殷富門院大輔とドアの鍵 - 大和心を語るねずさんのひとりごと

殷富門院大輔とドアの鍵

2015年10月02日08:25  日本人の心 写真あり

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殷富門院大輔(冷泉為恭画)
殷富門院大輔


百人一首の90番に殷富門院大輔(いんぷもんいんのたいふ)の歌があります。

 見せばやな 
 雄島の海人の袖だにも
 濡れにぞ濡れし色は変はらず

実は、百人一首の本を書くときに、いちばん苦労したのが、この殷富門院大輔の歌です。
といいますのは、一般にはこの歌は、「恋のつらさから血の涙で染まった袖を詠んだ歌」だとされているわけです。
ところが、歌をみたらわかりますが「色はかわらず」です。
つまり「袖の色は変わっていない」と詠んでいるのです。
殷富門院大輔は何を伝えようとしたのでしょうか。

この時代、袖を濡らすというのは、涙で袖が濡れることを言います。
歌には「海人の袖のように濡れにぞ濡れし」とあります。
海人というのは、漁師さんのことで、漁師さんの袖は、海水でビショビショに濡れますけれど、それくらい袖が濡れたというわけです。
それだけ袖が濡れれば、濡れたところは着物の色が変わります。

一般の解釈では、「濡れて色が変ったはずの袖が、まるで濡れていないと思えるほど濡れた」→「だからこれは血の涙に違いない」→「恋で血涙を流しているのだから、そうとう悔しいに違いない」→「だからこの歌は失恋して相手を恨んで詠んでいる歌だ」と説いているようです。
しかも「見せばやな(=あなた方に見せてあげたいわ)」というのです。
ここまできたら、もう精神異常の世界です。
これではまるで怪談話です。

もっと冷静になっていただきたいのです。
そもそも作者の殷富門院大輔は、式子内親王の実姉である殷富門院に仕えた女性です。
大輔というのは役職名です。
そしてこの歌は、「百人一首」では式子内親王の歌の次に配列されています。

式子内親王は、重い病にもかかわらず命懸けで平和を祈り続けたことを歌に託しました。
そして89番の歌を詠んだ翌年の正月に亡くなられています。
殷富門院大輔は、その式子内親王の実の姉に仕えています。
そういう地位と立場にある女性が、そもそも「血の涙を流すほど恋の悲嘆に暮れている」などと詠むでしょうか。
この歌は、歌会で公式に発表された歌です。
女性が、公の場の人さまの前で、「私、恨んでます」などと声高に主張するものなのでしょうか。
どこかの国の民族と違うのです。
バカにしないでもらいたいとさえ思います。

そもそも失恋の歌というなら、どうして「雄島」が出てくるのか説明がつきません。
雄島というのは、仙台の名勝、松島にある島で、霊場です。

五句目の「色は変はらず」にしても、水に濡れたら袖の色は変わるのです。
ところが大輔は、「漁師の袖は、海水をかぶってぐっしょり濡れても、色が変わらない(濡れない)」と、現実には有り得ない様子を詠んでいます。
何度もお伝えしたとおり、こういう疑問やストレスが歌を読み解く鍵となります。
では、殷富門院大輔はいったい何を伝えたかったのでしょうか。

ひとつ目の鍵は、「雄島」です。
雄島がある松島は、後年、松尾芭蕉が『奥の細道』で訪れた際に、あまりの美しさに言葉が浮かばず、「松島やああ松島や松島や」と俳句を詠んだという逸話があるほどの景勝地です(実際に詠んだのは別の人物だともいわれています)。
そして松島の中でも「雄島」は特別な島で、古代から霊場とされてきました。

殷富門院大輔は都にいて、遠く離れた松島を歌にしています。
松島に大小たくさんの美しい島々が浮かんでいます。
「美しい島々」といえば、敷島、秋津島、大八洲と呼ばれる日本列島そのものに関連付けることができます。
そして「松島」にある霊場が「雄島」なら、日本列島の中にある霊場は、まぎれもなく天子様(天皇)のおわす京の都です。
つまり「雄島」は、京の都を暗示しています。

ということは、「雄島の海人」は、実は「京の都の民」だということになります。
そして歌は「(都の民の)袖だにも濡れにぞ濡れし」と続くわけです。
「都の民たちの袖が涙でぐっしょり濡れている」と詠んでいるのです。

思い出していただきたいのです。
「保元の乱」以降、戦乱が続いて国内が騒然となり、都でも幾度となく戦いが繰り返されました。
その都度、多くの血が流れています。
都の民にも犠牲者がいたことでしょう。
身内が亡くなったり、あるいは大怪我をしたり、戦乱は一般の人々にも大きな傷跡を残しています。
だから都の民たちは涙で袖を濡らしているのです。
それも「濡れにぞ濡れし」ですから、「ぐっしょり」濡らしているわけです。

ふたつ目の鍵は、「色は変はらず」です。
繰り返しますが、濡れれば袖の色は変わります。
なのに「濡れても色は変わらない」ということは、何か別のものを指していると解釈するべきです。

当時、「色」といえば色彩の意味と、形あるものという意味がありました。ですから世の中のカタチのことを「色」と言います。
これは今でも同じで、政治のことをちょっと前までは「色物」といいました。
「色物にかかわると、ろくなことはない」とは、昔のお年寄りたちがよく口にした言葉です。
要するに政治は、力関係でコロコロと変わるものなので、そんなふうに言われていたわけです。

そうなると「色は変はらず」というのは、まさに「世の中のカタチ」が変わらない、戦乱の続く世が変わらないという嘆きであると分かります。

ここまでをまとめると「京の都の人々の袖は、相次ぐ戦乱のために涙でぐっしょり濡れています。それなのに世の中は一向に良くなる気配がありません」となります。

では初句の「見せばやな」で、何を「見せたい」と言っているのでしょうか。
都の人々の涙でしょうか。
それとも変わらない世の中のカタチでしょうか。

どちらも違います。
それらはわざわざ見せようとしなくても、誰もが見て知っているものだからです。
彼女が見せたいものの答えは「袖」です。

理由は三句目の「袖だにも」にあります。
「だにも」は「次に示す事柄以上にもっと」という意味です。
そして次に示しているのは、四句目の「濡れにぞ濡れし」です。雄島の漁師(都の民)の袖よりも、その「袖」はもっと濡れていると詠まれています。

その「袖」が誰の「袖」かといえば、大輔が仕える殷富門院の「袖」です。
殷富門院(亮子内親王)は後白河天皇の皇女です。
それだけの身分の方が、相次ぐ騒乱によって民が犠牲になる世情を悲しんでいるのです。
そして殷富門院の悲しみを誰よりも知っているのが、身近で仕えている大輔です。
私たちの国で「仕える」ということは、全知全霊を込めてその人に奉仕することを意味します。

ですから大輔は、「殷富門院の悲しみの袖」を、「みなさまに見せてあげたい」と詠んでいます。

この歌は歌合で「恋歌」として詠まれていますが、恋歌として読めば読むほど、
「何を見せたいのか」
「どうして雄島なのか」
「なぜ濡れても色が変わらないのか」が分からなくなります。

それらの疑問やストレスを鍵として読み解き、はじめて大輔の立ち位置とともに、殷富門院の悲しみが見えてくるのです。

このように、わずかな手がかりから、相手の思いを「察する」という技能訓練のために積極的に用いられたのが和歌です。
平安貴族も、昔の武将たちも和歌をこよなく愛し、詠みましたけれど、それは単に古典のお楽しみ、というだけのものではなくて、実は、みずからの察する能力を極限までためるための日々の鍛錬でもあったのです。

実は、昨日ご紹介した李久惟先生にお聞きした話ですが、台湾ではいまでも和歌の愛好家たちの集いがあるのだそうです。
それが、ただ和歌を愛する人達の集いというだけならば、いまの日本にだってあります。
ところが台湾に残っているのは、戦前、戦中まで、日本中で行われていた和歌の愛好会の様式なのです。
これは実に新鮮な驚きでした。

どういうものかというと、参加者それぞれが、各一首ずつの和歌を出詠します。
その和歌について、参加者は、それぞれ他の人が詠んだ和歌の意味を紙に書いて発表しあうのです。
すると、人によって、その和歌から得た感想やイメージが異なります。
そしてその中から、もっとも、深いところまで歌の意味を察した人が、その日の優勝者になるのです。

優勝者になったからといって、何か報酬が出るとかではないし、また競い合うものでもありません。
ただ、お互いに、相手の和歌を通じて、その心を読み合い、それぞれの人が詠んだ和歌の深い意図を察していくのです。
そして、見事に自分の真意を読み当ててもらえると、それは「わかってくれた!!」というエモーショナルな感動があって、本当に嬉しいことなのだそうです。

そんな歌会が、台湾では、いまでも各所で催されている。
日本人は、いまではすっかり「察しない民族」に成り果てたかのようです。
言わなきゃわからない。
言ってもわからない。
だから放置するしかない。
他人のことは関係ない。
誰も自分のことなんかわかってくれない。
だから自分さえよければそれで良い。

それって、まるで支那人、朝鮮人と同じマインドです。
そういう人が中世の日本の和歌を解釈しようとしても、わかるわけなどないのです。
たとえそれが優秀な大学生や、有名大学の教授であっても、です。
いくら勉強ができて頭が良くても、人の心をもたなければ、それはケダモノでしかありません。
なぜなら「文化は心が織りなすもの」だからです。
心がなければ、文化もないのです。

そもそも「伝えたい思いを伝えよう」とするとき、くどくどと長く説明するのではなくて、31文字という制限の中で全部伝える。そこに全部詰め込む。それが和歌です。
このことは、たとえていえば、宝物のある部屋に鍵をかけて、ドアだけを指し示すようなものです。和歌がドアです。
ドアが大事なのではなくて、ドアの向こうにある宝が大事なのです。
和歌はドアです。
そしてドアを開けるには、「鍵」が必要です。
「鍵」はドアの中にあります。
つまり、歌のなかに鍵がちゃんとあるのです。

そういうことを理解しないで、ただドアだけみて、いろいろと評釈を加えても、まともな議論になどなるわけがありません。
ましてや恨みつらみの血涙だとか、程度が低いにも程があります。

それにしてもおもしろいものです。
普通の日本人なら誰でもが持っている感性という名前の鍵が、特定の人達には、まったく理解できない。
ドアしかないと思っている。
ドアの向こうなど、まるで察することができない。

私は、そのようなケモノにはなりたくないし、日本人でありたいと思います。
そしておそらくは、これをお読みのみなさんも、同じ心を共有している皆様だと思います。
日本を取り戻して、誰もが手にしている鍵で、ドアを開けましょう。
そこには、古代から続く日本の心の宝が山のように積まれています。



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