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歳末にお寿司のお話をひとつ

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江戸前寿司が生まれたのが、江戸時代の文化文政時代です。
文化文政というのは、まさに江戸の庶民文化が花開いた時代です。
銭形平次のとっつぁんなどが活躍したり、火盗改方の鬼平さんがいたり、大岡越前守や遠山の金さんが活躍したり、浮世絵や歌舞伎が世の人気をさらったりと、いわゆる江戸ものの時代劇で描かれるのが、まさにこの時代です。


実は農業輸出国?イスラエルの農業事情
【CGS 神谷宗幣 小名木善行 第108回】


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 *****

さて、今日のお題です。
年末年始となると、家族でお寿司などを食べにいかれることも多々あろうかと思います。
そこで今日は、お寿司についてひとつ。

お寿司といえば、最近では廻り寿司などが流行で、ここでは主に、酢飯の上にネタを乗せた江戸前寿司が出されます。

実はこの江戸前寿司が生まれたのが、江戸時代の文化文政時代です。





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古事記3の一部



20171215 江戸前寿司
(画像はクリックすると、お借りした当該画像の元ページに飛ぶようにしています)


文化文政というのは、まさに江戸の庶民文化が花開いた時代です。
銭形平次のとっつぁんなどが活躍したり、火盗改方の鬼平さんがいたり、大岡越前守や遠山の金さんが活躍したり、浮世絵や歌舞伎が世の人気をさらったりと、いわゆる江戸ものの時代劇で描かれるのが、まさにこの時代です。
このあと時代は、幕末明治維新へと向かっていきます。

その文化文政年間より少し前にあったのが元禄時代です。
元禄は、どちらかというと上方(かみがた、大阪)文化が花開いた時代です。
大阪の豪商の淀屋辰五郎(よどやたつごろう)が天井に水槽を築いて金魚飼っていてお取り潰しになったなどという逸話が残されている時代です。

ちなみにお金持ちの商人たちは、借金まみれで貧乏な武士や大名たちを軽蔑していたなどという話もありますが、そんなことはありません。
武士は国を治める責任を持ち、自然災害の多い我が国では、災害が起こる都度、大名たちがお金を出して民の窮状を救ったのです。
これには大金が必要で、ですから大名家にはお金がいくらあっても足りません。
商人たちはそのおかげで、安心して商売ができるわけですから、武士や大名を尊敬こそすれ、見下していたなどという表現は、それ自体、反日本的な、足らないものの見方です。

また、その正反対に、武士たちが切り捨て御免で威張っていたという説もありますが、もちろん不条理を目の前にすれば切り捨て御免です。
そのために腰に刀を差しているのです。
しかし、もし斬れば、その場で自分も腹を斬る。
だから武士は大小二本の刀を腰に佩(は)いていたのです。
武士は暴力団ではないのです。

さて、文化文政年間ですが、元禄より100年ほどあとの時代で、第11代将軍の徳川家斉(いえなり)が、将軍職を引退して大御所となって権勢をふるった時代です。
そこから大御所時代ともいわれます。

家斉は賛否両論のある人で、将軍としての職務と責任は12代将軍の家慶(いえよし)に全部まかせ、自分は贅沢三昧して遊び暮らしたという豪気な人です。
その遊興のおかげで、江戸は好景気に沸いて、町人文化が花開いたわけです。

文化文政時代に出た有名人としては、東海道五十三次の安藤広重、世界的に有名な歌麿、北斎、東海道中膝栗毛を書いた十返舎一九、天才歌舞伎役者として有名な七代目市川団十郎などがいます。
学問の世界では、35年がかりで古事記全巻の通訳本を出した本居宣長、解体新書を出した蘭学の杉田玄白などが生きたのもこの時代です。

ちなみに江戸という都市部が好景気となった反面、我が国の基幹であった農村部は相対的に貧しくなりました。
都市部の景気が良いから、農作物は先物買いで、種を植える前に先に作物の代金が支払われるわけですが、作物を納品する頃には、物価が上がっているわけです。
そのしわ寄せは、農地を借りて農業をしている、いわゆる水呑み百姓の生活を直撃しますし、都市部では家内工業のための労働力が不足でしたから、農村部から都市部への人口の流入も著しくなり、江戸の人口も急増しました。
こうして人の往来が激しくなったなかで生まれたのが、実は「江戸前寿司」と「酢」でした。

寿司自体は、たいへん歴史の古い食べ物で、紀元前4世紀には、米の中に塩味をつけた魚を漬けて発酵させて、これによって魚肉を長期間保存するという技術が用いられています。
これは魚からモツ(内臓)を取り出して、身の部分をお米のご飯に漬ける、というもので、ご飯の自然発酵作用によって、魚の保存性を高めたものです。
要するにご飯の中に「塩から」を包み込んで保存したわけで、これを「なれずし」といって、数十日から数カ月たったところで魚をとりだしていました。

「なれずし」として有名なのは、滋賀県琵琶湖の鮒寿司や、和歌山県の「サンマのなれずし」などです。
とりわけ和歌山県の「サンマのなれずし」などは、30年も保存するものまであります。
それ自体驚きですが、実は栄養価抜群で、美肌効果、アンチエイジング効果があるだけでなく、一日一舐めするだけで、整腸、便秘解消、体内毒素の排出効果など、味のおいしさもさりながら、きわめて健康に良い食品です。
日本人と発酵食品は、とても長くて古い歴史を持つのです。

「なれずし」では、長い間、発酵に用いられた米は捨てていたのですが、これが町人の町である大阪に入って生まれたのが、バッテラ寿司、いわゆる押し寿司です。
そしてこの押し寿司が、大きく変化したのが、文化文政時代の江戸だったのです。

最近では、大阪の押し寿司も酢飯を使いますが、もともとは米を使って発酵させて作るものだったのです。
ところが発酵食品というのは、出来上がるまでにものすごく時間がかかる。
魚を仕入れて、米に漬けて発酵させて、いざ食べれるようになるまでには、早くて1~2週間、長いものでは一年以上かかります。

気の短い江戸っ子が、そんなに待ってなんていられねえ!なんてことから、炊きたてのご飯に「酢」を混ぜて発酵米もどきの味をつけ、そこに新鮮な魚をちょいと乗せて、わさびを加えて、「ハイ、お待ち!」と、カウンターの上にちょいと乗せる。
お客さんは、その江戸前寿司を、指先でつまむと、ちょいと醤油を付けて、ポンと口に入れる。
これが江戸前寿司で、手軽に作れて、すぐに食べれることから、大評判になって、江戸でいっきに普及していきました。
あまりの人気に、江戸前寿司は関西にも流れ出て、押し寿司の大阪寿司まで酢飯が用いられるようになったわけです。

そしてこの江戸前寿司の酢飯が誕生した背景には、同じ時代にが「酢」が量産化されたことと密接に関係しています。
どういうことかというと、文化元(1804)年に、尾張名古屋の半田村で造り酒屋を営んでいた中野又左衛門という人物が、酒粕(さけこうじ)を用いて「酢」を作る技術を開発して、江戸に出てきたのです。

ところが肝心の商品である「酢」がなかなか売れない。
そこで思いついたのが、ご飯を発酵させて寿司を作るのではなく、炊きたてのご飯に酢を加えて、食べやすい大きさにシャリを握ってその上にネタを乗せて出したらどうかという提案です。

この提案に「おもしろい!」と飛びついたのが、華屋(はなや)という発酵寿司店を営んでいた与兵衛さんです。
与兵衛は、いまの北陸・福井県南部の若狭の生まれの人で、伝染病のために両親が相次いで他界してしまったので、単身、江戸に出て小さな発酵寿司の店を開いていたのです。
売っていた商品が、出身地の若狭名物のサバ寿司です。

その与兵衛のもとに、中野又左衛門が現れるのです。
「米をいちいち発酵させなくても、酢を加えれば、あっという間に酢飯ができます」
これは面白いと納得した与兵衛が、さっそくこれに「江戸前、握り寿司」と名前をつけて商売にしたわけです。
これが、大ヒットする。
なにせ発酵食品と違って、手軽です。
しかも早い、安い、旨い。

華屋はまたたく間に江戸っ子にもてはやされ、毎日長蛇の列ができるほどの繁盛ぶりとなりました。
こうなると次々に真似をする者も現れます。
おかげで、にぎり寿司屋は、瞬く間に江戸中に広がっていきました。

江戸には屋台で廉価な寿司を売る「屋台寿司」が市中にあふれ、料亭のような店舗を構えて寿司を握る者、あるいは持ち帰りや配達で寿司を売る者、宅配する者なども登場しました。

そして箱寿司が主流であった大阪にも、江戸前寿司の店は広がり、天保年間には名古屋にも寿司店ができるようになります。
こうして手軽な握り寿司は、あっと言う間に全国に広がっていきました。

江戸前寿司が普及するにつれ、酢の需要もうなぎ上りに増大します。
おかげで「酢」造りの中野又左衛門の、酢屋も、またたく間に大店(おおだな)に育っていきました。
そしてその中野又左衛門が創業した酢屋は、いまでも残っています。
その社名が「ミツカン」です。
そうです。あの「株式会社ミツカン」です。
ミツカンは伝統で、いまでも社長は中野又左衛門(中埜又左エ門)を名乗っています。

ちなみに、昨今関東で見かける「華屋与兵衛」というファミレスは、これは関西資本のライフコーポレーションが設立したチェーン店で、寿司を始めた与兵衛さんとは関係はないようです。

ちなみに、どうも戦後の歴史教科書というのは、とにもかくにも江戸時代は貧しい時代で、武家が贅沢三昧な王侯貴族のような暮らしをし、庶民は貧窮のどん底暮らしを余儀なくされていたという荒唐無稽な歴史観を無理矢理生徒たちに刷り込んでいますが、大きな間違いです。

そもそも、武家しか米が食べられないような社会情勢だったのなら、江戸前寿司が江戸町民の間で普及するなんてことは、絶対に起こりません。
そもそも、武家は古式に乗っ取って、外食は礼を欠くとされていたのです。
おもてなしは、自宅にお客様を招いて、食事を出す。
それが礼儀でしたし、古来武家はそうするものと決まっていたのです。
参勤交代のときには、もちろん外食になりますが、それは旅籠で行われました。
ですから、昔からの旅籠では、いまも御膳といって、お盆に15センチ位の脚を付けた脚付き盆に、ひとりにひとつずつ食事を盛り付けて出す習慣が残っています。
これは、武家が居宅で食事を振る舞うときに、似せて食事を盆に乗せて出した習慣がいまも残っているものです。

ちなみに日本人が食事をするときに、お茶碗や小皿を手に持つのは、この脚付き盆で食事をした習慣に基づきます。
背筋は伸ばしたまま、手に茶碗を持って食事をする。
逆に、お茶碗やどんぶりをテーブルに置いたままにして首の方を上下に動かして食事をするのは、昔は「Korea食い」といって、無作法の典型とされたものです。
半島の場合は、食事のマナー自体がなかったのだから、これは仕方のないことですが。

また、お金持ちの家に、料理人の方が出張して腕を揮うといったおもてなしも、いまでもお金持ちの一部の家には残っています。
これもまた、江戸以前の武家の作法がそのまま残っているものです。

時代劇でも、少し古い時代劇なら、立派なお武家様が蕎麦屋で食事というシーンは、まず描かれることはありませんでした。
そのようなことは、まずなかったからです。
蕎麦屋で、一杯飲みながら蕎麦を食べるのは、無役の浪人者か、足軽以下の小者であったのです。

そうした小者や、町方の職人さんなどは、もっぱら外食です。
その行きつけのめし屋や蕎麦屋などで、もっぱら食事をしていたのですが、そこに新たに江戸で江戸前寿司屋が新規参入したわけです。
なにせ、一杯めし屋や蕎麦屋よりも、寿司屋の方が、飯が出てくるまでの時間が早いのです。
これには気の短い江戸っ子たちは大喜びだったわけです。

町人や農民は、もっぱら武家に搾取されていたなどと、子供じみたデタラメを言うような教師や学者たちには、
「君たちは二度と寿司を食うな!」と言ってやりたいくらいです。

そもそも日本の歴史を、共産主義思想による階級闘争史観で図ろうとするところからして、無理があるのです。
日本の歴史は、支配するものと支配される者、収奪する者と収奪される者という二極化した階級闘争の歴史ではありません。

士農工商というのは、そもそもChinaの身分制であって、我が国の実態は、貴族。武士・農民・町民の、「貴武農町」といった方が、むしろ実態に近いものです。
そして、この順番は、同時に貧乏な順番でもありました。
下に行くほど、お金があるのです。
逆に上にいくほど、貧乏になる。

つまり権力と金銭の関係を権力者ほど貧しく、金持ちほど権力がない、という巴型にしたのが、日本社会の構造でした。
従って、日本における身分制というのは、社会の秩序を保持するための制度であり、西洋的な富の収奪のための制度ではありません。
むしろ下に行くほど、お金持ちだったのです。

だからこそ、町民は「宵越しの銭」を持たなくたって、ちゃんと生活が成り立ったし、農家においては、祭りの際に豪華な屋台や御神輿を作れるくらいのゆとりさえあったのです。
その屋台や御神輿は、いまでこそ、たいていの町内会の御神輿は、何百万、何千万かかったといっても、たいていは真鍮で金色を発色させた模造品ですが、江戸時代の屋台や御神輿は、どれも純金張りの金ピカです。
どれだけ豊かだったかということです。

そうそう。「握り」の話が出たので、もうひとつ。
世の中で一番美味い「おにぎり」って、なんだかわかりますか?

それは、母親が幼ない我が子のために作る「おにぎり」です。
あるいは新婚ホヤホヤの新妻が愛する夫のために作る、すこし形のおかしな「おにぎり」です。
つまり「愛情を込めて握られたおにぎり」ほど美味いおにぎりはないのです。
このことは、食べ比べてみたらわかります。
愛のこもったおにぎりは、少々お米が安いお米だったり、安物の海苔が使われていても、このうえもなくおいしいものです。

この味は、コンビニのおにぎりでは、どんなに上質のお米や海苔を使っても、絶対に出すことはできないものです。
よく「おふくろの味」なんて言いますが、かあちゃんが作ってくれた味噌汁や、だいこんの煮っ転がしなど、けっして材料は高価な材料を使っているわけではないのだけれど、やっぱりおいしい。

ちなみに昨今のコンビニのおにぎりというのは、実は、お米も具材も海苔も、超のつく一級品を使っています。
なぜなら、コンビニの一番の売れ筋商品が「おにぎり」だからで、だからこそコンビニでは素材から調理方法にいたるまで、徹底的に研究して、最高級品ともいえるおにぎりを店頭に並べています。

だけど、それでもやっぱり、愛妻の作ってくれた「おにぎり」が美味い。
母が子のために作る「おにぎり」が美味い。
お米だって、そこらのスーパーで売っている安いお米だし、海苔だってセールで買った特売品、具材も、ただのシーチキンの缶詰だったりします。
それでも、美味い。

これは、愛情のこもったおにぎりが、その食材そのものの味わいよりも、もっと大きな味わいと美味しさを持つからなのだそうです。
もしかすると、一種のハンドパワーのようなものかもしれません。

ですから、昔の料亭の板前さんや、寿司屋の職人さんというのは、単に最高級の食材を仕入れ、包丁の使い方から調理の仕方まで、その技術を鍛え上げるというだけでなく、母親の愛情以上のうま味を出すために、おもてなしの心を鍛えたのです。
そうして何十年もかけて、母の愛に勝てる味わいを出せるように修行を積んだ。
だから美味しいし、だから名人芸なのです。

昨今では、見た目の体裁だけを整えることを覚えた二十歳そこそこの若者が、一人前の料理人としてテレビなどに出ていますが、みせかけの味は、それだけのものでしかないし、そもそもそういう心のない外見だけを真似て本家顔するのは、一部のKoreanの特徴です。

そういえば、廻り寿司でも、最近、都内に、ChineseやKoreanの店員が寿司を握っているお店がるけれど、やっぱり美味しくありません。
やはり、味も心がつくるもの。
だからこそ板さんは、その心を鍛えるためにきびしい修行を積んだのです。

ちなみに本日のお題の江戸前寿司、世界中でいま大人気ですが、なにやら韓国では、韓国発祥の食品だと言い張っているとのこと。
ろくな酢飯も作れないで、何を馬鹿なことを言っているのかといいたくなります。
心を鍛えることを知らない者には、一生かかっても、ホンモノの寿司のうま味は引き出せないのです。

そういうことがわからないようでは、申し訳ないが韓国はいかに政治的に工作しようが、いかに巨費を投じて宣伝しようが、いつまでたっても三等国にしかなれないし、一時的に騒げば騒ぐほど、あとになってそれに倍するしっぺ返しが来るという現実を繰り返すことになります。

世界は馬鹿ではないのです。

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コメント
No title
こんにちは。食料自給とエネルギー自給は独立国の基本です。
どちらもできていないのがニホン。メタンハイドレートやオオマサガスの活用
を実行できるように準備するべきです。また海洋に微生物で、木材などから石
油に近いものを産生するものも見つかっています。
イスラエルのお話ですが、一部のイスラエル人自身により修正されてきていま
す。パレスチナの土地は元々農地も多かったのです。不毛な土地もあったでし
ょうが、全体の事ではありません。木を見せて森を見せずも彼らの手法です。
感情に訴える話には・・ほぼトラップがあります・・詳細な検討が必要です。
アメリカ人たちの寄付・・クスリ売買で儲けたマネー等も流れているはずで
す。その陰で踏みつけにされた人々は世界中にいるはずですよ。・・・日帝が
ハントウや満州や台湾にカネを注いだ陰で泣かされた本土の日本人達がいたよ
うにね・・特に底辺層。
現在のイスラエルは旧約聖書に書かれているように、時間をかけて土地を支配
していっていますが、やはり過去の歴史のように分裂していくでしょう。現在
東欧・露出身のイスラエル移住者たちはまるでかるてのマムルーク朝(ど・れ
い王朝)のように戦うために呼び入れられたようではありませんか?ずっと現
地にいたオリエント系との分裂は想定済みでしょう。良心的兵役拒否者は入牢
だそうですよ。子供時分からアラブは敵だと刷り込まれ、兵役が終わって海外
に出て戻らない道を選択する若者もいるわけです。廃れていたヘブライ語を現
代に復活させたものの・・旧約に明記されているように始めにカミを裏切って
カナンの地から離散したのは彼らです・・因果は巡りますよ・・。
シオニストとソ~カ、ト~イツ、アイリス・チャンとは関係がある・あったと。
南京事件を捏造本で広めたアイリス・チャンは突然逝っています・・情勢が変
わりお払い箱になったのか?シ~ナとアメのクスリ関係の?結びつきは古いで
すから・・例えば宋ビレイ。・・・・一方、ねずさんやたもしん閣下やじょう
ねん氏をイスラエルに招いた勢力は情勢をどう判断して動いているのか?トラ
ンプはどこに妥協点を見出そうとしているのか?いずれもイスラエル維持を願
う勢力だろうが、世界観が一般的日本人とは違うでしょうからw数百年後は・・どうなっているやら。人の寿命では見る事は叶いません。神の御業です。






2017/12/19(火) 02:37 | URL | くすのきのこ #-[ 編集]
No title
なるほど、寿司は今で言うファーストフードだったんですねー
2017/12/18(月) 00:29 | URL | #-[ 編集]
慰安婦の真実
平成29年11月29日に「朝鮮出身の帳場人が見た慰安婦の真実」が発売されました。著者は東亜大学人間学部教授の崔吉城氏です。彼は朝鮮戦争勃発時10歳で、戦争の悲惨さを見ています。

救援に来た連合国軍の蛮行が目の前で行われたのです。村の女性を守るために韓国政府は「慰安所」を作り、管理したと書いています。今回の著書は、数年前に韓国で発見された「帳場人の日記」を元に、客観的な立場で書かれたものです。

日本軍と慰安所、慰安婦との関係。慰安婦達の生活。慰安婦が稼いだ金の貯金や送金。
等々、帳場人として関わった仕事を朝鮮語、漢字、カタカナ交じりで記録したものです。

その日記を読み、客観的に評価したものが今回の著書です。
氏は著書の中で「慰安婦問題は韓国の政治家や一部の団体が捏造したものだ」と断定し、慰安婦問題を政治的カードにすべきではないと締めくくっています。

韓国では同じ日記を大学教授が出版しているが、「強制連行の証拠」に使われているそうだ。しかし、崔氏は「強制連行」を示す言葉はないと書いています。

本屋を回ったがまだ置かれていません。今回手にしている本は、市の図書館に依頼して購入してもらったものです。出来るだけ多くの人に読んで欲しいと思うとともに、英語版でアメリカで出版して貰いたいと願っています。
2017/12/16(土) 14:33 | URL | にっぽんじん #-[ 編集]
No title
こんにちは。
コンビニおにぎりですか・・・以前アレルギーを起こしまして、それ以来腹
に合わなくなりました・・具によるものか米によるものか?添加物として化
学薬品が入っていたと推定しています。最近は海苔でさえ酸処理に関して何
かとかしましい世の中ではありますw
2017/12/16(土) 14:15 | URL | くすのきのこ #-[ 編集]
伝統と断絶
> お客さんは、その江戸前寿司を、指先でつまむと、ちょいと醤油を付けて、ポンと口に入れる。

江戸時代の握り寿司の大きさは現在の2~4倍ほどあったとされ、「ポンと口に入れる」のは難しかったようです。ネタも冷凍技術がないので、酢締め(コハダ)、煮る(穴子)、焼く(玉子)、蒸す(アワビ)、茹でる(エビ)などで種類が少なく、季節や天候によって変動するものでした。

登場したばかりの寿司は大きな人気があり、浮世絵にも様子が残されていますが、1皿に2つか3つが盛られる程度です。美人画として描かれていることが多いので皿に盛りつけられていますが、寿司の主たる客は男性労働者で2~3個を買って立ち食いしてようです。

生魚が寿司ネタが扱えるようになるのは明治30年代ごろ、製氷屋が増えて氷が手に入りやすくなってからとされ、ネタの種類が増えると握りの大きさが次第に小さくなっていったようです。いろいろなネタが楽しめるほうがハイサービスだったのですね。

江戸から戦前までの早漬(はやずし)は酢飯づくりに粕酢(赤酢)と塩を使用するため、シャリはやや赤みを帯びており(だからシャリじゃない)、味がついているので醤油をつけずに食べていたようです。

戦後の食糧難時代、赤酢の供給が不足したことと黄変米事件で色のついた寿司飯が忌避されたことから白酢に切り替える店が続出し、赤酢の需要が急減。以後、製造量と値段の関係から白酢によるシャリが一般化した。白酢を使ったシャリは赤酢のものよりもあっさりしており、コクを補うために砂糖を合わせる現在の製法が誕生したそうです。

赤酢自体の製造量が少ないので赤シャリを出す店は多くはありませんが、現在でもあります。ネタによって寿司飯を変える店もあるようです。
2017/12/16(土) 11:29 | URL | すし次郎 #-[ 編集]
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
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ほんとうに皆様のコメントが、とっても嬉しく、かつありがたく拝読させていただいています。

議論というものは、すくなくともこのブログのコメント欄が、国政や地方自治、あるいは組織内の意思決定の場でなく、自由な意見交換の場であるという趣旨からすると、互いに互譲の精神を持ち、相手を尊敬する姿勢、ならびに互いに学びあうという姿勢が肝要であると存じます。

私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

ましてや、自分で質問を発したものについて、それぞれお忙しい皆様が、時間を割いて丁寧にご回答くださった者に対し、見下したような論調で応対するならば、それは他のコメントされる皆様、あるいは、それをお読みになる皆様にとって、非常に不愉快極まりないものとなります。

従いまして、謙譲・互譲・感謝、そして学ぶという姿勢のない連続投稿、粘着投稿に類する投稿をされた方については、以後のコメント書き込みを、管理人である私の判断で投稿の禁止措置をとらせていただきますので、あしからずご了承ください。
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