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日本は「たみ」が「おほみたから」とされる天皇のシラス(知らす、Shirasu)国です。


今日は済南事件のあった日

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済南事件0503-1


今日は、憲法記念日です。
しかしその憲法記念日以上に日本人が忘れてならない事件があります。
それが昭和3(1928)年5月3日に起きた「済南事件(さいなんじけん)」です。

今日は、この事件と、その背景を振り返ってみたいと思います。

少し時をさかのぼります。
大正6(1917)年にロシア革命が起こると、世界を共産主義支配下に置こうとするいわゆる共産主義革命の嵐が世界を覆いました。
この影響で支那では、共産主義者でもなんでもないならず者たちが、共産主義革命を標榜して徒党を組み、あちこちで乱暴狼藉をはたらくようになりました。

なにせ、共産主義に共鳴するという体裁をとりさえすれば、背後にいるソ連が、湯水のように銃や実弾やカネを提供してくれるのです。ならず者たちにとって、これほど都合のよいことはありません。
これによって、普通に生活をしようとする、支那にいる多くの庶民が犠牲になりました。

当時の支那は、明治44(1912)年に清王朝が倒れたばかりです。
同年1月1日に、南京で孫文(そんぶん)が中華民国臨時政府を樹立し、臨時大総統職に就任するのだけれど、軍事力の弱い孫文は、結果として北京軍閥の長である袁世凱(えんせいがい)に大統領職を譲り、大正5(1916)年には、その袁世凱が、中華帝国を名乗り、初代皇帝に即位しています。

ところがその即位も、内外から総スカンを食い、失意のうちに袁世凱が死亡すると、その後の支那は長く続く内乱の時代にはいってたのです。

こうした中で、大正9(1920)年に起こったのが「尼港事件(にこうじけん)」です。
「尼港事件」は、ロシアのトリャピーチン率いる、ロシア人、朝鮮人、支那人約四千のならず者たちが、共産パルチザンを名乗って、黒竜江(アムール川)の河口にある尼港(現・ニコライエフスク)にいた石田領事以下約七百名余の日本人居留民を虐殺したという事件です。

その様相は、まるで映画バイオハザードでゾンビの大軍に取り囲まれた少数の人間の戦いそのものです。
衆寡敵せず、日本人居留民は極めて残虐な方法で全員殺害されました。

この事件で味をしめた共産パルチザンは、日増しに乱暴狼藉を激化させていきました。
そして満州においても、共産パルチザンによる日本人への迫害や、鉄道への侵害事件などが激化して行ったのです。

最近でも、支那人の増えた北海道では、相次いで鉄道トラブルが続発していますが、当時の満鉄の状況はそんなものではありません。奉天鉄道事務所管内だけでも、年間の30万件を越える鉄道被害が発生していたのです。
電話線を切られたり、線路をはがされたり、枕木を外して焚き木にされたり、挙げ句、日本の守備隊の軍人まで拉致され殺害される事件まで起りました。

日本総領事は、その都度「遺憾、厳重抗議」という「きまり文句」を口にしました。
けれど、そのような言葉だけの「遺憾」が支那人たちになんの効果もないのは、100年前も今もまったく同じです。
ただ、いまと違うのは、その「遺憾」や「厳重抗議」の対象となった案件が、昭和2(1926)年には、未済案件だけで370件も達していたことです。
そのくらい、被害が多発していたのです。


当時満州には、日本陸軍の関東軍が駐屯していました。
けれど、軍は、国の命令がなければ動けません。
命令がない限り、軍は何があっても傍観しているだけです。

ですから満州の日本人会の人たちは怒りました。
ある会議のとき、青年連盟の岡田猛馬が会場で立ち上がり、壇上にいる陸軍の幹部に言ったのが、有名な、
「関東軍は刀の抜き方を忘れたか。腰の軍刀は竹光か!」です。

当時の日本では、軍人はとても尊敬されていました。
にもかかわらず民間人が軍人に対して、これほどまでにきつい言葉を吐いたのは、おそらく日本に武人が置かれるようになった古代の昔から、史上初といえる出来事であったのではないかと思います。

岡田猛馬のこのときの発言を、感情的なヤジのようにいう人もいますが、それは違います。
まさに、血涙を流しながらの発言だったのです。
ですから罵倒された側の軍人の思いも、同じです。
気持ちは痛いほどわかっていたのです。

ところが、です。
昭和2年頃というのは、大正デモクラシーの影響で、日本の思想界、言論界、政界、財界、メディアとも、極端に平和主義で反軍的な時代でした。
日本が安全保障理事国を務めた国際連盟の平和思想や、欧米列強の軍縮の呼びかけなどの影響もあったものと思います。

ですからいまどきの、どこかの国とそっくり同じで、日本の軍隊の存在を、存在自体を悪だと決めつけるような風潮が日本にも蔓延していました。
「むしろ日本の軍傭を縮少し、支那や欧米に対して、萎縮外交をせよ」
「内需経済にこそ、歳費を注ぐべきだ」といった議論が、日本国内の主流をなす言論風潮だったのです。

おそらく、そこにはスパイ工作もあったことでしょう。
実際、そうした日本国内の風潮を、日本の「弱味」とみた英米ソは、その魔の手を支那に差し伸べ、支那人をそそのかし、日本に対する露骨な排日侮日運動が行われ出したのです。

もちろん、軍隊内部からも、また政友会や一部の新聞においても、満蒙の邦人擁護のために日本は軍事力を行使すべし、という主張はありました。もはや平和外交では満州問題は解決しない、正義は力を振るってこそ正義となり、力なき正義は、悪徳に他ならないという主張もあったのです。

けれど国論の主流は、相変わらずでした。
尼港で700余名の邦人の命が、極めて残虐な方法で奪われたという現実があったにも関わらず、腰が定まらない。
まるで、腰抜けのでくのぼうのような平和主義が主流派をなしていたのです。

そんな中で起ったのが、昭和3(1928)年5月3日の「済南事件」でした。

済南というのは、山東省にある商業都市です。
日本人をはじめ、多くの外国人が居住していました。
その斉南で、支那の軍閥同士での、大規模な内戦が起こったのです。

日本は居留民保護のために、同年4月下旬には済南に兵を派遣していました。
派遣軍は城外の商埠地に戦いが波及しないよう、バリケードを築いました。

ところが総司令の蒋介石は、
「治安は国民党軍が確実に確保するので、日本は(バリケードを)撤去して欲しい」と日本に要請してきました。

治安が崩壊しているから、日本は出兵しているのです。
そんな中で、バリケードを取り去るなどということは、軍事的にはあり得ません。
けれど現場は、中央の指示によってこれを受入れ、5月2日に、バリケードを撤去しています。

そして事件が起こったのです。

5月3日、蒋介石の国民党軍の兵士が、満州日報の取次販売店を襲撃して掠奪を働きました。
ここで注意したいのは、昨今の支那の反日デモのような「暴徒」ではなく、当時済南であったのは、武器を持った兵であったということです。武器がなくても、あれだけ暴れ回るのが支那人です。
それが武器を手にしていたら、どうなるか。

暴兵たちは、駆けつけた日本人の巡査にも、多数で暴行を加えました。
知らせを受けた日本陸軍は、急きょ救援部隊を現場に急行させました。
すると支那兵たちは、たちまち遁走し、国民党の兵舎に隠れて、銃撃を加えてきたのです。

やむなく日本軍はこれに応戦しました。
すると今度は、市内のあちこちで、一斉に国民党兵による乱射や掠奪、暴行がはじまったのです。

日本側は、全体の治安維持のために、冷静に国民党軍に停戦を呼びかけました。
現に、そのすこし前には、国民党の総統であり、最高司令官である蒋介石自身の口から、
「済南の治安は国民党が守る、日本人は一切を国民党に任せて、バリケードも解いてよろしい、安全は自分が保証する」と約束しているのです。

ところが白旗を掲げて停戦を呼びかける日本軍の軍使にさえ、支那兵は銃撃を加えてこれを射殺しました。
戦時国際法も何もあったものではありません。
市内全域はたちまちのうちに修羅場と化し、各所で多数の日本人居留民の男女が、暴兵の手で惨殺されたのです。

この事件で、日本人女性が両腕を帯で後手に縛られたうえ、顔面、胸部、乳房に刺創、助骨折損、陰部には棒をさしこまれ惨殺されていた写真などが現在でも残っています。下のものです。

斉南事件の被害者(24歳の女性)
斉南事件の被害者24歳の女性


この事件で被害にあった男性は、両手を縛られ地上を引きずられたうえ、頭骨破砕、小脳露出、眼球突出して殺害されていた者、顔面破砕され、両眼を摘出して石をつめられて殺害された者、頭および顔の皮をはがれたうえ、眼球摘出、内臓露出、陰茎切除して殺害されるなど、およそ人間のすることとは到底思えないような残酷さで12名が、凄惨な殺され方をし、その他約四百余名が暴行、強姦、掠奪によって重軽傷を負う被害を受けました。

当時の外務省公電にある公式文書です。
=======
腹部内臓全部露出せるもの、
女の陰部に割木を挿し込みたるもの、
顔面上部を切り落としたるもの、
右耳を切り落とされ左頬より右後頭部に貫通突傷あり、
全身腐乱し居れるもの各一、
陰茎を切り落とし・・・(以下略)
======

現場を視察した南京駐在武官佐々木到一中佐の手記です。
======
予は病院において偶然其の死体の験案を実見したのであるが、酸鼻の 極だった。
手足を縛し、手斧様のもので頭部・面部に斬撃を加へ、或いは滅多切りとなし、
婦女は全て陰部に棒が挿入されてある。
或る者は焼 かれて半ば骸骨となってゐた。
焼残りの白足袋で日本婦人たる事がわかったやうな始末である。
我が軍の激昂は其の極に達した。
======

ちなみに上にある女性の写真は、間違いなく済南事件のときの新聞報道写真であり、被害者の女性も日本人、横に立っている男性も間違いなく日本人医師なのですが、いまの中共政府はこの写真を「日本陸軍七三一部隊による人体実験の犠牲者の写真」として流用し、さらに同じ写真を南京事件の支那人被害者として流用し、展示しています。

支那の歴史教科書にも掲載(翻訳版)
中国の歴史教科書のねつ造記事

731部隊記念館では蝋人形になって展示
731部隊記念館に使われたウソ


デタラメもたいがいにしろと言いたくなります。
泥棒や強盗が好き放題に暴れ回っているなら、それが国内なら警察力を強化して防犯と取締にあたるのは当然のことです。
けれど警察というのは、日本国内の日本の国内法が及ぶ範囲でしか活動できません。
事件の起きているのが国外なら、そこに日本の法は適用されませんから、軍隊が治安を維持する他ないのです。

その軍隊の軍事力を、政治的に行使できなくしたらどうなるか。
泥棒や強盗などの凶悪犯の前で、警察官に丸裸になれと言っているのと同じです。
そしてそのことが現実となったのが事件が、済南事件だったのです。

こうした尼港事件から斉南事件までの流れについて、「もし当時の日本が早期に徹底した武力を用いて支那の反日勢力に対して徹底的な弾圧と報復を行っていたら、事態はここまで深刻にならずに済んでいたのではないか」という議論があります。
なぜそういえるのかというと、同じ時期、英米仏蘭独伊などは、支那人に襲われていないからです。
なぜなら彼らは、たったひとりでも自国民にケガ人が出ようものなら、徹底的な反撃と打撃を支那人たちに与える。だからさしもの支那人たちも怖くて手が出せなかったというわけです。

もちろん、それもあろうかと思います。
ただ日本だけが標的にされたのには、もうひとつの裏の事情があります。

日本国内でも、たとえば九州や北海道のご出身の方が東京や千葉、埼玉にたくさんおいでになりますが、これが陸続きの地域となれば、人の往来と移動はさらに激しくなります。
ですから、当時の支那には、たくさんの朝鮮人が仕事を求めて散らばっていました。

その散らばっていた支那は、古来、中華思想の国です。
この中華思想は、支那に古代から存在する一般的思想と思われがちですが、これは違います。
歴代の支那の王朝は、紀元前に成立した前漢以外は、すべて外来王朝です。

たとえば最初に支那を統一した隋は、鮮卑(せんぴ)系の遊牧騎馬民族が建てた王朝です。
そもそも隋という国号の文字は「祭りの肉の余り」という意味の漢字ですから、いかにも肉食の遊牧民らしい国名です。
唐(とう)も「大きな口」という意味で、これまた鮮卑系です。
宋(そう)も皇帝は趙氏の一族で、これまた遊牧民族系です。
元(げん)が、モンゴルの遊牧民王朝であることは、これは有名な話です。
明(みん)は、漢族である安徽省の貧農の末子、朱元璋(しゅげんしょう、漢族)が建国した国ではありますが、この時代、国の北は北元(モンゴル族)と後金(ツングース)によって征圧され、度重なる遊牧民族の侵入で常に国が危機状態に置かれていたわけで、これは統一支那王朝とは言い難く、実際、国土のほとんどを遊牧民族に奪われています。

そして、ここまでの王朝は、すべてそれら外来の皇帝が君臨し、支那の土着民である漢族や、チベットウイグルなどの周辺諸族を、平等に下に従えていた王朝でした。
中華思想といいますが、外来王朝が中華として君臨し、それ以外の諸民族は、すべて下、というのがそれまでの中華思想であったわけです。

ところがこの思想に変更を加えたのが、清(しん)王朝でした。
清(しん)は、女真族(満州族)が建てた王朝ですが、彼らは武力が劣ったため、漢族を支配し、それ以外の諸族を、すべて漢族の下においたのです。
つまり、女真族>漢族>それ以外の諸族、というように、民族に序列をつけたわけです。

そしてその清王朝が滅んだとき、清王朝によって自尊心を植え付けられた漢族が、他の民族よりも「俺たちは上だ」と考え始めました。これが清朝以降の中華思想です。

ところがその清朝が滅ぶ少し前の1900年(明治33年)に、義和団事件が起こりました。
義和団というのは、一種の宗教団体で、その宗教を信じれば、斬られても突かれても撃たれても死なないという、おかしな信仰です。
そしてその信者たち約20万人が、北京にいる11カ国の外国人の外国人特区を襲撃したのです。

この襲撃は、日本の柴五郎中佐(最終階級陸軍大将)などの奮戦によって、なんとか撃退し、11カ国は当時の清朝政府との間で「北京議定書」を交わし、治安維持と居留民保護のために、支那への出兵を清朝政府に認めさせました。
そしてこの北京議定書の定めに従って、日本も現代風にいうならば、いわばPKO部隊として支那への派兵をしていたのです。

ところが、平和を願う支那人たちや、諸外国の思いと裏腹に、支那大陸では、当時日韓併合によって「日本人」となった朝鮮人たちが、「ウリたちは世界最強の日本人だ」と言い放ち、支那大陸のあちこちで乱暴狼藉を働きました。

もともと支那人にせよ、朝鮮人にせよ、儒教国です。そして儒教というのは、なによりも上下関係を重んじます。そして上に立ったら、下に対してはありとあらゆる収奪(強姦や暴行を含む)が許されると考えるのが、彼らにとっての儒教です(日本の平和的な儒教思想とは異なります)。

するとここにおかしな対立が生まれました。
支那にいる漢族は、清朝以来の中華思想に基づき、自分たちが世界最高の民族であると思っています。
ところが、日韓併合になる前まで、その漢族の下で、まるで南北戦争前の米国の黒人奴隷さながらに人権などなく、ただ野蛮人としてこき使われていただけの朝鮮族が、こんどは「ウリたちは日本人だ。世界最強だ。お前たち漢族よりも偉いんだ」と言って、支那人を襲撃し、財物を奪い、女性に対して次々と強姦をはたらき、証拠隠滅のために殺人を犯し始めたのです。

もちろん、そのようなことをするのは、ごく一部の不逞朝鮮人でしかありませんし、大多数の朝鮮人たちは、まじめに普通に暮らそうとしていたのが事実です。
しかし、国際社会では、たったひとりでも、おかしな行動をすれば、「○○人は」と言われてしまうものです。
まして、そのおかしな行動が、強姦や殺人などの凶悪犯であればなおのことです。

漢族たちも、こうした犯罪に対して、手をこまねいていたわけではありません。
彼らは、徒党を組んで犯人のあぶりだしをしました。
ところが、悪事が露見して、ヤバイと感じた不逞朝鮮人は、その度ごとに、「ウリは日本人ある。支那人に襲われて危険ある」といって、日本の軍隊に保護を求めてきました。

日本軍としては、形式上は彼らは「日本人」ですから、保護せざるを得ません。
そして支那人たちの言い分も聞くのだけれど、朝鮮人と支那人では、言っている言い分がまるで違っている。
日本軍としては、とりあえず朝鮮人の身柄を保護し、支那人たちに引きさがってもらうしかありませんでした。

しかし、犯罪による被害にあったという恨みは、決して曖昧にはならないものです。
実際、自分の妻や娘が殺されたとあっては、絶対に許せないと思うのは、これまた万国共通の人間としての本能です。そして恨みはますますつのる。
そしてそういう対立が生まれているところに、さらに対立をあおり、火に油を注いで事態を混乱させるのは、まさに共産主義者の常套手段です。

対立をあおられた被害者らは、共産主義パルチザンとなって、徒党を組み日本軍を襲撃し、満鉄への破壊工作を繰り返しました。
そしてそうした行動は、だんだん大きな戦略的な動きとなり、そしてついに大惨事を招くことになったのが、尼港事件であり、この済南事件であり、その後に起こる通州事件であったわけです。

ベトナム戦争でも、韓国軍は出動し、軍事的にはほとんど貢献しなかった一方で、銃を突きつけて村人たちを皆殺しにしたり、女性を陵辱しました。
ベトナム戦争は、北ベトナムという資本力も乏しく、国土も狭く、しかも大陸内の陸続きの国が、南ベトナムと世界最強の名高い米軍等を相手に、ついに勝利した戦いです。

世界中、共産軍というのは、相手が強ければすぐに逃げ出す弱兵なのに、なぜ、北ベトナムだけがそこまで強かったのか。
自分の女房や子供を、敵兵によって陵辱され殺されたなら、男なら誰だって命の限り戦います。たとえ両手両足がなくなっても、噛み付いてでも戦い抜く。
韓国人との混血児であるベトナムのライダハンは、釜山日報によれば3万人とのことですが、強姦され妊娠、出産する確立が10分の1と考えると、他にも陵辱され殺害された女性たちが数多くいたことを考えれば、いったいどれだけの数の女性たちが犠牲になったのか、想像を絶するものがあります。

だから北ベトナムの男たちは戦いました。
枯れ葉剤を巻かれて、息ができなくても、どんなに苦しくても戦い続けました。
思想の問題ではないのです。悲しみが結果としてどこまでも戦うという道を選び、そして北ベトナムに勝利を招いたのです。
その意味では、米国も敗戦の憂き目を見ましたが、ある意味、朝鮮族の被害者であったということができます。
米国のペンタゴンは、いまも韓国人をたいへんに嫌っているといいますが、さもありなんと思います。

韓国民の全て、あるいは朝鮮族の全てがこのような悪党とはいいません。
けれども、そういう悪事をはたらく者が、ひとりでもいれば、そこに恨みが残り、その恨みは増殖するのです。

ですから要するに、済南事件においても、通州事件においても、その原因をたどれば、不逞朝鮮人に行き当たります。
そしてそのことが、結果として、彼ら朝鮮族を庇護した日本軍への怨嗟となり、漢族の日本人への恨みとなって、支那に派兵していた11カ国の中で、日本だけが標的になるという事態を招きました。

済南事件は、日本人が、忘れてはならない事件だと思います。


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コメント
現実には、どんどん日本が亡くなる方へ向いている・・・
ねずさん、いつも貴重なお話有難く読まさせてもらっています。

今回のお話で、現代の日本人が抱いている世界平和観なるものの幻想を十分打ち砕く内容であると感じます。

今のシナや北朝鮮はじめ、もしかすると、国際社会(アングロサクソン連中)から見れば、おそらくこの世界から葬りたいのは、我が日本民族であるとも言えます。

もし、そういう視点で見れないとすれば、シナが着々と工作をしている(以前よりは、見え見えですが)ことも、北朝鮮が核開発に全力で取り組んでいることにも、何も感じないで、日々を過ごすのでしょう。

それが悪いかどうかは別として、日本文化にも、当然、軍事力があることをもっと認めるべきだということです。

今もなお野蛮なる獰猛なロクデナシ国家共が跋扈している以上、外交なるオコチャマによる話し合いやODAなる金銭的解決程度で、世界平和に貢献してますよなんてことを真の平和主義なんて思うこと自体、そう長くは続かないと思います。

世界平和におけるエッセンスは、間違いなく今も軍事力であると断言します。

その根源は、愛する妻や子供たちを護ることに他なりません。

しかし、それだけでは、殺し合いです。

やられたからやり返す。

真の平和になるには何が必要なのか、未だ誰も解りません。

しかし、何れの日には、その答えが解るだろうと思えば、今は、道半ばでしょうか。

ここで、我が国の70年前はどうだったのでしょうか?

今のような自由も恋愛も余暇もなかったのでしょう。


一億総玉砕


鬼畜米英


ほしがりません。勝つまでは!

・・・
・・・
・・・

今も、この頃の気持ちで取り組めばいいんじゃないでしょうか?

あの頃の日本人が持つ魂をそろそろ見直すべきじゃありませんか。

私が今確信していることは、このことです。

真の平和には、未だ未だ道半ばではありますが、少なくとも、この世の中で、一番世界平和の理想に近い考え方と行いができるのは、我が日本民族であることをもっと理解すべきだということ。

世界に向かっては、日本人同士に相通ずる謙遜や奥ゆかしさ、譲り合いなど一切ごちゃ混ぜにしてはいけません。

敢えて昔の日本人の批判をするとすれば、ここを曖昧にしてしまったからとも取れます。

無慈悲には、超無慈悲にあるべきなのです。
温情には、超温情で対応するべきなのです。
極悪には、超極悪で対応すべきなのです。

それが、真の強者でると思います。

私達は、なぜ日本人なのか。
私達は、なぜ好きな物を買ったり、食べたり、飲んだりできるのか。
私達は、なぜ自由を謳歌できるのか。

色々諸事情があるかと思いますが、最低限、未だに他国へ戦争をしていて、そこへ派遣されるなんてことはありません。

少なくとも、70年前の大東亜戦争においては、大勢のご先祖様が、自らの肉体をボロボロにして、血肉を砕けるまで闘ってくださった。

弾薬なく、食料もなく、飢え死しかかった状況の中でも、愛する家族、妻、そして最愛なる息子娘の幸せを念じて、銃剣のみで敵に突撃をして、爆弾を抱えたまま戦車の下に突っ込んで、遠い異国の地で倒れました。

お亡くなりになられた柱は、軍人(朝鮮、台湾含)、民間人合わせて、2,620,000 〜 3,120,000とも言われています。

だから、自分一人なんで何も出来ないではなく、今の日本をより良くする為に何か精を尽くすことは、生かされた我々においては、義務なんです。

それだからこそ、今こうして生きている自分(母国語があり、働き先もあり、好きな人とも恋愛できることなどなど)を謳歌することの権利を有している。

我々日本民族には、先人の尊い義務と権利が与えられていることを自覚しなければなりません。
2016/05/06(金) 09:25 | URL | #-[ 編集]
憲法記念日
ねずさん、お久しぶりです。
日付変わって昨日、憲法記念日という事で、まとめサイトの書き込みで憲法改正について投稿してみたのですが
憲法改正派の私の書き込みに対し、数件の返事がつきました。
それは喜ばしい事だったのですが、返事のうち、二種類の反応に判別出来た事を報告します。
1、お前の書いた事はは間違っている、だから変な書き込むな。
2、あなたの書いた箇所に間違いがある、ここはこうだと思う。
という2つの反応に別れました。2に対しては、不勉強な私に親切な指摘。素直に読めましたが
問題は1です、最初から喧嘩モード全開なんです。まるでこれ以外の考え方以外は認められない認めない、挙げ句の果てには人格否定からの犯罪者呼ばわりでした。
怖かったです、ほんとに。で、得心しました、あっ、これが戦後の憲法を聖典扱いしている人達、又はそれに影響された人達なんだなと。
そして悟りました、1の方達は、憲法改正気運が高まっていると肌で感じているのでしょう。
ゆえに、多少でも憲法についての言及には、過敏に反応せざるを得ない状況になっているのだと思いました。
だから自虐史観全力全霊日本が悪いヨそうアルネで、句読点や改行を忘れた長文を返してくるのです。
であるならば、この不勉強な私でも充分に戦えますね、敵にボロを出させれば良いのですから。
あれ?こいつら日本語おかしくね?○ョンか○ャンか?パ○ク?と暴いてやれば良いのです。
そうすれば憲法改正を阻もうとする輩の正体が透けて見えるはず。これなら勝算あり!です。
とは言え、そろそろどう改正するべきなのか、議論を重ねなければならない時に来てはいますが
遅きに失したとは思わず、やれることをやり続けるしかないと思っております。
家族、友達、ネット、理解者を増やしていきます。
彼女に政治家になるの?と笑われました。
「なれないよ金ないもん」と、答えたところ
「スーツ買ったげよっか?」と返ってきました。
あぁ、日本の夜明けは遠いなぁと思いました。ではでは。
2016/05/04(水) 02:18 | URL | m.e #-[ 編集]
宋朝の思想、清朝の統治
> 宋(そう)も皇帝は趙氏の一族で、これまた遊牧民族系です。

宋は皇室が遊牧民族系というのもありますが、それ以前に北方にあった遼・金という異民族王朝から軍事的圧力を受け、金(かね)で平和を買う状態にありました。前半期である北宋時代には宋が兄、遼が弟とされ、遼が形式的に朝貢すると宋が莫大な金品を下賜するという形でしたが、後半期である南宋時代には宋側が金朝の臣下とされ、貢(主君に対する貢物)を送るとされました。

つまり、今日の(中国の)歴史では宋は統一王朝の扱いを受けていますが、実際には遼や金の属国だったのです。

北宋は金軍に首都・開封を占領され(靖康の変)、皇帝・皇族や貴族、官僚が連れ去られます。たまたま開封を不在にしていた皇弟・高宗が江南(長江の南)に逃れて南宋を再建しますが、政府首脳たる人材が圧倒的に不足します。そこで科挙で選ばれた官僚たちが重用されるようになりました。

科挙が始まったのは隋の時代ですが、政治的効力を発揮するようになったのはこのときからです。宋以前は儒者=官僚は単なる事務員でしたが、宋代に政治を左右し、歴史を書き換える権力者になります。

この時代に生まれたのが朱子学です。それ以前の儒教にも中華思想の萌芽のようなものはあるにはありましたが、いかにも中華思想な考え方は朱子学を始めとする宋学として生まれました。

朱子学は小難しい理屈を並べていますがつまるところ、“正統”は野蛮な金朝ではなく南宋にあると言いたいのです。朱子学がことさら華夷の序を強調するのは、現実では紹興の和(国際条約)によって宋帝は金帝に臣礼すると定められていても、“本当は”金は夷狄であって、宋こそが中華なのだという主張です。理気二元論で理(理想、理論)が気(現実)に優先するとしたのも同じ軸線にあります。

また、朱子学は宋朝が挙国一致体制を築けるよう、儒教伝統の「孝」ではなく、「忠」を強調しました。この忠は真心ではなく、忠義の意味です。孔子が「嘘偽りのない心で誠を尽くせ」と教えたのを、「嘘偽りなく皇帝に仕えよ」と読み替えたのです。


> つまり、女真族>漢族>それ以外の諸族、というように、民族に序列をつけたわけです。

清朝の統治原理は多元的で、一種の同君連合国家でした。清朝皇帝は満洲人にとっては八旗と呼ばれる8部族の部族長会議の議長であり、漢人にとっては歴代王朝の正統を継承する皇帝、モンゴル諸族にとってはチンギス・ハーンに連なるの大ハーンであり、チベット人にとっては文殊菩薩の化身にして世界を統一支配する転輪聖王、ウイグル人にとってはイスラム法の守護者でした。

漢土(旧明領)は清朝皇帝に忠誠を誓う漢人官僚によって統治されました。漢人官僚は原則として満洲語と満洲文字を学ぶことが禁止され、中央政治には参加できませんでした。それ以外の諸族は現地有力者が担いました。要するに自治です。諸族は愛新覚羅家の皇帝に直接、臣従しているのであり、階層化されているわけではありませんでした。原則として。

1851~1864年に江南の地で発生した太平天国の乱では、清朝の正規軍である八旗軍が役に立たず、結局は漢人官僚が組織した軍がこれを鎮圧しました。1860~70年代にウイグルで発生したヤクブ・ベクの乱でも平定に派遣されたのも漢人たちの軍でした。このころから漢人官僚が力を伸ばしてきます。

といっても、この時期に勢いのあった曽国藩、李鴻章、左宗棠、張之洞らの漢人官僚はあくまでも清朝に忠実でした。清にも華夷秩序の観念は存在していましたが、19世紀の清国で夷狄とされたのは英仏です。

清国を構成する諸族を面と向かって夷狄としなくても、漢人官僚が力を持ち始めると漢人特有の統治方法が伝統を無視して各地に適用されるようになります。1884年にはウイグルに新疆省が設けられ、1907年には満洲に奉天省、吉林省、黒竜江省の3省が置かれました。チベットやモンゴルのラマや王侯たちは不安と不満を募らせ、さまざまな反応を見せるようになります。

辛亥革命が起こると、即座にモンゴルが独立を宣言します。これに対して孫文は南京で中華民国の成立を宣言する中で五族共和を唱えてモンゴルの繋ぎ止めを図りますが、すぐに漢人中心の大中華民族主義に戻ります。辛亥革命以前に孫文が革命のために創設した中国同盟会は綱領で「駆除韃虜、恢復中華、創設民国、平均地権」を掲げており、もともと清朝の多元的統治に否定的でした。

結局、漢族優越を唱えたのは革命派だったのではないでしょうか? 「われわれ漢人は満洲人による支配がいやだ」というなら漢土の独立を主張すればいいのに、連合国家・清の領土(中国人が西洋的な領土概念を理解しつつある時期でした)の簒奪を試みたのです。

簒奪といえば袁世凱は実際に清朝から政権を簒奪しますが、袁世凱が溥儀退位と引き換えに提案した「優待条件」では清朝の皇室・皇族のみならず、満蒙回蔵各族の地位をも保障するとなっており、彼はその約束を死ぬまで守りました。

大中華民族主義が強く押し出されるようになるのは、孫文の後継者を自称した蒋介石の国民党軍が袁世凱の後継である北京政府を打倒してからではないかと思います。蒋介石には清朝流の多元統治は不可能であり、清国旧領を維持するには力と無理圧状しかありません。台湾に逃れた中華民国臨時政府は今でも外モンゴル(元モンゴル国)を含む領土主張を続けています。
2016/05/04(水) 02:13 | URL | 梅屋庄吉 #-[ 編集]
No title
不敗の国、日本が負けたのも、アメリカが負けたのも、全て朝鮮と関わったのが原因ですね。
改めて非韓3原則が大事ですね。(助けない、教えない、関わらない)
早く国交断絶して、国内の在日も一掃しましょう。
2016/05/03(火) 16:48 | URL | カズ #-[ 編集]
最後の特攻
最後の特攻
日教組の洗脳教育か覚醒して自虐史観から抜け出そう。 日本は素晴らし国を信じて、日本の
再興を次世代に託して逝った靖国に眠る英霊との約束を果たそう。 
 日本民族を復興させよう、安心・安全で自由な社会を守る戦いに参加しよう。

詳細は
神 風 軍 団
http://www.aixin.jp/axbbs/ktr/kkg.cgi
2016/05/03(火) 16:20 | URL | 愛信 #EBUSheBA[ 編集]
こんなコメントが飛んできました。情報の共有の為拡散しておきます。
こんなコメントが飛んできました。情報の共有の為拡散しておきます。

http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/?m2=res&no=6207&sp=1&page=1
2016/05/03(火) 15:07 | URL | 愛信 #EBUSheBA[ 編集]
残忍な支那人
強い者には愛想を振りまき、弱い者を虐めるのが支那人の習性です。習主席は歴史問題で「日本を残虐な国民」として世界に捏造歴史を広めています。捏造とプロパガンダで支那人に敵う民族は他にいません。いるとすれば「朝鮮民族」くらいです。

南京事件をユネスコの記憶遺産に持ち込みながら証拠資料を公開しません。外務省は何故ユネスコに抗議しないのでしょうか。

支那人の残忍さは元上海副領事だった「ラルフ・タウンゼント」氏の著書「WAYS THAT ARE DARK:The Truth About China(暗黒大陸 中国の真実)に書かれています。

「第3章 本当の中国人」の記述項目の中には下記のようなものがあります。
恩人を○す苦力/人類共通の人情がない中国人/中国軍の強制徴用/中国人の特異性と残虐性/ユク神父の記録に残る、残忍極まりない話/残虐な死刑や拷問/拷問好きが高じて生まれた纏足/福州のコレラ騒動 等々

また、「第4章 中国的才能とその背景」には
複雑怪奇な性格と伝統/本当の中国人を知ることが対中政策改善につながる/平気で嘘をつく/責任感がないから嘘をつく/学問不毛の国/金持ちの親族にたかるろくでなし 等々

が書かれています。自分の目で見た中国人の姿です。中国と付き合うための必読書であり、世界中で読むべき本です。

2016/05/03(火) 12:05 | URL | にっぽんじん #-[ 編集]
国益と日本の名誉を重んじる外交を
いつもありがとうございます。今日の記事を拝見して支那人というのは残忍極まりない側面がある事がよく分かりました。
まあ、あまり最近の安倍首相には期待してないのですが、支那への属国外交が酷すぎやしませんか?王外務大臣から一つの中国を堅持する事(台湾との外交は認めない)。中国共産党が治める中国を敵視しない事。中国脅威論を安倍政権は喧伝するなと岸田外務大臣は釘を刺されたそうです。ニヤニヤ笑いながら、分かりました、日本は最善の努力をします。取り合えず中国人のビザ緩和をさせて貰いますとの岸田外務大臣の答弁。
呆れて物が言えませんね。それは外交だから協調も大事でしょう。けれど唯々諾々と中国の要求に従うなんで日本国政府として
恥ずかしく、国益を軽んずるとしか思えません。まあ、日本の心を大切にする党から日本の国益を堂々と延べる聡明な政治家が出られる事を期待します。 これが政治なんだと国民を馬鹿にして軽んじているなら、安倍さん、岸田さん、自民党の保守を気取る政治家議員の皆さん、国民は見限りますよ!
2016/05/03(火) 08:06 | URL | #-[ 編集]
No title
【今日は何の日?】日本国憲法施行(5/3)
http://blog.livedoor.jp/acablo-nakagawayatsuhiro/archives/38604500.html
2016/05/03(火) 07:59 | URL | junn #p4GOlP7Y[ 編集]
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小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
静岡県出身。国史啓蒙家。倭塾塾長。日本の心をつたえる会代表。日本史検定講座講師&教務。
連絡先: nezu3344@gmail.com
著書
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』第1巻〜第3巻
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』
日々、先人たちへの感謝の心でブログを書き綴っています。それが自分にできる唯一のお国への、先人たちへの、そしていま自分が生かさせていただいていることへのご恩返しと思うからです。こうしてねずブロを続けることで、自分自身、日々勉強させていただいています。ありがたいことです。

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サンフランシスコ講和条約で、日本は台湾に関して処分権は連合国に提供しましたが、領土の割譲は行っていません。条約以降、連合国も日本も台湾の処分先を決めていません。つまり台湾はいまも日本であり、台湾にいる1500万人の戦前からいる台湾人は、日本国籍を有する日本人です。私は台湾民政府を支持します。
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私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

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