アクセスランキング

敷島の大和心を人問わ(は)ば 朝日ににおう (ふ) 山桜花(本居宣長)。日本は天皇を国家最高権威とし、民を「おほみたから」とする「シラス国」です。


尼港事件・・・日本はなぜシベリアに出兵したか

人気ブログランキング ←はじめにクリックをお願いします。

尼港事件
尼港事件


上にある写真には、「大正9年5月24日午後12時 忘ルナ」と書かれています。

何があったのか。

日本人として、絶対に忘れてならない歴史がここにある。
今日は、そのことを書いてみたいと思います。

これが書かれたのは、いまではロシアの「ニコライエフスク」となっている街です。
ニコライエフスクは、支那の黒龍江(アムール川)の河口から20キロの地点にある街で、ロシアの太平洋側、樺太の北端に近いところにあります。

昔はここはロシアやソ連ではなく、支那女真族(満州族)の土地で、清朝政府が漢民族ではなく、漢民族(支那人)からみた蕃族の一部である女真族、つまり清朝政府の聖地となっていた土地です。

ここには、大正9(1920)年当時、日本人700名を含む1万7千人あまりが住んでいました。

内訳は次の通りです。

日本居留民 約   700名
白系ロシア人約1万5000名
中国人   約  1000名
朝鮮人   約   500名

日本人700名というのは、日本陸軍の2個歩兵中隊の約260名、その他440名は軍属と婦女子です。

なぜそこに日本陸軍が駐屯していたかには、ちゃんとした事情があります。

大正6(1917)年、帝政ロシアでは、レーニンに指揮されたロシア革命が起こっています。
ロシア革命というと、なにやらロシアがレーニン達共産主義者によって、ただちにソヴィエと連邦共和国が成立し、ロシア全体が夢と希望に満ちた共産主義国家になったかのように、いまどきの教科書などは記述していますが、これは事実に反します。

なるほどレーニンは、ロシア皇帝を引きずり降ろし、政権を奪いました。
けれどロシア革命が行われた当時は、世界中どこの国の政府も、レーニンのこの新ソ連政府を国家として承認していません。
むしろテロによる過激派政府として警戒していた、というのが実情です。

さらにやっかいなのはロシア国内では、この革命によって各地がいわゆる「無政府状態」となったということで、このことは、多数の囚人が送られていたシベリアでは、一層やっかいな問題を起こしていたのです。

当時のシベリアでは、「シベリア送り」となっていた多数の凶悪犯罪者らが牢から出され、共産パルチザンとなって、残虐な悪行の限りを尽くすようになったのです。

牢から出されただけでは、食料も武器もありません。
けれど凶悪犯だった彼らは、民家を襲い、食べ物や財物を奪い、さらに社会の破壊と混乱を目的とする共産主義者らから、豊富な武器や弾薬を無償で提供されました。

キチガイに刃物とはよく言ったもので、もともと粗暴で凶悪な犯罪者だった彼らは、集団で徒党を組み、武器を手にし、共産パルチザン(組織化されたゲリラ集団)となって、シベリア各地を荒し回ったのです。
そして彼らは、タテマエとして外国勢力追放を叫び、各地で同国人だけでなく、外国人に対して襲撃事件を起こしていた。

これに対し、ロシア革命成立当時は、それでもまだシベリア方面には保守派のロシア極東総督のロザノフ中将、コルチャック提督などがいて、彼らがこうした共産パルチザン化した凶悪犯たちや、革命派勢力などと戦ってくれていました。

また、外国人襲撃事件の多発から、英米日の3国は、これへの対抗のために、大正7(1918)年8月には、シベリアに国際共同歩調で出兵しています。

ところが翌大正8(1919)年になると、、シベリア・オムスクにあったロシアの穏健派総督府が、武装共産パルチザンの攻撃を受けて崩壊してしまったのです。

ロシアの総督府あればこその、シベリア出兵です。
身の危険を感じた米英両国はシベリアから撤兵してしまう。
英米からしてみれば、自国とは、まさに「地球の反対側」にあるシベリアの田舎の出来事でしかないのです。
列強としての国際的責任、および共産主義革命への対抗上、やむなくシベリア出兵していただけで、ロシア総督府が壊滅してしまったのなら、自国の安全を図るため、兵を撤収し、自国の近辺に兵を配する。
英米両国にとっては、撤兵は、ある意味、当然の措置であったろうと思います。

けれど、日本にとっては、これはたいへんな事態です。
日本にしたら、友好で穏健な総督府があればこそ、極東の平和と日本居留民の安全が図られ、ひいては日本の安全を守れることにもなる。

ところがロシアのシベリア総督府が倒れたとなると、これは日本居留民ならびに日本本土防衛上からも、危険極まりない大問題となります。
なぜなら、地理上シベリアは、北海道・樺太に直結しているからです。

英米にロシア総督府を加えることで均衡を保っていた日本の防衛線は、こうして極度の戦力不足となってしまいます。
やむなく日本は、第12師団(約1万5000名)を、シベリア各地に分散して派遣した。
こうして、2個中隊260名が駐屯したのが、当時のニコライエフス(尼港)だった、というわけです。

尼港 1900年
尼港 1900年


事件は、大正9(1920)年1月29日に起こりました。
それまで雪深いこのニコライエフス(日本名「尼港」、以降尼港と書きます)は、共産パルチザンも鳴りをひそめ、比較的静かな状態だったのです。

そこへ突然現れたのが、ロシアのトリビーチンを首領とする約4000人の共産パルチザンです。
彼らは、いきなり尼港市街を包囲した。

守備していたのは、石川少佐率いる2個中隊(約260名)と、無線電信隊の40名、それと保守派のロシア兵(共産赤軍に対して白衛軍と呼ばれていたロシア兵)、合計約350名たらずです。
守備部隊のおよそ10倍以上もの組織化された暴徒が、街を取り囲んだのです。

共産パルチザンたちは、街を包囲した後、自分たちには敵意はない、食料の補給に強力をしてほしいだけだ、と称して、市内に入りこみます。
そして市内に入るやいなや、ロシア白衛軍の将兵を捕らえて、これを全員虐殺した。

あわせて一般市民の中から「有産智識階級」と思しき市民を虐殺し、家内の家財、財宝を奪った。
さらにユダヤ人を選び出し、婦女子にいたるまで、その全員を虐殺した。

共産パルチザンたちは、次々と白衛兵と白系市民を銃剣で突き刺すと、黒龍江の結氷を破ってつくった穴から、凍る流れに人々を放り込んだのです。
たった一晩で、尼港では、ロシア人とユダヤ人約2500人が、こうして惨殺されてしまいます。

翌日、その事実を知った尼港の穏健な石田副領事は、この暴虐行為に対して「厳重抗議」を行なった。
けれど共産パルチザンたちは、もとよりそんな「抗議」など受け入れません。
当たり前です。受け入れるくらいなら、最初から虐殺などしていない。
そしてパルチザンたちは、逆に日本側に武装解除を要求してきたのです。

日本兵が武装解除したら・・・・
そのあと何をされるかは火を見るよりも明らかです。
なにせその前日に、共産パルチザンたちは2500人もの人を殺戮しているのです。

現地の日本軍部隊は、日本に急を知らせる電文を打ちます。
けれど日本からの救援隊は、小樽から発進するのだけれど、真冬の寒い時期です。
海面が凍結していてすぐには動きようがない。

満州にいる他の部隊も、いちばん近い部隊で、陸路で到着するのに40日かかる。

尼港から日本人、ならびに日本軍駐屯隊が撤退しようにも、周囲は凍っているし、尼港の街自体が、共産パルチザンによって、蟻の這い出る隙もないほど包囲されている。
彼らは、撤退するにも撤退できなかったのです。

つまり、尼港の駐留部隊は、極寒のシベリアで、完全に孤立していたのです。

座して死を待つくらいなら、勇敢に戦って死のう。
白人たちの惨殺を目の当たりにしていた日本人部隊は、義勇隊を募り、110名で武装パルチザンの本拠を急襲しました。

けれども敵は、武装した4000人の大部隊です。
衆寡敵せず。
駐留部隊指揮官石川少佐以下多数がまたたくまに戦死してしまう。

義勇隊に参加しなかった軍人、軍属と女子供達600名は、義勇隊の奮戦の最中に、日本領事館に退避します。
けれど、領事館に集まることができたのは、わずか250名しかいなかった。

逃げ遅れた人達は、武装した共産パルチザンの手にかかります。
何が起こったのか。

事後の調査記録によると、共産パルチザンたちは、子供を見つけると2人で手足を持って石壁に叩きつけて殺し、女と見れば老若問わず強姦し、おもしろ半分に、両足を2頭の馬に結びつけて股を引き裂いて殺していたのです。
こうしてまたたく間に、義勇隊110名、逃遅れた日本人約100名が犠牲となった。

日本領事館に逃げ込んだ人達も、けっして安穏としていれたわけではありません。
領事館を襲おうとする共産パルチザンたちと、領事館に立てこもった日本軍との間で、戦闘はまる一昼夜続いた。

これは実際に傭兵となって世界の戦場を点々とした人から聞いた話なのですが、一般に、銃を撃ち合う戦闘というものは、ほんの数分で決着がつくことがほとんどなのだそうです。
銃撃戦が10分も続いたら、「今日の戦闘はむちゃくちゃ激しかったねえ」などと、後々まで話題になる。
それだけ銃撃戦というのは、両軍の戦闘員たちにものすごい集中力と緊張を強いる。
そういうものなのだそうです。

それが、尼港の日本領事館では、まる一昼夜、銃撃戦が続いた。
立てこもる日本人兵士たちの緊張感、後方で震えていた日本人婦女子たちの恐怖は、想像するにあまりあります。

一昼夜が経ち、朝日が射す頃には、領事館内の生存者は、わずか28名になっていたそうです。
弾薬も底をついてしまった。
残った一同は、まず子供を殺し、石田副領事、三宅海軍少佐以下全員が自決してしまいます。

こうして一夜が明けたとき、尼港に残る日本人は、河本中尉率いる別働隊と領事館に避難しなかった民間人121名となった。

抵抗を続ける日本軍強しとみた共産パルチザンは、策を弄します。
「山田旅団長の停戦命令」を偽造したのです。

河本中尉は、これは「怪しい」思った。
けれどもし、停戦命令に従わなかったことが、後日、国際上の問題となったら、これは取り返しがつきません。
それに、軍というものは、あくまでも上官の命令によって動くものです。
こうして河本中尉は、命令を受け入れた。

このとき生き残っていた121名の日本兵たちは、全員、武装解除のうえ投獄されます。
そして、食事もろくに与えてもらえないまま、日本の救援軍に対する防御陣地構築のための土方仕事に駆り出された。
零下30度の極寒の中で、凍てついた大地に土嚢を積み上げ、陣地の構築をしたのです。

そして、陣地構築が終わると、手のひらに太い針金を突き通して、後ろ手に縛られ、凍ったアドミラル河の氷の穴から、生きたまま共産軍によって次々と川に放り込まれ殺された。

春になって、ようやく旭川第7師団の多門支隊が現地の救援にやってきました。
そこで彼らは、地獄絵図を見た。

焼け野原と化した尼港には死臭が漂い、
「いったん撤退するが再び来て日本人を征服し尽くす。覚悟せよ」
と記した共産パルチザンの声明書が残されていた。

日本の救援部隊来着近しの報を受けた共産パルチザンは、5月14日に、支那人の妻妾となっていた14名の女性以外の生き残った日本人全員を殺害していたのです。

支那人の妻妾となっていた女性たちの証言から、1月29日から5月14日までの106日間の尼港の模様が明らかになりました。

何が起こっていたのか。

日本人たちは、生きたまま両目を抉り取られ、
5本の指をバラバラに切り落とされ、
死ぬまで何度も刺されていました。

そして金歯があるものは、生きたままあごから顔面を切り裂かれて、金歯を抜き取られた。
女は裸にされ凌辱された上で、股を裂かれ、乳房や陰部を抉り取られて殺された。

獄舎の壁には、血痕、毛のついた皮膚などがこびりついていたそうです。
そして、その獄舎の中で発見されたのが、獄舎の壁に書かれた冒頭の写真です。

そこには、被害者の手によると思われる鉛筆書きで「大正9年5月24日午後12時を忘れるな」と書かれていた。

この尼港の事件は、「尼港事件」と呼ばれ、当時一部の報道はされたものの、あまりに残酷性が高いことから、報道規制が行われています。

注意していただきたいのは、この事件が起こった当時、日本とロシアは戦争状態ではありません。
もちろん日本とソビエト共産主義政権とも、敵対関係ではありません。

そもそも帝政ロシアは、ロシア革命によって崩壊しており、レーニン指揮下のソ連も、この時点ではまだ国際的に国家としてさえ、承認されていなかったのです。
つまり、この事件当時、ロシアという国家も、ソ連という国家も、国際的には存在しなかったのです。

そうしたいわば無政府状態の中で、極寒のシベリアで共産パルチザンが起こした事件が、この尼港事件です。
そして武装した共産パルチザンは、共産主義を標榜しているけれど、その実態は凶悪犯と夜盗の群れでもあった。

いま、日本の歴史教科書には、日本のシベリア出兵について、次のように書いてあります。

~~~~~~~~
日本がシベリアでの勢力拡大を狙い、連合国間の協定に違反する大兵を派遣し、撤退したのも最後になった。
(中学社会 歴史 教育出版)
~~~~~~~~

これだけ読んだら、まるで日本が悪者です。
でも、上の文をお読みになった方にはわかるはずです。

ロシア革命によってロシア、とりわけシベリアは無政府状態になっていたこと。
その結果、シベリアに流刑されていた帝政ロシア時代の凶悪犯達が、ソビエト共産党の支援を受けて武装し、共産パルチザンとなっていたこと。
そうした中で、ロシアのシベリア総督府は、治安維持を図るため、共産パルチザンたちと必死に戦っていたこと。
民間人たちへの殺戮を防ぎ、治安を維持するため、英米日三国が、一致協力して軍隊をシベリアに派遣していたこと。
総督府が共産パルチザンに制圧されると、英米の軍隊は、さっさとシベリアを放棄して逃げだしてしまっていたこと。
日本は、本土防衛上、やむなく軍の駐屯を続けざるを得なかったこと。

なるほど日本は第12師団をシベリアに派兵していますが、あの広大なシベリアに、師団ひとつでわずか1万5000名の派遣です。
そしてその師団は、各地に分散したから、尼港のような、当時としてみれば比較的大きな市街でさえ、守備隊は、わずか2個中隊しかいなかったのです。
中隊というのは、1中隊136名の小規模部隊です)

そして日本軍が少数であることをよいことに、4000人という大人数で、武装した共産パルチザンが尼港に襲いかかったのです。

なるほど日本は、尼港事件の救援に、師団規模の救援隊を差し向けました。
事実の経過を見れば、明らかに日本の行った措置は、「手遅れ」と言っていいほど、手ぬるいものでしかなかった。

にもかかわらず、戦後の私たちは学校で、「日本がシベリアでの勢力拡大を狙い、連合国間の協定に違反する大兵を派遣し、撤退したのも最後になった」と教わるのです。
これは、死力を尽くして戦った同じ日本人の先人達に対する、後世の子や孫(つまり私たち)による冒涜行為以外のなにものでもない。

この尼港事件は、一定の報道規制はあったものの、一大国辱事件として日本の全国新聞で当時大々的に報道されたし、国際的にも、大きなニュースとなったものです。
つまり、事件は間違いなく「あった」ことです。

にもかかわらず、いまどきの歴史教科書は、この事件に全く触れないし、なぜか日本の立場だけを悪し様にののしるような記述をする。

当時、シベリア派兵したのは日本だけじゃない。
英米も派兵した。

なぜ派兵したかといえば、各国が共産主義の拡大に脅威を感じていた、ということです。
そしてどこの国の政府も、「共産主義革命」なんて歓迎していません。
だからこそレーニンの革命政府は、列国のいずれからも承認されなかったのです。

そして日本は、米英と比べてロシアに対する地理上の近さが違います。
シベリアの赤化は日本本土に対する直接的脅威です。

そして現実にこうして犠牲者を日本は出しているのです。
亡くなられた日本人に、心から哀悼の意を捧げ、二度と同胞がこうした恥辱や殺戮被害に遭わないよう、しっかりと守ることこそ、本来の日本国政府の役割です。

世界政府とか、民族や国境を越えて人類がひとつになって平和な世界を築くというのは、まさに理想でしょう。
そうなったら、ほんとうにいいな、と思います。

けれど、世界のGDPは、日本を含むわずか5カ国で、世界全体のGDPの50%を持っているのです。
それが現実です。

つまり日本人が世界市民となる、ということは、日本人は、いまの豊かな生活を全て捨て去って、世界の貧しい国々と同程度の生活環境に戻りなさい、という主張に等しいのです。

そして国家が国境を失なったとき、その国の人々がどのような目に遭わされるのか。
その現実は、戦前戦後を経由して、まさに枚挙にいとまがないのです。

私たちは日本人です。
秩序を守り、約束を守り、人を殺したり、奪ったりすることはいけないことと信じている国民です。
それは、正義の国民である、ということでもある。

そしてその正義は、常に力の裏付けがなければ、酷い眼に遭わされてしまうというのが、世界の現実であるということです。
そうした現実の前に、二度と被害に遭わないよう、日本は常に強い国であり続けなければならないと、ボクは思うのです。


尼港事件を忘れるな!と思う方
↓クリックを↓
人気ブログランキング

日本視点の戦争
(前3分の1くらいから通州事件、尼港事件が紹介されています)
関連記事

コメント
No title
モンゴル人(有色人種)は白人に勝てたでしょう。
2013/03/08(金) 12:25 | URL | ゆいお #-[ 編集]
これだけひどい事件に遭いながら今の日本は日教組や朝鮮総連や民主党のいいなりだなんて、情けないと思う。
今まで共産主義の蔓延が、敗戦後の日本の不幸を脅かしていたものと考えていたのですが、この記事で始めて尼港事件のことを知り、
結局は共産主義を傘にきた卑怯者達が、日本人を殺していたのだと確信しました。
結局共産主義は、世に蔓延る犯罪者の甘えになってる気がしないでも無いです。自国民にも手を出す時点で主義も何も無いです。蛮族です。
僕は、最期の時まで理性ある日本人として、国を愛し、国を守りたいです。
2011/08/25(木) 04:54 | URL | あた #-[ 編集]
麻岡光久、競馬の実況
麻岡光久、競馬の実況麻岡光久、競馬の実況麻岡光久、競馬の実況麻岡光久、競馬の実況
2009/09/22(火) 20:33 | URL | 麻岡光久と日ハム稲葉 #-[ 編集]
No title
水戸市堀原運動公園前に歩兵第二連隊の記念碑があります、すぐ隣にはもっと古いとても大きな石の記念碑があり、昔から気になっていたので説明も読んだところ大正9年(1920年)のシベリヤ出兵でニコライエフスク(尼港)守備隊で殉職された方たちの殉難者記念碑でした。(詳細はとても悲しい話でした) 。
今回のBLOGで時代背景や当時の様子がすこしわかりました、これから忘れないよう語り継ぎたいと思います。
2009/06/29(月) 09:32 | URL | LEGACY #mQop/nM.[ 編集]
もちろんです!

かぐやひめさんへ、

もちろんです!戦いぬいて戦い抜く覚悟です!かぐや姫さんが仰っているように、今は「情報戦争」です。味方の振りして、実はスパイ…なんてことは、日常茶飯事。特に、スパイ防止法の無い日本においては、攪乱されっ放しですが、それを見分けるのは、前にかぐや姫さんも仰ってた、『日本人の勘』なんだと思います。何かどこか違う…という勘です

どんなに遠く離れた場所にいても、どんなに裕福に暮らしていても、祖国日本の危機には、何が何でも帰ってきます。日本が沈没するなら、共に沈没する覚悟!!

『身はたとえ 太平洋に水漬くとも 留めおかまし 大和魂』
『死するとも なほ死するとも我が魂は 永遠にとどまり 御国守らせ』 
『敷島の 大和心を人問わば 蒙古の使いを斬りし 時宗』

この方々の覚悟、私も肝に銘じます。


2009/06/27(土) 23:36 | URL | 椿 #-[ 編集]
椿さ~ん
(*^_^*) 一緒に戦お~ね (^◇^)
もともと私のあこがれの人はジャンヌダルクでしたが、(子供のころは西洋かぶれだった)
今は、神功皇后です。
神功皇后が、戦に出る時、衣を朱に染めた伝説の赤土の近くに住んでいます。
自虐史観のせいで、三韓征伐って弱い者いじめかと、思っていましたが、古代、古墳時代のころから、「半島」討つべし!と、決意せざるを得ないほど、やっかいだった・・・当時の日本の窮状も、今の時代に近いと思います。
古代から、その時々、日本を守ってくださったご先祖様に感謝。
そして、これからは子孫のために私達が祖国を守らないと!
あの手この手で。
2009/06/27(土) 22:51 | URL | かぐやひめ #-[ 編集]
No title
初めてコメントします。
誰も江連力一郎氏に言及しないので、その後の顛末も記載していただくと面白いかと存じます。
2009/06/27(土) 16:58 | URL | パグ #-[ 編集]
その通りなんですよ!
かぐやひめさんへ、

本当にそうなんですよ!かぐやひめさんは、私が言いたかった事を、全部、うまくまとめて仰って下さったので、本当にスッキリいたしました!!ありがとうございます。

私も靖国に参拝する時は、「私も絶対に、この国を守って見せます!!」という、いざとなれば「戦います!!」の精神で、お参りします!小泉元首相のように「不戦の誓い」など、もってのほかです!

本当にかぐやひめさんのコメント、ほんとスッキリしました。



2009/06/27(土) 09:53 | URL | 椿 #-[ 編集]
椿さん
本当に、あなたのおっしゃるとおりです。

ただ、尼港の場合は、多勢に無勢で、結果は残念ながら同じだったかもしれないと思います。(昔の人を責めたくはありません。)けれど、あまりにも「だまされやすい日本人」の姿が、その後の悲劇を呼び込んで、大きくした可能性は、あると思います。

大義を尊重する姿勢は、こちら側にしか無いーと、知っていなければなりませんでした。
国際法を守ったところで、それを、額面通り評価する相手ではないと、知っていなければなりませんでした。

今、現在の日本も、同じだと・・・・激しく、そう感じられるから、椿さんのはらわたは煮えくりかえるのでしょう?
たしかに、「やつざき」なんていう野蛮な殺戮は、行われていないかもしれませんが、今だって「無法な」「義の失われた」動きは、日常茶飯事。一見、穏やかそうな仮面をつけて、連日、「日本は、侵略されています。」
その、やられっぱなしでも、なお、あいまいな微笑みを続ける日本人に対して「泣きながら”義”を守り、戦はするな」というNHKの大河ドラマのメッセージ!」馬鹿にするのもいいかげんにしろ!本来なら、下剋上の戦国時代には「力が正義」だった。その戦国の世さえ、歪曲して、日本人をなお、飼い慣らそうとする!意図が見え見え。
NHKへのデモと裁判は、なるほど、あんなにおとなしくてはいけないのかもしれません。でも、今日のデモは、心配ですね、敵の工作員が入り込んで、世の非難を受けるようなやり方をする恐れは十分あります。

椿さん、日本人は総じて戦うことが本当に下手です。もともと平和主義です。けれど、「無責任体質」が、これを助長しています。

国内だけなら、なるべく波風を立てず、肩ひじ張らずに生きなければ村八分になるかもしれないけれど、相手が「外国」であるときには、絶対に日本の平和主義は通用しないことを、あらためて胆に銘じましょう。

今度、そういう場に立てば、私も戦います。
薩英戦争は敗北だったのに、英国が一目置いたことを、不思議に思っていましたが・・・英国が、東へ東へ船を進め、すべての有色人種を蹂躙し、誰一人、矢も鉄砲も撃って来ない、やすやすと征服できたあと・・・最後の極東の小国だけが「大砲」をもって迎えたのだから・・・それは、驚愕だったことでしょう。

靖国神社に行って、日本のこれまでの戦争を振り返り、あらためて、心の底から気付きました。
「個々の戦場とはいえ、白人との戦に勝利した有色人種は、有史始って以来、日本だけだった。」
(あるいは、ローマに勝ったカルタゴだけが、過去の一度だけの例かも)そして、カルタゴは、こてんぱんにやられて、もう、今では国土も、民族もあとかたも残っていません。

白人に勝ってしまった日本に「カルタゴ」の運命をかぶせなければ、彼らの気持ちは、静まらないのでしょう。
八紘一宇を念じる日本人にとれば、大東亜戦争は「過去のもの」「一億総ざんげして、終わった」ものだけれど、しつこい肉食獣どもの時計は、まだ征服の続きを刻んでいる。
外からの征服は難しいとみた敵は、今度は日本政府を配下において、特亜を使って、内部から日本を殺戮しようとしているーこのことを、胆に銘じて、戦いましょう。

ねずきちさんのブログは本当に、大切なことを教えてくださいますね。
2009/06/27(土) 06:40 | URL | かぐやひめ #-[ 編集]
幸福実現党が都議選に候補擁立
宗教法人「幸福の科学」を母体にした幸福実現党が25日、東京都庁で記者会見し、
都議選に4人の公認候補を擁立すると発表した。品川、杉並、足立、江戸川の
4選挙区で出馬を予定している。

創価学会公明党はいらない、公明党なしで与党過半数を目指して東京都民ガンバレ。
総選挙より大事な都議選です。

東京都民にお願い、選挙に行き投票率を上げれば、日本人社会の破戒者創価学会公
明党の議席が減って、カルト宗教法人認可取り消しが出来ます。 そして明るい社会を
取り戻しましょう。 犯罪に汚れたこの街を救うために、日本の真の独立のために頑張ってください。

【新党勝手連の掲示板】
http://www.aixin.jp/axbbs/ktr_ind.cgi
【置きビラの掲示板】
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsjb.cgi
【置きビラ・タイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。
2009/06/27(土) 01:34 | URL | 愛信 #EBUSheBA[ 編集]
無念です…。

>河本中尉は、あやしいと思いつつも、「停戦命令に従わなかった事が、他日、国際上の問題となることを心配し」これを受け入れます<

愚直なまでの実直さ故に、結果の悲惨さを見れば、実に残念無念です。確か、あの大東亜戦争で武装解除した時も、英・米・仏・蘭・ロシア・シナ・朝鮮らによる日本兵捕虜・民間人虐殺日本側が、ルールや常識を守り、思いやりを示せば示すほど、侵略国家・虐殺者という在りもしない“濡れ衣”を着せられ、虐殺されている…。

もし、2000名の日本兵が、心ならずも天皇陛下の御命に背き、インドネシアに残り、インドネシア独立闘志達と一緒に戦っていなかったら、“インドネシアの独立も達成もされなかった”のではないでしょうか? 

杉原千畝氏も、外務省の命にそのまま従っていたのでは、“6000名ものユダヤ人の命”は助けられなかったでしょう

時の執権、北条時宗も『元寇の戦い』で、公家達の言う事を聞き、シナ皇帝に朝貢していたのでは、日本はシナの衛星国の一つになっていたでしょうし

幕末の志士達も幕府の命のみに、ただただ服従していただけでは、決して“明治維新も近代化”も無かったでしょう。

長州・薩摩が、日本に来ていた“欧米人達の横暴さ”を看過せず、負けると分かっていても徹底抗戦をしたことが、「日本恐るべし!」と、欧米人の日本への武力侵略の意欲を削いだ事は、確かではないでしょうか? 

もし、薩摩も長州も幕府の顔色を窺い、欧米の横暴さに妥協していたのでは、「日本侮り易し!」と、もっと酷い目にあっていたと思います。

それにしても、尼港事件・通州事件・欧米らによる日本兵捕虜虐待・現地にいた日本婦女子への強姦・暴行には、“はらわたが煮えくり返ります!”


2009/06/26(金) 22:40 | URL | 椿 #-[ 編集]
No title
☆☆☆ご協力のお願い☆☆☆
6月26日のTBS「みのもんたの朝ズバッ!」で麻生総理について偏向報道があったので、

『偏向報道にはスポンサー問合せ』にてスポンサー情報を更新いたしました。

TBS系朝400~昼1200
http://www23.atwiki.jp/inquiry_003/pages/24.html

スポンサー問合せにご協力ください。
2009/06/26(金) 19:51 | URL | #Qa9hNd.E[ 編集]
麻生政権は偽計政策エコポイントを即刻廃止せよ
温室効果ガス削減:中期目標、日本に失望感表明--潘事務総長

【地球温暖化はC02とは無関係】
■ NASAが、地球温暖化の主因が、二酸化炭素ではなく太陽活動であると公式に発表
 【【大紀元日本6月26日】今月4日、米科学誌デイリーテック(Daily Tech)によると、
NASAゴダード宇宙飛行センターが、地球温暖化の影響は、太陽周期の変動が、
地球の気候に大きく関係するとの研究を発表した。

日本人社会の破戒者創価学会公明党が強制する日本のC02削減目標値引き上げは
目標値未達成の罰金をより多く騙し取るための偽計政策。このような騙しの手口に
朝鮮人の潘国連事務総長がこのような声明を発表したことを日本国民は声を大にして
抗議しよう。

【経済・政治の掲示板】
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj_ind.cgi
【政治・経済タイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。

【置きビラの掲示板】
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsjb.cgi

【愛信情報市場逆アクセス・ランキング】
http://aixin.jp/garnk.cgi
2009/06/26(金) 18:10 | URL | 愛信 #EBUSheBA[ 編集]
ねずきちさん、こんにちは。
学生の頃、家永裁判がありました。私は同じ史学科でしたが、研究室が別でしたので、お姿は拝見しましたが話したことはありません。家永さんが採用した戦時下の家庭の暗い写真をめぐって、文部省が検定を通さなかったのが始まりだったと記憶しています。詳しいことは覚えていませんが、家永さんが左寄りだったと思います。間違っていたらごめんなさい。
あの頃から近現代史はその記述に議論が分かれていましたね。検定は建前では単純な語句の間違いを指摘するという校正のような物だといわれていましたが、結構文部省は意見を言ってました。

どの教科でも正しい記述をして欲しいと思います。何に配慮して自虐史観による歴史記述ばかりなのか。安倍元総理の教育基本法改正に期待したいところです。

そのせいかこの頃、小学校では地元に伝わる民俗芸能や昔話、郷土料理の伝承に力を入れるところが増えました。「全国子ども芸能大会」でも地域のほかに学校で取り組むところが何校もありました。子どもの頃から郷土を愛する心を育てることが、しいては自分を愛し、国を愛することに繋がるでしょう。

諸外国の残忍な行動は、民族のためというよりは、私利私欲が動機になっているようです。前に見たスターリンの映画でも彼の小心からくる残忍さが描かれていました。革命をこの世のユートピアなどと思っている人はもう居ないでしょうが、私利私欲で動いている指導者は、近所の国に沢山いそうです。ホントに怖いことです。毅然とした態度で戦わなければなりませんね。
2009/06/26(金) 15:42 | URL | bb #-[ 編集]
もちろんです!
もちろんです!いつもご丁寧に尋ねて下さって、ありがとうございます。少しでもお役に立てて、光栄です。

>すごくかいかぶられているようで恐縮なのですが、ボクもそんな方向にブログをすすめれたらいいなぁと思っています<

ご謙遜ですね。(笑)。ねずきちさんを筆頭に、このブログにコメントされる方々は、みな聡明な方ばかりです。いつも読ませて頂き、お勉強させて頂いています。これからも宜しく。

時間が無いので、今日のテーマに関しては、また後ほど、コメントさせて頂きます。では…。





2009/06/26(金) 12:35 | URL | 椿 #-[ 編集]
日の丸を掲げ胸を張る日まで
ねずきち様 いつも精緻な歴史資料の掲示,ありがとうございます。
本エントリーの映像資料「凛として愛」は以前、つくる会に関わっていた頃
ビデオを見せてもらったことがあります。中で登場する名越二荒之助先生の
講演も何度か拝聴したことがあり、サイン色紙もしたためてもらったこと
東郷ビールを手配してもらったこと先刻お亡くなりになりましたが
新ためてご冥福を祈るものです。

いわゆる団塊の世代の一人ですが戦後教育と経済優先のなかで
先に還暦を迎え、我が国の背骨を抜かれ現状の元凶は何であったのか
ネットを通じ理解できるようになりましたが同世代ではこうした
ネット環境にうとい、というより問題意識の希薄な人々が多いのも
事実です。これからも真っ当な日本人の歴史観を正してゆくよう
よろしく御願いいたします。町中に全国に日の丸を掲げ胸を張る日が
くることを願い、小生も頑張ります^^

2009/06/26(金) 11:02 | URL | 新津@60 #Lx03s14c[ 編集]
教育の中立
 義務制の学校に於いては、政治的、宗教的中立を守らねばなりません。
 マルクス主義に犯された執筆者が書いた教科書を文科省の検定では表現・出版の自由が優先され、検定を通過する。現場には日教組に指導された、左翼教師がワンサカ存在する。教科書で教えるのか、教科書を教えるのか、まともな教師達は迷いに迷い、いえ共産主義者の宣伝に乗せられ恰も政治的に中立な考え方であると自己満足しながら指導法を確立する。育った生徒達の多くが、日本の真実を知らされないまま大人になり、現代の情けなき国情に成り下がっていると感じます。
 小山常美著 展転社刊「歴史教科書が隠してきたもの」を一読して、改めて「ねずきち先生」のブログを噛みしめたいものです。 
 
 
2009/06/26(金) 10:02 | URL | 田舎爺  #-[ 編集]
椿さんへ
以前、椿さんからいただいたコメントから、「日本に手を出した国は必ず滅びる」をご紹介させていただきました。
椿さんからお教えいただいたコピーですが、いろいろ考え、やはり、このブログのテーマを、椿さんの「日本に手を出した国は必ず滅びる」にしたいと思うのですがよろしいでしょうか?
ある方からも、
・・・「日本に手を出した国はかならず滅びる?」まさかあ・・・と、思っていると、、そうかあ、元寇って恐ろしかったけど、元て国は、すぐに消えたよな・・・と、納得して、そのうち、ペリュリュー島の下りで、ぐしょぐしょに泣かされちゃう。そして「えー!日本てすごい国だったんだあ」と、少し張り切ってしまう!
そんなテーマにしたらというお話もいただきました。
なんか、すごくかいかぶられているようで恐縮なのですが、ボクもそんな方向にブログをすすめれたらいいなぁと思っています。
是非、テーマとして使わせてください。

2009/06/26(金) 09:03 | URL | ねずきち #SFo5/nok[ 編集]
No title
先人を貶める日本の歴史教育の愚かさを糾弾します。
日本の共産主義者は共産主義の本質を理解しているのでしょうか?馬鹿の塊に思えます。

日本は大東亜戦争の敗北によって、植民地主義・共産主義という人類の残虐性のすべての責任を取らされているのですね。
日本人は無実の罪で服役しているようなものです。
冤罪の汚名は返上せねばなりません。
2009/06/26(金) 08:52 | URL | siva #neg6cAtk[ 編集]
NHK 「JAPANデビュー」 に抗議する国民大行動・第4弾
6・27 全都一斉街頭宣伝活動
平成21年6月27日(土) ※ 雨天決行!
【街頭宣伝】11時00分~12時30分 JR「渋谷」駅ハチ公前広場

【動画ニュース掲示板】
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj6.cgi
【動画ニュースタイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。
【置きビラの掲示板】
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsjb.cgi
【置きビラ・タイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。
2009/06/26(金) 08:25 | URL | 愛信 #EBUSheBA[ 編集]
No title
>ねずきちさん
多くの価値ある情報、資料の紹介、ご苦労様です。有難うございます。

今日は昭和20年、敗戦直後、ソ連軍が満州で行った、暴虐極まる、悲劇、「葛根廟事件」 についてご紹介いたします。

私が一番腹が立つのは、まったくやりもしない日本軍の、「悪魔の殺戮」 を書き立てる、「朝日」、日教組、社会党、左翼インテリが、スターリン・ソ連が日本に対し行った、悪魔の所業を徹底的に隠蔽し、日本国民に知らせなかったことです。

「ロシア人の残虐・暴戻」 <婦女子千数百名を戦車で轢き殺す> 戦史研究家 山内一正 (85) 昭和史研究会報 平成16年10月10日 第90号
「葛根廟事件」 
昭和二十年八月九日未明、ソ連軍は、そのころ未だ八ヶ月以上の有効期間が残っていた日ソ中立条約を一方的に破棄して、我が日本に対する侵略攻撃を開始したが、その当時大興安嶺西方及び南方地域は、関東軍隷下の第三方面軍に属する第四軍(司令官 上村幹男中将)が守備していた。然し、広大な地域に、火力装備まことに不十分な僅少兵力が配置されていただけで、ソ連ザバイカル方面軍(司令官 マリノフスキー元帥)隷下の 「強大な鉄鋼武装集団」 を撃攘する術もなく、五日間ほど力戦奮闘の末、わが軍はほとんど全滅してしまった。斯うして「軍の保護」 を失った日本人居留民(開拓農民や商工業従事者)は、血に飢えたソ連軍の殺戮をモロにかぶることになったのであるが、その際惹き起こされたのが 「葛根廟事件」 である。
この事件に監視、単行本としては 「殺戮の草原」 大櫛戌辰著 など二三の記録も世に出ているが、マスコミでは昭和五十九年三月四日のサンケイ新聞(現行の産経新聞)が、左のような記事を載せていたる。
ー昭和二十年八月十四日まえ、旧興安南省の東半分にいた日本人難民が葛根廟駅まで逃れたが、そこへ進撃してきたソ連軍戦車部隊の機銃掃射を受け、千五百人ぐらいの婦女子の大部分が、無差別に虐殺された。ソ連軍はやく一時間半にわたって、トラクターが農地を耕すように隈なく容赦ない機銃掃射を繰り返した。さらに、戦車から降りたソ連兵は、被弾して倒れた日本人に自動小銃でトドメを刺した。生き残ったものは僅かに百人足らず。(中略)此の事件で亡くなった人の霊を慰める「興安友愛の碑」 が、東京都目黒区下目黒3-20の羅漢寺に建てられている。(後略)
「興安友愛の碑」
「興安友愛の碑」 は、羅漢寺の持つとも奥まったあたりに在るが、その碑に刻まれた碑文はーー我らは嘗て若い血をたぎらせて、民族協和と楽土建設のため、日夜懸命に興安蒙古の地に於いて働き続けてきた。偶々第二次世界大戦の終末に当たり、全く予期せざる混乱の渦に巻き込まれ、不幸、現地に於いて、亦朔北ソ連に於いて、幾多の同志及び其の家族を失った。まことに痛恨の極みである。ここに十三年を迎えて、諸精霊を慰め、日蒙親善の礎となった同志のシ(足編に止)を残さんがため、興安友愛の碑を建立する所以である。 昭和三十三年九月二十一日  興安会会長 中村撰一
既に読者がお気付きのとおり、この碑文は抑制の利いた行文で、端的に葛根廟事件を 「憤怒」 していないし、ソ連抑留下に多数同胞が病死、餓死及び凍死させられたことを 「告発」 してもいない。日本人の長恨を訴えて鬼哭しゅうしゅうたる碑銘を求める取材に赴いた筆者(山内)は、甚だ不満の思いで羅漢寺境内を願望低回したのだったが、「目的の物」 は、本堂片隅の薄暗がりのなかに、やつと見つけることが出来た。それは縦横二メートルずつもあろうかと思われるおおきな油絵「葛根廟事件遭難之図」 である。
葛根廟事件遭難之図
その絵は、ひとくちで言えば 「数台のソ連軍戦車と、それに踏み殺されている日本人母子等」 を描いたもので、その酷薄非情さは、正視するに忍びない。絵の傍に置かれた(何故か、人目を憚るかのように放置された)小さな木製の平板から読み取った一文は左のとおりである。
ーー中国東北部の西境である大興安嶺は、南下するにつれて徐々に低くなるが、峰々が尽きようとするあたりからも羽毛莽莽たるホロンバイル草原が広がる。西北部には、かのノモンハンの古戦場があり、西南部は大草原地帯が遥か内蒙古まで続いている。その外蒙古と内蒙古の国境の接合点近くに葛根廟が在る。古来蒙古民族が東蒙古の本山として、崇敬するラマ教の廟である。
ーー1945年8月14日、この聖丘の地で戦争と言う名の下に、史上空前の大虐殺が行われた。強大な戦車部隊を駆って一挙に国境を突破して進撃して来たソ連ザバイカル方面軍の将兵によつて、邦人千数百名が惨殺されたのである。いずれも婦人と子供達ばかりで、興安街からせんじようを逃れ、南の白城子に向けて非難する途中だった。戦闘員たる成年男子の姿は全くなかった。--午前十一時過ぎ、ソ連の戦車は、身に寸鉄を帯びぬ女・子供の集団に襲いかかつた。炎熱の草原は一瞬にして阿鼻叫喚の修羅場と化し、人間の屠殺場となった。草原に身を隠す物陰は無い。逃げまどう邦人たちは片端から機銃掃射に薙ぎ倒され、戦車のキヤタピラで轢き殺されてゆく。なぶり殺しだ。非情凄惨な殺戮は一時間以上も続いただろうか。ようやく戦車は獲物を食い飽きた狼犬のように、ゆっくりと去って行った。先決に彩られた夏草が真夏の陽に映える。--瀕死の母親が我が子を求めて地を這い、子供達が苦痛と恐怖にのたうちながら、声をかぎりに母の那を呼ぶ。・・・・が、人々の動きは次第に緩慢になり、最後の痙攣を全身に走らせながら、いっさいの動きが静止してゆく。母子で呼び合う叫びもいつしか糸を引くような呻き声にんわり、やがて深い静寂がやつてきた。生贄の血を存分に吸ったような太陽が地平遠く沈む。迫り来る夕闇のなかで、草原は何事も無かったように、累々たる死骸を横たえていた。実は右の文章は未だ何百字か続くのであるが、甚だ不本意ながら、ここで打ち切りにさせて頂く。滂沱たる悲涙で筆者(山内)の視力が半減し、木板上のモジを正確に読み取れなくんってしまったかである。
おわりに
今さき述べた 「葛根廟事件」 は、今次大戦終末ごろ、ソ連軍によって行われた残虐行為のホンの一例でしかない。このほか、例えば 「樺太からの引揚げ船撃沈事件」 も、当然茲に掲記すべきであろうが、これについては、当研究所会報62号に中村あきら代表の 「笑いながら引揚げ船を砲撃」 が載っているし、真岡(樺太)の電話交換嬢九名・新京(満州)の看護婦二十四名の集団自決事件に就いても先人による血涙の報告が何編か世に出ているので、茲では総て割愛とさせていただきましょう。満州に多発した(残留孤児)の問題も、其の基因は、ソ連(ロシア人)の残虐・暴戻行為なることは明瞭であるが、それらに就いて、後日、あらためて拙見を世に問いたいと、筆者は企図している次第である。  平成十六年初秋
2009/06/26(金) 08:06 | URL | 町工場の親方、(=「朝日」 築地カルトを知りすぎ #-[ 編集]
No title
過激派政府であり、無政府状態で英米も撤収して防衛ラインも分散してきているのに、民間人を帰国させなかったのはなぜかなということです。交通の問題でできなかったのかな?
2009/06/26(金) 08:00 | URL | けんぶつ #N.CarXIg[ 編集]
撤収なんてできないでしょう
当時の情勢を考えれば、日本は撤収なんてできないでしょう。
当時の最大の課題は、ロシアに誕生したレーニン率いる過激派軍事政権(当時の世界はレーニン政権をそのようにみていた)に対して、自国の安全をいかに守るかです。

英米のシベリア派兵は、自国の中国植民地の安全確保です。
帝政ロシアのシベリア督府が破壊された以上、兵を分散し、戦線を拡大するより、集中して自国植民地の保護を図った方がいい。どのみち自国からみたら、地球の反対側のできごとです。

これに対し日本は、ロシアとシベリアをはさんで国境を接している。満州国の庇護もある。防共と国防を考えたら、単独ででも派兵を続けるしかないです。

シベリア派兵そのものをする必要があったのか、なんて議論もあるようですが、当時のロシアは、いわば無政府状態です。
いまの各国によるソマリア派兵と同じ。

無政府状態で、略奪や暴力が横行する地域が、自国の隣にあったら、治安維持隊を派遣するのは当然です。
2009/06/26(金) 07:50 | URL | 八潮 #SFo5/nok[ 編集]
No title
共産ゲリラはロシア・支那・朝鮮の混成部隊でしたね、確か。
支那人の妾は殺されなかったのはそういうことですね。

英米撤収後なぜさっさと撤収しなかったのでしょうね。そこが知りたいところです。

2009/06/26(金) 07:39 | URL | けんぶつ #N.CarXIg[ 編集]
ただ震えるばかりです
親たちが「ロシヤ・ソ連は絶対信用してはいけない」と言っていました。
父は、大正7年生まれで、この事件報道は直接見聞していないけれど「ソ連」と口にする時の、嫌悪感は、ものすごいものでした。
もちろん、その一番の原因は、終戦後にソ連が北方4島を占領したことへの怒りでした。

「戦争を語り継がないと」
「戦争の語り部」などと言われます。
小学校では「戦争の体験者が、亡くなってしまって、語り部がいなくて困っている」そうです。
しかし彼ら教育現場が、望んでいるのは左翼傾向に迎合し「戦争はいけない。戦争でこんなひどい目にあった」という証言だけです。それ以外の内容では招かれません。

本気で変えていかなければ。
戦後3番目の戦争が「情報戦」で、あり、日本を貶めようというのが敵の作戦だと、きっちり見抜いた日本が、持たなければならない武器は「真実の情報」です。

日本賛美です。誇りを取り戻すのです。
2009/06/26(金) 06:00 | URL | かぐやひめ #-[ 編集]
No title
シベリア出兵について英米撤退後も日本軍は居残りソ連の反撃にあい惨敗した という印象しかありませんでした。
この残虐行為はシナ人特有のものかとおもっていましたが、ロシア人もやってましたか韓国人もベトナムでやってますし アメリカもサイパンでその他このた ・・・
友愛が大事などといってる政治家をみると あほう と怒鳴りつけたくなります。
2009/06/26(金) 04:16 | URL | 東郷平八郎 #fDR3.zfM[ 編集]
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

ステッキ術

JUGEMテーマ:気になる書籍&amp;nbsp;私は軟弱で、内気な性格が嫌で、小学生高学年の頃は、自分は武道で鍛えないといけないと思っていました。武道の本を読みあさり、中学受験が終了して進学すると、自宅近くに空手(剛柔流系)の道場があることを知り、早速入門しました?...
ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
最新刊
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』

AdSense
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新記事
最新コメント
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

リンク
このブログをリンクに追加する
リンク2
AdSense
カテゴリ
月別アーカイブ
AdSense
解析
スポンサードリンク
ねずさん(小名木善行)著書
↓最新刊↓
↓好評発売中↓





ねずさんメルマガ
ご購読は↓コチラ↓から
ねずブロメルマガ
ご寄付について
ねずブロはみなさまのご支援で成り立っています。よろしかったらカンパにご協力ください。
【ゆうちょ銀行】
記号番号 00220-4-83820
【他金融機関から】
銀行名 ゆうちょ銀行
支店名 〇二九(店番029)
種目  当座預金
口座番号 0083820
口座名義 小名木善行
【問い合わせ先】
お問い合わせはメールでお願いします。
nezu3344@gmail.com

講演のご依頼について
最低3週間程度の余裕をもって、以下のアドレスからメールでお申し込みください。
テーマは、ご自由に設定いただいて結構です。
講演時間は90分が基準ですが、会場のご都合に合わせます。
E-mail nezu3344@gmail.com

講演テーマ
<ご参考>
古事記に学ぶ経営学
古事記に学ぶ日本の心
百人一首に学ぶ日本の心
女流歌人の素晴らしさ
日本人の誇り
その他ご相談に応じます。
検索フォーム
AdSense
関連サイト
祝日には国旗掲揚を!
御国旗セット
¥2,190

大型御国旗セット
[ステンレス製3mポール付き]
¥4,800

御国旗伸縮ポールセット【大サイズ】
¥3,000

御国旗セット L
[ マンション設置用 Lタイプ テトロン 国旗 ]

台灣民政府
台湾民政府
サンフランシスコ講和条約で、日本は台湾に関して処分権は連合国に提供しましたが、領土の割譲は行っていません。条約以降、連合国も日本も台湾の処分先を決めていません。つまり台湾はいまも日本であり、台湾にいる1500万人の戦前からいる台湾人は、日本国籍を有する日本人です。私は台湾民政府を支持します。
お薦め書籍1

日中戦争-戦争を望んだ中国 望まなかった日本


江戸の自治制


幻の黄金時代


ドキュメント自衛隊と東日本大震災

AdSense
コメントをくださる皆様へ
基本的にご意見は尊重し、削除も最低限にとどめますが、コメントは互いに尊敬と互譲の心をもってお願いします。汚い言葉遣いや他の人を揶揄するようなコメント、並びに他人への誹謗中傷にあたるコメントは、削除しますのであしからず。
最新トラックバック
AdSense
コメントをくださる皆様へのお願い
いつもたくさんのコメントをいただき、ありがとうございます。
ほんとうに皆様のコメントが、とっても嬉しく、かつありがたく拝読させていただいています。

議論というものは、すくなくともこのブログのコメント欄が、国政や地方自治、あるいは組織内の意思決定の場でなく、自由な意見交換の場であるという趣旨からすると、互いに互譲の精神を持ち、相手を尊敬する姿勢、ならびに互いに学びあうという姿勢が肝要であると存じます。

私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

ましてや、自分で質問を発したものについて、それぞれお忙しい皆様が、時間を割いて丁寧にご回答くださった者に対し、見下したような論調で応対するならば、それは他のコメントされる皆様、あるいは、それをお読みになる皆様にとって、非常に不愉快極まりないものとなります。

従いまして、謙譲・互譲・感謝、そして学ぶという姿勢のない連続投稿、粘着投稿に類する投稿をされた方については、以後のコメント書き込みを、管理人である私の判断で投稿の禁止措置をとらせていただきますので、あしからずご了承ください。
エディタ・コミュニティ
edita.jp【エディタ】
amazon
通州事件の真実
通州事件を実際に体験された女性の手記です。
クリックするとテキストファイルが開きます。
https://docs.google.com/file/d/0B9Dh1-gISO9CZERHN2oxempSeEk/edit
パチンコをはたき出せ!
パチンコ撲滅
パチンコ市場は21兆円
そのお金を消費に向ければ莫大な経済効果が生まれる!

 ↓関連記事↓
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1197.html
やまと新聞を守れ!

やまと新聞は、戦後GHQの圧力に屈することなく、日本のジャーナリズムの正義を貫いた唯一の新聞です。
みんなの力でやまと新聞を応援しよう!!
やまと新聞社の公式HPは
 ↓コチラ↓
http://www.yamatopress.com/ 購読料は月500円です。
下の窓の中味をコピペすると、上のバナーをご自分のHPに貼ることができます。
やまと新聞の紹介記事はココをクリック
殲滅支那大連盟
殲滅支那大連盟

■満州国臨時政府■
 ↓ ↓ ↓
http://www.manchukuo.net/
ねずブロの拡散・転載について
当ブログの日本の心を伝えるための適法かつ前向きな拡散はおおいに歓迎です。 ただし適法な引用でないと、著作権侵害で処罰されることがありますのでご注意ください。
RSSリンクの表示
FC2ブックマーク

PING送信プラス by SEO対策

QRコード
QRコード
スポンサードリンク