アクセスランキング
FC2ブログ

先人たちが目指した日本の姿。それは私達の国が常に「よろこびあふれる楽しい国(=豈国)」であり続けることです。


権力と政治と権威

新作動画【CGS ねずさん 古事記のセカイ2】古事記と日本書紀の違いとは


《大人のための修身入門》(動画) 講師:小名木善行
第一回『修身教育とは何か?』
第二回『誠実とは何か』
第三回『孝行とは何か』
第四回「礼儀とは何か」
第五回「博愛とは何か」
第六回「公益とは何か」
第七回「よい日本人とは」
第八回「自立自営とは」
第九回「我が郷土とは?」

人気ブログランキング ←いつも応援クリックをありがとうございます。

よく「政治権力」という言い方がされますが、本来、政治と権力は別なものです。
権力は、ひとりで行使するものです。
権力が限定された範囲で用いられるものが権限です。
会社などにおいては、会社内のすべてについての権力行使ができるのは社長ただひとりです。
部下の管理職者は、その社長の権力を、当該部門毎に切り分けて権力行使を代行します。
権力の及ぶ範囲が限られますから、これが権限です。
権力権限は責任を伴います。
しかし最高権力者になれば、誰も責任は取りません。
ということは最高権力者は最高無責任者になります。
だから日本では最高権力の上に最高権威を置いたのです。


20181103 王様
(画像はクリックすると、お借りした当該画像の元ページに飛ぶようにしています。
画像は単なるイメージで本編とは関係のないものです。)


【お知らせ】
<東京・倭塾、百人一首塾他>
会場は都営新宿線船堀駅前にある「タワーホール船堀」です。
11月13日(火)18:00 第31回 百人一首塾 307会議室
11月17日(土)18:30 高崎講演「日本人に伝えたいこと」
11月25日(日)18:00 第56回 倭塾公開講座
12月6日(木)18:00 第32回 百人一首塾 301会議室
12月24日(月)13:30 第57回 倭塾公開講座
1月14日(月・祭日)13:30 第58回 倭塾公開講座
1月26日(土)18:30 第33回 日本文化を学ぶ倭塾ゼミ
2月2日(土)13:30 第59回 倭塾公開講座
2月23日(土)18:30 第34回 日本文化を学ぶ倭塾ゼミ
3月9日(土)18:30 第60回 倭塾公開講座
3月16日(土)18:30 第35回 日本文化を学ぶ倭塾ゼミ
<関西・倭塾>
11月9日(金)19:00 倭塾・関西 第四回 (IK歴史勉強会 唐の皇帝と日本の天皇)
12月8日(土)14:00 倭塾・関西 第五回 (IK歴史勉強会 稲作の歴史と古墳のお話)
<国内研修>
12月16日(日)~17日(月) 一泊二日 神話を体感する会


政治は異なります。
政治を英語で言うと「politics」ですが、これはもともと「poli-」という都市を意味する言葉が語源です。
要するにかつての城塞都市国家で、市民たちが共和制を敷いていましたが、それは市民みんなで自分たちの国を理想国家に近づけようとする仕組みでした。
その意味では政治という語には、さまざまな見解はあろうかとは思いますが、ひとことで詰めて言うならば、政治はみんなで理想を実現しようとするものです。

要するに権力はひとりが行使しますが、政治はその意思決定をみんなで行うものです。
ここに両者には大きな違いがあります。
戦後の日本は、あたかも「政治権力」と、政治と権力が一体のものであるかのように誤認を生む用例がなされていますが、この両者は本来、別物です。

わかりやすく述べるならば、もともと人類社会では、都市や島に住む住民たちが、お互いが豊かに安心して安全に暮らせるようにと、みんなで会議を開いて、様々な取り決めをしていたわけです。
そうした仕組みは、かつてのギリシャ・ローマ時代にも見ることができますし、パラオなどの太平洋の島々においても、もともとは島民みんなが集まって様々な取り決めをしていた様子などからも伺うことができます。


『ねずさんのひとりごとメールマガジン』
登録会員募集中 ¥864(税込)/月  初月無料!
https://www.mag2.com/m/0001335031.html



ところが中世頃から、武力を持つ者が自分の政権を築き、あらゆる意思決定を、ひとりで決めるような仕組みが生まれました。
それが権力者の登場です。
権力者は、他の者達全員が「しない」と決めても、権力者の鶴の一声で「する」と決めて行動することが可能です。
こうして生まれたものが、西洋では王であり、東洋では皇帝であったわけです。

この仕組は、軍事にたいへん有利です。
なにしろ、すべてをひとりで決定し、誰とも相談も調整も必要ないのです。
共和政治体が内部でいたずらに会議をしている間に、一方的に軍事侵攻することができます。

しかし軍事に良いからと、他の事柄まで良いことにはなりません。
戦いは勝敗ですが、民生に勝敗はありません。
しかも民生は多岐に渡ります。
一方で、およそひとりの人間の能力だけで民生のすべてを管理掌握などできるはずもありません。
結果として、権力は民生分野で様々な不整合を招き、むしろひとりの王または皇帝によってもたらされた平和によって、その王国は崩壊への道をひた走ることになるのです。

19世紀の市民革命以降、こうした反省から西洋諸国が選んだ道が、国王と市民の代表による合議制の国会運営という、権力と政治を融合させた国家運営です。
国王も選挙によって選ばれ、これに大統領という名前を付けました。

大統領制について、多くの日本人はあまりよくわかっていないようですが、ひらたくいえば、大統領は国家の軍事を司り、民生分野は国会の合議による意思決定での法制度と、これを実行する政府が受け持つという体制ということができます。
いざというときは、大統領の独断でいっきに事を進めることができるけれど、平素は国会や政府が政治を受け持つわけです。
国会議員のことを政治家と呼び、大統領のことは政治家とは呼ばず、あくまで権力者と呼ぶのはそのためです。

ところが、およそ2百年の時を経過して、昨今では、この体制にも大きなひずみがあることが指摘されるようになりました。
それは、大統領にせよ、国会の政治家にせよ、誰一人、責任を取る人がいないということです。

政治も同じです。
政治はみんなで理想を実現しようとしますが、この「みんなで」がくせ者です。
誰が責任者かわからなくなるのです。
したがって誰も責任を取りません。
つまり本来理想を実現しようとする政治が、誰も責任を負う者のない無責任体制に陥ってしまうのです。
みんなの理想に責任がないなら、政治は個々の政治家の利得のためのものになってしまいます。
まれにそうではない誠実さを持った政治家がいたとしても、利得を得た個人に敵わないのです。
結果、政治は無責任政治の愚におちいってしまう。

国家における権力者も政治家も、権力をふるうということは、本来なら同時に責任を伴わなければならないものです。
このことは会社の運営を考えたら簡単にわかることです。
会社の社長は、会社のすべてに関して権力をふるうことができますが、その社長が、会社の経営に口は出すけれど、何の責任も負わないというのでは、会社は潰れてしまいます。
また会社の執行部やそれぞれの部門長が、会社の理想を実現しようと様々な取り組みを図りながら、その結果について何の責任も負わないのでは、やはりその会社の業績は怪しいものとなってしまいます。
大手と呼ばれる企業の多くの経営にひずみ、ゆがみが走る原因が、ここにあります。

すこし脱線しますが、我が国の古参大手企業の多くは、プロパーと呼ばれる新入社員のときからその会社で、いわば純粋培養されてきた社員が、内部で権力闘争を続けることで、定年前に会社の役員となり、またそのなかのひとりが代表取締役となります。
ところが内部の権力闘争の勝利者であるそれら役員たちの多くは、内部での出世競争には興味関心はあるけれど、社の業績についての責任は十分には持ち合わせていません。
結果、会社の持つ長年の信用と資産の食いつぶししかできず、気が付くと会社が左前になってしまっている。
日本企業の多くが、海外での訴訟で敗訴ばかり続けているのも、原因はそこにあります。
敗訴しても誰も背金を取らない。
それによって会社が何千億円もの賠償金を取られることになったとしても、誰一人クビが飛ぶわけでもない。

だから政治に責任を取らせるためにと生まれたのが、共和制政治に政治責任を明確に取らせるための権力者です。
権力はひとりが行使するものです。
ですからその権力者が責任をもって政治家達を率いて理想を実現してくれると信じたのです。
これが王政の始まりです。
ところがその王政も、最高権力者となった王は、責任とは無縁になるのです。
他人の責任はどこまでも追求するけれど、自分では一切の責任を取らない。
結果、これまた無責任体制の愚におちいってしまうわけです。

そこで登場するのが、選挙制民主主義で、選挙によって政治家(議員)や権力者(大統領など)を選ぶという体制です。
けれど、どちらも選出される前までは責任を口にしますが、いったんなってしまったら、誰も責任を取りません。
結果、選挙制民主主義は、無責任政治制度、無責任権力制度におちいるわけです。

本来、ひとりが行使する権力も、みんなで理想を実現する政治も、どちらも責任を伴わなければならないものです。
けれど、権力者が最高権力者であり、政治が合議であれば、誰も責任を取らないし、取る必要さえ感じなくなります。
結果、「責任のない権力」、「責任のない政治」がまかり通るわけです。

日本では、はるか古代に、こうした権力や政治の弊害に気付き、権力や政治の上に、国家最高権威を設けてきたのです。
国家最高権威というのは、いうまでもなく天皇のことです。
天皇は権力者ではなく、また合議のための政治家でもありません。
権力者や政治家よりもはるか上位におわす存在です。
そして天皇という存在があることで、権力者も政治家も、その責任を自覚しなければならなくなります。

天皇は、国家の理想を体現する権威です。
我が国の最高神からの直系のお血筋であり、神に最も近い存在です。
そしてその天皇が国家の最高権威であり、国家最高権威として領土領民を「おほみたから」とします。
権威に責任は必要ありません。
存在そのものが権威だからです。

権力や政治の上に、なぜ権威が必要なのか。
その答えは単純です。
権威は、政治の理想に方向を与え、政治の対立を予防し、権力の暴走を防ぐことができるからです。

まれに社長の上に会長職を置く会社がありますが、そういう会社を考えると、これはわかりやすくなります。
社長は会社の業績について、一切の責任を負います。
しかし、そのための具体的な施策となると、社内に必ず対立が生まれます。
けれど会長がどっちを向いているかによって、その対立が消えていくのです。

ちなみに社長が会長に楯突くようになると、その会社は終わります。
本来なら、楯突いた時点で、社長がクビになるべきなのですが、それができないと、社内には対立が起こり、その対立は容易なことでは決着が付きません。
結果、社員の意識もバラバラになり、気がつけば大赤字垂れ流しの会社になってしまう。
○○家具を思い浮かべる方が多いと思いますが、現代日本の政治が、まさにその形になっていることを指摘する人は誰もいません。
けれど、同じ形になっています。
少し考えたら、誰にでもわかることです。

ト○タ自動車はいまや世界的大企業ですが、オーナー一族がト○タにおける最高権威です。
最高権威は、会社の運営についての口は出しませんが、いつでも経営者をクビにできるだけの権限を保持しています。
これが良い意味での緊張感となるのです。

世界における金融資本体制が、500年の長きに渡って続いているのも、金融資本家が権威となっているからです。
出資先の個々の会社の経営には口は出しませんが、いつにてもその会社の最高権力者である社長のクビを跳ねることができる。
その緊張関係が、国際金融資本体制を、世界に冠たるものにしています。

ところがそんな国際金融資本体制と、天皇とは一点大きな違いがあります。
我が国の天皇は、臣民をして「おほみたから」としている点です。
この一事によって、臣民は権力からの自由を得ています。
そして自由な民であることによって、その民が豊かに安全に安心して暮らせることこそが、権力者にとって、また政治家にとっての最大の職務となっているのです。

まとめると次のようになります。
1 権力はひとりで行使
2 政治はみんなで理想を実現
3 権威はその理想を方向づけるとともに政治の対立を防ぐ

お読みいただき、ありがとうございました。

人気ブログランキング
↑ ↑
応援クリックありがとうございます。

講演や動画、記事などで有償で活用される場合は、
メールでお申し出ください。

nezu3344@gmail.com

日本の志を育む学問の力 ~昌平坂学問所~




関連記事
スポンサーサイト

コメント
No title
 誰しも、あとさき考えずに、攻めるのは、得意ですよね。


 それしかなくて、あとはオボロ。

 それじゃ、しょうがないですよね。

 結果、を考える、

 功利的、現実的,姿勢、を望みたいものです。


 しっかりとした思想的基盤にのっとった、意識高い系の読者は、

 ねずさんブログには、たくさんいます。

 コメントで発言していただきたいものです。

 この場を通しても、より強力な発信を、と、

 ねがうものです。

 せんせい、大変だけど、

 おつり来るぐらいの、人間力、ヒキダシ。 と。

 
2018/11/05(月) 18:58 | URL | 獺 #-[ 編集]
自己責任論
みんなで決めれば共同責任、ひとりで決めれば自己責任。当たり前のことです。巷間、巻き起こっている「自己責任論」なる騒ぎが分かりません。共同責任という名の無責任体制に慣れ切った人々が「責任」を突き付けられて狼狽しているだけなんじゃなかいと思います。
2018/11/05(月) 16:30 | URL | 大賢者(うそ) #-[ 編集]
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
*引用・転載について
ブログ、SNS、ツイッター、動画や印刷物作成など、多数に公開するに際しては、必ず、当ブログからの転載であること、および記事のURLを付してくださいますようお願いします。
ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
最新刊
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』

AdSense
カレンダー
10 | 2018/11 | 12
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
最新記事
最新コメント
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

リンク
このブログをリンクに追加する
リンク2
AdSense
カテゴリ
月別アーカイブ
AdSense
解析
スポンサードリンク
ねずさん(小名木善行)著書
↓最新刊↓


↓好評発売中↓








ねずさんメルマガ
ご購読は↓コチラ↓から
ねずブロメルマガ
ご寄付について
ねずブロはみなさまのご支援で成り立っています。よろしかったらカンパにご協力ください。
【ゆうちょ銀行】
記号番号 00220-4-83820
【他金融機関から】
銀行名 ゆうちょ銀行
支店名 〇二九(店番029)
種目  当座預金
口座番号 0083820
口座名義 小名木善行
【問い合わせ先】
お問い合わせはメールでお願いします。
nezu3344@gmail.com

講演のご依頼について
最低3週間程度の余裕をもって、以下のアドレスからメールでお申し込みください。
テーマは、ご自由に設定いただいて結構です。
講演時間は90分が基準ですが、会場のご都合に合わせます。
E-mail nezu3344@gmail.com

講演テーマ
<ご参考>
古事記に学ぶ経営学
古事記に学ぶ日本の心
百人一首に学ぶ日本の心
女流歌人の素晴らしさ
日本人の誇り
その他ご相談に応じます。
検索フォーム
AdSense
関連サイト
祝日には国旗掲揚を!
御国旗セット
¥2,190

大型御国旗セット
[ステンレス製3mポール付き]
¥4,800

御国旗伸縮ポールセット【大サイズ】
¥3,000

御国旗セット L
[ マンション設置用 Lタイプ テトロン 国旗 ]

台灣民政府
台湾民政府
サンフランシスコ講和条約で、日本は台湾に関して処分権は連合国に提供しましたが、領土の割譲は行っていません。条約以降、連合国も日本も台湾の処分先を決めていません。つまり台湾はいまも日本であり、台湾にいる1500万人の戦前からいる台湾人は、日本国籍を有する日本人です。私は台湾民政府を支持します。
お薦め書籍1

日中戦争-戦争を望んだ中国 望まなかった日本


江戸の自治制


幻の黄金時代


ドキュメント自衛隊と東日本大震災

AdSense
コメントをくださる皆様へ
基本的にご意見は尊重し、削除も最低限にとどめますが、コメントは互いに尊敬と互譲の心をもってお願いします。汚い言葉遣いや他の人を揶揄するようなコメント、並びに他人への誹謗中傷にあたるコメントは、削除しますのであしからず。
最新トラックバック
AdSense
コメントをくださる皆様へのお願い
いつもたくさんのコメントをいただき、ありがとうございます。
ほんとうに皆様のコメントが、とっても嬉しく、かつありがたく拝読させていただいています。

議論というものは、すくなくともこのブログのコメント欄が、国政や地方自治、あるいは組織内の意思決定の場でなく、自由な意見交換の場であるという趣旨からすると、互いに互譲の精神を持ち、相手を尊敬する姿勢、ならびに互いに学びあうという姿勢が肝要であると存じます。

私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

ましてや、自分で質問を発したものについて、それぞれお忙しい皆様が、時間を割いて丁寧にご回答くださった者に対し、見下したような論調で応対するならば、それは他のコメントされる皆様、あるいは、それをお読みになる皆様にとって、非常に不愉快極まりないものとなります。

従いまして、謙譲・互譲・感謝、そして学ぶという姿勢のない連続投稿、粘着投稿に類する投稿をされた方については、以後のコメント書き込みを、管理人である私の判断で投稿の禁止措置をとらせていただきますので、あしからずご了承ください。
エディタ・コミュニティ
edita.jp【エディタ】
amazon
通州事件の真実
通州事件を実際に体験された女性の手記です。
クリックするとテキストファイルが開きます。
https://docs.google.com/file/d/0B9Dh1-gISO9CZERHN2oxempSeEk/edit
ねずブロの拡散・転載について
当ブログの日本の心を伝えるための適法かつ前向きな拡散はおおいに歓迎です。 ただし適法な引用でないと、著作権侵害で処罰されることがありますのでご注意ください。
RSSリンクの表示
FC2ブックマーク

PING送信プラス by SEO対策

QRコード
QRコード
スポンサードリンク