七条憲法の精神を伝えて行きました。
実朝はそれによく学ぶ生徒でした。

「これでようやく世の平穏を取り戻すことができる。」
そう定家が確信を持った矢先、鎌倉三代将軍であった実朝が鶴ヶ岡八幡宮で刺殺されてしまいました。
一二一九年、定家五七歳のときのことです。
最後の頼みの綱が、切れてしまったのです。

後鳥羽院は「もはや鎌倉政権との武力衝突やむなし」と、さかんに過激発言を繰り返しています。
このままでは、後鳥羽院の要請に応じて地方の武士団が挙兵し、世は再び戦乱の世となってしまいます。
「それでも戦うべきだ」と後鳥羽院はおっしゃいます。

けれど定家は「それは違う。断じて違う」と主張しました。
「短慮を起こさず、どこまでも平和の道を築いていくべきだ」と主張したのです。
後鳥羽院は激怒しました。
「お前の顔など見たくない。二度とオレの前に顔を出すな。歌会にも出入り禁止じゃ!」

この時点で藤原定家は、政界を引退し歌人として、歌の指導などをして生きています。
それが歌会にさえ出入り禁止という。
つまり後鳥羽院のこのお言葉は、定家に死ねと言っているようなものです。

定家は謹慎処分となりました。
都を事実上追い出され、小倉山に蟄居(ちっきょ)です。

翌年、後鳥羽院は鎌倉幕府倒幕のため挙兵をしました。
けれどその乱は事前に発覚し、後鳥羽院は隠岐に流されてしまう。
これが承久の乱です。
一年前、後鳥羽院と激しく対立して中央政界を追われた藤原定家は、今度は中央政界と鎌倉をつなぐ政界の実力者として高い官位を得て、政治的影響力を増したのです。

けれど、だからといって嬉々として政治の世界に舞い戻ることを定家は望みませんでした。
むしろ、飛鳥、奈良、平安と続いた大和文化を、源氏物語、土佐日記など、様々な作品の書写や評釈を通じて、日本の文化そのものを拡散し、日本の持つ文化性そのものを時代が取り戻せるよう、必死の努力を続けたのです。

このあたりの定家の行動は、非常におもしろいものです。
世の中から、政界への復帰を求められながら、後鳥羽院を尊敬していた定家は、そのまま謹慎蟄居先である小倉山に篭って、文化の伝承者としての道を選ぶのです。

それから十一年、七十一歳になった藤原定家は、後堀河天皇から、新たな歌集の編纂を命ぜられました。
そしてまる三年をかけて定家は『新勅撰和歌集』をまとめあげました。
その『新勅撰和歌集』の中から、さらに抜き出した百首の歌を、宇都宮入道蓮生(頼綱)の求めで小倉山荘の障子に貼ったのが、一二三五年の五月二十七日のことです。
だからこの日が「百人一首の日」という人がいます。
全然違います。
そこに貼りだされた百首歌(『百人秀歌』)と『百人一首』は、似てはいますが、別なものです。


────────────
2定家が『小倉百人一首』に託した想い
────────────

翌年(1236年)、75歳になった定家は、『新勅撰和歌集』、そして『百人秀歌』をもとに、彼の晩年最後の仕事として、後世に遺すべき総決戦の歌集として、『小倉百人一首』の選出を開始しました。
世の中が、平安から鎌倉へと激動し、明察功過などどこへやら、短慮と短慮が対立し衝突して、すぐに武力衝突になる。
人の生命が奪われ、世が乱れ、悲惨な殺人事件が頻発する。
女達が安心して生きられた時代はどこへやら、武器をつきつけられて着衣を奪われ、強姦され、他人の子を孕ませられたり、あるいは殺される。毎日のように、悲惨なニュースがもたらされる。

そんな世の中がなぜ生まれるのか。
世の中の価値観が狂い、世の中の秩序が乱れ、日本人が日本人としての文化性を失っているからです。
だから考えられないような短慮な事件が頻発する。

「ならば」その日本人の文化の根源を、どうやって世間に知らしめ、定着させていくのか。どうやって日本を取り戻すべきなのか。そのために何が必要なのか。

理論や理屈をいくら説いてもダメです。
頭でわかっても、それは行動にならないからです。
理屈では人は動かない。
人は感じて動くものです。
だから「感動」といいます。

そうであれば、感動のなかに、取り戻すべき日本の姿を浮き彫りにする。
和歌には感動があります。
ならばその和歌を効果的に配置することで、和歌を順に読み解いて言ったら、誰もが感動し、日本の文化を取り戻そうとする決意を新たにする。そういう歌集が創れないものか。

それは、勅撰和歌集のような長大なものではなく、そうだ。百首くらいがちょうどよい。
百人の歌人から一首ずつ、百首の歌で、大和の文化を全部語り尽くしてはどうだろう。
いやまて。
せっかく歌集にしても、その歌集自体が歴史の中に埋没してしまってはなんにもならない。
それに、五百年続いた平和な日本が、いまこうして音を立てて崩れた今、その日本が、再びもとの美しい姿を取り戻すには、いったいどのくらいの歳月がかかるだろうか。

もしかすると、それは五百年、いや千年かかるかもしれない。
であれば千年の間、歌の意味さえも失われてしまったとしても、その歌だけは生き残る。
そうだ。歌には言霊がある。
その言霊の美しさは生き残る。

そしていつの日か、きっとその歌の意味を理解する者が現れるに違いない。
それがいつのことかはわからない。
けれど、その日まで、歌集が生き残ってくれなければならない。
そのためには、たとえどんなに歌が貶められたとしても、あるいは言葉が失われてしまったとしても、それでも音の美しさだけで口承され、人々に愛され続けるだけの歌を、選ばなければならない。

定家は、それまで自分が学んだ全ての知識と情熱を傾け、晩年最後の仕事として、百人一首の編纂を開始しました。
たった百首の歌を選び、配置するのに、まる四年の歳月がかかりました。

一二四一年、藤原定家は七九歳で永眠しました。
そして定家が晩年の全情熱を傾けた百人一首は、小倉山荘に残った彼の遺産とともに、彼の遺族たちによってまとめられ、桐の箱に入れられて藤原家の蔵にしまわれました。
こうして後鳥羽院、式子内親王、藤原定家らが願った世の平穏は図られぬままとなりました。

ところが後世の私達はその後の歴史を知っています。
一二七四年に文永の役、一二八一年に弘安の役、そうです。藤原定家が死んでわずか三十三年後には元寇が起こるのです。
もし武力を持たない貴族政権のままであったなら、おそらく日本は元の大軍に降伏せざるを得なくなったことでしょう。
果たして我が国の独立自尊が保たれたかどうかは明らかに疑問です。

神々の御心は、私達人間には計り知れないものです。
けれど平安末期から鎌倉初期にかけての時代の動きを見ると、人知の及ぶ範囲をはるかに超えた、大いなる存在の意思が実在するとしかいえないような気がします。
(後編に続く)

 *****

こうした百人一首に関するお話は、以下の本に詳しいです。
『ねずさんの日本の心で読み解く「百人一首」: 千年の時を超えて明かされる真実』
http://goo.gl/WicWUi

「いまなぜ百人一首なのか」というご質問をいただくことがあります。
「いまだから百人一首なのです」とお答えしています。

私達の活動の目的は、日本を取り戻すことにあります。
そのために、近現代史を語ったり、神話からはいったりといった取り組みが多くなされています。
もちろん大賛成です。
けれど、近現代史も神話も、「戦争はいけないんだよぉ」とか、「だってそれって神話でしょ?」のひとことで片付けられてしまい、なかなか広げるのはむつかしいかったりします。それでもやらなければならないのですが。

ところが百人一首は、どんな学者さんでも、あるいは実業界の方でも、「それは素晴らしい日本文学だ、日本の心だ」と口をそろえておっしゃいます。
実際には、そのように言っていながら、個々の歌の解釈では、残念な解釈しかされていないのですが、それでも、百人一首が「素晴らしい」という点は一致しています。
つまりそれが「常識」なのです。

たとえば4番歌に山部赤人があります。

 田子の浦ゆうち出でて見れば白妙の
 富士の高嶺に雪は降りつつ

とあります。そしてたいていの本が、この歌は「美しい富士山と美しい田子の浦の浜を対比させた風光明媚な景色を詠んだ歌だ」と説明しています。
けれど、歌をよくみてください。
「雪は、降りつつ」と書いてあります。

「つつ」は、今も昔も現在進行形です。
いま、まさに雪が降っているのです。
そして、雪が降っていたら富士山は、見えません。

ということは、この歌は、風光明媚な観光和歌では「ない」ということです。

ことほとさように、百人一首のそれぞれの歌は、ほとんどの本が、いい加減な、わかったようなわからないような解釈しかしていません。
つまり、「突っ込みどころ満載」なのです。

これは常識をくつがえす突破口になる。
しかも、百人一首を通じて日本の心を学べば、そこには取り返すべき日本の姿が明確に描かれている。
さらに百人一首には、戦国時代を終わらせた実績がある。

皆様におかれましても、『ねずさんの百人一首』のご拡散にご協力いただけると嬉しく思います。


そうそう。最後に一点。
昨日、倭塾でお越しいただいた皆様には申し上げたのですが、私の百人一首の歌の解釈について、「具体的な引用先をあげず、学者の中でも一般できでない相当異端の解釈を引き合いに出し、それがあたかも学会の常識であるかのように述べてこれを否定し、異端としかいえない自説を牽強付会に述べている」という批判があるやに聞いています。

なるほど百人一首の歌の解釈にあたって、世間ではこのような解釈がされている(上の例なら赤人の歌は風光明媚を詠んだ歌)と述べるに際して、私はそう述べている具体的な図書も、教授の名前も明らかにしていません。
そのようなことをしなくても、およそ全ての解説本に、そのような解釈が書いてあること。
その大本になっているであろう偉い先生のご著書にも、実際、そのように書いてあること。
けれど、それを具体的に名前を出して述べることは、単にその教授等の批判と受け取られかねず、私の本意はそこにはないこと。
私の目的は、百人一首を通じて取り戻すべき日本の姿を感動とともに明らかにすることにあって、どこぞの個人を攻撃することには、まったく興味も関心もないし、そのようなくだらないことには、1字足りとも割きたくないこと等によります。

そもそもいまの日本人である私達の最大の敵は、左翼でも在日でも近隣諸国でもありません。
私達自身の心の中にある「対立や闘争を求める心」にあります。
対立していれば満足していて、「謙虚に学び考え行動する」という、人として大事な、あたりまえのことが、いつのまにかおろそかになっていることではないかと思います。

百人一首にしても、その他の古典も同じなのですが、私達が謙虚にそこから何かを学ぼうと素直に読めば、日本の文学はそこから様々な事実や、そのもとになった着想を明確に教えてくれます。
逆に、先人たちを馬鹿にすることで自己優越にひたろうとすれば、それこそ先人たちに馬鹿にされ、なにひとつ教えてもらえなくなります。
大切なことは、もっと素直になることではないかと思います。

また、「学説の中でも極端な異端の説で、一般的でないものを、あたかも通説であるかのように書いている」というご指摘ですが、これは昨日の倭塾で、一般的な解釈かそうでないか、具体的にいくつかの本を示し、該当箇所を読み上げて、まさに通説、定説のたぐいとなっていることを証明させていただきました。

私の解説が「異端」というご指摘については、「そう思うなら読まなければよい」だけのことです。
おそらくは読んでもいないでしょう。
読んでもいないのに、批判だけは一丁前にする。
そういうところが、そもそもなってない(つまり子供)なのだ、と申し上げたいと思います。


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関連記事

コメント
百人一首本を買いました
更新ありがとうございます。

私は学生の頃、古文が苦手でしたが、日本史は好きでした。今更ながらに、
「古文が苦手なのに日本史が好きだ、とはこの矛盾はどうしたことだろう?」
と思うことがあります。
けど、先生のブログを拝見させて頂くうちにその理由が分かってきたような
気がしてきました。
思い出すと、日本史の授業では教科書での進みは遅かったけれど、時代毎の
エピソードを語ってくれる先生が多かったこと(でも、古墳が実は土木工事
の盛土だった、ということは教わりませんでしたが)、古文の授業では、
ひたすら文法・文法・文法ばかりで、文章を書いた人がどのような思いで
記したのかというのには触れたことがほとんどありませんでした。
今思い返せば、とても勿体ないことですね。

日本の古典を読み直したいと強く思います。でも、本屋で売ってるのは大抵
ロクでもない似非学者の解釈が入っているのが多いみたいで・・・
(ずっと前に購入したひろさちやって人が翻訳した徒然草は最悪でした・・・
最悪でしたよ・・・)
2015/07/12(日) 22:37 | URL | #-[ 編集]
No title
私も玉響の読者です。
しかし、寄稿者の方たちすべてに共感は出来ないのです。
共感できるとしたら2,3名でしょうか。
そんな中、ねずさんが寄稿してくださることになったので、
もうちょっと購読してみようかなと思ってたところです。
「獅子身中の虫」とはどんなところにもいます。
日月神示はよく読むとこれは信じられるという本当のことが
書かれていると思いますが、玉響の寄稿者全員がこれをよく腹にすえているのかというとそうではなさそうですね。
金の集まるところには色々と雑多な心も集まりますからご用心です。


2015/07/12(日) 22:14 | URL | すー #1SjzPosQ[ 編集]
更新ありがとうございます。
金正恩の実母が横田めぐみさんとの話しは
初めて知りました。衝撃的な話ですが、
複数の方が述べられていますね。
けれど当時中学生のめぐみさんを拉致して
無理やり金正日の妻、若しくは言葉は悪いですが妾にしたなら言語道断の所業です!
何故、横田めぐみさんを拉致したかは、
めぐみさんの母親が皇室の血筋(北朝)をひいている方なのを金正日や工作員は知っていたかららしいです。本当がどうか信じ兼ねますが、もし本当なら横田めぐみさんは生きておられるでしょう。 どちらにせよ、酷い話しです。
2015/07/12(日) 20:33 | URL | #-[ 編集]
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
2015/07/12(日) 19:46 | | #[ 編集]
No title
ふーむ、その批判する御用学者さん、読者舐めすぎですね。ねず本百人一首とこれまでの解説本を比べたら、どっちが本物であるかは普通の日本人の感性持ってる人なら誰でも分かります。
 もし本物が出たら偽物学者は権威と仕事を失うから必死なのは分かります。でも時代が本物を求めてるんです。

玉響は何冊も買っていたんですが、中矢氏がチョウセン人に関して「親日のカンコク人とは協力すべき」とか「拉致問題を遅らせてるのはむしろ日本。実は北朝鮮は親日」と論じるようになってから買っていません。
 まずカンコクというのはその国旗からも分かるように、日の丸を分断するという意味を持っています。(民主党のマークも同様と言われている)だから世界一の反日国家なんです。それは赤丸を青の不完全な陰陽で分け、そして不完全な八卦によって地獄の蓋を拡張して亡者を出すという意味なのです。

カンコクには親日罪があります。ですから親日の南チョウセン人はそもそもが犯罪者じゃないですか。在日チョウセン人はほぼすべてが戦後の不法難民で暴力(テロ)によって居座っています。なのでまともな者が一人もいないことになるんじゃないですか。
 その犯罪者テロリスト民族と仲良くしろって中矢氏が本気でそう言ってるんなら、「正気ですか?」と思わざるを得ないのです。

北朝鮮は報道が拉致くらいしかないのであまり話題になりませんが、日本に仇名す立派なテロ国家です。国内で在日と共に工作を行っているではありませんか。親日?だからどうした?ISISが親日でも「だから?」で終わるのと全く同じではありませんか。
 一説では拉致した北朝系の皇室の血(横田めぐみさん)を今の第一書記が引いてるからとかありますが、それだったらなおさら許されないことです。拉致して血を手に入れてるし裏でのパイプもあるから北朝鮮と手を組む?ふざけるな、です。1910年の日韓合併から何も学んでないのか?

◎神示『クソとミソのごちゃまぜあいならん』
『今度の岩戸は一点の曇りもあってはならんのだぞ。曇りがあったら開かんのだぞ。』
『渡りてきてはならんものが渡りてきて神は残念ぞ。見てござれ、見事致してお目にかけてやるぞ』

ですがねずさんが面白い記事載せるなら、今月号と来月号は検討します。
2015/07/12(日) 16:45 | URL | 鬼子 #-[ 編集]
No title
ねずさん、こんにちは。もしよろしければ一度「伊勢白山道」というブログをお読みになられてはいかがでしょうか?大げさでなく、この世、あの世、すべての世界に通じる真理が書かれていると思います。ぜひおすすめします。もしすでにご存知でしたらごめんなさい。
2015/07/12(日) 14:10 | URL | えつこ #-[ 編集]
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
2015/07/12(日) 13:42 | | #[ 編集]
国文学者がねずさんの百人一首本についておっしゃることは、言わせておけばいいと思います。
私は文法屋として大学を出ましたから、日本語の構造をシンプルに説明しきった時枝文法がどんな目にあったか知っています。文法史には載ってますが、なかったことにされていますよ。
さて話を百人一首に戻します。国文学者ではなく書家を考えてください。
習字の先生や塀に書道教授と掲げてる書道教師は別どして、書家、なかんづく仮名を得意とする書家ならば、百人一首の本を一冊しか持っていないなどということはありえません。真筆の写真も当たり前に所蔵しています。
しかし書家は国文学者の解釈には満足していません。むしろ参考にするのは、やはり詠者と詠まれた経緯なのです。
定家が施したトータルコーディネートの真意は分析屋には解らなくとも、芸術家は自ら産みの苦しみを味わう創り屋ですから、たちどころに理解します。
ただそれを胸中に秘して作品に活かしているだけです。解説はしません。解説は書家の仕事でもたしなみでもありませんから。
ただし、どら息子がぶらっと帰ってきて、ちょうどその時に百人一首からとった歌を手がけていて、どら息子が敷居をまたぐ鑑札がわりに新刊解説本を差し出したりなんかしたら、話をしたりはします。
どれどれとパラパラ見て、ワッハッハと笑って、まあ立ち話も何だから中に入れ、なんて家出息子が生家に入り込めたりするわけですよ。まともな書家はねずさんの解釈に賛成でしょうね。
ぼかしてますけど誰ってうちの海原ジャイアン雄山(仮名)の話ですけどね。
2015/07/12(日) 13:07 | URL | beamy #-[ 編集]
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
2015/07/12(日) 12:33 | | #[ 編集]
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
2015/07/12(日) 12:31 | | #[ 編集]
No title
アレグザンダー・ハミルトン、49歳で死去(1804年7月12日=文化元年)


『米国建国を代表する不世出のリーダー』



米国とは保守主義を基層として、その上に築かれた国家である。「ネオ保守主義(ネオコン)」とか「伝統保守主義(伝統コン)」とか、その名を冠した知識人グループが、二十一世紀にあっても米国政治にそれなりの影響力をもっているように、米国ほど保守主義のイデオロギーが活気を持続して、棲息している国は、その先輩国の英国が足下に及ばないほど、世界的に類をみない。この理由は、米国とは、「国父」ジョージ・ワシントンをはじめとして保守主義者が建国した国家だからである。一七八九年四月の建国時よりさらに百五十年ほど昔の、<古い>“十七世紀初頭英国の保守主義”を基に、つくられた<新しい国家>だからである。
http://blog.livedoor.jp/acablo-nakagawayatsuhiro/archives/45280606.html

2015/07/12(日) 07:47 | URL | junn #p4GOlP7Y[ 編集]
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
静岡県出身。国史啓蒙家。倭塾塾長。日本の心をつたえる会代表。日本史検定講座講師&教務。
連絡先: nezu3344@gmail.com
著書
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』第1巻〜第3巻
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』
日々、先人たちへの感謝の心でブログを書き綴っています。それが自分にできる唯一のお国への、先人たちへの、そしていま自分が生かさせていただいていることへのご恩返しと思うからです。こうしてねずブロを続けることで、自分自身、日々勉強させていただいています。ありがたいことです。

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サンフランシスコ講和条約で、日本は台湾に関して処分権は連合国に提供しましたが、領土の割譲は行っていません。条約以降、連合国も日本も台湾の処分先を決めていません。つまり台湾はいまも日本であり、台湾にいる1500万人の戦前からいる台湾人は、日本国籍を有する日本人です。私は台湾民政府を支持します。
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コメントをくださる皆様へ
基本的にご意見は尊重し、削除も最低限にとどめますが、コメントは互いに尊敬と互譲の心をもってお願いします。汚い言葉遣いや他の人を揶揄するようなコメント、並びに他人への誹謗中傷にあたるコメントは、削除しますのであしからず。
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コメントをくださる皆様へのお願い
いつもたくさんのコメントをいただき、ありがとうございます。
ほんとうに皆様のコメントが、とっても嬉しく、かつありがたく拝読させていただいています。

議論というものは、すくなくともこのブログのコメント欄が、国政や地方自治、あるいは組織内の意思決定の場でなく、自由な意見交換の場であるという趣旨からすると、互いに互譲の精神を持ち、相手を尊敬する姿勢、ならびに互いに学びあうという姿勢が肝要であると存じます。

私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

ましてや、自分で質問を発したものについて、それぞれお忙しい皆様が、時間を割いて丁寧にご回答くださった者に対し、見下したような論調で応対するならば、それは他のコメントされる皆様、あるいは、それをお読みになる皆様にとって、非常に不愉快極まりないものとなります。

従いまして、謙譲・互譲・感謝、そして学ぶという姿勢のない連続投稿、粘着投稿に類する投稿をされた方については、以後のコメント書き込みを、管理人である私の判断で投稿の禁止措置をとらせていただきますので、あしからずご了承ください。
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