アクセスランキング

敷島の大和心を人問わ(は)ば 朝日ににおう (ふ) 山桜花(本居宣長)。日本は天皇を国家最高権威とし、民を「おほみたから」とする「シラス国」です。


奉天駅前事件の教訓

◆youtubeの動画サイトをはじめました。
↓下のバナーをクリックするとチャンネルに飛びます↓
20170513 バナー _th
↑よろしかったらチャンネル登録をお願いします。登録無料です↑


【お知らせ】
 6月 8日(木)18:30 第16回百人一首塾
 6月24日(土)18:30 第41回倭塾
 7月 2日(日)13:30 黎明教育者連盟講演
 7月15日(土)18:30 第42回倭塾
 7月23日(日)14:00 第 1回名古屋倭塾
 7月27日(木)18:30 第17回百人一首塾

人気ブログランキング ←いつも応援クリックをありがとうございます。

満州国の新京・吉野町の様子
満州国の新京吉野町の様子

(画像はクリックすると、お借りした当該画像の元ページに飛ぶようにしています)


ある中学三年生の手記をご紹介します。
昭和20年のものを、現代語に直したものです。
出典並びに私の感想は、末尾に書いています。

=========
ある中学生の手記
山崎満男(仮名)

僕ら日本人の一団は、吉林省の平安屯で、ひとつの団体を作りました。
ロシア軍が不意に国境を越えて満洲国に侵入したとき、吉林省内の各地に散らばって開拓の仕事をしていた人たちは、何一つ持つこともなく、着の身着のままで吉林に向かいました。
でも吉林もロシア軍が侵入してきて、無茶苦茶なことをしていたので、平安屯に集まった人たちでひとつの団体を作って、新京に逃れることにしたのです。

この新京に到着するまでの出来事を思い出すと、いろいろのことが山のようにあります。
その出来事というのは、ロシア人と満人から日本人である僕らがいじめられたということです。

ロシア人にとって、日本人というのは虫けら以下でした。
あの当時、ロシア兵は日本人を殺そうが、焼いて食おうが、自由気ままにできました。


『ねずさんと語る古事記 壱』絶賛発売中!
     20170226 古事記壱


◆◆◆◆◆スマホで読めるKindle版もあります。◆◆◆◆◆



平安屯から新京までの間でも、ずいぶん痛めつけられました。
ようやく新京に着いたので、これで安心と思ったのは、日本人のヌカ喜びでした。
ロシア兵と満人が、田舎から出てきた僕らに対し、虫けらでも殺すのと同じように殺したり、傷つけたり平気でした。
道をひとりで歩けませんから、二、三人で歩いていると、不穏の動きがあると言ってロシア兵から取り締まられました。

ロシア兵に見つかって逃げると、すぐパーンと銃で撃たれました。
それで日本人が死んでも、それは全く日本人が悪いのだというのです。
何をしても日本人の言うことは通用しないし、いじめることではロシア人ほど上手な奴はいないでしょう。
あれは、人間ではなくて、鬼か蛇のようなケモノ達でした。

結局、僕たちは新京にいてはいけないと、ロシア兵が言うのです。
とうとう平安屯から一緒にきた日本人は、ハルピンに追いやられることになりました。

さんざん苦労してハルピンに着いたのは、満洲では降った雪が来年まで溶けないと言われる11月の中ごろでした。
そのハルピンも、僕たちにとっては永住の地ではありませんでした。
もちろん僕たちも戦争に負けた日本人のひとりだから、そんなに楽な生活をしようとは思ってなかったのです。
しかしロシア軍が、日本の強い兵隊がいたときに満洲に攻めてきて、強い日本軍と戦争して勝って満洲国に入ってきたのだったら仕方がないとあきらめるけれど、ロシア軍というのは卑怯な奴だから、強い日本軍がほとんどいなくなったすきに、コソ泥のように満洲に入ってきて、日本人である僕たちをいじめるのだから、腹が立って仕方なかったのです。

もし僕がもっと大きくて力をもっていたら、僕ひとりでもロシア兵と戦うのになあと思いました。
ロシア兵はそんな無茶苦茶なことをするのです。
僕たちは、みんな、歯を食いしばってロシア兵の乱暴に耐えたのです。
こうした思いをもってハルピンまでたどりついたのです。

ところがハルピンに着くと、ロシア兵がやってきて
「お前らのような汚い日本人をハルピンにおくことはできない。お前たちはみんな奉天に移動せよ」と申すのです。
やっとハルピンに着いたのに、また奉天に行けとはあんまりなことであったので、日本人を代表してロシア兵に抗議をしに行った日本のおじさんは、抗議をしたというだけで、その場で撃ち殺されてしまったのです。

僕たちは、もう、抗議をすることも、お願いをすることも許されないということを知らされました。
牛や馬が、人間の言うままに動かなくてはならないのと同じだったのです。

奉天に移動するということになると、もうひとつ大変困ったことがありました。
それは、平安屯から新京へ、新京からハルピンへと移動したのですが、実をいうと移動するたびに、僕らの持っている荷物が減ってくるのです。
そんなことはロシアの兵隊にはわからないし、また、わかっても言うことを聞くような奴らではありません。
ロシア兵という奴は、自分たちが少しでも機嫌が悪くなると、すぐ日本人をなぶり殺しにするのです。
日本人が死んで行くのを見ては、ワイワイ騒ぎながら酒を飲んで、自分たちの機嫌を直すのです。

こんなロシア兵が奉天に移れと言うので、仕方なく奉天に移ることにしました。
奉天に移ることになると、汽車に乗らなければなりません。
三時間汽車に乗ると、五時間歩かなければならなかったし、五時間汽車に乗ると、五万円も七万円も機関手に賄賂を渡さなくてはならなかったし、いやないやな旅でした。

ようやく奉天に着いたものの、もう12月も終わりに近づいていた満洲は、大変な寒さでした。
ハルピンも奉天もこの、寒いということでは、一緒であったし、平安屯から持ってきた着物などもほとんど売りつくしていたので、奉天の集中営に入ったときは、乞食と同じようになっていました。
この集中営に入ってからは、自分の持っている着物は全部身につけてしまったけれど、まだ寒いので毎日震えていました。

そして何もない、本当になにもないお正月が終わって、五、六日過ぎた頃、突然ロシア兵が十五、六名、どやどやと部屋の中に入ってきました。
そしてその中で日本人のような顔をしたロシア兵が、大きな声でわめくように、
「この中に、陸軍の将校の家族の者はいないか。いたらすぐロシア軍の司令部まで来い」と日本語で怒鳴ったのです。

僕たちはどうなることだろうと思っていましたが、誰もそんな人はいないだろうし、またいても、出て、ロシア軍の司令部に行くようなお人好しはいないだろうと思っていました。
すると僕のすぐそばにいた、僕をいつも可愛がってくれていた、山田というおばさんがすーっと立つのです。

僕はびっくりしました。
時がときだけに、僕の心臓は早鐘を打つように高鳴ってきました。
山田のおばさんは、そのまま外へ出て行こうとします。
僕はおばさんの後を追って、部屋を出ました。
そして集中営の出口のところで、山田のおばさんに追いつきました。
「おばさん、どこへいくの」と尋ねたのです。

するとふっと振り返った山田のおばさんは、いつもよりすこし青ざめた顔をしておりました。
しかし、いつものようの微笑みながら
「ロシア軍の司令部へ行くんですよ」と、いつもの変わらぬ口調でおっしゃるのです。

僕はこの山田のおばさんの言葉にびっくりして、
「おばさん、行っちゃだめだよ。ロシア軍の司令部に行ったら、どんなことをされるかわからないから、行っちゃだめ。おばさん、誰も知らないことだから、行かなくてもいいよ。それにおばさんは、軍人さんのおばさんですか」と尋ねると、
「そうです。おばさんのところのおじさんは、立派な軍人さんでした」
「おばさん、行かなくてもよいでしょう。行かないでください」

僕が頼むように言うと、おばさんは笑いながら、
「おばさんは、帝国軍人の妻ですよ。満男ちゃん、立派な人になって、戦争に負けた日本の国を、早く再建してください」と言い残すと、そのままロシア軍の司令部の方へすたすたといつもと同じような様子で、立ち去って行かれたのでした。
奉天に来てから、あんなに僕を可愛がってくれたあの優しいおばさんのことが胸いっぱいに湧き上がってきて、おもわず僕は泣きたくなりました。

そしてその翌日のことでした。
昼ごろになったので、日本人はみんな食事をしようかなと話し合っているときでした。
ロシア軍の司令部から、命令が出たとのことです。
それは日本人は全員、奉天駅前に集合せよ、とのことです。
みんなは、何だろうと話しながら、奉天の前に急いだのです。

ただ、僕は、奉天の駅前に集まれとの命令が出たときから、何かしきりと胸騒ぎがしていたのです。
それは何の胸騒ぎであるかわかりませんが、きっと何かおおきな不幸が怒るんじゃないかと、胸が痛いほど心配がたかぶってきたのです。

奉天の駅前に着いてみると、もう黒山のように人がいっぱい集まっていました。
日本人だけではありません。
満人も、鮮人も一緒でした。
日本人が一番前の方に出されました。
するとあの日本人のような顔をした日本語をよくしゃべるロシア兵が出てきて、集まっている日本人をにらみつけました。

「今日ここで、みんなに見せつけのために、日本のかつての陸軍の将校の家族のものを処刑する。正しくない戦争、侵略の戦争をすれば、その最後はこんなものになるのであるということを、みんな肝に銘じておけ」と大声で怒鳴るのです。

日本語が上手といっても、ロシア人です。
ところどころの日本語はわからないようなところもありましたが、何かこのロシア兵がわめいていることを聞いているうちに、ぞーっとしてまいりました。
そして僕の体が、ガタガタと震えだしたのです。
この日本語をしゃべるロシア兵が、しゃべり終わって後ろを向いて合図をしました。
すると、ちょうど奉天駅の前に、僕らが奉天に着いたときからあったロシア軍の大きな戦車の横から、十三名のロシア兵に連れられた日本の女の人が現われてきたのです。

僕はその女の人をパッと見たとき、のけぞるばかりに驚きました。
その女の人は、あの山田のおばさんだったのです。
「あっ・・、山田のおばさん」と僕は叫びだしたいような衝動に駆られました。
僕の膝はガクガクと揺れ出してしまって止まりません。

そしてその山田のおばさんの姿を見ていると、もう立っていることができないようになりました。
鬼より、野獣より、汚い恐いロシア兵が、山田のおばさんに何をするのだろうと不安で胸が破裂しそうです。
ロシア軍戦車の前に引き出された山田のおばさんは、薄紺のズボンに薄紺の上着を着ているのです。
とても綺麗なおばさんに見えるのです。
いままで山田のおばさんが、こんな綺麗な美しい人だとは知らなかったのです。
その山田のおばさんは、いま、僕の眼の前で、さみしそうだけれど、その顔には微笑みさえ見えるのでした。

やがてこの奉天駅前の広場に、五頭の馬が引き出されて来ました。
そしておばさんの右手と左手、右足と左足に、大きな縄がくくりつけられました。
そしてその縄のはしが、引き出された五頭の馬にそれぞれくくりつけられました。

山田のおばさんは、顔色を変えずにまだ立っていました。
そして僕たち日本人の方を静かに振り向きながら、はっきりした口調で、
「さようなら、みなさん。
 元気で早く日本に帰ってください。
 そしてまたきっと遇いましょう」
と言われました。

おばさんがこの言葉を言っているうちに、ひとりのロシア兵が出てきて、いきなりおばさんの顔を針金のようなものでピシリと殴り付けたのです。
おばさんの頬から、真っ赤な血潮がパッと吹きだすように流れました。
見ていた日本の女の人たちは、おもわず横を向いて目をつぶったのです。
見ていられなかったのです。
僕はおもわず、「おばさーん、おばさーん」と叫びました。
そしておばさんの方へ駆け出そうとしました。
その僕を、誰かがしっかり押さえました。

そのうち、もう一本の縄がおばさんの首にかけられ、馬にくくりつけられました。
やがて、ロシア兵の将校が現われてきました。
髭を生やした偉そうな男です。

この男が合図をすると、二人のロシア兵が来て、おばさんを押し倒し、そのおばさんの体の上に、このロシア兵が馬乗りになっていました。
五頭の馬には、ひとりずつ、ロシア兵が手綱と鞭を持って立っていました。
どうなることかと見守っていると、やがてあの髭を生やしたロシア将校が、さっと手をあげて合図をしました。

すると、ああ、いま思い出してもぞっとするあの惨劇が眼の前で行われたのです。
五人のロシア兵が馬の手綱をひきながら、鞭で馬の尻を叩いたのです。
馬は五方面に走りだしたのです。

そのときどうでしょう。
ギャーッという叫び声とバリバリという音が聞こえました。
そして山田のおばさんの体は無くなってしまっているのです。
ただ、蛇のような腸の切れ端が少し残っているだけだったのです。

満人と鮮人は、ワーッと喚声をあげていました。
ロシア兵はニタリニタリと笑っていました。
僕はとても見ていることができず、その場に座り込んでしまったのです。
動くことができなかったのです。

ロシア兵も満人も鮮人もいなくなりました。
あとに残ったのは日本人だけだったのです。
日本人の眼には、誰の眼にも涙が光っておりました。
僕はしばらくたって、あのおばさんの体の引き裂かれたものを、ひとつひとつ集めました。
ほかの日本人の人たちも、このおばさんの体を集めはじめました。
僕は、いまでも奉天という名を聞くだけで、何かを呪いたいような気持になさしめられるのです。
========

今日の中学生の手記を読めば、誰しもが二度と、決して、第二の山田のおばさんを出してはいけない!
二度と中学生にこんな体験をさせてはいけない!と感じるはずです。
それが「国を護る」ということです。

このお話は、調寛雅(しらべ かんが)著『天皇さまが泣いてござった』に掲載されたものです。
文中に、ロシア兵の言葉がありました。
「今日ここで、みんなに見せつけのために、
 日本のかつての陸軍の将校の家族のものを処刑する。
 正しくない戦争、侵略の戦争をすれば、
 その最後はこんなものになるのであるということを、
 みんな肝に銘じておけ!」

よく言うよ、です。
けれどこのように自分たちのことは棚にあげて、まさに勝てば官軍とばかり、武器を手にして武装した者は、武器を持たない者に対してありとあらゆる非道を公然と行いながら、それが正当化される。
一方的な暴力が、あらゆる不条理を容認し、弱いものが一方的に痛めつけられる。

このことは、思想だとか○○主義だとか、そのようなものとは一切関係のない、人類社会の「現実」です。
支那の中共兵によるチベットの虐殺は、チベットの人口の4分の1にあたる150万人の生命を奪いました。
通州事件では、人類史上類例のないような残虐な方法で、日本人居留民225名の生命が奪われました。
先日ご紹介した尼港事件や済南事件でも、同様の被害がもたらされています。

通州事件のすぐ後に、第二次上海事件というものが起こっています。
これは、あまりにも治安の悪化が著しかった支那で、約3万人の日本人民間人が日本への引揚げのために上海に集まっていたのです。
そしてこの武器を持たない3万人の日本人の殺害を目的として、蒋介石が7万人の正規軍をもって非武装地帯である国際共同租界を取り囲んで、いきなり銃撃、砲撃、しまいには支那軍初の空爆まで行ってきたものです。

このときは、日本人居留民の無事な帰国を保護するために、たまたま上海に日本海軍の陸戦隊の4千名が、警備目的に上海にいて、必死の防戦をしてくれました。
4千対7万の戦いです。
にも関わらず、日本海軍陸戦隊は、蒋介石軍をよく防ぎ、日本人居留民を守り抜きました。
もし、この陸戦隊の働きがなければ、おそらく上海にいた日本人民間人3万名は、第二の通州事件の被害者となったことでしょう。

では、このような虐殺や屠殺、残酷非道は、支那だけに固有のものなのでしょうか。
実は違います。
世界共通です。

ドイツで昔、三十年戦争という戦争がありました。
これは、日本で言ったら江戸時代のはじめ頃にあたる、1618年から1648年に戦われた戦争です。
この戦争の情況について、グリンメルス・ハウゼンという人が『阿呆物語』という本を書いています。
この本は、岩波文庫にもなっていますので、誰でも簡単に読むことができます。

そしてこの本の中に、17世紀のドイツにいた傭兵たちが、武器を持たない農民に対して、日常的にどのような暴力を奮っていたかがつぶさに書かれています。
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2569.html</u>">http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2569.html

日本の自衛官が、いざというときに本当に頼りになる、決して非道な凶行に走ることのない立派な軍人であることを、日本人なら誰でも知っています。
ところが、日本人のような名を名乗り、日本語を話し、日本に住んでいる日本人ではない人たちからすると、それが国会議員であれ、大学教授であれ、彼ら彼女らにとっては、武器を手にした軍隊=暴力団であり暴徒であり、強姦暴行殺戮集団にしか思えないのです。
それは、彼らの国の歴史が、そうだったからです。

日本は、縄文時代には、武器そのものがなかったし、必要としなかったし、およそ争いとは縁遠い生活がおよそ1万7千年にわたって続いたという歴史があります。
弥生期に、ろくでもない人たちが外から入ってきて、日本人も武装するようになりましたが、それはどこまでも「おほみたから」である民を守るための集団として機能しました。
大陸の歴史と、日本の歴史では、歴史がまるで違うのです。

国家間の戦いというのは、最初は話し合いからスタートします。
残念なことですが、話し合いが不調に終われば、戦争という手段しか持たないのが、国際社会です。
そしてひとたび戦争となれば、どちらが正しいかなどは、一切問題になりません。
非道であろうがなかろうが、勝った者が正義となります。
それがどんなに残酷で非情で凶悪な仕打ちであったとしてもです。
平時と非常時では、善悪は逆転するからです。

日露戦争において、戦勝国であった日本は、ロシア兵に対してきわめて人道的な措置をしています。
戦後処理においても、日本が非道であったことは一度もありませんでした。
このことに世界は驚愕し、恐怖しました。

だからこそ世界の東西の最強国二国が対等に同盟を結ぶ日英同盟も締結されました。
その後の第一次世界大戦においても、日本は戦勝国となり、国際連盟の栄えある安全保障理事国になりました。

けれど、そのことが支那の植民地支配を狙う新興国の米国には、許せないものとなりました。
さらに国際社会において、日本をそのまま認め続ければ、西洋諸国はアジアにおける植民地利権を失うという恐怖を抱かせました。
さらに密かに共産党に寝返った蒋介石は、日本と正面から戦うという暴挙に出ました。
その蒋介石を米英が後ろからバックアップしました。
日本の国力を弱化させることが、米英の利得に繋がると判断されたためです。

こうして大東亜の戦いが始まりました。
人類の福祉と平等という視点からみれば、「正義」は日本にありました。
そのことは当時のローマ法王も、明確に述べています(下の動画参照)。

けれど、西欧諸国にしてみれば、自分たちの植民地利権を守らなければならない。
つまり、利権確保という視点から見れば、欧米側には「必要」がありました。

こうして正義と必要が衝突しました。
日本は最後まで闘いぬき、昭和20年8月に戦闘活動を停止しました。
正義は、必要の持つ「力」の前に屈しました。

そして起きたのが、上にある事件です。
奉天駅前事件と呼びます。
力がなければ、正義はない。

力のない正義は、むしろ虐待を生む。
そのことを、私達は学ぶ必要があります。

山田のおばさんの悲劇は、終戦直後の事件です。
けれど、戦後70年を経由したいまも、同様の事件による日本人女性の被害は、いまもあとを絶ちません。
これで良いのでしょうか。

非道には力をもって対処しなければなりません。
そうでなければ、非道が横行します。
ひどい連中をのさばらせれば、まっとうな人達が迷惑を被るのです。
だからこそ人々の共同体としての国家に、力が必要とされます。

力は、国法の及ぶ範囲については、国権の警察力となります。
国法の及ばない問題、たとえば天変地異や他国の干渉や暴力に対しては、独立自尊のための国軍の保有となります。
この2つが揃って、はじめて私たちは平和と安定を保持することができます。

私達は、未来の日本のために、また未来の世界のために、侮られない国家を築いていかなければなりません。
9条が私たちを災害や暴力から護ってくれるわけではないからです。

9条があるために、国際的にどのように評価されようが、現状の自衛隊は、法的には警察予備隊でしかありません。
従って自衛隊の活動は法によって制限されるという考え方が生まれます。
しかし、わかりやすいのが大規模な天然災害ですが、法が機能しない外国や、国内においても法が機能しない状態が起きたとき、超法規的な活動のできる武装した集団が必要です。
それが軍です。

自衛隊は警察と同じで、法によって定められた立法府、行政、司法の枠内で動かなければなりません。
軍は、軍の内部に立法、行政、司法を保有した、独立した機構です。
だから、国法が機能しない状態でも活動ができるのです。
大規模天然災害の多い日本こそ、こうした機構の存在は不可欠です。

力が正義とか、力は不義だとか、そのような正邪二元論で物事を考えようとするから、間違えるのです。
軍であれ、暴徒であれ、邪は邪、正義は正義です。

そのために必要な、二重構造モデルの考え方については、明日、書かせていただきたいと思います。


※この記事は、2010年12月の記事のリニューアルです。

お読みいただき、ありがとうございました。

人気ブログランキング
↑ ↑
応援クリックありがとうございます。



【倭塾】(江東区文化センター)
〒135-0016 東京都江東区東陽4丁目11−3
第40回 2017/5/13(土)18:30〜20:30第1/2研修室
第41回 2017/6/24(土)18:30〜20:30第4/5研修室
第42回 2017/7/15(土)18:30〜20:30 第1/2研修室

【百人一首塾】(江東区文化センター)
〒135-0016 東京都江東区東陽4丁目11−3
第15回 2017/5/18(木)18:30〜20:30第三研修室
第16回 2017/6/ 8(木)18:30〜20:30第三研修室
第17回 2017/7/27(木)18:30〜20:30第三研修室

20161026 倭塾バナー


20160810 目からウロコの日本の歴史


【メルマガのお申し込みは↓コチラ↓】
ねずさんのひとりごとメールマガジン有料版
最初の一ヶ月間無料でご購読いただけます。
クリックするとお申し込みページに飛びます
↓  ↓
ねずブロメルマガ




「お詫びと訂正」
第一巻八十三ページに「これは千葉の常若神社の渡邊宮司から教えていただいた話なのですが、聖徳太子の十七条憲法の各条文は、それぞれ創成の神々の神名と関連付けて書かれているからこそ、十七条なのです」とありますが、私が教わったことは古事記と聖徳太子に関するお話であり、聖徳太子の十七条憲法と神々の神名との関連付けは教えていただいたことではなく、私の考えであると、渡邊宮司をはじめ、関係各位に深くお詫びして訂正いたします。
関連記事

コメント
No title
こんにちは。
事の善悪とか、是非とか、正不正という二元論ではないのでは?
ずばり、人の世では、チカラのない正義は意味を持たないのです。
何故ならば、全ての動植物は競い合うバランスの中で生存しているから。
生命力のない生命体は、命を地球にお返ししていくのです。
海の中、大量に産み出された魚の卵の中で成魚になるのはほんの僅か。
地上で、大量に撒かれる草木の種の中で発芽し大きく育つのは僅か。
運も力の内で、力のある生命個体が成長し次世代へと繋ぐ。
戦中、8人も生まれた子供の内、半分は戦争に取られ半分が残ったが、
そのうち1人は乳幼児で逝った・・こんな話はいくらでも聞こえてきます。
人は地上で最も生来の武器を持たない哺乳類・・牙も爪も翼も無く、足は
遅いし体重があるわけでもなく、樹上生活できるほどの腕力脚力もない。
ただ集団で生活する事・・社会を形成する事で、外敵を防ぎ生活してきた。
外敵を防ぐのには、共同して発揮する力が必要。そうやって他の動植物を
圧倒してきた。今や地球所の人間が居住可能な領域では、人間活動により
危険な動物、昆虫、植物から微生物に至るまで、かな~り抑制。そればか
りか北極海の海中にさえ、人間活動の影響で有機水銀が検出される始末・・。
その共同力を同じ人類ではあるが、敵対すると判断された集団に向けたの
が戦争行為。競い合う中でバランスを探り合う・・殲滅戦もあり。
それに人は、逃げる相手には撃ちかかるという本能的な動きがあるのです。
すこ~し武道を齧れば教えてくれます。また武とは矛を止めると。いかに
対立をうまく納めるか・・殲滅戦を避けお互いを活かすか・・の感覚です
ね。日本の武力とはそういう哲学が基なのでは?しかし、WW2当時も今も
日本以外の国で武力に哲学を組み入れた国は皆無wwだから無抵抗の市民
を襲い、空爆し、原爆を落とす。その科学技術の驚異に酔ったままなのが
現在も続く~と。であるならば日本は日本らしいチカラを希求しなくてはw
え~~!な防衛兵器を開発すべきでしょう。チカラには様々なものが考え
られる・・核兵器に飛びつくなどつまらないし、露は日本が核兵器を持っ
たらすぐに潰すと公言してますしwアメの内心もそうでしょう・・だった
ら、その上を行くしかありませんね。開発費もさほどかからない技術が日
本には散在しているはずです。
・・WW1当時とWW2当時では、日本のトップ陣が変質していたのではない
かと考えていいます。その中の一つに、武道の呼吸を知らない政治家役人
エリートが増えた事が、戦局の呼吸を見誤ったのも原因ではないかと。
現代は?wwwww out of the question・・?




2017/05/25(木) 00:35 | URL | くすのきのこ #-[ 編集]
日本が直面しているのはこのような非道な国家だらけです。戦前の日本の国家としての判断は間違いではなかった、背に腹は変えられなかった。正義を貫く為にも最強の国家を築く必要があります。
2017/05/24(水) 22:27 | URL | 酔いどれ天使 #-[ 編集]
無題
「みほとけの をしへまもりて すくすくと おい育つべき 子らに幸あれ」の御製を詠まれた陛下は、このような体験をした子どもたちに想いをよせられたのだろうと思います。「みほとけ」が実の両親で「おい育つべき」の後に「だった」の意味を重ねて想う時、悲しみと未来への願いを感じとるようになりました。
2017/05/24(水) 22:26 | URL | 竹ノ内みゆき #NKE20SN6[ 編集]
No title
憲法九条がある為に日本は平和でいられたというのはもう嘘である事がはっきりしているのに今だにそう唱える盲信している者たちがいる事に呆れます。

日本国の周辺国は反日が国是であることは既に明白。

中共は勿論ロシア南北朝鮮との友好善隣増進は難しい事を悟り日本の政治家は日本を守る事に精力を傾けるべきですが、民進党、社民党、共産党は論外、残念ながら自民党内にも媚韓中派がいる事に日本人として危機感を非常に持っています。戦前の我が国が領土領海を守り何とか治安を保てたのは外国が恐れる日本軍があったからでしょう。しかもその兵隊さんは普通の日本男児なのです。

国の防衛力強化は必要なものであり憲法改正の上自衛隊を国軍として当たり前の事をできるようにしなくてはならないが、我が国の政治家や役人は行おうとしない。そして抑止力とともに強化しなくてはならないのが、我が国の外交力であろうと思います。

民間が行うような事業を外務省(害務省とも言う)が行ってさも仕事をしているように見せかけているのではないのかと。?情報収集能力の貧弱さ、その情報の正確な分析と判断ができない日本の害務省。

翻って嘘を何べんも繰り返しあたかも真実であるかのように国際社会に信じ込ませる狡猾さを持つ中共や南北朝鮮。
今まで何故我が国の政府や害務省は有効な反論を行わずにいたのか。?
この事なかれ主義のいい加減さを長年続けてきたがために今現在日本国と日本国民は名誉と信用を失い貶められているのです。

中共に対して自民党二階氏は一帯一路構想やAIIBに日本も参加すべきとか発言したそうですが中共の為に日本の資金や技術を使い中共を儲けさせその金で我が国日本と日本国民を恫喝する軍事力を強化させるようなバカな真似はするべきではないし、そのような政策を行おうとする人物は落選させるべき。

日本の法律はザルで国内の土地売買や水資源を狙った山林売買、日本の医療で治療し金をろくに払わず帰国する中国人。日本の税金が狙われているのに何ら対策を立てない日本の与野党政治家の出鱈目さ。一体日本の政治家は何をしたいのか。?

韓国に至っては国交断絶し日本に居住する者達には祖国に帰っていただくのが筋であろうと思う。何度騙されれば日本国の政治家は毅然とした対応をとるのか。?

放置したままではいずれ有事の際我が国は大変な悲劇を巻き起こす可能性が高くなるでしょう。
2017/05/24(水) 22:18 | URL | 一有権者 #-[ 編集]
No title
山田のおばさんが殺された記述の後は何も頭に入りませんでした。
生まれて初めて声を出して呪いました。
さすがエベンキの故郷。
許せん
ロシア絶対に許せん
エベンキと共に消え失せますように。
2017/05/24(水) 21:47 | URL | シミズ #-[ 編集]

軍事は政事の破綻を繕うためにある。軍事は対象の正体を問わず起動する。政事が破綻した箇所には直ちに軍事が起動し、修復して政事に返す。

と書いてみました。自衛隊はその一部を受けて立つ形でしかやれませんね…
2017/05/24(水) 12:27 | URL | beany #-[ 編集]
No title
満州における終戦後の日本人の悲劇として済ますには、余りにも悲しい出来事だと思います。

戦前の日本は、できる限り世界との条約を守ったのですが、ソ連は自国が不利なときには条約を守りますが、状況が変われば条約を守りません。「日ソ中立条約」が良い例だと思います。

ソ連がロシアと変わっても、住んでる民族が変わったわけではないので、現在も未来もそれを分かった上で交渉をするときには、信用できないことを前提に交渉しなければならないと思います。
東アジアは、信用できない国に満ちています。
2017/05/24(水) 12:13 | URL | ポッポ #/5dmJF4E[ 編集]
No title
【緊急拡散】売国のモンサント法****【討論】種子法廃止は日本農業を滅ぼすのか?
http://blog.goo.ne.jp/chaos1024/e/17e80bf27af983a9b71faae626054222
2017/05/24(水) 07:42 | URL | junn #p4GOlP7Y[ 編集]
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
静岡県出身。国史啓蒙家。倭塾塾長。日本の心をつたえる会代表。日本史検定講座講師&教務。
連絡先: nezu3344@gmail.com
著書
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』第1巻〜第3巻
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』
日々、先人たちへの感謝の心でブログを書き綴っています。それが自分にできる唯一のお国への、先人たちへの、そしていま自分が生かさせていただいていることへのご恩返しと思うからです。こうしてねずブロを続けることで、自分自身、日々勉強させていただいています。ありがたいことです。

AdSense
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
最新記事
最新コメント
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

リンク
このブログをリンクに追加する
リンク2
AdSense
カテゴリ
月別アーカイブ
AdSense
解析
スポンサードリンク
ねずさん(小名木善行)著書
↓大好評予約受付中↓
↓好評発売中↓





ねずさんメルマガ
ご購読は↓コチラ↓から
ねずブロメルマガ
ご寄付について
ねずブロはみなさまのご支援で成り立っています。よろしかったらカンパにご協力ください。
【ゆうちょ銀行】
記号番号 00220-4-83820
【他金融機関から】
銀行名 ゆうちょ銀行
支店名 〇二九(店番029)
種目  当座預金
口座番号 0083820
口座名義 小名木善行
【問い合わせ先】
お問い合わせはメールでお願いします。
nezu3344@gmail.com

Facebook
講演のご依頼について
最低3週間程度の余裕をもって、以下のアドレスからメールでお申し込みください。
テーマは、ご自由に設定いただいて結構です。
講演時間は90分が基準ですが、会場のご都合に合わせます。
E-mail nezu3344@gmail.com

講演テーマ
<ご参考>
古事記に学ぶ経営学
古事記に学ぶ日本の心
百人一首に学ぶ日本の心
女流歌人の素晴らしさ
日本人の誇り
その他ご相談に応じます。
検索フォーム
AdSense
関連サイト
祝日には国旗掲揚を!
御国旗セット
¥2,190

大型御国旗セット
[ステンレス製3mポール付き]
¥4,800

御国旗伸縮ポールセット【大サイズ】
¥3,000

御国旗セット L
[ マンション設置用 Lタイプ テトロン 国旗 ]

台灣民政府
台湾民政府
サンフランシスコ講和条約で、日本は台湾に関して処分権は連合国に提供しましたが、領土の割譲は行っていません。条約以降、連合国も日本も台湾の処分先を決めていません。つまり台湾はいまも日本であり、台湾にいる1500万人の戦前からいる台湾人は、日本国籍を有する日本人です。私は台湾民政府を支持します。
お薦め書籍1

日中戦争-戦争を望んだ中国 望まなかった日本


江戸の自治制


幻の黄金時代


ドキュメント自衛隊と東日本大震災

AdSense
コメントをくださる皆様へ
基本的にご意見は尊重し、削除も最低限にとどめますが、コメントは互いに尊敬と互譲の心をもってお願いします。汚い言葉遣いや他の人を揶揄するようなコメント、並びに他人への誹謗中傷にあたるコメントは、削除しますのであしからず。
最新トラックバック
AdSense
コメントをくださる皆様へのお願い
いつもたくさんのコメントをいただき、ありがとうございます。
ほんとうに皆様のコメントが、とっても嬉しく、かつありがたく拝読させていただいています。

議論というものは、すくなくともこのブログのコメント欄が、国政や地方自治、あるいは組織内の意思決定の場でなく、自由な意見交換の場であるという趣旨からすると、互いに互譲の精神を持ち、相手を尊敬する姿勢、ならびに互いに学びあうという姿勢が肝要であると存じます。

私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

ましてや、自分で質問を発したものについて、それぞれお忙しい皆様が、時間を割いて丁寧にご回答くださった者に対し、見下したような論調で応対するならば、それは他のコメントされる皆様、あるいは、それをお読みになる皆様にとって、非常に不愉快極まりないものとなります。

従いまして、謙譲・互譲・感謝、そして学ぶという姿勢のない連続投稿、粘着投稿に類する投稿をされた方については、以後のコメント書き込みを、管理人である私の判断で投稿の禁止措置をとらせていただきますので、あしからずご了承ください。
エディタ・コミュニティ
edita.jp【エディタ】
amazon
通州事件の真実
通州事件を実際に体験された女性の手記です。
クリックするとテキストファイルが開きます。
https://docs.google.com/file/d/0B9Dh1-gISO9CZERHN2oxempSeEk/edit
パチンコをはたき出せ!
パチンコ撲滅
パチンコ市場は21兆円
そのお金を消費に向ければ莫大な経済効果が生まれる!

 ↓関連記事↓
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1197.html
やまと新聞を守れ!

やまと新聞は、戦後GHQの圧力に屈することなく、日本のジャーナリズムの正義を貫いた唯一の新聞です。
みんなの力でやまと新聞を応援しよう!!
やまと新聞社の公式HPは
 ↓コチラ↓
http://www.yamatopress.com/ 購読料は月500円です。
下の窓の中味をコピペすると、上のバナーをご自分のHPに貼ることができます。
やまと新聞の紹介記事はココをクリック
殲滅支那大連盟
殲滅支那大連盟

■満州国臨時政府■
 ↓ ↓ ↓
http://www.manchukuo.net/
ねずブロの拡散・転載について
当ブログの日本の心を伝えるための適法かつ前向きな拡散はおおいに歓迎です。 ただし適法な引用でないと、著作権侵害で処罰されることがありますのでご注意ください。
RSSリンクの表示
FC2ブックマーク

PING送信プラス by SEO対策

QRコード
QRコード
スポンサードリンク