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先人たちが目指した日本の姿。それは私達の国が常に「よろこびあふれる楽しい国(=豈国)」であり続けることです。


米国黒人社会と日本のお話

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ある日のこと、デュボイスは東京の帝国ホテルのフロントで勘定を払っていました。
そこにいかにも典型的な米国白人女性が、さも当然であるかのように彼の前に割り込んできました。
ところが帝国ホテルのフロント係は、女性の方を見向きもせず、デュボイスへの対応を続けました。
デュボイスの勘定が終わったとき、フロント係はデュボイスに深々とお辞儀をすると、その厚かましいアメリカ女性の方を向きました。


William Edward Burghardt Du Bois
20180905 William Edward Burghardt Du Bois
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画像は単なるイメージで本編とは関係のないものです。)


【お知らせ】
<東京・倭塾、百人一首塾他>
9月15日(土)18:30 百人一首塾 第29回
9月23日(日)13:30 第54回 倭塾・東京 第54回
東京の倭塾・百人一首塾は10月から会場がタワーホール船堀に変更になります。
10月8日(月)13:30 第55回 倭塾 研修室 1330-160
10月27日(土)18:00 第30回 百人一首塾 407会議室
11月13日(火)18:00 第31回 百人一首塾 307会議室
11月25日(日)18:00 第56回 倭塾 研修室
12月6日(木)18:00 第32回 百人一首塾 301会議室
12月24日(月)13:30 第57回 倭塾 研修室
<関西・倭塾>
8月10日(金)19:00 倭塾・関西 第一回 (IK歴史勉強会 十七条憲法と創生の神々)
9月9日(日)14:00 倭塾・関西 第二回 (IK歴史勉強会 イザナギ・イザナミと古代の朝鮮半島情勢)
10月19日(金)19:00 倭塾・関西 第三回 (IK歴史勉強会 大航海時代と大国主)
11月9日(金)19:00 倭塾・関西 第四回 (IK歴史勉強会 唐の皇帝と日本の天皇)
12月8日(土)14:00 倭塾・関西 第五回 (IK歴史勉強会 稲作の歴史と古墳のお話)
<国内研修>
12月16日(日)~17日(月) 一泊二日 神話を体感する会
11月の倭塾関西の日程が11月11日(日)から、11月9日(金)19時に変更になっていますのでご注意ください。


米国人の「W・E・B・デュボイス(William Edward Burghardt Du Bois)」は、1868年にマサチューセッツ州で生まれ、1963年に亡くなった人です。
米国黒人として初の博士号をハーバード大学で取得しています。
そして米国黒人の公民権運動指導者であり、ブラック・ナショナリズムの先駆者であり、全米黒人地位向上協会の創立者ともなった人です。

彼は昭和11年(1936)に、満洲で1週間、Chinaに10日、日本に2週間滞在しました。
そしてそのときの体験を「ピッツバーグ・クリア」紙に、
『忘れがたい経験』と題してコラムの連載をしています。
その中に次のようなお話があります。

ある日のこと、デュボイスは東京の帝国ホテルのフロントで勘定を払っていました。
そこにいかにも典型的な米国白人女性が、さも当然であるかのように彼の前に割り込んできました。
ところが帝国ホテルのフロント係は、女性の方を見向きもせず、デュボイスへの対応を続けました。
デュボイスの勘定が終わったとき、フロント係はデュボイスに深々とお辞儀をすると、その厚かましいアメリカ女性の方を向きました。

フロント係の毅然とした態度に、デュボイスは、これまでの白人支配の世界とは違った、新しい世界の幕開けを予感しました。
「母国アメリカでは
 けっして歓迎されることのない一個人を、
 日本人は心から歓び迎え入れてくれた。
 日本人は我々1200万人の米国黒人が、
 同じ有色人種であり、
 同じ苦しみを味わい、
 同じ運命を背負っていることを、
 心から理解してくれているのだ」


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このコラムの中でデュボイスは、日本人とChineseの違いも記述しています。
それは上海での出来事でした。
デュボイスの目の前で4歳くらいの白人の子供が、3人のChineseの大人に向かって、その場をどくように言いました。
するとChineseたちは、大人なのにみな、慌てて道を開けました。

「これはまさに
 米国南部の光景と
 同じではないか」

デュボイスは語ります。
「上海・・・
 この世界一大きな国の
 世界一立派な都市は、
 なぜか白人によって
 支配され統治されている。
 しかし日本は、
 有色人種による、
 有色人種のための国である。」

大東亜戦争が始まると、米黒人社会の世論は割れました。
「人種問題はひとまず置いて母国のために戦おう」
「勝利に貢献して公民権を勝ち取ろう」
という意見もあれば、
「黒人を差別する米国のために
 戦うなんて馬鹿げている」
という意見に割れたのです。

デュボイスはどうしたのでしょうか。
彼は「大東亜戦争は人種戦争である」として次のように語りました。
「米国が日本人の権利を認めてさえいれば、
 戦争は起こらなかった。」
そして米国の白人の情報操作によって、米国の黒人たちまでが日本人を
「イエロー・バスタード(黄色い嫌な奴)」
「イエロー・モンキー(黄色い猿)」
「リトル・イエロー・デビル(小さな黄色い悪魔)」
などと形容することに危険を感じていました。

米国政府は、日本兵のことを「残虐な未開人」と印象操作しました。
これに対しデュボイスは「ピッツバーグ・クリア」紙で次のように語っています。
「ビスマルク沖海戦で米軍は
 多数の日本の艦船を沈めた後、
 波間に漂っていた多くの日本兵を
 マシンガンで皆殺しにした」

「本土爆撃では
 わざわざ人の多く住んでいる場所を選んで、
 大人から赤ん坊まで無差別に殺した」

「広島と長崎に原爆が落とされた時、
 何万という人間が一瞬にして殺された。
 これを残忍と言わずして、
 何を残忍と言うのであろうか」

「軍隊の中で
 差別に苦しめられていた黒人兵が
 白人のために、
 同じ有色人種である日本人と
 戦わなければならない理由は、
 なにもない」

「ある白人指揮官は、
 黒人部隊の95%は
 戦う気力がまったくない、
 と判断を下している。
 黒人兵の間では、
 やりきれない気持ちが。

 次のようなジョークがある。
 『墓石にはこう刻んでくれ。
  白人を守ろうと、
  黄色人種と戦って
  命を落とした黒人
  ここに眠る』と。」

デュボイスは大戦中、日系移民が米国の市民権を持っていても強制収容所に入れられたことについて、
「米黒人社会は非常に大きな衝撃を受けた」と書いています。
理由は、
第一に日系アメリカ人だけが収容され、ドイツ系もイタリア系も収容されなかったのは、あきらかに人種偏見のせいであるといえること。
第二にアメリカの市民権を持っている日系人さえもが強制収容されるなら、黒人にも同じ事が起こる可能性があること。

そして彼は、11万5千人もの日系人が、一度にアメリカ人としての自由を奪われるのを、われわれ黒人は黙って見過ごすというのかと述べ、ロサンゼルス・トリビューン紙のコラムニストとともに、全米黒人向上協会に呼びかけて次の決議文を提出しています。
「我々は、
 人種や肌の色によって
 差別され、
 米国人としての
 当然の権利を
 侵害されることに
 断固として
 反対していかなければならない」

大東亜戦争終戦の後、黒人社会は収容所から解放されて戻ってきた日系人を歓迎し、温かく迎えました。
彼らは日系人のために仕事を探したり、教会に招いたりしてくれました。

第一次世界大戦が終結した1919年、パリで講和会議が行われました。
このパリ講和会議は、第一次大戦の惨禍を再び繰り返すことがないために「国際連盟」を創設しようという会議でもありました。
このとき米国の黒人たちが最大の注目したのが日本でした。

日本は、国際連盟規約に「人種平等の原則」を入れるという提案を掲げて講和会議に参加したのです。
日本の全権使節団は、パリに向かう途中、ニューヨークに立ち寄りました。
このとき「ボストン・ガーディアン」紙の編集長モンロー・トロッターなど、黒人社会の指導者4人が、
「世界中のあらゆる人種差別と偏見をなくすことに尽力してほしい」
という嘆願書を日本の使節団に渡しています。
米国のウィルソン大統領が講和会議の議長役をするというのに、それをさしおいて、わざわざ日本の使節団に嘆願をしたのです。

「我々(米国)黒人は、
 講和会議の席上で、
 人種問題”について
 激しい議論を戦わせている日本に、
 最大の敬意を払うものである」
これは全米黒人新聞協会が発表したコメントです。

こうした一連の動きを見れば、人種差別に苦しむアメリカ黒人社会が、
「有色人種でありながら世界の大国の仲間入りした日本」
に、人種平等への旗手としての期待を濃厚に持っていたことがわかります。

パリ講和会議で、日本の「人種差別撤廃法案」は16カ国中、11カ国の賛成票を得ました。
けれども議長であった米国大統領ウィルソンの
「全会一致でない」
という詭弁によって退けられました。
全米の黒人たちは自国の政府の措置に怒って、このとき全米で数万人の負傷者を出すほどの、大規模な暴動を続発させています。

そもそもアメリカの黒人社会が、日本に期待をかけるようになったのは、日露戦争の時からでした。
白人の大国に、有色人種の小国が独立をかけて、果敢な戦いを挑んで勝利したのです。
デュボイスが日本を支持したのも、日本が白人による有色人種支配から解放してくれるもっとも高い可能性を持った国と思ったことによります。

「日本が勝てば、
 やがてアジア人のためのアジアを
 声高に叫ぶ日が来るだろう。
 それは自分たち黒人の
 母なる大地であるアフリカに
 同じような声がこだまする
 前兆となる」
と考えたのです。
そしてその考えは、全米黒人教会の意思にもなりました。

黒人紙「インディアナポリス・フリーマン」は次のような社説を掲載しました。
「東洋のリングで、
 茶色い男たちのパンチが
 白人を打ちのめし続けている。
 事実ロシアは
 繰り返し何度も、
 日本人にこっぴどくやられて、
 セコンドはいまにも
 タオルを投げ入れようとしている。
 有色人種がこの試合をものにするのは、
 もう時間の問題だ。
 長く続いた白人優位の神話が、
 ついにいま
 突き崩されようとしている」

そして日露戦争は、
「有色人種は白人に決して勝つことができない」
という、白人優位神話を、完全に覆(くつがえ)しました。

当時、ロサンゼルスの日系病院では、医師のうち二人が黒人でした。
このことについて「カリフォルニア・イーグルス紙」は次のように述べました。
「ほとんどの病院が
 黒人に固く戸を閉ざしている昨今、
 日系人の病院が
 どの人種にも、
 門戸を開放していることは
 本当に喜ばしい限りである。
 同じ人種の医師に
 診てもらうことができる安心を
 患者は得ることができるのだから。」

1923年の関東大震災が起きたとき、ある黒人が「シカゴ・ディフェンダー紙」に
「アメリカの有色人種、
 つまりわれわれ黒人こそが、
 同じ有色人種の日本人を
 救えるのではないか」
と投稿しました。

これを受けて同紙はすぐに日本人救済キャンペーンを始めています。
「我々は貧しい。
 しかしいまお金を出さなくて
 いつ出すというのか。」

同紙の熱心な呼びかけは、多くの黒人の間に浸透し、万国黒人地位改善協会は、同じ有色人種の友人である天皇に深い同情を表す電報を送り、また日本に多額の寄付を送りました。

「シカゴ・ディフェンダー紙」のコラムニスト、A・L・ジャクソンは、長い間白人たちの専売特許だった科学や商業、工業、軍事において飛躍的な発展を遂げようとしていた日本が、震災で大きな打撃を受けたことによって
「黒人もまた精神的な打撃を受けた」
と書いています。
なぜなら日本人は、
「それまでの白人優位の神話を崩した生き証人」
だったからです。

1936年、イタリアがエチオピアに侵攻しました。
米国の黒人たちは、アフリカ唯一の黒人独立国を「最後の砦」として支援しようとしました。
米国政府の消極的な姿勢に比べて、日本が国際連盟以上に「エチオピア支援」を訴えていました。
このことに米国の黒人たちが反応したのです。

「シカゴ・ディフェンダー紙」は、日本の宇垣一成大将が、
「イタリアとエチオピアの争いでは、
 日本は中立になるわけにはいかない」
「エチオピアの同胞を助けるためには、
 いつでも何千という日本人が
 アフリカに飛んでいくだろう」
と明言したことを伝えています。

また「ピッツバーグ・クリア紙」は、エチオピアに特派員を送りました。
そしてエチオピア兵が日本でパイロット訓練を受けたこと、
戦闘機の提供まで日本が示唆していたことを特ダネとして報じています。

さらに何より黒人たちを感動させたのは、エチオピアのハイレ・セラシェ皇帝の甥、アライア・アババ皇太子と日本の皇族・黒田雅子女史の結婚の計画でした。
実現には至らなかったものの、当時の日本がエチオピアとの同盟関係に関心を寄せていた、大きな証拠となりました。
「シカゴ・ディフェンダー紙」は、
「海を越えた二人の恋は、
 ムッソリーニによって
 引き裂かれた」と報じました。

『20世紀の日本人-アメリカ黒人の日本人観』の著者であるレジナルド・カーニー博士(黒人史専攻)は次のように日本人に呼びかけています。
「歴史上、
 日本人が持ち得た
 もっとも親しい友人、
 それが米黒人だった。
 (中略)
 この本を読んでいただければ、
 日本の政治家や知識人たちが
 黒人を差別する発言を繰り返したときに、
 なぜ黒人があれほどまでに怒り悲しんだかを、
 心から理解してもらえるはずである。」

第一次世界大戦後のパリ講和会議での日本の「人種差別撤廃法案」の提出は、当時の白人社会にとって、とてつもなく大きな爆弾でした。
当時の欧米の資本家や貴族たち大金持ちは、人種差別と植民地政策によって巨富を得ていたのです。
しかもその経済基盤は、彼ら欧米諸国の貴族や資本家たちにとって、500年続いた既得権益でした。
「人種差別がなくなり、植民地を失う」ということは、彼らがその永遠とも思える既得権益の経済基盤を失うことを意味します。

国の政治を動かしている政治家たちを支援していたのは、そうした植民地に経済基盤を置く欧米の貴族や資本家たちです。
従って人種差別撤廃を主張する日本は、貴族や資本家、政治家たち三巴(みつどもえ)の共通の敵となりました。
世界は正義で動いているのではないのです。
利害で動いている。
このような次第から、何が何でも日本を封じ込めることが、欧米諸国の国家意思となりました。

一方日本はというと、なにも日本の国際的地位向上や、日本が日本の植民地が欲しくて人種差別撤廃を主張したのではありません。
もしそうなら、植民地の撤廃を日本が主張する必要もありません。
日本は、貧しい国、衛生面で問題のある国、法的整備が遅れている国、学校のない国の人々も、同じ人間であり、神々の大切な「たから」であると、ごく自然に考え、行動していたにすぎません。
このことは、昔もいまもまったく変わらない。

いまでも日本人は、普通に若者たちが、発展途上国にわざわざでかけていって、援助し、協力し、互いの発展を願って活動しています。
日本人は、実は何も変わっていないのです。
驕ることなく、謙虚に互いの発展を願うという、日本人の中に普通にあるそうしたやさしさは、戦前も戦後も、なにひとつかわっていません。

明治天皇の御製にある、
「四方の海はみなはらから」という言葉を知らなくても、いまの若者たちは、やはりかつての日本人と同じように、ひとりでも多くの人々の、よろこびあふれる楽しい人生の実現のために、自分なりに何かできることをと模索し、行動しているのです。

日本は3年半を戦い、国土を焼土にしました。
しかしそのことによって、21世紀となった今日(こんにち)、世界の被植民地国家は、いまやことごとく独立し、それぞれの国が、自国民の繁栄を謳歌するようになりました。

「ストックホルム症候群」という、ある種の精神疾患があります。
簡単に言ったら、病気です。
心的外傷後ストレス障害の一種で、誘拐や監禁などの犯罪による被害者が、生存戦略として「加害者である犯人との間に心理的なつながりを築く」という精神疾患のことです。
罹患率も出ていて、事件の被害者のおよそ8〜10%が、このストックホルム症候群になるのだそうです。

おもしろいことに、2017年の衆院選における総投票数は55,768万票ですが、このうちの9%にあたる500万票が小選挙区の日本共産党の得票数です。
このときの有権者数は1億609万人で、その10%はおよそ1000万票ですが、日本共産党と立憲民主党、これに社会民主党の得票数を合わせると、ほぼその数字になります。
偶然と言うにはあまりに一致しているようにもみえます。

そういえば、真珠湾攻撃の総指揮官だった淵田美津雄(ふちだみつお)海軍大佐は、終戦後も生き残ったのですが、終戦直後のある日、3人の大柄な黒人兵が突然やってきて、いきなりジープに乗せられて連行されています。
30分ほどジープにゆられて、丸の内の郵船ビルの裏手から中に連れ込まれました。

そのころ郵船ビルは、米軍将校たちの宿舎に充てられていました。
ビルの中に、米軍の白人将校向けのバーがありました。
淵田大佐を連行した黒人兵たちは、そのバーで働かされている兵隊たちでした。

バーの楽屋裏に連れ込まれた淵田大佐は、そこに大勢の米軍黒人兵たちが集まっているのを見ました。
何事かと思っていると、いきなり歓声があがるやいなや、そのあとは食いねえ飲みねえと、大歓迎にあったのだそうです。
そのとき彼らは異口同音に言いました。
「真珠湾攻撃を誰が一番喜んだと思う?
 それは我々黒人だよ!」

当時、米軍兵士と日本人との交流は米軍ないで固く禁止されていました。
その禁を破ってまで、彼ら米黒人兵たちは淵田大佐を真珠湾攻撃隊長と知って歓待したのです。
このことは淵田大佐の自伝『真珠湾攻撃総隊長の回想 淵田美津雄自叙伝』(講談社)に書かれています。

パラオ、アンガウル島の玉砕戦を生き残った舩坂弘さんも書いておられるのだけれど、米軍の攻め方というのは、はじめ艦砲射撃やら航空機からの爆弾投下で徹底的な爆弾による破壊を行い、その後に上陸して日本軍の弾の当たるところに出てくるのは、いつも決まって「黒人歩兵部隊」だったそうです。

戦争ですから、先頭にたつ歩兵は撃たれます。
そして先頭の兵が撃たれることで、敵の居場所がわかる。
わかったら、そこを艦砲射撃で攻撃するわけです。
そして日本軍の弾が飛んでこなくなる頃になって、やっと白人の掃討部隊が前線に出て来る。
要するに黒人は、人として扱われていなかったのです。

テレビや映画などでは、実際のこういう姿は、まず出てきません。
白人の兵隊が勇敢に銃を撃ち、日本軍と戦っているというようなシーンしか出てこないし、白人と黒人がともに仲良く前線で戦っているシーンしか出てきません。
けれど実際の戦闘では、常に敵弾の届く危険なところには、黒人兵が狩り出されていました。

さて、日本の戦いは、実はいまなお続いています。
なぜなら、日本の戦いというのは、究極的には、民衆の誰もが、肌の色や国籍や人種民族に関わりなく、誰もがよろこびあふれる楽しい人生を送れるようになる。
そういう時代をひらくことにあるからです。

先の大戦はそのための戦いであったし、戦後の平和も、今度は武力ではない、民衆の目覚めと自覚と意思によって、武力を行使して人が人を殺したりすることなしに、世界中の人々が対等に付き合えるようになっていくための通過点であったように思えるのです。

もちろん武力は必要です。
しかし武力を用いた世界の大改革では、結局は支配者の交代という、すぐ先にまた戦乱と混乱の時代しか招かないことは、歴史が証明しています。
そうではなく、平和と繁栄、よろこびとやさしさ、人生の楽しさを、一部の大金持ちだけではなくて、すべての人々が共有し合うことができる社会、そういうことが現実化する世界を実現していく。
それがもしかしたら、日本人に課せられた大きな課題なのではないかと思えるのです。

その意味で、日本の明治維新はまだ終わっていないし、先の大戦も終わっていない。
おとなりには新たな支配者となろうとする自称大国もあります。
日本国内には、いまだにストックホルム症候群を抜け出せない人たちもいます。

けれどそれでもなお、私達は明るく楽しく前向きに、誰もがよろこびあふれる楽しい人生を送ることができる世界を、そして日本を、会社を、組織を、家庭を築いて行きたいと思うのです。

お読みいただき、ありがとうございました。

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コメント
No title
ドイツ系イタリア系は強制収容所に入れられなかった...
そんな事実を知ったのは今日が初めてです...
「都合の悪い真実」だから隠されて報道とかされないのかもなぁ...

今日も勉強になりました
2018/09/09(日) 23:02 | URL | アシオ #am7qltcM[ 編集]
No title
先の大東亜戦争で 日本は ''人種差別''という 恐ろしい巨悪と戦ったのだと思います。アフリカ 中東 インド 東南アジア諸国 ニューギニア の方々は、
皆 家族です。一日も早く アフリカに貧困 飢餓 内紛 を無くし、中東に和平が戻り 東南アジア諸国 ニューギニア 南太平洋の諸島に産業復興して 豊かになりますように、祈ります。
愛国行進曲の 2番の歌詞を思い出しました。

往け 八紘を 宇となし
(ゆけ はっこうを いえとなし)
四海の人を 導きて
(しかいのひとを みちびきて)
正しき平和 うち建てん
(ただしきへいわ うちたてん)

2018/09/09(日) 13:57 | URL | なおと #ublSHzNI[ 編集]
No title
今日もありがとうございます。関東大震災での日本人救済キャンペーン、市民権を持っている日系人も強制収容されたことなど今日も勉強になりました。SF映画、アクション映画をとわず、戦闘シーンでも洗脳されているのだと思いました。大活躍する前線で戦う白人の主役!!
今日も、転載させて頂きました。
2018/09/09(日) 11:36 | URL | えっちゃん #-[ 編集]
時代は変わる
アメリカ等での人種差別は酷いものありますが感心するのはマイナスの歴史も残してあることです。
地方の民間伝承のようなものも残してあるのは力があるなぁとも思います。

ーーー
亡き妻の母国に恩返しを
2018年09月08日
https://www.yomiuri.co.jp/local/hiroshima/news/20180907-OYTNT50239.html

豪雨ボランティア タイ人男性 呉で奮闘

西日本豪雨で大きな被害を受けた呉市安浦町で、母国でニュースを見て来日したタイ人男性がボランティア作業に汗を流している。
男性を被災地に向かわせたのは、4年前に亡くした日本人の妻への思い。
2018/09/09(日) 10:48 | URL | マイク #QNjftStU[ 編集]
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
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『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』

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いつもたくさんのコメントをいただき、ありがとうございます。
ほんとうに皆様のコメントが、とっても嬉しく、かつありがたく拝読させていただいています。

議論というものは、すくなくともこのブログのコメント欄が、国政や地方自治、あるいは組織内の意思決定の場でなく、自由な意見交換の場であるという趣旨からすると、互いに互譲の精神を持ち、相手を尊敬する姿勢、ならびに互いに学びあうという姿勢が肝要であると存じます。

私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

ましてや、自分で質問を発したものについて、それぞれお忙しい皆様が、時間を割いて丁寧にご回答くださった者に対し、見下したような論調で応対するならば、それは他のコメントされる皆様、あるいは、それをお読みになる皆様にとって、非常に不愉快極まりないものとなります。

従いまして、謙譲・互譲・感謝、そして学ぶという姿勢のない連続投稿、粘着投稿に類する投稿をされた方については、以後のコメント書き込みを、管理人である私の判断で投稿の禁止措置をとらせていただきますので、あしからずご了承ください。
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通州事件の真実
通州事件を実際に体験された女性の手記です。
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