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秦の始皇帝の再検証

20160917 兵馬俑
(画像はクリックすると当該画像の元ページに飛ぶようにしています)

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秦の始皇帝悪玉論は、いまだに根強く残っているようです。
それが実は誤解であるという論考が「大紀元」で紹介されました。
「大紀元」様のご承諾をいただきましたので、こちらのブログでも皆様にご紹介したいと思います。

先に3つのことを申し上げておくと、

先ず第一に、秦の始皇帝は、漢族ではなく、突厥(とっけつ)です。
突厥は、いまのウイグルのことで、唐代まではウイグルは黒髪、直毛、黒目のモンゴロイドです。
その後、中央アジアでトルキスタンを制圧して混血し、いまのように変化しました。
支那は古代において、農耕民族であるモンゴロイド系先住民と、あとからやってきた狩猟系コーカソイド移民との間で激しい殺し合いが起こりますが、これによって中原を追われて周辺民族となっていったのが、いまの支那の少数民族と呼ばれる人々といわれています。

つまり秦の始皇帝は、過去において中原を追われたモンゴロイドが、再び中原を制圧して支那をひとつに統一し、始皇帝を名乗った人、ということになります。
つまり外来王朝です。
ただし、ウイグルの特徴として、彼らは人も家畜も、生き物はすべて財産と考えます。
つまり人を財産と考えて、支那全土を統一した始皇帝が、ただいたずらに残忍なだけの人物とは考えにくいのです。

二つ目に、先般ご紹介した秦の将軍、司馬穰苴(しばじょうしょ)があります。
彼は、『司馬法(しばほう)』という書を顕し、そのなかで、

 国が大なりといえども、戦を好めば必ず亡(ほろ)ぶ。
 天下安らかなりといえども、戦を忘れれば必ず危うし。
( 國雖大 好戦必亡 天下雖安 忘戦必危)

と説いています。
秦の軍隊は、当時の支那にあって最強で、その勇猛な秦軍の将軍が、上記のような言葉を残しているわけです。
(言葉の詳細については↓参照)
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-3102.html

部下を見れば人がわかるといいます。
これだけの人物が将軍として仕えた始皇帝が、ただの暴君とは実際考えにくいのです。

三つ目に、兵馬俑(へいばよう)があります。
始皇帝陵から発見された俑は八千体に及びます。
そしてそのひとつひとつの顔かたちが、おそらくは実際の兵を生き写しにしたものであったろうと言われています。
しかも発見時には、兵士の俑は、無彩色に思われたのですが、その後の調査で、できた当時は、極彩色に塗られていたことが判明しています。
巷間言われてきたように、始皇帝が乱暴な暴君なら、ほんものの人間を埋めたことでしょう。
けれど始皇帝は、雑兵を道連れにするのではなく、親兵の人形(俑)を一緒に埋葬することを選んでいます。
これは、始皇帝が兵たちを信頼し、兵たちもまた始皇帝を慕っていなければ、およそ行われないであろうことです。

というわけで、おかしいなとは思っていたのですが、このたび大紀元に、良い記事が掲載されましたので、ご紹介に至った次第です。
大紀元の本文のご紹介の後、すこし私の考えを述べます。


20160810 目からウロコの日本の歴史




 ***

【秦の始皇帝に対する数々の誤解 2000年ぶりの再検証】
大紀元 2016/09/15 06:00
http://www.epochtimes.jp/2016/09/26066.html

秦の始皇帝(紀元前259年~210年)は、約550年にも及ぶ春秋・戦国時代に終止符を打ち、初の統一王朝「秦」を作り上げた人物として歴史の教科書にも必ず登場する人物だ。
統一後は、都の咸陽(かんよう、現在の西安)を整備し、自らの陵墓となる始皇帝陵を作らせた。
さらに、大運河を建設し万里の長城の建設にも着手するなど、数々の大土木工事を行ったことでも知られている。

しかし彼の死後二千年以上たった今でも、多くの人々は始皇帝を歴史の悪役として考えているのが忍びない。
そこで、始皇帝が「暴君」と誤って呼ばれるに至った数々の事柄を逐一検証していきたい。

──────────
 始皇帝の「圧政」
──────────

これまで始皇帝は在位中に数々の圧政を行ったとも言われてきたが、それは始皇帝が死去して119年後、つまり漢の武帝の時代に司馬遷が記した『史記』の記述から後世の人々が推測したものに過ぎない。
「隠宮徒刑されし者七十余万人、
 乃ち分れて阿房宮を作り、
 或ひは驪山を作る(隠宮(宮刑)に処せられた
 70万人余りを二組に分けて、
 それぞれ阿房宮(始皇帝の宮殿)と
 驪山(ろざん、陝西省の山名で始皇帝陵が建設された場所)
 を作らせた)」
と記されていることが根拠となっている。

そのため、これまで始皇帝は、受刑者や奴隷70万人を動員し、巨額の費用を投じて、始皇帝陵と阿房宮を建築したと思われていた。

だが、この一文は本来「朝廷の官吏を派遣し、軍人や囚人、他国の捕虜を70万人徴集して驪山の整備や阿房宮の建設に従事させられた」ということを意味している。
つまり平民や百姓を徴収したわけではないのだ。
そして「隠宮」とは受刑者ではなく宮中の宦官(去勢した男性官吏)を指している。

では、秦王朝の百姓が負担する兵役や賦役はどれほどのものだったのだろうか?
後漢時代に班固が編纂した『漢書』によれば、秦王朝では成人男性は一生のうち1年間の兵役に就き、予備兵役又は開墾事業に1年間、その後は毎年夜間の見張りに1カ月従事していたと記されている。
例えば20歳男性の場合、50歳になるまでに兵役や賦役に従事すべき期間はおよそ4年半にすぎなかったという。
この数位は現代の一部の国家と比べても大差ないものとなっている。
二千年以上もの昔であったことも計算に入れると、とても「圧政」とは言えないのではないだろうか。

始皇帝はその在位していた11年の間に、戦争や賦役、土地の開墾事業などに合計200万人から250万人を動員したと言われているが、戦国時代に投入された人的資源と比較するとそれほど多くない。
では、春秋戦国時代の例を見てみたい。

秦の昭襄王(しょうじょうおう)は8年間の戦争中にのべ数十万の軍隊を動員し、参戦した他国の軍隊も合わせると500万人以上にのぼると言われている。
戦争のために中国全土で500万人駆り出されることと、土木作業等のために全国から200万人が集められることとでは、民衆にとっては明らかに後者の負担が少ないだろう。
このことから、当時の庶民が担っていた兵役や賦役などの負担は、始皇帝の中国統一後に大幅に軽減されたと分かるだろう。
さらに『秦律』(秦代の法律)の規定によると、賦役に従事する庶民には手当が支給されていたほか、食事や衣類なども与えられていた。
また、同じ時期に一つの家族から徴集できる賦役人の数は1人と定められていた。

諸外国の事情と比べれば当時の中国の庶民の負担がいかに軽いかが分かるだろう。
古代ローマや古代ギリシャでは武具は自弁とされ、市民にとっては大きな負担だった。
そして武具を用意できない市民は政治参加の面で差別を受けた。

ヨーロッパでは中世になってもこの流れは変わらなかった。
従軍する農民兵は衣食を保証されず、苦役そのものだったという。
日本では七世紀以降、天皇を中心とする大和朝廷が豪族の力を削ぎ、公地公民を目標に権力を増大させた。
そして当時先進国だった唐王朝の律令制度を導入し、蝦夷地を除く日本のほぼ全域を支配下におさめた。
中央集権国家となった日本は防人や衛士の制度を導入したが、やはり武具と衣食は自弁だったため民衆にとっては大きな負担だった。
つまり当時の「グローバルスタンダード」と比較しても、秦王朝の支配下の民衆の負担は想像以上に軽かったと言える。

余談ではあるが、秦王朝の刑罰の厳しさを理由にマイナスの感情を抱く人もいるかもしれない。
当時行われていた刑罰に残酷と思われるものが多いが、そうした刑罰は秦の始皇帝が始めたものではなく、春秋戦国時代に割拠していた各国で行われていたものだった。
これに対し秦王朝は刑法や大民法によって国家を管理し、社会の安定を図った。
『史記』にも、始皇帝が残酷な刑罰を執行したという記述はない。

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 「暴」の意味
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「暴」という字を見ると大抵の人は「暴力」「暴君」「凶暴」といったネガティブな言葉や意味を連想しがちである。
しかし字典を引くと「暴」は「強烈かつ迅速」「猛々しく急いで」という意味をも持つことがわかる。
つまり、「暴」という字には価値判断を伴わない、客観的な修飾作用をもつ用法もある。
現代中国語の「暴風」「暴雨」「暴走」における「暴」の意味はこちらにあたる。

文献等でしばしば「暴」という字で形容される始皇帝はどうであったか。
始皇帝は戦国七雄の秦以外の国々(楚、斉、燕、趙、魏、韓の六国を指す)を併呑して統一王朝を打ち立てた後、わずか10年間で国の礎を築くという一大事業を成し遂げた。
その間に手がけた都の整備や大土木工事といった公共事業は、さぞ「強烈かつ迅速に」あるいは「猛々しく急いで」行われたことだろう。
ひょっとすると、始皇帝は自分の生きている間にできるだけたくさんの事業を成し遂げ、後世の人々に財産を残そうとして「暴」の手段を取ったのかもしれない。

始皇帝の「暴」の文化は中華文明に男性的な力強さを加え、外部や内部からの衝撃に十分対応しきれるだけの資本を与えた。
後世に花開く温和で女性的な儒教文化はその根底にこうした力強い文化を宿すことで強靭な生命力を持ち合わせ、そして儒教文化を基礎に据える中国文明はその後2000年間にわたり衰えることなく華々しい展開を世に示した。

したがって文献等で「暴」という記述を見かけたときには、ステレオタイプに判断するのではなく、そこに価値判断が入っているかどうか、客観的に使われているかどうかに注意しなければならないだろう。

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 民衆を愛し 部下を慈しむ始皇帝
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始皇帝に対する先入観からは想像できないかもしれないが、始皇帝が中国を統一する約20年間に敵を処刑したという記録は極めて少ない。
燕国の太子丹が刺客・荊軻を使って始皇帝の暗殺を企てて失敗し、秦の軍隊が報復として燕国の薊城を攻撃した時でも庶民の大虐殺は行われず、燕王や高官の処刑も行わなかった。
史料によると、始皇帝は和睦を望む燕王から送られてきた太子丹の首を受け取ったに過ぎないと記されている。

また秦が他国との攻防に明け暮れていたときにも、似たような暗殺未遂が起きていた。
だが『史記』のみならず他の歴史書を見ても、秦軍が占領した都市や町の住民を虐殺したり敵の将軍や大臣、一般庶民を惨殺したりする記録はなく、むしろ彼らに対し優遇政策を取っていたと見られている。

始皇帝は他の六国の王侯貴族を丁重に扱ったのみならず、秦王朝に対して功績がある大臣を厚遇した。
始皇帝はその在位中の37年間に朝臣を処刑したことは一度もない。
秦の名将・王翦(おうせん)が死罪を犯しても始皇帝はそれを赦免したことはこのことの裏付けである。

さらに、『史記・酷吏列伝』に記述されている内容からも秦王朝の統治を肯定的にとらえることができる。酷吏(こくり)とは法律を盾に、人に罪を被せて処罰、処刑する役人に対する蔑称だ。
驚くことに、この『酷吏列伝』には漢代の役人が数多く列挙されているが、秦王朝の廷臣は一人として名を連ねていないのだ。
もし秦の時代に本当に「暴政」が行われていたのだとしたら、それらに直接手を染めた人物の名は、もれなくここに列記されているのではないだろうか。

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 焚書坑儒の真相
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始皇帝と言えば焚書坑儒を連想する人も多いだろう。
焚書坑儒は始皇帝の残虐さの象徴ともいえる事件であり、それまでの中国の歴史や文化を破壊したとも言われている。
だが、始皇帝が焚書坑儒を行った真の目的は、玉石混淆な思想・文化が入り乱れた状態を一掃し、詐術を用いて人心を惑わす者を排除することであり、正統な文化を後世に残すためであった。
この意味で始皇帝の行った「焚書坑儒」は後世に語り継がれるべき大きな功績である。

まず、「焚書」と「坑儒」は混同されることが多いが、実は全く別のものである。
坑儒と焚書とを関連づけて最初に論じたのは、東晋時代の梅賾が漢代の歴史学者孔安国の作として書いた偽の『古文尚書』だった。
つまり、秦代でも漢代でも、坑儒と焚書が関係のある出来事として認識されていなかったことを示している。
始皇帝が焚書を行ったのは紀元前213年であり、坑儒を行ったのはその翌年の紀元前212年だったことを鑑みても、関連はあまり大きくはないのだ。

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 焚書の本当の意図とは何であったのか
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焚書のきっかけとなった事件について『史記』にはこのような記述がある。
始皇帝の誕生日に咸陽の宮殿で祝宴が催され、70名の博士が酒を献上して祝辞を述べた。
博士とは秦の官名だが、博士制度は春秋戦国時代を踏襲したもので、彼らの地位は非常に高く、国政への参加も許されていた。
祝宴の席で、教育を司っていた博士、周青臣が最初に始皇帝の業績をほめたたえた。
だが、博士の淳于越は周青臣が始皇帝に媚びているとみなし、商(殷)と周を例に取って、古代を手本として現在の制度を封建制度に戻すことを進言した。

つまり淳于越は、始皇帝の誕生日の宴席上で、古来の制度を尊んで現在の制度を軽んずるという姿勢を明確に打ち出し、当の始皇帝が採用していた郡県制を否定したのである。
そのような盛大な儀式で公然と異を唱える淳于越は肝が据わっていると言わざるを得ない。
この出来事は、秦の時代には言論の自由が保障されており、博士たちは各自の見解を自由に述べることが許されている事実を浮き彫りにしている。

更に驚くべきなのは始皇帝の反応である。
『史記』には「始皇下其議」との記述がある。
これは始皇帝が皆に淳于越の提案を論議させたという意味だ。
もし始皇帝が本当に「暴君」だったなら、この様な場面で異議を唱える淳于越を許すことができたのだろうか?

数日後、丞相の李斯は淳于越が古の慣習を懐かしみ現制度に反抗的であることを理由に『焚書令』を提起した。
その中では、夏、商(殷)周の古代3王朝で採られていた古い制度を採用することに反対するとして、「以前は諸侯が互いに争い天下が乱れていたから、富国強兵の策を求めて遊説の士を呼び集めていた。天下が平定され太平な世の中となった今、法令を定めるのは始皇帝おひとりだけである。民はそれぞれの生業に力を尽くし、知識人たちは法令を学習すべきだ」としたためられていた。

そして、始皇帝に個人が学校を設立することを禁じるよう進言し、史官(史実の記録を司る官職)には秦以外の国の典籍を焼き捨てさせるよう指示した。
これが焚書の起こりである。

その後、博士官庁が管轄する書物を除き、『詩経』や『書経』を始めとする諸子百家の書物はすべて地方官が集め、焼き捨てるよう命じた。
取り締まりの範囲外とされた書物とは、農学・医学・占術・秦の歴史に関するものだった。

李斯の提案に対する始皇帝の回答は『詔曰はく:可なり』ではなく『制曰はく:可なり』だった。
この一字の違いに大きな意味がある。
通常、『制曰はく』とは朝廷の百官に発表するときに使われる言葉で、広く庶民に対して使われるものではない。
対して『詔曰はく』 とは、国内全土に向けて宣布することを指す。
ここで後者『制曰はく:可なり』の表現が使われていることから、李斯の忠誠心に報いつつも、焚書の範囲と程度を最小限にとどめたいという始皇帝の配慮が透けて見える。

漢王朝が成立してからは書籍の欠乏は起こらず(秦国文書を除く)、官吏が典籍の修復や救済をする必要はなかった。
さらに湖北省で出土した秦の竹簡によると、当時の秦王朝では大規模な焚書は起こらなかった。
『ケンブリッジ中国秦漢史』にも、秦の焚書による実際の損失は想像をはるかに下回っていたと記されており、書物が散逸したのは戦乱によるものが多いと考えられている。

これは、李斯の方でも始皇帝の言外の意をくみ取り、国内全土に焚書を行うことを支持したわけではないことを示している。
仮にそうであったとしても、焚書は咸陽の都のみで小規模に行われただけで、博士官署には大量の書籍が燃やされずに残されていたことに留意しなければならない。
張本人の淳于越もなんら処罰を受けることなく、この事件は収束した。

そしてこの事件から、始皇帝が儒家に対し寛容であったことも理解できよう。
また始皇帝の頭脳が非常に明晰で、物事の局面を全体的に俯瞰していたとともに、文化の継承に責任を負い、そのために的確な対応を取っていたことも推察できる。
このような始皇帝には、人を惹き付ける優れた資質と魅力が備わっていたと思われる。
この姿のどこに暴君の影があるというのだろうか。

──────────
 坑儒の真相 詐欺師の一掃
──────────

「坑儒」に至っては、人を騙し、詐欺を行い国の政策を混乱させる一部の道士らを一掃する政策にすぎなかった。
『史記』には、盧生と侯生という2人の方士(不老不死の術や卜筮、呪術などを行う人)に関する記述が残されている。
彼らは普段から始皇帝の信頼を得ていたが、裏では始皇帝について、独断でことを成し、縁故者しか登用せず、博士らを軽んじ、権力に固執しているなどと罵詈雑言を吐き、そのあげく、始皇帝のために不老の仙薬など作りたくない(実際には作ることができなかったのだが)として、こっそり逃亡した。

始皇帝はこのことを知ると非常に立腹し、咸陽に御史を派遣してそのほかの方士を取り調べさせた。
すると丹薬(不老不死の薬)の研究に携わっていた方士らがこぞって密告し合ったため、禁制者が460人を超えるほどに増えてしまった。

『史記』には、この時始皇帝は彼ら全員を「坑殺(生き埋めの刑)」するよう命じ、
「天下をしてこれを知らせしめ、以て後を懲ず」
と書物に記されている。

つまり始皇帝は、君臣の礼儀をわきまえず、君主をだまそうとした方士たちの悪行を天下に知れ渡るようにして、後世の戒めにしたのだ。

しかし「坑殺」の従来の解釈については誤りがある。
戦国時代から秦代においては「坑殺」とは死後に穴に埋めることを指しており、これは、罪人を墓に埋葬することが許されなかったためである。
決して現代で言う「生き埋め」のことではない。

『史記』の記述に従えば、「坑術士」と書かれてあるので、殺されたのは方士であって、儒者ではなかったとわかる。
その上、始皇帝が儒者の淳于越に対して取った寛容な態度から察するに、この時に処刑されたのは始皇帝を騙した方士だったと考えられる。
彼らの処刑には、皇帝に不老不死の薬を作ることができると嘘偽りを公言していたという確固たる理由があるからだ。

また本当に460人もの方士が「坑殺」されたかどうかに至っては、同様に疑問が残る。
なぜなら「天下をしてこれを知らせしめ、以て後を懲ず」の記述と矛盾するからである。
始皇帝が自分の暴虐を天下に知らしめたいと思うのだろうか?
恐らく、誤った数字だけが独り歩きした可能性が非常に高い。
あるいは後世にねつ造された可能性も捨てきれない。
いずれにしても、さらなる真相はこれからの研究を待たなければならない。

 ***

この話に明らかなように、支那ではいわゆる史書における歴史認識として、古代から現在に至るまで、多くの場合、正が邪に、邪が正として入れ替えて語られていることが多い傾向があります。
どのようなあくどい手段を使ってでも勝てば良いと考える人が天下を取り、それまでにやってきたあらゆる非道を正当化するために歴史を書き換える。
そういう目的を持って、史書が書かれているからです。

事実は、様々な出来事の羅列です。
言ってみれば、才能のない秘書が保管している日々のメモカードのようなものです。
バラバラで統一性がなくて、いつの時代にも極善から極悪、極右から極左まで、様々な人がいて、いろいろな出来事が起こりながらら、なんとなく時代の方向性が出来上がっているのが現実です。

歴史認識は、そのバラバラなカードを上手に並べ替えて整理し、余計なものを排除してそこにストーリー性を持たせたものです。
早い話、たとえば女子バレーボールのひと試合を文字で説明するときに、木村選手を主役にストーリーを描くのか、迫田選手や古賀紗理那選手にスポットライトを当てて語るのかによって、見えてくるものは全然異なってきます。
けれど、全部の選手がいて、相手選手もいて、それで実際の試合は行われているわけです。
これと同じです。

要するに、歴史に何を求めるかによって、そこで描かれる認識は異なってくるのです。

日本人は、歴史を「現在を生き、未来を拓くための過去の先例」ととらえます。
昔の時代劇で、よく「さようなことには先例がございませぬ」などというセリフが出ますが、長い歴史を持ち、しかも記録好きな日本人は、今目の前にある事態には、必ず、過去に同様の事態の経験を歴史上持っています。
だから過去を、今を生きるためのお手本にします。
歴史はそのためのものですから、だから日本人は、歴史に正確さを求めます。

ところが支那では、不条理を行った権力者が、自分に都合よく正邪を入れ替えて記述したもの、ないしは、そうやって新たな権力者が、あたかも英雄であるかのような記述を出来得る限りもっともらしく記述することで、地位を得ようとした者が書いたものが歴史です。
ですから、現代に例えてみれば、天安門事件はなかったことになるし、全国の中学生が勉強をしないでデモばかりを行い、学校の教師を殺して食べた文化大革命は、後に英雄を排出した英雄的事業であったと認識されます。
つまり彼らにとっての歴史は、いつの時代にあっても、政治的プロパガンダにすぎません。

では、支那人が全員、そういう、いわば「騙し」に乗っているのかといえば、実は決してそんなことはなくて、いまの支那において、真・善・忍を唱えて、支那における「良心の歴史」をあらためて復活させ、学んでいこうという人たちがいます。
なるほど支那の史書はプロパガンタですけれど、そうした嘘は、かならずほころびがあるものですし、そうした点を見極めていくと、本当に不条理のために真剣になって戦った人や、民衆が少しでも豊かに安心して安全に暮らせるように、生涯を慈愛のもとに生きた偉人も、歴史上にたくさんいるのが、支那でもあるわけです。

これは、そうした歴史を丁寧に掘り起こし、ほんとうの意味での支那人としての誇りを取り戻していこうという動きであり、これが現実にできるのが、支那という国の実は懐の深さです。
この点が、ただのファンタジーしか持ち得ないオトナリの国との大きな違いです。

私は、支那人=悪玉という考え方は間違ってると思っています。

支那はウシハク統治が長く続けられ、結果として民衆が歴史を通じて貧困のどん底に追い込まれ続けたという不幸な歴史を持っています。
このため、武器を突きつけられたり、あるいは武器を手にした瞬間に、狂ったように他人から収奪する者や、他人を踏みにじることをなんとも思わない非道な人を数多く出してしまってもいます。
また、食に関する禁忌がない国であることも、貧困を考えれば、とにかく食べれるものなら、なんでも食べなければ生き残れなかったわけですから、それもまた仕方がないことであると思います。

しかし、だからといって、全部の支那人が、みんな悪党であるということには、ならないと思うのです。
このことは、逆に、民衆が大御宝とされ、究極の民主主義を与えられ続けてきた日本において、また飽食の時代とまで言われるほど、豊かになった日本において、生粋の日本人でありながら、どうしようもない悪党がいることを考えれば、ワンオブゼムという思考は、やはり、あまりに短絡的にすぎると思うのです。

支那人であっても、ありきたりの日本人よりもはるかに立派な人は、歴史上も、そして今の時代においてもたくさんいるのです。
ところが、そういうまともな人たちが、かえって現在の中共国家の中で、迫害の対象となっているという事実があります。

そしてその迫害にもめげず、まけず、支那の歴史をもう一度検証し、これまで善玉とされてきた人が、実はとんでもない悪党であり、これまで悪玉とされてきた人たちが、実は、きわめてまともなきちんとした人たちであったということを、ひとつひとつ明らかにしていこうとしている人たちが、実は、数多くいます。

そういう人たちによる、まともな政権が誕生すれば、支那は十分に変われる可能性があるのではないか。
それは、日本を取り戻すというわたしたちの活動と同様、道は遠いかもしれないけれど、支那人が支那人として本来あるやさしい心や、愛する心といった人間性を取り戻して行こうとする動きでもあります。

そういうまともな人たちを、私はこれからも応援していこうと思っています。

お読みいただき、ありがとうございました。

20151208 倭塾・動画配信サービス2


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コメント
本当にここが一番厄介なところで、「中国人や朝鮮人にも立派な人がいる。だから差別なく共存しよう。」という一般論を枕詞に、日本人にとって百害あって一利もない留学生や研修生の優遇、平易な入国や帰化要件が正当化されてきています。これからは、過去にあったような言葉のごまかしや騙しには黙っていない事が重要です。少なくとも20年前までは当たり前だった日本人一人一人が悪を見過ごさない(日本人にとっての)姿勢が、日本人の国と社会を守る事に直結しています。日本を護るために散華された英霊の偉業を継ぐことになるのだと思います。
2016/09/30(金) 10:33 | URL | 渡辺 #-[ 編集]
No title
>>>二つ目に、先般ご紹介した秦の将軍、司馬穰苴(しばじょうしょ)があります。(中略)秦の軍隊は、当時の支那にあって最強で、その勇猛な秦軍の将軍が、上記のような言葉を残しているわけです。
部下を見れば人がわかるといいます。これだけの人物が将軍として仕えた始皇帝が、ただの暴君とは実際考えにくいのです。<<<


司馬穰苴は秦ではなく、当時支那大陸最東端に位置していた大国・斉の将軍です。秦とは何の所縁もありませんでした。

そして御互い生きた時代も、司馬穰苴が紀元前6世紀で、始皇帝が紀元前3世紀です。約300年もの開きがあります。

以上の事から、両者には何の接点もありません。
2016/09/26(月) 16:48 | URL | コンボ #rI7gjaoM[ 編集]
右翼の歴史観?
ねず先生、毎日の更新ありがとうございます。三年ほどになりますが、勉強させていただきながら未だに追いつきません。
具体的な滝や花や月を題材にしながら深い人生観や世界観を表現できる能力が和歌というか日本語にあると初めて教えていただきました。言葉を操るのは絵を描いたり木工品を作ったりするような芸術活動に通じるところもある。大事にしなければ。
いつも具体例をあげながら叙述されるスタイルにも共感します。
「いいかげんにして」さんの投稿は抽象概念を羅列して自分の見方を主張されているだけに見えます。朝日新聞の読者さんでしょうか。ドイツのホロコーストに関する法律については聞いたことがある程度ですが、異見は絶対認めないならば言論弾圧でしょう。ドイツ人はじつはどう考えているのか私には理解できない。理解できなければ是非善悪を判断する根拠になり得ない。日独を比較する妥当性もじつはあるのか。他にも疑問点がありすぎるのでここでやめます。
左翼の歴史観は学校、朝日新聞、文藝春秋を通してしっかり学ばせていただきました。無駄な時間と努力を費やした半生でした。アホらしかったが結論です。
正統な日本の歴史はねずさんはじめ多くのブログやユーチュブで学び中です。知らなかったことがあまりにも多い。
一番の衝撃は昭和天皇が原爆の開発を中止された話です。その知恵と慈悲はどこから出てきたのか。国も軍も陛下も生きるか死ぬかの瀬戸際だったのにあえて新兵器開発を止められた。(アメリカ人は今のところ全員原爆肯定でした。)匹夫の勇や冷たい科学者の探究心でできることではない。
推測の域を出ませんが、昭和帝の決断は、縄文時代から続く大和民族の声ではなかったのか。(ねずさんから学んだところ大です。)世界はーとかドイツはーとかアジア諸国はーと並べ比べるのはじつは虚妄の見方ではないのか。要するに日本の外に青い鳥はいないのではないか。
今西錦司博士は種の理論、一名棲みわけ理論で知られていますが、本当の文明、文化、歴史は世界と個の中間、国や民族の単位で理解できるのではないか。日本列島、大和民族、皇室はひとつの種で、生命そのものがわからないように種の奥底もうかがい知れない。昭和天皇はその生命の声を代弁された。その結果日本人は暴虐の民という形容詞を付けられずに済んだ。ありがたいとしか。

2016/09/20(火) 12:06 | URL | 風鈴 #-[ 編集]
No title
いつも更新ありがとう御座います。

27年前、希望に瞳を輝かした若者達が集った天安門。
私は彼らと同世代です。
当時、中国語の講義で先生(日本人)が「友達の、誰とも連絡
がつかなくて・・」と、嗚咽を漏らしたのを忘れられません。

少し後に中国の武術を習いましたが、先生(中国人)は、
文化大革命の混乱時には田舎に疎開していたそうです。
80年代やその前後に来日した武術の先生(老師)には同様の
経歴の人も多いようです。知人の「書」の先生は拷問にあっ
たそうで、身体機能の幾つかが不自由でいらっしゃった。。

悪夢の民主党政権時の茶番「事業仕分け」
…政治に疎い人は民主党唯一の成果!なんて言いますが。
当時の官房長官でしたか?
仙石氏の嬉々としたセリフ「これは人民裁判だ!」
おぞましい。絶対に忘れ得ません。

何ゆえお前はシナの武術なんぞやっていたのか?スパイか?
等と問われるやも知れませぬが、私は絶望していたのです。
日本に。いえ、日本を貶める事=知識人 みたいな風潮に。
伝統を蔑ろにしてしまう風潮に。
せめて空手道の原型はこの手に・・と、求めたのでした。

ねずさん、
本日のお題とあまり関係ない事を長々書いてすみません。

最近米国留学した人達が「中国人は優秀だ」と言うんです。
そりゃそう言う人もいるでしょう。と、普通にそう思います。
「それなのにお前は右翼で差別者だ」と、私に言うのです。
へ???
もうイイカゲンに「自己批判ごっこ」=自虐史観は、やめて!
人民裁判ごっこで悦に入るのはパヨクさんだけで充分です。
2016/09/20(火) 04:04 | URL | 日本みつばち #vXeIqmFk[ 編集]
◇◆TPPの内国民待遇◆◇
TPPの条文は、アメリカのグローバル資本の企業弁護士が
作成した契約書です。そのため、通常の条約とは異なり、
数千ページになります。TPPのコアには、その運用のため
の委員会ができ、これら企業弁護士が委員のほとんどと
なります。さらに、この委員会の下に分野別小委員会が
できます。TPPはアメリカ以外では国内法の上位にあるの
で、TPPの規定対象事項に関し、日本政府はこれらの委員
会の拘束力下におかれ、それらの勧告を無視できません。

TPP第25章「規制の整合性」の規定運用にも規制整合性
小委員会ができ、各加盟国内設置の中央調整機関とも合
わせ、域内規制一様化の体制ができます。これは、日米
に関し、年次改革要望書の復活版となります。今回は、
国内法より上の条約で裏づけられた、強化版となります。
また、TPPの精神は内国民待遇なので、アメリカ企業と競
合する分野の規制は撤廃させられます。よって、この体
制はアメリカに有利な規制改革の原動力となります。

この規制改革体制に対し、以下の懸念材料があります。
1) シャープ買収では、国益にそぐわないかどうかの審査
さえありませんでした。一方、アメリカではそのような
法制度があります。今後、内国民待遇に反するので、日
本でも外資規制を法制化しようとしても、それが不可能
になる恐れがあります。そうなると、漢族支配のアメリ
カ企業に日本企業が買収されかねません。当然、東芝の
ように少しでも弱体化した企業は、そのターゲットにな
ります。

2) 農協法改正により全農が株式会社化されると、穀物メ
ジャーと競合することになり、内国民待遇が適用され、
全農の穀物メジャーによる買収防止規制を設けられなく
なります。また、農地を含む農業生産体制が投資の対象
になり、ランドバンキングなどの手法で、外資による農
業支配が進行し、農家は小作人にもどります。この方向
性の国家戦略特区が予定されており、懸念されます。結
果、日本農業は付加価値の高い産品生産が増大し、プラ
ンテーション化します。このような植民地化は、漢族の
思う壺で、いろいろな手を使って漢族の農地所有、つま
り国土所有が進みます。そのため、さらに穀物自給率が
減少し、食料安全保障上の大問題です。

3) 公的事業公募も内国民待遇が適用され、インターネッ
ト上の英語での公募も義務付けられることになります。
その結果、アメリカ企業が落札した場合、事業実行のた
めの低賃金の外国人(漢族を含む)の利用を主張しかねま
せん。その場合、外国人労働者就業の規制が撤廃され、
それが移民政策につながります。自民党特命委員会で外
国人労働者受け入れ議論が開始されたのも、TPPとは無関
係ではなさそうです。
2016/09/19(月) 21:57 | URL | #-[ 編集]
No title
>数日後、丞相の李斯は淳于越が古の慣習を懐かしみ現制度に反抗的であることを理由に『焚書令』を提起した。
その中では、夏、商(殷)周の古代3王朝で採られていた古い制度を採用することに反対するとして、「以前は諸侯が互いに争い天下が乱れていたから、富国強兵の策を求めて遊説の士を呼び集めていた。天下が平定され太平な世の中となった今、法令を定めるのは始皇帝おひとりだけである。民はそれぞれの生業に力を尽くし、知識人たちは法令を学習すべきだ」としたためられていた。

焚書についてですが、「法令を定めるのは始皇帝おひとりだけで、知識人たちは法令を学習すべきだと、始皇帝以外の考え方を全否定して焚書するのは、やはり焚書による思想統制ではないでしょうか。

今の感覚で、当時のことを計ることは愚かだと思いますが、現体制の都合の悪いものを、処分することの結果も同じだと思います。

日本も今をさかのぼる70年前に、GHQの指示でWGIPを行い、その中で焚書を行いました。そして、GHQは焚書などしなかったとしましたが、事実は焚書があり、その書物の中身を知る学者を公職追放にした結果、今の日本にとって必要な書籍とこれを研究する学者が追いやられた結果、日本を代表する現在の大学の主流派は左翼ばかりとなり、正しい歴史に戻すために、今度どれだけの研究が必要なのか見当の付かない状況だと思います。
(これの回復のために、ねずさんも努力されています。)

焚書はこれを成すものが、その目的のものが少なくても、それを滅することで成り立つと思う次第です。
2016/09/19(月) 20:30 | URL | ポッポ #/5dmJF4E[ 編集]
焚書
当時、紙はまだ存在しないか、少なくとも普及していないので、書の媒体は絹や竹でした。絹は極めて高価なので特別な用途にだけ使われ、一般には竹の板を紐でまとめた竹簡が利用されました。竹を焚いたんですね。
2016/09/19(月) 14:59 | URL | 竹林一郎 #-[ 編集]
キングダム
人気の漫画キングダムは秦の始皇帝の中華統一の過程を描いた青春物語ですが、始皇帝や部下達の人物描写は、あながち間違っていないと言う事ですね。本場の中国人よりも客観的に人物を描ける日本人の能力は素晴らしいです。
2016/09/19(月) 08:29 | URL | #-[ 編集]
No title
秦の始皇帝は暴君か
http://brush.art.coocan.jp/J1047-c.html
2016/09/19(月) 07:47 | URL | junn #p4GOlP7Y[ 編集]
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
静岡県出身。国史啓蒙家。倭塾塾長。日本の心をつたえる会代表。日本史検定講座講師&教務。
連絡先: nezu3344@gmail.com
著書
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』第1巻〜第3巻
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』
日々、先人たちへの感謝の心でブログを書き綴っています。それが自分にできる唯一のお国への、先人たちへの、そしていま自分が生かさせていただいていることへのご恩返しと思うからです。こうしてねずブロを続けることで、自分自身、日々勉強させていただいています。ありがたいことです。

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台湾民政府
サンフランシスコ講和条約で、日本は台湾に関して処分権は連合国に提供しましたが、領土の割譲は行っていません。条約以降、連合国も日本も台湾の処分先を決めていません。つまり台湾はいまも日本であり、台湾にいる1500万人の戦前からいる台湾人は、日本国籍を有する日本人です。私は台湾民政府を支持します。
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私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

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