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敷島の大和心を人問わ(は)ば 朝日ににおう (ふ) 山桜花(本居宣長)。日本は天皇を国家最高権威とし、民を「おほみたから」とする「シラス国」です。


北朝鮮有事を前に通化事件(つうかじけん)を学ぶ

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北朝鮮Xデーは、今日という話があります。
私たち日本人が、平和を愛し、家族を愛し、平穏な生活を求めるならば、絶対に失ってはならないのが、日本という国です。
日本こそが、わたしたち日本人の城です。
かつて、その日本を守るために、必死に戦ってくれた人たちがいました。
いまもまた、日本を護るために必死になって戦ってくれている人たちがいます。
私たちは、何が大切なのかということを見失ってはいないでしょうか。


20170907 通化市
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【お知らせ】
 9月 2日(土)18:30 第18回 百人一首塾 公開講座(百人一首)
 9月17日(日)13:30 第43回 倭塾 公開講座(古事記)
 9月21日(木)13:00 埼玉縣護國神社奉納揮毫
10月 1日(日)11:00 日心会『ねずさんと古事記』出版を祝う会(古事記)
10月15日(日)13:30 古事記に学ぶ25の経営学
10月26日(木)18:30 第19回 百人一首塾 公開講座(百人一首)
11月 3日(金・文化の日)第2回 名古屋倭塾 公開講座(古事記)
11月 5日(日)第45回 倭塾 公開講座
11月25日(土)第20回 百人一首塾
 *****


満洲の通化市で実際に起こった事件を取り上げてみたいと思います。
国家がなくなったとき、その民族の身に何が降り掛かるのかを考えてみたいと思います。

牡丹江(ぼたんこう)は、ウラジオストクからおよそ200キロ内陸部にはいったところにあります。
昭和20年8月、ソ連が満洲国国境を越えて攻め込んできたとき、その方面に向けられたソ連軍の兵力は、航空部隊や戦車部隊を含めて50万もの大軍でした。
メレンコフ元帥が直接率いたこのソ連部隊は、まさにソ連軍の主力部隊ともいうべきもので、歩兵四師団、十二個狙撃師団、戦車二個師団、十五個国境守備隊、大隊砲3500門、ロケット砲430門、戦車約一千両、他に空挺部隊まで保有する、まさにソ連の最強軍団だったのです。

これを迎え撃ったのが、わずか3600名の陸軍の予備士官学校の士官候補生たちです。
予備士官学校というのは、士官になるための訓練校です。
あくまで訓練校ですから、もちろん士気は高いけれど、実弾も乏しいし、銃さえ人数分ありません。
それでも彼らは圧倒的な火力と装備と兵器を持った140倍もの敵に立ち向かいました。
想像してください。
それはまるで、たったひとりで素手で140人の武装した敵と戦うようなものです。

彼らがソ連軍を迎撃するために会戦地に向かう途中、彼らはトラックの荷台に詰めれるだけ詰め込まれた満洲北部の在留邦人の避難民たちと、何度もすれ違いました。
乗っているのは女子供たちばかりです。
彼女たちは、トラックの荷台の上から、
「お願いしま~す」
「頑張ってくださ~い」と、声援を送ってくれました。
そして祈るようなまなざしを向けてきました。
その瞳を見、声を叫びを聞いて、絶対に彼女たちを無事に逃がさなければならないと思わないなら日本男児ではありません。

しかし現実には戦うための銃さえ人数分なく、もちろん弾薬も足りない。
しかも小銃では、ソ連製の鋼鉄戦車の前では何の役にも立ちません。
では、彼らはどうやって戦おうとしていたのでしょうか。
その答えが、ダイナマイトでした。






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20170526 古事記弐



当時の満洲は国土開発が大きな社会事業です。
そのための民生用のダイナマイトだけは豊富にあったのです。
そこで彼らが行った戦法は、ランドセルくらいの大きさの雑脳袋(ざつのうぶくろ)にダイナマイトを詰め、袋から少しだけ導火線を出して、引火のためのマッチを各自三本、セロテープで胸に留めました。
マッチを擦って数秒後にはダイナマイトが爆発します。
そうしてソ連軍の戦車の下に飛び込んだのです。

当時の戦車戦術というのは、戦車部隊だけが突出するものではありません。
なぜなら当時の戦車は、近接する敵への対応能力がなかったからです。
ですから1台の戦車の周囲に数名の歩兵が配備され、歩兵が戦車の周囲を固めながら進撃する、というのが戦車隊の行う戦いでした。

ですから予備士官候補生たちが、ダイナマイトを胸に戦車の下に飛び込もうとしても、その前に撃たれて死んでしまう確率も大なわけです。
ですからやってくる敵の1台の戦車に、2〜3名が同時に飛び出してダイナマイトを爆発させるわけです。
最初のひとりがオトリになって撃たれてダイナマイトを爆発させる。
二人目がさらに歩兵に近づいて爆死して周囲の歩兵をなぎ倒す。
そして三人目が戦車の下に潜り込んで、ダイナマイトとともに爆発するのです。

そうしてソ連軍の戦車隊の前に飛び込んだ予備士官候補生は、爆発音とともに、胴体から離れた首が、空高く舞い上がったそうです。
それが地上に落ちていく。
このときの戦闘で生き残られた方の手記を読むと、ついさっきまで元気な笑顔を見せていた戦友たちの舞い上がった生首とその落下の様子が、まるでスローモーションのように見えたそうです。

こうして予備士官候補生たちが必死で戦ってソ連軍の進撃を食い止める中、逃げ落ちた女性たちはどのようになったのでしょうか。
向かった先はいまの吉林省にある通化市です。
この通化市は、8月15日の終戦のとき、中華民国(蒋介石・国民党)政府の統治下に置かれました。
満洲北部から戦災を逃れて避難した邦人達は、日本に帰国するため、いったんここに集まりました。
その数、なんと1万7000人です。

けれど、その通化市にたどり着くまでに、彼女たちは現地のChina人や朝鮮人たちによって、ようやく持ち出した手回り品やわずかばかりの財産から着衣まで、全部奪われていました。
暴行や陵辱を受けた者もいました。
そのために途中で自殺する者もたくさんいました。
夏とはいえ、満洲の気候は厳しいものです。
その厳しい地で衣類さえも奪われ、麻袋に穴を空けたものをわずかに身に着けただけの半裸の姿で、彼女たちはようやく一定の治安が保たれた通化市にたどり着いたのです。

その通化市に、ソ連軍がやってきたのが昭和20年8月24日のことでした。
将校が20人、兵士200人です。
彼らは市内の竜泉ホテルに司令部を設置しました。

ソ連軍将校といえば、立派な軍人を想像するかもしれません。
ところがこの連中は最悪でした。
日本人居留民の家屋に押し入り、財物や衣類を奪い、奪うモノがなくなると、日本人女性や少女を強姦し、抵抗する女性や老人は平気で殺害しました。

武装解除されたとはいえ、通化市にはごく少数ですが、日本軍の憲兵隊がいました。
原憲兵准尉は、ソ連兵が白昼の路上で日本女性を裸にして強姦していた現場に駆け付けました。
原憲兵准尉は女性を救おうとソ連兵を制止しました。
しかし銃を持たず、体の小さな日本人憲兵など、武装したソ連兵たちは、ただ笑い者にするだけです。

日本の法律も、すでにこの世から消えてなくなった満洲国の法律も人道も、彼らには通用しません。
彼らは、原准尉の制止を完全に無視して、強姦を続けました。
准尉はやむなく軍刀を抜きました。
そして強姦兵していたソ連兵を一刀のもとに斬り捨てました。
けれどその場で原准尉は、別のソ連兵に射殺されました。

事件後、日本人は憲兵といわず民間人といわず、刃物を全部没収されました。
すでに銃器は没収済みです。
つまりこれによって、日本人は完全に丸腰となったわけです。
すると身を守る術を持たなくなった日本人遺に、ソ連の軍司令部は、公然と日本人女性を性の道具として供出せよと命じてきました。

ご存知の通り、朝鮮半島における従軍慰安婦などというのは、まったくのデタラメな捏造でしかありません。
朝鮮人の女衒たちが、同国人の女性をさらって独身男性が大量にいる日本軍兵舎横で売春宿を開いて金儲けしていただけの話です。
売春が合法だった時代です。
ですから日本兵はちゃんとお金を払って商売女性たちを買っていました。
当時、日本兵の給料が将校クラスで25円、兵隊さんクラスが15円でしたが、そんな時代に朝鮮人売春婦たちは、二年もすると3~5万円の貯金ができたといいます。
いまの貨幣価値にしたら3~5億円の貯金です。

ですから一家の女の子が日本人相手の売春婦になるというと、当時の朝鮮人は、一族をあげて大喜びしていました。
しかも日本は、彼女たちによって性病がまん延するのを防ぐために、公費を使って彼女たちの健康診断までしていました。
ついでにいうと当時の荒稼ぎの成功体験からなのでしょう。
その国では、いまでも売春がさかんです。

しかし世界の常識は日本の常識とは異なります。
戦いに勝てば、負けた側の財産や女を略奪し蹂躙し尽くす。
それが徴用された兵士たちの報酬であり特典であったわけです。
それが世界の常識です。

「白ロシア」という地名があります。
これはベラ・ルーシュの訳です。
ベラは処女(白=穢れてない)という意味です。
つまり「白ロシア」というのは、処女のロシア(ルーシュ)という地名です。
なぜそういう地名になったかというと、かつてモンゴルが攻めてきたとき、湿地帯である白ロシア地方は、馬での交通が不便だったために、その地が避けられたのです。
そのため強姦被害をまぬがれた。
だから「ベラ(処女)のロシア」と呼ばれるようになったのです。

戦いが終わって勝敗がつけば、負けた側のエリアは無法地帯です。
法はなく、敗けた側に対しては、何をしても許される。
それが世界の常識です。
「勝って驕らず」という日本人の文化とは、ほど遠いのです。
ですから日本が朝鮮半島を侵略し、朝鮮人女性をセックス・スレイブ(性奴隷)にしたといわれると、世界の人たちは「なるほど」と簡単に納得します。
それが彼らにとっての常識だからです。
しかしそれは彼らの常識であって、日本人の常識ではありません。

もし日本人がそういう非道を行う人種だったら、台湾でも、南洋諸島でも、東南アジアでも、かつての大日本帝国の版図になっていた地域には、必ず無給の性奴隷たちがいて、現地人と日本人の混血孤児が大量に生まれているはずです。
けれど、そういう事実は、まったくありません。
理由は簡単です。日本人がそのような非道を一切しなかったからです。

通化市で拠出を要求された日本人女性たちは、ですから当然、給料などありません。
まさにセックス・スレイブにされました。
そしてソ連の通化市への進駐軍は、日本人から武器を奪い取って抵抗力を削いだだけでなく、日本人が外部の情報を得ることがないように、ラジオまで全部没収しました。

そうした没収や女性供出の下請けとなったのが中華民国軍の兵士たちでした。
彼らは日本兵狩りと称して、民間人の日本人男性600人を検挙して吉林へと連行していきました。
連行されたあとの、この600人の消息は不明です。
記録もありません。
どうなったかは想像に難くないことです。

こうして通化市内には、日本人の婦女子と老人ばかりになりました。

ソ連軍が撤退すると、通化の支配を委譲された中華民国軍は、通化市の市役所職員を全員連行しました。
そして全員殺害しました。
こうして彼らは通化市の行政機能を奪いました。
これが済むと、次は「清算運動」と称して、旧満洲人たちの民家に片端から強制侵入し、金品を掠奪しました。

昭和20年9月22日、China共産党軍が、公式な国際的連合国軍の一員であった中華民国政府軍に攻撃を仕掛けました。
そして通化市から中華民国軍を追い払いました。
10月23日になると、China共産党軍の一個師団が新たに通化市に進駐してきました。
11月2日には、China共産党軍の劉東元(りゅうとうげん)司令がやってきました。
そして同日付けで、China共産党軍は、1万名を越える日本人遺留民全員を、収容能力5000名の旧関東軍司令部へ「全員、移動せよ」と命じました。

移動した日本人遺留民に対し、China共産党軍は、即日「遼東日本人民解放連盟通化支部」の設立を命じました。
これを略称で「日解連」と呼びます。
日解連は、日本人に対するChina共産党軍の命令下達や、日本人への共産主義教育を担当するChina共産党の下請け的な共産党組織です。

このことは大事なポイントなのですが、およそ民族支配をしようとする者たちは、必ず民族の分断工作をします。欧米列強が東南アジア諸国を支配するに際して、最貧層だった少数民族の華僑を利用したり、日本を占領したGHQが、在日朝鮮人を利用して武器を与え朝鮮進駐軍を名乗らせたのも、そうした分断工作のうちです。
満洲の通化でも、日本人遺留民の分断工作のために、Chinaの共産主義を受け入れる者にある種の特権を与えることで、同民族内での意図的な分断工作が行われたのです。

日解連は、日本人のスパイとなり、どこぞの日本人宅には、これこれの財産がまだ隠されている、誰々の家には、美人の娘さんがいるなどの情報を、China共産党軍に与えました。
日解連は、China共産党軍の指示に従い、日本人遺留民の財産を全て没収しようとしたのです。

日本人遺留民たちは、最低限の衣類や食糧の確保の嘆願を続けました。
日本人は国や行政を信頼する気持ちが強いからです。
するとChina共産党は、没収を見合わせる条件として、日本人全員が共産主義者になることへの誓約を要求しました。

11月17日、China共産党に応じないでいた元満鉄総裁の大村卓一さんが、満鉄総裁であったことを罪状として逮捕、投獄されました。
この間も、China共産党の兵士たちは武器捜索を名目に、日本人の家屋に押し入っては、略奪・暴行・強姦を、連日続けています。

12月23日、日解連が主催する「通化日本人遺留民大会」が、通化劇場で開催されました。
劇場には、China共産党万歳、日本天皇制打倒、民族解放戦線統一などのスローガンがおどっていました。
大会には劉東元司令を始めとするChina共産党の幹部が列席し、日解連幹部らも檀上に勢ぞろいしました。
そこに日本人遺留民の代表者たち三千人が出席しました。
議長は、日解連幹部で元満洲国官吏の井手俊太郎が務めました。
彼は、「自由に思うことを話して、日本人同士のわだかまりを解いてもらいたい」と、冒頭に発言しました。

日解連幹部たちからは、自分たちのこれまでのやり方の手ぬるさの謝罪が行われました。
「我々が生きていられるのはChina共産党軍のお陰です」などと、連日乱暴狼藉を働くChina共産党に媚びた発言が次々となされました。
ところが日本人遺留民たちの発言の番になると、日本人遺留民たちは、堂々と日解連を非難しました。
そしてある者は明治天皇の御製を読み上げ「日本は元来民主主義である」などの発言を、次々に繰り広げました。

山口嘉一郎という老人が立ち上がりました。
「宮城遥拝し、天皇陛下万歳三唱をさせていただきたい」
と提案しました。
会場に、満座の拍手が沸き起こりました。
議長が苦い顔で、賛意を示す者に起立を求めました。
会場のほぼ全員が起立しました。
そして高らかに、宮城遙拝と天皇陛下万歳三唱が行われました。

万歳のあと、山口老人は、
「我々は天皇陛下を中心とした国体で教育されてきたので、
 いきなり百八十度変えた生き方にはなれません。
 ですから徐々に教育をお願いしたい」
と述べました。
きわめて常識的な発言です。

大会は終わりました。
しかしその翌日、以降、大会で発言した者全員が、China共産党によって連行されて、殺害されました。
大会から一週間経過して年が明け、昭和21年の元旦となりました。
その日、なぜかChina共産党の工作員であった内海薫が、殺害されました。犯人はわかりません。

1月10日、China共産党は、日解連幹部の高級官吏や日本人遺留民の指導者ら140名を、内海薫を殺害した容疑で連行しました。
そして全員を抑留した上で、日解連も強制的に解散させました。

1月21日、China共産党は日本人4名を、市中引き回しの上、渾江(こんこう)の河原で公開処刑しました。
日本人たちが見ている前で、彼らは遺体を何度も撃ち、銃剣で突き刺しました。
銃でハチの巣にしたうえで、遺体を切り刻んだのです。
日本人遺留民たちの怒りは、徐々に高まりました。

そして起こったのが、昭和21年2月3日の「通化(つうか)事件」です。
通化事件の情況については、筆舌に尽くしがたい艱難辛苦の末、やっとの思いでどうにか無事祖国にたどり着くことができた外科医婦人中郷三己枝さん(当時27歳)の手記があります。
まるごとご紹介します。

 *

中国八路軍のことごとに理不尽な暴圧に堪えかねた旧日本軍の一部と、在留邦人の中の抗議派の人々が、国府軍と手を組んで、ついに立ち上がった。
その中心人物は藤田大佐で、かつて戦車隊長として雷名をとどろかせた猛将として有名だった。
昨年6月、通化にやってきた今利(いまり)中将ひきいる第百二十五師団の参謀長だった。
この人たちが、どのような手段で決起したのか知る由もなかったが、総勢、約千名が、2月3日の未明を期して一斉に蜂起した。
それは暴動のようなものではなく、それぞれ攻撃目標を定めた組織的な反乱だった。

しかし、たのみの国民党軍は呼応しなかったし、同時に立ち上がる予定の航空隊は、八路軍(China共産党軍)の先制攻撃を受けて参加できず、それ以上悪いことに、反乱軍の動きは、八路軍のスパイによって探知されていたため、奇襲攻撃はことごとく失敗に終わった。
部分的に要所を占領した部隊もあったが、それも数時間で壊滅してしまい、敵弾にたおれ、傷ついて捕虜になった者も多く、壮絶な戦死を遂げた者もすくなくなかった。
この反乱は、わずか数時間の後に完全に鎮圧されてしまった。

血に彩られた旧正月の朝は明けた。おびただしい死体が各所に散乱していた。
この事件は八路軍に大きな衝撃を与え、日本人に対する怒りは頂点に達した。
これは日本人弾圧の絶好の口実となった。

やがて恐ろしい報復が行われ始めた。
元旦を祝って家族がささやかな朝食についたとき、八路軍の兵士が侵入し、夫たちを引き立てて行った。
通化市内では、16歳以上60歳までの日本人男子は、ことごとく八路軍兵舎その他に集合せよと命令された。
市内は恐怖のるつぼと化した。
八路軍側は、抗戦派だけでなく、すべての日本人に対して、仮借なく復讐しようとしたのである。

この反乱にまったく無関係の者も、反乱に反対だった者も、ほとんど差別されなかった。
とくに兵舎の前に集合させられた数百名の日本人は、身震いしておののいていた。
そこにひとりの将校があらわれて、絶叫するように叫んだ。
「今朝、日本人を主とした反乱軍のために、
 わが軍は多大の犠牲を受けた。
 諸君は同胞として、
 その罪を免れることはできない。
 わが軍は報復として、
 ただちに諸君を銃殺に処する」

その瞬間、兵舎の窓から十数台の機関銃が一斉に火を噴いた。
みるみるうちに、ばたばたと倒れた。
重傷を負って死にきれない者に対しては、容赦なくピストルが撃ち込まれた。
死体は待機していたトラックに次々と積み込まれ、一部は渾江の橋の上から凍結した川面に投げ捨てられ、一部は近くの谷間に投げ込まれた。

逮捕拘引された日本人は、およそ3千人に及び、元憲兵隊の監獄や、公署の防空壕の中に分散監禁された。
監禁された日本人は、狭い部屋に何十人も押し込まれ、身動きすらできない中で大小便垂れ流しのまま5日間もの間立ったままにされた。
苦しさのあまり「出してくれ」と叫んだ者があると、銃弾が撃ち込まれてくる。
発狂する者もあれば、中には立ったまま死んだ者もあった。

しばらくして取り調べがはじまると、ひとりひとり引き出され、反乱軍との関係の有無を詰問される。
そのとき態度が悪かったり、言葉に詰まったりすると、こん棒や革のムチで容赦なく、力いっぱい打ちのめされた。
その場で悲鳴をあげて倒れる者、全身を殴りつけられて意識を失い、ついに動けなくなった者も少なくなかった。
そうすると、そのまま戸外に放り出されてしまう。
酷寒の2月のことである。
たちまち寒気のために不動のまま凍死してしまった。
やがて材木のようにトラックに積まれ、谷間に投げ込まれる。

するとどこからともなく貧民が集まってきて、硬直した死体から着衣をはぎとってゆく。
全裸の死体は、荷物のように運ばれて、渾江の橋の上から投げ込まれる。
これが毎日のように行われた。
なんという地獄絵図だろうか。

一週間目ごろから、ぽつぽつ釈放者が出るようになったが、帰って来た人も、無傷な人はいなかった。
手を折られた人、足を折られた人、杖にすがってやっと家にたどり着いた人。
帰ってからも発熱のために苦しむ者。
凍傷のため、廃疾者同然になった者などが大部分で、五体満足で帰って来た人はわずかであった。
抑留中は精神に異常をきたし声を出すものなどが続出したが、そのたびに窓から銃撃され、窓際の人間が殺害された。
殺害された者はそのまま立ったままでいるか、他の抑留者の足元で踏み台とされた。
また、数百人が凍傷に罹り不具者となった。

拘束から五日後、部屋から引き出されると、朝鮮人民義勇軍の兵士たちにこん棒で殴りつけられ、多くが、その場で撲殺された。
撲殺を免れたものの多くは、骨折した手足をぶらぶらさせていた。
その後、China共産党軍による拷問と尋問が行われ、凍結した川の上に引き出されて虐殺が行われた。
女性にも多数の処刑がされた。
渾江川の上には、服をはぎ取られた女性の裸の遺体が転がった。

男たちが拘束されている間、China共産党軍の兵士たちは、日本人住居に押し入り、家族の前で女性を強姦することもあり、凌辱された女性の中には自殺するものもあった。
事件後、3月10日になると、市内の百貨店でChina共産党軍主催の2・3事件の展示会が開かれた。
戦利品の中央に、蜂起直前に拘束された孫耕暁通化国民党書記長と、2月5日に拘束された藤田実彦大佐が見せしめとして三日間に渡り立たされた。
3月15日に藤田大佐が獄死すると、遺体は市内の広場で三週間さらされた。
渾江(鴨緑江の支流)では、夏になっても中州のよどみに日本人の虐殺死体が何体も浮かんだ。

 *

日本は良くない国だ、という人たちがいます。
Chinaと仲良くすることが良いことだと言う人たちがいます。
China、朝鮮、日本を東アジア共同体として、ひとつの国にまとめあげようという人たちもおいでになります。
しかし実際にひとつになったときの実例が通化事件です。
「そんなことは何十年も昔の話だろう」という人もおいでになるかもしれません。
けれど、天安門、ウイグル弾圧、チベット弾圧等々。いまも同様の弾圧や粛正は続いています。

この稿では満洲国崩壊時の通化市の状況をご紹介しましたが、その満洲の各大都市には、決まってロシア人街がありました。
いまでもその様子は大連市などで見ることができますが、他では見ることができません。
戦後、ソ連がシベリア抑留の元日本兵を使って、それらの建物を取り壊し、資材を旧満洲からモスクワなどの東欧に運び込んで、そこに新たな街を作ってしまったからです。

その満洲国がまだあった頃、そのロシア人街には、多くの白系ロシア人が住んでいました。
白系ロシア人とは何者かというと、実は、旧ロシアの貴族たちだった人たちです。
ロシア革命後、国を追われたその貴族たちは、シベリアをさまよい、多くの人がそこで命を落としています。その白系ロシア人たちのために、日本は満洲で彼らの様式の住居を築き、そこをロシア人街として、彼らが住む町にしていたのです。

その白系ロシア人の子女の多くは、満鉄などの大企業に就職して働いていました。
けれど、戦争末期になってソ連軍が攻めて来たとき、彼らが住んでいた満洲国は崩壊してしまいました。
日本人もたくさん殺されました。
ひどい目にも遭いました。けれど、満洲生まれという人は、いまの日本のお年寄りにたくさんおいでになります。日本という祖国があったから、帰って来れたのです。
そしていまの生活を得ているのです。

けれど、白系ロシア人たちは、その後どうなったのでしょうか。
彼らには帰る祖国はありませんでした。
なぜならそこはロシア帝国ではなく、すでにソ連という別な国になっていたからです。
同じ土地、同じ顔つきの人々が住んでいても、国が異なるということは、そういうことを意味するのです。
私たち日本人は、そういう現実をしっかりと知る必要があります。

いま満洲国のあったあたりは、Chinaの東北省と呼ばれています。
いまではChina東北省となっているエリアには、いまでもロシア人街の建物が残っています。
けれどそこにかつて住んでいた白系ロシア人たちは誰もいません。
では、彼らはどこへ行ってしまったのでしょうか。

「日本なんて、なくなっちまえばいいんだ」という人がいます。
けれど、国を失うということが、どれだけみじめでたいへんなことなのか。通化事件は私たちにはっきりと教えてくれています。

お読みいただき、ありがとうございました。

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20160810 目からウロコの日本の歴史


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コメント
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二度とその状態に戻してはなりません。
情報化社会の今、それを上手く活用しなければなりません。
2017/09/09(土) 21:17 | URL | 子無零 すこぴお #3un.pJ2M[ 編集]
自信
通化事件の学び。ありがとうございます。

国を失う事の重大な意味を考えさせられます。

地政学的には侵略され難い日本でしたが、空からの破滅への脅威は新たなる蒙古襲来です。

満州国は、China、ソ連に囲まれた死地であった訳ですから、その悲惨さ残酷さは想像を超えるものなのでしょう。

それと、満州の開発に突き進んだ、当時の日本政府の判断も如何なものかと感じます。

日本国が失われることなど、考えたことも有りませんでしたが、戦後の期間を考えれば、そろそろ平和の終わりなのかも知れません。

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米軍に頼るのでは無く、米軍と供に国防との意識が高まること。
そこから、改憲にも真剣に向き合えるのかと思います。
2017/09/09(土) 21:16 | URL | 神無月 #UXr/yv2Y[ 編集]
No title
いつも拝読させていただいております。今日はこちらからシェアさせていただきます。
2017/09/09(土) 16:39 | URL | 岡 義雄 #-[ 編集]
シェアさせて頂きました。中国でもインドでも外務省職員にある宗教団体の信者をお見受け致しました。彼らはもはや日本人ですが、今回の文章を読んでも他人事の様に大陸寄りに反応するでしょう。現在の朝鮮半島の人達は高麗人と民族的には関係がないと読んだことがあります。皇室に多民族の血が多く混じり日本は4世代程度で平和里に民族浄化されてしまうのでしょうか?かつてのハワイの王室のように日本文化を尊重するなら同化もありでしょうが、日本文化に背のりして乗っ取ろうという民族に日本を名のって欲しくない。日本を取り戻すとは世界の幸いを祈る祭祀王を取り戻す、日本の道徳を取り戻す、マイナス志向の欧米型倫理観ではないプロパガンダでもなく学術的にも真の歴史を取り戻すことだろうと思います。是非、私達の知らない、知っておくべき歴史をお教え下さい。
2017/09/09(土) 15:51 | URL | #.Cv1/Prg[ 編集]
No title
改めて、祖国を失うということの悲惨さを思い知りました。このような事件は、まだまだ他にもあるのでしょうね。
日本人の血を引いていることに誇りを持ち、祖国をしっかり護り通さなければとの思いを、強く感じています。
勉強させていただき、ありがとうございます。
2017/09/09(土) 12:38 | URL | 行きずり #oh4NkpYI[ 編集]
No title
>日本なんて、なくなっちまえばいいんだ」という人がいます。

ネットをする前のことで昔の話ですが、社会的な風潮の中で、左翼の人は右翼は街宣車を持っているし柄が悪いけれど、左翼は正しいことを言っている。
学生運動は政府が悪いから、それをただそうとして学生が頑張っているとのようなことを言っていました。
それに、中国の原子爆弾は放射能の点で綺麗だとも言っていました。

新聞やテレビのマスコミが報道しない自由を続けている日本で、ネットの中を散歩していますと、自分が本当のことをいかに知らなかったかを思い知らされています。

そうしている内に、「ねずさんの独り言」や他のブログを通して真実の歴史を知りましたし、投稿もさせていただくようになりました。
そんな生活をしていますと、ネトウヨと言われることがあります。
そして、左翼の連中からしたら半ば敵扱いをされることもあります。
そして、今の「日本がなくなって」左翼の世界になったとき、ネトウヨは粛正されると、彼等は期待していると思うこともあります。
そんな連中でも、通化事件を知ればどうなるのかが、多少は分かると思います。

共産主義国家の前では、日本は右翼も左翼も関係なく粛正の対象になります。これを免れないのは、密告者と化した売国奴だけなのです。
それなら、普通の左翼は安全かというと、そうではありません。
日本の大半の左翼は、日本化された共産主義者といえば良いのでしょう。

共産主義国家のパルチザンが何をしたかは、尼港事件の結果を見れば判るように残忍です。
人権を主張するようなお花畑の左翼など、面倒でしょうから日本人とみると皆同じと言うことになるでしょう(日本の左翼の大半は、シールズ程度のお花畑の日本嫌いの集団です。)。

それから、売国奴は最後のお楽しみで、処分されるでしょう。
だって、所詮日本人は彼等にとって異民族で、裏切る可能性がありますし(売国奴は真っ先に、日本を裏切りますから、一度裏切ったものは二度裏切ると考えます。)、権利を主張すると鬱陶しいでしょう。
男性は処分で、女性は混血児の母体です(これは、スペインの征服者がやったことです。)。

これを大東亜戦争の敗戦でされなかったのは、昭和天皇の我が身を捨てる覚悟で行われた努力のおかげです。
そして、もう一つは米国を初めとする連合軍が日本を占領したからです。これが、満州や樺太のようにソ連軍に占領されていたら、どうなっていたかと思います。
それから、ソ連の信頼性は日ソ中立条約で判ります。
ソ連抑留者が帰国できたのは、連合軍はソ連だけでなく米国を初めとする国々で、構成されていたからだと思っています。
通化事件や尼港事件を知れば、共産党の怖さが判ります。
2017/09/09(土) 11:36 | URL | ポッポ #/5dmJF4E[ 編集]
No title
肝心の普段からの朝鮮人についての詳細な分析をされている小名木先生による、北朝鮮の問題点の分析と、それに基づいた批判を熱烈に期待しております。
2017/09/09(土) 08:22 | URL | #-[ 編集]
ねず先生
お早うございます。
読み終えて鳥肌が立ちました。
言葉がありません。
慌てて『瀬をはやみ…』を読み返しました。
2017/09/09(土) 08:20 | URL | takechiyo1949 #-[ 編集]
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
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『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』

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サンフランシスコ講和条約で、日本は台湾に関して処分権は連合国に提供しましたが、領土の割譲は行っていません。条約以降、連合国も日本も台湾の処分先を決めていません。つまり台湾はいまも日本であり、台湾にいる1500万人の戦前からいる台湾人は、日本国籍を有する日本人です。私は台湾民政府を支持します。
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ほんとうに皆様のコメントが、とっても嬉しく、かつありがたく拝読させていただいています。

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私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

ましてや、自分で質問を発したものについて、それぞれお忙しい皆様が、時間を割いて丁寧にご回答くださった者に対し、見下したような論調で応対するならば、それは他のコメントされる皆様、あるいは、それをお読みになる皆様にとって、非常に不愉快極まりないものとなります。

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