補助線一本で解ける謎 - 大和心を語るねずさんのひとりごと

補助線一本で解ける謎

2015年07月24日08:08  日本人の心 写真あり

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上村松園 清少納言
上村松園 清少納言


もう『ねずさんの日本の心で読み解く「百人一首」:千年の時を超えて明かされる真実』は、だいぶ読了された方も多いかと思いますが、今日はその中で、講演会などではなかなか説明しにくいのだけれど、実は「歴史を変える解釈」に至った歌を一首ご紹介してみたいと思います。

それが62番歌の清少納言です。

 夜をこめて鳥のそら音ははかるとも
 よに逢坂の関は許さじ


この歌は、一般には「清少納言に言い寄ってきた藤原行成の言葉を見事に切り返した歌である」とされています。
歌の中に「鳥のそら音」とありますが、これは支那の故事にある孟嘗君の「鳥のそら音」の逸話からきた言葉です。
函谷関は、早朝、ニワトリの鳴き声とともに城門が開くのですが、そこから脱出しようとしている孟嘗君は、早朝まで待てない。
そこで「コケコッコー」とニワトリの鳴き真似をして門番を騙し、寝ぼけた門番が慌てて門を開いてくれたので、危機を脱出することができた、という逸話です。

ところが、清少納言が、どうしてここでいきなり孟嘗君のそんな故事を引っ張ってきたかがわからず、古来、いろいろな人がいろいろに解釈をしているのですが、どうもピンとこない。
ところがこの歌に補助線を一本引くと、いかにも清少納言らしい、おおらかで明るく、しかも配慮の行き届いた歌であることがわかるのです。


やまと新聞 小名木善行の「百人一首」
15番歌 光孝天皇(こうこうてんのう)

清少納言といえば、平安中期に、実に快活に伸び伸び生きた女性の代表格といって良い女性です。
彼女の作品としては、『枕草子』が有名です。
学校の古典の授業では、
「春はあけぼの、やうやう白くなりゆく山ぎは、
 少し明りて紫だちたる雲の細くたなびきたる」
という冒頭の出だしのところを生徒たちに読ませたり暗記させたりして、「枕草子はこのような格調高い平安文学である」などと教えます。

なるほどこの冒頭の部分だけ読まされて、「高尚な平安文学です」などと教われば、そう信じてしまうかもしれませんし、実際、いまだにそのように思われている方も多いかと思います。
ところが実際に『枕草子』を読み進めていくと、実に軽妙でノリの良い若い女性の日常が、明るく生き生きと描かれていることに驚かされます。

要するに小説でも論文でも、学生たちの作文でも、文章のはじめの滑り出しのところというのは、誰もがものすごく気を使うところで、そこだけを見せて「格調高い文学です」などと持ち上げられたら、なんだかその先を読む気が失せてしまいます。
けれど、実際の『枕草子』は、実に明るくて楽しくておおらかな平安中期の女性たちの様子が描かれた、どちらかというと「おもしろいお話集」といえる作品なのです。

たとえば『枕草子』の第二八段「憎きもの」の部分です。
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人第二巻』で紹介した現代語訳ですが、これを一部、転載します。

 *

【第二八段 憎きもの】

お部屋にこっそり忍んで来る恋人を、犬が見つけて吠えるのって、すっごく憎たらしくない?
でさぁ、ようやく密かに忍んで来てくれたのはうれしいんだけど、みんなが寝静まってお屋敷がシーンと静まり返っているのに、大いびきをかきながら寝ちゃうヤツ。てか、絶対、周りにバレバレでしょ。

それから、きっとバシッと決めようと思ってるんだろうけど、大袈裟な長い烏帽子をかぶって忍んできてさ、慌ててんのか、烏帽子が何かに突き当たって大きな音を立てるヤツ。
何それ~って思っちゃう(汗)。

それと、簾(すだれ)をくぐるときに、不注意で頭をぶつけて、「イテテテ!」って、大声を上げるような男って、サイテー。
あとさぁ、夜、忍んでくるとき、戸を開けるときに少し持ち上げれば音とかしないのにさ、ヘタすれば軽い障子でさえガタガタ鳴らす男もいて、そーいうのって、なんかめっちゃムカつくよね。

 *

見事な女子高生言葉になっていますが、この「訳」は、私の現代語訳を現役の女子高生に添削してもらったものです。
とても中年オヤジには書けない文章です(笑)。

『枕草子』は、こうした「をかし(=おかしい、面白い)」世界を、枕元の寝物語として、一年を通じて楽しめるように、三百二十三話のエッセイ(草紙)集としてまとめています。
要するに平安中期の「日本笑い話集」であって、ぜんぜん堅苦しくない。

清少納言はとても頭が良く、歌も実に溌剌としていて、しかも明るくて気取りがないから、女性も男性も、清少納言といたら楽しくて仕方がありません。
だから彼女は誰にでもよくモテたし、友達も多く、周りにはいつも笑いの渦が起きていた、そんな女性であったようです。
そして、小倉百人一首は、そんな清少納言の「人と、なり」を見事に表している歌として、冒頭の六十二番歌を紹介しています。

歌を単純に現代語訳したら、「夜明け前にニワトリの泣き真似で騙そうとしても、あなたとは逢いませんよ」となります。
これだけ見れば、「あれ?、清少納言って、冷たい女性?」などと勘違いしてしまいそうですが、この歌にはちゃんと詞書があります。
少し長いのですが、これも現代語訳してみます。

 *

ある日のこと、大納言の藤原行成様が私の家にお越しになって、いろいろ楽しく雑談していたのですが、
「宮中に弔事があるので、もう戻らないといけない」とおっしゃって、帰って行かれたのです。
翌朝、彼から、
「ニワトリの声に促されまして帰ってしまいましたが......」みたいな手紙が届いたので、私は、「夜中にニワトリが鳴いたとおっしゃるのは、孟嘗君がニワトリの鳴き真似をして函谷関の門を開けさせ、まんまと国外に脱出したという故事のことでしょうか」とお返事をしたところ、彼が、
「函谷関ではなく、逢坂の関ですよ」と返事を書いてきましたので、この歌を詠みました。


 *

清少納言は、こうして歌が詠まれた経緯をあきらかにしているわけですが、ところがここまで書かれていても、後世の人達には、なぜここで函谷関の孟嘗君の逸話が出てくるのかわからない。
なぜなら、当時は通い婚社会です。
男性が女性のもとへと通ったわけです。
そして当時の貴族たちは、聖徳太子の十七条憲法の第八条「早朝晏退」に基いて、朝早くに出仕し、夜遅くに退庁するのがしきたりでした。

ということは、藤原行成は、清少納言のもとを明け方鶏が鳴く時間帯に去ったわけですから、二人は「できていた」ことになります。
そこで出仕後に、行成が清少納言に、「ニワトリの声に促されまして帰ってしまいましたが、また逢いたいですね」と歌を贈ったわけです(当時はこのように一夜が明けた後などに歌を贈るのが習慣であったようです)。
現代風にいえば、一夜をともにした恋人に「また逢おうね」とメールを送るようなものですから、ここまでは愛しあう男女のたいへん結構なお話です。

ところがこの歌に対して清少納言が返した返事が、「私の所から函谷関の孟嘗君みたいに脱出したということですか?」とお返事しているわけです。
「愛してるよ。また逢おうね」と言われて、返した歌が「あんた、あたしを騙して逃げ出したっていうの?」というわけです。
普通ならびっくりです。
「なんじゃあ、この女、ざけんじゃねーぞ」となりそうなところです。
ところが藤原行成は「いえいえ、函谷関ではなくて、逢阪の関ですよ」(危険地帯を脱出したのではなくて、また逢いたいという意味ですよ)と、「言い訳」をしているのです。

さて、ここまで説明されて、シチューションが理解できますでしょうか。
実は、学者の先生方も、これにはさっぱりお手上げで、結局、詰めて言うなら、「清少納言は、漢学に通じていることをハナにかけた、鼻持ちならない高慢ちきな女性であって、周囲からも嫌われており、たままた関係を持ってしまった行成もさぞかし苦労したであろう」などといった、苦し紛れの解説をしています。
要するに、清少納言は、「ヤな女だったのだ」としているわけです。

けれどそうなると、「ではなぜ清少納言は、自分からこの歌に詞書を残したのか」がわからなくなります。
わざわざ「あたしって嫌な女でしょ」と自慢する女性というのもおかしな話ですし、また、そういう嫌味な歌なら、どうして藤原定家が、「この歌こそ清少納言ですよ」とばかりに、百人一首にこの歌を採用したのかもわかりません。

さらにいえば、「私を函谷関だと言うのね?」という清少納言に対して、「いや、逢坂の関ですよ」と詠んだ行成の歌も、辻褄があわなくなります。

もうすこし言うと、この歌については、「男女の贈答でも、恋の心がまるで含まれず、機知と教養の蓄積を動員してはっしと渡り合っている面白さ」と解説してみたり、さらに続けて清少納言は「鼻っ柱が強く、男をへこませるという、当時の女としては最も損な振る舞いをわざとのようにやった女」である、などと書かれたりしているわけです。

ここまでくると、歌の良さを通り越して、清少納言の人格攻撃に至ってしまっているわけで、なんだかとても残念です。
では、本当の歌の意味はどういうものであったのでしょうか。

そこで問題を解くために、「このとき藤原行成は、実は別の女性と交際中だった」という補助線を一本引いてみます。
清少納言はとても教養のある楽しい女性です。
教養のある女性というのは、お話していても、ほんとうに楽しいものです。

特攻隊で散華された穴澤利夫大尉は、智恵子さんと、まさに知的な会話で知り合い、お二人は婚約されています。
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趣味や嗜好の一致する人同士というのは、男女の仲も越えて、互いに求め合ったりするものであろうと思います。

そんなわけで、当時の一級の知識人である藤原行成は、清少納言を訪ねて、四方山話に花を咲かせていたのですが、この会話があまりにも楽しい。
ついつい彼は清少納言のもとで、すっかり時間を忘れて会話を重ねてしまったであろうことは、容易に察することができます。

ふと気がついたら、もう夜も遅い時間です。
すぐにでも別の彼女のところへ行かねばなりません。
そこで、「宮中で弔事があるので」などと、いい加減なことを言って清少納言のもとを去るわけです。

そして朝になって、彼は清少納言のご機嫌を伺う手紙を届けさせました。
ところが彼は、手紙に「ニワトリの声に促されて帰ってしまいましたが......」と書いてしまったのです。

彼が清少納言のもとを去ったのは、前の日の夜です。夜にニワトリは鳴きません。
別の女性のもとを去ったのが、明け方、ニワトリが鳴く早朝だったのです。

さきほども書きましたが、当時の「朝廷」は言葉のとおり、早朝、夜明けとともに出仕して仕事をするのが習慣でした。
このことは聖徳太子の「十七条憲法」にも、「第八条、群卿百寮、早朝晏退」と明確に記されています。
官僚、つまり貴族たちは「朝早く出仕して、帰りは晏く退きなさい」とあります。

農家は、日の出とともに農作業を開始し、日暮れまで働きます。
だから貴族たちも同様に日の出とともに出仕し、日が沈んでから帰ることとされたのです。
現代より、よっぽど厳しかったのです。

つまり藤原行成は、ニワトリが鳴く時間に別の女性のもとを去り、夜明けとともに出勤し、そして職場についてから仕事をちょっとサボって、清少納言と別の彼女へそれぞれ手紙を書いたわけです。(まめな男ですね)。

ところがその手紙を出すとき、間違って清少納言への手紙のほうに、「ニワトリの声で立ち去りましたが、またお逢いしましょうね」という、朝帰りした彼女のもとに送るべき手紙を送ってしまったのです。

手紙をもらった清少納言は、すぐにそのことに気が付きます。
「昨夜は、私の家から別の女性の家へ行ったのね。やっぱりねー。明け方、彼女のところでニワトリが鳴いて、帰ったんだわ。私の知らないところで、よろしくやってるじゃないの!」

というわけで、清少納言は、孟嘗君が「ニワトリの鳴き真似で門番を騙し、函谷関の門を開けさせて無事に国外に脱出した」という故事を踏まえて、「夜中にニワトリの声だなんて、私の所から函谷関を通るみたいに脱出したわけですね」と、皮肉たっぷりの歌を返したわけです。

これにはさぞかし藤原行成は、驚いたことと思います。
今風にいえば、「うわっ!、やべえええええ!」てな感じです。

彼は清少納言への手紙に、間違えて「ニワトリの声」と書いてしまったことに気づいたわけですが、いまさら言い訳しても謝っても許してもらえそうにありません。
で、行成がどうしたかというと、開き直りました。

「函谷関ではなく、逢坂の関ですよ」
これは、関所は関所でも、あなたとは、世界を隔てる函谷関ではなく、逢坂の関です。だから、また逢いましょう、というわけです。
当時の「逢いましょう」は「エッチしましょう」という意味になりますので、かなりストレートです。

そして、この藤原行成の返事に返した清少納言の歌が、
「ニワトリの鳴き声で私を騙そうとしても、もう手遅れですわ。あなたとはもう逢いませんよ」というわけです。

何だか藤原行成の慌てぶりが目に浮かぶようですが、行成は大納言です。
大納言というのは、今でいったら副総理くらいの超大物です。
しかも彼は、小野道風、藤原佐理とならんで書の三蹟に数えられる書の大家です。
控え目な人柄ですが大胆さもあり、格段の教養を感じさせる当代一流の人物です。

そんな時代を代表する一流の教養人であり、文化人であり、大政治家という超のつく大物に対して、清少納言は人としてまったく対等に接しているだけでなく、「思いを込めてニワトリの鳴き真似で私を謀ろうとしても」と知的に故事をひき、「よに逢坂の関は許さじ」と、あっさりとまるで春風のような爽やかさで彼をフっているわけです。

ここまで痛快にフられたら、行成にしても、
「わはは。一本とられましたな」と笑って済ますしかありません。
さらに、この話を知った周囲の者たちも、藤原行成を軽蔑するようなことはありません。
なぜならこの話を理解するには孟嘗君の故事を知っていなければならず、清少納言と藤原行成の機知に富んだやりとりに、むしろ尊敬の念を抱くからです。

手紙は、行成本人が送り間違えたのか、下男が届け間違えたのかは分かりません。
いずれにしてもこの歌からは、しっかり者で、かつ大物の政治家である藤原行成の痛恨の失敗談を、機転を利かせて笑い話にしてしまう清少納言の計り知れない才能が感じられます。
藤原定家が数ある清少納言の歌のなかから、最も彼女らしい歌として、この一首を選んだのも、なるほどと納得できます。

清少納言が機知に富んだ愉快な女性であったことは、『枕草子』などを読んだら明解ですが、「男をへこませる」というけれど、相手の藤原行成は、仮にも大納言です。
その大納言に、たとえ宮中外とはいえ、恥をかかせるということは、これは忌むべきことですし、常識として避けなければならないことです。
そうではなくて、相手を傷付けないように、名誉を削がないように、それでいながら機知に富んだ面白さを展開する、そこにこそ、まさに教養の価値があるのだと思います。

そして、簡単に言ったら「清少納言が鼻持ちならない女性という以外、意味不明」だったこの歌に、たった一本の補助線、つまり「行成が二股かけていて、翌朝の手紙の宛先を間違えた」という補助線をひくことによって、なんとこの歌のやりとりが、実に明るく爽快感をもった歌問答に変わってしまうのです。
おそらくは、藤原定家は、まさにそこに気がついていたからこそ、この歌を清少納言を代表する歌として、また、平安中期の女性たちが輝いた時代の代表歌として、この62番という位置に、この歌を配置したのだと思います。

ただ清少納言が、教養ある爽やかな女性であるということは、同時に繊細で傷つきやすい性格を持った女性であったということも示していると思うのです。
そうでなければ、千年の時を越えて今の時代にも通用するだけの文学を遺すことなど土台無理な話です。
それだけに、一塵の風のような爽快さでこの歌を詠んだ清少納言は、同時に二股に心を傷つけられ、一方においてはお辛い思いもされていたのであろうと察します。
だからこそ、その辛さを払拭するために、彼女はもちまえの爽やかさでこの歌を詠んでいるわけです。

そもそも男尊女卑とか、男女が対立し闘争するなどという思想は、十九世紀の共産主義によって生まれた思想です。
日本には、そんな概念はありません。
そもそも「対立」とか「闘争」という言葉自体が、幕末から明治以降に翻訳された造語でしかないのです。
清少納言や藤原行成が生きた時代には、そんな概念や思想どころか、言葉さえありません。

その後の日本にもずっと、「男女が対立し、敵対し、闘争する」などという暴力的な観念や思想は、まったく出てきません。
男女は互いに長所を生かし合い、協力し合い、信頼し合って、個人としても、また社会共同体としても、日本全国が一体となって子を育て、社会を築いていくという「対等」の概念しか持ち合わせていません。

そもそも、夫婦を示す「めおと」という言葉は、いまでは「夫婦(めおと)」と書きますが、もともとは「妻夫(めおと)」です。
妻が先、旦那があとです。
男であれ女であれ、研鑽を積み自己を高めていくことで、周りの人々や社会に貢献することが当たり前だったし、だからこそ日本の文化は、ため息が出るほどの高みへ上ることができたのではないかと思います。

ちなみに、このように現代の解釈としてご紹介している私の文について、それがどの本なのか具体的に明示していないから、私が「学説の中でも極端な極論をあげて、自らの極論を正当化しようとしている」などと批判しているサイトがあるやに聞いています。
私が具体的に書名や学者の先生の名前を挙げないのは、個人攻撃をする気がないからであり、またご紹介している論は、ほとんどの解説本に書かれた一般論です。
私は対立したり議論したりしたくて、この本を書いているわけではなくて、百人一首を通じて日本の心を広めたいという思いから解説本を書いています。
個人を特定して、あの人はおかしな解説をしているとかという批判をすること自体、対立を求めようとするさもしい心であり、日本的心からしたら、あまりよろしくないものと思っています。
だから特定はしませんし、その必要もないと思っています。


出典:『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』
小名木善行著 P.382〜390
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