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日本人のやさしさの原点にあるもの

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「さむらい」は、「さむらふ」が変化して名詞になった語で、もともとは自動詞の「さむらふ(侍ふ)」で、候(そうろう)と同じ意味の言葉で、貴人のそばに仕え、伺候することを意味する大和言葉です。
つまり貴人である「臣」に仕えることを「さむらふ」と言ったのです。
貴人である「臣」は、天皇のおほみたからを預かる役目です。


明治時代の敬老会
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画像は単なるイメージで本編とは関係のないものです。)


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2月8日(木)18:30 第23回 百人一首塾
2月18日(日)18:30 第48回 倭塾公開講座
3月10日(土)18:30 第24回 百人一首塾
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3月24日(土)13:30 第49回 倭塾公開講座
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 *****

世界中の国々がほんの近世まで、国の施政者と民衆の関係を、支配者と被支配者の関係(別な言い方をするなら、王様と奴隷、所有者と被所有者の関係など)を「秩序」として構築してきたことは、みなさま御存知の通りです。
つまり世界の歴史において、「秩序」とは、上下関係のことをいいます。
いまだ世界はこの範疇にあり、たとえば「国連秩序」といえば下から順に、敵国→加盟国→安全保障理事国→米国の順番になっています。
この順番を入れ替えようとする者は、「秩序を乱す者」ということになります。

国の中でも同じです。
国には権力機構があり、その権力機構の中にも上下の序列があります。
これが「秩序」で、上に立つ者は、どれだけ下の者から奪おうが、お構いなしだったというのが世界の歴史です。

日本にも秩序があります。
日本は天皇を頂点とし、その下に権力機構があり、そして民衆がいます。
これを「皇臣民」といいます。
その意味では、世界における「秩序」も、日本における秩序も同じです。

ところが日本における秩序には、世界の「秩序」とは違うところがあります。
それは、国家最高位にある天皇が、権力を持たない存在であったということ、そしてすべての民が天皇の「おほみたから」とされたことです。

このことから、まず第一に、日本の歴史を考える上においても、また日本という国家を考えるうえにおいても、日本における秩序を大前提にして考えないと間違えるということがいえます。
そして第二に、日本は天皇のシラス(知らす、Shirasu)国であり、その中にウシハク上下社会を内包しているという、世界の歴史とは異なった日本の国の形を認識しないと、歴史を読み間違えるし、国の秩序を乱すことになるということがいえます。
そして第三に、日本に奴隷はいないということを申し上げたいと思います。





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日本の歴史と日本社会の秩序を考えるとき、国家最高の存在として、天皇の存在を否定してかかると、日本の歴史はまったく見えてこないし、日本社会の秩序を崩壊させるもとになります。
まず歴史が見えてこないという意味では、たとえば昨今の1185年の壇ノ浦の戦いで鎌倉時代が始まったという説などが典型です。

なるほど源氏方は壇ノ浦の戦いで平家に勝利しましたが、その源氏に政権が与えられたのは1192年のことです。
ですから鎌倉時代の始期は1192年が正しい日本的歴史認識になります。
実際、頼朝が開いたのは、鎌倉国でもなければ源氏国でもなく、鎌倉幕府であり、幕府というのは、天皇の部下の将軍の御在所(出先機関)です。

こういうところが、日本に住んで日本国籍を持ち日本語を話し日本人のような顔をした日本人でない人たちにはわからない。
というか、理解できない。
自分たちの単純な、誰が強いか、どっちが上かという低レベルな価値観で日本の高度な歴史を見ようとするから、まるで理解不能になるのです。
これは、ようやくかけ算九九を覚えたばかりの小学生に、高校の代数や連立方程式を説くのと同じです。
戦後の日本がやっかいなのは、いわゆる敗戦利得者となった、その「ようやくかけ算九九を覚えたばかりの小学生」が、大学教授になって言論界や政治、マスコミに介入していることによります。

そしてこのような人たちが、国家社会の上層部にあると、国内のあらゆる秩序が乱れます。
なぜなら、強ければ良い、金がある者が上、権力のある者が上といった単純な図式を無理やり日本にあてはめようとするからです。
日本人というのは、どんな人であっても、「一寸の虫にも五分の魂」という精神を持っています。
誰もが人として尊重される、上も下も関係なく、人としては対等という、これは日本人が歴史の中で培った日本人的美意識です。

このことが、第二の「日本は天皇のシラス(知らす、Shirasu)国であり、その中にウシハク上下社会を内包しているという」ということにつながります。
「一寸の虫にも五分の魂」、「人として対等」であっても、社会を維持するにあたっては、上下関係は必要です。
これを古い大和言葉で「ウシハク」といいます。
世界は、この「ウシハク」しかなかったのですが、日本は、その「ウシハク」を「シラス(知らす、Shirasu)」のなかに内包させたという点が、日本社会の大きな特徴です。

「シラス」によって、民衆は天皇の「おほみたから」となります。
ですからどんな人でも、人として対等な存在です。
なぜなら、すべての民は天皇の「おほみたから」だからです。
「君もたから、私もたから」なのです。
当然、お互いの存在を認め合い、互いを尊重するという姿勢が、日本社会の根幹になります。

ただし、すべての民衆が「おほみたから」といっても、1億の人がいれば、1億通りの考え方があるのです。
これでは国という共同体はまとまりません。
ですから統治のためには、上下関係としての、つまり秩序としての「ウシハク」が必要になります。
要するに、シラスの中にウシハクを内包させた体制、というのが、日本型社会の特徴です。

すべての人が「おほみたから」という概念は、とても素晴らしいものです。
ところがこのことがわからず、日本にも「奴婢と呼ばれる奴隷階層があったではないか」とか、「生口をChinaの皇帝に献上したと史書に書かれているではないか」などという先生方もおいでになります。
そういう人たちは、日本語を知らない人たちと断じさせていただきます。

なぜなら「奴婢」は、音読みすれば「ヌヒ」ですが、この訓読みは「やっことはしため」だからです。
奴が「やっこ」で、婢が「はしため」です。
どちらも貴族などの家に住み込みで働く家人の男女ことです。

もちろん朝廷にも奴婢(やっことはしため)はいましたが、朝廷は、いわば国の行政機構です。
従って、この人たちをいまふうに言うなら、住み込みの、つまり官舎に住んでいる国家公務員です。
果たして国家公務員は、奴隷であり上司の所有物なのでしょうか。
たとえば財務省の公務員は、いつから財務大臣の個人的財産の所有物になったのでしょうか。

歴史用語に出てくる「生口(せいこう)」といえば、魏志倭人伝に、倭王卑弥呼が魏景初2年(239年)に魏明帝へ男生口4人、女生口6人を、後継者の台与(とよ)が248年に生口30人を魏へ献じたという記録があります。
だから「日本にも奴隷がいたのだ」と、あたかも鬼の首でもとったかのように主張されているのですが、文章をよく読んでいただきたいのです。
そこには「献じた」と記されています。
およそ他国との国交を保とうとするときに、役に立たない奴隷の献上などするでしょうか。
むしろ技術団を献上するから喜ばれるのではないでしょうか。
献上するものがなにもなくて、若い女性を献上し続けたどこぞの国と一緒にしてもらいたくないものです。

たいせつなことは、そのような低レベルな次元の話ではなくて、むしろ
「日本型秩序というものはどのように構成されていたのか」
という点にあります。

すべての民衆が天皇の「おほみたから」であるということは、素晴らしいことです。
これによって民衆は権力からの自由を得ることができるのです。
権力者は、民衆は国家最高権威の「たから」をお預かりする立場であって、民衆の私有が認められないのです。
このことが民衆の自由にとってどれだけ大切なことかを、「奴婢や生口は奴隷だ」などと履き違えた議論をする前に、しっかりと認識していただきたいのです。

その上で、もうひとつしっかりと理解しなければならないことがあります。
民がおほみたからであるということは、実に素晴らしい国家観ではありますが、さりとて、それによって、民衆が放縦になってしまっては、国家の運営ができないのです。

正しいこと、間違っていることを明確にし、悪を懲らしめ、みんなで協力しあわなければならないところでは、強制力も必要です。
そのために、我が国で独自に発達したのが、臣下の道としてのウシハクであり、後世には武士道と呼ばれた道です。
一般にウシハクは、主人が部下を私有することを意味しますが、その主人は皇臣民のなかの「臣」にあたります。
従って、その主人は与えられた領国内にいるすべての天皇の「おほみたから」を預かる立場となります。

武士は、この「臣」に仕える者です。
だから「侍(さむらい)」といいます。
「さむらい」は、「さむらふ」が変化して名詞になった語で、もともとは自動詞の「さむらふ(侍ふ)」で、候(そうろう)と同じ意味の言葉で、貴人のそばに仕え、伺候することを意味する大和言葉です。
つまり貴人である「臣」に仕えることを「さむらふ」と言ったのです。

貴人である「臣」は、天皇のおほみたからを預かる役目です。
ですから武士は、これをおたすけし、貴人に代わって民が豊かに安全に安心して暮らせるようにするために、我が身を捧げます。
これが「義」です。

従って武士が義に生きるといえば、それは主君が預かる民が幸せに安全に暮らせるように、命がけで不条理を正し、民が豊かに安心して安全に暮らせるようにしていくことを意味します。
これが日本的「義」の意味になります。
ですから「主君のため」に、「民を守る」のです。

ここが大陸や半島型の「義」と異なる点です。
大陸や半島における「義」は、単に主君の命ずるままに生きることを指します。
従って、極端なことを言えば、主君が「腹が減った、あの家の者の目玉を食いたい」といえば、その家の者の目玉をえぐって主君のもとに持ってくるのが、大陸や半島型の「義」です。

ところが日本型の「義」では、そうはなりません。
主君がそのような乱暴なことを言えば、どこまでも民は「おほみたから」であり、主君はその民を預かっている立場なのですから、これをお諌めし、必要があれば、主君を座敷牢に閉じ込めるのが日本型武士道の「義」となります。
要するに、全然、概念の運用が違うのです。

なぜ違うかの答えは明白です。
日本には天皇がおわすからです。
その天皇は、シラス存在です。
シラス(知らす、Shirasu)というのは、民を代表して、神々と直接つながることを言います。
漢字で書いたら「知」です。
天皇は、民衆を代表して神々のお言葉を聞くお役目ですから、天皇の言葉は神々のお言葉です。
そして民衆が天皇の「おほみたから」であるということは、民は「神々のたから」と規定されるのです。
神様のものを勝手に所有化するなどということは、人にできることではありません。

諸外国と異なるのは、我が国の神々のお声を聞く天皇が、国家最高の存在でありながら、政治権力を持たないことにあります。
これは当然のことで、政治権力を持つということは、同時に政治責任を負うということだからです。
だから政治権力よりも上位に、政治権力を持たない天皇を置いたのが我が国です。

ところが諸外国の場合、この国家最高の存在が、王であれ皇帝であれ、大統領であれ書記長であれ、すべて政治権力者です。
そして近世までは、その国家最高の政治権力者は、政治責任を負わなくて良い存在とされてきました。
こうなると、なんとその国家は、無責任な者に国家最高の権力を与えていることになります。
これがいかにとんでもないことかは、少し考えたら誰の眼にもあきらかであろうと思います。

我が国は、その国家最高権力の上位に、その最高権力者についての人事権を持つ天皇を置いたのです。
これこそが、人の世で実現しうる、最高の統治形態であるということができると思います。

そしてその天皇のもとに、すべての民を「おほみたから」とする。
ただし、その秩序維持のために、明確に上下関係を持つ機構を内在させた、それが近世では武士であり、中世では官位であり、その下に仕える「さむらふ者」たちであったわけです。

このことがもたらす意味は、単に国家体制というにとどまりません。
民間人同士の関係においても、互いが「おほみたから」なのですから、お互いを尊重し合うという気風が自然と熟成されます。
これが日本人の和とやさしさを育んできたのです。

日本人のやさしさの原点にあるもの。
それはつまるところ、天皇そのものの御存在なのです。

お読みいただき、ありがとうございました。

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20160810 目からウロコの日本の歴史


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日本語の不思議
先日ユーチューブ動画で興味深い動画を見ました。
「虫の声」を聴けるのは「日本人」とポリネシア人」だけだそうです。
キューバの学界に参加した日本人学者の体験から研究を始めたようです。

学会での講演を聞きながら、外から聞こえてくる「虫の声」に気付き、そのことを隣の人(外国人)に聞くと、怪訝な顔をするだけで「虫の声」は聞こえていないようだったと言います。

その体験から研究をした結果、「虫の声」を聴く「脳」が日本人と外国人とは異なっていることがわかったそうです。

外国人は「右脳」で聴くが日本人は「左脳」で聴くそうです。「右脳」の感情思考に対して「左脳」は言語など論理的思考を支配しています。言語脳で聴くから日本人は「虫の声」がわかるようです。「右脳」で聴くと「雑音」として捉えるようです。

何故そうなるかは「日本語」が原因だそうです。日本人であっても外国語を母国語として育てば「右脳」で聴くようになり、外国人であっても「日本語」を母国語として育てば「左脳」で聴くようになるそうです。

日本人の感性が外国人と異なっているのは「日本語」という不思議な言語のお陰かも知れません。
2018/01/22(月) 16:23 | URL | にっぽんじん #-[ 編集]
No title
 日本の国柄や国民性の素晴らしさを解説して頂き感謝申し上げます。 その理由や原因については、四方を海に囲まれているため侵略されることがあまりなかった。アフリカで生まれた人類がアジア大陸の東端まで移動し、さらに海上を渡り日本列島まで来るには協調性が欠かせなかった。いろいろな説がありますが人類の良好な性質を残しているというわけです。竹内久美子さんによると(産経2017.12.25)生物にはネオテニーという性質があり(子供の性質を残しつつ性的に成熟する)日本人にはこれが特に強く起きているという。従って日本人は、心がまっすぐで優しい、発想が柔軟、技術力や理系の能力が高い。お人好しで脇が甘い。・・・人類最強の性質を持ち合わせていると言っています。
2018/01/22(月) 10:49 | URL | 古格 #-[ 編集]
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
最新刊
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』

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口座番号 0083820
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【問い合わせ先】
お問い合わせはメールでお願いします。
nezu3344@gmail.com

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最低3週間程度の余裕をもって、以下のアドレスからメールでお申し込みください。
テーマは、ご自由に設定いただいて結構です。
講演時間は90分が基準ですが、会場のご都合に合わせます。
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<ご参考>
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私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

ましてや、自分で質問を発したものについて、それぞれお忙しい皆様が、時間を割いて丁寧にご回答くださった者に対し、見下したような論調で応対するならば、それは他のコメントされる皆様、あるいは、それをお読みになる皆様にとって、非常に不愉快極まりないものとなります。

従いまして、謙譲・互譲・感謝、そして学ぶという姿勢のない連続投稿、粘着投稿に類する投稿をされた方については、以後のコメント書き込みを、管理人である私の判断で投稿の禁止措置をとらせていただきますので、あしからずご了承ください。
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