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先人たちが目指した日本の姿。それは私達の国が常に「よろこびあふれる楽しい国(=豈国)」であり続けることです。


商家の形、国の形

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日本国自体も家、
その中にあるお大名から商家、庄屋さんにいたるまで、すべて家。
互いにみんなが家族となって
互いに慈しみあい、
励ましあい、
助け合って、
国や家々を発展させてきました。
それが八紘一宇(はっこういちう)です。


20180305 今上陛下
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 *****

時代劇に出てくるような日本の商家。
ご存知のように
店主がいて、
番頭さんがいて、
手代(てだい)さんがいて、
丁稚(でっち)とよばれる少年たちがいます。
けれどそのような体制がとれるのは、
ある程度の大店(おおだな)の話です。

小さな、いまでいう中小零細の商家では、
「家」というカタチでした。
どのようなものかというと、
店主が「親方」。
先輩社員が「兄貴分」。
その中のリーダー的存在が「若頭」、
それ以外の若者たち・・・いまでいう平社員たちは、
仕事の出来不出来によって順位がつけられていて、
これらがまとまって「若衆」と呼ばれます。
入店後、まもなくてまだ後輩のいない社員は「新入り」です。

「なんだかヤクザの世界みたい」と思われた方。
そうなのです。
実は普通の商家においても、組織形態は同じでした。



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やくざ屋さんの何々一家にしても、
薬売りの◯◯屋さんにしても、
店主を実の親と同じ存在に見立てて親方と呼び、
社員みんなをその「家族」に見立てていたわけです。

どうしてそうなるのか。
答えは簡単です。
日本は初代神武天皇が大和の国の橿原(かしはら)に都を定めたときから、
「六合(くにのうち)を兼ねて、
 もって都を開き、
 八紘(あめのした)をおおいて
 宇(いえ)と為(せ)んこと、
 またよからずや」
という国なのです。

だから天下、つまり日本国自体も家、
その中にあるお大名から商家、庄屋さんにいたるまで、すべて家。
互いにみんなが家族となって
互いに慈しみあい、
励ましあい、
助け合って、
国や家々を発展させてきました。
それが八紘一宇(はっこういちう)です。

戦後の学者さんたちや、ジャーナリストの人たちは、
こぞってこれを
「日本が海外侵略を正当化するための標語だった」
と決めつけました。

けれどそのようなことは、
権力が民間人を平気で虐殺したり奪ったり蹂躙してきた
ChinaやKorea系の人たちから言われるようなことではないし、
同様に植民地支配を繰り広げてきた欧米の人たちからも
言われたくもないし、彼らに言う資格もないことです。

ChinaやKorea贔屓の日本の一部の学者さんたちにしても、
「心が歪めば、
 まっすぐなものが
 歪んで見える」
という人の持つ悲しさしか感じられません。

さて、商店は、どこもそうですけれど、
最初に起業した時点では、
店主ひとりの活躍がものをいいます。

それは行商だったり、
ものつくりであったり、
物品やサービスの販売だったり
請負だったりしますが、
最初の頃は、
生産活動から、営業活動、帳簿処理にいたるまで、
全てを店主自らが行います。

お店がすこし大きくなると、店員が雇われます。
規模の小さいうちはその店員も、
妻子であったりしますが、
だんだんお店が大きくなると、
他人を雇うようになります。

その雇った他人を、
家族のいち員として迎え入れるから、
店主は「親の肩代わり」ですから「おやかた」です。
先輩も「あにさん」となります。
そして肉親としての兄弟は、長男、次男、三男、四男と、生まれた年に従って順番があります。
ですから、店員も、同様にその順番が付けられます。

ときおり、長男、次男よりも、四男坊がとびきりの才能をもった人だったりすることもあります。
けれど、基本的にこの兄弟の順番は変わりません。
ただ、役割や責任の範囲が異なって来るというカタチがとられました。

そしてお店がさらに大きくなると
実は今日の最大のテーマがここなのですが
兄弟分の順番とは別に、
番頭、手代、丁稚といった
組織上の役割が振られます。

番頭は、店主に代わって店を切り盛りする、いわば総責任者です。
人事、総務、経理財務、営業、管理、監査等、
お店の経営活動の一切を切り盛りします。
つまり、
いまの会社でいえば、社長です。

「あれ?!
 番頭さんが社長さんなら、
 店主はどうなっちゃうの?」
という、ここが日本型経営のおもしろいところです。

番頭さんも、手代さんも、丁稚君も、
全部が店主によって雇われた者たちです。
そしてお店も、店主のものです。
けれど店主は、
君臨するけれど、統治をしません。
統治の一切を番頭さんに委ねるのです。

このことを店員さんの側から見ると、
店員さん達は、
統治権をふるう番頭さんの私有物ではない、
ということになります。
自分たちの雇用主は店主であって、番頭さんではない。
明確な線が引かれることになります。
店員さん達の地位は
店主に保障されているのですから、
店員さんたちは、番頭さんや手代さんの奴隷ではありません。

商家という組織内にあって、
番頭さん、手代さん等には、
もちろんそれぞれの役割と、
それに応じた責任があります。
けれどその全員が家族です。
家族に奴隷はいません。
家族は全員が、人として対等な尊厳が認められています。

このことを、
西洋生まれの株式会社などと比較してみると、
その違いは鮮明です。
株式会社は、資本家が株主です。
その株主が、
優秀な社長を雇って商売をやらせ、
その利益を株主が不労所得として
吸い上げるという仕組みです。

株主に雇われた社長にとって、
社員はいわば「手駒(てごま)」です。
あくまで手駒として社員を利用するだけです。
社長は、株主に利益を還元するためだけに存在し、
その利益をあげるために社員を利用するだけだからです。

ですから利用価値がなければクビにします。
家族でも身内でもなんでもないのです。
利用価値のない社員を手元においていたら、それだけ会社の業績が悪化する。
悪化すれば、社長は株主から自分のクビを斬られるのです。

その意味で株式会社は、
「利益を上げることに特化した組織」
ということができます。
問題になるのは、
株主にどれだけの配当を出せるかだけであり、
社員の人を育てるとか、
人材を育てるという発想さえも、
それは利益をあげて配当金を伸ばすための
手段でしかありません。

ですから欧米では、
言うことを聞かない社員は、即、その場で首を斬ります。
上司はボスであり、
ボスの命令に背く者は、
その瞬間に存在価値を失うからです。

一方、社員の側は、
そうそう簡単に首を斬られては
生活に困ってしまいますから、
集団で団結し、組合を作ってハチマキを巻き、
経営側と対峙します。
さらに裁判に訴えて、
国家権力によって不当を糾そうとまでします。
考えてみると、
実にやっかいなことをしているわけです。

ところが不思議なことに、
こうした利益をあげるために特化した体制を持つ企業で、
五百年、千年と続いた企業はありません。
いつのまにか倒産して、
この世から消えています。

逆に、長く持っている企業は、
たとえばロスチャイルド家のように、
これは日本型経営と同じように、
「家」を単位としています。
日本と、実は同じ体勢をとっている。

ロスチャイルド家などを引き合いにだすと、
すぐに陰謀説を思い浮かべる人もあるようですが、
実は、欧米で百年、二百年と続く企業は、
日本型の「商家」と同じ仕組みを持った
組織であるという点は、
実におもしろいことに思えます。

古くからある日本型経営では、
店の全てはぜんぶ店主のものだけれど、
店主は店の切り盛りをしません。
実際の経営は、
店主によって任命された番頭さんが行いますが、
なぜ番頭さんにそれができるかというと、
番頭さんの権限が
店主によって認証されているからです。
つまり店主の権威によって、
番頭さんは権限を得ています。

その番頭さんは、
たとえば気に入らない店員がいたとしても、
そうそう簡単に、その店員の首をきることはできません。
なぜならその店員に、
「番頭さん、
 オレはあんたに雇われているわけじゃないんだよ」
と言われれば、番頭さんは二の句が継げないからです。

番頭さんが首を斬ろうとするならば、
店主をはじめ、周囲のみんなに、
充分にそれを納得させなければなりません。
そして周囲を納得させうるだけの
人格と実績がなければなりません。

また、店員さんたちは、もちろん番頭さんの言うことを聞いて、目先の利益をあげることにも努力するけれど、店主によってその地位を保障されていることから、目先の利益や、いまの役割をまっとうすることだけでなく、お店の将来、あるいは自分の将来にとって役立つ勉強をかさね、いつかは番頭さんのような立派な人になろうと努力していきます。
そしてそうやって努力を重ねた者が、次の番頭さんになるわけです。

実は、こうした仕組みは、
日本という国家においても同じです。
というよりも、
日本が生んだ国の形を、
知らず知らずのうちに、
商家においても模倣されていたということです。

世界中、どこの国においても、民衆は私有民です。
私有しているのが豪族や王たちです。
私有民と書くと聞こえはいいですが、
上に立つ豪族や王が民衆の生殺与奪の権を持っているのですから、
奴隷と同じです。
動産でしかありません。

ところが日本には天皇がおいでになります。
豪族たちの権力は、
天皇の権威によって付与されています。
そして豪族たちが支配する民衆は、
天皇の「おほみたから」です。

このことが意味していること。
それは、日本における民衆は、
豪族たちの私有民(動産)ではない、
ということです。

日々の生活においては、
豪族や大名たちの支配の中で
民衆は生活しています。
けれど民衆の立場は、
豪族や大名などの私有民ではなく、
天皇の「おほみたから」です。

つまり日本では、
天皇という存在によって、
民衆が豪族や大名といった
権力者の私民とならずにこれたという
世界的に見ても、実に希有な国であったのです。

このことのありがたみは、
日本の国から
天皇の存在をないものと考えたらすぐにわかります。
天皇の存在がなくなった瞬間に、
民衆は、権力の隷民となります。

繰り返しますが、
私有民というのは、ただの動産です。
たとえ人間に生まれても、
ただの動産として扱われるというこは、
個々の人間性さえも失わせてしまいます。
だから何が何でも上に立とうとするし、
上に立てば下の者たちを使役して
自己の贅沢を図ろうとします。
そして不思議なことに、
贅沢ができる身分になることが
幸せを手に入れることのように錯覚します。

これは錯覚です。
先の大戦当時、自動車に乗れたのは、
ごく一握りの大金持ちだけでした。
けれどいまでは、
普通の主婦が、自動車を乗り回しています。
しかも、その自動車の性能や設備は、
大戦当時の高級車よりもはるかに整ったものです。

このことが意味していることは、
贅沢な身分というのは、
しょせんは、相対的な価値観でしかないということです。
人より良い生活であること、
人より良い物を持っていること、
人よりお金があること、
そういった相対的なものにしか
価値を見出せないでいます。

だから中身のない人は、
金ピカに自分を飾り立てようとします。
良い家に住んで、良い車に乗って、
良い着物を着て、高価な宝石を身に着けます。
それが成功の証という人もいます。

けれど少し考えたら明らかですが、
幸せとか、充実感とか、
健康とか、愛情とか、友情とか、
魂を鍛えることとかといった、
人として本当にたいせつなことには、
物ではありません。

誰もがその幸せを目指して
生きていくことができるようにと、
私たちの祖先は、我が国において
天皇が民衆を「おほみたから」とする、
という素晴らしい国の形を残してくれました。

日本人は天皇をありがたがる、といいます。
それは実は当然のことです。
天皇という存在があるからこそ、
私たち民衆は、
権力者の私有民や動産や奴隷とならずに済んでいるからです。

そしてその天皇は、初代神武天皇が、民衆も含めて、みんなが家族の一員だと規程してくださっているわけです。
だからこそ、ありがたい。
だからこそ、感謝する。
そういう国柄が、そもそもの日本の姿です。

そしてそういう、権威と権力を切り離すという、実に単純明快な方法によって、日本には古来、奴隷という存在を持たない国を形成してきた、それが日本です。

現行の日本国憲法は天皇について、
「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」(第一条)としています。
けれど、これは言葉が違います。
天皇は、
「日本国最高の権威であり、
 日本国民統合の象徴」
が本来の姿に近い表現です。
そしてこれは大日本帝国憲法にある
「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス(第一条)」
と同じ意味です。

反日思想の人たちは、
ことさらに天皇を否定しようとします。
なぜでしょう。
私には、彼らは
「肩書きや地位で権力を欲しいままにしたがる、
 きわめてさもしい性根の人たち」
だからです。

一部の人たちだけが王侯貴族のような優雅な生活をし、
他の多くの人々は、貧困のうちに置かれる。
そういう社会が民衆にとって幸せな社会なのでしょうか。
答えはあまりにも明確であると思います。

※この記事は2013年3月の記事のリニューアルです。

お読みいただき、ありがとうございました。

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20160810 目からウロコの日本の歴史


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コメント
No title
日和歌さんへ

「君臨すれども統治せず」(Rex regnat et non gubernat)とは、ポーランド=リトアニア共和国の政治体制を指す言葉で、16世紀の宰相ヤン・ザモイスキという貴族が国王に政治権力を持たせないという意味で言ったものです。

ポーランド=リトアニアは16~17世紀のヨーロッパでオスマン帝国に次ぐ巨大国家で、ポーランド王国とリトアニア大公国の複合君主制国。形式上国王がおりましたが、権力は貴族階級(シュラフタ)が握っており、政治的決定はセイムと呼ばれる(立法府)で行われたので、ジェチュポスポリタ(共和国)と呼ばれました。
2018/03/27(火) 17:20 | URL | ずっちゃ #-[ 編集]
矛盾した言葉
コメントメモ

見かける度に書いているのですが、皆さまは「君臨すれども統治せず」と言う言葉に違和感を覚えたことはありませんか?
手持ちの辞書やネット検索でも、必ず「君臨」には「統治する」という意味が含まれているのです。
「君臨すれども統治せず」は明らかに矛盾した言葉です。
これをよくよく考えてみたときに、この言葉の発祥から答えが見えました。
ご存知かと思いますが、この言葉の発祥はイギリスです。この言葉が生まれた原因は当時のイギリス国王にドイツのハノーヴァー選帝侯ジョージ1世を迎えたことにあります。ジョージ1世は高齢なこともあり英語を話すことができなかったとのこと。そのため国王として統治することはなく、専ら議会による統治が行われていた、つまりはジョージ1世は置物も同然だったということです。
この「君臨すれども統治せず」という言葉は、その状態を皮肉った言葉であるのです。イギリス人らしい皮肉っぷりだと思います。国王として君臨もしてないと、ジョージ1世の国王としての権威も権力も否定するのが「君臨すれども統治せず」という言葉と理解しています。
では、日本ではどうでしょう。
歴代の天皇は明らかに君臨しています。いつだって日本の中心は天皇であったし、日本の権威であり続けた。日本の正統憲法たる帝国憲法においても統治権の総攬者であると明示されています。
これを「君臨すれども統治せず」などと表現するのは不敬というものです。
南出喜久治先生の言葉を借りれば「統治すれども親裁せず」ということですが、統治してても細々したことまでわざわざ親裁せず、委任した者に任せると言うと、とてもしっくりくる表現だと思います。

あと、随所に見られるユダヤ贔屓というか、ユダヤ擁護というか、ロスチャイルドが日本型経営ですか。
イギリスポンド、アメリカドルの発行権を握る銀行屋の一角で、世界中の富を吸い上げてる輩ですよね。あれだけ富を収奪してれば長く続くってもんですよ。
その経営形態が、家を単位としてても、三方よしとする日本型経営とは似て非なるものだと思います。
2018/03/26(月) 15:06 | URL | 日和歌 #-[ 編集]
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
最新刊
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』

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議論というものは、すくなくともこのブログのコメント欄が、国政や地方自治、あるいは組織内の意思決定の場でなく、自由な意見交換の場であるという趣旨からすると、互いに互譲の精神を持ち、相手を尊敬する姿勢、ならびに互いに学びあうという姿勢が肝要であると存じます。

私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

ましてや、自分で質問を発したものについて、それぞれお忙しい皆様が、時間を割いて丁寧にご回答くださった者に対し、見下したような論調で応対するならば、それは他のコメントされる皆様、あるいは、それをお読みになる皆様にとって、非常に不愉快極まりないものとなります。

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