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日本はシラス国です。ウシハクと一線を画す日本の姿学んでいます。


義和神拳

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今期は本当の近現代史を学びます。
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天津市を徘徊する義和団
<20150928 天津の義和団


「義和神拳」と、なんだかマンガの「北斗の拳」みたいなタイトルなので、いったい何の話だろうと思われた方もおいでかもしれませんが、義和団事件の実話です。
もともと義和団というのは、拳法結社で、もとになったのが、支那山東省にあった「神拳」という拳法の流派です。
これに剣術の太刀会や、拳法の梅花拳など複数の武術道場が合流し、門弟たちを集めて「義和拳(義和神拳)」を名乗って、巨大な武闘集団となったのが、義和団です。

義和神拳を身につけると、体は鋼鉄となって銃弾さえも跳ね返し、刀で刺すことも斬ることもできなくなる。
不死身の肉体となるだけでなく、闘気だけで敵を倒すことができると信じられていたのだそうで、もしかすると、本当にそんなことのできるリーダーがいたのかもしれません。
そのリーダーが、数多くの門弟を率いて武闘団となり、その武力に惹かれてさらに大勢が群がる。
気がつけば、ものすごい大集団になっていたわけです。

まるでマンガの北斗の拳で、ラオウが複数の武道家の流派を統合して、巨大な大軍を率いたみたいな話ですが、こちらは実話です。
義和拳の生まれた山東省は、もともと孔子様の生地なわけです。
住民には、そういう意味では地域への誇りというか、プライドがありました。

ところがそこにドイツが進出し、さかんにキリスト教の勧誘をしたのです。
ただ宗教というだけなら問題はなかったのかもしれませんが、教会を建てるために、強引に地元住民を立ち退かせたりして、土地争いが起きるわけです。
そしてこの仲裁に、最初に介入したのが、剣術道場の太刀会で、それに拳法道場の神拳が合流する。


動画版:ねずさんのひとりごと



相手がドイツ軍ならいざしらず、相手は「ドイツ系のカトリックの教会」なのです。
当然、神父たちは武装などしていません。
武装していない人達を、剣と拳法を身につけた人達が大勢で襲撃すれば、そりゃあ勝てます。
非武装のドイツ人を袋叩きにして撲殺しただけなのに、その話にいつの間にか尾ヒレがついて、ドイツ軍の銃弾さえも通さない肉体となり、さらにドイツ軍がとれて「鉄砲玉も通さない神の拳」と、尾ヒレに派ヒレがついて、ついには義和神拳となっていったわけです。
このあたりの話の膨らみ方は、まさに支那的です。

しかもこの武闘集団、襲撃対象をキリスト教関連施設にだけ限定していました。
支那の軍閥は、集団を維持するために周辺住民から収奪を行い、必要に応じて周辺住民を捕まえて食べるのですが、この剣術と拳法の集団は、そんな襲撃対象を、外来宗教のカトリックに限定したわけです。
そのため彼等は「義に厚い平和の拳法」という意味で、「義和団」と自称するようになります。

「義」とは、日本人にとってはものごとの道理を意味しますが、支那においては戦いに我が身を捧げるのが「義」です。
ですから、非武装・無抵抗のカトリック教徒を、剣術や拳法の武芸者が襲撃して金品を奪い、教会に火を付け、神父らを食べることが、彼らにとっての「義」であり「和」となります。
このあたりの言語感覚の違いも、私達日本人はちゃんとわきまえる必要があります。
「ねずさん、ちょっとひどく書きすぎじゃないの?」と言われそうですが、事実なのだから仕方ありません。

こうして「義和拳」とか「義和神拳」と呼ばれるようになった彼等は、山東省内で巨大化していきます。
巨大化すれば、当然弾圧があります。
義和団は、明治32(1899)年に、北洋軍閥の袁世凱によって弾圧され、山東省から蹴散らされるのです。
つまり本物の銃を持った支那の軍閥によって蹴散らされたわけです。
銃弾さえも跳ね返す肉体だったはずですが、弾が当たると痛かったのでしょうか。

そんなわけで義和拳は山東省から追い出されるのですが、これによって逆に義和拳の一団は、勢力を拡大しています。
ここがまた支那的です。
要するに義和神拳の噂が独り歩きしていたために、河北や天津、北京方面で次々と入団者ができ、またたく間に彼等は20万の大勢力になるわけです。

もちろんそうなると、全員が義和神拳をマスターしているわけではありませんし、各地で様々な拳法道場や剣術道場などを仲間に引き込んでいましたから、もはや義和拳とばかりはいえなくなり、そこで変えた名前が「義和団」でした。

要するに義和団は、もともと神拳を名乗る武術流派であり、それが山東省内のドイツの圧政に立ち上がって非武装無抵抗のカトリック教会を襲い、そこに山東省内の様々な武術流派が合流して義和神拳となり、それが山東省で弾圧されて、周辺地域に逃げ出したことによって、支那国内の不平分子を統合して、さらに一層、巨大な組織となっていったというわけです。
このあたりの支那人の行動様式というのは、たいへん興味深いものです。

さて、明治33(1900)年6月10日に、20万の大軍で北京入場を果たした義和団は、清王朝の西太后にたいへんに気に入られます。
西太后は、この頃、清王朝内の自分の政治権力基盤を強化することを画策していましたから、義和団の20万の正規軍(支那では、軍と暴徒とヤクザは同じものです)は、たいへんにたのもしい存在にみえたわけです。

一方で義和団からしてみれば、北京の王城入りは必然でした。
なにせ20万の大軍なのです。
仕事もしない愚連隊です。
でも食べていかなければならない。
食料の調達には費用がかかりますから、普通、支那では周辺の住民からタダで食べ物を奪います。
ようするに集団強盗をするわけです。
必要に応じて、住民も食べます。

ところが彼らは仮にも「義和」を名乗っているわけです。
そうなると、あまり悪辣な真似もできないし、しにくい。
だから、むしろ積極的に清朝政府に取り込まれることで庇護を受けようとしたわけです。

一方で清朝内部は、西太后一派がやや強いといえ、内部は対立と抗争のメッカです。
軍を謹呈しますといえば、必ず乗ってくる。
案の定、西太后は新たに生まれた20万の軍勢(ここで暴徒が軍に早変わりしています)に狂喜するわけです。

義和団は、彼等の暴行を制止しようとした日本公使館の杉山彬書記生を路上で殺害し、同月20日にはドイツ公使クレメンス・フォン・ケッテラーを殺害します。
そして西太后から清王朝の10万の正規兵を借り受け、北京市内にあった外国人公使館区域にいる約4000人の外国人、および支那人キリスト教徒たちを、いっきに殲滅・殺害しようとしたのです。

このとき北京の外国人公使区域(外国人疎開)にいたのは、英・米・仏・露・独・墺(オーストリア)・伊・蘭・ベルギー・スペインと、日本の合計11カ国の公使とその家族と随員、それと教会に付属していた支那人キリスト教徒たち、合わせて4000人です。
このうち、まともに戦える兵士は、11カ国全部合わせても、わずか400人しかいません。
そのわずか400人が、義和団20万、清王朝の正規軍10万、合わせて30万の大軍を前に、なんと100日間の籠城戦を闘いぬいたのが、義和団事件です。

この戦いの中、ある英国人の義勇兵が、とても人間業とは思えない光景を見たと、P・フレミングの「北京籠城」に書いてあります。

*****
隣の銃眼に立っている日本兵の頭部を銃弾がかすめるのを見た。
真赤な血が飛び散った。
しかし、彼は後ろに下がるでもなく、軍医を呼ぶでもない。
『くそっ』というようなことを叫んだ彼は、手ぬぐいを取り出すと、はち巻の包帯をして、そのまま何でもなかったように敵の看視を続けた。
(中略)
戦線で負傷し、麻酔もなく手術を受ける日本兵は、ヨーロッパ兵のように泣き叫んだりはしなかった。
彼は口に帽子をくわえ、かみ締め、少々うなりはしたが、メスの痛みに耐えた。
しかも彼らは沈鬱な表情一つ見せず、むしろおどけて、周囲の空気を明るくしようとつとめた。日本兵には日本婦人がまめまめしく看護にあたっていたが、その一角はいつもなごやかで、ときに笑い声さえ聞こえた。
(中略)
長い籠城の危険と苦しみで欧米人、とりわけ婦人たちは暗かった。
中には発狂寸前の人もいた。
だから彼女たちは日常と変わらない日本の負傷兵の明るさに接すると心からほっとし、看護の欧米婦人は皆、日本兵のファンになった。
*****

続けて英国人B・シンプソンの日記です。

*****
数十人の義勇兵を補佐として持っただけの小勢の日本軍は、王府の高い壁の守備にあたっていた。
その壁はどこまでも延々とつづき、それを守るには少なくとも5百名の兵を必要とした。
しかし、日本軍は素晴らしい指揮官に恵まれていた。
公使館付き武官のリュウトナン・コロネル・シバ(柴中佐)である。
(中略)
この小男は、いつの間にか混乱を秩序へとまとめていた。
彼は部下たちを組織し、さらに大勢の教民たちを召集して、前線を強化していた。実のところ、彼はなすべきことをすべてやっていた。
ぼくは、自分がすでにこの小男に傾倒していることを感じる。
******

柴五郎中佐
柴五郎中佐


英国公使館の正面の壁に穴があけられて、そこから数百の清国兵が乱入したときのことです。
当時、北京市内で最も広壮だった英国公使館には、各国の婦女子や負傷者が収容されていました。
このとき柴五郎中佐は、安藤大尉以下8名を救援に向かわせています。

現場に到着した安藤大尉は軍刀を抜くと清国兵に斬りかかり、目に見えないほどの速さでたちまち数名を斬り伏せました。
清國兵が手にしているのは主に青竜刀です。
ご存知の通り青龍刀は、太くて厚みがあって、大きく湾曲しています。
ですから青竜刀で打ち掛かられたものを剣で受けても、青龍刀はすべるように剣を押しのけて相手を斬り倒します。
ある意味、戦場に特化した強力な剣なのです。

ところが会津流の剣術の達人であった安藤大尉は、敵の打ち込みを毛筋一つで交わします。
そして眼に見えないほどの速さで、一瞬にして敵兵数名を斬り倒したわけです。

そしてこれに呼応してつづく日本兵が銃剣で次々に敵兵を突き刺しました。
すると清國兵たちは浮き足立ち、われさきにと壁の外に逃げ出しました。
安藤大尉らの奮戦は、英国公使館に避難していた人々の目の前で行われました。
このため日本兵の勇敢さは讃歎の的になりました。

後に体験者の日記を発掘して「北京籠城」という本をまとめ上げたピーター・フレミングは本の中で次のように記しています。

******
戦略上の最重要地点である王府では、日本兵が守備のバックボーンであり、頭脳であった。
日本軍を指揮した柴中佐は、籠城中のどの士官よりも勇敢で経験もあったばかりか、誰からも好かれ、尊敬された。
当時、日本人とつきあう欧米人はほとんどいなかったが、この籠城をつうじてそれが変わった。日本人の姿が模範生として、みなの目に映るようになった。
日本人の勇気、信頼性、そして明朗さは、籠城者一同の賞賛の的となった。
籠城に関する数多い記録の中で、直接的にも間接的にも、一言の非難も浴びていないのは、日本
人だけである。
******

6月27日に清国兵による一斉攻撃があったときは、午後3時頃、ついに大砲で壁に穴を明けて、敵兵が喊声を上げながら北の霊殿に突入しています。
このときも柴中佐は、敵兵が充満するのを待ってから、内壁にあけておいた銃眼から一斉射撃をして、敵を蹴散らしました。
敵は20余の死体を遺棄したまま、入ってきた穴から逃げていきました。
この戦果は籠城者の間にたちまち知れ渡って、全軍の志気を大いに鼓舞したといいます。

英国公使館の書記生ランスロット・ジャイルズは、次のように記しています。

******
王府への攻撃があまりにも激しいので、夜明け前から援軍が送られた。
王府で指揮をとっているのは、日本の柴中佐である。・・・
日本兵が最も優秀であることは確かだし、ここにいる士官の中では柴中佐が最優秀と見なされている。
日本兵の勇気と大胆さは驚くべきものだ。
わがイギリス水兵がこれにつづく。
しかし日本兵がずば抜けて一番だと思う。
******

8月13日になって、やっと救援の連合軍が北京にたどりつきました。
総勢1万6千の約半数が日本から駆けつけた第5師団でした。
その他、ロシア3千、英米が各2千、フランス8百などの混成軍です。

籠城していた各国の兵士たちは、このとき、ほとんど弾薬も尽きた状態でした。

14日、西太后らが北京を脱出し、西安に向けて逃げ出しました。
義和団も散り散りになって逃げて行きました。
北京を占領した連合軍に対し、柴中佐は日本軍占領地域では連合軍兵士による略奪を一切許しませんでした。
その治安の良さは市民の間のみならず、連合軍の間でも評判となりました。

そのため他国の占領区域から、日本占領区域に移り住む市民が後を絶たず、町は日に日に繁昌しました。
日本軍は横行する強盗や窃盗、無頼漢らは、容赦なく捕えて厳罰に処しました。
また暴行・略奪をした外国人兵士(その筆頭がロシア兵だったそうです)を捕えると、彼らの軍司令部に突き出しました。

このため事件後も、北京に住む中国人の一般市民は、日本軍を「義軍」として讃え、競って日本軍の占領下に入ってきました。
施政者が何を言おうが、学者モドキがいかなるウソを並べようが、民衆は、自分たちの本当の庇護者は誰なのかよく知っているのです。

そしてこの北京籠城戦で総指揮官を務めた英国公使のマグドナルドが駐日大使に転じたとき、日英同盟の締結を強力に押し進めてくれました。
それは、柴中佐と日本の将兵の見せた奮戦ぶりから、「日本こそが大英帝国が頼みにするに足る国と確信したからであった」といわれています。

そもそも英国は、「栄光ある孤立」といって、どこの国とも同盟関係をもたなかった国ですし、しかも七つの海を制するとまでいわれた、世界の最強国です。
その世界最強国が、世界ではじめて対等なパートナーとして選んだのが、有色人種の国、日本だったのです。
明治白人至上主義の世界にあって、有色人種である日本が、世界最強の覇者である大英帝国と対等な同盟関係を結んだという事実は、これは、当時の世界にあって、まさに「ありえないこと」だったのです。

そしてそのきっかけを作ったのは、まぎれもなく、義和団事件で八面六臂の大活躍をみせた柴五郎中佐や安藤大尉以下の日本軍の奮戦でした。

ちなみに、事件後に日本の救援軍を指揮した福島少将は、清国政府の国益を守るために奮闘しています。
清国皇族で実力者の慶親王に「一刻も早く北京に戻り、列国と交渉を始めなければ、清国はその存立が危ない」と使者を送ったのも福島少将です。

実際、北京攻略戦には一兵も参加しなかったドイツは、事件後に続々と大兵を送り込んで、北京で稼ぎそこなった分を他の諸都市で略奪しはじめていました。
また混乱に乗じて全満州を制圧したロシアは、中国を丸ごと手中にしようと、慶親王の誘拐を計画していました。
これには英国公使のマクドナルドがいちはやく情報をキャッチして、柴中佐らと協力して、慶親王の安全を確保してことなきを得ています。

また事件後の清国への賠償請求では、最大の賠償金を吹っかけたのがロシアでした。
一番少なかったのが日本の5000万円です。
英国は日本の5倍で2億5000万円、
義和団鎮圧後にやってきたドイツは英国の2倍の5億円、
わずかな兵を出しただけのフランスも、日本の2倍(出兵数比で日本の100倍)を要求しています。
まさに「世界は腹黒い」のです。
 
さて、そんな義和団を、昨今の支那では勇敢な戦士と称えているのだそうです。
何を信奉しようが、それぞれの国の勝手ですけれど、とにかく排外のためなら「何をやっても良い」というのは、近時の支那の「愛国無罪」と同じ延長線上にある考え方で、極めてよろしくないことです。

なぜならそれは、「目的のためなら手段は選ばないということが正当化される」ということだからです。
目的のためなら、どんなに非人道的なことが行われても、すべては無罪であるという思考は、共産主義と、今も昔も変わらぬ支那のお家芸ですが、それが結果として何をもたらすのかといえば、どこまでも暴力の連鎖です。

そんなこともわからない国のトップが、愛妾を連れて米国大統領を公式訪問。
これまたありえないことです。
なぜならそれは、マフィアのボスの面会要求と同じだからです。

北京の55日
北京の55日


上の写真は、チャールトン・ヘストン主演の『北京の55日』というハリウッド映画のDVDのジャケットです。
この映画は昭和38(1963)年に製作・公開されたもので、出演がチャールトン・ヘストンに、『陽はまた昇る』で有名な美人女優のエヴァ・ガードナーです。
大資本家サミュエル・ブロンストンが1960年代に続けに製作したスペクタクル大作映画のひとつで、ブロンストンは他に『ローマ帝国の滅亡』や『エル・シド』、『キング・オブ・キングス』などを手がけています。

なかでもこの北京の55日は、(明治33(1900)年)に実際に起きた「義和団事件」を題材にしていて、押し寄せる20万の支那人暴徒と、それに対抗した、たった400人の勇気ある八カ国連合の兵士たちの姿が活き活きと描かれた対策になっています。

映画は、愛する女性を護るため、理不尽な暴力に果敢に立ち向かった勇気あるアメリカ軍人の物語・・・となっているのですが、実は主演のチャールトン・ヘストンの活躍は、実はそのまま日本人、柴五郎中佐の活躍です。




参考:国際派日本人養成講座
http://www2s.biglobe.ne.jp/%257enippon/jogbd_h14/jog222.html

■この記事は2009年9月のリニューアルです。

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コメント
小学生の時にまんが日本の歴史を読んで義和団が英雄のように書かれてたのは今でも覚えています。
このブログを読んで実はただの暴力団だと知って驚きました。
今でも書店にはまんが日本の歴史が並んでますが今でも義和団は英雄のように書かれてるのかもしれませんね。
2015/10/11(日) 16:35 | URL | キョウリュウジャー #-[ 編集]
士道なるもの
人とはここまで勇敢に生きられるのだと日本軍よりひしひしと感じられます。
日本兵の力強さはその時を生き共に戦う様々な白人、黒人、黄色人種を勇気付け鼓舞させたことでしょう。イギリスもそれに感化されたことはもはや言うまでもありません。けれども、それだけではないことをぜひ知ってもらいたいです。
日本とイギリス、この二国が同盟を結べたのはある文化の形態が大変酷似しており、その重要性をお互いに唯一、国同士という文化圏で共有できたことにあると言われています。
それは、武士道と騎士道という二つの文化が似ているからです。この二つは、誰かに仕え、誇りを汚さず、道理の為に死ぬその心意気です。また、愛の中で悲しみにくれながら、凛として立ち誇る姿なのです。日本やイギリスは一族や、国の為に人生を捧げます。
そんな愛するものの為に、悲しくも死ぬことをよしとする。誰かの為に死ぬのです。そんな、人の心の道理を貫く姿なのです。「武士道とは死ぬことを見つけたり」。もし良かったらこの言葉について調べてみてください。何かつかめるかと思います。
この考え方は、今日では否定されタブーの領域に追いやられています。けれども、このタブーと見られている文化思想こそが英国を日の沈まぬ国たらしめ、日本を黄色人種で唯一先進国たらしめた要因なのです。決して物質を扱う力があるとか人種が優れているとかではない。
文化といつ何百何千の積み上げによる人類の決意と覚悟の重さが力になっていたのです。人間はDNAは猿やオラウータン、ゴリラなんかとほぼ変わらない。変わるのは文化と歴史を想える「憂う心」だけです。だから、中国や支那なんかは動物的になりすぎて弱いのです。決して体が弱いわけではない。憂う心を持たずに暴れる。だから、ちょっと何かあると我先にと逃げるのです。心に何も大切なもののためなら憂える心がないから。日本は全滅覚悟で戦いました。憂う心が国家を守ろうと思えるからです。戦争はよくないというけれど、戦争ほど文化人の美しさを映し出すものはないです。窮地であれど、それでも逃げ出さない人類という結晶を映し出せるのです。
いやいや戦うだけならあれほど戦い続けることも逃げ出さないこともありません。もちろん戦争はないに越したことはないのでしょうが、そう言っている人のどれほどが過去の英霊の真の姿を見ているのでしょうか。かわいそうと言って、悲しいと言ってその中にある英霊の誇りを汚していることに気づいていません。我々の為に戦った人を称賛はすれど、憐れむなど恥ずべき行為です。
私たちはもう少し目を凝らしてこの表層の裏にある戦争とその渦で必死に生きた英霊の深淵を見ようとすべきです。悲しい、けれど人生は生きるだけで悲しいものです。ちゃんと受け止めなければいけません。良い悪いなどないのです。
何かの為に生きることを恐れないでください。何かの為に死ぬことを恐れないでください。私達の命は尊いです。でも、その尊さを捧げられた時にだけ捧げたものに本物が宿るのです。真実が生まれるのです。
今回は大変、危険思想的に捉えてもおかしくない内容となってしまいました。申し訳ありません。けれど、もしそうとしか捉えられないならもう少しだけ読んでいただきたいです。この考えを否定するということはこの考えを否定する考えがあるということです。でもそれは、そういう考えだけでしか考えられないというサインなのではと少し思ってしまいます。それは、洗脳的で一方的で危険なのだと感じてなりません。どうか、皆様の思慮深さでご検討のほどお願いします。
著者さんにはこれからも頑張っていただきたいです。私も未熟なれど行き抜こうという力を得られます。これからも応援しています。頑張って下さい。
2015/10/06(火) 01:32 | URL | 愴意 #zHAUYs2U[ 編集]
No title
だいたい予想通り、ですね。日本は関与を生じさせずやり過ごしたいものです。ただ任那に関しては注意が必要です。古来よりの陛下の土地であるなら、尖閣、竹島同様取り戻さねばなりません。その意味で満州や大陸とは異なります。確か先帝陛下の勅語で「昔に失われた領土が戻ってきて嬉しい」という内容のものがあったような気がするのですが見つけられません。私の勘違いなのかずっと気になっております
2015/09/30(水) 02:14 | URL | #-[ 編集]
No title
義和団が清国とともに蜂起したとき、北京の外国人疎開にいた日本を始めとする公使及びその家族は、極度の危険にさらされました。
このときの日本軍の強さには、疎開にいたそれぞれの公使とその家族にとって、感謝しかなかったと思います。まさに正義の軍隊でした。

それから30年経過していたとはいえ、その軍隊が支那を侵略し、残虐な振る舞いをしたと考えられたのでしょうか。

欧米各国は、自国の利益のためには日本を貶めることを気にしなかったと思います。

その基本は、今も変わっていません。
世界の外交を見るとき、あるのは自国の権益だけだと思います。
そんな連中を相手にするのですから、政府には頑張っていただかないと困るのです。
喧嘩をしないことだけが、正しい外交ではないと思います。



妙なところで思い出しましたけれど、シーシェパードのおかげで鯨が食べられなくなりましたけれど、シーシェパードの支援国であるオーストラリアは、国際自然保護連合のレッドリストでは、軽度懸念に指定されているコアラを700匹安楽死させ、年に30,000頭もスポーツとして殺しているそうです。

シーシェバードは海の動物を守るためには、法律を犯すことに躊躇しないのですが、陸上の動物が○殺されても気にしません。これは、オーストラリアという国も同じなのだと思います。
2015/09/29(火) 21:45 | URL | ポッポ #-[ 編集]
No title
今日も有難うございます。

日本軍の義、しっかり受け継いでいるのが今の自衛隊です。
災害派遣において日本国内は勿論、海外のおいての災害派遣また紛争地帯での後方支援においてもその地域の国民から絶対な賞賛を受けているのが日本の自衛隊です。
その義(日本人にとってはものごとの道理を意味します)に触れた海外の人達の心を変えているのです。
私は誇りに思います。

思い出した事があります。
友人の友人でしたが、ある方(その人は支那の事をよく知っていました)が言った言葉です。
「支那人は机の足以外は何でも食べるからのぉ」と、、、。

当時の私は、「政治=難しい」と考えていた勉強不足のお花畑だったので、深い意味でとることはできなかったのですが、ここにきてやっとその言葉の持つ意味が理解できました。
要は、支那の貪欲さを言っていたのです。

支那は軍事力を背景に何をとち狂ったか、近隣諸国を脅かし続けています。

支那は風見鶏を利用し、日米離間工作を同時進行させ、北にも餌をぶら提げ、(まあ、北は何をしでかすか解らないので支那は神経尖らしているでしょうがね)
まるで魚の提灯アンコウ状態、獲物が近づいてきたらパクリ。
そして、日本国弱体とみるや、一気にその触覚を日本に向けて来るということですね。
で、そのお手伝いをしているのが、民主、共産です。

そこで何時も引っかかるのが、北に位置するロシアです。
私は支那もロシアも要注意と見ています。
隙あらばと虎視眈々と狙って何時、専売特許状態の「火事場泥棒」炸裂とならないとは限りません。

junn #p4GOlP7Y様のコメントに
===================
両国が一九四九年から一九五九年の十年間のあのようなハネムーン的な同盟関係になるとは思えないが、中露は本質的に「戦略的パートナーシップ」という言葉がぴったりの連携関係をこれからも末長く安定的に維持しつづけるだろう。つまり、これからの日本の対中・対露外交とは、この中露関係にいかに楔をうち込み、いかに“中露離間”を図るか、がその根幹になるということである。『孫子』は「親而離之(親にしてこれを離す)」という表現で、“離間”を重視しそれを兵法十二ヶ条の一つとしている。そして我々は、日本が中露双方を同時に仮想敵国(潜在脅威)と見なして敵視政策をとるときに中露は相互にきしみだすことをすでに歴史から充分に学んでいる
===============

同意です。
>日本が中露双方を同時に仮想敵国(潜在脅威)と見なして敵視政策をとるときに中露は相互にきしみだすことをすでに歴史から充分に学んでいる<

これも背景に軍事力があってこそ出来るものだと思いますし、軍事力があったからこそ出来たのだと思います。
自衛隊を手かせ足かせで縛っておいて出来るものとは思いません。
外交は軍事力あってのことです、これは世界の常識です。
要はバランスの事を言ってるのです。

それに、今、まさに支那は日米の離間工作をやっているわけです。沖縄基地問題でわざわざ国連で演説した知事にみられるように、あらゆる手段で。
要は軍事力を削いで弱体化させる、手っ取り早いですものね。
その手に乗らないで今は日米の安保強化を計る重要な時です。
で、はたまたこの基地問題を利用して日本弱体化を企ててるのが支那共産党配下の反日勢力です。

それに支那、ロシアですが、今は戦略的パートナーを装っていても、底に流れる物は同じです。
牙をむき合わせる時がくるでしょう、バランスが崩れた時に、、。
それが近い将来か、遠い将来かはわかりませんが、その時、日本が食われてしまった後ではこれまたお話しにもなりません。

勿論、戦争を好む人間などおりません。
が、日本を取り巻くこの状況下においては日本独自(あらゆる面で)の鍵を作り、しっかりと鍵を閉めなければならない、つまり、好むと好まざるにかかわらず、そこまできているという事ですね。

2015/09/29(火) 16:21 | URL | #PyZMa2bE[ 編集]
No title
日中共同声明に調印(9/29)


日中共同声明に調印、日本と中華人民共和国の国交が成立<日中国交>

(1972年=昭和47年)



『「日中共同声明」と「上海コミュニケ」の破棄を』


中共とロシアは、満州〔ママ〕とモンゴルの部分を除けば、地政学的にも対立をしなければならない要素が皆無である。この両国が一九四九年から一九五九年の十年間のあのようなハネムーン的な同盟関係になるとは思えないが、中露は本質的に「戦略的パートナーシップ」という言葉がぴったりの連携関係をこれからも末長く安定的に維持しつづけるだろう。つまり、これからの日本の対中・対露外交とは、この中露関係にいかに楔をうち込み、いかに“中露離間”を図るか、がその根幹になるということである。『孫子』は「親而離之(親にしてこれを離す)」という表現で、“離間”を重視しそれを兵法十二ヶ条の一つとしている。そして我々は、日本が中露双方を同時に仮想敵国(潜在脅威)と見なして敵視政策をとるときに中露は相互にきしみだすことをすでに歴史から充分に学んでいる。



このためには、日米ともに、キッシンジャー外交の「負の遺産」の呪縛からまず自由になることである。それは一九七一年七月のキッシンジャーの北京入りそのものを全否定することなしにはありえない以上、中共との国交はあってもなくともかなわないが、米国はニクソン大統領の「上海コミュニケ」(一九七二年二月)を破棄し、日本も田中角栄首相の「日中共同声明」(一九七二年九月)を破棄することである。これによって日本では、後者の第三項「台湾が中共の領土の不可分の一部であることを日本が尊重する」に束縛されずに済み、日本は現実と国益に沿った真に賢明な東アジア外交の主体を回復できる。日本に対する核戦争計画を着実に整備し遂行している敵性国家との間に、未来永劫にわたって友好関係が存在しうる余地はなく、日本は“世界の中の日本”として国際社会の秩序と自由への責任を果すべきであろう。


中川八洋『中国の核戦争計画』

 



ミュンヘン協定(9/29)


ミュンヘン会談の結果、イギリス・フランスがナチス・ドイツのズデーテン地方併合を容認。<ミュンヘン協定>

(1938年=昭和13年)



『対ヒットラー宥和が招いた世界大戦』




チェコスロバキアは、オーストリアがナチス・ドイツに併合された時点で、二つのことを再認識すべきだった。第一は、その西半分のいわゆるチェコ域(ボヘミア地方/モラビア地方)がドイツに包囲されたこと。第二は、この包囲があっても、“天然の大要塞”ズデーテン山系によって、チェコにはドイツの最新鋭の戦車軍団など第一線部隊ですら突入できず、チェコは単独でも、確実にドイツ軍を敗退に追い込める完璧な防衛戦争ができること。


しかし、チェコは、この「location(位置)の不利を補って余りある絶対有利のtopography(地形)」を認識できなかった。不幸は続くもので、チェコの不幸は、もう一つ到来した。話し合いで戦争を回避できると考えるチェンバレンという無能な英国首相が、ヒットラーとの頂上会談で、何でもかんでもヒットラーの言うがままに了解したのである(一九三八年九月末)。ルーズベルト米国大統領のヤルタ会談における「対スターリン宥和」と並び(一九四五年二月)、「対ヒットラー宥和(アピーズメント)」という、世界史に悪名を遺した最愚劣な外交だった。


この英独仏伊のミュンヘン協定の会談に、チェコは呼ばれていないから、この協定は、国際法上、チェコを拘束しないし、チェコは拒絶声明を出すだけで、万事が済んだのである。だがチェコ政府は、もともとチェコ民族が、自立心より依存心の強い、おとなしい民族的特性もこれあって、仰天の余り心理的にパニック情況に陥り、単独で戦う最良の選択肢を忘失した。


軍事バランスを精密に算定することは、主権国家におけるインテリジェンスの最優先事項である。だが、チェコは軍事バランスの計算に、(今日の日本のように)余りに無関心すぎた。また、自己を卑下しすぎるのは、自己を慢心するのと同じく、自滅への序曲で命取りになる。日本の現在の自衛隊は、マスコミ論壇そして防衛省や政治家が悪いのだが、驚くほど貧弱で小国の軽武装である自分の武器体系をさも一定の軍事力かのような自己慢心に酔っている。当時のチェコは、今日の日本とは逆に、極端な自己卑下をしていた。

それはともかくミュンヘン協定は、(1)その半年後に、ポーランドを南側から包囲する包囲網を完成させたばかりか(チェコ解体、一九三九年三月)、(2)チェコという、当時ヨーロッパで突出した兵器工業国家をドイツに渡すことになった。チェコのスコダ工場の年間兵器生産量だけでも、英国すべてのそれとほぼ同じだった。そればかりか、ドイツは、チェコの正規軍二十一ヶ師団と新規動員の十五、六ヶ師団も手にしたのである。また、ズデーテン地方の三百五十万人の人口も手に入れた。これは合邦によるオーストリア人七百五十万にさらに上乗せした分だから、計一千百万人のマンパワーの増強をナチス・ドイツは労せず達成したことになる。


マンパワーこそは、国家の国力の源泉であり、それは侵略の力となるし、防衛の力ともなる。マッキンダーが、地政学として、地理と同列に、マンパワー(人口力)を強調してやまない理由はこれである。日本の出生率の大低下によるマンパワーの大激減は必ず日本を亡国に至らしめる。


中川八洋『地政学の論理』
2015/09/29(火) 09:30 | URL | junn #p4GOlP7Y[ 編集]
更新ありがとうございます。
いやー、柴五郎中在は美男子ですね。
けれど美醜など関係なく面魂は大和人そのものです。この時代はこんな男性が多くおられたのでしょうね。
2015/09/29(火) 08:29 | URL | #-[ 編集]
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小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
静岡県出身。国史啓蒙家。倭塾塾長。日本の心をつたえる会代表。日本史検定講座講師&教務。
連絡先: nezu3344@gmail.com
著書
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』第1巻〜第3巻
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』
日々、先人たちへの感謝の心でブログを書き綴っています。それが自分にできる唯一のお国への、先人たちへの、そしていま自分が生かさせていただいていることへのご恩返しと思うからです。こうしてねずブロを続けることで、自分自身、日々勉強させていただいています。ありがたいことです。

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