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皇嘉門院別当(こうかもんいんのべっとう)

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皇嘉門院別当(冷泉為恭画)
88 皇嘉門院別当


 難波江の蘆のかりねのひとよゆゑ
 身を尽くしてや恋ひわたるべき

(なにはえのあしのかりねのひとよゆゑ みをつくしてやこひわたるへき)

百人一首八十八番の皇嘉門院別当(こうかもんいんのべっとう)の歌です。
表面上に書かれた歌の意味を現代語訳したら「難波江に生える葦の刈り根の一節のような、そんな短い一夜の契りであっても、私は身を尽くして恋い続けるのでしょうか」となります。
だからこの歌は、「一夜限りの恋のはかなさを詠んだ歌です」と紹介している本等が多いです。(というか、そればかりです。)

しかし昨日の記事の殷富門院大輔の歌で述べさせていただきましたように、和歌というのは、例えてみれば「ドア」です。
「ドア」の向こうに、素晴らしい世界が広がっているのです。
古い言葉で書かれているから、それを字義通りに現代語訳してわかったような気になるのは、「ドア」だけを見て、部屋の中にある宝を見たような気になっているようなものです。

宝は「ドア」の向こうにあるのです。
「ドア」だけを見てわかったような気でいるだけでは、あまりにももったいない。
人生の半分をドブに捨てたようなものです。

ただ、和歌の「ドア」には「鍵」がかけられています。
それが、和歌を読み解くための手がかりです。
そして鍵はドアに付いているものであるのと同様、和歌を読み解くための手がかりは、ちゃんと和歌の中に詠み込まれています。
その手がかりをもとに、和歌の真意を読み取っていく。
つまり、鍵を開けてドアの向こう側にある宝にたどり着く。
その鍵を開けることが、「察する」という日本の文化です。



もともと和歌というのは、たった31文字の中に、あらゆる感情を込めます。
万感の思いを伝えるのに、たった31文字しか使わせてもらえないのです。
だから余計なものは全部そぎ落としていかなければならない。
いいたいことは山のようにあるけれど、それをわずか31文字で表現するのです。
だから「引き算の文化」だとも言われています。

たとえば相思相愛で愛する人がいるとします。
その「あふれんばかりの愛する気持ち」を相手に伝えたい。
けれど、ひとこと「僕は君を愛してる」だけでは思いは伝えきれるものではありません。
人には、言葉では伝えきれない思いがあるわけです。

そのようなあふれんばかりの思いを伝えようとするとき、西洋文学なら、長大な文章でこれを伝えようとします。
風景の描写から始まってひとりひとりの状況を事細かに説明する。
ですから西洋の古典文学などを読むと、たいてい本の半分くらいまでは眠くてしかたがない。
眠い目をこすってようやく半分くらいまで読み進むと、そこから急激に面白くなったりします。
彼らは、とにかく語って語って語りぬくことで、心を伝える文化を発展させました。

日本人は、まったく逆です。
言葉を削って削って削って削って伝えるという文化を発展させました。
そのための方法として熟成されたのが和歌です。

いいたいことは山のようにある。
その言いたいことを、部屋の中に全部入れます。
そして、部屋のドアを閉めて鍵をかける。

和歌に書いてある31文字のことばは、いわば大切なことを仕舞った部屋の「ドア」です。
当然のことながら、言いたいことは「ドア」ではありません。
「ドアの向こう側」に言いたいことがあるのです。
そして「ドア」を開くための鍵は、ドアにちゃんと付いています。

今日ご紹介する皇嘉門院別当の歌も、歌に書いてあることは、ただのドアです。
そのドアの向こう側に、言いたいことがあります。

ドアに書かれていることは、
難波江の蘆のかりねのひとよゆゑ 身を尽くしてや恋ひわたるべき
(難波江に生える葦の刈り根の一節のような、そんな短い一夜の契りであっても、私は身を尽くして恋い続けるのでしょうか)です。
なるほど一見すると「一夜限りのはかない恋を詠んだ歌」のようです。

そしてこの歌は歌会において、「旅宿逢恋」というテーマで出詠された歌です。
『千載集』(八〇七)の詞書に「摂政右大臣の時の家の歌合に、旅宿逢恋といへる心をよめる」とちゃんと記されています。
あくまで歌合の席で、旅宿逢恋をテーマに詠んでいます。
「だから間違いなく恋の歌です」と言い張るのは、幼稚園の子供か小学校低学年レベルです。
そのくらいの年齢なら、それで「たいへんよくできました」と花マルをもらえるかもしれません。

そりゃそうです。
華道の先生が生けた花を、「あっ、花だ!」と言っているのと同じだからです。
好きな歌詞の歌謡曲を思い浮かべてください。
それはきっと恋の歌です。
だからその歌を「恋歌です」と答えるなら、たしかに正解には違いないけれど、恋をテーマにした歌謡曲なら他にもいっぱいあるわけです。
けれどその歌が好きだというのには、その歌のどこかに何かを感じるからです。
その何かを感じ取るから、「いい歌だ」と思えるわけです。
それと同じです。

そもそもこの歌はたいへんに技巧的です。
なぜかというと、
「かりね」=「刈り根」と「仮り寝」
「ひとよ」=「一節」と「一夜」、
「みをつくし」=「澪標」と「身を尽くし」
「こひ」=「恋ひ」と「乞ひ」
つまり、ひとつの歌のなかに、四つも掛詞を入れているのです。

文意においても、
「難波江の葦の刈り根の一節のように短い」に、
「そんな短い仮り寝の一夜のために」
が重ねられています。

極めつけが「難波江」です。
これがドアを開けるための「鍵」となります。

「難波」は百人一首では19番の伊勢や20番の元良親王の歌にも登場しています。
ところが平安末期の頃になると、言葉は同じ「難波」でも、意味がかなり変わくるのです。
難波はかつては都として栄えたところです。
けれど都が京都に移ってからは徐々にさびれていって、平安末期頃には遊郭が建ち並ぶところになっていたのです。

このことは、いまでも、書店不況とされる中にあって、かつては文芸書が並んでいた書店さんが、いつのまにかエロ本専門店のようになっている様子をみても察することができます。
つまり営業が厳しくなるとピンクに走る。
そういうところは昔も今も同じです。

その遊郭街のある難波の入り江で、歌は「蘆のかりねのひとよゆゑ」と続いていきます。
「かりね」も「ひとよ」も 掛詞です。
つまり、
「昔繁栄していたけれど今はすっかり様変わりしてしまった難波江の、群生している葦を刈ったあとに残っている根本の短い一節(ひとふし)のような、そんな短い仮り寝の、たった一夜のことだから」となります。

まず「昔の繁栄」と「今の衰亡」がまず描かれ、
さらに「群生する葦」と「刈り取られた葦」によって何事かが失われた状態を示し、
そして「短い仮眠、短い夜」によって「短い時間」が強調されることで、遊女が客の相手をする短い時間を描いているわけです。

そして下の句は、それらを「身を尽くしてや」と受けています。
「身を尽くし」は、船の座礁を防ぐための危険を知らせる標識の「澪標」と、命懸けで我が「身を尽くす」ことの掛詞で、「危険があっても、 命懸けで」という意味です。

「恋ひわたる」は、「恋」が「戀」で千々に乱れる心を暗示し、さらに「乞ひ」との掛詞になっています。
「わたる」は長い間続けることを指します。
「や〜べき」は係り結びで「〜するべきなのでしょうか」「〜するので しょうか」という自問です。

つまり下の句は、
「たとえ危険があろうとも身を尽くして(命懸けで)、恋い(乞い)続けるべきなのでしょうか」という意味になっています。
これはたいへんに強い語調ですから、「自問」というより、「分かってほしい、気づいてほしい」という強い意識が込められています。

そこで上の句と下の句をつなげてみると、
「昔繁栄していたけれど
 今はすっかり様変わりしてしまった難波江の
 群生している葦を刈ったあとに残っている
 根本の短い一節(ひとふし)のような、
 そんな短い仮り寝の、たった一夜のことであったとしても、
 命がけで身を尽くして乞い(恋)続けるべきと、
 気付いてほしい」
となります。

ところがこの歌を詠んだ皇嘉門院別当は、「保元の乱」で追われた「崇徳院」の皇后の聖子(皇嘉門院)に仕えていた女性です。
別当というのは、家政全部を司る役職ですから、いわば皇嘉門院の第一秘書といっても良いです。

皇嘉門院の夫の崇徳院は、第75代崇徳天皇のことです。
元天皇であった崇徳院が、讃岐に流刑という難事に遭っています。
その崇徳院の奥様(つまり皇后です)に仕えていた第一秘書の女性がこの歌を詠んでいます。

そして時代背景を見れば、この歌が歌会の席上で出詠された時期は、「保元の乱」「平治の乱」で世が乱れ、平家の時代になったと思ったら、都に赤禿(あかかむろ)と呼ばれるスパイたちがうろついて、まるでゲシュタポの取り締まりのようなことが公然と行われた時代です。

この歌は、なるほど一見すると、遊女が一夜限り恋であっても、その恋に生命をかける。
そんな光景を詠んでいます。
しかしたかが・・・あえて「たかが」と書かせていただきますが・・・たかが遊女の恋を詠むのに、この歌はあまりにも技巧を凝らしています。
つまり、言いたいことは、遊女ではなく、別なところにある、ということに、大人なら気づくべきなのです。

では皇嘉門院別当の歌の真意は、どこにあるのでしょうか。

そもそも前の天皇が「流刑」になるなどということは、普通の日本人なら身が震えるほどの出来事です。
一方で「天皇は政治に関与しない」というのが、私たちの国のカタチです。
ですから皇后陛下であっても、そのことについて何の政治的メッセージを発することはありません。

その皇后陛下にお仕えする女官が歌合の席に呼ばれたのです。
それが皇嘉門院別当の置かれた立ち位置です。
そこには並み居る群臣たちがいます。
歌合のテーマは「旅宿逢恋」です。
順番が巡ってきたとき、皇嘉門院別当は、持参した歌を披露します。
一見したら「遊女たちでさえ、一夜の恋が忘れられない」という意味の歌です。

ところが皇后陛下付きの女官が「遊女の歌を詠む」ことも異例なら、たった一夜の恋であっても「身を尽くしてでも恋い続けるのでしょうか」というのも異例です。
しかも歌は「べき」で終わっています。

疑問の係助詞「や」を受けて推量の意味になりますが、もとも と「べし」は意志・命令の助動詞です。つまりこの歌は、「や」を「も」に変えるだけで、
「身を尽くしても恋ひわたるべし(命懸けてでも恋い続けるべき)」と意志・命令の意味になっています。

さらに歌には掛詞が多用され、いくつもの意味を重ねるなどたいへんに技巧を凝らしています。
「寂れた難波江のたかが遊女の恋」を詠むのに、ここまで技巧を凝らすということも、有り得ないことです。
しかもこの歌を出詠したのが、皇嘉門院の別当という高級女官です。

つまり、この歌はあまりにも異例づくめなのです。

和歌は「察する」文化です。
ですから当然、その場に居合わせた貴族たちは、この歌に込められた真意は何であろうかと、掛けられた言葉のひとつひとつを追っていきます。
すると、そこに詠み込まれた歌の真意に愕然とするのです。
要約します。

「短い一夜限りの逢瀬でも
 一生忘れられない恋だって
 あるといいます。

 私たちは天皇のもと、
 一夜どころか
 五百年続いた
 平和と繁栄を享受してきました。

 そのありがたさを、
 その御恩を、
 たった一夜の『保元の乱』を境に
 あなた方は
 お忘れになってしまったのですか

 父祖の築いた平和と繁栄のために
 危険を顧みず
 身を尽くしてでも
 平和を守ることが

 公の立場にいる
 あなた方の
 本来の役割なのではありませんか」

都中の政府の閣僚や高級官僚たちが大勢集まった歌会の席で、一人の女性が「一夜限りの恋が忘れられませんわ」と、一見すると官能的な恋歌を詠み上げると、その真意を察した並み居る群臣たちが、誰一人、言葉を発することもできずに、ただうつむくことしかできなかった。そんな光景が目に浮かびます。

歌会の席には、もちろん皇嘉門院にとっての敵方の人たちもいます。
そんななかにあって皇嘉門院別当は、まるで檄文のような和歌を携えて、たった一人で戦いを挑んだのです。
その凄味、その気迫。
これが日本の「察する」文化の神髄です。

皇嘉門院別当が生きた時代は、すでに世の中は、人が人を平気で殺す、そういう時代になっていました。
このような歌を公式な歌合に出詠すれば、彼女は殺される危険だってあったのです。
しかもその咎(とが)は、彼女一人にとどまらず、もしかすると主人である皇嘉門院にも及ぶ危険があります。

ということは、おそらく歌合の前に、皇嘉門院と別当との間で、
「皇嘉門院様。私がこの歌を歌会に出詠しようと思います。」
「別当、おまえは、崇徳院様のために、皆の者に立ちあがれとお言いかえ?」
「はい。してみとう存じます。
 けれど皇嘉門院様、この歌の出詠は、あくまで私の独断ですることでございます。皇嘉門院様には決してご迷惑が及 ばないようにいたします」
このくらいの会話はあったことでしょう。
そして、別当から「この歌を出詠する」と聞いた皇嘉門院は、これを認めた瞬間に「自分も殺される」と覚悟を決められたことと思います。

つまりこの歌は、単に皇嘉門院別当一人にとどまらず、崇徳天皇の妻である皇嘉門院の戦いの歌でもあるのです。
そこまでの戦いを、この時代の女性たちはしていたのです。
何のために?
欲望や権力のために、人が人を平気で殺す世の中があまりにも哀しいからです。

元、であったにしても、天皇の位にあった院を、欲得のために流罪にするなどということは、絶対に間違っています。
そして間違っていると知りながら、保身のため、自身の栄達のため、つまり自分も欲望の虜となって、そうした間違いにクミする。
もちろん、クミしなければ、殺されるわけです。
味方すれば、栄達と贅沢が保証され、味方しなければ全てを奪われ、痛い目に遭わされる。
それは、今も昔も変わらぬ、ウシハク者達の共通した行動のパターンです。

ある有名人は、テレビにコメンテーターとしてレギュラー出演して、愛国的発言を繰り返していました。
ある日、その人のもとに、某有名大手広告代理店の人がやってきて、
「スポンサーの意向でやってまいりました。
 これからスポンサーさんの意向に沿った発言をしてくだされば
 いま手元に持参した1億円を差し上げます。」
その人は、「俺は俺の意思で発言する。馬鹿にするな!」とその1億円を蹴ったそうです。
その数カ月後、新たな番組編成のときに、その人は番組から降板となり、以後、もう20年になりますが、いまだ一切のテレビ出演のオファーはないそうです。

文明は進歩します。
昔はテレビもエアコンも自動車も鉄道も飛行機だってありません。
けれど人々の行動のパターンは、千年前も現代も、そして千年後も何も変わりません。
いつの時代も支那は支那、朝鮮は朝鮮です。

女性でありながら、たったひとりで勇敢な戦いに臨んだ皇嘉門院の別当。
しかし、並み居る群臣たちは、ただ顔を伏せるしかなかった。
そして世の中は、源平の大戦に向かって行きました。

そして「百人一首」は、この皇嘉門院の別当の歌に続いて、次の百人一首の山場ともいうべき式子内親王の歌に続きます。

 玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば
 忍ぶることの弱りもぞする
   百人一首89番歌 式子内親王

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コメント
No title
こんにちは。確かに和歌というものは言葉をケチってるので、読む者の立ち
位置や心持ちによって、いくらでも解が変わるものですね。皇嘉門院別当の
歌を今回も自由に連想してみました。
皇嘉門院(藤原聖子)に仕えた御方。聖子さんは7歳で当時10歳の崇徳天
皇(4歳で即位)に入内。以来、保元の乱(1156)で崇徳天皇が配流と
なるまでの27年間ご一緒でした。子はなくて次の近衛天皇の准母、異母弟
の九条兼実が猶子。別当の歌は兼実が右大臣になった1166年以降で摂政
となる1186年までの兼実家の歌会のもの。保元・平治の乱の後で、治承
寿永の乱(源平合戦)のおこる前までの間でしょう。聖子さんの父は摂政関
白の藤原忠道で崇徳天皇を流した側ですが、保元の乱、平治の乱を生き抜い
た実力者。この父の没後(1184)以後は兼実の後見を受けるけれども、
中宮・皇太后の女性としての最高位を経ており上皇とほぼ同位であって朝廷
で尊重されたし再婚はあり得ず、実子もいないのでよっぽどでなければ身の
危険もない。保元の乱で摂関家は失墜したのでなおのことでしょう。
そういう方のお世話をいつ頃からされていたのかは不明ですが、別当さんの
歌は涙が多いですねww
摂政右大臣の時の家歌合に、旅宿逢恋といへる心をよめる
 難波江の葦のかりねのひとよゆえ みをつくしてやこひわたるべき(千載集)
まず、万葉集のこの歌が浮かびませんか?
 難波人 葦火たく屋の煤してあれど おのが妻こそ常めづらしき
難波人が葦をたいて煤けさせた家みたいに 煤け古びても 自分の古妻こそ
いついつもかわいいものさ・・古女房賛歌。聖子さんも古女房でした・・。
難波といえば、難波宮・・仁徳天皇の仁政、あるいは短いながら孝徳天皇。
葦といへば豊葦原中つ国・・日本の国。
かりねのひとよゆえ・・刈り根・・刈り取った後に残った根・・古の繁栄の
           去った後のひと世(代)・・一時代だから
みをつくしてや・・難波の江は土砂で埋まりやすく澪標(みをつくし)航路
         を正す指標が必要だった・・その指標に沿って
こひわたるべき・・漕ぎわたるべき・・その世を渡っていくべき
難波宮のあった豊葦原中つ国の 繁栄もつかの間に去った その後の世の一
時代ですから この国を沈ませる事なきよう正しい指標をもって 世を渡る
べきです・・・先の崇徳天皇の古女房さまのお言葉ですよ・・。
古の天皇の親政。そこから実権を手離し、外戚による政治、公家による摂関
政治、上皇による院政そして武家幕府による政治へと権力は渡って行きます。
統治範囲が広くなり、社会が複雑になっていく・・人の集団の数も生き方も
多岐にわたるようになるからです。それを見守り続けるのが権威であり、指
標でもあり得る天皇なのかもしれませんね。

恋歌にとれば、短いひと夜であればこそ 恋した思いを忘れずいよう・・
あるいは、長い人生の一節の短き間であればこそ、その想いに身を尽くそう
みたいな所でしょうか・・・真面目な感じですね。別当さんの主の聖子さん
もそんな御方だったのでは?・・千首大輔のような弾みはないよ~な・・ww
乱世というのは、人間社会全体でより適合した社会システムに進化するため
に必要なのかもしれません。やや後退することはあっても、そうやって前へ
前へと進んできたのが日本なのでしょうね。

    
2015/10/06(火) 19:34 | URL | くすのきのこ #-[ 編集]
No title
文章に渾身の思いを込めるという事の難しさが良く解ります。そして、それを出来る人を尊敬します。

しかし・・・・
本文より引用>
「つまり営業が厳しくなるとピンクに走る。そういうところは昔も今も同じです。」
<引用終わり
思わずお茶を吹き出しましたよ!wwww

いつも更新有難うございます。
2015/10/04(日) 14:46 | URL | たまにはコメントしてみます。 #uC7ZgyM6[ 編集]
世紀の演説
国会での演説と比べてなんと素晴らしいメッセージを表しているのでしょうか。

ノーベル平和賞の女性の演説も素晴らしかった、
けれども日本の演説は和歌に込めて発表するのですね。
知性が問われます、苦労をしながら知性をみがくのは大変なことだと思います。
だからこそ、そのメッセージが時代を超えて残っていくのですね。

それから、日本は古来より女性も隔たりなく公の場で意見を堂々と述べる機会が与えられていたのですね。
人権問題をふりかざしている団体にも気付いてほしいですね。
ちゃんと人権をみとめているのが日本人だと。
2015/10/03(土) 08:20 | URL | はっちょもん #-[ 編集]
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
静岡県出身。国史啓蒙家。倭塾塾長。日本の心をつたえる会代表。日本史検定講座講師&教務。
連絡先: nezu3344@gmail.com
著書
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』第1巻〜第3巻
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』
日々、先人たちへの感謝の心でブログを書き綴っています。それが自分にできる唯一のお国への、先人たちへの、そしていま自分が生かさせていただいていることへのご恩返しと思うからです。こうしてねずブロを続けることで、自分自身、日々勉強させていただいています。ありがたいことです。

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私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

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