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先人たちが目指した日本の姿。それは私達の国が常に「よろこびあふれる楽しい国(=豈国)」であり続けることです。


大和魂をひとことでいえば

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「大和魂」とは、いかなるものなのでしょうか。

20171225 大和魂
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3月24日(土)13:30 第49回 倭塾公開講座
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 *****

日本人にとって、いちばんたいせつなものは「大和魂(やまとだましい)」だとよく言われます。
では、その大和魂というのは、いったいいかなるものなのでしょうか。

戦争で勇敢に戦うことでしょうか。
それとも、武道などの試合に勝つことでしょうか。
あるいは正論を述べ、政治的に対立し、いがみあいをすることでしょうか。
いずれも違います。

我が国は、天皇が民を「おほみたから」とする「知らす国」です。
その「知らす国」を護り育くむご先祖伝来の魂の働きのことを大和魂というのです。

どこの国においても、国家最高の存在は、王、皇帝、大統領、書記長など、名称がどうあれ、それらはすべて、ありとあらゆる権限を持つ国家最高の権力者です。
「権限」を持つ力が「権力」です。





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古事記3の一部



本来、「権限」というものは、常に「責任」とセットになるべきものです。
「責任」があるから「権限」もあるのです。
ところが、国家最高の存在が「権限」を持った「権力者」であると、その「権力者」は、絶対に責任をとりません。
なぜなら責任を追求するための最高責任者が、最高権力者なのです。
自分の罪は、誰か他人に負わせて、自分では決して責任を取らない。
それがどれだけおそろしい結果を招くことか、それは歴史が証明しています。

これは言い方を変えると、最高に無責任な者が、最高権力者になっているということです。
これが異常な社会システムであることは、少し考えたら誰にでもわかることです。

我が国は、その弊害をなくするために、国家最高権力者の上位に、国家最高権威を起きました。
それが天皇です。
天皇に権力はありません。
けれど、国家最高権威者として、民衆を「おほみたから」とします。
これによって、権力者は、自分よりも上位にある天皇の「おほみたから」を預かる立場となります。

自分が最高権威であり、かつ最高権力者であれば、その下にある民は、権力者の私有民です。
これは言い方を変えれば、隷民である、ということです。
もっといえば、民衆は権力者の奴隷です。

奴隷というのは、人ではありません。
ただの「モノ」であり、権力者の私物です。

かつて台湾で、占領軍として乗り込んできた国民党が、台湾の市庁舎の上に設置した重機関銃を乱射して、台湾の民衆を虐殺したことがありました。
あるいは天安門事件で、戦車に轢き殺された学生は、1万人に至るとも言われています。

どうしてそのような非道を公然と行えるのかといえば、台湾の市庁舎前に集まった民衆も、天安門広場に集まった学生も、権力者からみて「人」とは認識されていなかったからです。
そこに集ったのは、ただの「モノ」であり、権力者の私物なのです。
ですから権力者にすれば、自分に逆らうモノは、機関銃で撃ち殺そうが、戦車で轢き殺そうが、権力者の勝手なのです。

我が国は、こうした事態を防ぐために、権力者よりも上位に天皇という存在を置き、権力者は、その天皇の「おほみたから」が、豊かに安全に安心して暮らせるように面倒を見ていく立場としたのです。
それが「シラス(知らす、Shirasu)」という我が国の形です。

そのカタチのもとに、我が国の民衆はあります。
ですから我が国の民衆は、ひとりひとりが、すべて天皇の「おほみたから」です。
ひとりひとりのすべてが「おほみたから」なのですから、君も「たから」、私も「たから」です。
だから互いを「たから」と認めて、少しでも他の「たから」となっている人々のために、自分にできる最大のことをしようとします。
これが「和」の心です。

そしてそのような、ご先祖から綿々と続く我が国のカタチを護る心を、大和魂と言います。
人々は、その大和魂のもとに、民衆のひとりひとりが愛と喜びと幸せと美しさを求めて生きることを目指したのです。

そうではなく、権力者が領土領民を私有することを、我が国の古い言葉で「ウシハク」と言います。
「ウシ」は主人、「ハク」は大刀を腰に佩(は)く、というように、自分のものにする、私有化する、私物化することを言います。

統治のためには、この「ウシハク」は必要です。
そうでなければ、人々の中には、必ず「自分さえ良ければ、他人などどうなったってかまわない」と勘違いする者が生まれるからです。

しかし、その「ウシハク」権力者が、国家の最高の存在となると、無責任体勢が生まれます。
ですから我が国では、古来、ウシハク権力者の上に、知らす存在である天皇を置いたのです。
そして天皇の存在によって、我が国の民衆は、「ひとりひとりが天皇の「おほみたから」という自由と平等と博愛を育むことができたのです。

先日の天皇誕生日に、8世紀の聖武天皇の時代にキリスト教の神社である「大避神社」が出来たことを述べました。
大避というのは、こう書いて実は「ダビデ」と読みます。
つまり「大避神社」というのは、「ダビデの神の社(おやしろ)」という意味です。
京都の祇園祭も、実は「シオン祭り」であり、あれは失われたアーク(聖櫃)を運ぶことを再現したお祭りだと言われています。

我々現代日本人が勘違いしやすいのは、日本には神社があり、仏教のお寺があり、キリスト教の教会があり、イスラム教の礼拝堂があり、それぞれが神社・お寺・教会・礼拝堂などと言葉を分けているために、なんだか古来、別々なものとされてきたように、つい思い込んでしまうことです。

これらはすべて、英語に直したら「Church」です。
日本でも同じように、もともと、いかなる神様であれ、仏様であれ、それら神様をお祀りする施設を「神様のお社(やしろ)」という意味で「神社」と呼んだのです。

ですから神社は、もともと多種多様な神様をお祀りする施設全般のことを言ったのです。
それを明治政府が、欧米諸国のキリスト教に倣って、我が国の国教として神社神道を置こうという政治的な無茶をしたから、なんとなくいまの日本では多くの人が、神社神道は宗教だというように思い込むようになってしまったのです。

全然違います。
神社というのは「神のお社(やしろ)」であって、宗教宗派を問わず、その礼拝のための施設のことを言うのです。
それはちょうど英語があらゆる宗教施設のことを、単に「Church」と呼ぶのと同じです。

日本人は、宗教に寛容とか言いますが、なるほどそのような側面もありますが、実は、もともと神社というのは、そういうものであったのです。
少し考えたらわかることです。
神社は、それぞれに御祭神が異なります。

これは仏教的な言い方をすれば、神社ごとに御本仏が異なるということです。
キリスト教的な言い方をするなら、それぞれの神社ごとにそれぞれ一神教なのです。

つまり現代風の言い方をするならば、神社・お寺・教会・礼拝堂など、すべてを、もともと「神々のお社(やしろ)」、つまり「神社」と呼んでいたわけで、どうしてそのようなことが日本で可能であったのかといえば、我が国が知らす国であり、民衆がそれぞれの施設を通じて、愛や喜びや幸せや美しさを得ることができるのならば、それらは国家最高権威のもとで、すべてOK(ALL OK)とされてきたということにほかならないのです。

つまり日本人の宗教に関する寛容性も、実は、もとをたどれば、天皇の知らす国であるということに依拠するのです。
そしてそれら寛容性も含めて、「おほみたから」である人々、それぞれが、豊かに安心して安全に暮らすことができ、それぞれがそれぞれの人生を通じて愛と喜びと幸せと美しさを求め続けることができるようにしてきた、この大昔からご先祖たちが築いてきてくれた日本という国のカタチを護り抜く心こそ、まさに大和魂なのです。

つまり要約すれば、
「大和魂とは知らす国を護る魂」
ということになるのです。

お読みいただき、ありがとうございました。

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20160810 目からウロコの日本の歴史


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コメント
神道は宗教ではなく祭祀です。祭祀とは祖先祭祀と自然信仰が融合したものであり、神道の本質です。
宗教とは祖先でもない、自然でもない超常の存在を自ら創造しそれだけを信仰して、祖先祭祀と自然信仰を揶揄して否定するのだから、神道を宗教としたり、ましてや、その代表である世界宗教であるアレらと同じ一神教などと、なんともお粗末な認識です。
どーでも良いことですが、タビデはユダヤの英雄ですよね。
ユダヤからしたら異端であるキリスト教のーなんて言ってると、サイモンナンチャラからクレームがありそうですね。
2017/12/28(木) 13:25 | URL | 日和歌 #-[ 編集]
No title
こんにちは。論語はいかがなものかな~wアレは解釈次第で中身が
変わる。日本語の文中で使われてこそ、日本語の漢字の意味が解る。
日本語による漢字の使い方は、1字ではなく2つ以上の漢字のセット
でより的確な意味を持たせていますしw(数学で言えば、公式を使
うようなものw数学も語学です)この辺は1字の意味を重ねていく
し~な語と違いますね。そのせいで彼らの思考回路は自己中になり
やすいしその場限りの逃げ話を打つわけかも・・。
漢字は前頭葉ではなくて、側頭葉を使って認識されるらしいですよ。
図形認識なのかな?幼児向きではありますね。道路標識でも一瞬で
わかります。ローマ字表記などは一目では読み取り切れないですね。
面白い話。川添恵子女史の体験では、ハンガリーの日本語学校では
すぐに漢字を生徒さんが書けるそうです。欧州西部はダメなんだそ
うでwパターン認識脳なんでしょうかとw
・・ハンガリーはマジャール系アジア民族が多いせいでしょうか?





2017/12/26(火) 23:46 | URL | くすのきのこ #-[ 編集]
権威と権力の分散
日本の場合、「権威」と「権力」が別の場所にあった為、度々危機に瀕しながらも、その都度国の崩壊を免れる事ができたと言えるでしょう。

最高権威と最高権力が一人の人物に集中していたなら、幕府や中国の王朝が倒れる様に国家が倒れ、今頃皇室も無くなっていた事でしょう。

天皇の政治利用が危険だと言うのは、GHQや自虐史観云々の以前に、皇室崩壊につながる危険性が高いからでもあります。
場合によっては戦争の責任を問われ、最悪の場合、皇室への外国勢力の介入を招く結果になってしまいます。

まとまらなくなりましたが、よいお年を。
2017/12/26(火) 18:50 | URL | 疑問 #iydQorAY[ 編集]
毎日のブログありがとうございます。
私は八百万の神というキーワードでいろんな人々、事象を解釈しようと考えています。
いろんな神様がいるからみな尊い。
ものも大切にするしお互いに仲良くしようとする。
全てが神様だからお互いに敬意を払う。
腹が立つことがあっても、こらもまた、悪のお役目を持った神様かもしれないと思えてきます。
これは実はのぶみという絵本作家の「にっぽん小学校」という絵本に描かれていたことばです。八百万の神というひとことがこうもシンプルに、しかし深く、広く日本人の思想を的確に表しているのに驚嘆しました。
先生の「おおみたから」という言葉も通ずるものがある気がします。
2017/12/26(火) 17:41 | URL | シミズ #-[ 編集]
漢字教育
江戸時代には寺子屋で「論語」を教えていました。文章は漢字ばかりで理解できなくても暗誦していました。

次の文章は少し長いですが含蓄のあるものです。

日本の子供の知能指数が世界でダントツに高いことが判明
理由は○○だった。

1. 日米英仏独 5か国の共通知能テスト
英国ケンブリッジ大学のリチャード博士が中心になって
日米英仏独 5か国の学者が協力して、一つの共通知能テストを作り上げた。

そのテストで5か国の子供の知能を測定したところ、日本以外の4か国の子供は平均知能指数が100だったのに、日本の子供は111だった。
知能指数で11も差が出るのは大変なことだというので、イギリスの科学専門誌「ネイチャー」に発表された。

博士らがどうして日本の子供は知能がずば抜けて高いのかと考えたところ、この5か国のうち日本だけが使っている漢字に行きついたのである。

2. 子どもを伸ばす漢字教育
外国の方からは「難易度が高い」と言われる日本語。
その理由として漢字、ひらがな、カタカナの使い分けが挙げられますが、小学校教師の石井勲氏はあることをきっかけに、「漢字」に子供の能力を伸ばす不思議な力があることに気付き、「石井式漢字教育」を編み出したと言います。

きっかけは偶然だった。小学校教師の石井氏がコタツに入って「国語教育論」という本を読んでいた。そこに2歳の長男がヨチヨチ歩いてきて、石井氏の膝の上に上がり込んできたので、氏はコタツの上に本を伏せて置いた。

その時、この2歳の幼児が「国語教育論」の「教」という漢字を指して「きょう」と言ったのである。びっくりして、どうしてこんな難しい字が読めたんだろうと考えていると、こんどは隣の「育」の字を指して「いく」と言った。

石井氏が驚いて、奥さんに「この字を教えたのか?」と尋ねると、教えた覚えはないと言う。教えてもいないものが読めるはずがない、と思っていると、奥さんが「アッ、そういえば一度だけ読んでやったことがある」と思い出した。

奥さんは、音楽の教師をしており、「教育音楽」という雑誌を定期購読していた。ある時、息子が雑誌のタイトルを指で押さえて、「これなあに?」と聞くので、一度だけ読んでやったような記憶があると言うのである。

そんなこともあるのかと、半信半疑ながら、ひょっとして幼児にとって漢字は易しいのかもしれない、と石井氏は思いついた。ひらがなは易しく、漢字は難しい、幼児に教えるものではないと思い込んでいたが、実はそうではないかも知れない。これが「石井式漢字教育」の始まりだった。

3. 漢字学習で幼稚園児の知能が伸びた
それから石井氏は昭和28年から15年にもわたって小学校で漢字教育を実践してみた。当初は学年が上がるにつれて子供の学習能力が高まると信じ込んでいたが、実際に漢字を教えてみると、学年が下がるほど漢字を覚える能力が高いことが分かった。そこで今度は1年生に教える漢字を増やしてみようと思った。

当時の1年生の漢字習得目標は30字ほどだったが、これを300字ほどに増やしてみると子供たちは喜んでいくらでも吸収してしまう。それが500字になり、とうとう700字と小学校6年間に覚える漢字の8割方を覚えてしまった。

ひょっとしたら就学前の幼児はもっと漢字を覚える力があるのかもしれない。そう思って昭和43年から3年間かけて幼稚園児に漢字を教えてみた。すると幼児の漢字学習能力はさらに高いと分かってきた。同時に漢字学習を始めてから幼児の知能指数が100から110になり、120になり、ついには130までになった。

漢字は幼児の能力や知能をを大きく伸ばす秘密の力があるのではないかと石井氏は考えるようになった。

4. 複雑でも覚えやすい漢字
どんな子でも3歳くらいで母国語を身につけ、幼稚園では先生の話を理解し、自分の考えを伝えることが出来る。この時期に言葉と同時に漢字を学べば海綿が水を吸収するように漢字を習得していく、というのが石井氏の発見だった。

漢字は難しいから上級生にならなければ覚えられないというのは何の根拠もない迷信だったわけである。同時に簡単なものほど覚えやすいというのも誤った思い込みであることが判明した。複雑でも覚える手掛かりがある方が覚えやすい。

たとえば「耳」は実際の耳の形をしたもので、そうと知れば簡単に覚えられる。「みみ」とひらがなで書くと、画数は少ないが何の手掛かりもないのでかえって覚えにくい。石井氏はカルタ大の漢字カードで教える方法を考案した。「机」「椅子」「花瓶」「冷蔵庫」などと漢字でカードに書いて、実物に貼っておく。

すると幼児は必ず「これなあに」と聞いてくる。そこで初めて読み方を教える。ポイントは遊び感覚で幼児の興味を引き出す形で行うこと、そして読み方のみを教え書かせないことである。漢字をまず意味と音を持つ記号として一緒に覚えさすのである。

5. 子どもの能力を伸ばすには
動物や自然など、漢字カードを貼れないものは、絵本を使う。幼児絵本のかな書きの上に漢字を書いた紙を貼ってしまう。そして「鳩」「鴉」「鶏」など、なるべく具体的なものから教えていく。すると、これらの字には「鳥」という共通部分があることに気付く。幼児は「羽があって、嘴(くちばし)があって足が2本ある」のが鳥だな、と理解する。
ここで初めて「鳥」という概念が理解できる。

これが分かると「鶯」や「鷲」など知らない漢字を見ても「鳥」の仲間だなと推理できるようになる。こうして物事を概念化;抽象化する能力が養われる。またたとえば「右」「左」など、抽象的な漢字は「ナ」が「手」、「口」は「くち」、「エ」は「ものさし」と教えてやれば、食べ物を「口」に入れる方の手が「右」、物差しを持つ方の手が「左」とすぐ覚えられる。

小学校低学年の時、右と左の字がそっくりなので、どっちがどっちだかなかなか覚えられなかった記憶があるが、こう教わっていたら瞬時に習得出来ていただろう。

6. 推理力と主体性を伸ばす
また一方的に教え込むのではなく、遊び感覚で漢字の意味を類推させると良い。石井式を実践している幼稚園でこんなことがあった。先生が黒板に「悪魔」と書いて、「誰かこれ読めるかな」と聞いた」。

当然、誰も読めないので、「じゃあ教えてあげようね」と言ったら、子供たちは「先生待って、自分たちで考えるから」。子供たちは相談を始めて、「魔」の字の下の方には「鬼」があるからこれは「鬼」の仲間だ….。
こうしてだんだん詰めていた。この逸話から窺われるのは、第1に幼児にも立派な推理力がある、ということだ。こういう形で漢字の読みや意味を推理させるゲームで子供の論理的な思考能力はどんどん伸びていく。

第2は子供には、自分で考えたい、解決したいという気持ちがあるということである。そういう気持ちを引き出すことで、子供の主体的な学習意欲が高まる。そして自ら考えて理解できたことこそ本当に自分自身のものになるのである。

7. 漢字から広がる世界
石井式の漢字教育と比較してみると、従来のひらがなから教えていく方法がいかに非合理的か、良く見えてくる。たとえば校門には「○○小学校」と書かれていて「しょうがっこう」などいう表記は見当たらない。
「小学校」という漢字熟語を覚えてしまえば、近くの「中学校」のそばを通っても、同じ学校の仲間であることがすぐに分かる。

「小」と「中」の区別が分かれば、自分たちよりやや大きいお兄さん、お姉さんたちが行く学校だなと分かる。こうして子供は漢字を沢山覚えることで、実際の社会の中で自分たちにも理解できる部分がどんどん広がっていくことを実感するだろう。石井氏の2歳の長男も、お父さんが読んでいる本の2つの文字だけでも自分が読み取れたのがとても嬉しかったはずだ。

だから、僕も読めるよと、お父さんに読んであげたのである。このように漢字を学ぶことで外の世界に関する知識と興味とが増していく。本を読んだり辞書を引けるようになれば、その世界はさらに広がっていく。
幼児の時から漢字を学ぶことで、抽象化、概念化する能力、推理力、主体性、読書力が一気に伸びていく。幼児の知能指数が漢字学習で100から130にも伸びたというのも当然であろう。

漢字学習を通じて、多くの言葉を知り、自己表現がスムーズにできるようになると情緒が安定し、感性や情操も豊かに育っていく。石井式を取り入れた幼稚園では「漢字教育を始めて1カ月くらいしたら園児たちの噛みつき癖がなくなりました」という報告がしばしばもたらされるという。子供たちのうちに沸き上がった思いが表現できないと、フラストレーションが溜まって噛みつきという行為に出るが、それを言葉で表現できると心が安定し、落ち着いてくるようだ。

最近の「学級崩壊」「切れやすさ」というのも子供の国語力が落ちて自己表現が出来なくなっていることが一因かも知れない。
2017/12/26(火) 15:26 | URL | にっぽんじん #-[ 編集]
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
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『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』

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私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

ましてや、自分で質問を発したものについて、それぞれお忙しい皆様が、時間を割いて丁寧にご回答くださった者に対し、見下したような論調で応対するならば、それは他のコメントされる皆様、あるいは、それをお読みになる皆様にとって、非常に不愉快極まりないものとなります。

従いまして、謙譲・互譲・感謝、そして学ぶという姿勢のない連続投稿、粘着投稿に類する投稿をされた方については、以後のコメント書き込みを、管理人である私の判断で投稿の禁止措置をとらせていただきますので、あしからずご了承ください。
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