ながからむ心も知らず黒髪の - 大和心を語るねずさんのひとりごと

ながからむ心も知らず黒髪の

2017年04月06日05:21  百人一首 写真あり

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20170403 待賢門院堀河
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百人一首の80番に、待賢門院堀河(たいけんもんいんのほりかわ)の歌があります。

 ながからむ心も知らず黒髪の 
 乱れてけさはものをこそ思へ

一般に、黒髪の乱れというのは、後朝(きぬぎぬ)といって、情事の翌朝のことを言います。
ですからこの歌は、表面上は恋の歌であり、「黒髪の乱れて」というところに情事の後のエロティックな雰囲気が現れた歌なのだなどと解説されています。
そんな髪を気にする女性ということで、百人一首の絵札では、待賢門院の堀河は、必ず手鏡を持った姿に描かれます。

ところがこの歌を藤原定家の百人一首として読む場合は、いささか様子が異なってきます。
この歌は百人一首の80番であり、崩れ行く世の中を憂う歌が並んでいるところに、置かれた歌です。

この歌を詠んだ堀河は、崇徳院の母である待賢門院(たいけんもんいん)に仕えていた女性です。
その待賢門院があらぬ中傷を受けて出家したとき、堀河は、自らも髪をおろして出家しました。
おそらく堀河は、とても髪の美しい女性だったのであろうと思います。
その髪をおろして尼僧になったのです。
おろしたとき、髪がどのような思いでいたのかはわかりません。
けれどもう二度と、黒髪が乱れることもない。
この歌には、そんな堀河の深い悲しみが詠まれています。

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堀河が使えていた待賢門院藤原璋子は、崇徳天皇の母親です。
従一位・摂政 関白・太政大臣であった藤原忠通(ふじわらのただみち)は、藤原家の安泰のために、崇徳天皇を強引に退位させ、代わりに近衛天皇を即位させました。

それだけならまだしも、そのすぐ後に、「待賢門院が侍女の堀河を使って近衛天皇を呪詛している」という噂が流れました。
堀河は源顕仲の娘です。
その源顕仲は、神祇伯でした。
要するに高等神官です。
堀河は、その娘だから、呪詛をしているに違いないと言われてしまうのです。

堀河自身だけが、そのような根も葉もない噂を立てられたということであれば、我慢もしましょう。
けれどそれを、堀河が人生を賭けて仕えている待賢門院藤原璋子が、堀河に命じて呪詛をさせていると、まことしやかに噂されるのです。

もとより堀河にも待賢門院にも、近衛天皇を呪詛する理由も意思もありません。
その必要すらありません。
なぜこのような噂がたったのかといえば、崇徳院の存在を消したい政治勢力が、崇徳院の母親や、その侍女を中傷することで、崇徳院を政治的に消し去ろうとしていたのです。

要するに実際には「あべこべ」なのです。
呪詛して崇徳院を消し去りたい勢力が、相手を陥れるため、逆に「呪詛されている」とあらぬ噂をまき散らしたのです。

こうしたことは、いつの時代にもよくあることです。
最近でも、14億円の土地を実質2000万円で購入するという、とんでもない斡旋をした政治家が、ありもしない森友学園の用地払い下げ問題に現政権を批判したり、あるいは国単位でも自分たちが行った非道を全部日本のせいにして糾弾するというとんでもない国があったりします。

多くの場合、他人に対する悪口や中傷は、自分がやってきた非道を他人もやっているのではないかと思いこむことによって行われます。
ですから、悪口雑言や、他人への批判というのは、多くの場合、その悪口や批判をしている当の本人のことを、はからずも吐露しています。

すると真面目で誠実な側は、これに驚き、またそのような中傷の噂を立てられたことに責任を感じてしまいます。
自分の不徳が、そのような中傷を招いたと考えてしまうのです。
こうして居残った不誠実な者が力を持つようになっていきます。
そしてそのような者が政権を奪い、国家の頂点に立ったのが、西洋の歴史だし、近年では特亜の歴史ということができます。

我が国がそのような国にならなかったのは、そうした不実な者をギリギリのところで排除できる権力よりも上位の存在、つまり天皇という存在があったからです。
天皇は政治権力を持ちませんし、その行使もしません。
ただし、人事上の親任権は有しています。
もちろん天皇による国家の最高幹部たちの人事発令(親任)は、一度出されたら変更はできません。
なぜなら天皇は最高権威ですから、人選を間違えたからといって、訂正は許されないからです。

ですから天皇による人事は、新たな天皇が立つまで修正されることはありません。
けれどこのことは、逆を言えば、どのように強大な政治権力者が現れようと、天皇が退位し、次の天皇がその親任を拒めば、その時点で、その最高権力者は権力を失うことになる、つまり不実な者をギリギリのところで排除できる仕組みとなっているのです。

ところが待賢門院の時代には、その政治権力者の側が、天皇の外戚となって逆に天皇の人事に影響力を持つ状況になっていました。
これは異常な事態といえます。
そしてこのことが原因となって、保元の乱、平治の乱と乱が続き、次いで源平合戦が起きて武家政治の時代、鎌倉幕府が台頭します。
そして鎌倉武士たちによって二度の元寇が防がれるのです。
こうしてみると、一時的な乱は、結果として日本を守ったことがわかります。
つまり、宮中で起こることは、人知を超えた大きな力を宿すものであるということです。

ところが待賢門院の時代には、まだそのような後の時代のことはわかりません。
ですから先の皇后陛下であられた待賢門院は噂を打ち消し、身の潔白の証をたてるために、尼僧に出家しなければならないところまで追い詰められてしまうのです。

当時の世の中で、出家するということは、この世における死を意味します。
現世の人間として、いったん死に、仏門に帰依して尼僧として生まれ変わるのです。
その死の儀式が、髪をおろす(坊主頭になる)ということです。

上司である待賢門院が出家を決められたとき、堀河は迷わず自身も出家を決意しました。
そして堀河は髪をおろしました。

 ながからむ心も知らず黒髪の
 乱れてけさはものをこそ思へ

時代の波に翻弄される悲しみが、この歌に込められたメッセージです。
エロティックな歌と決めつける前に、もういちど、堀河の歩んだ人生をトレースしてみる必要もあるのではないでしょうか。

お読みいただき、ありがとうございました。

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「お詫びと訂正」
第一巻八十三ページに「これは千葉の常若神社の渡邊宮司から教えていただいた話なのですが、聖徳太子の十七条憲法の各条文は、それぞれ創成の神々の神名と関連付けて書かれているからこそ、十七条なのです」とありますが、私が教わったことは古事記と聖徳太子に関するお話であり、聖徳太子の十七条憲法と神々の神名との関連付けは教えていただいたことではなく、私の考えであると、渡邊宮司をはじめ、関係各位に深くお詫びして訂正いたします。




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