諸命以(もろもろのみこともちて) - ねずさんのひとりごと

諸命以(もろもろのみこともちて)

2016年03月10日05:36  日本人の心 写真あり

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20160309 伊邪那伎伊邪那美


本題に入る前に、はじめに今週土曜日の熱田神宮文化殿で開催される講演についてご案内します。

名古屋の熱田神宮では、文化殿におきまして、毎年、テーマに沿って各界より著名人を招聘し、講演会を開催しています。
聴講は無料で、全講座聴講の方には、聴講修了証が発行されています。
毎回、満員御礼で、会場の都合で満席になると入場制限になる場合があるそうです。

その文化講座の今月12日は、私の講演になります。
名古屋方面においでの方は、是非、お越しいただければと思います。

1 日時  平成28年3月12日(土)14時〜16時
2 場所  熱田神宮文化殿講堂
      愛知県名古屋市熱田区神宮1丁目1−1
3 名称  平成27年度熱田神宮文化講座
4 講師  小名木善行
5 演題  日本人の誇り(百人一首とシラス国)
6 料金  無料

http://www.atsutajingu.or.jp/jingu/bunkaden/schedule.html

さて、今日のタイトルです。
「諸命以」という語は、古事記の伊邪那伎(いさなき)、伊邪那美(いさなみ)の物語の冒頭に登場する語です。
「もろもろのみこともちて」と読みます。

原文ですと、
 於是天神、
 諸命以、
 詔伊邪那岐命・伊邪那美命二柱神
「修理固成是多陀用幣流之国」
 賜天沼矛而言依賜也。

読み下しますと
 是に於て天つ神、
 諸(もろもろ)の命(みこと)以ちて
 伊邪那岐命、伊邪那美命、二柱の神に詔(の)り、
「是のただよへる国を修理(つく)り固め成せ」と、
 天の沼矛(ぬぼこ)を賜ひて言依せ賜ふ。

現代語にしますと、
 このとき天の神々は、
 様々な命令をもって、
 伊邪那伎命、伊耶那美命の二柱の神に
「この漂っている国を修理(つくり)固め成しなさい」と述べられて
 天の沼矛(あめのぬぼこ)をお授けになりました。

このあとニ神は、天の浮橋に立って天の沼矛を差し下ろし、混沌としたところを塩をコオロコオロと画(か)きなして引き上げ、その矛の先端からしたたり落ちた塩が積もって淤能碁呂嶋(おのころじま)になったと話は続いていきます。


問題は、この「諸命以」です。
伊邪那伎(いさなき)、伊邪那美(いさなみ)のニ神は、自らの意思で混沌を画きなしたり、淤能碁呂嶋淤能碁呂嶋に降り立ったりしたのではなくて、その行動の一切は、神々の諸命に基いて行われたのだということが、ここに書かれているわけです。

ここでいう神々とは、創生神である以下の神々です。

 初代 天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)
 二代 高御産巣日神(たかみむすひのかみ)
 三代 神産巣日神(かみむすひのかみ)
 四代 宇摩志阿斯訶備比古遲神(うましかしかひひこちのかみ)
 五代 天之常立神(あめのとこたちのかみ)
 ここまでの五代の神様が、特別な神様です。
 六代 国之常立神(くにのとかたちのかみ)
 七代 豊雲野神(とよくものかみ)

五代までの神々が、宇宙の創生神で、特別な神様とされています。
ビックバンのはじまりから、宇宙ができあがるまでを意味する、いわば万物創生の神々です。
六代目の国之常立神(くにのとかたちのかみ)が宇宙空間、
七代目の豊雲野神(とよくものかみ)は、宇宙の銀河を意味する神様です。

そしてそれらの神々が、伊邪那伎、伊邪那美に、諸々の命(みこと)を以て、天の沼矛を授け、「つくりかためなせ(修理固成)」と命じ、その命(みこと)の隨(まにまに)、ニ神は、地球を生成しているわけです。
そこに「自分がー」とか、「俺がー」とか、「わたしがー」という利己はまったくないのです。
万物創生の神々を受け入れ、万物創世の神々の御心のままに伊邪那伎、伊邪那美は行動しています。
すこし大げさな言い方をすれば、これによって大宇宙の法則と、地球の男女が一体化しているわけです。
つまり、ここに日本的共生の思想の根幹があるわけです。

では、一体化してどうするのかというと、そこではじめて「修理」という言葉が出てきます。
「修理」という語は、いまではすっかり「壊れたものを直す」という意味だけに用いられますが、もともとの意味は違っています。

「修理」の「修」という字は、「彡(サン)」+「攸(ユウ)」から成っていて、「彡」は神々の創造物である天・地・人をあらわします。「攸」は神々のお働きの動詞形です。
つまり「修」は、神々が創造されたものを意味します。

ですからたとえば「修学」といえば、「学を修める」ですが、これは神々の創造されたものを学ぶという意味になります。
いいかえれば「修学」は、神々の知恵を学ぶことです。
学校で神々の知恵を学び、それを実社会をめぐって旅に行くことが「修学旅行」です。
昔の人は、そういう意味を学校で恩師から教わって修学旅行に行きました。
いまでは、それがただの「卒業前の慰安旅行」のように解されていますが、それはとても残念なことといえます。

次に「修理」の「理」は、「玉」+「田」+「土」から成り立っている漢字です。
「里」は、田と土から成り立っていて、田畑を耕して利用しているところを意味します。
理は「玉を耕す」ですから、玉を磨いて整えるという意味の漢字になります。
そこから転じて、「理」は、ものごとに消えない分別をつけて整えるという意味の漢字になっています。

そうすると「修理」という語は、神々が創造したもの(修)を、神々の意思である道理に沿って磨く(理)ことという意味になります。

万物を創造できる、つまり無から有を生むことができるのは、神々だけです。
私たちの「ものつくり」は、その神々の創造物を、煮たり焼いたり成形したりして加工し、使わせていただいているという関係になります。

ですから、あらゆるものをつくるということは、自分勝手に、自分の都合で私物化し私有化して好き放題にして良いということではありません。
どこまでも、神々がつくられたものを、工夫し加工して使わせていただいているわけですから、感謝して大切に活用させていただかなければなりません。

そういうことが『古事記』では、「諸命以→修理固成」という話の流れのなかに、明確に示されています。

ですから『古事記』を学ぶということは、単に荒唐無稽な日本の神様童話を知るということではなくて、日本人の生き方、日本人の思考を、あらためて学ぶということを意味します。
だからこそ、神話を学ぶことが、日本人の大切なアイデンティティを取り戻すことになるのだと思います。
そしてそのような眼で『古事記』を読んでいくと、そこには上古の昔から綿々と続く日本的価値観がものすごく明快に迫ってきます。

このお話の続きは、13日の倭塾で行います。
<a href="https://www.facebook.com/events/448191788722453/" target="_blank" title="<u>https://www.facebook.com/events/448191788722453/</u>">https://www.facebook.com/events/448191788722453/
今日の記事は、13日の倭塾用に用意したスライド36枚中の冒頭の5枚分のお話の要約です。

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