アクセスランキング
FC2ブログ

先人たちが目指した日本の姿。それは私達の国が常に「よろこびあふれる楽しい国(=豈国)」であり続けることです。


国会議事堂が完成までに17年もかかった理由とは

動画で學ぶ◇倭塾・百人一首塾動画配信サービス
週一の特別講座◇ねずさんのメールマガジン
◇最新刊『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』好評発売中
20180501 表紙完成2のコピー

いまの国会議事堂は、完成までに17年近くもかかった建物です。
なぜそんなに長くかかったのかというと、予算の配分を周囲のKoreaや台湾、満洲、樺太を優先したからです。
まわりを優先し、自分のことは後回しにしたのです。


人気ブログランキング ←いつも応援クリックをありがとうございます。

20180601 国会議事堂
(画像はクリックすると、お借りした当該画像の元ページに飛ぶようにしています。
画像は単なるイメージで本編とは関係のないものです。)


【お知らせ】
<東京・倭塾、百人一首塾他>
6月9日(土)18:30 百人一首塾第27回
6月10日(日)13:30 チャンネルAJER 古事記に学ぶ日本型経営学/戦いの時を古事記に学ぶ
6月30日(土)13:30 倭塾・東京 第52回
7月14日(土)18:00 倭塾・東京 第53回
7月28日(土)18:00 百人一首塾 第28回
8月15日(水)ねずさんと靖国昇殿参拝
<関西・倭塾>
8月10日(金)19:00 倭塾・関西 第一回 (IK歴史勉強会 十七条憲法と創生の神々)
9月9日(日)14:00 倭塾・関西 第二回 (IK歴史勉強会 イザナギ・イザナミと古代の朝鮮半島情勢)
10月19日(金)19:00 倭塾・関西 第三回 (IK歴史勉強会 大航海時代と大国主)
11月11日(日)14:00 倭塾・関西 第四回 (IK歴史勉強会 唐の皇帝と日本の天皇)
12月8日(土)14:00 倭塾・関西 第五回 (IK歴史勉強会 稲作の歴史と古墳のお話)


国会議事堂の建設が始まったのは大正9年(1920)1月30日です。
完成は昭和11年(1936)11月7日です。
着工から完成までに、なんと16年11ヶ月という、ありえないほどの長い期間がかかりました。
どうして、そんなに長い年月がかかったのでしょうか。
また国会議事堂が出来上がるまでは、国会はどこで開催されていたのでしょうか。

明治天皇から国会開設の詔(みことのり)が発せられたのが、明治14年(1881)10月のことです。
最初の議会(第一回帝国議会)は、明治23年(1890)11月29日に開催されています。
つまり国会議事堂ができあがるよりも46年も前から、国会が開催されていたわけです。

第一回の帝国議会は、いま経済産業省があるあたり(千代田区霞が関一丁目)で行われました。
そこに木造の「第一次仮議事堂」が建てられ、開催されました。
どうして「仮議事堂」という名前になっているかというと、もともと明治20年(1887)4月の閣議で、いまの国会議事堂がある千代田区永田町一丁目に、正式な国会議事堂が建てられることが決まっていたからです。

第一次国会(仮)議事堂(明治23年)
第一次国会(仮)議事堂(明治23年)


ところが本格的な、諸外国に恥ずかしくない立派な国会議事堂を建てようとすると、たいへんなお金がかかります。
なにせまだ西南戦争が終わって、たった3年しか経っていなかった頃のことです。
資金繰りに苦しい明治政府は、やむなく霞ヶ関に「仮」の議事堂を建設することにしたのです。

それでもこの「仮議事堂」建設には、わざわざドイツから建築家アドルフ・ステヒミューラーを招いて、それなりに立派な建物にしたのですが、第一回帝国議会の会期中の明治24年(1891)1月20日、漏電によって出火し、あえなく全焼してしまいました。


ねずさんの最新刊!


20180326 イシキカイカク大学



それでどうしたのかというと貴族院(現・参議院)をいまの帝国ホテル(当時は鹿鳴館)で、永田町にあった御用邸の雲州屋敷で衆議院をそれぞれ開催しています。

第一回帝国議会は、3月に閉会するのですが、次の第二回帝国議会は、同じ歳の11月に招集です。
そこで昼夜兼行の突貫工事で、わずか7ヶ月で焼け跡に二度目の木造国会「仮」議事堂が再建されました。
この二度目の「仮議事堂」で、明治24年の第二回から、明治27年春の第六回特別国会までが開催されたのですが、この年の7月には日清戦争が勃発しています。

この戦争の遂行にあたり、天皇の御在所となる大本営が(より戦場に近い)広島に移されました。
これは当時、第5師団と軍港である宇品港が広島にあったこと、当時の山陽本線の西の端が広島駅であったことによります。

陛下の御在所が広島に移ったのです。
ですから国会も広島に移ってきました。
国会議事堂は、いまの広島市中区基町の「リーガロイヤルホテル」のあたりに建てられました。
当時は、いまの広島球場から中央図書館、ひろしま美術館、平和記念公園、そごう、リーガロイヤルホテルのあたり一帯が練兵場として、広大な広場だったのです。

広島に置かれた国会「仮」議事堂
広島臨時仮議事堂


広島での帝国議会は、第7回臨時国会だけです。
次の第八回通常国会(明治27年12月〜翌年3月)は、もとの東京にある国会「仮」議事堂での開催となりました。

国会議事堂が「仮」庁舎ではなく、ちゃんとした議事堂にしようという話は、その間もずっと続くのですが、これがようやく実現する運びとなったのが大正8年(1919)9月、つまり国会の開催が決まってから38年経ってからでした。
翌大正9(1920)年1月30日に、現永田町の国会議事堂建設予定地で、ようやく地鎮祭が開催されています。

この大正9年というのは、国際連盟が結成された年です。
日本は世界の強国として、国際連盟発足時の安全保障理事国でした。
いいかえれば、それだけの世界の大国でありながら、国会議事堂がいつまでも「仮庁舎」のままでは、あまりにもみっともない、ということになったのです。

ところが建設は始まったものの、なかなか完成に至らない。
このことは、それまでの仮議事堂が、わずか数ヶ月で建設されていることと比べたら、完成までに17年弱というのは、あまりにも異常です。

なぜこのように建設工事が遅れたかというと、当時の日本は、Koreaや台湾、満州、樺太に立派な建物の総督府を作ったり、学校を建設したり、道路や橋を架けたり、日本が統治をすることになった周辺の外地のインフラの整備に、毎年莫大な予算を計上していたからです。

たとえばKorea総督府の建物は、昭和元年(1926)の完成ですが、大理石で作られた、実に立派で堅牢な建物でした。
ハルピンや大連や奉天や、ソウルなど、大陸の様々なターミナル駅は、いまでもそのまま使われているくらい、立派な駅庁舎です。
日本は、新しく日本となった地域や、日本の同盟国となった地域の都市インフラを優先し、自国のことは最後の最後の後回しにしていたのです。

その結果、日本の国権の最高機関である国会議事堂は、完成までに17年もかかってしまったのです。
自分のことよりも、周囲のことに気を使う。
日本ならではことではないかと思います。

どこぞの国は、「ウリたちは日本に植民地支配された」と言い張りますが、もし日本がウシハク植民地支配者であったなら、Koreaや満州のインフラ整備などは後回しとなったことでしょう。
なにより自国の権威の発露として、自国の総理府や国会議事堂の建設完成を優先します。
世界中どこの国でも、それが常識です。

しかし日本は違ったのです。
まわりを優先し、自分のことは後回しにしたのです。

そういえば、徳川幕府も、幕府の権威の象徴である江戸城天守閣が焼け落ちたあと、天守閣を再建しませんでした。
幕府の権威よりも、民衆の繁栄を第一にしたからです。

個人的なことを申せば、親父は自営の建設業者でしたが、自宅を新築した際、木造の建物だったのですが、完成までにまる4年もかかりました。
立派な建物だからではありません。
請け負った工事への人夫さんたちの手配を優先したためです。

ですから骨組みのままの状態で長く野ざらしにされていた家屋は、完成したとき柱などが風雨にさらされて真っ黒になっていました。
当時中学生だった私は、住む前に、まる三日がかりで柱や廊下磨きをさせられました。
昔の人は、外の仕事をなにより優先し、常に自分のことは後回しだったのです。
いまとはだいぶ価値観が違うように思います。

ここから先は雑談になります。

どこかの国はそんな日本からの恩義も忘れ、反日を国是にしています。
日本に迷惑をかけられからなのだそうです。

常々思うのですが、どんなに恩をかけてあげても、どんなに良くしてあげたとしても、まったく感謝の心を持たない、そういう心をどこかに置き忘れてきてしまっている人はいるものです。
そしてそういう人にかかわりを持つこと自体が、そのひとにとっての不徳です。
そういう人を相手にすること自体が間違いなのです。
どうしてもお付き合いしなければならならい場合でも、あくまで相手はそういう人物であると割りきり、相手がアコギに出るならば、そのときにすぐに報復できるように備えてから付き合わないと、結果、嫌な思いを(必ず)することになります。

そのようや嫌な奴であっても、千にひとつくらいは良い所があるものです。
だからといって甘い顔をしたら、相手は図に乗るのです。
人も国も同じです。
なによりもまず、かかわらないこと。
どうしてもかかわらなければならないときは、報復の手段を担保した上で、最小限に付き合いを留めること。
これは当然のことです。

考え方が違うのです。
保守系の人たちは、日本はKorea半島に、たいへん「良くしてあげたのだ」と言います。
私もそのように思います。
けれど、当時の日本が、彼らにたいへんな迷惑をかけたのも事実です。

それが何かといえば、彼らは日本が統治するようになるまで、家屋内にはトイレがなく、脱糞は路上で行うのが常識であり習慣でした。
ですから老若男女を問わず、朝になれば誰もが家から出てきて、公開の路上で悠々と黄金を垂れていたわけです。

日本が統治するようになってから、Korea総督府は、何度となく彼らに「路上脱糞禁止令」を発しました。
衛生のために、脱糞は家屋内で行うように、という趣旨です。
けれど彼らは困ったのです。
家の中にトイレはない。外では禁止。
けれど出物腫れ物ところ嫌わずです。

やむなく彼らは家の中に穴を掘り、そこでするようになりました。
ところが、日本と違って、下肥を回収する制度がないのです。
穴は一定期間経過したらいっぱいになります。
ですから、彼らは、いっぱいになると、上から土をかぶせ、家屋内の別な場所にまた穴を掘り、そこでしました。
こうして何年か経つと、床下は有機物の塊になりました。
すると、良い具合に地熱が出るようになり、これがオンドル(温床)となりました。

彼らはそのオンドルに壺を埋め、そこで漬物をつくりました。
地熱があるから、ちょうど良い具合に漬物ができるのです。
けれど、雨が降ると、雨水が壺にはいります。
気がつけば壺の中には、立派な回虫が泳いでいる。
彼らはそれを殺すために、唐辛子を大量に漬物の中に入れるようになりました。
こうして生まれたのが、キムチです。
ですからキムチはいまでも、塩辛などの有機物が入っているほうが美味しいとされています。

彼らはキムチを古くからある伝統料理といいますが、そもそも白菜が畑で栽培されるようになったのが、日本でいう大正年間、つまり日本が統治していた頃のことです。

そういう意味では、彼らの誇るキムチが生まれたことも、彼らの習慣から路上脱糞がなくなったのも、日本が関連しています。
しかし、それが彼らにとって幸せなことであったのかどうかは、また別な問題です。

路上での脱糞を、不衛生でみっともないことと思うのは、日本人の文化が清潔を尊ぶからです。
また古い昔から、資源再生のために糞を肥溜めで発酵させて肥料にする技術や、その回収業を発達させてきたからです。

けれど彼には、そんな回収制度はないし、もともと濊族です。
清潔な暮らしに興味がない。
それよりも路上青空脱糞が、きっと爽快だったのでしょう。
日本は彼らの路上脱糞を禁止などもせず、彼らの好きにやらせておいてあげればよかったのです。
なぜならそれが彼らの国の歴史伝統に基づく文化だからです。

余計なことをしたから、彼らの文化を破壊したと言われるのです。
ほっとけばいいのです。
また、入国や日本人のような名前を名乗ること(通名)も、させて上げる必要など、そもそもどこにもないのです。
関わらない。関わらせない。関わる隙を与えない。
それしかないのだと思います。

※この記事は2015年5月の記事のリニューアルです。

お読みいただき、ありがとうございました。

人気ブログランキング
↑ ↑
応援クリックありがとうございます。

講演や動画、記事などで有償で活用される場合は、
メールでお申し出ください。

nezu3344@gmail.com

▽最新刊・好評予約受付中▽
  

日本の志を育む学問の力 ~昌平坂学問所~




関連記事

コメント
No title
こんにちは!
今日も拝読させていただきました。ありがとうございます。
シェア・リブログさせていただきました。
2018/06/02(土) 12:43 | URL | 岡 義雄 #-[ 編集]
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
*引用・転載について
ブログ、SNS、ツイッター、動画や印刷物作成など、多数に公開するに際しては、必ず、当ブログからの転載であること、および記事のURLを付してくださいますようお願いします。
ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
最新刊
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』

AdSense
カレンダー
11 | 2018/12 | 01
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
最新記事
最新コメント
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

リンク
このブログをリンクに追加する
リンク2
AdSense
カテゴリ
月別アーカイブ
AdSense
解析
スポンサードリンク
ねずさん(小名木善行)著書
↓最新刊↓


↓好評発売中↓








ねずさんメルマガ
ご購読は↓コチラ↓から
ねずブロメルマガ
ご寄付について
ねずブロはみなさまのご支援で成り立っています。よろしかったらカンパにご協力ください。
【ゆうちょ銀行】
記号番号 00220-4-83820
【他金融機関から】
銀行名 ゆうちょ銀行
支店名 〇二九(店番029)
種目  当座預金
口座番号 0083820
口座名義 小名木善行
【問い合わせ先】
お問い合わせはメールでお願いします。
nezu3344@gmail.com

講演のご依頼について
最低3週間程度の余裕をもって、以下のアドレスからメールでお申し込みください。
テーマは、ご自由に設定いただいて結構です。
講演時間は90分が基準ですが、会場のご都合に合わせます。
E-mail nezu3344@gmail.com

講演テーマ
<ご参考>
古事記に学ぶ経営学
古事記に学ぶ日本の心
百人一首に学ぶ日本の心
女流歌人の素晴らしさ
日本人の誇り
その他ご相談に応じます。
検索フォーム
AdSense
関連サイト
祝日には国旗掲揚を!
御国旗セット
¥2,190

大型御国旗セット
[ステンレス製3mポール付き]
¥4,800

御国旗伸縮ポールセット【大サイズ】
¥3,000

御国旗セット L
[ マンション設置用 Lタイプ テトロン 国旗 ]

台灣民政府
台湾民政府
サンフランシスコ講和条約で、日本は台湾に関して処分権は連合国に提供しましたが、領土の割譲は行っていません。条約以降、連合国も日本も台湾の処分先を決めていません。つまり台湾はいまも日本であり、台湾にいる1500万人の戦前からいる台湾人は、日本国籍を有する日本人です。私は台湾民政府を支持します。
お薦め書籍1

日中戦争-戦争を望んだ中国 望まなかった日本


江戸の自治制


幻の黄金時代


ドキュメント自衛隊と東日本大震災

AdSense
コメントをくださる皆様へ
基本的にご意見は尊重し、削除も最低限にとどめますが、コメントは互いに尊敬と互譲の心をもってお願いします。汚い言葉遣いや他の人を揶揄するようなコメント、並びに他人への誹謗中傷にあたるコメントは、削除しますのであしからず。
最新トラックバック
AdSense
コメントをくださる皆様へのお願い
いつもたくさんのコメントをいただき、ありがとうございます。
ほんとうに皆様のコメントが、とっても嬉しく、かつありがたく拝読させていただいています。

議論というものは、すくなくともこのブログのコメント欄が、国政や地方自治、あるいは組織内の意思決定の場でなく、自由な意見交換の場であるという趣旨からすると、互いに互譲の精神を持ち、相手を尊敬する姿勢、ならびに互いに学びあうという姿勢が肝要であると存じます。

私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

ましてや、自分で質問を発したものについて、それぞれお忙しい皆様が、時間を割いて丁寧にご回答くださった者に対し、見下したような論調で応対するならば、それは他のコメントされる皆様、あるいは、それをお読みになる皆様にとって、非常に不愉快極まりないものとなります。

従いまして、謙譲・互譲・感謝、そして学ぶという姿勢のない連続投稿、粘着投稿に類する投稿をされた方については、以後のコメント書き込みを、管理人である私の判断で投稿の禁止措置をとらせていただきますので、あしからずご了承ください。
エディタ・コミュニティ
edita.jp【エディタ】
amazon
通州事件の真実
通州事件を実際に体験された女性の手記です。
クリックするとテキストファイルが開きます。
https://docs.google.com/file/d/0B9Dh1-gISO9CZERHN2oxempSeEk/edit
ねずブロの拡散・転載について
当ブログの日本の心を伝えるための適法かつ前向きな拡散はおおいに歓迎です。 ただし適法な引用でないと、著作権侵害で処罰されることがありますのでご注意ください。
RSSリンクの表示
FC2ブックマーク

PING送信プラス by SEO対策

QRコード
QRコード
スポンサードリンク