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日本は「たみ」が「おほみたから」とされる天皇のシラス(知らす、Shirasu)国です。


グアム島の戦い

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20150808 グアム


二日経ってしまいましたが、8月10日は、グァム島守備隊が玉砕した日でした。
71年前の昭和19(1944)年の出来事です。

米軍のグアム島への攻撃は、7月8日から始まりました。
米軍の艦船は、空母13隻を含む、合計274隻もの大軍でした。

グアム島は、ちょうど淡路島をひとまわり大きくしたくらいの島です。(面積は549平方km)
その小さな島に米軍は、上陸前の掃討作戦として徹底した艦砲射撃を行いました。
その数、20日までの13日間だけで、なんと合計28,764発です。

なんと米軍は、あの巨大な艦隊主砲等を、19メートル四方に1発の割合で砲撃したのです。
さらに18日からは空爆も開始しました。
空爆は、わずか三日の間に、延べ4,283機、1,310トンもの爆弾投下というすさまじいものでした。

物量さえあれば、ある意味、理にかなった戦法です。
まずは鉄砲玉の飛んでこない遠くから艦砲射撃を行って一帯を焼け野原にし、高射砲に狙われる危険がなくなってから航空機で絨毯(じゅうたん)爆撃を行う。

「これだけの砲爆撃を食らわしておけば、アリの子一匹、生き残れまい」
だから、21日に米軍が島への上陸を開始ししたとき、上陸の8分後には、島に星条旗を立てています。
このときは、もう島を占領した気になっていたのです。
なにせ、もはや島の全ては破壊され、島には、見えるものは瓦礫と焼け野原だけだったのです。

ところが、アリの子一匹残っていないと思われたそのグアム島から、突然米軍の上陸部隊に、山砲と速射砲が撃ち込まれました。
このときの米軍側の衝撃はたいへんなものであったといいます。
まさにこれは「I can’t Believe it !!」だったのです。



日本側が砲撃をすれば、その大砲の位置がわかります。
米軍は艦砲射撃と空爆の集中砲火で、これを沈黙させようとしました。
徹底した砲爆撃を行いました。

ところが日本側の作ったトーチカは、厚さ1メートルものコンクリートで固めています。
これは艦砲射撃でも破壊できません。空爆にも耐えます。
さらに人跡未踏と思われる密林奥地の大砲や、海岸から4キロもの奥深くに設置した野砲なども、そのまま存続していました。

なるほど日本側が敷いた水際の陣地は、完膚なきまでに破壊され尽くしていましたが、そこを破壊して勝った気になって上陸してきた敵を狙い撃つ陣地が、島にはしっかりと築いてあったのです。
しかもその陣地は、艦砲射撃でも空爆でも破壊できない。

やむを得ず米軍は、戦車を上陸させて、これら砲門のひとつひとつを破壊する作戦に出てきました。
トーチカ等のひとつひとつに近づき、直接内部に爆弾を放り込み、あるいは火炎放射器で内部を焼きつくすという戦法です。
この時代、陸上の兵器は、敵戦車に通用しません。
トーチカは、ひとつひとつが破壊され、7日目の28日早朝には、数十両の敵戦車が日本側の師団司令部のある本田台を包囲したのです。

このときの日本側のグアム島守備隊の戦いは、おそらく世界の戦史に残る果敢な戦いであったといえます。
日本側は、対戦車爆弾を抱えて、敵戦車に肉弾体当たりの手榴弾攻撃を行ったのです。
戦車に手榴弾は通用しません。
ではどうしたのか。
敵戦車に乗り込んで、上から天井の蓋を開けて、中に手榴弾を放り込んだのです。

戦車というのは、完全防備車両です。
しかも戦車の周囲は、米兵たちが固めています。
世界中どこの戦いにおいても、戦車には近づくことすらできない、というのが戦いの常識です。
ところが私達の、若き日の父たちは、その戦車に近づき、戦車の上にあがりこみ、手榴弾を放り込んだのです。
まさに鬼気迫る戦いでした。

いささか私的なことを書かせていただきます。
私の親父は、生前よく、「戦場で敵弾が飛んできたら、俺はカーッと頭に血がのぼって、体一つで飛び出して行くよ。どうせ死ぬんだ。だったら盛大な花火を打ち上げて、華々しく散るさ」と言っていました。
私も同じです。敵弾が飛んでくる。仲間が何人も死んでいく。どうせ自分も死ぬとわかっているのです。だったら華々しく散ってやろう。ちょっとでも敵に損害を与えて死んでやろう、と普通に思います。

大怪我して痛い思いをしながらいつまでも戦場にいるより、一足お先にあっさり逝って、靖国の桜の下でみんなを待って、花見酒でもしゃれこんでいよう。
そう考える人は、実は意外に多いのではないかと思います。
もちろん死ぬのは怖いです。命がなくなる。肉体が滅ぶ。
死ぬ瞬間、痛い思いをするのは怖いし、辛いし、嫌です。
けれども、魂は永遠です。
死んで、また生まれ変わって、また生きて国の役に立つ。愛する人を護るとかいう、小難しい理屈抜きは抜きです。

話をグアムに戻します。
この日、高品彪(たかしなたけし)中将は、全島で3000名以上の生存者があることを考え、戦車の重囲から脱出し北方での再起を決意しました。
しかし午後2時、高品師団長は、敵の機関銃弾を受け、壮烈な戦死を遂げてしまいます。

高品彪(たかしなたけし)中将
高品彪中将


7月29日の時点で、日本軍の残存兵力は、陸軍約1000名、海軍陸戦隊約800名、戦車部隊、砲6門、その他の合計、約2500名となっていました。
この時点で、もはや日本軍に、陸海軍の区別も、第一線と後方の区別もありません。
そして戦える者全員が、又木山(マタグアック)に集結しました。

集まった全員が負傷兵です。
指のない者、腕のない者、足のない者、片眼がつぶれている者もいました。
残された戦いの手段は、敵戦車、敵機関砲に対しての、銃剣突撃だけです。
銃はあっても弾がすでにない。

8月9日、早朝から約50両の米戦車が、一斉に最後の日本軍陣地である又木山への攻撃を開始してきました。
8月10日、残った日本兵は、みんなで話し合って、翌11日を期して最後の攻撃を敢行することを決めました。
午後8時、小畑英良中将が天皇陛下並びに大本営に、
「己れ身を以て、太平洋の防波堤たらん」
と、決別の電報を打ちました。

そして、8月11日午後2時35分、 又木山に集結した日本軍残存兵力の約60名が、小畑中将とともに自決しました。
こうした敗軍となったとき、将校が自決するということは、外国人の目から見ると「意味がわからない」ものなのだそうです。

支那においては、軍が敗れるより先に、強敵が攻めてきたら兵たちを前線に送り込み、後ろから督戦隊を差し向けておき、司令官が真っ先に逃げ出すというのが、セオリーです。
そうした支那軍などは論外ですが、西欧における戦いでも、配色濃くなってきた時に司令官が自決するというのは、考えられないことであるのだそうです。

けれど日本人でる私達は、それをむしろ当然のことと自覚します。
理由は、古くからの日本精神にあります。
大和言葉では、忠義の「忠」を、「まめなるこころ」と読みます。
本来は逆で、「まめ」という言葉があって、あとから漢字を輸入したときに「忠」という漢字をこれに宛てています。だから日本語には訓読みがあります。

漢字圏における「忠」は、上に立つもの(皇帝)などに身を捧げることを自分の心の中心となすことを意味します。
けれど、そういう説明を聞いても、これをお読みの多くの方は「なんだ、そうなのか」と、まるで他人ごとのようなウツロな感覚しか持たれないのではないかと思います。
日本人にとっての「忠」は、意味がすこし(というかだいぶ)異なるのです。
それが「まめ」ということです。

「まめ」といのは、男性が彼女を口説くのに、まめに彼女に贈り物をしたり何かと気を使う、あるいは妻が愛する夫のために、まめまめしくつくしたりするときに使われる言葉です。
戦いに際しては、日本の武士も将校たちも、そして兵たちも、自分の持っているすべてを、まさに「まめ」に使って、つまり全部を使って、全知全能をもって起きている時も寝ている時も(常住坐臥)、愛する者を護るために、たいせつに想う者たちを護るために、自分の全部を使って闘いぬきます。

全部使い果たすのです。
ですから最後に残っているのは、最早自分の命しかない。
そして将であれば、敗軍となったとき、愛する部下たちの命を失い、そして持てるすべての「まめなる心」を尽くして闘いながら、敗軍となっているわけです。
死んでお詫びするしかない。
だから腹を斬ります。
死んでいった仲間たちの苦痛を一心に引受け、自分の命で最後の償いをします。
それが勝つこと(克つこと)のために生きた将の、人の上に立つ者の責任の果たし方であり、日本の伝統です。

だから腹を斬りました。
そして生き残った者達も、祖国の安寧を願いながら、最後の突撃を行い散華しました。
自己の欲得のための戦いや、誰かに強制された戦いなら、そういう心は生まれません。
大切なものを護る戦いだからこそ、その心が生まれます。
それが、日本の戦いでした。

8月13日、米国はグアム全島の占領をラジオで発表しました。
グアムの戦いは集結し、グアム島日本守備隊の陥落によって、米軍はグアムに航空基地を設置し、日本本土への無差別空爆を始めました。
結果として、グアムの戦いの敗戦によって、本土での一般市民への戦災が始まったのです。

グアム島の戦いで、日本の守備隊総員2万810名のうち、1万9,135柱英霊の命が失われました。
しかしそれでも一部の生き残った兵士はゲリラ戦を行って執拗に抵抗を行い続けています。
ナイフしかない、食べ物も、水もない。そんな状況下で、彼らは亡くなった将兵の武器や弾薬を集め、ジャングルに隠れながら戦い続けました。

そのなかのひとりに、若き日の横井庄一伍長がいました。
彼は、1972年(昭和47年)まで、グアム島内に潜伏しました。味方が再来するときを信じて、たったひとりでグアムで戦い続けました。
なんとグアム島の戦い終結後、28年間もたったひとりの戦闘を続けたのです。

その横井庄一氏の帰国の際の第一声は、
「帰って参りました…恥ずかしながら、生き永らえて帰って参りました」というものでした。
横井さんは、日本に帰国後、どうして日本は負けたのかの質問に、こう答えられました。
「武器がなかったからです。精神は勝っていた」

グアム島には、ラッテストーン (Latte stone) という、不思議な石柱群があります。

ラッテ・ストーン (Latte stone)
ラッテストーン


このラッテ・ストーン、「9世紀から17世紀にかけて作られた古代チャモロ文化の遺跡らしい」という以外、何に使われたのか、どのように使われたのかなど、今ではまったくわかっていません。
しかしグアムの人々は、ラッテ・ストーンには「タオタオモナ」と呼ぶ祖先の霊が宿っているといいます。
「タオタオモナ」が、何者なのかは、謎とされています。

けれど、「タオタオモナ」をローマ字で書くと「tao tao mona」です。
私にはこれが、「to toi mono(尊いもの)」がなまったものに見えます。
あるいは「tae nai mono(絶えないもの)」かもしれません。
絶えないもの、絶やしてはいけない尊い精霊が宿っているという意味のように思えます。

なんだか言葉の遊びみたいに思えるかもしれませんが、たとえば中世のインドに「ムガール帝国」という大きな王朝があったことはみなさんご存知と思うけれど、その「ムガール」というのは、「ムガル」つまり、モンゴルが転じた言葉です。
日本では、たとえば東北の方ですと、元寇で攻めてきた蒙古のことを「ムグリ」と発音しますが、それと似たようなものです。

日本は7世紀に対外的に国号を「日本」と定めました。
「日本」をシナ語で発音したら「jitu pong」です。
これを13世紀のベネチアの商人のマルコポーロは、自国語で「Zipangu」と表記しました。
これが英語では「Japan」と変化し、日本語では「ジャパン」と書かれます。
そうしてみると、「tao tao mona」が、日本語の「to toi mono」であったとしても、なんら不思議はありません。

最新の古代史研究では、どうやら古代倭国は、九州から朝鮮半島南部、琉球、台灣、フィリピンから東南アジア、太平洋から南米まで影響力を持った巨大国家であったという説もあるそうです。
つまり、大東亜戦争の当時に、日本領となっていたエリア、それは地球の3分の1を占める広大なエリアですけれど、それがまさに倭国とその影響下にある巨大連邦だったという説です。
超古代において、グアムは倭国の一部であった可能性は、あったかもしれません。

そのグアムにつて、いまの日本人の多くは、アメリカの領土と思っておいでの方が多いようです。
けれど、それは違います。
グアムは、米国の「未編入領土(Unincorporated Territory)」です。
グアムは、米国の領土であって領土でない、きわめて不安定な状態におかれたままにあります。

ですからグアムでは、議会の決議より、米国合衆国憲法が優先されます。
住民は合衆国政府が定めた納税義務を負っています。
けれど、グアムの人々には米国の大統領選挙に参加する資格は与えられていません。

要するに「未編入領土」というのは、植民地を体裁よく言い換えたものなのです。
つまり、グアムはいまだに植民地支配が続いている島なのです。
そして島の3分の2は、米軍の基地となっています。

グアムは、国ではありません。
ですから国旗というものはありません。
けれど、グアムの人々は、グアムの「地域の旗」を持ち、これをとても大切にしています。
この旗の図案は大正6(1917)年、米海軍の将校夫人であるヘレン・ポールのスケッチを元にデザインされたもので、昭和23(1948)年にグアムの旗として制定されたものです。

グアム島の地域の旗
20150808 グアムの旗


マリンブルーはグアムの美しい海と空、赤の枠はグアムを護るために流された血を表しています。
そして真ん中の楕円は、その昔グアム島で採れた石で作った武器である投石器を表現しているとされています。
けれど、どことなく日の丸をモチーフにしているようにも見えます。
米国人女性のデザインに、日章旗を組み合わせ、血であがなわれたグアムの歴史を刻んだこのグアムの地域の旗には、グアムの独立自存への願いと、日本への思いが込められているともいわれています。

私達の熱い戦後は、まだ続いています。


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コメント
万歳突撃はクレージーか?
欧米人が日本の万歳突撃をクレージーとか批判するのは、嫉妬の裏返しです。欧米人の言葉を真に受けてはいけません。あれだけの愛国心と勇気と自己犠牲の精神は英米人は持ち合わせてない。日本人はお人好しですぐ言葉を信じるのがいけない。
2015/08/17(月) 01:45 | URL | 嫉妬心 #OARS9n6I[ 編集]
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2015/08/13(木) 00:36 | | #[ 編集]
拡散。意見を提出しましょう。
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=120150009
テロ3法、最後の「国際テロ財産凍結法」施行が10月から。
パブリックコメントが8/22(r土)まで募集されています。
情報提供、資金援助した者も含め処罰対象。
反日勢力、反社会的組織、反政府勢力等が適用範囲。
2015/08/12(水) 22:39 | URL | 匿名 #mMSEkzYg[ 編集]
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2015/08/12(水) 19:02 | | #[ 編集]
No title
激動の昭和、先の戦いで散華された英霊の皆様、そして生きて戦後日本の復活に尽力された皆様、「最後の侍」「凛として愛」その言葉が最も相応しい方々です。

今持って、軍部がどうの指導者がどうのと、自虐意識の中で人を責め、国をも歪める事しか出来ない輩がいる事に情けなくなります。
なぜ史実に目を向けないのか、不思議でなりません。

2015/08/12(水) 16:50 | URL | #PyZMa2bE[ 編集]
「武士の娘 銊子(えつこ)とフローレンス」
NHK BSでタイトルの番組を見ました。

銊子(えつこ)さんは、幕末の長岡藩筆頭家老である稲垣平助の娘です。

その人が、兄の命令で在米の日本人に嫁ぐことから、後に出版される
「武士の娘」につながっていきます。

この本は、米国でヘミングウェイの本と同様のベストセラーになりました。
後にヨーロッパでも出版されています。

読んだ米国人の日本に対する理解は進んだようですが、大きな力が戦争へと駒を進めてしまいました。

2015/08/12(水) 16:40 | URL | アウェイク #-[ 編集]
『余命3年時事日記』が消される
『余命3年時事日記』が消される
http://t.co/6Wo8Rrk2tQ

【関連情報】
特設掲示板【集団通報会議室】
http://www.aixin.jp/axbbs/kgs/kgsm.htm

集団通報の会議室掲示板にようこそ。
ここは在日支那朝鮮人で永住許可証明書を保有していない不法滞在者を出
入国管理事務所に通報するための情報交流の会議室です。
今まで、曖昧な在日特権で70年間日本民族を蹂躙してきた在日支那朝鮮
人に強制退去を執行して国外へ追放しましょう。
日本民族による安心・安全で自由な社会を守るために皆で情報を共有して、共に働きましょう。
様々な問題の解決や情報交流の場所としてご利用下さい。

詳細は
【マスコミ隠蔽の掲示板】最新版
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj4.cgi
【マスコミ隠蔽のタイトル一覧】最新版はこちらをクリックして下さい。
2015/08/12(水) 13:55 | URL | 愛信 #EBUSheBA[ 編集]
No title
「泣いて馬謖を斬る」という言葉があります。
中国の場合には、指揮者は戦争で失敗をして部隊に大損害を与えた場合でも、指揮者は逃げ帰る。しかし、これの失敗を判断した最高責任者は、その指揮者を処分するというものでしょう。
日本の場合、指揮者自らが場合によっては、己がその責任度合いを判断して自決しました。

日本の場合には、己の判断によって部下を大勢死なせたのですから、作戦全体のことより、死なせた部下に対する責任の取り方だと思います。
もっとも、部下だってその責任がありますから、これを貫徹するまでは簡単に持ち場を離れることはできなかった。
それぞれが、共通の靖国神社で祀られることを前提に、戦えたと思うのです。

ただ、無駄死にという表現だけは、使われたくありません。それぞれの方が日本のために戦って、その結果で亡くなったのです。
今の日本は平和ですから、当時の方の心情は想像できないと思いますが、同じ立場に置かれたら、今の日本人も同じ行動を起こすと思います。

今から50年くらい前のことですが、日教組バリバリの先生から平和教育で、ここまで浸透したけれど、まだ油断はできないといっていたのを思い出しました。
その通りでした。
それから50年ほどして真実のことを知ったら、日教組なんてくそ食らえです。



鹿児島の川内原発がやっと再稼働しました。
テレビでは日本の発電量は足りているから、原子力発電所はいらないとの意見が多いです。しかし、先日は東京で3名の老人が熱中症とみられる症状で亡くなっていましたけれど、これは電気代が高価になったための影響ではないのでしょうか?
また、原発が停止されて以降、JRをはじめとする交通機関の車内温度は25度であったものが28度に設定されています。そのためとは言い切れきませんが、車内の急病による電車の遅れの多発を感じます。それに、地球温暖化のためでしょうか、気温も高いように思えます。

電力が足りているのは、無理な節電と電気代の値上げによるものなら、電力量が十分ということに疑問符がつきます。(工場は暑い中を、従業員の方は無理しています。)
電気代が安価で十分に供給され、みんなが快適に過ごすためには、原子力発電が必要だと思います。
2015/08/12(水) 13:23 | URL | ポッポ #-[ 編集]
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このコメントは管理者の承認待ちです
2015/08/12(水) 12:53 | | #[ 編集]
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2015/08/12(水) 12:23 | | #[ 編集]
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2015/08/12(水) 10:24 | | #[ 編集]
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このコメントは管理者の承認待ちです
2015/08/12(水) 10:16 | | #[ 編集]
No title
今日もありがとうございます。
グアムは行っていませんが、
知人からお土産をもらったことはあります。

未編入領土(Unincorporated Territory)
*議会の決議より、米国合衆国憲法が優先
(米からの文書が送付される)
*納税義務を負う(米国債・基地への負担)
って、なんだか日本みたいですね。
表立っていないだけで・・・。
私が知らなかっただけ?
事実は拡散したいので、記事は、衝撃的でしたので、またまたブログに載せさせていただきました。
2015/08/12(水) 10:09 | URL | えっちゃん #-[ 編集]
舌先三寸な日本人
昭和の時代に生まれた私は、今の平成の時代において、なんというか昭和という年元号時に生まれてよかったとつくづく思う。

それは、あの大東亜戦争が、昭和に起きた一大事であったこと。
その戦いこそ、戦後70年を経過しても、色褪せない世界の民族の中で成し得た本物の正義の戦いであったこと。

その戦いの中で、昔のご先祖様がどんなに辛い目にあっていたのかを知ったことも大きな立場から見れるようになったこと。

先の大戦に失われた当時のご先祖様のご苦労を思えば、今生きている自分の苦労なんてどうってことはないと思えることが、今の自分の人生の大きな推進力になっている。

戦艦大和の特攻においても、映画では、大和一隻しかでていなかったけど、本当は、第二水雷戦隊だから、駆逐艦も一緒に沖縄へむかっていた。

その先頭を進む巡洋艦 矢矧は、主体を逃がさんと、より主体より飛び出て、敵の猛攻を一身に受けつつ沈むまで闘ってくれた。

いい大人がと思いますでしょうが、こうして身を粉にして闘ってきれたご先祖様の思いは、祖国日本を護りたい、未来の子孫の為に護りたい、ただそれだけを念じて、弾も食糧もない中、最後は軍刀を振りかざして、玉砕された。

ここまで書いて、「何のためにやったのかね?」とか「軍部の無謀な命令の犠牲者だ」とか語られる日本人は、精神的には、日本人ではない。

戦争当時そのままの時代背景や状況下を理解しないうちに、軽々しく語ってはならぬことだと思うからです。

敵に追い込まれても、追い込まれても、見捨てず、みんなで励ましあい、助け合って、徹底抗戦をしたご先祖様のことを批判することは、あってはならない。

ただただ、その激闘に敗れた御霊をやさしく愛でてあげることが大事だからです。

舌先三寸な日本人にはもう騙されない、なりたくない。
2015/08/12(水) 08:50 | URL | #-[ 編集]
No title
日中平和友好条約締結(8/12)

「日本国と中華人民共和国との間の平和友好条約」北京において締結(1978年=昭和53年)



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『対中“叩頭”外交の端緒』



そもそもの事の発端は、一九七八年八月、日本が自国の国益に反してまで、いや平和条約の本義に反してまで、日中平和友好条約を締結したことにある。


平和条約とは、相互に領土の承認をして今後いっさい領土紛争が生じないことを確認する条約である。とすれば、中国側が暴力団そのものに尖閣諸島の領有権を国際法上何ら根拠もなく突きつけてきた以上、平和条約など蹴っ飛ばすのが、主権国家・日本の唯一に正しい外交だった。


しかし、(福田赳夫総理は蚊帳の外で)外務大臣の園田直や自民党幹事長の大平正芳、そして防衛庁長官の金丸信は、どんな屈辱的な条件でも中国との平和条約を結ぶことを優先した。この三名は“国賊”だった。


(中川八洋『尖閣防衛戦争論』PHP研究所、pp.166-67)


2015/08/12(水) 08:39 | URL | junn #p4GOlP7Y[ 編集]
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小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
静岡県出身。国史啓蒙家。倭塾塾長。日本の心をつたえる会代表。日本史検定講座講師&教務。
連絡先: nezu3344@gmail.com
著書
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』第1巻〜第3巻
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』
日々、先人たちへの感謝の心でブログを書き綴っています。それが自分にできる唯一のお国への、先人たちへの、そしていま自分が生かさせていただいていることへのご恩返しと思うからです。こうしてねずブロを続けることで、自分自身、日々勉強させていただいています。ありがたいことです。

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ほんとうに皆様のコメントが、とっても嬉しく、かつありがたく拝読させていただいています。

議論というものは、すくなくともこのブログのコメント欄が、国政や地方自治、あるいは組織内の意思決定の場でなく、自由な意見交換の場であるという趣旨からすると、互いに互譲の精神を持ち、相手を尊敬する姿勢、ならびに互いに学びあうという姿勢が肝要であると存じます。

私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

ましてや、自分で質問を発したものについて、それぞれお忙しい皆様が、時間を割いて丁寧にご回答くださった者に対し、見下したような論調で応対するならば、それは他のコメントされる皆様、あるいは、それをお読みになる皆様にとって、非常に不愉快極まりないものとなります。

従いまして、謙譲・互譲・感謝、そして学ぶという姿勢のない連続投稿、粘着投稿に類する投稿をされた方については、以後のコメント書き込みを、管理人である私の判断で投稿の禁止措置をとらせていただきますので、あしからずご了承ください。
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