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先人たちが目指した日本の姿。それは私達の国が常に「よろこびあふれる楽しい国(=豈国)」であり続けることです。


牡丹燈籠から歴史について考えてみると

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◇最新刊『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』好評発売中
20180501 表紙完成2のコピー

ややこしい時代に生まれてきたものですが、後世に、あの時代の日本人たちがいたからこそ、我が国はいまこうして世界に誇る国となり、ほんとうの意味での民衆が輝く世界の構築ができたのだ、と言われるようにしていくことが、戦後という、不思議な時代を生きることになった私達の勤めであるように思います。

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20180704 牡丹灯籠 月岡芳年
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画像は単なるイメージで本編とは関係のないものです。)


【お知らせ】
<東京・倭塾、百人一首塾他>
7月14日(土)18:00 倭塾・東京 第53回
7月28日(土)18:00 百人一首塾 第28回
8月15日(水)ねずさんと靖国昇殿参拝
8月26日(日)14:00 チャンネルAJER主催・誰も言わないねずさんの世界一誇れる国日本
9月15日(土)18:30 百人一首塾 第29回
9月23日(日)13:30 第54回 倭塾・東京 第54回
<関西・倭塾>
8月10日(金)19:00 倭塾・関西 第一回 (IK歴史勉強会 十七条憲法と創生の神々)
9月9日(日)14:00 倭塾・関西 第二回 (IK歴史勉強会 イザナギ・イザナミと古代の朝鮮半島情勢)
10月19日(金)19:00 倭塾・関西 第三回 (IK歴史勉強会 大航海時代と大国主)
11月9日(金)19:00 倭塾・関西 第四回 (IK歴史勉強会 唐の皇帝と日本の天皇)
12月8日(土)14:00 倭塾・関西 第五回 (IK歴史勉強会 稲作の歴史と古墳のお話)
11月の倭塾関西の日程が11月11日(日)から、11月9日(金)19時に変更になっていますのでご注意ください。


梅雨が早々に終わったと思ったら、猛暑というより酷暑。
あんまり暑いので、以前にご紹介した怪談をひとつ。
けっこう有名なお話かもです。

江戸時代の中頃のこと、江戸の湯島天神のあたりに荻原新助(おぎわらしんすけ)という男が住んでいました。
ちょいといいオトコなのですが、内気で読書好き。
あまり外に出かけません。

7月も半ばを過ぎた、ある暑い日のこと。
しんと静まりかえった真夜中に、新助が行燈の灯りを頼りに読書にふけっていますと、遠くの方から下駄の音がカランコロンと響いてきました。

「誰か来たのだろか」
と、すこしばかり気になって表の路地に出てみますと、年の頃なら二十歳前後の美しい娘さんが、十歳あまりの幼い女の子に小さな灯篭(とうろう)を持たせて、向こうの方から歩いてきます。
それがあんまりにも美しい娘さんだったことから、新助はおもわず、天女でも舞い降りたのだろうかと、声をかけてしまいます。

新「こんな夜更けにいかがなされました?」
女「所用の帰り道でございます。
  でも先ほどから
  夜路は恐ろしくてなりません。
  この子も疲れ、休むところもなく、
  難儀をしているところでございます。」
新「それはよろしくありませんね。
  我が家で少しお休みなされてはいかが。
  冷たい水くらいしかございませぬが、
  遠慮はいりませぬ。ささ、どうぞ」


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新助が、優しげで生真面目そうな男だったことで女性も安心したのでしょう。
一間に土間があるだけの小さな家です。
窓も全部開けはなしてあります。
「それではすこしだけ」と女性は新助の家に入りました。

見れば、四畳半の狭い部屋に、小さく本を広げ、いくつかの和歌などが書いてある。
女「和歌(うた)を読まれるのでございますか?」
新「あはは。下手の横好きというやつで。
  お恥ずかしい限りです」

すると女は新助が書きかけていた上の句に、見事な下の句をさらさらっと詠みました。
「ほほう」と言って、
「では、これなど」と新助が上の句を詠むと、女性はすぐに見事な下の句を継ぎます。

こういうことは、気の合う誰かと一緒にやったら楽しいものです。
しかも相手の女性は美しいだけでなく教養もある。
なんと素晴らしいひとときか。
女性のほうも、さぞかし楽しかったのか、二人はすっかりうちとけて、気がつくと東の空がほんのりと明るくなってきました。

女「人目もありますので、今日はこれで」
女性はいそいそと帰って行きました。

それからというもの、女性は日が暮れると必ず新助をたずねてきました。
新助も女性がやって来るのが楽しみで仕方ない。

こうして二十日あまりが過ぎました。
新助の家の隣は、ひとり暮らしのお爺さんです。
このところ、毎夜、明け方近くまで、新助の家から女性の声がする。
「どうにもうるさくて寝られない。ただでさえ蒸し暑いのに」
というわけで、ひとこと文句を言ってやろうと、爺さんは新助の家を訪ねました。

障子はあけっぴろげです。
狭くて一間しかない家の中は、外からも丸見えです。
見上げたその部屋の中には・・・・。
なんと新助が、白いガイコツと向かい合って座っていました。
新助が何やら語ると、ガイコツがうなづく。

「ひぇっ!、バ、バケモノ」
お爺さんは、腰を抜かして、自分の家に逃げ帰りました。
翌日、お爺さんは、新助を訪ねました。

爺「そなたのところへ、夜ごとに女の客が来ているが、あれは一体何者じゃ」
新「お露(つゆ)さんと申すおなごにございます。
  それはそれは教養のある女性で、
  ゆくゆくは妻にめとろうかと思っている相手でございます」
爺「実はの、昨夜、そなたの家に行ったのじゃ」
お爺さんは、昨夜見たままを新助に話します。
新「ま、まさか・・・」
爺「まさかではない。
  死んで幽霊となってさまよい歩く者と、
  あのように付きおうていたら、
  精(せい)を吸い尽くされて
  悪い病気にむしばまれますぞ」
新「私はいったいどのようにしたら良いのでしょう」
爺「その女子は、どこから来たと言っていたかの?」
新「はい、万寿寺(まんじゅじ)のそばに住んでいると申されておりました」
爺「ならば、いまから行って探してみようではありませぬか。」

二人は連れ立って万寿寺に向かいました。
寺に着くと、境内の墓所に、死者のなきがらをおさめた、たまや(→たましいをまつるお堂)がひとつ目にとまりました。
古びた、たまやです。

よくみるとそこに「飯島平左衛門の娘お露」と書いてありました。
棺のわきには、子供くらいの大きさの人形が掛けてあります。
そして隣には、毎夜、女が手にしていた牡丹(ぼたん)の花をあしらった灯篭が架けてありました。

新「間違いなくこの行燈にございます。
  それに隣の人形の髪型と着物、
  まさに毎夜、ウチに来る伴の娘です。」

怖くなった新助は、爺と二人で、万寿寺の良石和尚に会い、事情を話しました。
新「私はどうしたらよいのでしょうか。」
和尚「間違いなく貴殿は、
   化け物に精を吸い取られておられますな。
   あと十日もしたら、命もなくなりましょう」

和尚は新助に、魔除けのお札と、金無垢の観音如来を渡しました。
「この観音像を部屋に置き、
 入口にお札を張るのじゃ。
 よいな。
 金輪際、おなごに会ってはなりませぬぞ」

その日の夜、新助が一生懸命一心不乱にお経を読んでいると、いつものように女の下駄の音がカランコロンと近づいてきました。

新助は、よせばいいのに経を唱えながら蚊帳(かや)を出て、そっと戸の節穴から表を覗(のぞ)き見ました。
そこには、いつもの通り牡丹の花の灯籠を下げた少女が先に立ち、女が後ろに立っています。
髪は文金の高髷(たかまげ)に結い上げ、秋草色に染めた振袖に、燃えるような緋縮緬(ひちりめん)の長襦袢姿です。
その美しさたるや、言葉に尽くせない。
彼女がまさか幽霊だなんて。新助の恋心も激しく燃え上がります。

しかし四方八方に御札が貼ってあります。
幽霊は中に入ることができません。

女「あれほどまで今宵もまた
  お会いすると約束をしたのに、
  今夜に限り戸締りをするとは情けなや。
  男の心と秋の空、
  変り果てたる新助様の
  お心が情けない」

そういうと、女は振袖を顔に当てて、さめざめと泣きだしました。
新助の目には、その姿が美しくもあり、哀しくもあり。
新助は、何も云わず、ただ口の中で、経を唱え続けました。

明け方近くまで、表で泣いていた女は、夜明け前には去っていきました。
そして翌日からはバッタリと姿を見せなくなりました。

それから、五十日ほど経ったある日。
新助は寺へ出かけて、和尚に今日まで無事のお礼を申し上げました。
その帰りしなです。
途中の酒屋にはいり、それまで禁じていた酒をひとりで飲み始めました。

飲めば飲むほど、彼女が恋しい。
店が閉店の時間となりました。
新助は、酔った足で、ふたたび寺に向かいました。
寺に着くと、あの女が現れました。

女「毎晩、お会いしましょうと、
  あれほど固くお約束をしましたのに、
  あなたさまのお気持ちが変わってしまい、
  本当にさみしゅうございました。
  でも、あなたさまは来てくだされた。
  お目にかかれて、
  本当にうれしゅうございます。
  さあ、どうぞこちらへ」
新「そなたにつらい思いをさせるとは、
  まことにすまないことをしました。
  もはやそなたが何者でも構いません。
  これからは二度と離れまい」
女「うれしい」
新助は、女に手を取られて、そのまま奥の院に入って行きました。

翌日・・・。
寺の小僧が墓所の掃除をしていると、そこには棺に引き込まれて、白骨の上へ重なるようにして死んでいる新助の姿がありました。

ほどなくして、江戸の町には、新助と若い女が、牡丹の花の灯籠を持った娘とともに夜の街をさまよう姿が見られるようになりました。
見た者は、重い病気にかかるとうわさが立ったとか。

 *

すでにお気付きの方もおいでになろうかと思いますが、「怪談・牡丹灯篭」です。
原作はものすごく長いので、かなりアレンジしてご紹介させていただきました。
アレンジしすぎてて、コワクナイ!!
いやはや、どーもすいません。

文中の新助は、原作では萩原新三郎という武士として登場することもあります。
この場合は、娘は旗本飯島平左衛門の娘、お露(つゆ)になります。

「四谷怪談」や「番町皿屋敷」と並び、日本三大怪談といわれている「牡丹灯篭」ですが、この物語は、もともとはChinaから伝えられた物語で、江戸中期に翻訳されて我が国に紹介されました。
明治の初めごろ、三遊亭圓朝が落語でこれをやって大人気となり、その口述筆記されたものが新聞に連載されて、抜群の知名度となったものです。

三遊亭圓朝の語った牡丹灯篭は、実際には、上に書いたものなどとは比べ物にならない、複雑で厚みのあるお話で、お露の父親が、まだ22歳の若侍だったころの刃傷沙汰・・・これがまた実にかっこいい・・・からはじまって、複雑に人間関係がからまって、新三郎に恋したお露が、恋煩いで死んでしまう。
お露の家に住み込みで働く小者が、実はお露の父に殺された男で・・・と、実に日本的な複雑な人間関係が重なりあう、見事な怪談になっています。

当時の文章というのは、文語体で書くのが常識だったのですが、新聞連載の「牡丹灯篭」は、二葉亭四迷が口語体(口述体)で連載、さらに小説本となって出版され、その読みやすさが一般大衆に受けて、実はこれが口語体で日本語の文章が書かれるようになる発端になっています。

つまり現代人の私達が、文章を口語体で書くのは、なんと夏の怪談『牡丹燈籠』がきっかけとなっていたわけです。

ついでにもうひとつ申し上げますと、日本の幽霊は、実は江戸初期までは、ちゃんと足があったのですが、江戸中期に絵師の円山応挙(まるやまおうきょ)が「足のない幽霊」を描いたことで、幽霊に足がなくなりました。
ところが明治時代に、この牡丹燈籠で、ふたたび幽霊に足がはえるようになりました。
なにせ「お露」が下駄をはいて、カランコロンと夜道をやってくるのです。
足がなければ下駄も履けない。

そしてこの『牡丹燈籠』の下駄の音のカランコロンが、戦後水木しげるの「ゲゲゲの鬼太郎」に採用されて、
♪カランコロン カランカランコロン
 カランコロン カランカランコロン
 おばけのポストに手紙を入れりゃ
 どこかで鬼太郎の下駄の音~♪
と、いまも多くの人々に親しまれる鬼太郎のテーマソングになっています。

ちなみに水木しげるは、ラバウルの陸戦隊の生き残りで、当時ラバウルには10万の日本兵がいましたが、陸軍大将今村均氏の英断で、ほぼ全員が生きて日本に生還することができました。
いかえれば、今村均がいなかったら、ゲゲゲの鬼太郎も誕生しなかったわけです。

その水木しげるは、日本海軍の誇るラッキー駆逐艦「雪風」で日本本土に復員しています。
「雪風」の物語も、実にすごいお話なので、お時間のある方は、是非ご一読ください。
≪参考:駆逐艦「雪風」の幸運≫
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-884.html

三遊亭圓朝がいて、牡丹灯篭の物語がヒットして、二葉亭四迷が口語体の小説にして、いまの私たちの口語体の文章がある。
今村均氏がいて、ラッキー駆逐艦の「雪風」が水木しげるさんを日本に無事に帰還させ、ゲゲゲの鬼太郎がいる。

いま平和でいる日本という国は、忽然とこの世に登場したわけではありません。
いまの平和も自由も、私たちの先人達のさまざまないとなみの中から生まれたものです。

逆にいえば、いまの私達のいとなみが、未来の日本の基盤になります。
子や孫のために、よりよい日本を残す。
そのために私達に残された時間は、寿命が尽きるまで、ほんのわずかです。

・・・とまあ、このように書くと、何やら牡丹燈籠と我が国の口語体の歴史がなんとはなしに、ストンと落ちるわけですが、もちろん、普通に書く文章が文語体から口語体へと変化した理由は、決して上にあげた事柄だけではありません。
ただ、人間というのは、バラバラの事実を暗記するのは苦手なもので、そこにストーリーを加えると、なるほどとストンと落ちて、いろいろな出来事を理解しやすくなります。

過去の時代に起きた事実は、実に様々です。
たとえば、鎌倉時代には頼朝による武家政権ができましたが、この時代にはまだ貴族の荘園も生きていましたし、お寺の荘園もほぼ治外法権の様相となっていました。
ですから天皇を頂点とする、という点は、同じなのですが、その下にある権力機構は、貴族の荘園については朝廷が、お寺の荘園についてはお寺が、新田の開墾地については武家が、それぞれ権力を持っていました。

つまり、鎌倉の武家政権は、武士という新田の開墾百姓たちのボス政権でしかないともいえるわけで、そうすると、鎌倉時代というのは、朝廷と寺社の他に、単に鎌倉に新田の開墾百姓たちの大名主が現れただけ、つまりいま風に言うなら、鎌倉に本部のある新党が結成されたというだけの話で、政権与党は相変わらず京都貴族朝廷党にあった、という見方もできるわけです。

そうであれば、鎌倉時代は、Chinaの三国志の魏蜀呉ならぬ貴族・寺社・武家の三党時代であったともいえるわけで、これが武家によって貴族の荘園が乗っ取られて、国内のほとんどの貴族の土地が武家の管理下に置かれるようになるのは戦国時代初期の応仁の乱のあたりの時代になります。
それでもまだこの時代には、お寺さんは加賀で自治行政を始めたりする武闘派勢力で、そのお寺さんの武力を抑えて武家が完全に国内の政権機構として確立されるのは、織田信長以降の話です。

けれど、このように歴史を記述していくと、非常にややこしい。
そこで、単純明快に、平安時代(貴族政権の時代)→鎌倉時代(武家政権の時代)というように区分して、歴史をわかりやすく記述しているわけです。

つまり歴史は、過去のさまざまな事実を、できる限り合理的にわかりやすく説明する、ひとつの技法だ、ということになります。
だからこそ、その説明を悪用して、日本が悪者だったとか、歴史を歪める馬鹿者政府も登場するわけです。

どの映画とは言いませんが、ある邦画である有名俳優が、おじいさん役のセリフで、
「日本人なんてのは何の能力もないんだよ。
 戦後の焼け野原から日本を復興させたのは
 全部Koreanの力だ。
 歌手だって、歌のうまい有名歌手は全部Koreanだろ?」
というものがありました。
日本人の歌のうまい歌手をあらゆる手口で足を引っ張り、歌番組までつくってKorea流歌手をゴリ押ししておいて、自分たちの民族のほうが優れているのだ、というその思考自体が、根本から間違っているのですが、彼らにしてみれば、どっちが上かしかないわけですから、そういう思考になるわけです。
斜めの人からみたら、まっすぐなものが斜めに見える。

そしてその国では、なんと朝鮮戦争は日本と戦った戦争だと学校で教えているわけです。
そうしないと、国家の成立の嘘が、全部バレてしまう。
そのような教育を受けて育つ若者達は哀れなものですが、日本においても、ありもしない慰安婦などを教科書に記述している教科書もあるくらいですから、ヨソのことはいえません。

だからこそ正しい歴史を、と私達日本人は希望するのですが、何が正しくて何が間違っているかの判断のモノサシが、自分たちが利益を得られること、上位になれることが正しいという考え方をする人達も、世の中にはいるわけです。
私達日本人が、そうではない。
事実に基づいて正しい歴史を、というのは、私達が、歪みや嘘を嫌うという文化を持つ国柄の中にあるからで、その思考は、実は神話に基づいています。
だから、神話が否定される。

なんともややこしい時代に生まれてきたものですが、後世に、あの時代の日本人たちがいたからこそ、我が国はいまこうして世界に誇る国となり、ほんとうの意味での民衆が輝く世界の構築ができたのだ、と言われるようにしていくことが、戦後という、不思議な時代を生きることになった私達の勤めであるように思います。

※この記事は2010年7月の記事のリニューアルです。

お読みいただき、ありがとうございました。

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コメント
水木茂さん
子供の頃、貸本屋で「墓場の鬼太郎」を読み、
後に、テレビの時代にはゲゲゲの鬼太郎のアニメを見ていました。
あの主題歌「カランコロン」が牡丹灯籠からきているとは思いませんでしたし、
幽霊に足がある話では、思わず笑ってしまいました。

最近新しいバージョンの鬼太郎アニメが再開されているようで、息の長い番組です。どこか私たち日本人の深層に響くのかもしれません。
水木さんといえば、南太平洋の部隊が壊滅した後の体験をもとに、
「敗走記」のマンガを描き上げる頃、街の喫茶店で戦死したはずの上官に再会する話が印象的でした。
人は肉体が死んでも魂魄は残る。今年の夏も靖国にお参りします。
2018/07/05(木) 15:56 | URL | Kaminari #-[ 編集]
国会開設と『怪談牡丹灯籠』
『怪談牡丹灯籠』(明治17年、東京稗史出版社)は若林玵蔵、酒井昇造という若い速記記者が人形町末弘亭における三遊亭圓朝の噺を書き取った文を刊行したものです。彼らは、国会開設の詔(明治14年)が出た翌年、将来の速記者需要を見込んで田鎖綱紀が開いた日本傍聴筆記法講習会の受講者で、速記の効用を宣伝するためにもと、圓朝の講談を速記するという出版社からの依頼を引き受けたのでした。

東京稗史出版社は一席を一回として毎週土曜日に合計15編の和綴じ本を発行。表紙裏には速記符号が掲載されていました。これが爆発的に売れたため、講談落語を書き起こした速記本が相次いで刊行され、新聞には速記記事が載るようになります。

二葉亭四迷も坪内逍遥に薦められて『怪談牡丹灯籠』の文体を参考にしたのであって、『怪談牡丹灯籠』そのものを手掛けたわけではありません。
2018/07/05(木) 15:56 | URL | 笑福亭ルカク #-[ 編集]
参照・引用のご報告、並びにご了解お願い
はじめまして。「愛国画報」なるブログを綴るyohkanと申します。

昨4日、拙ブログにて福田元総理の南京訪問を取り上げた際、ネット検索で見つけた2013年12月13日付貴ブログエントリの一部を参照及び引用させて頂きました。

予め事前連絡致すべきところ、事後となりましたことお詫び方々、本件ご報告申し上げます。ご了解を賜れば幸甚です。

尚、勝手ながら、文中にて貴ブログならびにご著作の紹介、リンク添付を致しましたが、ご迷惑な点、修正あるいは削除すべき箇所等ございましたら、折り返しご教示ください。ご指摘に従い、直ちに措置致します。

不躾なお願いで恐縮ながら、よろしくお願い申し上げます。
2018/07/05(木) 15:15 | URL | yohkan #-[ 編集]
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
最新刊
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』

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ほんとうに皆様のコメントが、とっても嬉しく、かつありがたく拝読させていただいています。

議論というものは、すくなくともこのブログのコメント欄が、国政や地方自治、あるいは組織内の意思決定の場でなく、自由な意見交換の場であるという趣旨からすると、互いに互譲の精神を持ち、相手を尊敬する姿勢、ならびに互いに学びあうという姿勢が肝要であると存じます。

私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

ましてや、自分で質問を発したものについて、それぞれお忙しい皆様が、時間を割いて丁寧にご回答くださった者に対し、見下したような論調で応対するならば、それは他のコメントされる皆様、あるいは、それをお読みになる皆様にとって、非常に不愉快極まりないものとなります。

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