古事記のすゝめ - 大和心を語るねずさんのひとりごと

古事記のすゝめ

2017年02月27日08:08  日本人の心 写真あり

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     20170226 古事記壱

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一昨日に引き続き、古事記の話をすこし書きたいと思います。

古事記に、天照大御神が天の岩戸にお篭りになられるというお話があります。
この物語について、
「須佐之男命の横暴に恐れをなした天照大御神が天の岩戸に逃げこんだ」
と解説しているもの、あるいは、
「天の岩戸に篭もられることで天照大御神は成長されたのだ」
と紹介しているものなどがあります。

否定はしません。
古事記は一見するとそのようにも読み取れる記述になっているからです。

ただ、思うのです。
天照大御神は、それ以前に父大神であられる伊耶那岐大神から、玉をいただいているのです。
それはつまり、女性神であり伊耶那美大神の御魂を受け継ぐ天照大御神が、創世の神々の一角である伊耶那岐大神の男性神としてのすべての神力を受け継いだことになります。
つまりこの段階で天照大御神は、男女に別れた根源神の両方の力を受け継がれたわけです。
だからこそ天照大御神は、最高神となられているわけです。

そうしますと、表面上に書かれていることではなく、ここから「行間を読む」という作業が必要になります。
それは、最初からの話の流れの中で、原文に使われている一語一語の漢字の意味をしっかりと踏まえながら、真意を探るという読み方になります。

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そして創世の神々は、次元を超越し、時空間をも超越した宇宙創成の神々でもあられるわけですから、最高神という存在は、当然に次元と時空間を超越した最高の神様ということになります。
その神様が、「恐れをなした」とか、「引きこもり少女になった」とかと考える、あるいはそのように古事記を読むのは、最高神である神様に対して非礼ではないかと思うのです。

同時に、須佐之男命も三貴神の一角をなす偉大な神様です。
つまり、この二神は、何かの目的をもって、その行動をされていたということになります。
つまり、天照大御神も、須佐之男命も、何かの目的を持って、そのために以後の行動がなされていると読まなければならないことになります。

その目的とは何かといえば、高天原におけるシラス統治の実現です。
統治に政治権力は不可欠です。
けれど、権力行使には責任が伴います。
高天原の最高神は、天照大御神です。
その天照大御神が、政治責任を負ってお隠れになれば、天照大御神は太陽ですから、太陽が隠れることになります。
すると世は闇に閉ざされます。
つまり、天照大御神は、最高神であっても、政治権力者として政治責任を負ってはならない存在であることがわかります。

シラス存在として神界の最高権威である天照大御神は、同時に政治上の権力者であってはならないのです。
つまり、権威と権力は、分けなければならないものであることがわかります。
高天原をシラスのは、これは伊耶那岐大神の詔から、天照大御神と定まっています。
ということは、天照大御神の下におわす高天原の八百万の神々の中で、政治権力者を選び、天照大御神の承認のもとに、その政治権力者に政治責任を負う統治をしていただかなければなりません。

ところが平和で温かな高天原では、現状でうまく行っていれば、誰も責任などとりたがらない。
しかし、それでは困るのです。

このようなことは、企業のトップなどにも、よく起こることです。
社長は社員にひとつの方向を向いてもらいたいのに、社員の側にまったくそれがわからない。
しかもそのことは、社員たちが自発的に気づかなければならない趣旨のものである。
そのようなことは、これは、よくあることといえます。

そうしたところに、須佐之男命がやってくるわけです。
そして須佐之男命も三貴神の一角を占める偉大な神様です。
ですから姉である天照大御神の思いをすぐに察することができたのでしょう。
須佐之男命は、あえて悪役を引き受けることで、八百万の神々を目覚めさせるお手伝いをします。

このことは、八百万の神が目覚めれば、自分が高天原を追われる立場になるということです。
それを読んでわかって、あえて須佐之男命は悪役を引き受けるわけです。
天照大御神の許可をもらってその悪役を引き受けたわけではありません。
思いを読んで、それを行動に移しています。

そして、目覚めた八百万の神々によって、高天原を追われています。
神としての霊力を削がれ、両手両足の爪を抜かれ、千両の車駕に乗るほどの罰金刑を与えられ、高天原から追放されたのです。
このとき須佐之男命は何の弁解も、言い訳もしていません。
従容としてこれに従い、黙って高天原を去っています。

それでも須佐之男命は、地上に降り立つと民衆のためにヤマタノオロチ退治を行い、人々の安全で豊かな生活を守っています。
男子たるもの黙って従容として罪に服し、たとえ罪に問われても、どこまでも民衆のリーダーとしての誇りを失わず、民衆のために尽くしたのです。

ここに日本男児の刮目すべきひとつの理想像があります。
男は、普段は橙色でも、黄色でも何でも良いのです。
けれどいざとなったときには真っ赤に燃え、たとえ相手がヤマタノオロチのような強大な敵であっても、どこまでも誇り高く民衆のために男としての責任を果たしていく。
それが古代から続く日本男児の理想的姿です。

神話を学ぶというのは、そういうことを学ぶことです。

また、天照大御神の行動からは、経営者は大変重要な学びを得ることができます。
何もかも経営者が判断し決裁しなければ動かない組織よりも、一定のルールのもとに、みんなの気持ちがひとつになって、社員たちが自発的に責任ある行動を取るようになることの方が、組織は強いに決まっています。

徳川家康の軍団がなぜ強く、どうして家康が天下の3分の1を握る大大名になれたかといえば、それは家臣団である三河武士の結束力と責任性の自覚の強さがあったからだということは、よく言われる話です。
家康は、常に、みなまで命令しない。
家臣団が、家康の思いを察して身を粉にして行動し働く。
家臣団のひとりひとりが、そういう強い責任感を持った強い武士たちであったから、家康の微妙な表情の変化だけで、家臣団がその実現に向けてまさに身を粉にして働いたのです。

当時の家康は、イエズス会の宣教師の報告によれば「世代最大の大金持ち」であったとのことですが、それだけの資力、武力、権力を持ちながら、なぜ家康が「征夷大将軍」という天皇の家来としての地位にこだわったのかといえば、それは神話があったからです。

そしてその神話を書いたものが古事記です。
しかもその古事記は、「古を省みることで今の時代を照らし人の道が絶えようとしていることを補う」ことを目的として書かれた書です。
これは、いうなれば、国家の基本となる道筋を、神話という形で示したもの、ということができます。

だからこそ、いま古事記は日本人が日本を取り戻すための最良の教科書として「学ぶべき書」といえるのです。

そしてこのような視点で古事記を読み解いた本はおそらく、いまの日本においては、本書だけです。
しかも、わかりやすく、読みやすい。
中学生くらいの読解力で十分に読み、かつ学ぶことができる本です。

本当にお勧めです。

お読みいただき、ありがとうございました。

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20160810 目からウロコの日本の歴史


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